●籠絡スタッカート 音を鳴らし続ける、と言う行為がどれほど難しいかを、その女は知って居た。 気鳴楽器ならば肺活量が要る。鳴らし続けるにはブレスが要り、その隙を突かれてはたまらない。 弦鳴楽器は弦が命なのは言うまでもない。強度と共鳴力を兼ね備えねばならないため、道具選びは特に慎重にせねばならない。 膜鳴楽器に至ってはより慎重だ。孔一つで全て台無しになってしまうだろう。 ――ならば、体鳴楽器はどうかと考え、すらりとビーターを抜き、静かに進行方向に向けつつ女の表情は優れない。 身勝手な『邪魔者』が楽譜を無視し邪魔してしまうのであれば、リズムは狂いろくでもない音を奏でてしまうのは当然のことだった。 「トライアングル“ごとき”ナド、愚鈍ナ凡夫ノ言イ訳デスラ無イ。労セズ与セズ止マラズ響ク。故ニ」 鳴らせ、鳴らせ、鳴らして均せ。 往くべき道を踏み敷いて。 逝くべき者の道強いて。 カラカラ笑う歪んだ声音に繰り返し跳ねる金属音。 なによりも単純で何よりも済んでいて、加えて何処までも響き渡る、原初の声を吐き出す獣。 「響ケ響ケ、巷ハ死ニ飢エテ居ル。我ラは死ヲ植エテ居ル。萌芽を求メテ狂ウンダ」 「……楽しそうだねカト姉。あと声が恐い」 「愉シマナイ奴ガ悪イ。ソシテ、オ前ハ何ヲ持チ出シタ」 「ああ、これ? 知らない? この国の警告信号じみた代物だよ。この国に来る前に色々研究したのさ。グロッケンシュピールと大して変わらないよ?」 「……無駄ナ事ヲ」 傍らで薄く笑う少年から視線を切り、女――アタラメント・カトレリエは前進する。 今日も悲鳴が、遠く響く。 ●落涙クリエイション ブリーフィングルームに、『無貌の予見士』月ヶ瀬 夜倉(nBNE000202)の靴音が響く。背後のマップにちらと視線をやり、冷めた視線をリベリスタに向けた。有無を言わせぬ、という目である。 「『楽団』です。アシュレイ嬢の言葉が……信じたくはありませんが、現実になったということでしょう。逆に言えば、アシュレイ嬢の言葉通りに事が進んでいるということでもある。無防備に襲撃を受けるよりは余程、現状は安定している」 『アシュレイの言葉通り』――つまりは、ケイオスの次の狙いは三高平の直接侵攻であり、『アークのリベリスタのしつこさ』に対する戦力トレードを嫌った強攻策であるということだ。 「一つばかりなら想像に難くないでしょうが、理由は、更に二つあります。第二は、ケイオスと横浜で交戦した方、或いは報告書を読んだ方ならご存知でしょう。彼は首を来られても死ななかった。笑っていた。つまり、彼はアシュレイ嬢が言うところのソロモン七十二柱がひとつ、『ビフロンス』を保有しているということ」 「……バロックナイツの、『ご友人』か」 「そういう事です。バロックナイツ第五位、『魔神王』キース・ソロモン。死体を入れ替える能力……その種を、アシュレイ嬢は『空間転移』と踏んだ。つまり、彼らなら兵隊を率いての直接侵攻も可能、と言っていい。 第三の理由は、もうご存知でしょうが……『あの』ジャック・ザ・リッパーの骨がアーク本部に封印されていることを知った上で、『公演』を劇的なものとし、自らの喝采願望を満たす為に攻め入る、ということです。自己主張甚だしいですね」 そして、それを理解する理由になったのがモーゼス・“インディゲーター”・マカライネンの三ツ池公園襲撃……全てはあそこから仕組まれていたのである。 そして、アシュレイからの提案に帰結する。 アシュレイの決壊を張り巡らせることで、ケイオス側の空間転移の座標を『外周部』まで後退させること。 もうひとつが、雲霞の如く押し寄せる死体達からケイオスを捉えるため……万華鏡とフォーチュナの力を借り受けることであった。 「それで、今回皆さんの担当は外周部。アタラメント・カトレリエ、及び彼女に従う楽団員一名と死者多数を排除して頂くことにあります」 その名前を聞いたことがあるリベリスタが居たかどうかは、さておき……所持楽器がトライアングル、と告げられれば弱敵と侮る者が居ても仕様があるまい。 「多少空気が緩んだ様ですが、残念ながら彼女はそこまで御しやすい相手じゃないですよ? 愉しむことを第一にしている以上、次は無い。邪魔されればその命を刈り取ることで『次』として慰めにするでしょう。