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契った最期の春のゆめ


 冬は花が咲かなくて、春を待ち望むには遠すぎて。
『春』が来ないと嘆く事も、『冬』を嫌だと喚く事も僕はせずにただ立ち竦んでいた。
 あなたの笑顔が春だとすれば、あなたの泣き顔は冬でした。
 僕にとっての唯一無二。僕にとっての『春』は花が綻ぶ様に優しいあなただから。
 ――失いたくなんて無かったんだ。

「だから、さ、ごめんね」
 花を咲かすには養分が必要だった。僕の『春』は二度と訪れないけれど。
 いつか、君がまた花の様に微笑んでくれる事を祈るから。
「おねえちゃん」
 たった一人だけの僕のお姉ちゃん。あなたが微笑んでくれる事を願って。
 君の白い頬に似合う鮮やかな花があなたを何時までも綺麗なままで残してくれるから。
 花を敷きつめた棺で――何時までもあなたを綺麗なまま、遺してくれる花の中であなたが静かに眠る事が、それだけが、僕の望みだから。
「おねえちゃんが居てくれれば、僕はそれで」

 それだけで、幸せなんだ。だから、どんな犠牲だって払うよ?


「素敵なお話しは陰があって綺麗な花にも棘がある。良く或る悲劇は良くある物語から派生するのよ」
 謳う様に紡いだ『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)は何処かうっとりしたように「花の棺って素敵よね?」と笑った。
 花の棺。文字通り、棺の中に花を敷き詰めたものだろう。突然の言葉に困惑するリベリスタに小さく笑って、お願いしたい事があるのとフォーチュナは続ける。
「その姿を永久保存する事ができるお花の棺と亡くなった人を何時までもその姿のまま保っておきたい人がいるとする。それって、利害の一致よね? アーティファクトの効果でソレを可能にしているとするなら――」
 利用しない筈がない。
 しかし、アーティファクトは『便利な道具』ではないのだ。それ相当の代償を必要とする。其れが所有者自身に被害を齎すものか外的に何らかを与えなければならないものであるかは其々によるものだが。
「この花の棺が必要とする代償は『人間を養分として花を咲かせる』事だったの。
 花の棺に埋もれる対象はその美しさを、その姿を永遠に保って居られるけれど、花を咲かせる為の養分である人々は死んでしまうわね」
 一つを得るために、何かを殺す。良くある『物語』で、良くある『悪』なのだが、世恋は小さく瞬く。
「アーティファクトの名前は『花刻みの棺』。棺その物がアーティファクトよ。皆には、このアーティファクトを破壊して来て欲しい。此れが今回のお願いよ?」
 一言だけ。ほんの一言だけを『お願い』として吐き出したフォーチュナに疑問を隠さずに居られない。
 普段は饒舌である世恋の様子に首を傾げるリベリスタに、目線を落とし資料を捲る。
「アーティファクトの所有者の名前は夕霧上総。家族はいないわ。いいえ、言い方を変えると『棺』の中に家族が一人だけ。――もう、死んでいるけれど」
 上総にとっての姉は、自身を理解してくれる唯一の人だった。早くに両親を亡くし、姉は一生懸命、上総を守ってきたのだろう。そうするに値するだけの存在であったのだから。
 姉にとっての上総は大切なたった一人の弟だった。姉にとっての上総が唯一、姉を『ヒト』だと思わせてくれる人だったのだ。革醒して、その身に因子を得た彼女にとって『普通』がどれほど尊いものであったのか。
「上総と姉はほぼ、相互依存状態。互いが互いを必要としていたの。
 でも、ある日、姉は死んでしまったわ。運命の寵愛を酷使しすぎたとでもいうかしら。上総はそれを知ってしまったの。同時に、姉と共に死にたかった。
 ――けれど、革醒者って、こういう時に哀しいわよね。死ねないの。中々、ね。どうしたって」
 ソレが運命に愛された証拠なのだから。自分が居なくなれないならば、姉を保てばいい。彼はそう思ったのだろう。だからこそ『花刻みの棺』を使用した。大好きだった姉がその姿を保って居られる様にと。
「……私達が出来る事はこれ以上の被害がでないように――代償として、養分にされる人々をこれ以上増やさない様にする事よ。それ以外は――上総の此れからは皆にお任せするわ」
 どうぞよろしくね、とフォーチュナは手を振る。落とした視線は緩やかに机の上に飾られた花へ向けられて、逸らされた。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:椿しいな  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2013年02月28日(木)00:15
こんにちは、椿です。切ない心情なのです。

