●その夜の役者 満月は空にあってこうこうと輝き、ひとすじふたすじの薄雲と相まって雅やかな風情を見せている。夕方から降り続いた雨に濡れたアスファルトは、月のもとで艶かしく光を返す。夜風にのって、どこからかフクロウの鳴き声すら聞こえる。道の両側に広がる空き地では、名も知れぬ草花が青い葉を伸びやかに風に揺らしている。 なかなかに趣きのある夜であった。 その暗い小道を、一人の女性が通りかかった。品の良いアッシュグレイのパンツスーツを着こなした姿は、いかにもなキャリアウーマンといったところか。後頭部に結い上げられた豊かな黒髪にはひとすじの毛の乱れも無い。加えてオーバルの黒縁眼鏡、はっきりした赤い口紅を引いた美貌から、彼女の厳格な性格がうかがえる。 しかし、彼女のパンプスはカツン、カツンと柔らかく、ゆっくり感覚をあけて足音を鳴らした。赤い唇はゆるく弧を描いてさえいる。今夜の雰囲気を、キャリアウーマンはいたくお気に召したらしい。 それゆえに、彼女の意識は警戒を忘れた。 それゆえに、彼女は悲劇から逃れ得なかった。 突如。背後から伸びた毛深い腕が彼女の腰を捉えた。悲鳴は掌に遮られた。冷たい地べたに引き倒される。髪を掴まれ、空き地へと放り出された。 彼女を襲ったのは一人の男だった。目出し帽で顔を隠しているが、体格から三十代程度に見える。 男の腕が女性へとのびる。スーツを、ベルトを、まるで紙細工のように引き裂き、引きちぎる。 「だれか……いやぁぁっ!」 必死に四肢を振り回し、助けを求める女性をあざ笑うかのように、襲撃者は彼女の白いシャツへ指をかけ、そして―― ひとつのくびが、ぽぉんととんだ。 ●正義のばけもの ブリーフィングルームに集ったリベリスタたちは、大型モニターが映し出すとても色鮮やかな映像を視聴していた。 これから起きるはずの悲劇。絵面としては、ありふれた殺人事件だ。任務は「真っ赤なケチャップがぶちまけられる前に原因を排除しましょう」と言ったところか。だが、映像はまだ終わっていなかった。 着衣の乱れた女性が呆然とへたりこんでいる。その眼前に、仁王立ちする者があった。 渋い暗赤色のレザーコート、黒光りするエンジニアブーツ、同じく黒のティーシャツに、ぴったりとしたライダースパンツ。風にゆれる長い黒髪。 季節をまるで無視した服装の、その人影は、言った。 『おねーさん、大丈夫ですかぁ?』 頭をななめ四十五度に傾けて 『夜中はあぶないですからぁ、ひとり歩きはやめた方がいいと思いますよぉ? 今日は僕がおうちまで送りますけどぉ』 そう言ってしなを作る、身長120cmのあどけない少女。その手には血潮したたる、刃渡り120cmの無骨なブーメラン。 「彼女が今回の敵。覚醒者よ。名前は王堂ゆかり。十二歳の女の子」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は淡々と告げる。イブもまた十三歳の幼さで覚醒者という身の上にある。 「今回の犠牲者はフィクサードだけれど、彼女はすでに幾度か一般人を手にかけているわ。今回と同じように、事件現場に駆けつけて、被害者を助けるためにね」 イブが、言葉を切り目を伏せる。長い銀のまつげがまたたいた。 「例え王堂ゆかりが『悪』でないとしても、わたしたちは一般人を巻き込む覚醒者を野放しにしてはおけない。みんな、お願い。彼女をとめて」 幼い肩にあまりにも重い役目を担うフォーチュナは、そう言ってリベリスタに未来を託した。 モニター画面の中の少女は、頭に被ったこれまた真っ黒なキャスケットをちょっと斜めに被り直している。帽子についた青い毛糸の花飾りがかわいらしい。 すっかり腰が抜けた女性を軽々とお姫様抱っこして、少女は言う。 「もう心配要りません。僕がおねーさんを守ってあげますぅ! だって僕は」 正義の味方ですからぁ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:夜半 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年08月22日(木)23:42 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●開幕 陽はとうに落ち、町はしっとりとした真夏の夜闇に包まれている。