●鼻歌混じりにそれは来たりて……。 「るるるる~ん♪」 なんて、調子っぱずれな鼻歌が響く。空気は陰鬱として、どこか停滞したものを感じる。コツコツと反響する足音。リノリウムの床を、高いヒールで小突くようにそれは歩いていく。 「おっくすり♪ おっくすり♪ ちょっと足りないかな」 パニエでふわりと膨らんだミニスカートを揺らし、白金色のゆるくウェーブした髪を撫でる。長く伸びた爪は鋭く、まるで刃物のように尖っていた。白目と黒目の逆転した瞳に、薄紫色のチアノーゼでも起こしたような唇の色。そんな彼女が歩くのは、消灯後の病院の廊下。病院において彼女は、明らかに異質な存在なのだが、それを気にするものはいない。 「おっくすり~♪ 散布して~♪ 回収して~♪」 肩から斜めかけにしたバッグから漏れる、薄緑の煙。この煙を吸い込んだものは皆、深い眠りに落ちるようだ。病室の入院患者は皆、眠ってしまって夢の中だ。病や怪我による苦しみも、この時ばかりは忘れることができているようである。 「おっくすりは~♪ どっこかな~♪ ……ねぇ、どこなの?」 廊下に突っ伏して眠る看護師を抱き起こし、その口にカプセル状の薬剤を放り込む。数秒後、看護師はゆっくりと起き上がった。虚ろな目は、どこを見ているのか分からない。口を半開きにして、まるで生ける死体のような有様である。 「どこなの? お薬、どこ?」 「………。あっち」 ふらり、と指さした方向は看護師詰め所。解熱剤程度なら、そこにあるのだろうか。 「おっくすり~♪ あ、そうだ。あなたたちは私の護衛をしてね♪」 バッグから取り出す大量のカプセル剤を、虚ろな目をした看護師に手渡した。小さく頷くと看護師はふらふらと歩き去っていった。 眠ってしまった他の看護師に、薬を飲ませる為に……。 それを見送って、彼女はにやりと笑った。 「ここがどこか知らないけど、お薬の臭いが一杯で、いい所よね~♪」 ●まるで何かの映画のような……。 「病院の庭に開いたディメンションホールから、彼女はこっちの世界に迷い込んだみたい。アザ―バイドね。名前はピール。薬が大好き、という変わり者ね」 また変なやつが来た。そんな顔でモニターに映った女性を眺めるのは、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)である。薄暗い病院の廊下を、スキップしながら進むピール。そんなピールの周りには、床に倒れた看護師と、倒れた看護師の口にカプセル剤を放り込む虚ろな目の看護師。 カプセル剤を飲まされた看護師はむくりと起き上がり、ふらふらと廊下を彷徨い始める。 「彼女のカプセル剤には、E能力を持たない人間を操り人形にしてしまう効果があるみたい。それから、人を眠らせる薬も。リベリスタには効かないから安心してね」 効かない、と聞かされていてもまるでゾンビかなにかのような有様になっている看護師たちを見ると、心配になってくる。 「どういうわけか入院患者には優しいみたいね。理由は不明だけど、操り人形にしているのは看護師だけ。看護師は、侵入者を発見すると襲ってくるみたい」 あまり怪我をさせてはダメよ。と、注意。 ふらふらと歩くだけの看護師たちだが、侵入者を発見した際には非常に素早く動く事ができるようだ。侵入者の排除はピールの指示なのだろう。 「ピールは薬を探している。薬を漁り終えたらどうするのか分からないけど、このまま放置も出来ないし、一応様子を見に行ってきてね」 万が一、こちらの世界に留まられるようなことになっては厄介だ。力づくにしろ、説得するにしろ、まずは彼女を見つけ出さないことには話しが始まらない。 「ピール自身は、薬の効果で自身を強化する能力を持っている。かなりの快楽主義者みたいだから、万が一の場合は戦闘、殺傷も覚悟してね」 それじゃ、行ってきて。 そう言って、イヴはリベリスタ達を送りだす。 「それから、ゲートの破壊もね」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:病み月 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年03月08日(金)23:57 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●薬の時間 消灯時間を過ぎた暗い病院の廊下。