● 降り積もる雪の上をサクサクと音を立てながら歩いていた。 見上げた空は薄雲の掛かったアイル・トーン・ブルー。 スノウ・ホワイトに煌めく銀世界の草原を歩いている。 腕の中の君がお腹がすいたねと言った。 私のお腹も同じようにくぅと鳴っている。 「うん。いいよ」 その言葉の意味が分からない私じゃない。 首を横に振った私に、君は首をかしげたけれど。 「どうして? お腹がすいたんでしょう?」 お腹が空いている。けれど、君が私に求めるそれは……。 君という『ひかり』を失ってしまう事だよ。 「大丈夫、私はずっとあなたの側にいるわ。あなたの血肉となって永遠に離れない」 眩しい笑顔と共に君は生命維持装置を外した。 そんなことをしたら、君の命が消えてしまうじゃないか。 「いいの。私はあなたに出会えて幸せだったから。だから、お願い。このままあなたの一部にして」 人口器械を外してしまえば、一刻も持たない命。 それを、私は……。 食べて、食べて、食べて、食べて、食べて、食べて、食べて、食べて。 ああ、君の命は何処までも甘美だった。 何よりも大切で、何よりも愛おしくて、何よりも美味しかった。 こんなにも、溢れ出る涙を止めることさえ出来ない。 君が居なくなった銀世界の中で、私は嗚咽し続けた。 ● 「フィクサードを倒してきて」 ブリーフィングルームの巨大モニターの前に立っているのは『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)だ。 小さな身体の背後に映る映像は人が人を喰らう姿。 「フィクサード……? 人型のアザーバイドじゃないのか?」 上位チャンネルから降り立った人食の化け物ならば、人喰いという卑しい行為をする可能性もある。 しかし、このモニターに映る人物は二本の剣を携えたフィクサード。 自分たちと同じ最下層のチャンネルに存在する革醒者だというのだろうか。 「人喰いのフィクサード。食べたのは一人だけど」 イヴの隣に立っていたイングリッシュフローライトの髪をした少女が資料を配っていく。 配られた資料の文字をアークの白き姫のオッドアイがなぞっていた。 フィクサードの恋人は一般人。入院していた理由は、複数人による暴行。 一命を取り留めた恋人は病院のベッドの上で沢山のチューブに繋がれて生きていた。 女性らしい艶やかな黒髪は引きちぎられ、耳はハサミを入れた跡。 両足はノコギリで切り落とされ、生命維持装置が無ければ生きていられない身体。 一般人の加害者がフィクサードの恋人をそのようにした。 そして、フィクサードはそいつらに復讐を決意した。 「……どんな理由であれ、一般人の保護を優先する」 それが、特務機関アークの求める任務事項なのだから。 紅緑の瞳が一瞬悲しげな表情を見せた様な気がしたがすぐにリベリスタへと視線が向けられる。 「それと、フィクサードの強い思念に惹かれてE・フォースも出てきてる」 もしかしたら、崩壊度が急速に上昇した結果、エリューションが発生しやすくなっているのだろうか。 「そうかもしれないけど、一番大きな理由はあの双剣」 フィクサードの持っていた剣が何か鍵になっているという事か。 「あの剣は所有者の激情をE・フォース化してしまう。ただし――」 ただし? 「一つ、余程強い感情でなくてはダメ」 一つということは…… 「もう一つは、所有者は増幅された感情以外を少しずつ消失してしまう」 たとえばそれが怒りや悲しみであれば、喜びや愛情などが消え失せてしまうのだという。 激情により生み出されたE・フォース、それにフィクサード自身も相当の強さに達している。 「……気をつけて」 それでも、アークの白き姫と碧の少女はリベリスタを戦場へと送り出すのだ。 君をこんな姿にしてしまった奴らに復讐を。 復讐を、復讐を、復讐を、復讐を、復讐を、復讐を、復讐を、――――! |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:もみじ | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2013年03月04日(月)23:24 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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● 幾年も前から使われていなかった小さな山の中にある倉庫は、かつての高度成長期の名残であろう。 