●伊月フリークス 「ごめんなさい」 ごめんなさい。 ほんとうに、ごめんなさい。 でも――お母さんの為に、死んでください。 「おねがいします」 おねがいします。 僕にはあやまる事しかできないから。 あやまるから、だから、死んで、お母さんをたすけてください。 ●『悪意』のゲーム 「――誰かを助けるのに、他の誰かを犠牲にする事をどう思うかしら」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の表情はいつもより、重い。 「既に殺されてしまった母親を助けようと、人を殺し続ける少年がいるの」 少年――伊月(いつき)は未だ小学校高学年の何処にでも居るような普通の男の子だ。 神秘とは何の関係ももたない普通の家庭に生まれた彼は、普通に愛情を受け育ち、普通の学校にかよっていた。 「そう。七派の一つ、黄泉ヶ辻に所属する一人のフィクサードが彼の前に姿をあらわすまでは」 普通の生活を送っていた筈の、伊月の運命はそのフィクサードと出会ってしまった事で大きく、歪んだ形で変化してしまった。 それは何気ない日常のワン・シーンの事だった。 買い物に出かけていた彼と、彼の母親の前に姿を現したフィクサードは伊月の目の前で、母親を連れ去ったのだという。 「母親を連れ去られた伊月は、当然フィクサードを追いかけたわ。でも、小学生の男の子が革醒したフィクサードに追いつく事は出来なかった」 目の前で大切な母親を奪われ、泣き叫ぶ事しか出来ない伊月の前に再度姿を現したフィクサードは彼に一つのアーティファクトを手渡し、彼の母親を無事に返す一つのゲームを提案したのだという。 が、その内容は正気の沙汰とは思えない様な内容だ。 「一日に最低一人、一ヶ月に三十人以上の人間をアーティファクトを使って殺す。其れがゲームの内容」 達成すれば、無事に母親を返してあげるとフィクサードは嘯いたのだとイヴは言う。 「只、伊月の母親は既にフィクサードに捕まったその時にもう、殺されてしまっている」 当然、伊月はそれをフィクサードから知らされてはいないのだ。 知ってしまったら、ゲームは成り立たないのだから……。 「それに、彼が受け取ってしまったアーティファクト自体も凄く危険なものなの」 プラスチック製のオモチャの拳銃の様な形をしたようなそのアーティファクトは、名を『善悪の彼岸』と言う。 『善悪の彼岸』は、其れを所持する者が込められた弾丸を撃ち出す度に善悪の判断を狂わせる効果を持っている。 母親の為に、仕方なく誰かを殺す事が、母親の為なら殺しても構わない、というふうに。 撃てば撃つ程、伊月は静かに狂っていくのだ。 誰かを殺す事に、悦びを感じる様になってしまうかも知れない。或いは、其れこそがフィクサードの狙いなのかも知れないが。 「お願い、彼を止めて。このままじゃ、伊月が単なる人殺しになってしまう」 既に次に伊月が人を襲おうとする場所を、アークは特定している。 人払いをしておけば、一般人への被害も抑えられるだろう。 そして、伊月自身が只の人間であるのならばアーティファクトさえ破壊してしまえば、これ以上の悲劇を食い止める事は可能だ。 だが、それだけで良いのだろうか。 母親の死を知らない彼に、心を侵食され狂いつつある伊月に、できる事はそれだけなのだろうか。 答えは、リベリスタ達に委ねられている。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ゆうきひろ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年03月06日(水)23:12 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● この世に、運命の女神というものが存在するのだとすれば。 彼女はきっと相当に捻くれた性格をしているに違いないだろう。 でなければ、運命は小さな少年に背負いきれない程の重荷になって伸し掛かりはしないのだから。 「――はやく、はやく次を見つけなきゃ。頑張って、ころさなきゃ」 夕暮れ時。 