緑色の非常灯だけが頼りだ。そんな中を、鼻歌交じりに進む影が1つ。白金色の髪と、白黒逆転した瞳。口角の上がった唇から洩れる、楽しげな笑い声。メスのように鋭い爪で錠剤を摘まみ、それを口に放り込む。 「るる~ん♪ んー、これはなんの薬かしら♪」 テイスティングでもするかのように、口の中で薬を転がす。アザ―バイド(ピール)。それが彼女の名前だった。肩に下げた鞄から薄緑の気体がばら撒かれる。それを吸い込んだものは皆、深い眠りに落ちていった。病人は眠ったままにしておいて、ピールは、倒れた看護師の口に薬を放り込む。ピールに薬を乃ぁされた者は、一時的に彼女の傀儡に為り果てるようだ……。ピールを護衛し、侵入者を襲う。そんな存在になってしまう。 「待っててね~♪ わたしのお薬~♪」 邪魔者など、来る筈もない。なんて、安心しきった様子でピールは廊下を歩いていくのだった。 ●まるで何かの映画のような……。 「アザ―バイドが薬好きなんて、謎だらけですし、居座られたら厄介過ぎますわ」 はァ、と重い溜め息を吐いたのは『プリムヴェール』二階堂 櫻子(BNE000438)だ。パタパタと黒い耳を揺らす。櫻子の隣では『アウィスラパクス』天城・櫻霞(BNE000469)も、やれやれと言わんばかりに頭を掻く。 「薬が欲しいからといって来られてもな」 人目を避け、病院内を進む8人。病院の裏手を警備していた警備員は、櫻霞の魔眼で暗示をかけて、追い出した。今後、この院内で戦闘が起きるかも知れない。そう考えると、巻き込まれる危険がある者は極力排除しておいた方が安心だろう。 「熱感知では無理か……。人が多すぎる。一応注意を払って参ろう」 万が一に備え、スタンガンを構える『影なる刃』黒部 幸成(BNE002032)。一階には薬剤室があるはずだが、今のところそこがピールに襲撃された様子はない。 「なんというか、アザ―バイドというのはまともなのが少ないみたいですね」 ラージシールドに身を隠す『超守る空飛ぶ不沈艦』姫宮・心(BNE002595)が、薄暗い廊下の先に視線を向けた。コツコツと響く足音は、看護師のものか、或いはピールか。遠目からでは、判断できない。 「異世界にはホント色んなヤツがいるっすね。向こうから来たのは、看護師みたいっすよ」 じっと廊下の先を見つめる『LowGear』フラウ・リード(BNE003909)。向こうから来る看護師が、ピールの支配下にあるか否か、それは分からない。 「アザ―バイドの価値観は私達とは異なることが多い。文化の違いからくるものなのだろうけど、興味深いね」 看護師を無力化する為に『月夜に煌く雪原は何を内に秘める』月姫・彩香(BNE003815)がフラッシュバンの発動準備に取り掛かる。万が一、ピールの影響下にあった場合、素早く無力化するためだ。 看護師が近づいてくる。彩香が光球を作ろうとしたその瞬間、櫻霞がそれを遮った。そっと物影から顔を出し、看護師に近づいていく。 看護師の視線が、櫻霞に向いた。 「あら……? あなたは患者、ではないですよね?」 首を傾げる看護師。どうやらピールの支配下にはないらしい。わずかに、櫻霞の眼が光って見えた。 「最近は夜勤続きで疲れている。今すぐ仮眠室か家に帰って休め」 櫻霞がそう言った瞬間、看護師は何かに操られたようにくるりと反転、元来た道を帰っていった。 ほっ、と光球を納める彩香。8人は、看護師の姿が見えなくなったのを確認して二階へと進路を変える。 「しっかし、薬なンざ集めてどーしようってンだ?」 一足飛びに階段を駆け上がりながら『デンジャラス・ラビット』ヘキサ・ティリテス(BNE003891)がぼやく。今回のターゲットは、行動にしろ目的にしろ謎が多いのだ。どのように対応すべきか、少々決めあぐねているというのが現状である。 「薬っていうのは苦しんでいる人を救うためにあるものなのよ。何に使うか判らないけど、それを奪い取ろうなんてヤツはボッコボコにして説教よ」 芝原・花梨(BNE003998)が鉄槌を肩に乗せ、そう告げた。ニ階に上がると、様子がいくらか変わってくる。薄暗いのは相変わらずだが、人の気配が格段に増えたのだ。病室が無数に並んでいるのも理由の1つだろう。