加えて、彼女一人ではない。多量の死体と、相棒とも言える楽団員が側付きですからね。実際、厄介です」 でも、やれるだろう、出来るだろう。最善を尽くせるだろう、と。 「どちらにせよ、ここで彼女達は止めます。その音色は、この世界には必要ない。最大を以て最善を――」 信じていると、言葉を紡いで。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:風見鶏 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年03月16日(土)22:49 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●闇、深淵に降りて 「a capriccio、君達がやりたいようにやればいい。現世への恨みをぶつければいい。ボクはそれを導くだけだ、そうだろう?」 首にぶら下げた拍子木のアンバランスさなど、一切感じさせぬ口調で少年――クラリエラ・シュミットが得物を掲げる。中心を大きく打ち合わせず、先端同士を軽く叩きつけるその音響は、確実にビートを刻むことを目的とした、リズムよりテンポを重視したそれである。 大きく打ち合わせることがどれほどの労を要するかを理解した上で、できるだけ簡素に簡易に行う姿は、決して楽しむためだけにこの死地を歩いているわけではないことを伺わせた。 「……圧シ潰セ、クラリエラ。コノ先ニ居るリベリスタ、ソノ手前ノ『邪魔者』、何ヲモ問ワズ徹底的ニ」 「不機嫌だね、カト姉。要らない感情に流されるのかい?」 「解ラナイ、トハ言ウナヨ。疼クンダヨ」 苛立ちか、焦燥か。彼女を衝き動かす衝動は決して楽しむためのものではない……これは、怒りだろうか? 「……一体どれだけの人が犠牲になり、魂の安らぎを冒涜されたのでしょうね」 「さァ、どうだか。数えきれないなら数えない方がいいぜ嬢ちゃん。砂浜で、掌からこぼれた砂粒の数をアンタは数えるのかい? つまりはそういうことだ」 その、奇妙な二人から幾ばくか。眼前に広がる死の影に苦々しい視線を向けた『大雪崩霧姫』鈴宮・慧架(BNE000666) に対し、増援のリベリスタの言葉のドライさは正直、彼女の肌に合うものではなかった。とは言え、その言葉がどこまで本気で吐かれたのかは考えるまでもない。得物を握る手が白くなるほど握りしめられた様子からも、窺い知れるというものだ。 「こんだけの頭数を揃える為に、どれだけの無関係な人間を巻き込んで悲しい思いをさせたんだ?」 慧架同様、目の前の状況を純粋に類推し憤りを吐き出したのは鷲峰 クロト(BNE004319) である。アークに身を寄せて程なくして訪れた大舞台は、彼の革醒と前後して起きた大事件――混沌組曲の第二節と地続きにある。 つまりは、まかり間違えば彼とて『悲しい無関係者』であったはずなのだ。死が及ぼす影響は、決して看過できるものではない。 「この戦いに勝利し、ネクロマンサーどもに死を与えましょうね♪」 「……アンタ、何時観ても幸せそうでいいよな」 銃を構え、嬉々として吐く『ヴァイオレット・クラウン』烏頭森・ハガル・エーデルワイス(BNE002939) の姿は最早味方内をしても定例となりつつあるのか、驚くことも咎めることも周囲はしない。どのような形にしつらえてあったとしても、そこにあるのは一線級と呼ぶに差し支え無いリベリスタ(どうほう)なのである。 或いは、その表情を曲解するものも居ようが、彼女は彼女で純粋に殺害や戦いを求めているのだから世話はない。 「音楽っていうのは人の心を揺さぶるものです。私は音楽なんて素人ですが、それぐらいの事は分かりますよ」 つまりはそんな音楽など下らぬものだ、と。『デストロイド・メイド』モニカ・アウステルハム・大御堂(BNE001150) は吐き捨てるでもなく、常の調子のまま言い放った。或いは激昂や嫌悪と共に吐き出されていれば、それに何らかの雰囲気が相まって解釈を異にしたのだろうが、彼女に限っては周囲がどうなろうが大きい変化があるわけではない。 少なくとも、自らの居場所を守ると言うような大仰な決意ではない。ただ、目の前の敵を何事もなかったように打ち払う、というだけのことであろう。 