●厄除けの形代 (あ~……。すっかり遅くなっちゃった。またパパとママ、うるさいんだろうなぁ……) 裕美は、少々面倒な顔を浮かべ、帰り道を急ぐ。 バイト先の仲間とのカラオケに、つい長居しすぎてしまったのだ。明確な門限は定められていないが、普段から帰宅時間については口うるさく言われている。 (って言っても、もう大学生なんだから多少遅くなってもいいじゃない……。ったくも~) 両親の事は、もちろん嫌いではない。むしろ仲の良い親子と言える。 けれど、自分にだって付き合いというものがあるのだ。もう少しだけ自由にさせてもらいたいものである。 はぁ、と小さく溜息をつく。 「……あれ?」 自宅に、明かりが灯っていない。ちょっと背の高い三階建ての家だが、どの部屋も暗闇に包まれている。 時間にして午後十時。寝るにしては早い時間だろう。 首を傾げながら、玄関の鍵を開ける。が、何故か鍵はかかっていなかった。 「え? なんだろ……?」 少々気味が悪い。しかし、他に何処に行くわけにもいかず、裕美は家の中に入った。 「ただいま~? …パパ、ママ? 亮太?」 両親と弟を呼ぶが、自宅の暗闇に気圧されて、なんとなく小声になってしまった。 薄気味悪い、静まり返った家。 パチリと玄関の明かりをつける。両親の靴はある。外出しているわけではないようだ。しかし、だとするとどうしたのだろう? 住み慣れた家に満ちる薄ら寒い雰囲気に、裕美の背筋が寒くなる。 その瞬間、リビングへ続く短い廊下から、ゴトリと音がした。 「ひっ!」 堪らず小さく悲鳴を上げてしまう。音のした方を見れば、そこには 「……お、お雛様……?」 雛人形の最上段に位置するお内裏様があった。しかし、何故こんなところに? 「な、なんなのよぉ……」 何かが異常だ。声を震わせ、裕美は廊下に背を向け、入ってきた玄関のドアに手をかけた。もうこれ以上、この場に居たくない。 だがそれを願う裕美より早く、小さな何かが裕美に襲い掛かった。 ●災厄の形代 「住宅街にある一軒の家が、E・ゴーレムに占拠されました」 少々緊迫感のある声で、『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)が告げた。集められたリベリスタの顔つきも、合わせて引き締まる。 「占拠されたのは三階建ての住居です。死者は出ていませんが、その家に住む夫妻と娘、息子の合計四人が捕らわれています」 「捕らえられている?」 訝しげな声が上がる。 「意識は失わされてますが、殺されてはいません。外傷もなく、捕らえられています。 本件のE・ゴーレムは雛人形が元となったものですが、日付が変わる零時と同時に、人質を小さな桐の箱に押し込もうとするようです」 「……む」 僅かに顔をしかめる和泉だが、聞いたリベリスタ達からも唸り声が上がる。実に陰惨な処刑だ。 「占拠しているE・ゴーレムはお内裏様、三人官女が二体、五人囃子が三体の合計六体です。それぞれが高い攻撃性を有していますので十分な注意が必要です。 また、タイムリミットを考えますと、迅速な対応が必要となります。今から急行すれば、占拠を未然に防ぐことはできなくとも、討伐は間に合うと考えます」 間に合う・間に合わないではない。間に合わせなければならないのだ。 「じゃぁ、いってくるよ」 言うが早いか、リベリスタは一斉に立ち上がった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:恵 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年03月08日(金)23:53 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●三段飾り 「それにしても迷惑なお雛様ご一行もいたものですね。厄除けどころか厄そのもの。 速やかに処理させていただきましょう」 E・ゴーレムが跋扈する住宅を見据え、『シャドーストライカー』レイチェル・ガーネット(ID:BNE002439)が言う。