もっとも、病室内の患者は、皆眠っているようだが。 「るるるる~ん♪」 廊下の先から、鼻歌が聞こえてくる。恐らくピールのものだろう。顔を見合わせ、8人は廊下を進む。虚ろな顔をした看護師が数名、足音に反応しこちらを振り向いた。自我を失っているようで、その表情はまるで夢遊病かなにかの患者のようだった。 「るる~ん♪ あらァ? どちら様? 患者って風でもないけど、看護師でもないよねぇ~♪」 看護師に続いて、ピールもまたこちらの存在に気付いたようだ。白黒逆転した瞳を楽しげに細め、じっとこちらの様子を窺ってくる。 「薬が効いていない所を見ると、普通の人じゃないのかしらァ♪」 カリカリと、鋭く尖った爪で壁を引っ掻く。どこかふわふわとした言動とは裏腹に、ピールの動作には隙がない。指先で看護師たちを指示を下し、ピールとリベリスタ達の間に壁を作らせることも忘れない。 「お薬、くれるの?」 「いえ……。ただ、此処にずっといられてしまうと困ってしまうのです……。お薬だけなら持っていくのは構いませんから」 困ったようにそう答える櫻子。それに対しピールは、ううん? と暫し考え込んだ後「どうしよっかなぁ♪」と、呟いた。 「目的を訊いといてやる。誰かを救うため、とかそういう理由か?」 そう問うたのは、ヘキサだった。好戦的な笑みを浮かべながらも、一応の手順は守ってまずは交渉から入るつもりらしい。一方、隣の花梨はすぐにでも戦闘に移れるよう鉄槌を降ろし駆け出す用意を整える。 「誰かを救うため? ううん♪ そういうのじゃないの。ただ薬が好きなだけなの。色々集めて、色々作るの♪ コレクターってやつかしら? 自分で試したりもするのよ♪」 鞄からパッケージされた錠剤をいくつも取り出して見せる。その中からいくつか選んで、それを自分の口に放り込んだ。 「んん……。わたし、身体が弱いの♪ だからお薬がないと、生きられないのね♪ ここって病院って奴でしょう? わたしの世界にはない施設だわ。部屋で寝ている人達って、患者って奴よね? わたしと同じ立場の人なのよね?」 病人同士、親近感でも湧いたのだろうか。自分と同じで、病人だからこそピールは患者達に手だしをしないようだ。それを聞いて、フラウがやれやれと頭を掻いた。 「上の世界のソッチ系のヤツかと思ったっすけど、違うみたいっすね。大人しく帰ってくれないっすか?」 そう訊ねるフラウに対し、ピールはにやにやと笑みを返す。どうやらこちらの反応を見て楽しんでいるらしい。やがて、ピールはそっと口を開いて言葉を紡ぐ。 「お こ と わ り ♪」 くるり、と踵を返すピール。大人しく薬を貰って帰るよりリベリスタ達をからかって遊ぶ方が楽しいと、そう判断したらしい。逃げるピールと反対に、数名の看護師がこちらに駆け寄ってくる。 「来ましたデス!」 「あぁ、看護師を引き離すとしようか」 ラージシールドを構え、彩香の前に出る心。心の後ろで彩香は、光球を放つ用意を整える。この場で2手に別れて、ピールを送り返す作戦。彼女達は、看護師の抑え役だ。 「抵抗が激しいようなら、討伐する外御座らんが……」 そう呟いて、幸成が飛び出した。壁を蹴って、看護師の頭上を飛び超える。向かう先にはピールの姿。幸成に続いて、フラウ、花梨、櫻子、櫻霞も看護師の間を駆け抜けていく。 しかし、タイミングが悪かったのか櫻子と櫻霞の2人が看護師に阻まれ停止せざるを得なくなる。咄嗟に櫻霞は、櫻子の背を押して看護師の包囲網を突破させた。 「何を盾にしようが、人を呼ぼうが無駄だ」 両手に構えた拳銃の引き金を引く。火薬の爆ぜる音に続いて、看護師たちの間をすり抜けた弾丸が、ピールに迫る。正確無比なその射撃を、ピールは爪で弾いてい見せた。 「あっぶな~い♪」 なんて、命のやり取りをしているとは思えないほど、気楽な声をあげて、ピールは廊下を駆けていく。 「行かせぬよ」 壁を蹴って、幸成がピールの進路を塞ぐ。階段を上がろうとしていたピールは、小さく舌打ちをして進路を下へ変更。階段を駆け下りていった。追いかけようとした幸成の腕を、何かが掴む。幸成の腕を掴んだのは、上階から降りて来た看護師たちだった。 ピールが呼び寄せたのだろうか。看護師たちは、続々と二階へ降りてくる。 「ワリィがさっさと眠っちまいな!」 