吹き抜ける風が、湿った雨の匂いを運ぶ。夕暮れの名残か、どこかで蝉が鳴いていた。 人通りの無い暗い小道を行く女性が一人。彼女を毒牙にかけんと、その背に迫る男が一人。やがて男は背後から女性――飯島花に抱きつき、道を外れた草むらへと押し倒した。ここまでは予知された脚本の通り。 男の指が触れるか触れないか。その瞬間に目に見えぬ風の刃が男の脇腹に突き刺さる。 『正義を騙る者』桜花未散(BNE002182)の脚から放たれた一撃が、運命のシナリオを書き換えた。 目出し帽の奥に驚愕を浮かべ、男もといフィクサードは吹っ飛び、泥を跳ね散らし、草むらを転がっていく。 「本当、いい夜ね。散歩するにはちょうどいいわ」 今しがた斬風脚を放った脚を軽く払い、未散はひとりごちる。いい夜だ、つい気も緩んでしまいそうなほど。 「けど、そこに付け入るなんて、アンタ無粋極まりないわね」 敵は覚醒者だ。普通の人間ならば致命傷となるような攻撃であってもある程度は耐えられる。しかし、男は得た神秘の力を使いはしても鍛えてはいなかった。未散の一撃の前に、たまらずうずくまる。 間髪を入れず『微睡みの眠り姫』氷雨・那雪(BNE000463)のトラップネストが飛んだ。 「さあ、大人しくしていてもらおうか」 精神力を撚り合わせた幾筋もの糸が放たれる。糸はフィクサードを取り囲み、絡め取り、全身を蝕む麻痺を与えた。 「やれやれ。神秘界隈ってのは、こんな厄介なやつらばっかりなのかねぇ」 今回が初仕事となる無敵九凪(BNE004618)は、思わずぼやく。覚醒者・王堂ゆかりといいフィクサードといい、少々説教が必要なようだ。 未散と九凪は飯島を保護せんと、フィクサードとの間に立ちふさがった。 狂気に色を変えた月明かりの下に、一人、また一人とリベリスタたちがその姿を現す。 ある者は男と怯える飯島とを分断するように。ある者は男をすらも、何者かから守ろうとするように。 『合縁奇縁』結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)は後者だった。いや。正確に言えば、竜一は男を追って現れる王堂ゆかりをこそ守ろうとしていた。 王堂は悪人とは言え人を殺めた。殺された人間にも家族や仲間がいたはずだ。その復讐を王堂が受ける可能性は充分にある。ましてや、それが凶悪なフィクサードの組織であったとしたらただでは済むまい。 取り返しのつかない事態になる前に、王堂を必ずアークへ保護する。決意を胸に、竜一は拳を強く握った。 『殺人鬼』熾喜多葬識(BNE003492)は戦場全体を見渡すように眼を配る。光源の乏しい道路を、草原を、葬識は千里を見通す魔眼を以って隈なく注視する。仲間の立ち位置を正確に把握し、敵の逃亡を許す隙が無いか確認する。 竜一、葬識と共に周囲を警戒する『泥棒』阿久津甚内(BNE003567)は、愛車・ブラックエミリのヘッドライトを光源に暗闇を照らす。暗視スキルを持たない甚内だが、バイクのヘッドライトはなかなかに眩しい。激しく動きまわるようなことにならない限りはそれで充分だろう。 三者三様、それぞれの役目を果たさんとするリベリスタたちの中で『Le Penseur』椎名真昼(BNE004591)は重い緊張感を背負っていた。流れる汗が頬を伝う。 今回の任務、ただフィクサードを捉え、覚醒者を撃退すればそれで良いわけではない。図らずも、真昼は任務の成否を左右する重大な役割を担う羽目になっていた。 絶対に失敗は許されない。 真昼は決意を新たに、その手の得物――先に円形の板が取り付けられた長い棒を堅く、堅く握りしめた。 さて。今回の依頼には名の知れたリベリスタが複数名参加している。『殴りホリメ』霧島俊介(BNE000082)もその一人である。 今まで数々の死線をくぐり抜け、敵味方にその名を轟かせて来た生かしたがりのホーリーメイガス。パーティの中核を担うその人は今夜――一糸まとわぬ裸であった。 指に光る指輪の他は、防具も、道具も、最低限の下着すらも身に着けていない。まごうかたなき、真の全裸だ。全裸ということは、必然、いろいろと見えてはいけないものが夜風に晒されているということで。 「っ! 危ない!」 