下記よりログインしてください。
ログインID(メールアドレス)

パスワード
















リンクについて
二次創作/画像・文章の
二次使用について
BNE利用規約
課金利用規約
お問い合わせ

ツイッターでも情報公開中です。
follow Chocolop_PBW at http://twitter.com






血染めの雛祭り


 ころん、と転がった首から目が話せない。
 焦点のあわぬ虚ろな瞳が、下から自分を見上げている。
 あまりのおぞましさに総毛立ち、恐れを感じて身を震わせた。

 ――こんなことになるなんて。

 わたしたちはなんと愚かであったのだろう。
 さっきまであちらこちらで聞こえていた悲鳴もいまはピタリと止んでいる。耳を澄ませても、聞こえるのは自分の荒くせわしい息づかいだけだ。
 誰もいない。
 生きている人間は誰もいなくなった。わたしを除いては。

 ――逃げなくちゃ。

 その場から逃げようとして、どうにか体をまわしたとたん、どん、と背中を突かれた。いきおいよくつんのめり、埃とカビで黒く変色した畳の上に膝をつく。
 畳みはじっとりとして腐った匂いがした。

「……う、ぇ……っ……た、たすけ……」

 四つん這いで廊下を目指した。
 あとすこし。障子に手が届くというところで、黄ばんだ和紙に小さな影が映った。
 和紙の破れ目からのっぺりとした白い顔が覗く。
 恐怖に心臓をわしづかみされて喉が絞まり、悲鳴が封じられた。
 背骨がじん、と痺れ、熱いものが十二単の内を濡らした。



「えー、この歳でひな祭り? 別にいいけどさー、ほんとうにやるの?」
 老朽化の激しい東部構内のサークル棟の一角に、わたしたち都市伝説研究会の部室はあった。戦前に建てられたサークル棟には空調機器が備わっていない。 わたしたちはいまどき珍しいダルマストーブを囲って暖をとっている。
 部長の牧田和男がストーブのまえで手をこすり合わせながら言った。
「おいおい、都伝のひな祭りが普通なわきゃないだろ?」
 一年生が買ってきた缶コーヒーの中から砂糖抜きを選んで取った。プルトップを引く。
「通称、雛捨て寺。廃寺なんだけど、いつの頃からか不要になった雛人形我捨てられ始めた。いまじゃ、数百体もあるらしい。……が、そのほとんどに首がついていないそうだ。たったひと揃えの雛人形を除いて」
「へぇ、面白くなりそうな話ね。それで? 」
 なんとなく話の先が読めたが、一応、部長……和男の顔をたてておく。
 ここで先回りしてネタ晴らしをすると、拗ねてあとのフォローが面倒だからだ。
 見てくれイケメン、中身は駄メンズ。もったいない。
 和男は長い指で前髪をかきあげながら、得意げな声で話を続けた。
「だろ? 毎年、3月2日の夜になると雛人形たちの間で首の争奪戦が始まるそうだ。3月3日のひな祭り、7段飾りに座るために。ということで、雛捨て寺で迎春の肝試し仮装パーティーをしようぜ」
 バカみたい。
 でもね、そういうバカみたいなところもみんな含めて、わたしは和男が好き。



 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の幼い声が淡々とブリーフィングルームに響く。
「もう13体に首がついた。のこり2体。お内裏さまとお雛さまを残すのみ」
 イヴはモニターに映る画像を手で示した。
 ほのかな明かりの中に、緋色を敷いた大きな段飾りが映っている。ひな壇には学生の生首を得た人形たちが鎮座していた。 
 ふつうなら切り取った人間の首を、ちいさな人形が体に乗せることなどできない。しかし、どういうわけか首を手に入れた人形は、体を人間大にまでサイズアップさせたようだ。
「体の大きさだけじゃない、フェーズもアップさせて2になっている。お内裏さまとお雛さまの予測される強さは更に上。つまり、15体が揃ったらとんでもなく危険」
 イヴは眉を曇らせた。
「いまからすぐ向かっても、お内裏さまに扮した牧田和男は助からないと思う。助けられるとしたらせいぜいがお雛さま役の橘川はるかだけ。それも難しいかも」
 廃寺は4月に取り壊しが決まっていた。寺だけでなく、周りのあき家もまとめてつぶして道路が敷かれる予定らしい。
「だから壊してしまって構わない。なんなら燃やしてしまってもいい。あとの処理はアークが引き受けるから。境内の外に出て人を襲いだす前に、雛人形たちを一体残らず壊してきて。お願い」