シルヴァの光が寂しく山の木々を照らしていた。 「フィクサードが殺したくなる気持ちも理解はできます……共感はできませんけど」 『戦士』水無瀬・佳恋(BNE003740)のミラニーズ・ブルーの髪が冬の風にさらりと吹かれる。 ―――人の命に貴賤はない、と言いますが、この場合、どちらを優先すべきなのか。 どちらも助かる道があれば、そうしたいのですけどね……。 「断罪すべきは誰か? 果たして誰が正義なのでしょう」 そう、ガーゴイル・ブラックの瞳を伏せるのは『Lawful Chaotic』黒乃・エンルーレ・紗理(BNE003329)だ。 フェイトを得て居ない犯罪者、恋人を暴行され狂ったフィクサード、復讐者より犯罪者を選ぶリベリスタ。 ――正義とは儚きもの。人がいれば、その数だけ正義があります。 正義を騙るつもりはさらさらありません。 「ただ、悪を討つだけです。世界の敵たる悪を。それが、残酷な仕打ちだとしても……」 紗理の生み出した疾き意志が彼女の全身を駆け上がって行く。 恋人に暴行を加えた人間に復讐を。 「親しい人間が殺されたなら、傷つけられたなら、それ相応の報いがあって然るべきというもの。貴様の主張と行動は人として正しい、何よりも、誰よりもな」 『アウィスラパクス』天城・櫻霞(BNE000469)は自身の梟姫のエンジェル・ブルーの恋人が同じ目にあったのならと考えたのだろうか。 対象は違えどエリューションへ復讐を望む身だからこそ理解も共感もしよう。 しかし、例えその行動が人間性として正しいものだったとしても、放置できないのがリベリスタの定めである。 ダーク・バイオレットとプリムローズ・ゴールドの瞳が光景をゆっくりと進めていく。 来栖・小夜香(BNE000038)が聖母の様な暖かな光を纏って純白の羽を広げた。 「どっちが悪いのかわからない話ね。でも罰も償いも生きてこそ」 だから護るわ―――仲間も、彼らも、彼女も。 何もかもを包む様な優しさで小夜香のフリントの瞳が伏せられる。 「崩界って面倒なんだね。人の心一つで沢山の負の感情を呼び起こしてしまう」 ……二人だけで愛(ころ)しあいたいのに。 『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492)はサラマンダー・レッドの瞳で眼前の倉庫の中を覗いた。 一番再奥、黒百合の如く艶やかな妙齢の女性。 そして、既に足を切り落とされた一般人が転がっている。 「んー、ちょっちヤバめ?」 動脈を縛って止血をしなければ、数分足らずで出血性ショック死で命が消えるだろう。 葬識は即座に仲間へと突入の合図を送り、仲間を守るように入口へと向かった。 ―――まあ、なんつーか。やるせないね。 『群体筆頭』阿野 弐升(BNE001158)が気だるそうな目をしながら倉庫の入口を押す。 屑共には同情しませんし、黒木氏の行動も理解できなくはないんですけど……。 「愉しめる戦いがあるだけマシか。思い悩むのも性に合わん」 瞬間に『黒木の想いを具現化した魂』がE・フォースとなって出現した。 一番近い憤怒の魂に断頭台の喝采から音速の豪風が叩き込まれる。 袈裟の胸元に取り付けた陽ノ色を点灯させながら、弐升と一緒に倉庫へと押し入ったのは『てるてる坊主』焦燥院 フツ(BNE001054)だ。 ……残念ながら彼のさっぱりとした頭が光っている訳ではない。勿体無いっ! 「うちの倉庫に出入りしてたのはお前たちか! この罰当たりどもが! 今警察を呼んでるから、そこで大人しくしておれ!」 頭の悪い不良共は仲間の足が切り落とされても尚、ゲラゲラとその様を笑っていた。 倉庫の中はアルコールの瓶やタバコ、廃材で足場はとても悪かった。 その中に混じって注射器やハーブの様なものまであるのだから、手のつけようもない犯罪者である事は間違いない。 資料で見た黒木の恋人『歌橋加奈美』の腕には、この不良共に無理やり打たれた注射針の跡が大量に残っていたのだ。 この山の中を探せばフィクサードの恋人の様な仕打を受け、殺された女性の死体が埋まっているのは言うに及ばないだろう。 彼らは狂っていた。 ―――それでも、助けるべきは犯罪者(いっぱんじん)であり、復讐者(フィクサード)では無いのだ。 