●成功条件
アーティファクト『花刻みの棺』の破壊

●アーティファクト『花刻みの棺』
人間がすっぽり入るサイズの白い棺。中は花で埋め尽くされており、その中にフィクサード『夕霧上総』の姉が横たわっています。
その花が枯れないうちは中に居る対象は永遠にその姿を保ち続けますが、花が枯れると共に一気にその皮膚ははがれおち白骨化してしまいます。
又、花を咲かせる為には代償を必要とします。代償は人間の生命力で、その命を養分として花は咲き誇る様です

●フィクサード『夕霧上総』
ジーニアス×ナイトクリーク。実力の程は不明。『花刻みの棺』の所有者。
姉に依存し、姉が世界の全てであると思いこんでいる青年。花刻みの棺の花を保ち続ける為に一般人を捕まえその養分としています。
酷い人間不信であり、花刻みの棺を狙われていると知ると全力での抵抗を行います。

●E・フォース『花刻みの亡霊』×6
花刻みの棺の養分となった人々を象ったエリューション・フォースです。
その姿は実体が無い為にブロック不可。対象を一名に絞り集中攻撃を行ってきます。
又、一般人を養分にする事で亡霊を一般人一人につき3人呼び出す事が可能と鳴ります。
 ・花の癒し(回復) ・花の契り(神遠複) ・花刻(物近単) など。

●一般人×5
花刻みの棺の養分とするべく上総が連れてきた一般人です。外傷はありませんが意識がなく、自分で行動(逃げる等)する事はできません。放置しておいても構いませんが、花刻みの棺は強化され、E・フォースを増やす事に為ります。

以上になっております。
どうぞ、よろしくお願いいたします。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
クロスイージス
カイ・ル・リース(BNE002059)
ナイトクリーク
宮部・香夏子(BNE003035)
クリミナルスタア
腕押 暖簾(BNE003400)
ソードミラージュ
ヘキサ・ティリテス(BNE003891)
デュランダル
芝原・花梨(BNE003998)
ダークナイト
街多米 生佐目(BNE004013)
マグメイガス
櫟木 鶴子(BNE004151)
ソードミラージュ
鷲峰 クロト(BNE004319)


 人と言うのは常に他人を犠牲にして生きているのだと『カゲキに、イタい』街多米 生佐目(BNE004013)は知っていた。他人を求め、求めあって、それが何ら可笑しい事でない事だって、生佐目は知っていたのだ。ただ、彼女にとって誰かの尊厳を踏みにじる事は許せなかったのだ。それは立場から来る価値観であるのか一般家庭に生まれた過激からは未だ遠い位置にいる彼女そのものの心情であるのかは彼女以外には判らないのだろうが。
「アーティファクトと傷つく誰かがいる以上、我々が手を下すのもまた、常なる事なのです」
「ええ、ですが、肉体が無意味であるとは申しませんわ」
 ぎゅ、と祈る様に呟いた『墨染御寮』櫟木 鶴子(BNE004151)の言葉は黒一色に包まれた衣服の中、一つだけ目につく橙を細めて呟く。彼女とて、大事な人を失った事があるのだ。
「……わたくし自身も旦那様の亡骸を、身を切られるような思いで送り出したのですから……」
 魂は肉体と精神と、その魂を想う他人の心とに其々宿っている。だからこそ、人は二度死ぬと言われるのだろう。肉体の死、そして『記憶』の死だ。他人の心から失われるその様はこの世界からの消滅。其れが分かるからこそ鶴子は未だに『旦那様』へと寄り添い続けるが如く黒を纏うのだ。
「わたくしは旦那様の為に祈ります。けれど、代償を他人様に強いる免罪符は何処にもありません。
 わたくしは――いいえ、彼は哀しいのでしょう。ですが、それは自己で完結しなければならないのですから」
 鶴子の様に亡くした人を想う人間が居れば、『機械鹿』腕押 暖簾(BNE003400)の様に亡くした人に囚われるものだって居た。彼は妻を亡くした。相棒であった妻の最期。棺で其の侭、彼女を残しておけるならどれ程。
(――どれだけ、羨ましいことか)
 口に出すのは憚られた。他人事には思えない。自分だって『もしも』があれば。暖簾は一度瞬く。羨ましい、一つ自分と違うのは『彼が弔えただけ幸せ』であった事だろう。嗚呼、これはただの感傷か。
「しかしダね。お姉さんを『普通』の『人』として扱ったのガ、唯一上総だけという事だよナ~?
 お姉さんは革醒しテ、一体何の因子を得たのダ?」
「オレらみたいに動物の因子を身体に得たってその様子によっちゃバケモンなのかもしれないぜ」
 ふわりとした毛を揺らして首を傾げた『夢に見る鳥』カイ・ル・リース(BNE002059)に『デンジャラス・ラビット』ヘキサ・ティリテス(BNE003891)は答える。カイの様なトリの因子、ヘキサの様なウサイの因子。三高平では当たり前で、アークでは何事もない普通の様子は他の場所であれば『異質』であるのかもしれない。
「ふぁあ……取り敢えず寝たいです。働きたくないです。でも、取り敢えず行きましょうか」
 あくびをかみ砕いて、『第34話:戦隊の掃除しない方』宮部・香夏子(BNE003035)は長い髪を揺らして踏み出した。頭の中は取り敢えず粗筋でしめられていたが遣る事はさっさと終わらすに限る。
「香夏子の遣る事は決まってますから、説得などはお任せしました」
「上手くいくか分かんないけど、でも、話すだけ話してみるわ」
 正義のヒロイン、芝原・花梨(BNE003998)がぐ、と拳を固める。強気な言葉と裏腹に緊張の滲みでる表情は真っ直ぐに青年を捉えて離さなかった。
「……夕霧 上総、ね?」


