●サイレント映画 カン、カン、カン、カン―― 辺りは夕日に沈もうとしていた時だった。 「あれ、どうしんたんじゃ……」 カートを押していた老婆が踏切の前で立ち止まる。 壊れていた踏切の信号機が、赤く点滅を始めていた。 辺りは枯れた山と田園がどこまでも広がっている。田園を横切る線路はもう三十年も前に廃線になっていたはずだ。 深い霧の向こうから、何か影のようなものがぼうっと浮かび上がる。 現れたのは蒸気機関車だった。老婆はよく覚えていた。この町がまだ炭鉱として栄えていた頃に、隣の市まで走っていたD51だ。 汽車は黒い煙を吐きながら迫ってくる。音も立てず静かに。 まるで若い頃に見たサイレント映画のようだった。 有り得ない光景に自分の頭がどうにかしてしまったのではないか、とふと思った。 もしかしたら夢でも見ているのかもしれない。 汽車が目の前を音も立てずに通り過ぎていく。 やがて線路の向こうに汽車は黒い点になって消えていった。 老婆は帰ってから家族にこのことを話したが、信じては貰えなかった。最近老婆は痴呆が進んでおり、そのせいだとされて誰にも相手にされなかった。 ●寂れたホーム 廃線になったはずの線路に突然、汽車が現れる。その話を村岡明里が聞いたのは、幼馴染の坂元有也が死ぬ直前のことだった。 「明里、あの世行きの汽車が走るの、見たことがあるか?」 有也が唐突に訊いた。明里が首を横に振ると、有也は、これは死んだ祖母に聞いた話だと前置きしてから話し始めた。 人が一度に大量に死ぬと廃線になった駅に汽車が現れる。その列車は、別の世界からやってきて元の世界へと帰っていく。それに乗車すると、別の世界で生き続けることができるらしい。 「もし、俺が先に死んだら一緒に来てくれるか?」 冗談交じりに有也は笑った。明里はその時なにも返せなかった。まだ中学生で先のことなど想像もできない。ただいつまでも一緒に有也といれたらと思っていた。有也が列車の事故で死んだのはそれから一カ月後のことだった。 プルルルルルルル―― 「まも……な……列車……着しま……す」 壊れたスピーカーの音で明里は目が覚めた。 寂れたホーム。壊れて底の抜けたベンチ。三十年前の時刻掲示板。色褪せた昔の映画女優のポスター。まるでタイムスリップしたかのような錯覚に陥る。 やがて、ホームの向こうにぼうっと、蒸気機関車が現れた。あの汽車に有也が乗っている。そう思うだけで胸がどきどきした。 列車が到着して、扉が開くと、あれほど待ち望んでいた有也が降りてきた。 「迎えにきたよ、明里。さあ、俺といっしょに行こう」 明里は有也に抱き寄せられて列車の中に足を踏み入れた。 ●二人だけの世界 「S町のK廃線のE駅に今日の夕方四時、幽霊列車が現れる」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、リベリスタたちに向かって端的に情報を伝えた。 地元の中学三年生の村岡明里が、その幽霊列車に乗って別チャンネルに連れ去られるところを助けてほしいという依頼だった。 坂元有也の未練がエリューション化して、E・フォースとなった。リンク・チャンネルから現れるアザーバイドの幽霊列車に乗って明里を連れて行こうとしている。 「D・ホールが隣の県境のHトンネルの入り口に確認されてる。駅からトンネルまでは約二時間前後。その間に、坂元有也と村岡明里を説得する。もしできなければ……坂元有也を倒して明里を救い出してきて」 イヴはいつになく硬い表情だった。もしもの場合、有也を倒さなければならない。 その時の明里の気持ちを考えると、とてもやりきれないのだろう。 それでもイヴは顔を前に向けてさらに伝えなければならない情報を口にした。 「列車そのものに危険性はない。だけど、一旦入るとどこかを破壊しなければ外に出られない仕組みになってるわ。また列車には、同じ事故で死んだ人たちのE・フォースが八体いる。有也を手伝って殴る蹴るの攻撃を仕掛けてくる。また、有也自身は懐にバタフライナイフを隠し持ってる」 D・ホールは列車が吸い込まれると同時に消滅するから気をつける必要はない。 「くりかえし言うけど、リミットは日没までの二時間。その間に脱出できなければ、あなたたちも別の世界に吸い込まれてしまう可能性がある。あなたたちはフェイトを持ってるから大丈夫だと思うけど、一応仕事はリミットまでに済ませるようにしてね」 話が終わった後もイヴはどこか浮かない表情を浮かべていた。彼女も分かっていてあえて口にしないのだろう。