●偽りだらけ 「配島、お前行っておいでよ」 ちょっとそこまでお買い物に……的な気軽さで三尋木凛子は気楽そうに言った。それよりは出張させているネイリストが自分の爪の上に描く精緻な紋様の方が気になるようだ。 三尋木凛子、言わずと知れた七派のひとつ、穏健派を標榜するフィクサードの女首領だ。勿論、他派と比べてより穏健に見えるというだけで言葉通りな人物や団体であるわけではない。 「三尋木さんがイケって言うなら今ここでだって……あっ」 配島の恍惚した表情の頬に一筋赤い線がつき、手で覆った指の間から血が滴る。 「下種な事をお言いじゃないよ。わかってるなら支度しな」 視線を動かさずに凛子は言ったが、ネイリストに目顔で合図すると作業を中断させゆっくりと顔を配島へと向ける。 「前回はなんとか首が繋がったけど、お前の立場が安泰なわけじゃないのは知っているよね。これはあたしからお前へのご褒美だよ」 凛子は慈母の様な優しい笑みを配島に向け歩み寄る。谷中篝火の血に連なる人物を連れ帰った事は評価されたけれど、まだまだ負の業績が多すぎるのだ。加えて人柄や仕事ぶりにも問題がある。 「手下にも愛想つかされ身内にも呆れられちゃあいるが、お前を捨てきれないあたしにちったぁ使えるってところを見せてごらんよ、ね」 凛子は情報担当の浅場からとりあえず数人を貸し与える事も告げる。 「わかりました、三尋木さん!」 血染めの頬で配島は子供の様に破願し、切れた皮膚の痛みに片頬をゆがめ……もう一度笑う。 「僕が頑張って三高平の平和を守ってきます!」 「……本気かい?」 「いいえ、嘘です」 「ならいいよ。行っておいで」 凛子が現場では好きにやるがいいと言ってやると、配島は本当に嬉しそうに足取りも軽く部屋を出てゆく。 「……浅場」 「承知」 壁の調度品の様に直立不動の黒服が影の様に動き出すと、凛子はもう一度ネイリストの正面に座り直した。 ●星の名を持つ逸材 「やっと私の出番がやってきましたね!」 うきうきと100を僅かに越える死者達の先頭でまだ子供っぽい少年が言った。リボンクラッシャーというあまり馴染みのない打楽器を手に一応正装をしているけれど、まだ若い彼には似合っているとは言えない。もっとも、外見と同様に能力が子供並だと思ったら痛い目を見るだろう。それはリベリスタでもフィクサードでも、そして楽団員でも変わらない。大事な戦場の一端を担う役をあたえられているのだから、遂行出来るだけの能力を持っていると認められているのだろう。少年は無骨な銀色の板が重なり合っただけのようなシンプルな楽器を愛おしそうに撫でる。神の如きバロックナイツの面々に優るとは思わない。けれど、年齢よりもずっと冷静なミゲルには自分の長所も短所もわかっている。長所は伸ばし短所はフォロー出来る手段を講じてきた。 「まだ若輩者の私だけど、お前がいてくれたらきっと大丈夫。とにかく大活躍しちゃいますよ。そうしたら誰だって僕を認めずにはいられなくなりますからね。敵だって味方だって、先輩だって大先輩だって! だって僕は星の名前を持つんですから! きら星の如く活躍することが約束されているんですから!」 さぁ行きましょう! と、返答もない死者達を引き連れて楽団員<リボンクラッシャー>のミゲルは揚々と歩き出した。 ●悪から出たマジ? 「聞いたよ、マジ?」 三高平のとあるカフェで女の声がそう尋ねた。 「あぁ。この街を守るんだ、俺。せっかく大学に行かせて貰ってるんだから、壊されちゃ単位取れないだろ」 男の声が答える。 「変わったね、ナオトは」 「お前は変わらないのかよ」 「さぁね」 足音が遠ざかる。肩をすくめ今やリベリスタの元フィクサード、ナオトは路地を出て陽の当たる道へと出ていった。 ●危険な現実 「塔の魔女の言葉が現実になる」 感情と抑揚のない声が『リンク・カレイド』真白・イヴ(nBNE000001)の唇から漏れる。 