頷くように 「雛人形は厄除けの為に飾るとも聴きましたが…厄そのものに変わってしまわれたのはお労しゅうございますね」 『レディースメイド』リコル・ツァーネ(ID:BNE004260)もまた、薄暗い家を睨みながら言った。 「雛祭りに合わせて雛人形のゴーレムね。年中行事に合わせなくてもイイのに…まったく」 『炎髪灼眼』片霧 焔(ID:BNE004174)がボヤくが、言葉とは裏腹にやる気は十分なようだ。 「ステラちゃん、ソレ、なんだ?」 「人形。時間がなかったから紙で作ったけど、何かに使えるかと思って」 鷲峰 クロト(ID:BNE004319)の問いに、『小さき梟』ステラ・ムゲット(ID:BNE004112)はシンプルに答える。 確かに手には、紙で簡素に作られた人形が握られている。 「なるほド、確かにE・ゴーレムの数は足りてないナ。残りの人形はどこに行ったのダ?」 ステラの手にある紙の人形を見ながら、その独特の口調で喋るのは『夢に見る鳥』カイ・ル・リース(ID:BNE002059)。 「どうやら、残りの人形は失われてしまったようですよ」 タイミングよく、遙か先を見通す眼で件の家屋を偵察していた『Brave Hero』祭雅・疾風(ID:BNE001656)が戻ってくる。 「人形が足りないって、ここの家族はお雛様をあんまり大事にしてなかったの?」 やはり女の子。少なからず気にかかるようで『蜜月』日野原 M 祥子(ID:BNE003389)が疾風に聞き返す。 「いや、大事にはしていたようです。箱もしっかりありましたし。 ただ、どうやら虫害にあったか何かで、足りない人形は手放しているようですね」 「そっか。仲間が居なくなってエリューション化なんて、なんだか悲しいね」 祥子が悲しげに呟く。 「あとは事前の説明にあったとおりです。各階にE・ゴーレムと人質となっている家族の方が居ました」 「偵察ありがとウ、疾風さン。では我輩たちモ、作戦通り行くしかないのダ!」 カイが皆を見渡す。緊迫した面持ちの仲間が、頷き返した。 ●五人囃シ 「うわ……」 鍵が開けっ放しであった玄関から侵入したところで、祥子がイヤそうな声を上げた。 それも仕方のないことかもしれない。玄関にはおどろおどろしく、ぼんぼりに火が灯っていた。 「通信はつなぎっぱなしでいいのよね。行くわよ?」 禍々しさを払拭しようと玄関の電気を点け、焔が一同を見渡す。この時間なら室内に明かりが灯っていても不自然はない。 しかしそれと同時に、バンッと大きな音を立て、リビングの扉が乱暴に開かれる。 「っとぉ、来やがったか!」 リビングから飛び出してきたのは、普通の雛人形に比べ若干大きいが、『五人囃子』の出で立ちをしたそれだ。 だがその表情は、怨嗟に満ちたものだった。歯を食いしばり、眼は見開かれ、充血している。 「じゃぁ打ち合わせ通リ、ここは頼むのダ! みんナ、気をつけるのだゾ!」 言うが早いかカイが階段に駆ける。同時に一同に十字の加護を宿しながら。 「ほらよ、取っとけ!」 「その耳障りな雑音、止めさせていただきます!」 カイに続いてクロトとレイチェルが階段を駆け上る。その道すがら、接近した五人囃死に手にしたナイフでの斬撃を叩き込んだ。ギシリと軋む災厄の人形。 しかし五人囃死とて黙って見過ごすわけではない。クロト達に追い縋り、締め上げんと髪を伸ばす。 「させないわ!」 「私たちが相手になるわよ!」 「ここは任せろ!」 それを見越していたかのように、伸びた髪を打ち払いながら祥子、焔、疾風が間に立つ。 「あとはよろしく」 ステラもまた階段を上りながら、歌い手に気糸で作られた網を放つ。すれ違いざまの攻防としては十分な効果を得られたようだ。 後に残るは、祥子、焔、疾風と、三人だけの『五人囃死』。 「人々を守ってみせる! 変身!」 疾風が高らかに叫び、その身に装備を換装する。祥子、焔もそれぞれ構え、五人囃死もまた、手にした楽器を物々しく構えた。 ●三人カン女 「いい感じ」 ステラが簡素に言う。かなり効果が得られたのは確かだ。 「そうでございますね。