● 「ケイオス様の次の手は恐らくアークの心臓、つまりこの三高平市の制圧でしょう」 混沌組曲による混乱と痛みも醒めやらぬ中、偽りの静けさは新たな『混沌』の局面を迎えようとしていた。魔女の口にした、最も不吉な予言。それは『楽団』による三高平の攻撃だった。 『塔の魔女』は不吉な予言を外さない。 この状況に際して『塔の魔女』アシュレイ・ヘーゼル・ブラックモア(nBNE001000)は2つの提案をする。1つ目は三高平市に大規模な結界を張り、ケイオス側の空間転移の座標を『外周部』まで後退させるというもの。2つ目は『雲霞の如き死者の軍勢の何処かに存在するケイオスを捉える為に万華鏡とアークのフォーチュナの力を貸してもらいたい』という『危険』なものであった。無限とも言うべきケイオスの戦力を破る為にはケイオス自身を倒す事が必須である。しかし、慎重な性格の彼は自身の隠蔽魔術の精度も含め、簡単にそれをさせる相手では無い。『塔の魔女』はケイオスがその身の内に飼う『不死(ビフロンス)の対策』を口にすると共に究極の選択をアークに突きつけたのである。 防衛能力の高い三高平市での決戦は大変なリスクを伴うと共に千載一遇のチャンスでもある。 敵軍の中には良く見知った顔もある。痛みの『生』に慟哭する彼等を救い出す事も含めて……。 箱舟の航海に今、過去最大の嵐が到達しようとしていた。 ● 混沌組曲の騒乱も冷めやらぬある日、リベリスタ達はアークのブリーフィングルームに集められる。その顔には何かを予期した表情が浮かんでいた。そんな彼らの表情を確認すると、『運命嫌いのフォーチュナ』高城・守生(nBNE000219)は強く頷いて事件の説明を始めた。 「大体、話に察しはついているみたいだな。説明を始めるぜ。あんた達に頼みたいのは、この三高平市の防衛。『楽団』の連中がここに攻めてくる。つまりは、決戦だ」 先日、アシュレイが語った通りだ。 ケイオス・“コンダクター”・カントーリオは、三高平への直接攻撃に踏み切った。 理由として第一に『楽団』の構成員の問題。『楽団』は何れも一流のフィクサードにより構成された実戦部隊ではあるが、『予備役』的な戦力を加えて最大数千にも及ぶアークの構成戦力に比べれば極少数である事。彼女は元より『アークのリベリスタがどれ程しつこいか』を知っていたが、実際にそれを肌で知ったケイオス側が戦力のトレードめいた持久戦を嫌うのは確実であると思われるからである。 第二の理由はアシュレイが横浜で見たケイオスにはある『干渉力』が働いていた事。 死を超越したケイオスはその身に有り難くない『何か』を飼っていたと言う。 アシュレイはこの『何か』をソロモン七十二柱が一『ビフロンス』と推測した。ケイオスと特に親しい間柄にあるバロックナイツ第五位『魔神王』キース・ソロモンの助力を高い可能性で疑ったのである。伝承には『死体を入れ替える』とされるビフロンスの能力をアシュレイは空間転移の一種と読んだ。ケイオスの能力と最も合致する魔神の力を借りれば『軍勢』を三高平市に直接送り込む事も可能であろうという話であった。 そして、第三の理由は『あの』『The Living Mistery』ジャック・ザ・リッパー(nBNE001001)の骨がアーク地下本部に保管されている事である。芸術家らしい喝采願望を持ったケイオスは自身の『公演』を劇的なものにする事に余念が無い。モーゼス・“インディゲーター”・マカライネンが三ツ池公園を襲撃した際、ジャックの残留思念を呼び出す事さえ出来なかった理由は、彼の『格』の問題であると共により強く此の世の拠り辺となる『骨』が別所に封印されていた事に起因する。ケイオスが地下本部を暴き、ジャックの骨を手に入れたらば大敗は勿論の事、手のつけられない事態になるだろう。 「とまぁ、そんな訳だ。