●野心と忠心 「てめぇら、体調は万全か!?」 「オッケーっす!」 「全快どころか全快以上ですよ!」 「今のコールさんの怒鳴り声で頭痛いです」 「芥子。余計煩くなるから黙れ」 掌に拳を打ち付け問うたのは、黒武・石炭。自称はコール。答えたのは、彼に従う四人の青年。 蝮原に従う者、そして協力者達がアークの注意を惹き付けるべく暴れる中、普段なら真っ先に突っ込むはずのチンピラ集団『ブラック・ダイヤモンド』は未だ動かずにいた。 いや、正確には動いてはいた。行動を起こすのを待っていただけで。 そして開始の合図を告げるのは、今回は石炭ではない。 入り組んだ道の先、隠された様に存在する門を眺めながら、鈍く光るナイフを手の中で回し加藤が確認を取る。 「俺らが塞ぐのはあそこの裏門っすよね」 「ああ、配島さんからの指示だ。もし出てくるヤツがいたら全員潰せ、ってな」 「配島さんかぁ……あの人よく分からねぇから苦手なんだけどな」 掴み所のない金髪の青年を思い返し、北野が微妙な顔をした。 面子全員の年齢が低いここよりも、更に若い少年少女を従えた彼は正門の封鎖に当たると言う。 しかし、蝮原の命じた配置であれば、それに私情で異議を唱える必要もあるまい。 「でもリーダー、『アーク』には『カレイド・システム』があるんじゃねぇの?」 「難しい事は分からんが……蝮の親父さんはそれについては心配ねぇと。なら問題はねぇんだろう」 小西が危惧した、全てを見通す神の目。 それを抜ける手段を、蝮原は持っていると言う。 だからこそ、彼は日中にアークの立役者を狙うという大仕事を行うつもりなのだ。 「細かい事聞いてないんで不安っちゃ不安ですが。ま、コールさんが心配ないって言うよりは心配ないですね」 「当たりま……あァ!?」 「それより『ロック・クリスタル』の方はこっちじゃないんですね」 さらりと逸らされた話題に気付く事もなく、石炭は鼻で笑った。 「当たり前だろ。石英より俺のが頭が回るからな」 「……十歳と十二歳のどっちが賢いかって言えばまあ、十二歳ですよね」 露骨な皮肉もスルーし――というか気付かず石炭は拳を握り締める。 「――つうかなあ! 昔っからアイツの方が頭悪い癖に喧嘩は強くて俺は体が弱いからと馬鹿にされ続け運命ゲットしてこれでようやく勝てると思ったら物の見事にアイツも目覚めててやっぱ殴り合いはあっちのが強ぇとかどういうこった!?」 「まあ運命の導きなんで運命なんじゃないですかね」 「納得できるかああああッ!?」 芥子の身も蓋もない一言にごろごろ転がる石炭。 武器の最終チェックの最中にぶつかられた小西が若干邪魔臭そうにそれを見ている。 ひとしきり転がってから、とりあえず薄い冷静さを取り戻した石炭は腕を組んだ。 「……まあいい、ともかくこれは俺ら『ブラック・ダイヤモンド』への任務だ。 『ロック・クリスタル』の連中の事を置いても、『俺ら』が蝮の親父さんから任された事だ。 意味は分かってんだろうな」 石炭の言葉に、全員の顔が引き締まる。 アークは来ない、と蝮原は言う。ならば来ないのだろう。 今回これに成功すれば、蝮原の、そして自分達の組織の影響力は大いに高まるに違いない。 同時にそれは、失敗した場合の影響も大きいという事。 「封鎖したら俺と芥子、小西は門前で警戒に当たる。加藤と北野は周辺を見回れ。誰も逃がすんじゃねぇぞ、そんで」 逃げる相手に追い討ちをかける趣味はないが、それが与えられた役割と言うならまた別だ。 例え作戦の全てを知らないとしても、与えられた役割をひたすら守れば良い。 そして万一、それを邪魔する者が現れたとしたら潰すのみ。 蝮原への忠誠心と、己の野心。 様々な思惑が入り乱れる中、単純である石炭の意志は分かり易く、迷いがない。 息を吸って、石炭は叫んだ。 「――逃げるヤツは全員ぶっ殺すぞコラァ!」 『応!』 そして彼らは――その時を待つ。 ●目から逃れて 幻想纏いが伝えるのは、本部からの緊急連絡。 本部から離れた場所にいたリベリスタは、訝しく思いながらもそれを取る。 『ああ、お前か。出てくれて助かったぜ』 珍しく本気の安堵を滲ませた声は、『戦略司令室長』時村沙織(nBNE000500)のもの。 少し黙って聞いてくれ、と彼は言葉を続ける。 『ついさっきアーク本部の方に電話が入ったんだ。 