「前回とは異なりケイオスの狙いはここ……アークの心臓をその手に握る事。だから三高平に直接攻撃を仕掛けてくる」 優秀な逸材揃いとはいえ楽団員の数はアークのリベリスタ達に劣る。戦闘を長引かせて味方の被害を拡大させれば、結果として自らの損失の方が大きいと判断したのだろう。 「ケイオスは首を落とされても死なない……塔の魔女はそれが『ビフロンス』じゃないかと疑っている」 アシュレイはこの『何か』をソロモン七十二柱が一『ビフロンス』と推測した。ケイオスと特に親しい間柄にあるバロックナイツ第五位『魔神王』キース・ソロモンの助力を高い可能性で疑ったのだ。伝承には『死体を入れ替える』とされるビフロンスの能力をアシュレイは空間転移の一種と読んだ。ケイオスの能力と最も合致する魔神の力を借りれば『軍勢』を三高平市に直接送り込む事も可能であろうという話だ。 「ケイオスは三ツ池公園でジャックの残留思念を喚び出す事さえ出来なかったのは、術者の未熟もあるけれど、ジャックの『骨』が別の場所に封印されていたからだと疑っているみたい」 そして問題の骨はここ、アーク地下本部に保管されている。襲撃を防ぎきれずケイオスが地下本部を暴きジャックの骨を手に入れたらば……アークの大敗は勿論の事、手のつけられない事態になるだろう。 「ケイオス側の空間転移は三高平の外周部までしか接近出来ない。そこからアーク本部までの守りは……みんなに頼るしかない」 多くの場所で沢山の死闘が繰り広げられるだろう。おそらく多くの未来がイヴの目には見えている。 「ケイオスはきっと私達フォーチュナーが見つける。だから、戦って」 イヴの小さな手が三高平大学をそっと指さす。そこを経由してアーク本部へと進軍してくる敵を迎撃して欲しいのだと言う。非戦闘員の避難は終わっていて、校内の敷地にはこの大学に通うリベリスタ達だけが残っている。 「……終わったらまたここで」 そっけなく言ってイヴは背を向けた。小さな両手はぎゅっと握りしめられていた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:深紅蒼 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年03月16日(土)22:53 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●capo 死者達の隊列が三高平大学の正門から校内へと押し寄せてきた。死者達に守られたその中心、小柄ながらの正装をした少年が校舎を見上げながら言う。 「せせこましい日本の道を歩くのは嫌いなんだ。さっさと抜けて敵の本拠を叩いちゃおうよ」 少年楽団員ミゲルは楽しそうに屈託無く笑った。 ●capriccio 「あ、俺おれ! ちが~う! 詐欺じゃねぇっての!」 先ほどから緊迫感のない会話をアクセス・ファンタズムに向かって続けているのは『破邪の魔術師』霧島 俊介(BNE000082)だ。構内に散開している同じ三高平大の学生達へと連絡を続けているのだ。 「ここを戦場にするなんて……いえ、通過するだけだとしてもいい度胸よね」 まだ早春の峻烈すぎる風が吹き渡り古来より高貴で雅な色とされる長い髪をゆらしてく。正門に最も近い校舎の開け放した窓越しに敵の接近を見つめていた『高等部教員』ソラ・ヴァイスハイト(BNE000329)が動き出す。 「私が黙って見逃すわけないじゃない」 日頃どれ程ギリギリまで仕事をサボっていたとしても、守るりたいものはある。心のよりどころとなるような大切な場所はソラの中に確かに存在しているのだ。 「点呼しろよ、学生ども。1人でも漏れてたらそいつの生存率ほぼゼロだからな。学士号ぐらいゲットしたいだろ?」 ゲームに登場する鬼軍曹めいた台詞を吐きながら『パニッシュメント』神城・涼(BNE001343)はアクセス・ファンタズムでの交信で三々五々集まってきた大学生達の名前や能力を確認していく。