スタンバっていた真昼が素早く俊介の前に躍り出る。手にした棒で下半身の一箇所、放送禁止エリアを覆う。 「放送事故は絶対に起こさせない。女の子たちの眼にも触れさせない。これが、オレの役割なんだ」 きりりとした表情は凛々しく。しかし流れる空気は最早シリアスとは程遠く。 俊介の迷いを振り切ったような堂々とした佇まいが、かえってシュールさを助長している。 「よォ、夜中のテンションかよ。お盛んだなァ?」 目を見開いて、口元は引きつらせて、俊介はフィクサードを睨みつける。 「てめェは絶対許さねェ! 覚悟しやがれ!!」 仲間を激励するかのように、自身を奮い立たせるかのように、俊介の一喝が響いた。 「ぶっ!」 最初に吹き出したのは竜一だった。駄目だ、もう我慢できない。 「うわマジで脱いだんッスか! さすがッス!!」 遠慮の欠片もなく、俊介を指さしゲラゲラと笑いころげる。もちろん、竜一自身はしっかりと衣服を着込んでいる。竜一に限らず、俊介以外の誰一人として裸体を披露している者はいない。打ち合わせの約束? はていったい何のことやら。 「わあー、大変なことになったぞー?」 妙に棒読みで、甚内が言う。 「本当に全裸だったらバイクで轢いちゃおっかなー、とも思ってたんだけどー。俊ちゃん、真昼ちゃんのお陰で救われたね☆」 完全に他人ごとです、と言った顔をしているが、そもそも甚内は全裸敢行を煽った一人である。 「うるせー! なんだよお前ら嵌めやがって!」 薄々わかってはいたけれど。言い返すも、着替えも持たず来てしまった以上、依頼完了まで全裸を貫き通すしか無い。 俊介は腹をくくり、陣地作成を始めた。 一方、女性陣は笑い事で済まない。 真昼の俊敏な仕事ぶりにより隠すべきところは隠されているが、なにぶんその他が余すところ無く丸出しだ。飯島などは耳まで真っ赤になっている。後々わいせつ物陳列罪で訴えられないことを祈ろう。 那雪は速やかに俊介を背にして立つ。陣地作成の間無防備になる俊介を守るために前以て決めていた立ち位置が吉と出た。 「まったく、無茶ばかりする兄さんだ」 既に戦闘態勢に入った那雪は、眼鏡を押しあげ溜息をついて見せる。 「仕方がない。しーくんの身は、僕が。名誉は椎名さんが。絶対に守るよ」 「なゆなゆ……ありがとう」 「けど、あとで腐ったお姉さんたちの餌食になることくらいは、覚悟しているだろう?」 言うや、どこから取り出したかカメラをちらり。 「待てなゆなゆ、それは駄目だ。頼むからこっち向かないでくれ」 その時、新たな靴音がアスファルトを鳴らした。 ● 甚内のバイクに照らされた道路に、ブーツを履いた脚が踏み込んだ。 程なく、身の丈ほどもあるブーメランを背負った少女がその全身を現す。 「あらぁ、僕の出番は無いみたいですねぇ」 口調はふざけて、その両眼は真っ直ぐにフィクサードだけを睨んで。 「僕は王堂ゆかりと言いますぅ。お兄さんたちはどなたでっ」 途切れる台詞。 王堂はみるみるうちに顔を赤くして、俊介から視線を逸らす。 そそそそ。と。 ぎくしゃくとブーメランを地に立てたゆかりは、巨大な刃の後ろに身を隠した。 「へ、へんたいだぁぁ……」 ブーメラン越しに届く声はか細く。 覚醒者とはいえ、12歳の幼女に対して全裸は刺激が強すぎたらしい。 しかし王堂が動けないお陰で、陣地作成が完了までの時間を多少は稼ぐことができそうだ。 「王堂ちゃんだっけ。ねぇ、君は正義って何か分かる?」 混乱する王堂に声をかけたのは葬識だった。 「それは……良いことをすること、ですぅ。困っている人がいたら助けて、悪いことをする人がいたらやっつける。 それが、正義の味方ですからぁ」 ブーメランの陰から返事があった。 「あの男は、たくさんの女の人にひどいことをしました。だったら、僕にやっつけられても仕方が無いですぅ」 王堂の答えに、葬識は薄く笑う。 「じゃあ悪い人なら殺していいんだ。俺様ちゃんは今まで何人も殺してきた殺人鬼だよ。と同時に、人を救ったこともあるんだ」 殺人鬼としては恥ずかしいけどね、とおどけてみせて。 葬識の二つ名は単なる自称や飾りでは無い。自身の美学に基づいて、葬識は多くの「人」を討ち倒して生きてきた。一方で多くの一般人を命の危機から救い上げてきた。 命を奪うこと、救うこと。