しん、とした静寂が支配する路地裏にまだ声変わりのしていない小さな少年――伊月(いつき)の声が響く。 ふらふらとした足取りで、人気のない路地裏を歩く伊月の言葉はその年齢には余りにも不釣合いなものだ。 嗚呼、言葉だけではない。 ようく見てみれば、その手に握られているのは、”まるで返り血を浴びてしまったかのような”まっかにそまったオモチャの拳銃。 「リベリスタ、新城拓真。この辺りで人を殺し回っているのは……君だな」 不意に、伊月の進路を塞ぐ様に幾人かの影が路地裏へ姿を現す。 「待て、武器を構えずまずは此方の話を聞いてほしい」 目の前に現れた誰かに向けて、即座に拳銃を向けようとした伊月をなだめる様に『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)が呼びかける。 「伊月君……ですよね。その銃を捨てて、私達と一緒に来てくれませんか?」 『生真面目シスター』ルーシア・クリストファ(BNE001540)もまた、優しい声で呼びかける。しかし――。 「ダメだよ、そんなことしたらおかあさんが死んじゃうんだよ。ねぇ、おにいちゃんやおねえちゃん達も手伝ってよ、僕を助けてよ」 僕に、ころされてよ。 今にも泣き出しそうな表情で懇願する様なその言葉にルーシアの胸がズキリ、と痛む。 「残念だけど、それは出来ないわ」 「どうして!? おねえちゃん達が死なないと、お母さんが死んじゃうんだよ!? 僕が、ひとりになっちゃう、嫌だッ!」 伊月の言葉が、命を賭けた様なものじゃないのなら、単なる駄々の様なものなら良かったのにと『さくらふぶき』桜田 京子(BNE003066)は彼の頼みに首を横に振りながら思う。 この子は、ただ助けたいだけなのだ。 そしてそれを、その気持ちを利用して、踏みにじって、嘲笑っているヤツがいる。 (絶対に許しておかない……だから、今は) この子を助けるためにも、強い気持ちでいなければならないのだ。 (フィクサードも悪事をさせるために合理的な手段をとりますね……。親を奪われた少年が取り戻すために無理をするのも理解できます) 「きっと、私の中に今あるこの気持ちが、リベリスタの皆さんが戦う原動力なのでしょう」 シア・スニージー(BNE004369)がこの状況を仕向けたフィクサードに対して感じる『嫌な感じ』そして――。 「助けましょう」 学問や知識としての『正しい事』とは別の、ただ自分がそうしたいからそうするというこの気持ちは。 きっと、この場にいる全ての仲間達と同じものだとシアには確信出来た。 「助けてくれるのなら、死んでよ。死んで、おかあさんを助けてよ」 そう言って、伊月が銃口をシアに向ける。 「其れに対しての答えはつい先程、出したはずだ。それとも、聞こえなかったのか?」 背後から掛けられた声に、伊月が振り向く。 振り向いた先に居たのは、『T-34』ウラジミール・ヴォロシロフ(BNE000680)を始めとしたリベリスタ達だ。 裏路地という戦場の特性を活かした彼らは、伊月を拓真達と共に挟撃する為に機を伺っていた。 「今、彼女に向けた拳銃……それは君を狂わせる……殺しの目的は覚えているようだが」 「わすれないよ。僕は、おかあさんを助けるんだ。だから、死んでよ」 僕に殺されてよ、と今度は自分に銃口を向ける伊月をウラジミールがしっかりと見据える。 彼は、見極めようとしているのだ。 目の前にいる少年が、どこまで正常なのか、狂ってしまっていないのかを。 「お母さんが、大好きなんですね。とても、大切なんですね」 「うん。だって、おかあさんは一人しかいないんだ。僕は、おかあさんがいなくなったら――」 『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)の言葉に応える伊月の言葉は、こんな状況でなかったら母親想いの少年、それだけであったのかも知れない。 だけど、現実はそうは行かない。 彼は、目の前にいる伊月は既に大切な母親の為に、引き金を引いた。罪を犯してしまっているのだ。 (わたしには、大切な者を守るための必死な行いを罰することは、できない) 嗚呼、だったらやる事はただ一つだ。 「伊月さん、私達は貴方を止めてみせる」 生きてさえ居れば、失った心も取り戻せる。償えない罪だって、きっとありはしないのだから。 「……動き回られても面倒だからな。私はあくまで殺す前提で動く、ただ」 その結果、彼が生き残っても構わない。 やる事をやるだけだと、『アヴァルナ』遠野 結唯(BNE003604)が武器を構えた。 アーティファクトを破壊したとしても、伊月が元に戻る保証などどこにもありはしない。 彼を殺すというそれもまた、結唯の優しさの一つなのかも知れない。 それを理解していたからこそ、仲間のリベリスタ達もまた彼女に続くように各々の武器を構える。 ● 子供が武器を手にして、人を殺す。 そんな事は広い世界じゃ良くある話だ。 南米で、中東で、散々目にしてきた光景だ。 (そう、良くある話だ) 『リベリスタ見習い』高橋 禅次郎(BNE003527)は伊月に話しかける仲間達と、彼自身を見下ろし、精神を集中させながら一人思う。 昨日まで、普通に暮らしてた子供が武器を手にする光景を、彼は散々目にしてきた。 禅次郎の中に在るのは、自身がアーティファクトを与えた少年の成果を見届ける事もなく、この場に姿を見せない何者かへの、激しい怒り。 世界中で自身が目にした光景。 ああ、だからこそだ。 どのような目的があるにせよ、ゲームという形でそれを仕向けた者を絶対に許す事は出来ないのだ。 「酷いよ、なんでこんな事するの? 僕の邪魔をしないでよ!」 自身を囲む様に、武器を構えるリベリスタ達を見回しながら伊月が叫ぶ。 「それが、必要な事だからです。年下の子が間違いを犯したら年上の私達が正しい事を教えるのは当然の事だからです」 本当はそれはきっと、彼のお母さんがやることで、赤の他人の自分には出過ぎた真似かも知れないけれど。 「黒曜ッ!」 まるで、桜吹雪の様に光の飛沫が舞い散る中、舞姫の小脇差、即ち黒耀が其の名のままに黒曜石の如き刀身を奔らせる。 一閃、二閃――躱す間すら与えずに立て続けに放たれた、芸術的とも言える二連撃が伊月を捉え、斬り裂く。 「ねえ、善悪の判断なんて所詮人が決めた事、自分で考えてみましょう?」 創りだした影人をルーシアの元へ向かわせながら、京子が伊月に問いかける。 「……そうやって、僕からおかあさんを奪おうとするの? ちゃんと僕悪いって解ってるよ!? 解ってるからちゃんと殺すたびに謝ってるんだよ!? だから――」 殺させてよ、と言葉を伊月が紡ぐより早く拓真が構えた二刀の剣を叩き付ける。 「……ごめんなさい、か。形だけの謝罪にどれだけの意味がある? 誰かの大切な家族を殺し、隣人を殺し──あぁ、君が悪いとは言わない」 「僕が悪くないって言うんだったら……だったら、邪魔しないでよ!」 「失われた命はもう戻らないんだ。どれだけ言葉を並べようと、後悔をしても」 言わずにはいられなかった。 拓馬が伊月に投げかけた世界の真理は、或いは、伊月に対して向けただけのものではなく――。 犠牲の上にある正義の為に、決して届き得ないかも知れない理想にそれでも手を伸ばし続ける自分に向けた言葉でもあるのかも知れない。 「じゃあ後悔しなければいいの? わかったよ、だったら謝らない。おにいちゃんを殺したって僕は謝らない、僕は悪くないんだから!」 伊月が手に固く握られた拳銃の引き金を引く。 次々と発射された銃弾が、まるで吸い寄せられる様に拓馬や結唯、ルーシアを庇う様に立っていた影人に命中していく。 自身を襲う銃弾の鋭い一撃に、拓真と結唯の表情が苦悶に歪む。 その上、ルーシアを庇う為に立ちふさがった影人は一撃で体力を削りきられ、消滅していった。 「京子さん、助かりました……」 京子の影人によって唯一難を逃れたルーシアが、即座に感謝の言葉を述べる。 「君が駄々をこねるのは構わない。だが、君の母親には、この事をどう告げるつもりかね? 子供が、自分の為とはいえ人の命を奪い続けていた事を知ったら、どう思う」 拓真達に銃撃を行い、自身に背を向けたその一瞬の隙をついて素早く伊月の懐に潜り込んだウラジミールが彼の心を揺さぶりかけた。 