リベリスタたちはそれ以上何も言えなかった。 たとえ、今回の任務に成功しても明里は幸せになるかわからない。もしかしたらこのまま二人だけの世界に行くことが彼らにとって一番の幸福なのかもしれないと。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:凸一 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年03月01日(金)22:32 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●未練を乗せて 荒れ果てた薄暗いホームだった。 長い年月の間にあらゆるものが朽ち果て、まるで時が止まったかのような静寂に満ちていた。わずかに光源が破れた屋根から漏れている。 向こう側には枯れた山と田園風景がどこまでも広がっていた。 E駅のホームにはリベリスタたち以外に誰もいない。先ほどから沈黙しがちでお互いあまり会話がない。時間が経つにつれて徐々に重い空気が辺りに漂い始める。 「別の世界で生き続ける? 下らんな。永劫に生き続ける人間などいない。いずれは死ぬからこそ死を想え。メメントモリ、だ」 壊れかけのベンチに凭れていた『Friedhof』シビリズ・ジークベルト(BNE003364)がようやく立ちあがる。 「我としても恋人同士を引き離すなぞ無粋な真似はしたくはないがな。だが仕事なれば話は別だ」 『外道龍』遠野 御龍(BNE000865)もシビリズに同意した。二人の口調は有無を言わさぬ厳しさが込められていた。 「銀河鉄道の夜みたいですね。坂元さんがカムパネルラ? それとも本気で明里さんを連れて行ってしまう気ですかね?」 「そうね。銀河鉄道、行き先に興味はある、けど……今は目の前の戦いに集中するのみ」 『超守る空飛ぶ不沈艦』姫宮・心(BNE002595)の言葉に、『無軌道の戦鬼(ゼログラヴィティ』星川・天乃(BNE000016)が答えた。 「理不尽な別れ、か。会いたくても会えない。だけど乗り越えなきゃいけない。僕にも同じ経験があるから二人の気持ちはよく分かる」 『灼熱ビーチサイドバニーマニア』如月・達哉(BNE001662)も何やら思い出したように独り言をつぶやく。 「妾としては、崩界に無縁ならば、本人の望むままに、と思いもしなくはないが……困ったの」 『破壊の魔女』シェリー・D・モーガン(BNE003862)が達哉に続けて二人に同情するように言った。 「有也君もまだ中学生だった。未練は確かに多そうなのダ」 『夢に見る鳥』カイ・ル・リース(BNE002059)がシェリーの意見に同意する。 「未練を乗せて走る電車か。乗せる者には困るまい。幾らでも死ぬ者は居る」 『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)が最後に厳しい口調で言った。 リベリスタたちもそれぞれに想いを抱えていた。言葉は違うが、有也と明里に気遣う想いに変わらない。 「アラームはセットしておいた。間もなく四時だ。それじゃ、皆よろしく」 ユーヌが時計を見ながら言った時、線路の向こうにぼうっと何かが現れた。 おぼろげな蒸気機関車がこちらに向かってくる。不思議なことにまったく音をたてていない。だが、汽車は黒い煙を吐きながら着実に迫ってきた。 やがてホームの前に入ってくる。往年のD51を間近に見て、御龍と心が共に感嘆の声を上げた。 間もなくドアが独りでに――開いた。 ●哀れな亡者たち シビリズがまず汽車に足を踏み入れた。入るとすぐに辺りを警戒しながら、ハイディフェンサーで強化する。 続いて侵入した天乃もハイバランサーと面接着を使用するつもりだ。 辺りを警戒しながら全員が一先ず汽車に乗り込む。敵はまだ襲ってこなかった。おそらくこの目の前にある車両の扉の向こうで待ち構えているのだろう。 その時、汽車の入り口のドアが独りでにバタンと締まる。 思わず全員がびっくりして振り向いた。やがて汽車がゆっくりと動き始める。もう元には戻ることができない。あとは時間との勝負だ。 「落ちついて見えますね」 「いやぁ別に落ちついてるわけじゃないけどねぃ。まぁ、願わくばフツーの状態で乗りたかったけどねぇ」 引き攣った面持ちの心に御龍が優しく声をかけた。居合わせたリベリスタ全員も御龍の冗談にようやく緊張がほぐれる。 「それじゃ、行くぜ。用意はいいな?」 達哉が思いっきり扉を開けた。 列車の中にいたE・フォースたちが一斉にリベリスタたちを睨む。