10人に満たないのであれば、どこかで連絡が漏れて孤立している者がいるかもしれない。 「鳴海レナ、ホリ……」 「そうか、ホリメか。よし! お前の敵は絶対に近づけない。だから。俺の背中を守ってくれ」 「は、はぁ……わかりました」 困惑気味な女子大生に涼はとっておきの爽やかな笑顔とマジ顔を見せつける。 「ナオト?」 まだ合流出来ていない大学生のリベリスタ達のリストから考えると、その男はナオトだとうと容易に想像出来る。案の定、男はキョトンとした表情で『人生博徒』坂東・仁太(BNE002354)を見つめ返している。 「えっと…………誰?」 一瞬、脳の海馬あたりを総動員させて思い出そうとしている様子だったが、驚きの速さでギブアップしたらしい。 「そんな事よりさっきからアクセス・ファンタズムで連絡してはったやろ? なんで出ぇへんのや? ごっつ面倒くさいで、ワレ」 滅茶苦茶な方言らしき言葉を話しながらも、仁太はナオトの背を押し合流地点へと急がせる。 「うーん、なんか嫌な予感っていうかさ。俺、割とそういうの働く方でさ」 「そりゃそうやろ? 敵の軍団やぞ。ものごっつい数じゃけん……」 「フィクサードの手も借りちゃったりするのかな?」 斜め後の高い場所から声が降る。その瞬間、ナオトは驚きの高速で仁太の背後に回り込み、背に隠れるように身を潜める。 「ナオト、み~~つけた!」 「なんでこんなところにいるんですかぁ、配島さん」 かくれんぼうのオニが友達を見つけた様な気安さで笑う男の名をナオトは嫌そうに呟いた。 「配島さぁん! ついにリベ堕ちを決意してくれたんスか!?」 生き別れた中学時代の親友に再会した時の様な警戒心のない笑みを浮かべ、俊介は配島へと両手を広げる。 「しゅんちゃんこそ! ねぇ、僕と一緒に三尋木さんの親衛隊にならない? 今ならハッピとハチマキつけちゃうよ!」 「ナオトもこっちにいるし、寂しいんじゃないんスか?」 「もう孤立無援! でも僕って悪い人に魅力を感じる駄目な大人でさぁ」 ごく親しそうに俊介と語らうアーク関係者にしては胡散臭そうな人物に鷲峰 クロト(BNE004319)の顔にいぶかしげな表情が浮かぶ。 「誰だ、あれ」 「三尋木のフィクサードだよぅ。ちょっと……じゃなくてぃ、かなり変な奴なんだよねぃ」 ざっくりとした『灯色』アナスタシア・カシミィル(BNE000102)の簡素で簡潔な説明を聞いてもクロトの表情は少しもゆるまない。 「俊介くんが危な……いや、違うか」 クロトの感覚では今の配島やその配下らしきフィクサード達から殺気は感じられない。今はまだ目の前の敵であるミゲルの方が危険だろう。そう、彼は幼く見えるとはいえあの『楽団』の一員なのだ。この日本各地で起こっている大事件の元凶だ。 「でもねぃ……行動には理由と目標がセットになっているハズだよぅ」 配島の善意など欠片もアナスタシアは信じないけれど、そこに何か『ギブアンドテイク』的なものがあるのなら、今回の不可思議に見える行動も理解出来る。リベリスタへの助力を餌にここでの行動の自由を得る……その先に何を求めているのというのだろう。 「みんな……なんとか上手くやってみるから待っててよね」 それぞれの場所で敵を迎撃すべく待機しているだろう仲間達の姿は今は見えない。けれど、やわらかクロスイージス』内薙・智夫(BNE001581)はその見えない仲間達へと向かってそっとつぶやく。それは自分への決意でありゴーサインでもある。下見の済んだ大学構内を自分のテリトリー内であるかのように自由に走る。すぐにミゲル率いる死者の兵隊を見下ろす場所へと到達した。 「遅かったね」 「なんでこんなところにアークの奴らが? 僕がこの大学構内から進むと決めたのを知られる筈なんてないのに!」 智夫の声に隊列の中央、横に膨らんだ部分から驚いた様な声がして行軍速度がやや鈍る。