両方を成し遂げてきた葬識は、王堂にとって果たして悪か、それとも正義か。 「それは……」 王堂はいい淀む。 そこへ、また一人声をあげる者があった。甚内だ。 「じゃー、こんなのはどうかなー?」 おどけた声音にオーバーアクションで、葬識の隣へ歩み寄る。 これは例えなんだけどね、と前置きして 「例えば、元々おネーさんが、あの男に悪さしててー。で、今夜の事件は止むに止まれずの復讐だったとしたらー?」 例えば、飯島は世界を滅ぼす存在で、男の行動は世界を救う為だったとしたら。 例えば、男の実子が誘拐されて、救う為には飯島を襲えと命令されていたとしたら。 表面上は悪に見える者が、目に見えぬ内面に葛藤を抱えていたとしたなら。 「どうすれば正義執行なのかなー? 今まで君が殺した人達も、今言ったどれかに当てはまってたかも知れないねー★」 言うと、甚内はにっこり笑って見せた。 王堂は目を見開く。葬識と甚内の問いかけは、本来は陣地作成が整うまでの時間稼ぎが目的であったが、王堂を精神面から揺さぶることにも充分な効果があったようだ。 「そんなの、屁理屈です」 王堂はブーメランへと手をかける。 「あの男は悪い人です。悪い人は殺さないといけないんです。殺さないと正義の味方になれないんです」 アスファルトに浅く刺さっていた得物を抜き放ち、王堂は切っ先を葬識へ向ける。 「僕は正義の味方でいないといけないのに……」 言って刃を振りかざす。その姿に、葬識はとどめの言葉を刺した。 「そうやって、誰かの正義を黙殺して自分の正義を語るの? 『正義の味方』を自称して、ホントは『何の味方』のつもりなの?」 少女の瞳が、歪む。唇が震える。ブーメランを掴む手は、関節が白くなるほど握られて。 「うわああああ!!」 ついに凶刃は振り下ろされた。 真っ直ぐに振り下ろされた刃を、葬識は危なげなく回避する。 ほぼ同時に、俊介の陣地が一帯を覆う。葬識らの引き付け策が功を奏した形だ。これで王堂やフィクサードが逃げようとしても俊介の許可無しに陣地から出ることはできない。 葬識と入れ替わるように前線に経った竜一が、拳に溜めた気合でメガクラッシュを放つ。 強烈な一撃を受けた王堂はたまらず吹き飛ばされる。実戦を経験しているためかすぐに体勢を立て直してくるも、竜一らの背後にいるフィクサードとは大きく引き離すことに成功した。 竜一、葬識、甚内を敵と見据えて突っ込んでくる王堂。彼女を迎えるように、三人も前線を押し上げる。 再び葬識が王堂の正面に立った。 振り回されるブーメランの軌跡を紙一重で避け続ける。冷静さを欠いた大振りの斬撃では、高い回避能力を持つ葬識を捉えることなどできはしない。かすり傷ひとつ与えられず、王堂は苛立ちを募らせていく。 一方、フィクサードも動きを見せた。 先だって斬風脚を受けた脇腹から滴る血は男の体力を削り、気糸による拘束と麻痺とで動きも大幅に制限された。駆け出しのリベリスタよりもなお劣る力しか無い男にとっては充分な痛手である。彼には最早リベリスタを相手取る気力は無かった。 「皆、気をつけろ! フィクサードが逃げるぞ!」 那雪の超直観が反応した。名雪は男の逃走の気配を鋭く察知すると、仲間たちに警告を発する。 「ひぃ! 助けてくれぇっ」 幾人もの力無い者たちを思う様嬲ってきた男は、いざ自分の立場が逆転したことを悟るや逃げ出した。 「はいそうですかって訳に行くか!」 逃げる男の背に九凪が手をかざす。放たれた光の球は、逃げる男の背に追いつき、追い越し、見開かれた眼のその前で弾けた。 眼を刺すまばゆい光の爆発。男が腰を抜かすには、それで充分だった。 その時、俊介が動いた。 腰を抜かした男は、這ってでも逃げんとしている。その眼前に仁王立ち、俊介は右の拳を堅く、堅く握った。 「まず花ちゃんの心の傷の痛み!」 ためらいなく振りぬかれた右ストレートが男の左頬を穿つ! 「次に神秘の力で調子乗った罰!」 二発目の右ストレートも遠慮なく! 「最後に俺を全裸にした罰だァァア!!! 死にさらせぇぇえ!!!!」 三度目は神気閃光乱れ撃ちだーーー!! 八つ当たりにも似た連続攻撃を受けて、男はアスファルトに倒れ伏した。ぴくぴくと痙攣する男の上に、聖神の息吹が降り注ぐ。 「これに懲りたら、もう事件起こすんじゃねぇ! ちょっとアークで事情聞こうかドスケベが!! 