● それは私の恋の跡 愛の炎で身を焦がし 一つ残った白い骨 噂話が一つある。どこにでもある噂である。 ある池の傍に落ちている砂利の中から、真っ白な石を拾ったら、それはお守りになると言う。 何の守りか。恋である。 池には一つ物語がある。やはり、どこにでもある物語である。 昔々、身分違いの恋をした男女が、叶わぬ恋を嘆き、手に手を取って身を投げた、その池が此処だという。 池の畔にある石は沈む恋人達の想いを宿し、自分達の代わりに不変の愛を遂げてくれとばかりに、拾い主の恋を守る……らしい。 真偽の程は知れない。ただ、噂は緩やかに流れひっそりと広がった。広がった噂は恋に悩める人々とその想いを引き寄せた。引き寄せた想いは重なり、重なり、やがて奇跡を起こす。 池の畔に石がある。真っ白な、どこにでもある石である。 けれども石に宿った神秘の力だけは、どこにでもあるものではなかった。 変わらぬ愛を誓いなさい。あなたの愛を守ってあげる。 終わらぬ恋を望みなさい。あなたの恋を支えてあげる。 途切れぬ縁を結びなさい。あなたの縁を縛ってあげる。 分たれた私の代わりに、どうかあなたは、あなた達は。 あなた達を引き離す全てのものは、私が壊してあげる。 例えそれが、あなた達自身であったとしても。 ● 「やめろ……な、落ち着けって……なぁ!」 どうして、何がどうしてこうなったのだろう。 男はすっかり血の気の引いた顔で、回らない頭で必死に考えた。 目の前には彼女がいる。いや、彼女だった女がいる。手に包丁を携えて、鋭い切っ先をこちらへ向けた女が。 「わかった、わかったよ、考え直すよ! 別れるって話、考え直す! だからっ!」 元々感情の上下が激しい所はあったが、こんな、別れ話を切り出した途端に刃物を持ち出すような激しさは、無かった、と思う。 大体、先に浮気をしたのは彼女の方だったはずだ。きっとこちらから別れ話を切り出せばあっさり乗ってくるだろうと思っていた。 なのに、これは、これは。 「なぁ、止め」 男が最後の声を言い終える前に、女が体ごとぶつかってくる。 ドン、と軽い衝撃。腹に、燃えるような、熱と痛み。 「………あ、」 わけがわからないという顔をしたまま、男がその場に崩れ落ちる。 感情の篭らない目で倒れた男を見下ろしてから、女は無言のまま、自らの首に刃を滑らせた。 それは私の恋の骨。 あなたの恋を守るもの。 恋の仇を壊すもの。 ● 恋のお守りというと可愛らしいが、これは随分と物騒な機能を備えたものである。 フォーチュナの視た未来の話を説明されて、リベリスタ達は眉をひそめた。 「恋愛成就の噂のある池の小石、それが偶然か、あるいは色んな人の恋の願いの積もった結果かは知らないけどエリューション化したの」 資料にあるそれは、どう見てもその辺に落ちているただの石ころだった。 真っ白な表面はつるりとしていて、子どもなどは喜びそうな気もしないでもないが、それでも特別美しいという事もない。 「識別名『恋骨』能力は恋愛成就……だったら良かったんだけど」 ある意味では、恋愛成就、なのだろうか。 石ころは持ち主の女性とその恋人との仲を取り持つ力を、多少は持っていたようだった。 それは例えば、喧嘩をした時になんとなく謝れる雰囲気にするだとか、二人きりの時に特別良い空気を作るだとか、そういった非常にささやかな力だったらしいのだが。 「二人が上手くいっている間は、客観的に見てそれ程害は無い。ただ、上手くいかなくなった時に大問題」 石は、二人の愛を邪魔するものを許さない。例えそれが、恋人達当人であったとしても。 要するに当人達の心変わりすらも、恋の守り石は許可しないというのだ。 それまで大人しくささやかに恋を守っていたものが一変、御し易い方の精神を支配し、邪魔者を片付ける。 邪魔者――つまり今回の場合は、心変わりしてしまった恋人達そのものを。 