だから、フツはその【魔槍深緋】を振りかざし、呪印封縛で黒木の動きを止める。 『残念な』山田・珍粘(BNE002078)那由他は一番近くに居た、足元の覚束ない一般人を半ば強引に倉庫の外へ引きずり出した。 「どちらも自分の欲望に正直なだけとも言えます。……勿論、私もですよ? だから、ここで大人しくしていて下さいね? でないと、欲望のままに地獄への階段を後ろから付き落としてしまいそうですから」 グラファイトの黒は嗤う。三日月の唇で嘲笑う。 「あーそーぼー」 飼い主にじゃれつく躾のなってない子犬の様に黒木にまとわり付くのは『3つのルール』殖 ぐるぐ(BNE004311)。 自身の反応速度を引き上げながら「きゃぃ、きゃぃ」とフィクサードの周りをうろうろしていた。 菜由さん邪魔をしている時に『偶然、一般人の足に躓いて、その足が千切れた』けど別にいいよね……死ぬわけじゃないし。 「ふこうちゅうのさいわいちゅうのふこうだったね。かわいそかわいそ」 カントン・グリーンとカントン・レッドの瞳が……きゃら、きゃら、きゃらと笑い声を上げる。 『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)は倉庫の前で自身の分身を作り上げ中へと侵入した。 カイ・ムラサキの瞳が情報を取り込もうと色味を増した。 佳恋は倉庫入口にぼうと立って居た不良を、自身の身を盾にしつつ外へと逃がす。 「…………」 語らぬフィクサードの心の内を読み取った『黒百合』が感情と言う名の『魂』達を増幅させていく。 紗理の「混沌と秩序」がオーキッド・ホワイトの風を引き連れて憤怒の魂へと飛来した。 目の前をちらつくピンクと白の小動物の様な生き物が邪魔で仕方がないのだと、手にした黒百合をぐるぐに叩きこむフィクサード。 それに追い打ちを掛けるように、3体の悲哀の魂が不吉を運んでくる。 「きゃぃ、きゃぃ♪」 多重に殖えたぐるぐは黒木に攻撃を仕掛けるが、滑って転んで。――グシャ。 ああ、一般人の耳が飛んで行った。指も飛んで行った。 「ざんねん。もうすこし、ひだりなら、めだま、つぶれたのにね」 子供の様な無邪気さで、一般人を傷つけた事をこれっぽっちも悪いと思っていない。 「な、何なんだよお前ら! ふざけんじゃねぇよ! クソが!」 「頭おかしいんじゃねぇのか! ぶっ殺すぞ! ウラァ!」 ようやく異変に気がついた一般人が釘バッドや鉄パイプを片手にリベリスタに向かって来た。 しかし、攻撃が当たるより前、小夜香の放った神気閃光が犯罪者達を焼いていく。 「ぎゃあああああああ!?」 「痛てぇ! 殺されるうう!!!」 殺せないというだけで、ダメージは相当なものだろう。泡を吹いて倒れている者や痛さの余り気を失ってその場に卒倒する一般人達。 「私達は貴女を止めに来たの。こんな奴ら、助けるにも値しない。だから焼き殺してやったわ。手間が省けたでしょ?」 「……」 フィクサードには小夜香の行動が理解不能と映った様だ。 一人一人足を切り落とし、耳を削いで、髪の毛を引きちぎり、再起不能にするのが目的。 恋人が味わった恐怖や恥辱をこの不良共に与えるのが目的なのだから。 一瞬で苦しみから開放してやるなんて以ての外だ。 ● 「は、自業自得と言いたい所だがな……」 櫻霞は失神して泡を吹いている一般人の頬を強く叩いて起こし、乱暴に倉庫の外へと引きずって行く。 「精々生きている事に感謝しろ、そして貴様達がやったことの報いを生きて贖え」 本来ならば復讐を遂げさせてやりたい。どうしようもない屑共だったから。 自身の恋人が同じ目に合えば、こいつらを殺していただろう。 ダーク・バイオレットとプリムローズ・ゴールドの瞳が犯罪者達を蔑んでいた。 「一応名乗っとくか。群体筆頭アノニマス、いざ推して参るっと」 弐升は一般人を『一応』巻き込まない様に断頭台の喝采から大嵐を繰り出す。 数体の魂がそれに巻き込まれ、運の悪い一般人の指の何本かがミンチになっていた。 「ぎゃああああああ!!! 俺の指が、指がああ!」 「だから、ぴーぴー騒ぐなよ。死なない程度にはちゃんと守ってやる」 ……保護だから死ななきゃいいでしょう。多少怪我してたり、指が2、3本飛んだぐらい許容範囲だって。 「随分と素敵な魂をなくしてきたんだね、全部全部。素敵な感情なのに☆ 復讐した所で君の血肉になった彼女は戻らない、それはよく判ってるでしょ? 