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:そうすけ  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 2人 ■シナリオ終了日時
 2013年03月07日(木)22:59
●成功条件
・覚醒したひな人形を全て破壊。
●失敗条件
・両親王の登場。
※万華鏡の予知時点で生存が確認されている大学生二人の生死は問いません。
 お内裏さまとお雛さまのうちどちらかが登場した時点で失敗です。
 
●バトルフィールド
・廃寺
 廃墟となって久しい寺です。まわりの民家にも人は住んでいません。

●時間と状況
・夜です。
 寺の中には大学生たちが持ち込んだ懐中電灯やロウソク、人形たちが灯した
 ボンボリと篝火が焚かれていますが、リベリスタたちの突入まもなく明かりは
 すべて消されてしまいます。
 月が出ているので、境内はでの移動や戦闘はそこそこ不自由しないでしょう。

●エネミーデータ
≪境内≫
・首なしひな人形×900体、フェーズ1
 リベリスタの進路を塞ぐように襲い掛かってきます。 
 特別な攻撃方法はありません。
≪庫裏(くり)≫
・首なしひな人形×45体、フェーズ1
 橘川はるかが襲われています。
 庫裏(くり)は本堂の裏手に建っています。
≪本堂≫
 ひな壇の前で牧田和男が人形たちに首を切られ始めています。
 突入時点では生きています。
・首なしひな人形×45体、フェーズ1
・三人官女×3、フェーズ2
 銚子、島台による物理攻撃(近:単)
・五人囃子×5、フェーズ2
 楽器演奏による神秘攻撃(遠:全:魅了付与)
・右大臣と左大臣、フェーズ2
 弓矢による物理攻撃(遠:単)
・仕丁×3、フェーズ2
 殴る、蹴る主体の物理攻撃(近:単:怒り、麻痺、混乱付与)
※親王男雛、フェーズ3
 刀による物理攻撃(近:単:呪い、致命、必殺、付与)
※親王女雛、フェーズ3
 唄による神秘攻撃(遠2:全:ブレイク、獄炎)

●マスターコメント
手段は問いません。ひな人形をすべて破壊すればOKです。
牧田和男と橘川はるかが死亡しても、首さえ切り落とされていなければ両親王は登場しません。

それでは皆さまのご参加をお待ちしております。
---------------------------------------------------------------------

参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
★MVP
マグメイガス
雲野 杏(BNE000582)
インヤンマスター
ユーヌ・結城・プロメース(BNE001086)
プロアデプト
柚木 キリエ(BNE002649)
ホーリーメイガス
宇賀神・遥紀(BNE003750)
ナイトクリーク
浅葱 琥珀(BNE004276)
ミステラン
サタナチア・ベテルエル(BNE004325)
ミステラン
ミストラル・リム・セルフィーナ(BNE004328)
ミステラン
ルナ・グランツ(BNE004339)
■サポート参加者 2人■
ナイトクリーク
神城・涼(BNE001343)
ナイトクリーク
月杜・とら(BNE002285)

●始
「……頼んだよ、皆」
 まだ生きている牧田和男と橘川はるかの救出を最優先するために、『祈花の導鴉』宇賀神・遥紀(BNE003750)は境内の明かりが伸びる荒れ放題の参道で飛行能力を持たぬ仲間に小さな翼を与えた。
 首なしたちはとりあえず無視だ。
 『黒渦』サタナチア・ベテルエル(BNE004325)が崩れかけた正門に目を向けると、小さな影がひとつ、ふたつ、横切った。影の大きさは連れているフィアキィよりも一回り小さいと見当づける。
「普通に可愛いような……?」
 オダイリサマとか三人カンジョとか。何のことかと調べてみると、この世界では飾った人形に食べ物や花をそなえるイベントがあることを知った。オダイリサマや三人カンジョはそのイベントで使用される人形であるらしいということも。
「まあ、感覚がずれてても首を切って挿げ替えるのが恐ろしいことというのは分かるわ」
 できれば和男とはるかを助けてやりたい、というサタナチアに、同郷のミストラル・リム・セルフィーナ(BNE004328)が賛同しかねるといった感じで小さく鼻を鳴らした。
「わざわざ危ない事をして死にそうになるなんて自業自得じゃろうが……。そういうとラ・ルカーナからこっちにきた妾にもいえることなのじゃろうか」
 そもそも人の形を模した不気味なものの中へわざわざ入り込む心理がわからない。それも日が暮れてから。ちょっと考えただけでも、よからぬことが起こりそうだと思うではないか?
 ミストラルは内心のおびえを隠すように、顔を正門から月へ向けた。
ラ・ルカーナと違い、この世界では種族の共感性が薄れてそれぞれの自我が立つ。とはいえ、まったく不干渉になったわけではないからだ。
(アンマリ怖がってると他のフュリエに悟られてしまうのじゃ。が、がまんするのじゃあ)
「こんなの、放っておけない。放っておける訳ないよ!」
 ミストラルの動揺を知ってか知らでか。ラ・ルカーナトリオの中で一番年かさの『月奏』ルナ・グランツ(BNE004339)は姉妹の肩に手を置くと、正門の奥へ向けて指を突きつけた。
「例えソレが困難な事だとしても、助けられる可能性があるのなら全力を尽くすよ」
 ルナの宣言に全員がうなずく。
「さっさと行って、さっさと片付けて帰るとしようぜ」
 『パニッシュメント』神城・涼(BNE001343)の言葉を合図に、リベリスタたちは一斉に飛び立った。

