●『フィンガースナップショット』ジョージ・バックグラウンド 先の混沌組曲を覚えているか。 かの日、アシュレイはこう述べた。 『ケイオス様の次の手は恐らくアークの心臓、つまりこの三高平市の制圧でしょう』 時は過ぎ、場所は三高平。 刀、抜刀。 鞘の内を走った刃が音速を超え、大気を切断しながら外界へと晒される。 音も光も置き去りにして飛び出した刃は標的へと凄まじいまでの速度で接近。 それは刹那の内に相手の首を切り取ってしまうものだろうと思われていた……が、しかし。 「おやおや、いけませんねえ」 標的の男はそう述べて、形の良いカイゼル髭を片手で撫でた。 ひょろ長い身体と顔。燕尾服に蝶ネクタイをしめ、ピカピカの革靴を履いた男である。 もう一方の手では何をしているかと言えば、凄まじい速度で接近してきたであろう刀の先端を二本指で挟み込んでいたのだった。 湿気の多い、妙に籠もった印象の、それでいてよく通る声で言う。 「人間、強いのは良いですがどうしても『恐れ』があるものでございます。今踏み込んだら危ないのではないか? この攻撃が通用しなかった時はどうしよう? 置いてきた家族や友人たちは? そもそも相手に勝てるのだろうか? もっと効率の良い動き方はないのか? そうして人類が成長してきた……ええそうでしょう。あなたも恐らく、そんな恐れ故に技を磨き鍛錬を重ね強くなったのでしょうからねえ。ええ、ええ、充分分かっております」 「く……う……っ!」 刀使いのリベリスタは額に脂汗を浮かべ、奥歯をがちがちと鳴らした。 何故か? 髭の男が余裕そうに語っているその間、ずっと彼の刀は二本指で固定されたままだったからだ。 「お侍さん、強くなりたくはありませんか? 恐れを捨て、今以上の存在になりたくはありませんか?」 「こ、断る!」 刀使いは名残惜しくも刀を手放し、鞘を代わりに持って周囲の敵を薙ぎ倒した。 敵。そう敵だ。 彼は……カイゼル髭の男は……。 「死によって罪を償った者たちを、死した操り人形とするか! 外道……外道の法なり!」 懐から小刀を抜き放ち、高速の刺突を繰り出す。 しかし髭の男は片手を背中に回し、背筋を伸ばし、人差し指を空へと向けた。 くるりと小さな円を描き。 「いけませんねぇ……」 そして。 中指と親指を擦り合わせ。 パチンとフィンガースナップをかけながら前方へと振り下ろした。 するとどうしたことか! 周囲に存在する無数の霊魂が形をもって凝縮され、刀使いの顔面へ着弾。そのまま爆発を起こし、首から上を吹き飛ばしてしまったではないか! 「そうです、そうそう……」 満足げにつぶやく男……ジョージ・バックグラウンド。 彼の左右から死体人形が二人。いや三人、四人、十人、三十人、五十人、百人……! 恐ろしい数の死体人形を前に、リベリスタたちは戦慄した。 いや、本当に戦慄すべきは数ではない。 美しい和装の女と、顔にシロヌリのメイクを施した少女の群れである。 「新興宗教団体『弦の民』……その実行集団『シロヌリ』か」 「あいつらは死んだはずじゃ……!」 「ええ、ええ、死にましたとも。残党もろとも、殺しましたとも」 ジョージは薄目を開き、にんまりと笑った。 「『だから』ここにいるのではありませんか?」 笑いながら歩き出すジョージの後ろで、一人の楽団員が目したまま演奏を続けていた。 「…………」 楽団員、アデラーイデ。別名、『黙したバンドネオン』。 ●三高平三重防衛作戦 「ケイオスの楽団員が大群を率いて三高平を襲撃してきます。アークへの被害は勿論のこと、場合によっては深刻な被害が予想されています。直ちに迎撃に当たって下さい」 眼鏡をかけた男性フォーチュナはそのように述べ、ディスプレイに資料を表示していった。 簡素といえば簡素な、実に率直な言い方である。 事の次第を要約するとこうだ……。 死体を操る一流フィクサード私兵組織『楽団』とその主ケイオス。彼らはアークの『しぶとさ』を実感し、アークを直接制圧しようと踏み切ったというもの。 ただしこれは理由の一つに過ぎない。 第二に、ケイオスがソロモン七十柱『ビフロンス』を体内に飼っていること。それがバロックナイツ第五位、キース・ソロモンの助力と思われること。その力があれば、楽団を直接三高平に空間転移することが可能だということである。 