 鷲峰 クロト(BNE004319)にとって理解できない事は幾つかある。夕霧上総が姉が大好きであった事は理解できる――唯一の家族だったのだからそうなるのも仕方ないのかもしれないとまでは妥協ラインだった。だが、姉の事が好きだからと『自分の都合』で『他人』を犠牲にするとはどういう理屈なのか。世の中にはサイコパスたる人種が存在しているともいうが、いやはや犯罪理論などクロトにとっては『関係』ない。
 明るく前向きであるクロトは、明るいのと同時に曲がった事が赦せない正義感を持っているのだろう。其れは花梨の正義感とも似ていて、同時に少し違う。
 花梨が言葉を持って正すなら、クロトは力技でも正す。理屈が理解できなくても、上総が姉以外は『姉の養分』にしか見れないと言うなれば、其れさえも壊して正すのみだろう。
「こんにちは、あたしは花梨。ねえ、あんたね……こんなことしてお姉さんが本当に喜ぶと思ってんの?」
 ぴくり、と青年の肩が揺れる。じ、っと花梨を見据えるその間に前に滑り込んだヘキサが体内のギアを加速させる。目の前に現れた少年少女が敵である事等、彼等の様子からして見て取れた。夕霧上総の視線が其方に奪われている隙、浮き上がった『花刻みの亡霊』に対して太刀を振るう。戦闘慣れしていないにも関わらずその動きは何処か玄人の其れを想わせた。
 一振りで、残像を産み出す様な動きで切り刻む。その背後、影を纏い、ぼんやりとした瞳で亡霊を見据えた香夏子は気を失った一般人へと視線を送り、逸らす。一般人の元へと気配を殺し近寄った生佐目は小脇に彼等を担ぎあげた。彼等の近く、手近な位置の遮蔽物を探していた鶴子は一片をきゅ、と握りしめる。
「此方に未だ向いてはおりませんね」
「今のうちだな」
 運び上げる生佐目に続き、その細腕で何とか一般人を担ぎあげた鶴子。両腕いっぱいに人間を担ぎあげると言うのはやはり難しくもある。一人一人を担いでいるうちに残った人間には庇い手が居なかった。
「――何方か、あの方を」
「大丈夫ダ。イザという時は我輩が庇うのダ」
 仲間達に癒しを施すカイの言葉に頷き、遮蔽物――安全圏へと一般人を運ぶ生佐目と鶴子の姿に気付いた上総が亡霊で彼女らを狙う。往く手を阻む事が出来ない亡霊へと香夏子が赤い月を昇らせて不吉を告げる。ついで、残影が亡霊を襲う。踏み込んで、向けた視線は亡霊では無く上総。
「誰の為にもなんねーその棺桶をブッ壊しに来たぜっ! テメェの言う事なんて聞かねーよ。やめてほしけりゃ力ずくで止めてみなっ」
「そうか、君達を『おねえちゃん』の為に使えばいいのか」
 亡霊がクロトを襲う。其れを支援する様に歌うカイとて、上総に思う事が無い訳ではないのだ。誰しも彼に言葉を掛けたがっていた。他人事に思えなかった暖簾は自分の事であるかのように、彼の動向を見つめている。自分であるからこそ助けたいと、そう思ったのかもしれない。
「夕霧、俺はお前さんと話してェ。何かヒトに話したい事があるなら聴かせてくれよ」
 そう言って、花に埋もれた美しい女のかんばせを見つめた。降り注ぐ雨が、まるで彼の心を表す様だった。花を散らす様な鋭い氷。掛けられる声に暖簾を見据えて「何もない」と上総は紡ぐ。
「何もない、の? あんたが悪いことして、それで罪のない人の命でお姉さんの死体を弄んで……
 そんなことしたってお姉さんが悲しむだけよ?あんたが幸せになって、あんたのその力があんたみたいな人をもう生まないために使って、お姉さんを喜ばせて遣るべきなんじゃないの?」
「弄んで!? 何処が、これの何処が弄んでるんだ。僕は全て『おねえちゃん』の為にやってるんだ!
 何も分からない何も知らないお前が判ったような口を聞くなよッ!!」
 は、と花梨が息を呑む。上総にとっての姉は大事な、たった一人の姉であった。花梨にとって彼の行いが死者の侮辱であれど――其れが死体を弄ぶ行為であれど彼にとっては取るべき方法でしかなかったのだ。
「誰も喪った事がないのか? 宜しい事だな」
「大切な人と居たいって気持ち……それが悪ィとは言わねーよ。けどな……けどさ、テメェの姉ちゃんは、もう死んでンだよ! どうしようも無ェ! 生き返らせるなんざ出来やしねェ!」
 嘲るように笑った上総に向かって真っ直ぐに走り込むヘキサ。作りもののうさぎの耳が揺れる。帽子野中に仕舞いこんだ耳がぴくりと動きだす。
 だん、と踏み込んで、HEXA-DRIVEが火炎を纏い澱みなく上総へと与えられる。殺すつもりはない、只の一寸した『怒り』だ。真っ直ぐな少年はただ真っ直ぐにその蹴りを繰り出すのみ。
「姉ちゃんが居れば幸せ? どんな犠牲だって払う? ふっざけンじゃねェ!!
 どっちもテメェが生贄になりゃ済む話じゃねーか! テメェが養分になりゃめでたく死ねるぜ!」
「そう、そうすれば大好きなお姉さんのいる世界へ、共に旅だって逝けるではないカ!」
 ヘキサはただ真っ直ぐに怒りつけた。カイの言葉は其れが選択肢の一つだと示していたのだ。香夏子の昇らせる月が、上総へ与え続ける痛みが、ソレに対抗する様に、踊る様に切り刻む彼の手に、後ずさる花梨が鉄槌を握りしめた。
 ――ただ、傍にいたかった。けれど、死んだら、その後、どうなるの。
 そんな問い、誰も答えられないままで。