この状況をありがたいと見るか厄介と見るかは難しいが、ケイオスを倒すチャンスが来たのも間違いない」 そう言って、守生は端末を操作すると、三高平市の地図を表示させる。 「あんた達に守って欲しいのはこのポイントだ。アークの第2防衛ラインってことになる。ここにやって来る死体を迎え撃って欲しい。ここに来る死体を指揮しているのはチェレステって爺さん。ケイオスに対して深い忠誠を誓う楽団員だ」 先日の日本襲撃事件でも姿を現わした老人である。年にふさわしい実力を持ち、厄介なアーティファクトを使いこなす強敵だ。 「幸いと言うかなんと言うか……この作戦に従事するメンバーはそれなりに多い。この辺一帯にいる死体はチェレステを倒せば動かなくなるわけだしな。その辺はこっちにとって有利な材料だ。もっとも、それだけで勝たせてくれる相手でもないけどさ」 ここはアークのお膝元だ。普段戦いに行かないリベリスタも戦いに参加することになる。加えて、最近こちらに移って来たフュリエもいる。一方で、敵は頭を潰せば文字通り終わる。守生の言う通り、そう簡単に見つけさせてくれるとも思えない訳だが。 「それに『楽団』が七派と戦う中で、フィクサードの死体も手に入れている。比較的戦闘力が高いのがチェレステの護衛をしているはずだ。十分に気を付けてくれ」 日本襲撃の際に楽団員に欠員は出たものの、兵力の補充と言う観点に立てば作戦は成立している。『アーク』との相性の悪さはあれど、『楽団』の脅威は健在だ。 そして、チェレステは死体の群れの中に魔術的な手段で身を隠しながら、指揮を執っている。すべての死者を葬ってから戦うにせよ、一点突破を狙うにせよ、彼の居場所を見つけ出せなくては不利になるのは間違いない。 「説明はこんな所だ」 説明を終えた少年は、その鋭い瞳で睨むように、リベリスタ達に送り出しの声をかける。 「あんた達に任せる。無事に帰って来いよ」 ● 時間は数日前に遡る。 ここは某都市の七派と呼ばれるフィクサードの連合軍と『楽団』がぶつかり合う戦場。 元ポーランドのリベリスタ組織『白の鎧盾』のリベリスタ――そして、現在フリーのフィクサードであるユゼフは、友軍の介抱で目を覚ます。 「ったく、凄腕のクロイジだって聞いてたからどんなものだと思いきや、なんてザマだい」 「敵があいつらだって聞いてたら、そもそも来てやしねぇよ。来てねぇさ」 アークとの戦闘で取引相手を1人失ったユゼフは、別の知り合いから仕事を受けていた。日本の神秘界隈に名を轟かす「主流七派」も彼にしてみれば、「払いのいいクライアント」でしかない。急ぎの仕事だということで、仕事の内容を深く聞かずに受けるのはいつものことだ。だが、今回はそれが災いした。 今回の仕事は、全国の大都市を襲撃する『楽団』と戦うことだったのだ。 過去に『楽団』と戦い仲間も恋人も殺されたユゼフにとって、『楽団』は恐怖の象徴であり、その名を聞くだけでパニック障害を起こし正気が消し飛ぶ。今だって、スキルを使ってもらえなかったら、恐慌を起こして無様に暴れていることだろう。 フィクサード達はある程度の死体の破壊に成功したものの、仲間が数名殺されている。そして、『楽団』との戦いにおいてそれは、敵戦力の増加を意味する。結果、生き残ったフィクサード達は敗走する羽目になったのだ。 辺りでは逃げ遅れた一般人が恐怖の悲鳴を上げている。そこへやってきた死体が、か細い命を奪い、新たな兵隊を増やしていく。 この戦場は既に、『楽団』のものだ。 (これが連中の恐ろしさだ。日本のフィクサード達に仲間意識は無いが、これを仲間相手にやる羽目になる。そんなのが延々続くのさ……) ユゼフも他のフィクサードに従って逃げる中、そんなことを考える。ほんの数日前に会ったリベリスタ達はどうしているのだろうか。かつての仲間達を思い起こさせた彼らだ、きっと死力を尽くして戦ってしまうのだろう。 せめて出会った奴らだけでも生き残ることを祈ってしまう。 