第三には、昨年の戦いで死んだジャック・ザ・リッパーの骨がアーク地下に保管されており、ケイオスの性格からしてジャックの死兵を作成しようとするだろうこと。 なお、これらはアシュレイによる予測である。 順を追うにつれ推測の域が広まってはいるが、なるほど説得力のある予測だった。 この予測と現状をもとに、アシュレイは、大規模決壊によってケイオスの転移座標を三高平外周部まで後退させ、更に『万華鏡』を借りてケイオスの在所を突き止めるという提案をした。 「その提案をアークがどのように受けたかはさておくとして。我々は現在目先まで迫っている楽団に対応しなければなりません。いいですね? それでは、戦闘状態を説明します」 ●第二防衛ライン、ジョージ・アンド・アデラーイデ迎撃作戦 「現在、第二防衛ラインには既に多くのリベリスタたちが防衛に向かっています。一般人の避難は既に完了し、大規模かつ無遠慮な集団戦闘に発展することでしょう」 この場合の『無遠慮』はほぼ敵側に適用される言葉である。こちらが死ねば死ぬほど相手は得をし、逆に死体人形をいくら殺してもたいした損益を与えられないのだ。 「敵の戦力は詳細のメモに書かれていますが……一部読み上げましょう」 配り終えているメモのひとつを見下ろし、眼鏡をあげるフォーチュナ。 「主要戦力は楽団員ジョージ、アデラーイデ。そして死体人形『琴乃琴・七弦』、および『シロヌリ兵団』です。それぞれの脅威について解説しますね」 第一目標、ジョージ・バックグラウンド。 「所有者の身体を『脳以外死亡状態』として操ることで特殊強化する手袋型アーティファクト『フィンガースナップショット』の所有者です。操れる死体の数は多くありませんが、その分個体戦力は非常に高いでしょう」 戦闘では主に前面に出て戦うという、楽団にしてはやけに前のめりな気質を持っているという。 さらに彼は死体人形『七弦』を使役、操作している。逆に言えば、彼を殺すことができれば『七弦』を停止させることができるということになるだろう。 第二目標、アデラーイデ。 「バンドネオン型アーティファクト『あてどない死』の所有者であり、少女を死体人形にすることにかけて高い技術力を有しています。過去に一度交戦した経験がありますね。前回は黙ってみていた部分が多かったようですが、どうやら味方全体を回復する手段を持っているようです。今回の素体はフィクサードを使っていますから、その強度は前とは比べものにならないでしょう」 彼女は病的なまでに寡黙で、死体人形を壁にして後ろへ後ろへ下がっていく癖があるようだ。今回は数が数なので、彼女のもとへたどり着くのは簡単にはいくまい。 さらに彼女は死体人形『シロヌリ兵団』を使役している。凄まじいまでの頭数だが、これを止めることができればこの一団を無力化したも同然だろう。 第三から第四目標、死体人形。 「『七弦』は基礎戦闘力こそ低いですが、特殊なEXスキル『桃弦郷』を使います。これは味方全員を絶対者化するスキルで、生前の戦いではこれを使用し続けることで『とまらない殉教兵団』を作り出していました。生前は彼女の教徒であった『シロヌリ兵団』は少女で構成されたフィクサード軍団です。今回はアデラーイデの強化により、『五体バラバラにしてもなお動く兵隊』という非常にタフな敵となっています」 先の戦いでは主にブレイクで無力化を計ったが、七弦の執拗な『桃弦郷』付与によって端から無力化されていたようだ。七弦から倒そうにもシロヌリたちが肉の壁となり、回り道をした分だけ逆にこちらが不利になるという状況が発生していたとフォーチュナは語った。 「戦闘状況をシミュレートしてみましたが、『回復を密にし』『安全な陣形を組み』『効率的な攻撃を行い』『声を掛け合いながら連携を重視する』……だけでは、敗北します。まずこちらの火力はタフなシロヌリ兵団に吸われますし、その間に間を縫って射撃を仕掛けてくるジョージにこちらの回復手段を『人』ごと潰されます。力押しでアデラーイデを潰しにかかろうとしても、これは同じことでしょう。アークには効果的な範囲攻撃を得意とするかたも多いですが、今回の場合はむしろ『一度で倒せないならほぼ無駄』ととるべきかもしれません。相手には異常状態が効きませんし、主要なメンバーには堅牢な肉の盾が張り付いています。