何者かは知らないが……話によれば時村本邸がフィクサード達に狙われてるって言う。 目的は親父の暗殺。……まぁ、効率的って言えば効率的なやり方だ』 沙織の父親である時村貴樹のアークへの、そして他の組織への影響力は非常に大きな物である。 それを失えばアークは総崩れとまでは行かずとも、大きな混乱を来たす事だろう。 だが、と沙織は疑問を滲ませる。 『おかしな事にカレイド・システムが感知していないんだ。情報にどれだけ信頼が置けるかは微妙な所だが、本邸の方と連絡が取れないのは確実な事実だ。放っておく訳にはいかない。 例のフィクサードの攻勢で本部の方はかなりばたついてる。そうでなくても本部から戦力を回してたんじゃ間に合わないだろう。俺の方で付近に居るリベリスタに連絡を取って戦力を編成する。すまんが、本邸の方に急行して親父のガードに当たってくれ』 本部付近にいなかったが故の依頼。 同意を得た沙織はメモを捲る音を立て、続きを告げる。 『お前に頼みたいのは、裏門の開放。五人のフィクサードが守っているらしい。 ああ、この間の似た騒ぎの時に幼稚園……いや、保育園バスだったか? ともかく、馬鹿やった馬鹿の集団だという事だ。能力の細部は道中でその時のものを参照してくれ』 本邸の貴樹には当然護衛がついているが、大半は一般人であり多数のフィクサード相手には戦えない、と沙織は言う。 『こいつらは過去の事例を見る限りでは馬鹿だが、力押しの手段となれば馬鹿の馬鹿力は侮れないだろう。正門にも当然戦力は派遣するが、包囲されているというならばその網は崩しておきたい。 時間を稼いでくれれば、本部も体勢を立て直し援軍を手配できる。連中もその程度は分かっているだろうから、長引かせるのは嫌がるはずだ』 他のリベリスタにも連絡を取るのだろう、沙織の説明は簡潔だった。 通信を切る際に呟かれたのは、ささやかな一言。 『それじゃ……親父を頼んだ』 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒歌鳥 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年06月30日(木)02:34 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●似合わぬ門番 塀と木々に囲まれた門。 その前に立ち、柄の悪い目付きを間断なく周囲に巡らせている三人の男を、『狡猾リコリス』霧島 俊介(BNE000082)の幻想纏いが緩く尻尾を振りながら見詰めている。 「バイトから帰ったらゲームする予定だったのに……!」 ギリギリと歯を噛み締める俊介の優雅な午後は一本の連絡で引っ繰り返った。だが、それも仕方ない。アークの実質的な責任者である沙織からの直接的な要請とあっては断れるはずもない。それだけの非常事態だという事でもある。 「しかし、あいつら一体何をしてカレイド・システムの眼から逃れてんのかね?」 雪白 音羽(BNE000194)の疑問はここで様子を窺うリベリスタの、そして対策へ向かっているアーク人員全ての疑問でもあった。沙織でも『おかしい』と述べる理由は今の所、蝮原と近しいものしか知りえないものなのだろう。問いたくとも、それができる程の友好的な相手とは思えない。 「確かに不可解ですが、とりあえずは全力であの敵を討ち果たさねばなりませんね」 小さく溜息をついて、『宵闇に紛れる狩人』仁科 孝平(BNE000933)が門前へと視線を向けた。辛うじて姿を認識できる程度の距離。フィクサードの意識は邪魔者よりも専ら門内からの脱出者に注がれている様子だが、それは周囲の異常に対して敏感になっているという事でもある。リベリスタ達の位置からは見えないが、姿の見えない二人は門以外の場所からの逃亡者を警戒しているに違いない。 「そうだな。アークのえらい人が狙われてるなんてとんでもない……えらい人じゃなくてもとんでもない事だし」 些かあっけらかんとした調子で『輝く蜜色の毛並』虎 牙緑(BNE002333)が頷く。彼にとっては対象が誰であろうが、救出しなければならない相手ならばそれ以上の事はないのだろう。必要以上に気負わないのは利点と言えよう。 