どいつも身体の一部が無残に抉られたりしていた。 「うおおおおお――」 言葉にならない叫びをあげて幽霊たちは襲ってきた。 「邪魔者は、排除するのみ!」 天乃が襲ってきた幽霊を避けて座席に上がる。方向を一瞬見失った敵に対してダンシングリッパーを放った。 同時に二人の幽霊が天乃の攻撃に巻き込まれる。 「我が力の真髄を知るが良い!」 続いてシビリズが他の二体に対してギガントスマッシュを放つ。逃げ場のない狭い空間で立て続けに攻撃を放って敵を追い詰めた。 だが、敵もダメージを食らいながら二人一組になって挟み打ちを仕掛けてきた。 「境界最終防衛機構、姫宮心! お相手いたしますのデス!」 心が盾になって四体の攻撃を一斉に受け止める。さすがに同時に四体の攻撃を食らって心は倒れそうになった。 しかし、足を踏ん張って防御に徹する。 「我は容赦しないよ! おりゃあああ――」 御龍がデッドオアアライブを放った。あまりの威力に幽霊たちはなすすべもない。まともに食らった幽霊たちは一体残らずその攻撃に倒された。 「さあ、次の車両に急ぐのダ!」 カイが急いで次の車両に向かう。リベリスタ一同も後に続いた。 だが、ドアを開けるとそこに敵の姿は全く見当たらない。 「隠れん坊は楽しいか? 出てこい!」 ユーヌが叫んだ。集音装置を使って敵の位置を探る。やはり一人ずつ座席の裏に隠れているようだ。 「これでも食らうんだ」 達哉がピンポイント・スペシャリティで奇襲攻撃した。驚いた敵が次々に座席の上に現れた。驚いてこっちの様子にまで気が回っていない。 「背中がガラ空きなのダ」 カイがジャスティスキャノンを放った。攻撃を受けた二体が相当のダメージを負って動けなくなる。他の二体がそれを見て逃げようとした。 「おっと、揺れて体がお留守か?」 ユーヌが玄武招来を逃げる敵に叩きこむ。すぐに幽霊は動かなくなった。残る敵はついに一体だ。 最後に残った敵にシェリーが話しかけた。 「おぬしらも哀れなものよな。されど、坂元の助けとなるか。良い奴らじゃ。だが村岡を救うためにやむをえんのじゃ。ゆるしてくれ」 シェリーはフレアバーストで残るE・フォースを駆逐した。 ●バタフライナイフ 有也と明里は二人一緒になって窓の景色を眺めていた。その光景は自分たちが生まれ育った故郷だった。 もう二度と見ることも叶わない。有也と一緒に別の世界に行けば、もうこの世界に帰ってくることはないだろう。 明里は有也に見られないようにそっと目をそらした。もう会えない人たちにお別れを言うこともできなかった。せめて今だけはこの想いを抱いていたい。 「おじゃまするのダ」 そのとき、車両のドアが開いた。有也と明里がうしろを振り向く。 「お前ら、だれだ! 俺たちの邪魔をしに来たのなら早く帰れ。さもないとこれで切り裂いてやるぞ」 有也がバタフライナイフでリベリスタたちに威嚇してくる。それを見たシビリズが厳しく言い放った。 「私たちは村岡明里を取り戻しに来た。そいつはまだ死んでいない。だが、坂元お前はもう死んでいる。お前はこのまま明里まで殺すつもりか?」 「俺は、明里と一緒にいたいだけだ! それのどこが悪い」 シビリズの言葉に有也は頑として従わない。自分のしていることが全く間違っていないと信じて疑わない目だった。 「馬鹿者よ、例え好きな相手であろうと今のおぬしは、彼女を幸せにはできないであろう。はっきり言うぞ、一緒にいるだけで幸せになどなれると思わぬことだ」 「ちがう。俺は明里を幸せにできる! お前らなんかに言われてたまるか」 有也は感情的になっていた。そのまっすぐな視線にシェリーも心打たれそうになる。だが、有也には一つ欠けているものがあった。 「おぬしの心意気は立派じゃ。だが、今ある彼女と親しい者達全てと決別させて、それでも彼女を幸せにできると、生かしていける自信はあるのか?」 その言葉は先ほどまで明里がひそかに考えていたことだった。 親しい友人。そして自分を生んで育ててくれた両親や家族。 その人たちを裏切ってまで私は有也と別の世界にいくことが果たしてよいことなのだろうか。 「村岡。おぬしも死者へ未練を残すのではなく、その者との思い出を胸に強く生きねば死者が浮かばれぬ。坂元はもう死んだのじゃ、おぬしが束縛していてはいつまでも坂元が浮かばれんぞ」 「だまれ! よくも明里にぺらぺらと出鱈目吹き込みやがって!」 有也は立ちあがってバタフライナイフを掲げた。リベリスタたちの誰もが瞬間声をあげた。有也は近くにいたカイに向かって突きつける。 