「今日の夜、石を拾った女性が精神を乗っ取られて、恋人……恋人だった男性を刺し殺し、自分もその場で自殺するわ」 E・ゴーレムを壊して彼女を止めてほしい、とイヴは言った。 E・ゴーレムとしては、恋の邪魔をする者は生かしておけない。そういう事なのだろうか。本末転倒も良い所だ。 「恋骨には一応の意思はあるけど、ひたすら持ち主の恋愛成就だけを考えているようだから、会話は出来ても説得は難しいと思う」 そこまで説明をして、あ、と、さも今思い出したとばかりにイヴが付け加えた。 「恋石の守護対象は、あくまでも恋人一組。自分が守る一組以外は、全部邪魔者みたい。むしろ、自分が守ってやったのに別れそうな二人に苛々してるから、恋人同士とか、そうでなくても仲の良い相手と一緒に居ると、八つ当たりが強いかも?」 気をつけてね、と注意を促すフォーチュナの言葉に、リベリスタ達は溜息を吐く。 全くとんだ物騒な恋のお守りもあったものである。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:十色 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年03月08日(金)23:51 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● ――ねぇ、わたしたち、ずっといっしょにいましょうね。 暗がりを背に負ってゆらりと立つさおりを、まさきは知らないモノを見る眼差しで見上げるしかなかった。女の昏い瞳も、切っ先をこちらに向けた包丁の鋭さも、全てがテレビの中の出来事のように現実味が無い。ただまさきの体だけは確実に生命の危機を感じ取り、正しく怖気づき足が竦んでいた。 言葉も無いままさおりの足が、刃の先が近づいてくる。ひ、とまさきの引きつった悲鳴が短く部屋に響いて消える、直前。 「!!」 薄暗かった部屋に、突然強烈な光が爆ぜた。さおりの動きが止まり、続いて、まさきの耳に複数人の足音が聞こえる。さおりを囲み、自分を背に守るように立つ人影も、まさきはやはりどこか現実味の薄い感覚で茫然と眺めるしかなかった。 「……――ぁ、あ?」 「大丈夫?」 ようやく疑問符の欠片を零しかけた口は、こちらを見つめる水色の瞳に遮られる。反射的に視線を返し、返事をしようとして――まさきの自意識は、そこで途切れた。 「部屋の外まで送るから、隣の空き部屋でおとなしくじっとしていて欲しいの。彼女は助けるから」 『夜明けの光裂く』アルシェイラ・クヴォイトゥル(BNE004365)は魔眼に魅せられた一般人がこくんと頷くのを確かめて、改めてもう一人の一般人・佐江木さおりの方へ視線を向けた。 胡乱な眼差しで包丁を握り締めるさおりは既にリベリスタ達に包囲されている。 『パニッシュメント』神城・涼(BNE001343)や『骸』黄桜 魅零(BNE003845)がさおりの極近くで彼女の挙動を注視し、手にした包丁を牽制していた。『孤独嬢』プレインフェザー・オッフェンバッハ・ベルジュラック(BNE003341)はそのやや後ろについて、まさきを外へ出すタイミングを窺うアルシェイラへ視線を流し頷きを見せる。 「なんともみっともない輩じゃないか。思い通りにいかなければ八つ当たりか」 冴えた眼差しで冷めた言葉を零す『閃刃斬魔』蜂須賀 朔(BNE004313)の薄刃が明確にさおりの腰元で揺れる白い石を捉えているのを確認して、アルシェイラはまさきを手早く部屋の外へと送り出す。動きかけたさおりの足は、するりと身を壁にした涼によってたたらを踏んで終わった。バタン、と扉の閉じる音が響いた。これで、神秘と日常は切り離される。 「はーい、これで厄介者の対処はおしまい、っと」 高らかに告げた『奔放さてぃすふぁくしょん』千賀 サイケデリ子(BNE004150)の手には既に彼女の得物である杖があった。 目標物であったまさきを奪われ、しかし動けずにいたさおりの濁った視線がリベリスタ達に向く。 