気合を入れる男性陣とは対照的に、少々うんざりした様子を見せているのは女性陣――訂正。外見女性陣。 前回のフィクサード襲撃の際に『ブラック・ダイヤモンド』と相対した彼女らが要請されたのは、何の縁か同じ相手のいる裏門の担当。偶然か、或いは前回の経験から案件に当たりやすいと判断されたのかは不明だが、馬鹿の相手を二度務めるのはあまり面白い事ではない。 「あー、もう、またあいつらなのー!」 両手を拳の形に握りぶんぶん振り回す『おじさま好きな少女』アリステア・ショーゼット(BNE000313)は、そんな感情を素直に表現している。ただの馬鹿ならまだ平和的な対処の仕方もあるが、半端に力があるから手に負えない。 「久しぶりだけど、会えても嬉しくない相手ね」 「運命の再会、は別のところでしたいものなのに」 呆れながらも淡々と呟いた『ナーサリィ・テイル』斬風 糾華(BNE000390)に『Krylʹya angela』エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)も軽く眉を上げて同意した。流石のクールロリ勢。 「しかし、前回もそれなりにしぶとかったが、雰囲気が今回はまるで違うのう……楽勝とはいかぬか」 鈍器を掌で弄びながら、『巻戻りし運命』レイライン・エレアニック(BNE002137)が眉を寄せる。彼らから前回のどこか遊びと余裕を含んだ、言い換えればだらけた空気が消え、ぴりぴりとした緊張が走っているのが見て取れた。 それはリベリスタ達も同様。 彼らが馬鹿であろうが、バックに存在するのは馬鹿ではなく、アーク秘蔵の『カレイド・システム』さえも抜ける術を持った相手。 それが今、アークの司令を狙っているというのだ。ふざけている余裕はない。 「んじゃ、行くか」 気軽な言葉に思いと覚悟を乗せて、音羽が一つ翼を鳴らした。 ●維持と意地 ピイッと指笛が響く。 脱出者の居場所を伝えるそれは、今、門の外からの邪魔者に対して鳴らされた。加藤と北野が振り向きこちらへ駆け出してくる姿が、接近した今はリベリスタにも見える。 駆ける中に見た顔を見つけた石炭が、信じられないという表情をした。 「てめぇら、こないだのガキ共……って事はアークか!?」 「ほほう、その頭でも覚えておったか」 目を細めたレイラインが加速し肉薄するのに、殴られた痛みを思い出したか芥子が僅かに顔をしかめる。撃ち込まれたのは、無数の光弾。小西が放ったそれはリベリスタ達の体へ多くが吸い込まれていったが、その程度で止まるはずもない。 「おいおい、カレイド・システムは利かないはずだろ」 「答える義理はありませんね」 「それより、門番って柄でもないでしょ? 空けて頂戴な」 孝平は簡潔に告げ、己の体を高みへと。翼を広げたエレオノーラが、更に身軽に地を蹴った。 「コールさん、どします?」 印を切った芥子が問う。既に戦闘態勢に入った彼らは、答えが分かっている。 「決まってる――全員ぶっ潰すぞ!」 そもそも自分達には、それしかないのだから。 加藤と北野が距離をつめるのを視界の端に入れながら、俊介が目も眩むような光を放った。 「なあ、オマエらなんか仁義とかで行動してんだろ? そういうの好きだけどな、俺たちにもアークって大切なもんなんだよ」 「そ。アークがなくなると私が困るの」 風に舞うのは糾華の白い髪、そして炎。音羽の放った火炎が三人を包むが、素早く跳んだ芥子と小西には届かず、炎は石炭の腕によって振り払われた。 「止めさせてもらうな」 振りかぶった牙緑の拳が石炭を打つ。が、やはり硬く思ったほどには効いていない。承知の上、強いというのは聞いている。なら何度でも打つまでだ。 「もー、こっちこないでよおバカさん!」 思ったよりも早い二人の接近に、アリステアが魔方陣を展開し、生み出される矢を放った。少しでも合流を遅くしたい。そんな彼女の思いとは裏腹に、北野の足は止まらない。 「てめぇらが何でここにいるかは知らねぇがな……ここで俺らがぶっ潰すんだよ!」 自身の胸に親指を向け、啖呵を切った石炭の覇気が増したのがリベリスタにも伝わる。引く気のない覚悟。駆り立てるのは忠誠心か彼らの意地か。 「全く、容赦ないですよね」 「ええ。私達も本気だもの」 糾華が触れた場所に破裂の気配を感じたか芥子が苦笑すれば、糾華もさらりと返す。