其れ共君の中の彼女が殺せといったの?」 「……だったら、泣き寝入りしていれば良かった? 恋人を傷つけられて黙っていられる程、私は大人ではないよ。それだけ、愛していた。誰よりも……君には理解出来ないだろうけど」 葬識は黒木に語りかける。噛み合わぬ会話が平行線に続いていた。 廃材を蹴りながら移動する彼の足元から漆黒の瘴気がゆらりと這い上がる。 憎悪の魂は黒木の周りをウロウロとしているぐるぐに対して、ペールブルーの連撃を繰り出した。 本来であれば避ける事など造作も無い攻撃が、不運が重なり痛手を負ってしまう。 けれど、追い詰められれば追い詰められる程、ぐるぐの能力は跳ね上がった。 この戦場で誰も到達する事の出来ない高みまで。 「肩を貸そう。大丈夫かい?」 フツは優しげな笑顔で不良共に肩を貸す。一方で那由他は乱暴な力で気を失った一般人を倉庫外に叩きだした。 「私、とっても優しいですから?」 エメラルドの瞳はこれっぽっちも笑っていない。 綺沙羅は「はぁ」と溜息をつく。倉庫を見渡せば、未だ取り残された一般人が5人。まだ半分である。 不良達に向かう魂をアクロポリス・レイの閃光で払いのけた。 その間に佳恋が動けない一般人を背負い出口へと駆ける。 幸いだったのはぐるぐや弐升、葬識へと魂の攻撃が集中したこと、綺沙羅の閃光で動けない魂も在ったこと。 しかし、さすがの小動物が如きぐるぐだとしても、憤怒・享楽・絶望の砲火を受ければ一溜まりもない。 キューピッド・ピンクとミルキー・クリームのフェイトが遊び火の様に燃えていく。 葬識や弐升も相当な痛手を負った。 紗理の魅惑の剣戟が憤怒にダメージを与える。 その様子をぐるぐに邪魔されながらも目視していた黒木は口を開いた。 「なぜ、邪魔をするの? 貴方達は恋人が……、まるで玩具の様に弄ばれ、嬲られ、虐げられ、歩く事さえできない身体になって……。 それでも貴方達は「仕方がなかったんだ」で済ませることができるの? そんなの、狂ってる。絶対おかしい。私は、あの子と一緒に、ただ、手を繋いで歩いていたかっただけなのに。それを嘲笑いながら奪った、そいつらをどうやったら許せるっていうの!?」 ねぇ、教えてよ! とフィクサードの目から涙が零れ落ちる。 その悲しみに感応した悲哀が黒木にまとわり付くぐるぐを攻撃した。 継いで、激情にかられた人喰いフィクサードが狼の牙を小さな身体に穿つ。 ―――マンイーター・シリウスは容赦の無い牙でぐるぐを地にたたき落とした。 「復讐を否定はしない。でもそれはダメ。それを使って復讐しても残るものは何も無い。彼女への想い、彼女との想い出。最低の屑達に捧げるには勿体無いわよ。それに彼等と同レベルにまで堕ちる事はないわ」 小夜香の神に捧げたエルブの息吹が仲間の傷を癒していく。 「君の黒髪は、あの子に似ているね……これを手放せというのは貴女の言うあの子との思い出を失う事だよ」 黒百合の花言葉は【愛と呪い】 愛するが故に抜けれぬ呪いの螺旋回廊を堕ちていく。どこまでも、どこまでも。 それでも、小夜香は黒木に生きてほしかった。 生きてさえすれば、未来へと進めるのだから。 弐升はぐるぐの空いた穴を埋めるように一時的に黒木の前へ立った。 戦う理由など、今、この瞬間には要らない。ただ…… 「そこに戦いがあるから、でいい。ここ最近、変に相手を知ろうとしたのは俺らしくないね。ま、そうね。月並みに言うなら貴女の想いを魅せてくれってとこかな」 「……」 漆黒の瞳が弐升のコールドロンの瞳と交錯する。 破壊のオーラが彼の身体を包み込み、ミネラル・バイオレットを伴った連打が黒木を捉えた。 「絶望をなくした今黒木ちゃんは何のために戦うの?」 次になくす感情は愛ならば、早く殺さないと……だって殺し愛できなくなるよ。 感情のぶつけあいができなくなるよ。そんなのは革醒者じゃなくてただのエリューションだ。 葬識は生まれた時から殺人鬼であった。 愛する事が殺す事で、愛する事が食べる事で。 人喰いという点において、これほどまでに黒木と同調できる人物は他に居ないだろう。 愛しているから、食べる(ころす) 命の重さを理解しているからこそ、残さず丁寧に殺す(たべる) 「うるさい! お前は嫌いだ!」 フィクサードから発せられたのは同族嫌悪の言葉。 理解しているからこそ、拒絶し排除しようと動く。 