「そんなこと……ぼ、僕は間違った事はしてないもん! おかあさんだってわかってくれるもん!」 「何処にそんな根拠がある。どんな理由があるにせよ、やっていることは殺人だ。それは許される事ではない」 まるで厳しい父親の様に、伊月の目をウラジミールが見据える。 「言い返せないのなら、大人しくしているんだ」 斬撃と刺突、その両方を可能とする特異なブレードラインを持つウラジミールのコンバットナイフが伊月を惑わす邪悪を祓う様に輝きを放ち、刹那――。 破邪一閃。一点の曇りもない輝きを放つナイフに切りつけられた伊月が痛みに苦しむ様な声を上げる。 「拳銃を向けるのは構わないが……撃って良いのは、撃たれる覚悟がある者だけだ。私に拳銃を向けた以上、その覚悟は当然あるんだろうな」 言って、結唯がフィンガーバレットを伊月に向ける。 「きっと、アーティファクトの作用によるものとはいえそれを破壊してもその作用は残るだろうな」 ならば、心が完全に壊れてしまう前に破壊しなければならないと。 バレットから放たれた無数の弾丸は、先ほど自身を射抜いたばかりの伊月が放った弾丸の様に、狙った箇所――アーティファクト『善悪の彼岸』へと次々と命中してゆく。 「やめてよ、これが壊れたらおかあさんがっ!」 「そんな事、私の知った事ではない。私は此処に、異常者を殺しに来ただけなのだから」 「いやだ。僕は此処で死んだりしないんだ。死ぬのはおねえちゃんの方だ」 「そんな事はさせません」 傷の深い結唯を癒す為に、ルーシアが清らかな詠唱で癒しの微風を生み出す。 詠唱によって、仲間の傷を癒すその姿はフライエンジェである事も相まってまるで戦場に降り立った天使のようだ。 「一つのアーティファクトで、こんな小さな子がここまで変わる……」 これ以上、彼にアーティファクトを渡したフィクサードの思い通りにするわけにはいかないとルーシアは改めて思う。 (やはり、先ほどの弾丸を受ける訳には行きませんね……) シアの脳裏に浮かぶのは、先ほど拓真や結唯、ルーシアへ向け放たれた伊月のデッドリボルバーの威力。 もし、あれが対岸に位置していた自分達に放たれていたら……或いは、一撃でノックアウトされた影人の様に倒されていたかも知れない。 「とはいえ、何もしない訳には行きませんから」 それに、時間をかければかける程彼は正常では無くなっていくとも聞いているのだ。 シアの手から、細く、しかし頑丈な気糸が伊月の『善悪の彼岸』を捉え、彼の握りしめた指から引き剥がそうとする。 「やめてって言ってるのに!」 尚も自身と、善悪の彼岸を引き離そうとするシア達への怒りに満ちた伊月の声が戦場内に響く。 「怒りが完全に君の方へ向いている。少し、私達の後ろに隠れていたまえ」 「盾にするような形になってしまいますが……感謝します、ウラジミールさん」 シアに、自身の影に隠れる様に言うウラジミールの言葉に従い、シアが伊月の視界から消える様にウラジミールの背後へ移動する。 これで、ウラジミール側はシアを庇いやすくなり、シアもまた簡単には伊月の弾丸の標的にはなり得ないだろう。 ● 「皆、落ち着いて行こう」 ウラジミールが戦場の仲間達に、そう声をかけたのは目の前にいる伊月が疲弊してフラついて来ている事に気付いたからだ。 幾らアーティファクトによる超人的な力を得たとはいえ、元を辿れば只の小学生の男の子に過ぎない。 常人を遥かに超えるタフさと、簡単に人を殺せてしまう力を持っていたとしてもたった一人では、リベリスタ達には敵いはしない。 無論、ただ倒すだけであればウラジミールが声をかける必要は無い。 「ねぇ、伊月君。沢山の動物が家族を守ろうとする、お母さんを守るのは間違ってる事じゃないの。でもね、家族が殺さるのが嫌なのはアナタだけじゃないのよ」 何よりこれ以上は、アナタの心が壊れてしまうわと。 だから、やり方を変えましょうと優しく京子が伊月に言う。 「そんなの……無いよ。僕には、これでおねえちゃん達を殺してアイツの言う通りにするしかないんだ!」 