「誰かしら? 何かしら? どうして邪魔を、するのかしら?」 響いたのは柔和ですらある女性の声。表情を落としたままのさおりの唇は動かない。代わりにポケットから垂れた白い石がゆらゆらと揺れた。 「邪魔をするものは要らないものね?」 声が――恋骨が言うと同時に、包丁を握るさおりの手に力が篭るのが分かる。リベリスタ達も各々の武器を手に取った。 ● 『鏡文字』日逆・エクリ(BNE003769)の握ったものは、自身の武器ではなかった。いや、勿論愛用のナイフは手にしているのだけれど、動き出したさおりと恋骨に呼応するように、一際強く握ったのは『男一匹』貴志 正太郎(BNE004285)の手である。 恋人同士を目の敵にしやすいとう事前情報から、正太郎と恋人のように振舞う役を気負いも無く引き受けた風だったエクリだけれど、実際、手一杯だ。色々と。 「……恋人同士って何したらいいの?」 そんな風に、心なしか頬を染めながら、正太郎にひっそりと尋ねていたのはエクリと正太郎だけの秘密である。 聞かれた正太郎は正太郎で、 「恋人同士の演技? んな器用な真似がオレに出来っかよ。マジで好きになっちまえば、いいだけだ! オレは、オマエに惚れたぜ、エクリ!」 と何の照らいも無く言い切ってしまう人間だったから、エクリの頬の赤さは消えなかった。 戦闘中も離さない、この戦闘中だからこそ離せない二人の繋がれた手に、さおりの、恋骨の視線が、止まる。 「な、何見てるのよっ。こんな刃傷沙汰起こしてる貴女達が悪いのよ!やめなさいよ!」 敵の意識がこちらに向いたのを感じてエクリが言えば、強く握られた手に応えるように正太郎がエクリの肩を抱き寄せた。 「石コロ風情が、人の恋路に難癖付けてんじゃねえ。てめぇなんざ無くても、オレたちは最高の恋人同士だぜ!」 正太郎が言い切ったのと、恋骨が無言のまま周囲に圧を放ったのとはほとんど同時だった。身を切る衝撃波がリベリスタ達の体を裂く。 続けて相変わらずふらりとした足取りながらもさおりがエクリと正太郎を見つめたまま歩を進め、包丁を振り上げるのを、涼の澄んだ刃が受け止めた。 「おっと、行かせないぜ。まあ、リア充は爆発して欲しいけどな。むりやりリア充にするのはイカンでしょ」 というわけで邪魔させてもらう、と唇に笑みを浮かべる涼の白い頬には恋骨の放った衝撃波によって赤が滲んでいたけれど、彼の刃はさおりの包丁を受け止める以外の役目をまだ果たさない。 操られているとはいえ、さおりは一般人である。リベリスタである涼達の力をまともに食らえば致命傷になりかねない。まずは彼女と恋骨を切り離さなくては。 涼に押し戻されたさおりが後退り、恋骨が不満気な気配を漂わせて揺れる。不安定に揺らぐ白い石を、間髪入れずに細く強固な糸が撃った。 「ホント余計なお世話な事この上ねえなあ……」 後方から糸を放ったプレインフェザーはさおりではなく恋骨に狙いを定めながら目を細める。 「その時は好きでも一緒になれない事もあるって、自分が一番分かってんじゃねえの?」 「そうよ、貴女の中に少しでも慈悲というものがあるなら今すぐ馬鹿な事止めなさいよ」 語尾と同時にさおりのポケット、恋骨の付いた携帯電話へ素早く伸ばした魅零の手は、しかし寸での所で身を引いたさおりによって、爪を掠めるに留まった。 「邪魔をするのね? そうなのね? 慈悲? あるわ? だからこうして、ねぇ、ふたりは一緒にいたいでしょう?」 魅零の指先を掠めて逃れた恋骨から緩やかな、けれども底に苛立ちを潜めた声が響く。半ば以上会話の形を成さない女の声には確かに狂気の色があった。 「ははっ、歪んでる歪んでる。とんだ恋もあったもんですねぃ。石コロ如きが人様の恋をどうこうしようとするんじゃねーですよッ!!」 サイケデリ子がさおりの様子を伺いつつも声を尖らせ、手前で刀を構えた朔も金の目に軽蔑を浮かべて真白い石を見る。 