俺を全裸にしやがって!!!」 フィクサードにとって見れば、全裸に関しては何のことやらわからないだろう。だが、確かに彼が起こしてきた暴行事件の積み重ねが、今夜俊介を生まれたままの姿に剥いたのは間違いない。因果は巡っているのである。 大先輩の雄姿を見届けて、九凪は男の脇にしゃがみこんだ。 「まぁ、なんだ。俺たちの中にはな、お前さんを一撃で肉の塊に出来るやつも居るんだぜ。 大人しく連行されるか、強制的に連れて行かれるか。どっち選んでもいいけどな、もう痛いのも訳わからんのも嫌だろう?」 男はアスファルトに突っ伏したまま、力なく頷いた。 葬識が回避を生かして王堂の攻撃を一身に集める。その隙に、竜一は王堂の背後を取った。 デュランダルは刃を手に戦うのが本来の姿だが、竜一の手はからっぽだ。武器を隠しているわけではない。竜一は今回の任務に全くの徒手空拳で挑んでいた。 竜一、葬識、甚内が周囲を囲むことで王堂は動きを大きく制限された。苛立ち紛れに、ブーメランを大きく振り回し周囲を薙ぐ。その刃でさえも空を斬る。 挑発的に回避を繰り返す葬識を捉えようとすれば、背後に回った竜一がすかさず手痛い一撃を喰らわせる。大きく得物を振り上げ技を繰りだそうとすれば、援護役の甚内が槍を投げつけ未然に防ぐ。 次第に王堂の足取りは重くなっていった。 「ひとつ、聞きたいことがある」 竜一は王堂に問いかける。 「悪人相手とは言え、お前に人の命を背負う覚悟があるのか? 多勢が相手でも悪と敵対し、一人で立ち向かう勇気はあるのか?」 半ば反射的に、やけくそとでも言うように、王堂は即答した。 「そのくらい、僕だってもってますぅ!」 叫びとともに向けられた横殴りの斬撃。わずか表皮を削っただけに終わった一撃を受け流して、竜一は静かに諭す。 「そんなものは、ただの無謀だ」 「なっ!」 奪った命の重みを背負うこと、自らよりも強大な悪に立ち向かうこと。 それらはたった一人でできることではない。志を共にする仲間がいてこそ、ようやく成し遂げられる。それを竜一はアークで身を持って学んできた。だからこそ。 「ゆかりん。俺たちの組織に、アークに来い! そこでなら、正義のために何をすべきか見えてくるはずだ!」 精神的に極限まで揺さぶられたあとの戦闘で、王堂は疲弊していた。 疲れ切った少女の耳には、竜一の提案は酷く甘美に、魅力的に響いた。 「でも、僕は、僕は……正義の味方に……!」 振り上げた刃は、手から滑り落ちる。 信じた道を見失った少女は、ただ泣き崩れた。 ●閉幕 大人しくなったフィクサードは未散によって厳重に縛り上げられた。最早体力は残っていないとはいえ、万が一にも逃げられないように両手を後ろに回し、指を組ませ、両膝も折り曲げてがっちり固定。乙女に手を出したからには容赦は無用だ。 「災難だったわね。暴漢は突き出しておくから、安心なさい」 神秘事件の一部始終を目撃する羽目になってしまった飯島を未散が気遣う。 未散は、どこか呆然とした表情で立ち尽くす王堂にも語りかけた。 「貴方はこれからアークでもっと色々なものに触れてみなさい。 怖がること無いわ。私たち、友達くらいにはなれるわよ」 驚いたように顔を上げた王堂に、真昼も言う。 「ごめんね。裸の人とかいて、びっくりしたよね」 王堂を安心させるように頭をなでて、 「でもね、どうやらこの世界は君が思ってるよりずっと複雑怪奇みたいだ」 ある日突然神秘の力に選ばれて、非日常に引きずりこまれる。そんな理不尽が溢れた世界だからこそ、その理不尽に対して、不思議に対して、常に問い続けなければならない。 その問いは一人一人違うけれども。それでも、共に悩み考えることはできる。 「さあ一緒に思考を始めよう?」 瞳をしばたかせる王堂を今度は竜一が抱き上げた。 「さあ、帰ろうか! アークに!」 抱きしめて、頬ずりをして、幼女を愛でる竜一。 王堂は唐突なスキンシップに硬直して、しばらくされるがままになって。 そうして、涙をこぼしながら、ようやく笑った。 爽やかな夜明けの風が、王堂の帽子を乗せて、何処へともなく吹き抜けて行った。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|