 亡霊がクロトを襲い続ける。其れさえも大振りの太刀を振るい彼は御した。傷つき、僅かなドラマを支配しようと手を伸ばしても、其れに届かずに運命を燃やし上げる。
「引き篭りっぽいヤローに負けるもんかよっ!」
 囮役であった。回復があっても、喩え彼が攻撃を避ける事が得意であっても6体を相手にし続けるのは至難の業だったのだろう。一体を倒しても、残りはすべて彼へと襲い来るのだから。
「お待たせいたしました。遅馳せながら、お力添えを」
 ぎゅ、と祈る様に指先を合わせ、奏で出した四重奏。四色のソレが喜怒哀楽を伴う様に亡霊を襲った。鶴子は目を伏せる。救いたいとその蹴りを与え続けるヘキサの姿も、説得しようと言葉を発した花梨とも違う思いを胸に抱く。
 鶴子は別に救おうとは思っていない。喪う痛みは彼女も感じた事のある同じ感傷。けれど、その一線を踏み越えたのは彼自身だ。喪って痛いと泣くだけでは収まらず、誰かから生の楽しみを奪う。それが、彼が奪った命を愛しく思う人の胸に付けた傷は『正しく彼自身の傷』と同じなのだ。
「――喪って哀しいのは、居たいのは、あなた様ばかりでないのだとお知りなさい」
 そう言って、目を伏せる。攻撃が当たらない事は判っていた。己が打たれ弱い事も判っていた。彼女は上総へと慈愛を与えない。彼は一切の手心を加えない。救いたいと手を差し伸べる人がいるならば、その時は彼女は何事も無い様に見据えるのみだ。
 彼が、思いなおす事ができるなら手を差し伸べるのみ、けれど、今は。
「免罪符は何処にあるのでしょうね、ひょっとするなら無いのかも知れません」
 ふ、と浮かべた笑みに合わせて打ち出されたソレは香夏子の赤い月に照らされて色を帯びる。四色の光を照らしだす赤い月。香夏子にとっては、己の職務の真っ当でしかないのだから。ふらり、と揺れる様に移動する。クロトをフォローする様に動き回る香夏子が瞬いて、暖簾へと視線を移した。
 ブラックマリアが、寄り添う様に、嗚呼、まるで彼の妻が彼を援護する様に其処には存在していた。
「なあ、お前さんは哀しい奴だよ。お前さんも姉さんも理解者が一人しか居ないなンてそんな哀しい事有る筈ないんだよ。お前さんが俺を信用出来無ェなら別に其の侭でいい」
 心を開いて無かっただけじゃないかと添えられた言葉に上総は花梨の胸へと死の刻印を刻み、後ずさる。彼にとって心を開けたのは姉だけだった。姉が口にした言葉が呪詛の様に彼を苛み続けたのだ。
『上総ちゃんは、おねえちゃんが護るからね。ずっと一緒だよ』
 だから、お姉ちゃんの傍にいて、と。その言葉はカイやヘキサの言う「死ねば一緒の場所に行ける」ことを不安に思わせる要因であった。天国と地獄があると言う。上総にとって姉が真実はどうあれ善人であった以上、天国へ行くのが定石。自殺者となった上総はその姉の居場所へは行けないだろう。
「なあ、上総、俺はお前さんの事とやかく言えねェンだ」
「――え」
 ぴたり、と上総の動きがとまる。否定されたし肯定なんてされなかった。ただ、見過ごされるだけの存在だった。大切だった、死に物狂いでも護りたかったから、彼女の存在だけを大事だと思った。