では三階はお二人にお任せいたします」 「任せるのダ」 頷き、カイとレイチェルがそのまま立ち止まらず階段を駆け上がった。 静かな廊下だ。しかし、何がどう、というわけではないが、やはり空気がおかしい。ねっとりと重い。 「……フルセットでないのが幸いだな、数で押される心配をせずに済む。あとは…上手くやれるかは俺達次第だなっ」 己を奮い立たせるかのように言うクロト。 「油断は禁物」 「わかってるって、ステラちゃん。けど、上手くやってみせるぜ」 「それにしても、三人官女様方は高貴な女性に使える女官様なのだと伺っております! わたくしもお嬢様にお仕えしている身、親近感がわきますね!」 「……そういうものか?」 リコルの言葉にクロトは疑問を覚えるが、目の前にそびえる子供部屋の扉に手をかける時には僅かな緊張に顔が引き締まる。 「行くぜ!」 掛け声と共に扉を押し開く。 部屋の中は、やはりぼんぼりの明かりに照らされている。そして二体の人形。 見た目だけなら、まさしく官女のそれだ。 だが、顔には苦悶の表情が浮かんでおり、手にはゾロリと鋭い爪が伸びていた。素早くクロトが最前線に躍り出る。 「あんた達も仲間がいなくなって辛いのは判るけど、こんなことはしちゃいけねえぜ」 手にしたナイフが、ギラリと妖しく光る。 ●オ内裏様 夫婦の寝室に入った二人の前に、やはりお内裏様の人形が待ち構えていた。 これまでと同じように、その顔には憎悪の表情が浮かんでおり、どの人形も、『雛人形』としての役割など当に忘れてしまっているかのようだ。 「……なんだか悲しいですね、本来とは正反対のかたちになってしまうなんて」 「そうだナ。けどこのまま放置することはできないのダ」 カイが杖を、レイチェルがナイフを構える。悪内裏様もまた、甲高い声で笑いながら剣のような笏を構えた。 「……あれは!」 レイチェルが悪内裏様の陰となっていたベッドに横たわる裕美に気付く。 裕美はその私服の上から十二単に羽織らせられ、苦しそうな表情で寝込んでいる。まるで今は失われたお雛様の身代わりであるかのようだ。 『一階、焔よ。リビングで父親と弟くんを見つけたわ。まるで五人囃子みたいな格好をさせられてる!』 『リコルです。こちらもやはり、お母様が官女の服をお召しになっております』 「こっちにも、十二単を着た裕美さんが居ます! 怪我はしていないようですが、意識はないみたいです!」 『なるほど……出来すぎた穴埋めでございます』 「つまリ、手放された人形の代わりだったというわけカ……」 未婚の女性、既婚の女性、二人の男性。なるほど、確かに人数はぴったりというわけだ。 「だからと言っテ、人は箱詰め禁止なのダ!」 「カカカカカッ!!」 カイの叫びに、悪内裏様が甲高い笑いで応える。口角が裂け、チロチロと赤黒い舌が覗いている。 「カイさん、一先ずお相手をお願いします! 私は裕美さんを!」 「任せるのダ!」 唸る笏の一撃を杖で受け止め、カイがそのまま悪内裏様に肉薄する。 その横を風のようにレイチェルが駆けた。 ●囃子の果て 「てぇあぁぁ!」 気合と共に、焔の拳が唸る。 燃え上がる赤い尾を引きながら、その拳は『五人囃死』の謡の胴を捕らえた。 「ギギギギ!」 とても歌い手とは思えない、無粋な悲鳴が謡の口から漏れる。 狭い廊下から、戦場はリビングへと移っている。三人の背後に捕らわれていた父親と弟を庇うかたちだ。 「ギィィィ!」 レイチェルの一撃によってひび割れた謡の口から、更に呪詛のような音が響く。聞くものに怖気を震わせるような不協和音。 「う……く……!」 それを耳にした途端、焔の意識が一瞬途切れかける。朦朧とした中、膨れ上がる破壊衝動。 「焔さん!」 祥子からの暖かな光が、失いかけた正気を取り戻させる。 「く! ありがとう、祥子!」 「なかなか手強いですね……!」 更に笛と太鼓の音が響く。美しい旋律には程遠い、しかし雑音とも違う音階だ。ビリビリと肌で感じる囃子。 「ぐ……!」 疾風が苦しそうに呻き、焔と祥子も耳を押さえる。 その一瞬の間隙を突き、五人囃死から黒々とした髪が伸ばされる。鋭いトゲのようなそれは、既に人形の素材である絹とは明らかに質が違うものだ。 