●落
 頭がないくせに、こっちを見上げている?
『刹那の刻』浅葱 琥珀(BNE004276)は庫裏に向かって飛びながら、境内を見下ろした。首のない雛人形たちが、琥珀たちの動きにあわせて体をまわし向けてくる。追いかけてこないのが不気味だ。
 リベリスタたちの影が、首なしたちの上を滑るようにして進んで行く。ぱちり、とかがり火のはぜる音が響いた。そのほかの物音は一切聞こえてこない。
 途中で本堂へ向かう部隊と分かれた。
「ついたぜ。準備はできているか琥珀、ユーヌ?」
 首なしたちの様子をずっと見ていた琥珀は、涼に声をかけられてはっと顔を起こした。あわててOKと答えたが、動かぬ首なしたちがどうにも気になってしかたがない。屋根から庫裏の下を透視しながら、疑問を仲間にぶつけてみた。
 涼は、ふむとうなると体を捻って境内を見下ろした。
「動こうがじっとしていようが、雛人形がこんだけおったら……気持ち悪いことこの上ないな」
 『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)が集音装置ではるかの呼吸音や首なしたちの足音を拾いつつ、「中の人形にも動きはない」と言った。
「確かに、人形たちが何を考えているか分からないな。だが、はるかは生きている。呼吸が深く安定しているのは……おそらく気絶しているからだろう」
「それは都合がいいわね」とルナ。
 本堂の明かりが消えたのを目の端で確認した涼がAFで別班に連絡を取る。
「よし、翼が消える前に運び出すぜ。首なしたちが襲ってくればぶっ飛ばすだけさ」
 琥珀が、はるかが倒れている位置を指し示した。
 全員が示された場所から少し横にずれたところへ集まる。
「じゃあ、1、2の3でみんな一斉に屋根をこわ……」
 琥珀が言い終わる前に、ルナが屋根を踏み抜いた。そのまま勢いあまって下へ落ちていく。ルナのフィアキィがあわてて後を追った。
 ユーヌは白いハンカチをポケットから取り出すと、口と鼻を覆いながらほこりの舞い上がる穴をのぞき込んだ。ルナの力がとんでもなく強いわけではなく、単に屋根板とはりが腐っていただけようだ。
「まずいぞ。人形たちが動き出した。ルナが狙われている!」
 言うなりユーヌは穴の中へ飛び込んだ。
 琥珀、涼があとに続く。
 穴の下に降りると、ルナがおそいかかってきた首なし一体を光の弾で弾き飛ばしたところだった。
「私は大丈夫よ。ユーヌちゃんたちははるかちゃんをお願い」
「わかった」
 ユーヌは腐った畳の上でうつぶせに倒れているはるかに駆け寄った。真っ先に首を確認する。切られた痕跡はない。
「幸か不幸か。首が落とされれば手間が増える。よかったな? 都市伝説に遭遇できて」
 脇の下に手を刺し入れ、はるかの体を返す。抱え上げようとしたが、十二単が予想以上に重い。体の位置を変えてはるかの背中から腕をまわし、胸の前で腕を組む。そのまま立ちあがろうとしたところへ首なしたちが飛び掛ってきた。
 琥珀はユーヌたちの前に立つと、首なしの体を切りつけるように分厚い魔道書を振り回した。首なしたちは面白いように魔道書の背に当たって飛んでいき、破れた障子に穴を増やした。
「あれ? こいつら、マジ弱い?」
「琥珀、上!」
 いつの間に屋根へ上がったのか。首のない肩が穴のふちにそってずらりと並んでいる。
 琥珀はステップを踏んで立ち位置をずらすと、落ちてきた首なしを魔道書で打った。ぼすっと音を立てて、首なしが腐った畳にめりこむ。とたん、かび臭い匂いが広がった。
 ユーヌははるかの体にまわしていた腕を解くと、素早く符術して四神玄武を造り出した。圧倒的な水気が天に向かって放たれる。亀の甲羅のような水の固まりは下をのぞき込んでいた首なしたちを吹き飛ばし、穴を大きく広げた。三人が肩を並べて飛んでも楽に通れそうだ。
「琥珀、ユーヌ、ルナ、はるかを連れて行け! ここは俺だけで充分だ」
 涼が叫ぶ。
 琥珀とユーヌがはるかの腕を自分の肩にまわし、腰のあたりの布を掴んで飛び上がった。ルナが下から光の弾で援護射撃をする。
 ルナは三人が穴の向こうへ消えたのを確認すると、背後を守っていた男へ声をかけた。
「涼ちゃん、あとは頼んだわね」
 ふありと飛び上がる。
 屋根にあがると、はるかを抱えながら文字通り群がる首なしを蹴散らすふたりに加勢した。
「琥珀ちゃん、ユーヌちゃん。ここは私が。早くはるかちゃんを安全なところへ!」
 ふたりがはるかを抱えて飛び去った後、ルナは人形たちの小さな手が届かないところまで高度をあげた。
 首なしたちはルナの足をつかもうと必死になっている。瓦の上をぴよんぴよん跳ね飛ぶその様はおかしくて、かわいらしくて。そういえば、ここへ来たときにサタナチアが首のない人形たちを見てそんなことを言っていたっけ。
「翼が消えたらまた屋根を突破って下に落ちちゃうかもだけど……」
 そのときはそのとき。いまから心配してもしかたがない。
 ルナは光の弾を首なしたちへ次々に撃ち込んで壊していった。