「おや、これは異な所でお会いしましたな。いえ、先日の彼らの言葉からすると、彼らと接触を取ったようにはお見受けしますが」 「て、てめぇは……」 ユゼフは現れた老人の姿を見てうめき声を上げる。 阿鼻叫喚の地獄に不似合いな燕尾服と、人骨で作られた楽器。間違いなく『楽団』のフィクサードだ。 「どうやら、てめぇがここの死体共を操っているみたいだな。操ってるんだな?」 「私の顔に見覚えはございませんか。過去に対したことは有るのですが……」 実の所、このチェレステと名乗る楽団員とユゼフは過去に交戦経験がある。しかし、そもそも恐怖で記憶が曖昧になり、アルコールにやられた頭では思い出すべくもなかった。 「知るかぁ!」 雄叫びを上げてユゼフは斬りかかる。 もし、この再会が一月前だったのなら、ユゼフは恐怖から逃げ出していた。しかし、この間のリベリスタ達との出会いが、彼の中の何かを変えていた。 死体の群れを前にしてユゼフは退かずに戦ったが、その最中、彼の視界に逃げ遅れた子供の襲われる姿が映る。その瞬間、彼はその子を庇うために飛び出していた。 「その子供など無視して戦っていれば、あるいは私を殺すことが出来たかもしれない。なのに、何故そのようなことを?」 心臓を貫かれて動きを止めたユゼフにチェレステが問う。 ユゼフに答える力は無かった。先ほどの子供が逃げる姿を見るのが精一杯だったから。 (俺もこいつに使役されるのか……) ぼんやりと考える。 こんなクズみたいな人生だ。別にそうなっても今更どうということはない。 しかし、それゆえに願う。 ゴミのように消え、敵に利用されて終わる人生なんだから、この位願っても許されるだろう。 せめて、せめて……。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:KSK | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 9人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年03月12日(火)22:51 |
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■メイン参加者 9人■ | |||||
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● 神秘を受け入れた土地、三高平。 そこに住むものは神秘を受け入れており、神秘の世界に生きる者にとっては己を隠さずに済む、理想的な安住の地である。 しかし、この夜は違った。 普段人々が行き交う街を闊歩するのは死者の群れ。 重々しく荘厳な楽曲に導かれて、主の命ずるがままに歩を進める。 敬虔な神の信徒のように。悪趣味な映画の怪物のように。 「今回はあのガキ共がいねーだけで随分と楽……なーんて言える状況じゃねーな、これ」 『楽団』迎撃のために外へ出てきた『道化師』斎藤・和人(BNE004070)は、呆れたようにため息をつく。先日戦った際に『楽団』が従えていたよりも圧倒的な死体が見える。前回は『裏野部』との「とても共闘とは言えない共闘」で追い払ったが、その時よりもこちらは寡兵で敵は増員している。どちらがマシなのか、彼でなくても悩んでしまうだろう。 そのような状況にあっても、『Spritzenpferd』カルラ・シュトロゼック(BNE003655)の信念に揺らぎは無い。「フィクサード狩り」を自称する少年にしてみれば、この光景は怒りをかき立てるものでこそあれ、恐怖するべきものではないのだ。 「街を埋め尽くす死体の兵、気取った演奏家、まったくもって楽団らしいぜ……反吐が出る! 格好を小奇麗にすりゃ薄汚さが隠せるとでも思ってんのかよ」 「やれやれあちこちで面倒な音色を響かせてくれるな。