「くぅ!」 焔の柔肌に、その細い槍が突き刺さる。焔の纏う紅とは別種の赤が舞う。 「このぉ!」 己の身に突き刺さった髪をそのまま掴み、グイと引き寄せる焔。堪らず引き寄せられる人形。 焔の腕に、紅蓮の炎が宿る。それは、禍々しいぼんぼりの光源などとは比べ物にならないほど熱く熱く、燃え滾った焔の誇り。 「この程度で私を何とか出来るって思ったら、大間違いよ!」 その紅蓮の腕で薙ぎ払う。呪詛の囃子をも燃やし尽くす、紅の輝き。 「災いを成す宴はそこまでだ!」 疾風もまた、蒼を纏わせた刃を構え、駆けた。その速さは、まさに雷光。 刹那、猛け狂う雷が走る。紅と蒼に彩られる宴。 後に残るのは、端正な面持ちの、三人だけの五人囃子の雛人形。そこにはもう、『五人囃死』は存在しなかった。 「二人とも、大丈夫!?」 「かすり傷よ、大丈夫」 祥子がすかさず焔の傷を癒す。戦闘中といい、見事なフォローと言えるだろう。 「傷を癒したら、先へ急ぎましょう。他の皆さんが心配です」 疾風に言葉に、二人は深く頷いた。まだ戦いは続いているのだ。 ●官女の務め クロトの刃が風を斬り、三人奸女の一体を捉える。 しかしその鋭利な一撃は、短剣のような鋭さを持つ爪に受け止められてしまう。ギシリと金属の軋むような音が低く響く。 「ちっ。やるじゃねえか」 鍔競合いの形となり、舌打ちをひとつ。 「ケケェ!」 相手もまた、甲高い声を上げた。ひどく耳障りだ。 「クロト様、お気をつけくださいませ!」 その競り合いに水を差すように、もう一体の『三人奸女』が爪を伸ばした。それを鉄の扇でリコルが受け止める。 「すまねぇな、リコルちゃん!」 捕らえられていた母親を、やはり背後に庇う形で展開しているが、『三人奸女』は縦横無尽に跳ね回り、その鋭い爪を叩き込んできた。既に三人には、大小さまざまな傷が刻まれている。 張り付いた苦悶の表情で、チラチラと背後の母親を見ている。隙あらば三人を掻い潜り、そちらに行こうとしているかのようだ。 それを知ってか知らずか、 「おらおらっ、お前らの相手はこの俺だっ。さっさとかかって来いよっ」 クロトが声を上げる。『三人奸女』の視線が母親から外れ、ギロリとクロトを睨んだ。 「ケケケェェェ!」 『三人奸女』が再び跳ね回り、その鋭い爪を振り回す。 ただ闇雲に振り回しているかのようで、的確に肉を削ぎ、身を穿つ攻撃。 「ぐおぉ!」 「……ッ!」 クロトとリコルが朱に染まる。 「今治します」 場にそぐわない清らかステラの詠唱。それと共に暖かな光が二人を包む。たった今刻まれた傷が見る見るうちに治癒されていく。だが深く抉られた傷は、完治には至らない。 「ンなろ、ほんとにやるじゃねえか! ……うお!」 軽口を叩いたクロトに、更に鋭い爪を構えた人形が迫る。 「鷲峰さん!」 初撃を手にしたナイフで凌ぐのは、さすがと言えよう。しかし二体から続けざまに攻め立てられ、その身には更に深い爪痕が刻まれる。乱れ散る赤。吹っ飛ぶ肢体。 「クロト様ッ!」 「げはーっ、やーらーれーたー…。…って、これ前にもやったか」 吹き飛ばされながらも身を捻り、華麗な着地。 口調こそおどけてみたが、流れた血は冗談では済まされない量だ。傷口も深い。再びステラから治癒の力が届く。 人形からの追撃は、リコルがしっかりと受け止めた。その身の全てを守護に傾け、爪を跳ね返している。 「ありがとよ、ステラちゃん、リコルちゃん! さて、ケリをつけてやるぜ!」 流れた血をグイッと拭い、再びクロトの影が揺らぐ。 まるで影が実態を持ったかのように多くの幻影を纏い、その身体が踊る。 先ほどとは逆に、続けざまの斬撃が『三人奸女』を襲う。 クロトは一人で、『三人奸女』以上の猛攻をやってのけてしまったのである。 「なかなか強かったぜ、次はもう会いたくねえな」 無数の幻影がクロトに集まり、やはり残るのは二人きりの三人官女。 「二階は大丈夫!?」 同時に、激戦を終えた疾風たちが駆けつける。 「今終わった。そっちは大丈夫……みたいですね」 「なんとかね。あとは三階か……!」 ●孤独の皇 まるで毒のような重みを持つ空気が部屋には満ちていた。