「有也君、彼女の未来を根こそぎ奪っちゃいかんだろウ。本当に好きなラ、彼女の現世での幸せを見守ってくれないカ? 我輩ハ……出来れば君を傷付けたくないのダ」 カイは攻撃をしようとした御龍とシビリズに向かって手で制す。ナイフを突き付けられたにもかかわらずそれを無視して喋りかけた。 「てめえ、本当に殺るぞ!」 有也が興奮してさらにナイフを近づける。 「明里さん、有也君が事故で死んでしまった事は覚えているナ? 目の前にいるのハ、元の有也君じゃないのダ。終着駅はどこだか知っているカ? 君は本当に全てを捨てテ、そこに行きたいと思っているのカ?」 カイはもう有也のほうを見ていなかった。 明里は激しく動揺していた。 「何も考えず感情に任せて行動するのは人として間違いではない。だが、その気持ちの根っこの部分を大事にしようとするなら自分本位ではなく、彼女の為に行動せぬか」 シェリーの言葉に明里がついに顔をあげた。 「有也くん、もうやめて! あなたが人を傷つけるところ見たくないの」 明里はもう感情を抑えられなくなった。 それを見た有也が茫然と明里を見つめる。 「そのバタフライナイフは、何のためのものデスか? 人を傷つけるものじゃないはずデス。ほんとは明里さんを守るためのもののはずデス」 心の言葉についに有也はバタフライナイフを落としてしまった。 それをすばやくカイが拾い上げる。 有也は放心状態だった。無理もない。ずっと一緒だと思っていた明里から決別されたことにショックを隠せなかった。 そしてなによりも自分勝手に物事を考えていたことに腹が立った。 ●止まらない列車 「そろそろ十分前だ! 早く降りないとやばい」 セットしていたアラームが鳴ってユーヌが声を張り上げた。 カイと御龍が急いで連結部を渡って機関部に移る。途中で達哉は車掌を探したがどこにも見当たらなかった。 誰もいない運転席に辿りつくと、さっそく御龍はマスタードライブを試みた。 「ダメだ! ブレーキをかけるのが精いっぱいだ」 「どれくらい持ちそうだ?」 「今ブレーキかけてるけど、五分ほどなら時間稼げそう」 達哉の問いに御龍が必死になって答えた。 カイと達哉も車掌室を探すが、この幽霊列車を止められそうな手がかりはなにも見つからない。 御龍たちが悪戦苦闘している間、機関部横のドアに他のリベリスタたちが集まっていた。ユーヌの見立てではここが一番もろそうな扉だという。ちなみに先ほどの攻撃で他の扉や窓は全くびくともしないことが判明していた。 もしここがダメなら今度こそ万事休すだ。 「じゃあ、ちょっとやってみる、よ」 天乃がドアに向かってハイアンドロウを放った。すると、わずかにだがヒビをつけることに成功した。 「これでどうだ!」 今度はシビリズがギガントスマッシュを放つ。すると、それまで持ちこたえていた扉が吹き飛んだ。 だが、御龍が作った五分もとっくに消化してしまっていた。 もう一刻の猶予もない。 「有也くん、わたし……」 ユーヌに抱えられた明里がなにか口に出そうとした。 「ああ、明里も元気で暮せよ」 明里はユーヌに連れられて列車から飛び降りた。万が一の時に備えて心がそれをガードするように飛び降りる。 次々にリベリスタたちは飛び降りた。 全員が無事に飛び終わると、すぐに幽霊列車の方を見た。 列車は今まさにトンネルに吸いこまれようとしているところだった。そして、ちょうど日が暮れると同時に汽車はこの世から消えてなくなった。 「さらば幽霊列車――」 シビリズが誰に言うでもなく呟く。 明里はユーヌに抱きかかえられたままずっと泣いていた。立ち直るまでに相当の時間がかかるだろう。だが、彼女ならいつかちゃんと生きていくことができる。 達哉は思い出していた。最後に残った自分は有也と少しだけ話す機会があった。 有也は明里にさよならを告げたあと、それ以上何も言わなかった。すぐに身をひるがえして車両の中に戻って行こうとした。 「僕も理不尽な別れを経験した人間だよ。彼女は君のことを忘れないさ。僕もそうだからね。もしよかったらこれを持って行ってくれないか」 達哉は有也の背中を呼びとめた。そう言いながら、死後の世界に向けた最愛の女性への手紙を渡した。有也はその手紙を受け取って言った。 「ありがとう。預かっておくぜ」 有也はそれだけを言い残して消えて行った。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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