葬識の歪な鋏が暗黒の瘴気を纏い、魂を侵食していった。 弐升は憎悪の魂の猛撃を喰らい、フェイトを燃やす。けれど、彼が居たおかげで一般人は五体満足とはいかないものの、一般人は倉庫の外へと避難させる事ができた。 「さあ、邪魔な屑共は居なくなりました。存分にヤりあいましょうか!」 タバコを食わる弐升の唇が嬉しげに引き上げられる。 ● ―――アコナイト・バイオレットの剣戟が回る。激情の魂達が乱舞した。 「皆さん、大丈夫ですか! 正気を!!」 魂に掛けられた魅了を紗理のガーゴイル・ブラックの瞳が癒して行く。 艶やかな黒髪が身体の動きに合わせてさらりと揺れた。 黒木はティシフォネという名の復讐の女神を呼び起こす。 スプリング・ストリームの全方向砲撃はリベリスタの体力を半分以上削りとった。 引き続いて悲哀の叫びが木霊する。 「癒しよ、あれ」 けれど、攻撃を上回る程のエルブの光を放つ小夜香の息吹は仲間を急速に癒していった。 「邪魔だな、押し潰せ……」 櫻霞の夜鷹と雪梟は天井高く舞い上がり、白と紫の弾丸の嵐を地上へと投下する。 それはまるで、爆撃機の如く戦場を焼き払った。 断頭台の豪風が戦鬼を伴って荒れ狂う。群体筆頭が頂点は容赦の無いヘイズ・グレイの旋風で魂を駆逐していく。 「愛は食べること。よく分かる感情だ。だから今度は俺様ちゃんが黒木ちゃんを食べ(ころし)てあげる」 葬識の漆黒の瘴気が黒木と魂を巻き込んで破砕した。 憎悪と絶望が近くに居たフツに集中攻撃を仕掛け、琥珀色のフェイトが燃えていく。 フツはさみしいしょうじょを掲げ、冷たい雨を魂へと打ち付けた。 彼の正確な命中精度で的確な場所へと突き刺さるブルー・アシュ・レイン。 グラファイトの黒が深淵の暗黒へと魂を誘い、綺沙羅が光の衝撃を叩きこむ。 「アークの仕事がいつも理屈で納得できるかといえば、そうとも限らない、という現実にはもう慣れました」 佳恋は白鳥の羽を思わせる巨大な白い長剣を構え呟いた。 故に、それがそれがどれだけ悪人であろうと、一般人の保護を優先させるのだと。 それが自身が乗った方舟の支持した海路なのだとしたら、ただの『剣』である自分に善悪の判断は不要。 振るわれた時に、相手を打ち砕けばそれでいい。 「私は戦う、この世界のために……」 一振りの剣として、この世界の為に立ちはだかる敵を打つ事だけが『正義』であるのだから。 この時、既に戦況はリベリスタへと傾いていた。 あとはただ、剣戟が色彩を帯びて舞うだけ。 花が散る様にはらりはらりと堕ちていく。 ● 憤怒が消滅した時、黒木から怒りの感情が消えた。――喜びも消えた。 享楽が消滅した時、黒木から食人の快楽が消えた。――苦しみも消えた。 憎悪が消滅した時、黒木から憎しみの感情が消えた。――慈しみも消えた。 悲哀が消滅した時、黒木から悲しみの感情が消えた。――安らぎも消えた。 絶望が消滅した時、黒木は希望を失った。 ――――――復讐という名の攻撃衝動が消えた。 残ったのは『愛』だけ。 大好きで、大好きで、大好きで、大好きで、大好きで、大好きで、大好きで。 天城のナイトホークとスノーオウルが吠える。 二重螺旋は音速を超えて、アメジスト・バイオレットの軌跡を描きながらフィクサードのアーティファクトへと飛来した。 ああ、まるで黒百合の花が散る様に。 形見の剣が粉々に。 愛だけを残して。 黒百合は恋人の骨を混ぜていた。 そこには彼女の想いが宿っていたのだ。 自分の大切な人から怒りや悲しみが消えて行く様に『魂』という形で昇華できるようにと。 そして、最後には自分を愛した事まで忘れてくれるように。 けれどそれは叶わなかった。 黒木には彼女を想う『愛』だけが残ってしまったから。 「……この想いだけは、忘れない」 『黒木菜由』というフィクサードはこの世から消えた。 愛故に呪いと成り果てた螺旋階段を、駆け足で昇っていく。 その先で待つ恋人の笑顔を、もう一度見るために。 ―――結局、復讐をさせて貰えなかったよ。リベリスタへの愚痴を聞いてくれるかい、加奈美? 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■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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