まぁ宜しい。闘争には変わりない。精々楽しませるが良い……楽団」 『Friedhof』シビリズ・ジークベルト(BNE003364)はどこか「壊れた」精神の持ち主だ。吐き気すら催す敵の戦術、彼我の戦力差が圧倒的なこの戦場で、彼の顔には笑みが浮かんでいた。作り物ではない、心からの笑いだ。劣勢であればある程、彼の心は躍る。劣勢を覆す、それこそが戦闘狂の喜びだ。 「ただし、貴様らの演奏にアンコールは無しだがね」 「最初から腰が引けてるようじゃあ、こいつらにゃ勝てねえぜ。精々気張っていくとしようやぁ!」 先頭に立つ『蒼き炎』葛木・猛(BNE002455)は、視界を埋め尽くさんばかりの死者の群れに叫ぶ。 こいつらを倒せない程度であのバロックナイツに届くものか。 そして、勢いよく大地を蹴ると、自分達を取り囲む死を打ち砕くべく突き進むのだった。 ● 蠢く死体の中で、リベリスタ達は円陣を組んでじわりじわりと前進する。 飛び掛かってくる死者を薙ぎ倒し、襲い掛かってくる死者を打ち払い、楽団員チェレステを探す。 ケイオスが隠匿魔術を得意とし、死者の軍勢を用いたゲリラ戦を行うように、部下であるチェレステの戦法もそれをカスタマイズしたものであった。故に、この戦いに勝利するには単に死者と真正面からの戦いを行うのではなく、隠れる楽団員を直接葬る必要があるのである。 「ツァイン、ちゃんと避けろよ!」 「っと、氷像は勘弁!」 殿を努める『やる気のない男』上沢・月・翔太(BNE000943)の刃が氷の霧を生み出して、死者の動きを縛る。寸での所で射程スレスレに身を引いたツァイン・ウォーレス(BNE001520)は減らず口を叩きながら、輝く剣で凍り付いた死体を粉々にする。 「どうした? 俺に躱されるとか。そろそろへばってきたんじゃねぇかっ?」 「いや、まだまだ行けるぜ」 死者の群れの中を一振りの刃となって切り開いていくリベリスタ達。 終わりの見えない戦いの中で、着実に負傷と疲労は蓄積していく。 それでも、互いに心を奮わせ合って、敵の待つ場所を目指す。 もちろん、気合だけでは足りない。足りない力を補うのが、『大食淑女』ニニギア・ドオレ(BNE001291)の祈りだ。加護と祝福を受けた神聖術師は、その身に宿した聖痕を輝かせて仲間達に癒しを与える。 (チェレステの顔は忘れもしない……「白の鎧盾」の悲劇、この日本で同じ結末は迎えさせないわ) 穏やかな顔に強い意志を秘めて、ニニギアは死に塗れた戦場へ命を与え続ける。 「混沌」事件は20世紀の神秘史において、最悪の一件として語り継がれている。そして、不遜な指揮者はそれを超える『演奏』を目指して三高平攻めを行った。その生贄となるのは、彼女にとって近しい人々。ナイトメアダウンで大事な人々を失った悲しみは繰り返させない。 それでも、戦場は苛烈だった。 チェレステの「手入れ」によって限界まで力を引き出された死人達の戦闘力は高い。 「俺に構うな! いけ好かねぇパスタ野郎の所に行けぇ!」 「お願い、します……こんな悲惨な戦い、終わらせて下さい……」 ニニギアの祈りも虚しく、1人2人と仲間のリベリスタが倒れて行く。耐える姿勢ではあったが、それでも限界があった。 それでも退くわけには行かない。 頼りになるのは響くバイオリンの音色とほんのわずかな香り。ツァインは感覚を集中させて、楽器の松脂の匂いを辿る。 (これは歓び……? この中でこんなことを感じている奴は楽団員しかいないはず!) 『騎士の末裔』ユーディス・エーレンフェルト(BNE003247)のE能力が、リベリスタ以外の感情を捉える。この進行方向の先に気配がある。リベリスタ達の判断に間違いは無かったということだ。 「後は……討つのみ、です」 「こっちも見えたよ」 死者を焼き払っていた『アリアドネの銀弾』不動峰・杏樹(BNE000062)が持つ超視覚はヴァイオリンを奏でる1人の男を見つけた。