「戦う事を選ばずに死を選んだ負け犬が応援など烏滸がましい。増して思い通りに行かねば自身の力不足を恥じることすら無く、他者を呪う」 成る程、そのような根性では幸せになどなろうはずもない。 「戦わぬ者に明日など来ない」 朔の、強い視線に似つかわしい強く鋭い言葉が恋骨へと突き刺さる。 ピリリと恋骨の放つ威圧感が一層増したのは、骨は骨なりに何事か言いたい事があったのかもしれないし、単に癇癪だったのかもしれない。それが声へと変わる前に、正太郎にぴたりと寄り添ったミクリが恋骨とさおりに向けて挑発的に舌を出して見せた。 「どんな純粋な想いも、固執すればただの執着よ。その激しさに見合うだけの思い出を持ってるの?」 瞬間、空気が弾けた。先のものよりも数段強く感じる衝撃が、エクリを中心に定めて放たれる。 が、見えない刃は彼女に届く前に、正太郎の体でもって遮られた。 「エクリには指一本触らせねえ。オレの身体が砕け散ろうと守ってみせる。絶対にだ」 確かな熱意――いや、燃える愛を灯す正太郎の瞳に映る恋骨は、別の燃え上がる感情によって声を震わせる。 「あぁ……あぁ……また駄目なのかしら? また終わってしまうのかしら? また……いいえ……いいえ、今度こど、こんどこそは、おわらないわ……!」 シャラリと音を立てて、さおりのポケットから伸びた鎖が揺れ、恋骨が浮き上がる。その隙を、朔は見過ごさなかった。 「ここで貴様の下らぬ妄執を断ち切ろう」 散る光を纏った朔の切っ先が恋骨の連なる鎖を捉え、穿つ。プレインフェザーの気糸で脆くなっていた鎖は音も立てずに千切れ飛んだ。 ● 恋骨とさおりが切り離されたのを視認して、アルシェイラの手から放たれた光球が即座に恋骨を叩く。 「変わらぬものも、終わらぬものも、途切れぬものも、何処にもない」 故郷である世界を出て間も無いアルシェイラには、未だレンアイという概念は理解出来ないけれど、恋骨のそれが「ちがう」という事だけは解った。 未だ理解は出来ない。全でない一、特別な誰か。もしも理解出来たとしたら、自分の何かが変わってしまいそうで恐ろしくもあるもの。 けれどもそれはきっと、こんな歪んだ代物ではないはずだ。 「あなたは多分、不完全なものが許せないだけなんだ」 アルシェリアの攻撃に恋骨は空中に浮かんだまま動きを止めたが、虚ろな眼差しのさおりは構わず包丁を振り回そうと人形めいた動きで細腕を持ち上げる。穴のあいたような視線の先に居るのは硬く手を握り合った正太郎とエクリだ。 しかし、薄っぺらい刃物は恋人達に届く前に止められた。 「無粋な事はしちゃ駄目よ。貴方達には後でゆっくり話し合えるようにしてあげるから」 恋骨とさおりの間に滑り込んだ魅零の、文字通り手によって。さおりの振りかざした包丁の、刃の部分を握り締めた掌から鮮血が伝い落ちても、魅零の力は緩まない。武器を取り戻そうというつもりなのか、さおりが腕に力を入れて抵抗を見せるが、操られているだけの一般人がリベリスタに対抗できるはずもない。包丁が床に叩き落とされるまで、そう時間は掛からなかった。 得物を失って後退るさおりと、彼女に再び寄り添おうとする恋骨の接近を正太郎の弾丸が防ぐ。 「死が二人を別つまで、ってか。てめぇが一人で砕け散れ!」 防ぐ間も与えない銃弾が恋骨の体に正確無比に打ち込まれ、白い表面に入る罅。態勢を整える暇を与えず、白い石の周囲に複数の真っ黒なダイスを放ったのは涼。 「……ま、綺麗な花火、とはいかないけれども、他人の恋路に口を挟むんだ。馬に蹴られてではないが……爆破されても仕方ないだろう?」 涼しげな声と裏腹の強烈な爆発に呑まれて、一瞬恋骨の白い姿がかき消される。 罅割れ、欠片を落としながらも恋の守りはゆらゆらと動こうとしていたが、プレインフェザーの気糸が石をその場に縫い付けて逃がさない。 「まったく、骨は骨らしく、生きてる人間に口出ししねえで黙ってろ」 あたしだって好きな人はいるけど、お前の力なんざ頼まれたって借りたくねえ。 