長年溜め続けた厄が、悪内裏様から漏れているかのようだ。 「凄い重圧を感じるのダ……」 「そうですね……」 レイチェルは裕美を連れて離脱したかったが、悪内裏様がそれをよしとすることはなかった。仕方なく、背後に庇うかたちだ。 「カカカッ!」 剣と化した笏を手に、幾度となく切り結ぶカイと悪内裏様。既にその姿に雛人形としての面影はなく、醜悪な災厄の化身が居るだけだ。 「自分の仕事を忘れちゃいけないのダ!」 言うだけ無駄と判っていても、言わずにはいられない。彼にも年頃の娘がいるのだ。 家に飾っている雛人形がこのような化け物になったら、と思うと、気が気ではない。 「目を覚ますのダっ!」 裂帛の気合と共に、光の奔流が悪内裏様を飲み込む。 「カカカッ!!」 たたらを踏む悪内裏様だが、そのままレイチェルに向き直り、冠の帯を伸ばした。帯びの先が解け、四方八方から悪意が迫る。 「この!」 レイチェルだけならば、攻撃をかわすことも可能だったかもしれない。だが背後には意識を失っている裕美がいる。 裕美に危害を加えることはないかもしれない。だが、加えないと断定は出来ない。 結果として、幾本かの細い棘がレイチェルの身体を穿つ。レイチェルの身に走る、鋭い痛み。 「カァッ!」 更にバラ撒かれる災厄の霧。むわっとする空気の中、レイチェルは自らの身体が重くなるのを感じた。 だが、その空気を打ち破るように 「レイチェル様!」 仲間の声が耳に届いた。同時に、先ほど感じた重圧が打ち消される。 寝室の入り口には、一階・二階を突破してきた面々が居た。それぞれがそれぞれ、満身創痍といった具合だったが、これほど心強いものはない。 「ガァァ!」 突然の闖入者に憤る悪内裏様だが、形勢は逆転したようだ。 「みんナ、無事で良かったのダ!」 「二人も! さぁ、あとはこいつだけです!」 一同の集中攻撃。光の奔流と輝く刃、紅蓮の炎に紫電の唸りが、災厄の化身に一斉に襲い掛かった。 勝負はついたようなものだった。 『ポーン。午前零時です』 悪内裏様の顔は割れ、着物は引き裂かれ、手にした笏は二つに折れていた。 だが寝室に置かれたデジタル時計が時を告げた瞬間、どこにそのような力があったのか、悪内裏様が地を蹴る。 今までの動作よりも、さらに俊敏なその動き。 それは一直線に、迷うことなく裕美へと向かっていた。 しかし。 しかし裕美と悪内裏様の間には、黒く美しい守り手が居た。 「砕けて消えろ、ガラクタ共」 手にした刃よりもさらに冷たく、彼女が言葉を紡ぐ。 刃が煌き、『悪内裏様』は『お内裏様』に戻った。 ●桃の節句 「う……ん……」 小さく声をあげ、裕美が身を起こす。どうやらうたた寝をしていたようだ。見れば弟も両親も、一家そろってリビングで目を覚ましている。 ふと、リビングの隅に雛人形が飾られているのに気付く。昨日は飾られていなかったのに。 「ママ、これいつ飾ったの?」 「え? あら、いつ出したのかしら。これね、お母さんが子供の頃、おばあちゃんから貰った大事な人形だったのよ。お雛様とか、いくつかダメになっちゃったから、それはもう供養したけど」 なるほど。確かに幾つかの人形は足りていない。その穴埋めか、紙で作られた簡素な人形が飾られている。 ふと裕美の脳裏に、幻想的な金色の瞳を持つ、美しい女性の姿が浮かぶ。こんな特徴的な美人、見たら忘れないハズなのに、どこで出会ったのか裕美には思い出せなかった。 しかし、後に残る強い想い。 「……ねえママ、この残りの人形も供養してあげない? きっと、お雛様たちと一緒のほうが人形も寂しくないんじゃないかな」 「……うん、お母さんも、今そう思ってたの。そうね、大事なものだけど、大事にしてるだけじゃダメね」 雛壇に飾られたお内裏様と、紙で作られたお雛様。それに他の雛人形も。何故か誇らしげに、満足そうに見えた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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