それはまるで獲物を喰らったばかりの蛇のやや滑稽で危険なシルエットだ。 「君、楽団の見習いなの? アークの探査能力を教えて貰えなかったんだね」 ワザとバカにするようなあざけりの感情を表情にも言葉にも露わにして智夫は話す。 「きら星の活躍どころか、捨て駒として利用されたんじゃない?」 クスッと笑って身を翻す。ミゲルの様に年若い者は他人の評価を気にしやすい。敵であれ、味方であれ、己の力を誇示し認めさせたいという欲求に仕掛けた智夫の罠だった。 「ふん。ちょっとベタだけど折角招待してくれるんだから、つきあってあげるよ」 智夫の演技に乗せられたのか、それとも判っていながらリベリスタ達を侮っているのか、ミゲルは智夫の姿が消えた方……大学構内へと進路を変える。 「ウーノ、ドゥーエ、トレ行け! 死出のはなむけにこのささやかな学舎で盛大なパレードを披露してやろうよ」 残虐な子供の顔でミゲルが笑うと、数字で呼ばれた3部隊が本隊から速度を速め智夫が消えた大学構内の建物で入り組んだ方へと進み始めた。 「まだかな、まだかな?」 粛々と接近してくる敵との距離を肌で感じつつ『てるてる坊主』焦燥院 フツ(BNE001054)はじっとその時を待っている。今回の作戦が実行されれば当然ながら激戦が予想される。それでも……術者が死ななければ敵を完璧に封じておくことが出来るというのは今回の場合、得難いメリットとなる。アーク本部へと向かう敵を足止めすることが出来るのだ。 「やるしかないぜ。そして絶対に生き残る」 そうでなければ本部は守れない。フツは緋色に彩られた長槍の柄をギュッと握る。 「来たか」 クロトの全身、隅々まで能力が亢進され反応速度が格段に上昇してゆく。 「はい、みんな注目! 今から一致団結して敵を押し返すよ」 ソラはナオトを含めた在学生達10人や配島等フィクサード達へも届くように声を張る。 ●caloroso 想像してみるといい。100メートル走のトラックを直径とする円の中で戦場での混戦振りを。しかもそこからは外部から侵入することが出来ず、一定の条件を満たさなければ出る事も出来ない。まるで古の蠱毒の術を際限しているかのように、生人と死人は壮絶な死闘を繰り広げられていた。前衛も後衛もおかまいなしに次々と敵の攻撃がひっきりなしにリベリスタ達へと襲いかかる。 「他の楽団員みたく多くの人達に手を掛けていないのなら……悪い事は言わない、降伏して足を洗えよ」 脅威の移動速度を今も保ちつつ縦横無尽に駆け回るクロトの声が響く。その間も流れるように美しく動く両腕が幻惑を生み、両手に携えた小さな刃が死人の首を刈ってゆく。ミゲルからの返事はないが、想定内なのかクロトの表情に失望や怒りの色はない。 「邪魔になるなら敵とみなすわ」 釘を刺すように冷たい口調で言い放つと、それきり配島等フィクサードを振り返りもせずソラは走る。 「いきなり本隊突破は無理だろうから、まずは敵を半数に減らすわよ」 ソラが放った美しくも峻烈な一条の雷は戦場で四散し荒れ狂い、智尾を追ってひしめき合いながら向かってきた死人達の命なき身体を貫いていく。 「前で戦う力がある奴は誰でも良い! とっとと前で戦ってくれ」 外階段を駆け上がりながらフツが言う。 「わかった!」 アークのリベリスタとなってまだ日の浅いナオトは嬉しそうに3段越しに階下へと走る。 「ナオト、なんか嬉しそう」 「配島も……頼む」 少し言いづらそうにフツが指示する。今は迫り来るケイオスの軍団を食い止める事が急務だが、フィクサードである配島とその配下達は基本的に敵なのだ。 「了解」 ナオトの後を配島が追い、残る4人は戦国時代の忍者の様にあちらこちらに散らばっていく。 「灰は灰へ……塵は塵へ……還れ、死ンじまった世界とやらによ!」 俊介が刻む聖なる呪言が死者の身体に刻まれ、浄化の炎が燃え上がる。 「ミゲル殿、ずっと言おうと思ってたんだケドねぃ……星の名前なら『リゲル』じゃない?」 