「俺はきっと……あの時この棺が目の前にあったら、縋ったよ。嗚呼、縋ったろなァ」
 あの時、喪った相棒が、未だにこの胸に存在しているから。齢をとっても何時までも、彼女の事を想ってしまうのは甘い記憶が胸の中に蓄積しているからだ。愛は人を狂わすけれど、其れと同じ位、損失も人を狂わすのだから。
「俺だって縋っただろうな。けどな、俺はリベリスタだ。だからお前を止める。これ以上は」
 赦さない、と口に出して、真っ直ぐに棺に向かって繰り出したのは断罪の魔弾。その罪は誰がものか。己か、それとも上総か。浮かべた笑みに上総がやめろと叫ぶ、往く手を阻む様に滑り込んだヘキサの蹴りが上総の体を地へ伏せる。
「テメェ……何が幸せだよ……何が犠牲だよ……! 両方から逃げてるだけじゃねーかァ!!
 これで姉ちゃんが生き返るんじゃないんだろ!? 殺されたヤツらは無駄死にじゃねェか!」
 我儘だった、子供だった。そう思う、子供ながらヘキサは真っ直ぐにその蹴りを繰り出すのみ。傷をいやす様に歌うカイが握りしめた魔力杖がぎり、と音を立てる。
「……なんなら送ってやろうカ?」
 自分で死ねない我儘な子供に与える罰は丁度良い。嗚呼、こんな表情中々しない。可愛い子供達の前でも、大好きな妻の前でも、仲間達の前だって、しない。なんと愚かな『子供』なのであろうか。嘴の端が上がっているだろうか。
「君が大好きなのは『おねえちゃん』じゃなくて、『お姉さんの死を悲しむ自分自身なのだろウ?」
「うるさい、そんな、そんなわけ――!」
 叫ぶように、繰り出したのは刻みつける様な舞踏。花梨の運命を削り、ヘキサを傷つけても、彼等は止まらない。亡霊を相手にしていたクロトがゆるりと笑い、棺へと真っ直ぐに飛びかかる。
 カイの視界に止まる花は、何という名前であっただろうか。その花を咲かせる事を彼女が望むのか望まないのか。花にう埋もれた死体は何も物言わない。
「これハ、君の大好きなお姉さんが望んでいた事なのカ? 今日咲き誇る花が明日には枯れてしまうのハ、明日咲く花の為なのダ。君が花を咲かせる事を彼女は願ってはいないのカ?」
「ッ――どういう」
「テメェ自身の花は何処にあるんだろな?」
 だん、と踏み込んだクロトの剣が惑わす様に、上総へと突き刺さる。は、と息を吐いたその隙に。
「喰い千切れェ……――ウサギの、牙ァ!!」
 炎を纏った蹴りが、澱みなく繰り出される其れが上総の横腹へと喰い込む、倒れた彼が目を見開き、態勢を立て直して切り刻むその手を止める様に香夏子の気糸が縺れ込む。
「さァ、お眠り――Sweetdreams」
 がこん、と音を立って棺が壊れる。広まる花々の間に、解ける様に消えて行く肉体に。手を伸ばし、縋るように棺を見据える上総が呻く。白い花が鶴子の足許へと落ちる。
 祈る様に、見つめて、目を伏せる。彼女はもしも、喪った時に棺に出逢えば縋ったのであろうか。何も口にせず、ただ、ぼんやりと其れを見つめていた。