そして、その傍に護るように佇む革醒者の死体もだ。 せいぜい2月ほど前に一度矛を交えただけだが、忘れはしない。 「仇討ちとリベンジマッチだ。今度こそ逃がさない。絶対にここで仕留めてやる」 「白の鎧盾」の仇を討つため。 逃した敵の心臓を今度こそ穿つため。 「さすがに時間稼ぎは限界のようですね」 「ユゼフたちのために、お前はここで終わらせる」 チェレステは杏樹を睨みつける。 杏樹はチェレステに銃口を向けた。 ● 亡者がリベリスタ達に襲い掛かる。 その地獄の底からの魔手を払いつつ、リベリスタ達はチェレステを狙う。 カルラの拳が弾幕のように舞い、死者を打ち倒す。 猛は雷の如き速さで死者を薙ぎ倒す。 ユーディスの剣は破邪の光を以って亡者を切り裂く。 杏樹の銃が呼んだ焔は死者達を灰へと変えて行った。 「もう逃げも隠れもさせねーよ。ここで終いだ、爺さん」 「えぇ、ここで箱舟は沈みます。隠れる必要はありません」 「ふん。ならば、その前に喉元に噛み付かせてもらうぞ」 そして、和人が目の前の敵をぶっ叩く。 リベリスタ達を支えるのは、シビリズの決戦宣言。敵を徹底的に殲滅する神の加護だ。 それでも、チェレステへの壁となる兵隊を突き破ることは出来ない。互いに戦力を維持するための回復能力を所有している。そのために戦いはこう着状態に陥った。それを見て取ったチェレステは、戦線に切り札を投入する。一般人よりも戦闘力の高い革醒者の死体。それは自身が直接操ることで、生きていた時同様にスキルを使わせることが出来る。 「ユゼフ……」 杏樹が唇を噛む。 リベリスタ達の前に進み出たのはくすんだ色合いの鎧に身を包んだクロスイージス。元「白の鎧盾」のリベリスタ、ユゼフだ。「楽団」の恐怖で誇りを失い、フィクサードに堕し、そして「楽団」との戦いに散った男。 「なんだよ……あんた、リベリスタなんじゃねーか……嘘吐きが」 カルラが言葉を吐き捨てる。以前対した時にはただの「よくいるフィクサード」としか思わなかった。しかし、この場にいるということは、楽団と死ぬまで戦ったことの証。自身に利益も無いのに死ぬまで戦うような男が、フィクサードで等あるはずもない。 カルラの言葉に翔太も頷く。そして、仲間だと思えばこそ、目の前の仇敵に操られる姿を放置できない。それに強敵と戦い、勝つことで乗り越えられるものもある。だから、彼を解き放つために! 「何だかんだ言ってもよ……ユゼフはやっぱリベリスタだよ。だからこそ、あんたを使役している奴は許せねぇ。あんたを安らかに眠らせてやりたい」 「俺は嘘吐きが大嫌いだ! だから、全力で、眠らせてやんぜ!!」 大きく吠えると、相手からのカウンターも顧みずにカルラは拳を振り上げる。 翔太はより一層速度を増して、後ろから襲い来る敵へと刃を振るう。 「ユゼフ……貴方には……この戦い、生き抜いて見届けて欲しかった」 ユーディスは悔しさを堪えて剣を握り直す。彼には見せたかった。彼が守れなかったものを、ちゃんと守り抜くことが出来ると。その戦いが無駄なものでは無かったと知らせるためにも。 「でも、もう、それも叶わない事ですね……私達がしてあげられる事は1つだけ」 もう時間は戻らない。日本中を襲った未曾有の神秘事件の中で、ユゼフは命を落とした。しかし、敗北し、「楽団」の与える絶望に縛られていた男の魂は、いまだに「楽団」に縛られている。 「楽団に縛られた貴方の魂、術者の命を以て、その朽ちた肉体から……解放して差し上げます」 全てを救うことなど出来はしない。この世界において、救済の壁は高く、その道は果てしなく狭い。だからこそ、救える限り救いたい。それがユゼフへの誓いだから。そして何より、両親に誓ったユーディスの生き方だから。 一斉に斬り込んでいくリベリスタ達。 