明らかな挑発の色を持って投げられたプレインフェザーの言葉と視線に、揺れる恋骨から揺れる声が漏れた。 「いいえ、いいえ、いいえ? そんなわけには、いかないわ!」 激昂を隠そうともしない女の声と同時に襲い来る衝撃波を転がって避けながら、サイケデリ子が短く毒づく。 「ああもう、ウザったいッ!!」 毒を吐きながらも起き上がり態勢を整えれば、仲間の傷を癒す事は忘れない。武器を失くし立ち尽くしていたさおりの身体にも、攻撃の余波が掠りでもしたのか幾らか傷があるのに気が付いて、紡ぐ詠唱をさおりにも寄せた。 「おっと、気をつけて下さい! 攻撃が当たってますよぅ!!」 「どうして邪魔をするのかしら? だって、みんなが言ったのよ? ずっと一緒にいたいって。恋を叶えてほしいって。永遠に傍にいたいって!」 サイケデリ子の声を掻き消す如くに響いた、声高な恋骨の台詞には、あるいは幸福な結末を迎えなかった誰かの恋があるのかもしれない。 それにしても、恋骨の行動は度し難いのだけれど、と恋骨の攻撃からさおりを庇うような姿勢で、朔は秀麗な眉を僅かに動かした。 「人の心は移ろいやすいものだ。永遠に愛し合う事が出来ればそれは素晴らしいだろう。だが、無理やり繋ぎ止めたこことはいつか破綻を招く」 故にこそ、愛し合う二人には価値がある。 「そうかしら? そうなのかしら? いいえ、違うわ? だって、永遠は、あるもの。あるわ。わたしが、つくってみせるわ!!」 ヒステリックな叫び声に、魅零は恋の骨の無念をふと思う。勿論それは免罪符になどなりえないのだけれど。 「貴女の無念には同情する。でも、他人の恋愛に土足で踏み込んで良い事は無いわ」 加えて、このE・ゴーレムのしている事は、恋の成就などとは程遠い。どうか、気付いて欲しかった。 「赤い糸で結ばれた恋人同士は、なんの力も頼らずとも成就するはずだもの……」 ぐらり、と魅零の言葉に恋骨が揺らいだのは、動揺だったのか単なる損傷故だったのか。真白い破片を落としながら、恋骨が割れそうな体を震わせる。 「駄目よ? 一緒に、いたいでしょう? 叶えてあげる。叶えてくれる? わたしの、あなたの、だいじな、こい」 罅の入った骨に相応しい、錆びたような歪な声で、歪な言葉だった。 もうこれ以上はどうしようもなく、『彼女』の恋は歪むばかりだ。 魅零は言葉を止めて、代わりに剣を強く握る。掌が、裂けた傷の痛みが、呪いとなって恋骨を捕まえた。 「お疲れ様、恋の骨」 魅零の声に紛れるように、パキン、と小さく華奢な音を立てて、誰かの恋の骨が砕けて散る。 後には、あれほど歪で苛烈な恋の残骸というにはあまりにもささやかで微かな、燃え残った灰のような白い粉が少しだけキラキラと光を反射して輝く。 「お疲れ様。貴女がくれる勇気を誰かが求める時の為に、今は眠りましょう」 エクリの呟く声が終わる頃には、やがてそれも見えなくなった。 恋骨の消えた後、さおりは糸の切れた人形の如くカクンとその場に膝から崩れ落ちて気を失った。 彼女の身体に派手な傷など無い事を確認してから、隣室のまさきを呼び戻せば後は単純。プレインフェザーの記憶操作によって、この夜の神秘は何でもない恋人達の痴話喧嘩へと変わる。 手早く事後処理を終えて部屋の扉を閉めたリベリスタ達の背中に、気を失ったさおりに必死に呼び掛けるまさきの声が薄く届いた。 案外と、派手すぎる痴話喧嘩はあの二人にとって功を奏した……のかもしれない。厄介な恋の骨の処理など、二度とはごめんだが。 (私の恋も叶う時が来るといいな……) 恋人を呼び続けるまさきの声を背中に聞きながら、魅零が思い浮かべた人物の名は、恋をする彼女にしかわからない。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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