飛び込んできたヘキサが、回し蹴りを看護師の肩に叩きこむ。解放された幸成は、櫻霞、櫻子と合流しピールを追って一階へ。フラウと花梨は既に一階へ降りていったようだ。ニ階には、看護師たちの侵攻を喰い止める為にヘキサ、心、彩香の3人が残った。 「ぬぅ……。庇う徹底デス! それが看護師さんズを救う道にもつながるでしょうし」 津波と化して押し寄せる看護師たちの前に、盾を構えた心が躍り出る。小さな体に不釣り合いな重装備と、巨大な盾。力任せに突っ込んでくる看護師を受け止め、喰い止める。めちゃくちゃに振り回される拳が、心を叩くが、彼女は怯む事なくそれを受け続ける。背後に控える彩香には、一手たりとも触れさせぬと、そう決めて。 「殺さないように注意しないとな……。頭や胸には当てないようにしないと」 閃光弾を作り出し、それを投擲する彩香。暗い廊下が、一瞬、白一色に染め上げられる。フラッシュバン。神秘の力で作りだされた、強力な閃光弾だ。閃光を浴びた看護師が数名、纏めて廊下に倒れ伏す。 「静かな病院でこれ使うのは気が引けるぜ……」 彩香に続き、ヘキサも閃光弾を投げる。それと同時にヘキサは床を蹴って跳び出した。手近に居た看護師を蹴って、意識を刈り取る。 「なかなか……しぶといのデス」 冷や汗を垂らす心。彼女の眼前では、倒れていた看護師がゆっくりと身を起こしている。操られている為か、看護師たちはなかなかタフらしい。 思ったより時間がかかるかもしれない、と彩香は思う。 「ううん? ちょっとからかいすぎたかなァ♪」 そう言って、ピールは鞄から赤い錠剤を取り出した。それを口に放り込んで、飲み込む。変化は一瞬で現れた。ピールの肌に、赤い蛇にも似た模様が浮き上がったのだ。それに伴い、ピールの移動速度が上がる。床を蹴って急転回、鋭い爪を振り回す。 「うおっ!?」 ピールの爪がフラウを襲う。咄嗟に剣でそれを受け止めるものの、勢いに押されてフラウの体が後ろに大きく弾き跳んだ。床を跳ね、転がるフラウを幸成の影が受け止める。 「もう追いつかれちゃった?」 なんて、ピールは笑う。フラウはそっと起き上がると、剣を握り直す。 「やる事やって、さっさとお帰りいただくっすよ」 タン、と軽い音。一瞬でピールとの間合いを詰めるフラウ。間合いに入り込み、斬り掛かる。ピールは素早く腕を振って、フラウの剣を裁いていく。留まる事のない斬撃がぶつかり合う。一進一退。薬によって強化されたピールの体は、生身で刃物と渡り合うことを可能としていた。 埒が開かない攻防を中断させたのは、大上段から振り下ろされた花梨の鉄槌だった。 「ボッコボコよ!」 空気を切り裂きながら振り下ろされる鉄槌を、紙一重で回避するピール。空ぶりした鉄槌はそのまま病院の床を、粉々に砕き小さなクレーターを作る。 「ひゃァお……」 それを見て、ピールは苦笑い。冷や汗を垂らしながら、素早く右手を一閃させる。鋭い爪が、花梨の頬を切り裂いた。一瞬の後、花梨の体が石と化す。動きの止まった花梨をピールは力任せに蹴り飛ばした。石になった仲間を無視できず、フラウはそれを受け止める。 「うぐ……。おも……」 花梨の下敷きになったフラウ。そんなフラウに、物影から飛び出して来た人影が迫る。ピールに操られた看護師だ。その数2人。拳を振りあげ、フラウに殴りかかる。 看護師の拳が、フラウの頬を捉えた。身動きのとれないフラウを何度も何度も殴りつける。追い打ちをかけるように、爪を振りあげたピールがフラウに接近するが、2発の銃声がそれを阻む。 「敵と定めた相手に、俺は情けも容赦もしない」 弾丸はまっすぐピールの肩を撃ち抜いた。鮮血が飛び散って、床を汚す。その隙に、フラウに駆け寄った幸成が、スタンガンで看護師2人を無効化。フラウと石化した花梨を助け出した。 「その痛みも苦しみも、全て癒しましょう……」 殴られ腫れあがったフラウの頬を、櫻子がそっと撫でる。淡い光がフラウと、花梨の体を包んだ。 2人の傷が癒えていく様子を、ピールはじっと、羨ましそうに眺めていた……。 ●薬に依存した少女 「うぉぉぉ!?」 押し寄せる看護師を受け止めきれず、ヘキサが階段を転げ落ちる。ヘキサを追って、階下へと降りていこうとする看護師を心が身を呈して喰い止める。 「庇うのは私の本領発揮なのデス!」 階段を踏み外すギリギリのラインで踏みとどまり、看護師を押し返す心。