●花
「ひょ? ルナが落ちたのじゃ!?」
 ミストラルは声をあげ、大屋根にさえぎられて見えない庫裏のほうへ首を向けた。尾てい骨にうっすらと痺れのようなものを感じる。ルナめ、さては尻をぶつけたな。はっきりと伝わったわけではないが、大体のところは想像がつく。
 横にいたサタナチアのほうを見ると、姉妹もまた妙な顔をしていた。
「だいじょうぶかい?」
 『箱庭のクローバー』月杜・とら(BNE002285)はフェリエたちに声をかけた。
「大丈夫……みたいよ?」
 はっきり分からないけど、とサタナチアは作業灯のスイッチを入れた。
 遥紀が瓦をコツコツと叩いて皆の注意を集めた。
「この付近で熱源を感知した。あっちからのAF連絡で、本堂の明かりが消されたことは分かっている。この熱源は間違いなく牧田和男だ」
 それじゃあ、と腕を振り上げたとらの動きを止める声があった。
「できるだけ真ん中に開けなさいよ」
 そこじゃなくて、と『重金属姫』雲野 杏(BNE000582)。くわえタバコをひょこひょこと口の端で揺らす。
 上から援護射撃を行うためにも視界は広く取れるほうがいい。できればひな壇全体が見通せる位置がベストだ。ここは和男に近いだろうが、本堂奥に設置されているひな壇からは遠く離れているだろう。
 杏は自ら穴を開ける場所を示した。
「じゃ、今度こそいくよ」
 とらにミストラルとサタナチアが加勢して本堂の屋根に大穴を開けた。舞い上がった埃を手で払いつつ、サタナチアがすかさず作業灯で堂内を照らす。
 真っ先に『不機嫌な振り子時計』柚木 キリエ(BNE002649)が穴のふちから下の様子をうかがった。
 和男の上から首なしたちが、慌てふためきながら影へ向かって散っていくのが見えた。
 仰向けの和男の首に赤い筋。ほとんど上下していない胸の上にはどこから持ち出してきたのか、刃に血をつけたノコギリがある。
「誰が何故、人形の首を持ち去ったか分からないけれど、女の子が受ける災厄の身代わりになるべく作られた人形が、何をしているのやら」
 キリエの不機嫌さを隠そうともしないつぶやきに遥紀が同意する。
「まったくだ。娘の為に雛壇を出さそうかという時に、気分の事件を起こしてくれるね」
 月明かりの下に右大臣と左大臣が姿を現した。同時に笙(しょう)や鼓、謡の演奏が始まった。どこか陰湿な調子の、古式ゆかしき音色が穴の下から立ち昇ってくる。
右大臣と左大臣が矢を放った。
「おっと!」
 飛んできた矢を紙一重で交わすと、キリエは帽子のつばを指で挟みこみ、ひらりと穴の中へ身を投じた。
 ミストラルとサタナチアが光の弾を撃ちはなって右大臣と左大臣を牽制、キリエを援護する。
「まずはあの五人囃子をなんとかしないとマズイね」
 続いて穴から降りようとする遥紀ととらに、屋根のふちから杏が声をかけた。
「姿の見えない仕丁と三人官女にも気をつけて。アタシはここで下の首なしを吹き飛ばしてから行くよ」
 屋根に上がってきた首なしの撃退をミストラルに任せ、杏はサーフグリーンのボディのエレキギターを構えた。おもむろにネックを掴んで引き寄せ、焦燥と狂騒のダンス・ビートをかき鳴らす。
 放たれた雷音に首なしたちが吹き飛んだ。その数ざっと108体
「あは、ノリがいいわねお客さん。寺だけに煩悩の数だけ吹っ飛んだかい!」
「というか、こやつらめっぽう弱いのじゃ」
 ミストラルが一定のテンポで首なしたちを砕いていく。
「アンタ、やるわね。いいリズムを刻むじゃないの。それじゃあ、テンションあげあげでもう一曲いこうか!」
 杏はくわえていたタバコを吹き飛ばすと、ピックを振り下ろした。