死体が一パーツでも残っていればすぐに組み直してしまう筈です。攻略方法は無限に存在しますが、その全てに難しい壁がある……という状態です。メンバーの得意分野を見極め、最適な攻略法を見つけ出してください。以上です」 小さく頭を下げるフォーチュナ。 「非常に困難な任務になると思われます。それなりの被害も被るでしょう。ですが、これによって得られるもの、守られるものは多いはずです。ご武運を」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:八重紅友禅 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年03月11日(月)23:28 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●『黙したバンドネオン』アデラーイデ 夜の闇を切り裂き回転する光。 悲鳴のように響くサイレンの音が、大量の悲鳴と銃声、そして爆発音によってかき消されていく。 混沌に沈む三高平。港湾地区もその例に漏れず、数えきれぬほどの死体が無数の死体を積み上げるという、この世の終わりともとれるような光景を展開していた。 『もはやこれまで……ランディさん、あなたと同じ作戦に従事できたこと、光栄に思います。どうかご武運を! う、ぐああ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!』 耳を引き裂くような断末魔が通信機ごしに聞こえ、『墓掘』ランディ・益母(BNE001403)は堅く目をつぶった。 「……くそっ」 ランディをはじめとする八人のリベリスタチーム。彼らの作戦を端的に要約すると『バックアタック』であった。 凶悪な攻撃力をもつジョージをあえて避け、敵軍の後方に回り込むことによってアデラーイデを先に叩くというもので、アークの防衛を警戒して陣後衛に下がろうとするアデラーイデの排他的性格を利用し、結果的に薄くなるであろう背面から削っていくことになる。 この作戦自体はかなり優秀なもので、味方への被害はそれなりに大きくなるものの、うまくすれば敵の頭数を一気に減らし、連鎖的にジョージを圧倒的な戦力差で撃破することができるという利点があった。 ただし『うまくすれば』である。 この作戦のリスクは当初から防衛に当たっているリベリスタたち二十数名に対し、『自分たちがなんとかして敵の後方に回り込むまで』の時間を稼がせることにあった。 むろん、百体あまりの強化フィクサード死体と一流フィクサードジョージ及びアデラーイデの進撃をまともに防げるスペックなど持ち合わせていない。だが命を捨てて挑むのであれば、数十分程度敵の進軍速度を緩めることができた。 「防衛リベリスタたちを捨て駒にする作戦だ……だが、迅速にあの女を討てさえすれば……!」 『折れぬ剣《デュランダル》』楠神 風斗(BNE001434)は歯を食いしばり、港湾地区某所にあるマンホールを跳ね上げた。 続いてマンホールから這い出てくるツァイン・ウォーレス(BNE001520)と『ゲーマー人生』アーリィ・フラン・ベルジュ(BNE003082)。 「みんな……」 「泣き言いうな、今は戦えるのは俺たちだけなんだぜ」 このとき彼らは、『三高平を包囲している楽団員をいかにかいくぐり、どのようにして敵軍の後方に回り込むか』について特に考慮していなかったし、その間防衛にあたっているリベリスタたちが蹂躙され、敵軍の位置が大幅にズレる可能性も考えてはいなかった。 それゆえかなり行き当たりばったりな作戦になってしまった。偶然近所で土地勘のあったランディが下水道を(これもかなり行き当たりばったりに)伝って回り込み、なんとか敵軍よりも外側へとたどり着くことに成功した。 ここまでかかった時間は、もちろんながら防衛リベリスタたちが全滅するのに十分な時間であり、ジョージ及びアデラーイデの一軍が三高平内側へとそれなりに距離を進めるだけの時間がであった。 「熱源感知……とても遠いけど、間に合うよ!」 『先祖返り』纏向 瑞樹(BNE004308)が念のためにつけた無線マイクに向けて発声。 