そんな心の背後から、彩香が閃光弾を放った。 「ピールへの攻撃に参加する余裕はなさそうだ」 「あぁ、いい奴だったら笑顔で送ってやれたんだがな」 彩香の頭上を跳び越して、ヘキサが戦線に復帰する。残り数名まで減った看護師相手にヘキサの蹴りが放たれる。極力、怪我をさせずに無力化する。 それが、彼らの役割だ……。 ヘキサたちが看護師を無力化しているその頃、1階での戦闘も終盤に差し掛かっていた。ピールは鞄から取り出したカプセル剤を床に撒いて踏み砕く。 割れたカプセルから霧状の薬剤が散布された。それを吸い込んだ櫻霞が、僅かに呻いて床に膝を付く。 「にゃは♪ 薬、効くでしょぉ♪」 床を蹴って跳び出すピール。握り拳で櫻霞の頬を殴り飛ばした。ピールの細腕から放たれたとは思えないほどの重たい拳が、櫻霞を吹き飛ばす。 壁に当たって床に倒れる櫻霞。体が麻痺して動けないようだ。駆け寄った櫻子が、彼を助け起こす。 「しっ!!」 短く呼気を吐き出して、幸成が武器を投擲。ピールはそれを回避すると、幸成目がけて鋭い爪を突き刺した。幸成の胸に、鋭い爪が深々と突き刺さる。流れる血に混じる紫の液体。ピールの爪に付与された毒だろう。幸成の顔色が急速に悪くなる……。 「お薬、欲しい?」 なんて言って、ピールは笑う。 次の瞬間、ピールの眼前に鉄槌が迫る。戦線に復帰し、背後から近づいていた花梨が放った一撃だ。腕を交差させ、ピールはそれを防御する。ミシ、とピールの腕が軋んだ音を立てた。 「今からでも遅くないから、元の世界に帰ってくれない?」 鉄槌を振り抜いて、花梨は訊ねる。弾き飛ばされたピールの体が宙を舞う。口の端から血を垂らし、ピールは呻き声をあげた。カツン、と花梨の鉄槌が床を打つ。 そんな花梨の隣を駆け抜けていく影が1つ。フラウだ。姿勢を低く、暗い廊下を駆け抜ける。向かう先はピールの落下地点。それを悟ってピールが顔を青くした。器用に空中で反転し、フラウに向き直るものの、すでに遅い。ピールが爪を広げたその時にはすでに、フラウの剣はピールの眼前にまで迫っていた。 「……や、やめっ! こうさ……!?」 「お帰り願うっすよ」 一閃、二閃と放たれる斬撃が、ピールの爪を切り裂いた。そして最後にピールの肩から胸にかけて一閃。血が飛び散って、ピールは床に落下する。気を失い呻き声をあげるピールに、櫻子が歩み寄る。 「穏便が一番なのですが……致し方ありませんね」 そっとピールの血を拭い、櫻子はそう呟いた。 「これにて忍務完了に御座る」 気絶させた看護師を、近くの椅子に寝かせて幸成は言う。2階からいくつかの足音が降りてくる。どうやら看護師を喰い止めていたグループがこちらに降りてきているらしい。 アザ―バイド・ピール。無力化完了……。 「まぁ、楽しかったからいいんだけどね♪」 斬られて短くなった爪を、物悲しそうに撫でながらピールは言う。傷の手当てをしてもらい、ついでにいくらか薬を回収してから、一同は病院の裏庭へとやってきていた。 「どうか、お気をつけて……」 と、櫻子が労りの言葉をかける。フラウに斬られた傷に対するものか、或いは薬に依存しきっている彼女自身に向けられたものか……。 「あ~……。うん。ありがとねぇ♪」 薬を手に入れて、それなりに楽しい想いもできた。ピールとしてはそれで満足なのだろう。傀儡としていた看護師もすでに解放されている上、一度負けてしまっている。これ以上、抵抗するつもりもないようで、彼女は「ばいばい」と小さく手を振るとあっさりDホールを潜って、元の世界に帰っていった。 「次は迷い込んでくるなよ」 紫煙をくゆらせながら、櫻霞が呟く。ピールが完全に消えたのを確認し、心はゲートを破壊した。 「ここまでが任務なのデス」 ゲートは消えて、ピールも送還済み。後に残ったのは、リベリスタ達だけだ。 こうして、病弱故に薬に依存した異世界の少女は、元の世界に帰っていった。 ちなみに、彼女の起こした騒動や戦闘の痕跡、無くなった薬品を巡ってもう一騒動起きるのだが、それはまた別の話である。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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