「糖蜜カ何カノ様ニ甘イ決意ト、吐キ捨テテ足ラン稚気ジミタ戦意カ。方舟ニ乗ル番ハ残念ダッタ、トイウワケダナ」 チン、と。 軽くビーターを振るい、その流れで単音で止めるトライアングルの音響を手に、アタラメントは朗々と語る。 変わらぬ罵声は呼吸をする様にゆるやかに。 何もかもを理解したような語り口は、然し彼女が何も知り得ない事を意味する。 その証拠に。風がその傍らを抜け、その髪を数本切り飛ばすに至るまで無警戒だった姿は、ある種滑稽と言えなくもなかった。 「どう? 素敵な挨拶だったでしょう?」 「……少シ、認識ヲ違エタカ。稚気ドコロジャナイ」 生まれたままの純粋な欲求のようだ、と。いかなる意図を込めてか、眼前の『炎髪灼眼』 片霧 焔(BNE004174)に視線を向けた。滑稽か。そのとおりだ。素敵か。どうだろうか。 感情に抑揚もない。喜びだけで他者の痛みを抉る彼女にとって、その少女がどう見えたものだろうか。 「三度目の正直で今度こそ仕留めてやる!」 「ふうん? 『仏の顔も三度』という言葉は無いことにするのかな、そちらでは」 焔の声に返すアタラメントのそれを聞き届け、この上ないタイミングを得た『狂奔する黒き風車は標となりて』フランシスカ・バーナード・ヘリックス(BNE003537)が啖呵を切る。だが、それに応じたのはアタラメントではない。無邪気さの残る、しかし冷酷な口調……クラリエラの言葉だった。 特に感慨が会ったわけではない。三度、対峙してそれでも倒さぬ、倒せぬ事態など傍らの楽団員は生まぬだろうという絶対的直感がある。 だが、反して彼はアークの『しぶとさ』を理解した上でこの戦いに赴いている。 仏はどちらに対し鬼となるのか。答えは、既に出ていたのだろう、と。 「中々趣深いな、チンドン屋? 楽器に不釣合いな仏頂面で何をする気か知らないが、笑顔が足りない」 「口を開けば罵倒と嘲り。君の『楽器』は麗しいのに、君はとても……雑だね。繊細さが見えないよ」 まるで呼吸のように悪罵を交わすクラリエラと『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)のやり取りには、しかし一切の憎悪は感じられなかった。 ユーヌは淡々と目前の敵に対し撃破するという意思を向けているだけであり、クラリエラもまた、目の前の……といっても、相当の距離にあるが、そんな少女など通り道にある草一本と何ら変わりのない認識なのだ。 『楽団』にあって、アークは所詮、路傍のに相違ない。 彼らと戦闘をしたこともない少年に、その恐ろしさを説くことなどとても出来まい。 彼と戦闘をしたこともないアークのリベリスタに、その残忍さを理解させようなどとも思えまい。 「この地に来て1年もたたない新参者ではありますが、アークの剣として鍛えてきたこの身、ここで貴方達を倒すために振るいます」 『戦士』水無瀬・佳恋(BNE003740)には……ひいては、両者にはそれ以上のやり取りなど必要なかったのだ。 死者の波は既に限界を超えて決壊に近い。 リベリスタの戦意は最早語るべくもなく高まり昂ぶり、一切を許さぬ構えにあった。 ……このやり取りが始まって終わるまでの数十秒などなんでもなかったかのように、のちの数十秒は濃密に奏でられる。 ●冥滅アレグレット 「死体は鈍いと決まっている。そこで動けないまま転がっていろ」 護符を施した手袋を軽く振るい、ユーヌは眼前に玄武を顕現する。僅かな挙動も、自らへの暴力も許さぬと言わんばかりのその一手は、死体達の進軍速度を大きく損なうものとなったのは言うまでもない。 「……チ」 アタラメントが、小さく呻く。彼女の十八番である操屍術がひとつを鑑みれば、その状況は余りに相性が悪い。ユーヌの攻め手を外れ、それ以外をと考えることも出来ようが、所詮は意地の張り合いと大差ないこと。であれば、それを無理に引き剥がすことはしないことが得策でもある。 「巷は生を求めている。私たちは生を望んでいる」 「死を求めているんだ、僕らは。ここにある夜が僕達を求めているんだ。だから、世界は死に塗り替わるんだ。素敵だろう?」 「うふふふふふふふ、穿って良い的が一杯なのですねぇ」 死を求める少年の声に、応じるのは断続的な銃声だ。それが誰のものかは考えるまでもない。 