 屋根の穴から内部に侵入を果たすと、キリエは和男に走り寄った。愚かなこの学生の命は尽きかけているが、まだ助けてやれるかもしれない。血のついたノコギリを和男の胸から下ろす。
 仕丁が三方から飛び掛ってきた。
 挟み撃ちを恐れたキリエは和男の傍をやむなく離れ、右手側から蹴りかかってきた怒り顔の仕丁をかわした。そのまま半身を捻って泣き顔の仕丁の脇をすり抜ける。
 笑い顔の仕丁が和男の袖を持ち、隙をついてひな壇の方へ引っぱって行こうとしていた。
「お願い、フィアキィ!」
 氷精と化したサタナチアのフィアキィが舞い踊り、仕丁たちを瞬時に凍りつかせた。
 動きを封じられた仕丁たちに気糸を放ちつつ、キリエは“笑い”の手から和男を奪い返そうとした。その背へ立て続けに矢が打ち込まれた。
「ぐっ!?」
 サタナチアが光の弾を放って右大臣を牽制したが、その間にもう一本、左大臣の放った矢がキリエの背に突き刺さった。衝撃で被っていた帽子が飛ばされ、ほこりまみれの床へ落ちた。
「柚木!」
 仲間のピンチを察した遥紀は、五人囃子への攻撃を止めて慈愛の光を放った。隙を見せたとたん、三人官女のひとりが頭に島台をたたきつけてきた。遥紀は女官の動きに気づいていたが、キリエの回復を優先させたためにとっさにかわすことが出来なかった。せいぜい横向けた顔に島台が当たって砕け散る。
 横倒れする遥紀をとらが受け止めて――
 和音が破裂した。