「お母さんを連れて行った男は私達が探す、ううん、一緒に探そう? こんな辛いやり方、もうしなくていいの」 「そんな事したら、僕がいままでやった事がむだになっちゃうじゃないかッ! 僕いっぱいがんばったのに! 全部無駄になっちゃうんだよ!?」 その言葉に、出来れば善悪の彼岸を奪取、破壊する事が出来ないだろうかと動こうとした京子の手が止まる。 「無駄も何も、無い」 貴様がやっていた事は、只の殺人だ。綺麗も汚いもない、それだけだと結唯があくまで冷酷にフィンガーバレットの銃口を伊月に向ける。 「一度壊れたものは二度と戻る事はない」 もっとも、そんな事は私には関係の無いことだがと、放たれた弾丸が伊月を射抜いて行く。 「痛い、痛いよ……いやだ……僕、僕このままじゃおかあさんをたすけられないよ。おかあさん……」 身体を貫く痛みに耐え切れずに、伊月が泣きじゃくる様に母親の名前を呼ぶ。 「これで終わりだ、異常者」 そんな伊月にトドメを刺さんと言わんばかりに、もう一度フィンガーバレットを伊月に向けた結唯の動きが止まる。 何故なら、結唯の目の前には、伊月を庇う様に立った舞姫が居たから。 「この子の命は、奪わせはしない」 「最初に言った筈だ。私は、殺す前提で動くと」 「それなら、私も言いました。私は彼を止めてみせるって」 お互いに、此処は譲れないと向き合う。 「大丈夫です。あなたを殺させはしません。そうでなければ、私が此処に居る意味が無いのですから」 後ろを振り向き、大丈夫ですと優しく微笑みながら舞姫が伊月に言う。 ――だいじょうぶよ、伊月。おかあさんが、まもってあげるからね。 その姿は、何処か、伊月が最期に見た大好きなお母さんの姿に、似ていて。 「うわあああああああああああああああああああああ!?」 「伊月さん!?」 瞬間、絶叫と共に伊月の握りしめた拳銃が舞姫に向けられる。 「舞姫さん!」 「危ない!」 至近距離で放たれれば、幾ら回避の心得がある舞姫とて躱す事は容易ではない。 そして、銃弾の威力が凄まじい事を仲間達は知っていたのだ。 が、善悪の彼岸が新たな銃弾を発射する事はかなわない。 「――不用意に近づきすぎだ」 頭上からしたその声の主は、ずっと狙撃の機会を伺っていた禅次郎のものだ。 確実に、善悪の彼岸を一撃で吹き飛ばす為にずっと集中を重ねていた禅次郎の銃剣が放った狙撃は舞姫を撃とうとした拳銃を、伊月の腕から吹き飛ばした。 渇いた音と共に地面にたたきつけられた善悪の彼岸には、禅次郎が放った銃弾がめり込み、その威力の凄まじさを物語る。 「ごめんなさい!」 善悪の彼岸が飛ばされ、訳が解らないという顔になりながら呆けた様に頭上の禅次郎を見上げた伊月のその隙を狙って、すかさずルーシアが神気閃光を放つ。 その一撃で、伊月は完全に戦う力を失い地面に力なく倒れこんだ。 「任務完了。それで、構わないか?」 「彼が結果的に生き残っても構わない、とも言っていたのは私だったな」 ウラジミールの告げた任務終了の言葉に、結唯が静かに頷いた。 ● ルーシアの放った攻撃が、相手を殺す力をもたないものだった事に加え傷自体もリベリスタ達の手によって癒された事で伊月が目覚めるのには、そう時間はかからなかった。 目覚めた伊月に告げられたのは、自分が他人を殺してでも守ろうとした母親が既に亡くなっている事。 もっとも、少なからずアーティファクトの影響で正常な判断力を失いつつあった伊月が彼らの言葉を、本当の事だと理解出来たかどうかは定かではない。 だからこそ、彼らは思うのだ。 伊月が、これからの長い人生の中で自分自身で答えを見つけてくれる事を。 そして、この状況を作り上げた元凶を必ず叩くことを。 『善悪の彼岸』というアーティファクトに運命を狂わされた少年の物語は、ひとまず幕を閉じる。 だが、或いはそれは背後に居る元凶との戦いの始まりなのかも知れない。 いずれにせよ、真相は未だ闇に。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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