エーデルワイスの意思は、ある意味楽団員と路線を同じくするのだろう。それが始めての死を求めるか、二度目の憂いを求めるのかの違いにすぎない。 撃って撃って撃って撃って、辺り構わず当たるを構わず撃ちまくる。 彼女にとって眼前の敵は全て、的でしかない。それ以上もそれ以下も無い。ただ、穿つに足るか否か、それだけだ。単純な道理の前に機知など不要。慧架のように、先々を考えての能力運用など端から度外視で動いている。 「……ン当にこの嬢ちゃんは……」 足を打抜き、腕を、次いで顎を撃ちぬく徹底ぶりは、逆説的に徹底している分、処理できる数に制限が出来ることを意味する。どれだけ優秀な射手でも、自らの能力の運用に長けていなければそれは無用の長物に過ぎない。それを知らずとも、その状況にゾッとしないものを感じたのは傍らで彼女に追いすがる死者を追撃するリベリスタである。 「マジでゴメン……後でちゃんと弔うから」 「此処には私達の守るべきものが沢山あるの。だから」 今だけは許して欲しい、などと甘えはしない。 だからきっと、その分を取り戻し取り返し弔いとしよう、と。 クロトは、握りしめた刃から視線を切って、目の前の死者の関節を踏み砕く。 焔は、振り上げた足から真空を巻き上げ、立ち塞がる死者を削り取っていく。 ……そう、これは優しさと決意とをどこに置くか、二人のあり方が違うだけのことだ。 甘えれば死ぬ。甘えなくとも実際、命が危ない。行動不能にすることを重点に置きつつ自らの信念を崩さないクロトと、全力を出すことを弔いとする焔との心のあり方の違いだったのだ。 だから、彼らは脆くて強い。靭やかな魂が形作る世界は、どれほど厳しく優しいのか。 切り裂かれた首から上が、開放されたような安らかさを見せたのを視界に入れ――そんな凄惨な救いなんて要らなかったろうが――クロトの目尻に、光るものが伝った。 「あまり身内を撃ちたいとは思いませんから、無理だけはしないようにして下さい。後々面倒ですから」 「全く、手厳しいこって!」 当たるを幸いに弾丸を撒き散らす。それはモニカにとって、この上なく相性の良い戦いであったことは否定できまい。 担ぎあげた砲口は目の前の対象を撃ち漏らすことはない。側面に僅かに当たれば、それだけで胴の半分は持っていかれるだろう重圧。 そんなものが驟雨の如く吹き荒れるのだ。回避しろと言って、容易に出来るものではない。 「随分ト容赦ナイナ、リベリスタ。モウ少シ嘆クモノカト思ッテイタガ」 「嘆いて死体が息を吹き返すなら……吹き返すとしても私は嘆きませんけど、する方は居るでしょうね。大概そういうのは人じゃないので、死ぬ運命にあるでしょうが」 「成程、極論ダガ正シイ」 遠間から声を飛ばすアタラメントなど見えていない、見えていようとどうでもいいのだろう。モニカにとって、目の前で置きている以上の出来事など必要ないのだ。 その死体の過去に何があろうと、未来がどうなろうと、今ただ倒されるべき対象として現れたそれに駆ける情けも悼む思いも必要ない。倒されるべくして現れたなら、倒されていくのが宿業というものなのだ。 「さあ幕開けだ! ここでお前たち全部終わらせてやる!」 「いや、幕引きじゃないかなお嬢さん。キミの事はカト姉から話の端に聞いたけど……うん」 リズミカルに、敢えて正面から打ち鳴らさずに拍子木を弾くクラリエラの表情には陰りがあった。アタラメントは、彼女のことを覚えていた。彼女を一定の理解のもとに視界に入れていた。 だが、それが決して好意的なものではないことはクラリエラの表情から明らかだった。フィクサード、ことバロックナイツの麾下にある者がリベリスタに好意的である筈もあるまいが……それでも、その言葉端ににじませたそれが、明確な意志のもとに残されていることは語るべくもない。 フランシスカへと、明確な敵意を与えられた個体が迫る。彼女にとってみれば何体来ようが大差ないだろうが、しかしその速度は決して遅くはない。 まとめて狙い、当てるには不利……だが、その刃を構えるより早く、彼女の視界を塗りつぶす戦意の塊が振り下ろされ、吹き払った。 「大丈夫ですか? 戦線は大分押し上げてきていますから、このまま……!」 佳恋の白鳥乃羽々が、フランシスカのアヴァラブレイカーに添えられるようにして乗せられる。 