直後の爆発は芥子の腕の肉の一部を飛ばし、糾華の肌を焼いた。 ●混戦乱戦集中戦 「この間の一撃では足りなかったようじゃの、今一度馬鹿になるが良い!」 「いやそれマジで痛いんですって」 振り被られたレイラインの鈍器。形状は割と凶悪である。辛うじてかわせたそれに芥子が安堵の息を吐く。 「何でそんな俺が好きなんですかねえ皆さん」 「別に好きって訳じゃねーよ。むしろ邪魔だね」 鼻で笑った音羽の言う通り、回復手を狙うのは常道。だが、それはリベリスタに限った事ではない。 とはいえブラック・ダイヤモンドに万華鏡の恩恵はなく、相対する敵の能力など知りえるはずがない。 普通ならば。 だが、彼らはこの中の半数と一度相対しているのだ。 戦闘開始からまだ間もないこの時でも、誰が脅威となりえるか、大体当たりはついている。 「加藤、北野! あの羽のガキぶっ潰せ!」 「え」 「了解っす!」 小西に名指し――名ではないが指定されて、一瞬アリステアの動きが止まった。その隙に、接近していた加藤が近くの木を蹴り柔らかい肌へナイフを滑らせる。決して致命傷となるほど深いものではなかったが、迫り来る影への恐怖をアリステアに植え付けた。 その間にも引き締まった細身が壁を蹴り駆け、孝平が芥子に斬り付ける。 息を整えるアリステアの足を、小西の銃弾が穿った。 「あなた達のお相手はこっちよ?」 「ぐっ……!」 見事に罠を踏み抜き、回る毒と動かぬ体に悶える加藤にエレオノーラは笑う。 「さっさと倒してやるよ」 「いい度胸じゃねぇか!」 時間稼ぎの意味も込めて牙緑が軽く指で挑発すれば、凶悪に笑った石炭が己の拳を振り被った。事前から要注意だと理解していたが、いざ目前にすると早く鋭い。抉られた牙緑の胸から、血が流れる。 埋まる傷は彼のものではなく、符を自身に貼った芥子のもの。 「負けねぇよ、俺らには優秀な仲間がいるんだからな!」 対して俊介は澄んだ詠唱を響かせた。完璧にとは行かないが、仲間の傷を埋めた。再び傷を作るべく、音羽の四色の光が芥子へと向かう。 「そこっ……!」 悲鳴に似た声を上げてアリステアが矢を放った。守り手である自分が冷静さを失ってはいけない。理性はそう囁くのだが、視界の端を過ぎった影に対する恐怖が勝った。そして矢の向かった対象が本来癒すべき相手である事に息を呑む。 「大丈夫よ。落ち着いて」 矢の刺さった肩を押さえながら、言葉通り穏やかな声音でエレオノーラは宥める。腕は少々挙げにくいが、アリステアが平静を取り戻せばすぐに治ると信じているからこそ、その言葉に偽りはない。 が、直後に少女の体が血に塗れるのを見て彼の顔が厳しくなる。レイラインもエレオノーラも無視し、北野が蹴りから繰り出す刃を打ち込んだのだ。糾華が小西に放った気糸は避けられた。 少しずつ、時計の針が進む。 ●削って削って 互いに守るべきものの為、一歩も引かない攻防が続く。 最初に倒れたのは、真正面から石炭の攻撃を受け続けた牙緑。避けたはずだった拳は、気付いたら自分の腹へと吸い込まれていた。狙われ続け平静をなかなか取り戻せず焦るアリステアに、俊介の風が癒しを齎す。 石炭の一撃は重かった。ある程度ダメージを分散させなければ、歌では追い付かない程に傷が深くなる。しかし、回復手の為に防戦に回りつつあるリベリスタには石炭に割く余裕がない。 せめて増援が来るまでは持ち堪えねばならない、と、己の得物で棘を流した孝平は倒れた牙緑に代わり石炭と相対した。 傷を負うアリステアの前に立ちはだかったエレオノーラの身を北野が切り裂く。前に倒れかけた小さい姿は、だが一歩踏み出した足によって崩れる事を免れた。 「死を覚悟して貫く忠義、ね。素敵、好みだわ。でも、エレーナも似たようなものよ」 運命を燃やす事は一歩死に近づくこと。それを知って尚、止めなくてはならない。涙目のアリステアが、冷静を取り戻した瞳で敵と味方を見据え、癒しを呼ぶ。 「そう簡単に屈する訳にはいかんのじゃ!」 「えげつねー真似するヤツらには特にな」 幾度目か分からない、レイラインの殴打。音羽の魔弾が後を追った。 緩く目を細めた芥子は、それでも笑う。 「熱血ですね。――その血ごと凍っちまえよ、クソが」 両手を振った芥子が導いたのは、身を打つ激しい雨。