『蒼き祈りの魔弾』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)は小さく頷き、二丁の銃を引き抜いた。 「さあ、お祈りを始めましょう」 両の手に教義を。この胸に信仰を。 生を踏みにじり死を冒涜する者よ。 「……怒りの日は来ました」 閉じていた目を開き、翼の加護を展開。 全員の背に翼を生やした。 マンホールから離脱し、一斉に飛び立つリリたち。 ……と、ここでもう一つ述べておかなければならない。 結果としてこのバックアタックは成功するのだが、『奇襲』という形では成功しなかった。 あまり厳密な話をすべきではないのだが……。 飛行によって足音を消すというところまでは考えていたが、重量数十キロ・最低全長百センチ以上の人間一個分の物体を飛行させる手前、普通に走る以上の騒音はどうしても出てしまうものだ。隠密性はないに等しい。 ただし、羽音(翼の加護で羽音が発声するか否かは別として)を最低限とし、移動速度を這うほどの低速とし、なおかつ短い距離に限れば、たしかに足音が立てない分隠密性は保てたかもしれない。さらに言えば、銃声や悲鳴がこだまする現地において、足音だの飛行騒音だのが響き渡ることもないのだが……臨戦状態にあり、周囲を警戒し続けているアデラーイデたちから気配を隠すことはやはり不可能だった。 (ちなみに飛行による隠密移動が可能ということになると、アデラーイデたちが飛行した場合も同じことができることになってしまうので、理屈としていろいろと破綻するという側面もある) ということで、全力疾走ならぬ全力飛行で迎撃態勢にあるアデラーイデへと戦いを挑むことになったのだった。 「俺は影内を潜行しとく。いざって時までな」 敵軍を目視するなり、『リベリスタ見習い』高橋 禅次郎(BNE003527)は味方の影へと潜行。飛行機がそのまま水中へと潜り込んでいくような美しくもなめらかなフォームで、禅次郎は実質的に洗浄から姿を消した。 そのタイミングは絶妙というほかない。なぜなら、彼が潜り込んだその直後からアーリースナイプの弾幕が彼らを襲ったからである。 「ちっ……死して尚立ち塞がるか、七弦。だが今の敵はお前じゃない」 『糾える縄』禍原 福松(BNE003517)は顔面めがけて高速で迫る弾丸をストールで巻き取るように払い落とし、同時に懐から拳銃を抜き出す。 「舞台袖へ行ってもらおうか!」 突っ込み『すぎて』しまわないように微妙な距離で急制動。B-SSSによる高速連射をシロヌリ兵団へと浴びせかける。 アデラーイデはとっくにシロヌリ兵団の内側(福松たちからみて十層中三層目ほどだ)へと潜り込んでいる。 対してシロヌリ兵団は福松たちを多い囲むように移動を開始。全体の三割だけを迎撃にあて、残り七割を全力移動させての囲い込みである。 唯一救いがあるとすれば、最前衛をノリノリで進軍していたジョージが未だにこちら側へ到達しきれていないことだろうか。だがそれも時間の問題だ。相手が前衛後衛を総入れ替えするのも、時間の問題なのだ。 「っ……どうします?」 「まだアデラーイデは逃がしていない。撃破することができれば敵軍全体を実質無力化できる……まだ手はある!」 ランディは斧を構えて突撃。包囲網を作ろうとするシロヌリは無視して、アデラーイデへと一点集中で突っ込んだ。 ちなみにこのとき千里眼ではなく熱感知で位置を特定した瑞樹はかなり賢かったと言えるだろう。見通すではなく特定するというところに、この作戦のキモがあったのだ。 ゆえに、シロヌリの群れに紛れてしまうことなく、ランディは掘り進むべき方向を見いだせたのだ。 「瑞樹、リリ、一斉放火だ! ありったけぶちこめえ!」 咄嗟に銃でガードしようとするシロヌリだが、福松の連射を受けた上、さらにランディの戦鬼烈風陣を叩き込まれたとあってはさすがに立ってはいられなかった。 体を上下に分裂させ、転がるシロヌリたち。しかしまだ息はある。……いや、息はしていないが、動いてはいる! 「Dies irae, dies illa――solvet saeclum in favilla」 リリは二丁の拳銃を握りしめ腕を交差させつつ天へと翳す。 フルオート射撃開始。 青い炎が尾を引いて飛び出し、リリは舞うように体をスピン。同時に腕を大きく開き、ランディがぶった切ったばかりのシロヌリも、今現在包囲を進めているシロヌリも、有象無象の区別なくすべての頭と顎を貫いた。 