「……ぐっ」 アナスタシアのシンプルな疑問に『楽団』の若すぎる指揮官の動きが止まる。 「確か、、ミゲルって語源ミカエルだよねぃ?」 「言うなぁああ!」 途端にミゲルが大声で叫んだ。 「む、虫酸が走る! ぼく、僕の、僕の名前は、ほし、星、星なんだ!!!」 わめく言葉を繰り返しながらミゲルは愛器を鳴らし続ける。金属が触れ合う聞き慣れない、だがどこかで聞いた事があるような楽器らしくない音と共に衝撃波が戦場を走る。数人の死人と一緒に前衛として戦っていた大学生リベリスタ2人が吹っ飛んだ。さらにナオトも吹き飛ばされる。 「好き勝手に進まれちゃ困るんだよね」 いつの間にか最前線まで戻ってきていた智夫が発する荘厳なる裁きの光が死者達を焼く。 「俺の目が黒いうち……いや、茶から赤になったとしても、目の前で仲間をやらせはしないぜっ!」 倒れた仲間達へと押し寄せる死人を蹴散らすのは鮮やかで華麗なる舞いの動き。両手の先がしなるたび、血風のエフェクトが戦場を染め敵を屠り……同時に涼の髪や頬に黒い返り血の飛沫が飛ぶ。 「えぇ感じやで! 動かん的に物足りなさは感じるけんど、今日こそわしはひゃっぱつひゃくちゅうじゃけっ!」 研ぎ澄まされた集中力で仁太は狙うべく敵を捕らえる。禍々しい気を放つ巨大な銃……仁太は腰を低く構えて闇雲に乱射する。否、全ての弾は吸い込まれるように敵の身体へと吸い込まれるように命中し、大きな風穴をあけてゆく。 リベリスタ達は善戦し続けた。けれど、死者達は普通なら致命傷となるダメージを負っても動きを止めない。すぐに立ち上がり襲いかかってくる。それをコントロールしているのは楽団員のミゲルなのだろうが、守りが厚く近寄れないでいる間に少しずつ押されてきている。けれど戦場は限られた範囲のみでありそれを越えられるのは味方では俊介とフツだけだ。追いつめられた在学中のリベリスタ達が次々と倒れてゆき、飛び回る智夫やクロト、ソラ、仁太も一度は倒れるが奇跡的にもう一度戦う力を得て立ち上がる。 「霧島!」 ミゲルとの距離が縮まり過ぎたと感じたフツが合図を送る。 「ふっちゃん! みんな! ちょっとでいい……持ちこたえてくれ!」 「僕が出る!」 誰かが後退し最前線を維持しづらくなる事態を想定していた智夫が真っ先に出た。優しい可憐な姿をしていても、神々しい光を放ち敵を沈める。 「はふー、任せるんだよぅ」 「もちこたえてみせる!」 後退した俊介に代わり、その空隙をアナスタシアとクロトが埋める。真冬の冷気をまとった極寒の拳が追いすがる死人を殴り倒し、次々と現れては消える幻影が敵の目を翻弄し……気が付けばまた多くの死人が手足をもがれて地面をのたうつ。その間にフツの『陣地』を抜けて後退した俊介が新たな陣を張り、それを確認したフツが陣が解除され――結果として戦場が移動する。 「良い感じに動きやすくなったじゃない! よし! ここからは私だってやるときはやるって見せてあげるわ!」 「わしも本気だしちゃるけんのぉ。目ぇさ見開いてしっかと見るがいいぜよっ!」 ソラが雷撃で敵を焼き仁太の銃がマシンガンの様な終わらない連射を浴びせ続ける。それでも彼我の戦力差が大きい。移動した戦場の空隙を埋めようと速度を速めるのは左右ともに死人の戦士だ。触手の様に薄く伸びる敵を仕留る好機だが、出来なければ数に劣るリベリスタ側は包囲され掃討される危機を迎える。 「危ない!」 あの少女の警告の声が響き、集中攻撃を受けた涼はかろうじて致命傷を避けコンクリトートの階段から転がって動かなくなる。 「さっきから邪魔だったんだよね。ノーヴェ! 面倒だから消しちゃって」 次の瞬間、無防備となっていた大学生のホーリーメイガス達を『9』と呼ばれた死人達の群れが動き、襲う。味方の悲鳴が楽器の奏でる壮大な音楽の様に戦場に紡がれ、ボタボタとしぶいた血が地面を叩く音と崩れる身体が終幕を奏でる。 