対する革醒者の死体は、高いタフネスで向かい撃ってくる。たとえ、それが意に沿わぬものであろうとも、ここにあるのは本人の肉体だけに過ぎない。そして、それを自在に操るのが死霊術師の技である。そして、高い防御力を持つクロスイージスと支援を得意とするチェレステの戦法は、極めて相性が良いものだった。 ましてや、楽団の兵力は圧倒的だ。時間をかければかける程、リベリスタ達は不利になって行く。 「倒れてなんていられない。どれだけ大事な戦いか、分かっています」 死者に傷つけられながら、ニニギアは運命の炎を燃やして立ち上がる。 相手が立ち上がり続けるのなら、自分がここで倒れてやるわけには行かない。傷付いた仲間達の命を守るのは、癒し手である自分の仕事なのだ。 「チェレステの曲。不協和音で綻びだらけだわ。ユゼフの魂と体はこんなにもばらばらじゃない」 「楽団といっても、どこもソロ演奏だな。ちっとも楽団らしさが見えやしない」 ニニギアの傍にいた杏樹が皮肉を込めた言葉と共に引き金を引く。 チェレステは防御の指示を飛ばすが間に合わない。 「私の腕の未熟は認めますが、それは見解の相違ですね。ケイオス様にとっては、この極東の島国全てがコンサート会場と言えましょう。その中において、我々は常に1つの楽団なのです」 「御託は良い。こっちじゃ火葬が主流なんだが、イタリアはどうなんだ?」 すると、魔銃から放たれた弾丸が死者達を焼き尽くしていく。 それは盛大な送り火のように、死人をあるべき姿へと戻して行った。 楽団員までの道が拓ける。道を阻む死者は、ユゼフを含めた革醒者と他数体。その場にいるリベリスタ達の目に希望が宿る。楽団員はいずれも個人として優れたフィクサードではあるが、本人が戦うよりも部下を使役する戦術が強力なフィクサードだ。完全に「1人で」戦った場合、アークの精鋭にとって、決して強敵と言える相手ではない。 しかし、チェレステも慌てはしなかった。彼がヴァイオリンを奏でると、リベリスタの後背を突くように死者の群れが現れる。この周辺で暴れさせていた死者の群れを集中させてきたのだ。そして、その中にはここまでの戦いの最中に散って行ったリベリスタの姿もあった。 「お見事です、アークの皆様。今まで我々と戦った者達でも、これ程の奮戦を、ここまでの闘志を見せたもの達はいなかった。あなた方は紛れも無く、混沌組曲を奏でる上で、最高の題材だった」 大仰な身振りと共にチェレステは哂う。 「しかし、その戦いもここまで! さぁ、絶望なさい。その絶望こそが、クライマックスにふさわしい!」 リベリスタ達の脳裏に浮かぶのは、ユゼフの言葉。 俺は『楽団』と戦ってるつもりだったんだ。だけど、俺が戦ったのは、決まって、俺が一番守りたかった奴ばかりなんだよ…… 戦っても終わりが見えない恐怖。 全てを覆い尽くす死の絶望こそが『楽団』の真骨頂だ。 その恐怖の中で、ツァインは迫り来る死者の群れに対して、盾を見せ付ける。そこには盾を意匠化したデザインの紋章が刻まれていた。「白の鎧盾」の紋章だ。 当然、これはまがい物。神秘組織関連の本を調べて、ツァインが勝手に付けたものに過ぎない。 (アンタに聞きたかったよ、ユゼフのおっちゃん……) 同じクロスイージスとして、「白の鎧盾」には少なからぬ憧れはあった。だが、それで付けたものではない。 (ずっとその鎧着続けて、燻っても戦って……おっちゃんは…ちゃんと間に合ったんだな……! あとちょっとだけ力を貸してくれ……柄じゃないって言うだろうけど……俺達に教えてくれよ!) 負け犬なんて言葉を使うのは、戦う勇気すら持たなかった奴だけだ。戦って負けたから、戦わなかったものに負け犬と呼ばれる。戦わなかった奴は負け犬にすらなれはしない。 だから、同じ仲間として、共に魂があると信じて「白の鎧盾」の紋章を掲げる。押し寄せてくる死者の波に立ち向かうため。