腕だけで這ってランディに食らいついていたシロヌリたちは残らず焼却。さらに瑞樹がバッドムーンフォークロアを発動。頭上に浮かんだ赤い月が複雑に輝き、周囲の白塗りたちの片腕や足を吹き飛ばしていく。 「蹴散ら……せて、ないか。だめ、全員一気に蹴散らすにはちょっと火力不足みたい」 「牽制だけでもできれば十分だ。でもってランディの穴掘りを加速できれば十二分! アーリィ、回復弾幕!」 「やってるよお!」 雨……それもスコールのようなハニーコムガトリングの群を前に、ツァインはがっちりと防御を固めた。ただでさえ堅いツァインが、その上にパーフェクトガードまで重ねたのだ。 その後ろで必死に天使の歌を連続発動するアーリィだが、どう考えてもダメージ量を補いきれない。味方全員の体力は削れる一方だった。 想像してみるべきだ。三十発のハニーコムガトリングである。包囲網が完成し、残り七十名近くが戦闘に加わろうものなら一瞬で全滅しかねない。 「どうしよう、どうしたらいい!? わたし、こんなことになるなんて……!」 「泣き言いうなって、俺は他人を甘やかさない主義だぜ」 などと言いつつ、ツァインは弾幕からアーリィを庇った。 さすがにツァイン程になるとダメージ量も抑えられるのだが。 「ぐ……ぅお!?」 ふと、腹に違和感を感じた。 堅い盾と鎧、そして鍛え上げられた肉体を貫通し、内蔵をえぐる鉛玉の感触を……確かに感じた。 「徹甲……弾……? ピアッシングシュートかッ!」 ライフル弾とあまり変わらないサイズの小型徹甲弾。その一発がツァインのガードを破壊したのだ。 そこからだった。 今まで戦場を雨のように飛び交っていた弾丸が急に停止。恐ろしいまでに静かな十秒を経て、弾丸はツァインへと一気に集中した。腹だけではない。腕、足、腰、肩、そしてもちろん頭に至るすべての部位に大量のライフル弾(集中アーリースナイプ)がぶち込まれたのだ。 「がっ、は、あああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」 デスダンス、という生やさしいものではない。人間の体ではまずありえない速度と方向に、ツァインのボディはしっちゃかめっちゃかにねじ切られた。 さらに十秒が経過したころには、どふんと音をたてて彼の体は地面に沈んだ。 「ツァ……イン……さ……」 アーリィの顔から血の気が引く。 が、それだけだ。 再び始まったハニーコムガトリングのスコールがアーリィの体を蜂の巣にした。 肉という肉、骨という骨、内臓という内臓に直径九ミリの穴が大量に開いたのだ。 「っ……は……」 呼吸などできない。思考などできない。 だが運命だけは、ねじ曲げられた。 全身に開いた穴の内、生存に必要な穴百三十八個だけを強制修復。 「もう、いっかい!」 アーリィは死にものぐるいで天使の歌を発動。自分を含めてあと十秒だけの時間を稼いだ。 そうして彼らが稼ぎきった数十秒が、最後の道を開いてくれた。 ランディの突撃と、リリと瑞樹と福松の弾幕が合わさり、ギリギリでアデラーイデまでの道をこじ開けたのだ。 「……」 高らかにバンドネオンを鳴らし、さらに後ろへと下がろうとするアデラーイデ。しかし彼女の背後にすぅっと、禅次郎が浮き上がった。 それまでランディの影内でじっと息を潜めていた彼が、ついに動き出したのだ。 とはいえ戦闘行動に移るまではタイムラグがどうしても挟まる。咄嗟に反応した周囲のシロヌリたちが腹や背に銃口を押し当ててフルオート射撃。内臓がミキサーにでもかけられたかのようにごちゃ混ぜになるが、禅次郎はそれを運命的に無視した。 「もっとムードのある場所で押し倒したかったが、仕方ないな……衆人環視でヤらせてもらうぜ」 ごぽりと口から数リットルの血を吐き出しつつ、禅次郎はアデラーイデへと組み付いた。 「今だ、突っ込め風斗お!」 叫ぶランディ。目で『俺ごとやれ』と合図する禅次郎。 風斗はうなずくこともなく、返事をすることもなく。 合図を出された狩猟犬のごとく大地を蹴った。 全身を駆け巡る赤いエネルギー線。 「ぐっ……おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」 アデラーイデ。 