刃とは魂。剣戟とはそのぶつかり合いだ。軽く触れ、離れたふたつのそれに通じたのはただ、両者の意思疎通に他ならない。 「……うん」 開かれた視界の先に、悲しみか怒りか、それ以外の感情を巡らせたクラリエラが居る。 アタラメントの側にも、リベリスタ達の指がかかろうとしている。 夜の一幕は、佳境へと走りだす。 ●籠絡タウンゼント 「ハァ……くそ、キリがねえぞ畜生!」 「何体潰した!? 倒しても倒しきらねえと実際キツいぜ……野郎共、ここは退くぞ! これ以上無茶して迷惑かけんじゃねえ!」 「フン、虫ノ引キ際ハ速イノダナ」 「手駒を増やさせるとでもか? 生憎だがそれは無理だぞ」 仲間を担ぎ、或いは自らの足で撤退を開始した増援を視野に、アタラメントはビーターを揮う。 だが、その音響が彼らを襲うより疾く、ユーヌの輪郭を取った影人が割って入り、四散していく。 アタラメントが舌打ちをする間を与えようとせず、続けざまに放たれるのは慧架の距離を超えた一撃――まともに叩きつけられて、しかしアタラメントは無様に転がろうとはせず、腕をバネにして跳ね起きる。 決して軽い一撃ではないそれをうけて、然し彼女は慄然とする程に狂おしい笑みを浮かべていた。 「ハハハ、ハハハハハハハ!」 「――――な……」 狂乱、そして激しく打ち鳴らされるトライアングルの音は、戦場を余さず覆い尽くした。だが、当たるを幸いに爪弾く音響とは違う。範囲から選び取り、叩きこむための音響だ。 その連鎖の只中に放り込まれ、連続する律動に押しつぶされたのは、誰あろうエーデルワイス。 アタラメントの発狂を予測した彼女は、憎悪を鎖に変え追撃に出ようと試みていたが……それでも、察知して先制を仕掛けるにはアタラメントが速い。 音響に紛れ霊が蔓延り、その手足から力を、魂の輝きを奪い去る。 そして、それはクラリエラに刃を突きつけようとしたフランシスカもまた同じく。エーデルワイスほどではないにせよ、そのダメージは看過出来るものではない。……増援の彼らに癒し手がいなければ、そこで戦いは終わっていたかもしれない。 「へえ、強いね。聞くと見るとじゃ大違いだ。カト姉が言う程に脆くはないじゃないか」 「ふざ、けるな……!」 一瞬でも、意識をやられてしまった自分が口惜しい。ぎりと歯を食いしばり、フランシスカは刃を構え直す。 背筋を思い切り引き絞り、真正面から音響を叩きつけようとするクラリエラを貫くために、アヴァラブレイカーが迸る。 ……僅かに早く。黒の刃は少年の脇腹を掠って背後に抜け、振り返る隙も与えられず大音響が響き渡り。 それを受け止め、更に踏み込んだのはクロトだった。 「え」 「ぶちのめしてやる……っ!」 避け得るタイミングではなかった。全力で打放った。今、このリベリスタは何をしたのか……解らないが。 自らがその一撃を受け止めることだけは、彼にだって理解できたのだ。 ひゅう、と息を吸う音が響く。 佳恋の持ち上げた刃が重量を以てアタラメントに襲いかかり、これを大きく退ける。 チィン、と低く打ち鳴らされた単符が斥力を生み出し、更にと踏み込んだ彼女の胴を中心から吹き飛ばす。 焔の拳が炎を纏って突き進み、その髪を焦がし散らす。 ギリギリで必中を免れたアタラメントの指先から霊が迸り、その身を苛み包み込む。 ぞっとしない光景だった。 リベリスタ達の全力攻撃を正面から受け、流し、或いは避け、アタラメントは致命的なシーンを避けつつ的確に、或いは無造作に反撃を繰り返す。 その表情は、先程までの無表情ではない。 笑っている。上弦もかくやと言わんばかりに開かれた口が、呼気を生む喉が、愉悦に浸る瞳が、その全てが笑っている。 既に血と汗と涎でボロボロになった容貌で、ケタケタと笑っている。 胴から腸が漏れ腕が裂かれて、それでもビーターを口に咥えて打ち鳴らす。 膝を屈し、それでも立ち上がるリベリスタ達を視界に収め、悲鳴も上げず。 ――嗚呼、成程と。 小さな声を最後に、アタラメントの喉が砕け、首から上が滑り落ちる。 その表情は。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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