その力を貸してもらうために。 自分と同じ、鎧や盾という言葉だけで夢を見れる連中だと思うから。 全身から光のオーラを放ちつつ、ツァインは剣を振り下ろす。 最前線で戦う猛も負けていない。その蒼く燃える闘志の炎は、想いが高まれば高まる程、熱量を高めて行く。バロックナイツの名を聞いて、恐れない革醒者など、リベリスタ、フィクサードを問わずあり得ない。しかし、彼はその恐れを炎で消し飛ばす。 喧嘩はビビった奴から負ける。 今までの戦い、いや、喧嘩の中でそのことを知っているから。ケイオスとの「喧嘩」でもそれは同じこと。相手が何者だろうと、ビビる訳には行かない。 「ユゼフ、アンタは立派だった。尊敬するぜ、とっさに自分の命を捨てれる奴はそう居ねえ」 目の前のフィクサードの死体に言葉を投げかける猛。 リベリスタとの攻防の中で、ユゼフの身体もボロボロになっている。しかし、神秘の力で強化されている彼の身体はそう簡単に倒れはしない。 「楽団は潰そう。必ずな。故に君も望まぬ生を続けず……ここで朽ちたまえ」 シビリズの目が燦然と輝く。 戦闘狂は、この場にあってすら状況を楽しんでいる。相手が生きているか死んでいるのかなど、既に関係無いのだ。 「アンタの行動は決して無駄じゃなかった。その心意気……絶対に忘れねぇからよ。先に、逝っといてくれや!」 いずれは自分自身も拳に殉じる日が来る。それを猛は感じている。 だが、今はまだその時ではない。この場には勝つためにいるのだから。 「俺の拳、止めてみなぁ!」 シビリズの凝縮した力から放つ一撃がユゼフの肉体を砕く。 猛の蹴撃は屍人の群れを貫き、老いた楽団員に達する。 「やったか!?」 勝利を確信して、リベリスタの誰かが、そう、快哉の声を上げた。 ● 「……危ない所でした」 口元を血で汚しながら、チェレステは立ち上がる。 内臓は破れているはずだ。骨だって折れている。 それでも、死霊術が老人に与えた不死性は、老いた肉体を戦場に立たせた。これ程になっても衰えぬ戦意は忠誠の故か。 そして、残った死者の群れが再びリベリスタ達の前に立ちはだかり、一部の死者と共に立ち去ろうとするチェレステへの道を阻む。 「おいおい、また逃げる気かよ、爺さん」 「そうはさせないわ、チェレステ。ここで、あなたは……!」 敵の逃亡を察してボロボロの身体を引きずって立ち上がる和人とニニギア。その姿を見て楽団員はため息をつく。 「あなた方をゾンビのようだと評したのはバレット様でしたか。たしかにその渋とさには感服いたします。ですが、ケイオス様も苦戦為されている様子。ここに留まり、あなた方に殺される訳にも行かないのです」 リベリスタも『楽団』も消耗は激しい。そして、隠匿魔術も強力な切り札も失ったチェレステが、多数の兵力を持って行うべき行動が逃亡なのは当然であった。リベリスタも当然予期はしていたが、妨害するには傷つき過ぎていた。 「神の目に挑むに当たって、ハルパーの鎌を欠いたのは痛手でしたが、イージスの盾を得ていたのは僥倖でした。もうお会いすることもありますまい。それこそ、その壊れたイージスの盾の如く戦うのであれば、或いはと思いますが……」 「逃すか!」 拳銃を構える杏樹。 しかし、既に楽団員には届かない。死者の群れが壁のように押し寄せてきたからだ。 「やらせるかよ!」 カルラは立ち塞がる死者に向かって拳を振るう。 振るって振るって、振るい続ける。 しかし、その壁を打ち破ることは出来ない。 それでも、足掻き続けるリベリスタ達。 彼らの叫び、剣戟、戦いの音。 それらは重々しく、荘重に重く、戦場に響き渡るのだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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