先の戦い以来、顔を忘れたことはない。 多くの犠牲を払ってでも……いや、払ったからこそ、この地で引導を渡さねばならない。 「死ね、アデラーイデ!」 エネルギー線は剣の先端へと達し、そして風斗の剣はアデラーイデへと到達……! ……。 ……。 ……。 ……。 ……。 ……しなかった。 「なんだよ。これ」 にんまりと笑った少女の顔面が、風斗の剣を覆っていた。 否、吹き飛んだはずのシロヌリの首がひとりでに跳ね、風斗の剣にずぶりと突き刺さったのだ。 その数五個。 アデラーイデへ剣が届くことは、なかった。 「いやあ、残念ですねえ。みなさん」 終了の合図のように。 終幕の合図のように。 パチンと指鳴りの音がした。 凝縮した霊魂が弾丸の形をとり、高速で回転しながら接近。風斗の右胸をノックし――貫通した。 シロヌリたちの肩や頭を足場にして、片手を翳してみせるジョージ・バックグラウンド。 とうとう、彼が到達してしまったのだ。 「ちく、しょう……!」 膝から力が抜ける。いや、全身から抜けているのだ。 風斗は機能を停止しかけている全身を運命的に強制稼働。剣に大量の生首を突き刺したまま、思い切りアデラーイデへと叩き付けた。 剣は見事に彼女の側頭部を強打。体を揺すらせる。 だが次の瞬間には、風斗は全身を鉛玉でぐちゃぐちゃにされていた。 腕や足が関節とは逆方向にひしゃげ、地面に転がされる。 「風斗おおおおお!!」 目を血走らせて叫んだのは、ランディだったか、福松だったか。その両方だったかもしれない。 「くそっ!」 「これ以上は……撤退すべきです!」 リリと福松が銃を突き出すが、同時に三百六十度から銃口を突きつけられる。 「で、でも……!」 同じようにナイフと手袋を左右へ向ける瑞樹だが、彼女も同じように頭に銃口の輪を作られていた。 そう、もう包囲網が完成してしまったのだ。十倍以上の銃口が、こちらに向いている。 撤退する? どこにだ? 第一防衛ラインである海はかなり厳しい状況だ。用意していたボートは使い物にならないだろうし、なんとか下水道に転がり込んでもこの数を振り切ることはできないだろう。 「いやあ、本当に残念でした。我々の背中をつくとはなんとも賢い……しかし、いやあ、本当に残念ですなあアデラーイデさん?」 髭をつまんでアデラーイデを見下ろすジョージ。 アデラーイデは低くバンドネオンを鳴らすだけで沈黙を保った。 「ここは決め台詞の一つでも言ってほしいんですがねえ。仕方ありません。では代わりに私めが……」 舞台俳優のように一礼して、顔だけを上げるジョージ。 恐ろしいまでの無表情で。 「皆様の人生、これにて終幕でございます」 と、言った。 掲げた指が、くるりと回る。 パチンと空気がはぜる音がして、同時にバンドネオンが高らかに鳴った。 そして始まるバレットパーティー。 ウージー短機関銃のオーケストラ。 前後左右すべてから襲い来る大量の銃撃を覚悟し、死を覚悟し、歯を食いしばった……。 その時だ。 奇跡が起こったわけではない。 この世界の誰でもできる、たったひとつのことだ。 『男が立ち上がった』。 名はツァイン・ウォーレス。 まず動くはずのない足を大地に突き立て、絶対に稼働するはずのない腕を振り上げ、間違っても鳴るはずのない喉を絞って吠えたのだ。 「死ぬかよおおおおおおおおおおあああああああ!!!!」 獣の咆哮そのものをあげ、アデラーイデへと組み付く。 抱きつくように腕を回し、にやりと笑った。 たとえどんなときでも。 男なら、笑うことができる。 「やめられねえんだ。戦うことだけは、どうしても……どうしても、どうしてもなあ!」 ぶちん、とアデラーイデの腰が切断された。 崩れ落ちるツァインとアデラーイデ。 一瞬遅れて、シロヌリ兵団が一斉に崩れ落ちた。 よろめきながら着地するジョージ。 「おっと、おお……そうでなくでは」 髭をなで、パチンと指を鳴らす。 辺りを見回せば、もうリベリスタたちの姿はなかった。 ジョージはきびすを返し、歩き出す。 終幕へ向けて、歩き出す。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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