最早回復は追い付かないと覚悟し、一矢報いるとばかりに繰り出されたそれは多くのリベリスタの動きを鈍らせ、季節に見合わない寒気を与える。一気に体を覆った寒気に折れそうになった体を、孝平は気力で立ち上げた。 アリステアは苛む寒さを打ち払うべく優しい光で周囲を満たす。冷気に軋みをあげていた肺が楽になるのを感じて、糾華が白い息を吐いた。 「ロシアの冬に比べたらまだ温いわ」 極寒の故郷を思い気を張るエレオノーラに突き刺さったのは、ナイフ。 「こないだのお返しっす」 満身創痍の腕の先は加藤。レイラインが目を見開き鈍器で横っ面を張り飛ばすと、折り重なるように二人は倒れた。背に炎を纏った北野の一撃が繰り出される。 熱い、痛い、身を焼く苦痛に唇を噛み、振り返って睨みつけた。 「わらわ達は、絶対に負けぬ!」 そこにあるのは、強い意志。 ●倒し倒され切り付けて どれだけの間戦っているのか、どちらにも分からない。 大変に長い時間にも感じられたが、実際にはほんの短い間だったのかも知れない。 しかし、重ねられた傷と疲労は、平等に身を蝕んでいた。 二対の翼は落ちた。輝く金の髪が二つ、愛想のないアスファルトに華やかな色を添えている。呻く男の数は三人。過半数を超えた。 アリステアの混乱によって序盤の回復が俊介に一任されたのは、逆に幸運だったかも知れない。切れた精神力を補うべく前に出た俊介と交互に癒しを唱えた少女の余力は、倒れる直前殆ど残っていなかった。 「くっそ……!」 「――大人しくして下さいよ」 孝平の一閃が石炭の腹を薙いだ。膝をつきかけるが、運命に愛されているのはリベリスタだけではない。既に立つのも不可能なはずの傷が、運命の寵愛によって癒えていく。 「てめぇら潰すまで、終わんねぇんだよ!」 元より体力の多い彼の傷が癒えたとなれば、更なる長期戦は必死。北野もいまだ立っている。数を半減させたリベリスタには、押し切れるか、押し切れないか。微妙なライン。 そこに響いた甲高い音に、石炭らがはっと顔を上げる。 恐らくは、笛の音。 その隙を突いて、駆けた糾華が埋めた爆弾は門を粉々に打ち砕く、刺さった破片を引き抜きながら少女が見た庭からも、戦闘の音は響いていた。だが、ここと同じくひどく小さい。 「……撤退っすよ、コールさん……」 弱弱しい声は地に伏した加藤のもの。仲間とリベリスタへ交互へ視線をやり、拳を固めた石炭へ告げられたもの。 「アホか、こいつら潰してから全員で戻」 「アホはアンタでしょう……コイツらは先発隊なんだからすぐに後続が来ますよ」 腫らした顔を歪めて芥子が吐き捨てる。深追いする気のないリベリスタ達は、黙って成り行きを見守った。増援は確かに来るだろうが、それまでにまた一人、二人倒れないとも限らない。自身の覚悟は決まっていても、余計な被害を出したくないのは皆同じだった。 石炭は迷っている。手下の三人は完璧に打ちのめされている。他のリベリスタも存在し、援軍が来る危険性がある中で連れて逃げる事は不可能だと悟っているのだろう。 撤退の指示と、プライドと仲間。 笛の音はもう聞こえない。 「……石炭さんがいなけりゃ誰が蝮の親父さんに報告すんですか!」 「チッ……!」 怒声のような北野の言葉に、石炭は共に身を翻す。二つの影はすぐに消えた。 残ったのは、意識を失い倒れる男らと、喉に詰まった血に噎せる音。 「……どうなったんだろうな」 「――ね」 牙緑を支え起こしながら疲れたように呟く俊介に、エレオノーラの額に掛かった髪を払いながら糾華が遠い屋敷を見詰める。 そんな中、意識を取り戻した牙緑が軽く呻いた。 「あたた……もっと優しくして下さいよ、霧島さん。変な意味じゃなくて」 「……分かってるっつーのそんなん!」 「あてっ!」 べすっと入った手刀。言う程に強くはない。どうせなら女の子庇いたかったなあ、と笑う牙緑の傷は深いが、今すぐどうにかなるものではない。そしてそれは、倒れている仲間、全て同じ。 不利な状況から自分たちは敵の多くを削り、立っている。喜ばしい事であった。 ――役目を果たした彼らが結果を知るのは、もう少しだけ、後のこと。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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