「レナ!」 動けない涼の目の前で、レナの声なき別れの哀しい笑顔はすぐに死人達の背に隠れてしまう。だが、その一角が不意に崩れた。遠距離からの配島の攻撃が死人数体をまとめてなぎ倒している。 「行くなら援護してあげるよ」 動けないはずの涼が立ち、配島へとうなづく。 「……頼む」 短く答えた涼は真っ黒な死人だらけの中に突っ込んだ。 「ちょっと! いきなり突っ込んだって押し戻されるわ」 止めようとしたのか涼を追って行こうとしたソラを配島が止める。 「そこをなんとかするのが大人の役目」 「フィクサードのくせに偉そうに!」 文句を言いつつも涼の左右から殺到する敵を倒してゆく。レナはまだ倒れたままだった。けれど、放置しておけばいずれ魂を失った身体はミゲルに利用される。 「…………」 言葉は声にならない。微かな吐息を吐ききると、涼はもう彼女が動き出さないよう爆裂の花の中へと還していった。 ●cadenza 「ミゲルを強襲する!」 血だらけの顔のまま拭いもせずフツの声が響く。ようやくミゲルを守る死人の数が最初のほぼ半数となったのだ。大人数ながらも縦に長く伸びた死人達はもはや鉄壁の守りとはいえない。更なる混戦が限られた戦場の中で繰り広げられてゆく。 「ミゲル! この糞餓鬼が」 血まみれの俊介がゆらりと立ち上がる。全身を死人達の不浄なるなまくら武器に貫かれ、即死するか……それとも僅かな時間、心臓の鼓動が止まる時を待つしかないと思われて居たはずの俊介は驚くほどしっかりと己の両足で立っている。だが、世界に愛されし幸運を対価に今一度力を手にして立ち上がってきたのは俊介だけではない。フツもアナスタシアもだ。 「もしかして、アークの人って最初から死んでる?」 心なしか蒼い顔でミゲルが問いかける。 「ちょっと! そんなわけないでしょ。こっちの苦労、見えてないわけ?! ねぇ」 ソラはホーリーメイガスの大学生達を振り返って言う。 「ま、まぁまぁソラさん。癒しの力って縁の下の力持ちみたい目立たないけど大事だから、敵からの注目度なんてないほうがいいと思うよ」 智夫もソラも満身創痍だ。敵と戦い仲間を癒し、攻守に渡って力を使い続けてきている。 「大学生舐めてンじゃねぇぞ、コラ! 怪我する前に帰れ!」 頭部からしたたる血が頬を伝うなか俊介は獣が吠える様にミゲルへと叫ぶ。 「ミゲル様の動きはお見通しだよぅ。そう簡単には逃がさないんだよぅ」 右へと移動しようとしたミゲルの先にオレンジの髪を血と泥で汚したアナスタシアが立っている。初手から今まで、ミゲルの奏でる音にまで聞き漏らさずにいた成果だった。 「僕の手駒はまだ残ってる! ディエーチ!」 ミゲルを守ってきた最後のナンバー『10』が動く。 「指揮官ちゅーんは最後まで戦場に残るもんぜよ」 「殺生沙汰は嫌いなんだけどな……クソッ!」」 仁太とクロトも退路を断ち、間断なく撃ち込まれる弾幕と虚から生まれた限りなく実に近い幻影が小さな身体に襲いかかる。それを僅かに残る死人達が身を挺して庇う。 「運が良い事を祈れよ。俺は分の悪い賭けも嫌いじゃない!」 「わあああああぁぁ!」 涼の回りに不運のダイスが浮かびあがる。とうとうミゲルの口から情けない子供じみた悲鳴があがった。 三高平大学の攻防は防御側、つまりはアーク側の勝利に終わった。『楽団員』ミゲルは重傷を負って戦線を離脱し、いつの間にか配島達フィクサードも引き上げていたらしい。限界を超えて戦っていたリベリスタ達は、皆これ以上戦えないほどの大怪我を負っていて、ミゲルや配島の消息を追う事が出来なかったのだ。 そして、唯一の死者である鳴海レナの死した肉体を奪われることなくそこに残った。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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