●流
 琥珀とユーヌは寺から少しはなれた民家の屋根にはるかを降ろした。とたん、琥珀の背から翼が消えた。
「こ、ここは……あなたたちは誰?」
 意識を取り戻したはるかにユーヌが、「大人しくな? がらくた掃除が済むまでに 目も口も塞いで縮こまると良い、直ぐに終わる」と忠告する。
 はるかはしばらくぼんやりとした顔で琥珀とユーヌの顔を交互に見比べていたが、寺の本堂から大きな音が聞こえてくると目を見開いていきなり立ちあがった。
「和男!!」
 はるかは驚くべき身の素早さでふたりの腕の間をかいくぐると、ためらうことなく屋根の上から飛び降りた。
「マジかよ?」
 分厚い十二単が着地の衝撃を和らげたのか、はるかはケガを負った様子もなく、邪魔になる衣装を脱ぎ捨てながら琥珀の眼下を駆けていく。
「面倒な女だな!」
 ユーヌは影人を召喚すると、琥珀とともにはるかを追った。
 ふたりは本堂の手前でようやくはるかに追いつき、身柄を取り押さえた。はるかを見つけた首なしたちが四方から群がってくる。
「かずおーーっ!」
 はるかが伸ばした指の先で、ぱん、と音をたてて本堂の木戸が開かれ、中から手に銚子を持った三人官女のひとりが飛び出してきた。
「プロメース氏、はるかを頼む」
 琥珀は全身からエネルギーを解きは放ち、頭の上に赤い月を作りだした。白の月に赤い月を重ねあわせて隠すと、地上に魔光を降ろした。赤き魔光はあたりに群がっていた首なしを殲滅させ、三人官女をよろめかせた。すかさず駆け寄り、魔道書で三人官女の頭を叩き落す。三人官女は首を失ったとたん、小さな首なしになった。
 廊下を走って逃げようとした首なしの三人女官をユーヌが蹴り飛ばす。ユーヌはそのまま本堂の中へ駆け込むと、倒れている仲間に癒しの光を放った。
「頭だ、頭を落とせ!」
 外から琥珀が叫ぶ。
 とらが笙を吹く五人囃子の頭にハイキックを見舞った。死んだ学生の頭が飛んで、ひな壇にぶち当たった。罰当たりだとか、かわいそうだとかいっていられない。竦みあがって動きを止めた首なしを踏み潰す。
「みんな、急いで外に出て!」
「逆だよ、とら! ユーヌ、影人に命じてはるかを中へ!」とキリエ。
「本堂にのこりの敵を全ておびき寄せるんだ。さあ来い、人形たち。首ならここにたくさん在るぞ!」
 正気を取り戻した遥紀は、島台をぶつけた女官を見つけると魔力の矢を放った。
「さっきのお返しだよ」
 庫裏から涼とルナが駆けてきて合流する。
 皆が天井の大穴の下に集うと、遥紀は翼の加護を唱えた。
 影人一体を残し、和男とはるかをみんなでかかえて屋根の上へ飛ぶ。
「たまにはいつもと違う曲を演奏するのもいいでしょ?」
「ああ、纏めて全部燃えるゴミ行きだな」
 ユーヌのつぶやきを得て杏が弦をかき鳴らし、地獄の炎を凝縮したような火の玉を落とした。
 内陣が火の海に包まれる。
 もう一度と、杏は人形たちを供養するかのように丁寧に火を放った。
 堂内に真っ黒な煙がもうもうと立ち、視界を遮った。黒煙はぐるぐると捩れ、渦巻きながら、空へ向かって伸びあがっていく。
 本堂から逃げ出した首なしたちをフェリエトリオが屋根の上から狙い打った。境内を逃げ惑う敵の数は少なく、首ありたちの姿はない。炎で頭が焼け落ちて、ただの首なしに戻ったのか。
「そろそろここも落ちそうだよ。覚醒した人形たちも片付いたようだし、和男とはるかを連れて離れよう」
 念のため、と遥紀は翼の加護を重ねがけした。
 穴のふちで立ち昇る黒煙を見上げていた琥珀が咳き込んだ。
「やれやれ、とんだひな祭りだ」

●水
 轟音とともに本堂が倒壊した。
 空は真っ黒な雲で覆われていて、月明かりは地上に届かない。いま、リベリスタたちがいる参道跡を照らすのは寺を焼く炎と、サタナチアが持ってきた作業灯の光だけだった。
 救急車のサイレン音が近い。まもなくここへアークが手配した消防隊がやってくる。そろそろ退散の頃合だった。
 キリエは、和男の喉もとをハンカチで押さえるはるかの横で片膝をついた。
「君の雛人形が、助けてくれたんだと思うよ。それと…せっかく拾った命だ、これからは大事になさい」
 ぽつり、と顔を上げたはるかの頬を一滴の雨粒が叩いた。

 ――ありがとう、このご恩は忘れません。

 はるかの言葉は雨音にさえぎられ、遠ざかるリベリスタたちには届かない。
 たが、感謝の気持ちは伝わるはず。
 はるかは和男の頭を膝に乗せると、リベリスタたちが消えた闇に向かって深々と頭を下げた。

■シナリオ結果■
大成功
■あとがき■
みなさん、すばらしい働きでした。
ちょっと敵の数が多かったので心配でしたが、みごとなチームワークです。
班分けのバランスも良かったと思います。
見事、和男とはるかを救出して大成功に終わりました。

最後に、このあとすぐに和男は病院に運ばれ、一命を取り留めたことを報告しておきます。

ではまた、別の依頼でみなさまと再会できることを願っております。