 花弁に埋もれる様に、其処に存在する骸骨は確かに姉のものであると上総は放心状態のまま見つめていた。
「なあ、夕霧。最後の最後までお前さんは彼女を記憶してやンな」
 リベリスタ達が彼を殺す選択肢を選んだら暖簾は止める心算であった。死んだら全てが終わり。上総が死んだら、姉は二度目の死を味わう事となるのだ。姉の本来の姿を知っているのはきっと上総だけで、多くは語らない上総であれど、記憶の中には姉が存在しているのだろうから。
「お前さんは姉さんの記憶と生きれば良い」
 暖簾の言葉はある意味では死刑宣告で会ったのだろうか。姉の遺骨の埋葬を行いたいと声を掛けたヘキサに小さく、ただ、ほんの小さく頷いた。カイが姉の遺骨を抱え上げた時、悲痛な表情をした上総はもう二人の世界が無い事を知ったのだろう。
「君は怖がりなままなのダな」
 独り善がりに対する言葉に上総は目を伏せる。少年は目線を合わせ、上総へと手を伸ばす。彼が行ったのは罪だから、その罪を償うなら良い場所があるんだ、と優しく笑う。
「オレたちと来いよ。お前と似たようなヤツは沢山居るンだぜ。今度はお前の手で救うンだ」
「……行けるわけ、ないだろ」
 身を呈して、戦って、誰かに声を掛けるなんて上総にはできなかった。縋る者を失って、どうやってこの先を見れば良いのかすら判らなかった。ふと、隣に立っていた生佐目が嗚呼、と声を漏らす。
「……鮮やかな想い出ですね……」
 未だに何故、生きていたかの理由を読みとって、生佐目は何も言えなかった。姉と同じ所に一緒に行ける証拠がないから、怖かったのだと、彼の心から直接読み取ったのだから。
 散らばる花の中、大業物を下ろしたクロトは小さく溜め息をつく。最初から理解できない事が多かったからだろう。瞬いて、まだ幼さが残っていたかんばせに浮かべたのは苦脳。
「お前が花の養分にしちまった人にだって家族はいる筈だぜ?
 お前と同じく家族を失って哀しい想いをするだろうにな……あーほんとわかんねぇよっ」
 彼の言葉に俯いた上総はぼんやりと姉の遺骨が埋められていく様子を見つめていた。誰かが何かを得ることで喪う事がある。それは、きっと、理解した時には遅いのだろう。
「……さて、帰りましょうか。働きたくないですし、もう眠いですよ」
 振り仰ぎ、呟いた香夏子の足許に、ひらりと、白い花弁が存在していた。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
お疲れさまでございました。切ない心情なのでした。
否定するも共感するも、皆さんが其々の想いで、真っ直ぐに語りかけて下さった結果がこれだと思っております。
言葉が与える効果ってとっても大きなものなのだと、椿は考えます。理解を示す事が何よりも一番難しい事なのでしょうね。

お気に召します様に。ご参加有難うございました。