●ズツウガイタイ ……ココロとアタマ。精神はどちらに宿るのか。 「あれ?」 携帯電話から顔を上げて、何となくの視線の先。 「あんな所に廃墟ってあったっけ?」 記憶が正しければ、確かそこは不法投棄の転がる空き地だったような。確認の為に声をかけた友人は「しらねっすよ!」と笑う。 そうかなぁ。再確認。それは何処から見ても『廃墟』だった。灰色の見た目をして、文字の取れた看板を掲げて、窓は幾つもあるけれど、真っ黒くって中は見えない。 「たっちゃん、肝試ししよう! 絶対いいってー!」 「えぇ~、よっちゃんだけ行けばいいじゃ~ん」 「いいからいいから!」 仕方ないなぁなんて言うも内心はわくわくしていたり。 ――それが『愚かな』選択だとは小指の欠片も知らないで。 「あ、あれ?」 一歩、扉を開けて踏み入れて、すぐさま青年達は違和感に顔を顰めた。 何故か? 分からない。だが異変。雰囲気と、空気。 暖房も無いのに温かい。電気も無いのに薄明るい。何も居ないのに生き物の気配。 「っべーよ! これマジっべーよ! おいよっちゃん――よっちゃん?」 振り返ったそこに友人の姿はなく。窓の外は果てしなく真っ暗で底恐ろしく、思わず後退って触れた壁は――肉の様に柔らかく、脈打っていた。 まるで、自分達が何か生き物の体内に居るかのように。 「よっちゃん? これって……テーマパー っはぎゃなぁああああ」 断末魔を選べないのは人間の悲しき定めか。 彼は、『この世界の者ではない異形』の体内に迷い込んでしまった『養分』は、養分らしく喰らわれる。奇麗さっぱり消化される。異形の為に吸収される。 ただ虚しい悲鳴までも。 ●アナタニアイタイ 「知らないものを知りたい、探検したい、というのは人間のフロンティアソウルな本能なのかもしれませんが……」 いつもの事務椅子をくるんと回し。『歪曲芸師』名古屋・T・メルクリィ(nBNE000209)は集った一同を見渡すと同時に浅く息を吐いた。 「一方で、こんな言葉がありますね。『好奇心は猫をも殺す』」 というわけでして。 「世恋様と私で共通の予知を致しました。廃墟のアザーバイド――廃墟『に』ではなく、廃墟『の』ですぞ」 言下、彼の背後モニターに映し出されたのは正しく廃墟であった。ありきたりな、『廃墟』と言われれば思い浮かべる様な、それ。 だがそれは紛れも無く生き物なのであり、フェイトを得ていないアザーバイドであり――討伐対象。 「皆々様に課せられたオーダーはこの『廃墟さん』の討伐でございます。 これは生物でして、体内に侵入したモノを捕食・消化・吸収する性質を持っとります。エリューションである皆々様は早々に消化される事は御座いませんが……体内に居る以上、常に危険が付きまとうでしょうな」 事実、先の予見映像通り『いきなり現れた廃墟』に興味を持って面白半分に立ち入った者が『犠牲者』と成り果てている。 このままでは被害が増える一方だ――して、如何様に倒せばいいのか。まさかこの巨大な廃墟を只管殴れとでも言うのだろうか。 「まさか、まさか」 メルクリィが機械の掌を振った。 「外壁や内部を攻撃してもたちどころに再生してしまいます。『弱点』以外は状態異常にもかかりませんので、ご注意を」 弱点? 「えぇ。生き物である以上、これには『弱点』がございます。即ち――心臓と、脳味噌。 これを両方破壊する事。それが、このアザーバイドを倒す方法なのですぞ。 心臓側は世恋様が、脳味噌側は私が担当致します。双方は対極に位置する為に互いに支援し合う事は出来ませんぞ……応援と成功祈願は出来ますがね!」 命は精神はどちらに宿るのか。対の定義。脳と心臓。片方だけでは駄目なのだ。片方が壊れたとしてもこの廃墟は生き続け、食い続ける。 「これに一度入ってしまえば窓は開きません。脱出方法は二つ――脳を破壊する事で現れる穴から外へ出る事、脱出用アーティファクトを使用する事」 いざという時にお使い下さい、とメルクリィが皆に手渡したのは淡い蒼い石のブレスレットだった。 「潜入口はABの二つ。皆々様はBの――Aとは逆方向のそこから侵入して頂きます。 皆々様のゴール地点は脳。道中は『抗体さん』という異物排除用のアザーバイドが多数出現する上に危険な消化液が分泌されております。靴や服を身に付けていてもその効果は及ぼされますので、お気を付け下さいね」 それから、と付け加える。 「脳の付近には通常の抗体さんより強力な抗体さんが存在しております。よっちゃん――とかいうのですが、それはそうと御油断なく。 私はリベリスタの皆々様をいつも応援しとりますぞ! どうか御武運を」 と、機械男は皆を鼓舞する笑顔で締め括った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ガンマ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年03月03日(日)23:17 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●NO アタマのナカのダイジなモノ。 ●夜だった 紛れもなく夜だった。 そんな空間にぬっくと聳えているのは灰色の廃墟。素知らぬ顔。私は廃墟だ。それ以上でもそれ以下でもない。そっぽを向いている。 だがそれは紛れも無く生き物であり、神秘的存在である事を――廃墟の入り口前に立つリベリスタ達は知っていた。 「心の在り処だなんて定義出来る人が本当にいるのかしら? 結局どう定義したところで『我思う故に我あり』であり、どの箇所に心がだとかそんな事自体が不毛なのではないでしょうか」 それでも心の在り処を求めてしまうのが人間ですが、と『ライトニング・フェミニーヌ』大御堂 彩花(BNE000609)は言う。それは知的生命体であるが故の愚かさか。『人間は長い歴史の中でこんな当たり前のことしか思い付かない愚かな生き物だ』と何処ぞの小説の猫も言っていた。心か脳か。しかし、結局はそんな有様なのだろう。 ただ廃墟は理論など語らず、そこにいるだけ。 それを見上げる者の一人、『宵歌い』ロマネ・エレギナ(BNE002717)にとって廃墟とは馴染み深い場所である。廃墟とは死んだ存在。そして彼女は葬儀屋、死を取り扱う者。 なのだが、白い唇が零したのは僅かな溜息だった。 「廃墟が生きているなど、この世界ではナンセンスです」 墓掘りといえど、流石に土地や建物を弔うのは自分の仕事ではない。仮にそうだとしても――入る墓が無いのならいつでも作って差し上げるのが彼女のモットーだけれども――これだけ大きな『死体』だ、墓穴を掘るだけで先にこっちの一生が潰えてしまう。 の、一方で元気にはしゃぐ者も居る。 「すごーい! 生きてるダンジョンにセーブポイント帰還アイテムとか超RPG☆」 「なんか昔のACTゲーかSTGで見たことある気がするー」 また誰かがぱっくんちょされないように超頑張る、と両手で拳を作る『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)に、『ハルバードマスター』小崎・岬(BNE002119)は相棒の邪斧アンタレスをくるんと回して廃墟を眺めていた。 フォーチュナ曰く、真っ直ぐ行けば良いとの事。迷わないのは良い事だ。真っ直ぐさんは万能だと言った兄の言葉を岬は思い出す。ならばやる事は簡単だ。 「この上なく分かり易く真っ直ぐ行ってぶっ飛ばすぜー、アンタレス! 先頭はボクな!!」 「さぁさぁ、廃墟探索……胸が躍るわね! よくゲームとかであるじゃない、お宝探したりとか」 彼等のノリに便乗して、ライフルを担ぐ『雇われ遊撃少女』宮代・久嶺(BNE002940)は口角を吊り上げる……が。 「でもバケモノの腹の中に行くのよね……ワクワク感半減だわ……お宝も望めそうにないし……。 だからガンガン進んで、さくっとここの主を倒すとするわよ!」 意気込み振り返る。おぉーっと手を上げる終と岬。しかし一方で如月・真人(BNE003358)は蒼い顔で震えていた。 「如何にも何かありそうな廃墟だけでも怖いですー! それがホラー展開得意なアザーバイトなら更に怖いですよー!」 うえぇと思わず傍にいた『ザミエルの弾丸』坂本 瀬恋(BNE002749)にしがみ付く。廃墟を見上げたまま動じない瀬恋。 「B級映画のホラーハウスみてぇだな。これで中に出てくるのが食われた人間のゾンビとかならそのものって感じなんだけどね」 「うわああああ言わないでぇええ~~怖いですけど行かなきゃいけないんですよねコレ!?」 「あ? そらそうだろ」 何を今更といった物言い。特に真人は回復手だ、居ないのは困る。 さて瀬恋は廃墟の入り口に視線をやった。堅く閉ざされた扉。鍵はかかっていない。まるで誘う様に。 「Go ahead, make my day――ってな」 やれよ、楽しませてくれ。そう呟いて、扉に掌を。押す。開く。軋む音と一緒に。ホラーじゃねえけど。そんな言葉を少し後に付け加えた。 ●扉の向こうは 廃墟だった。だがきっと腹の中の胎児が見るかの様な、肉越しの光、そんな不気味な薄明るさが廃墟の体内には満ちていた。 体温と同じくらいの温度。生温い。廊下の彼方は真っ暗くて、窓の外も真っ暗い。 「成程、廃墟とは名ばかりのようで」 ランプで周囲を照らしながらロマネが呟く。明らかに異様。明らかに異形。過去に巨人の体内に侵入するという任務に当たった事もある彼女だが、正しく同じなのだろう。 円陣型の隊列を組んで灰色の廊下を歩きながらもリベリスタ達はしっかと感ずる。肌で勘で雰囲気で。 ――生物の気配。 「アザーバイドでこういうのは初めてだ」 やれやれと常時ダウナー。『燻る灰』御津代 鉅(BNE001657)には死者を憐れむ気持ちなど無い。ただ敵の腹の中に居るのが胸糞悪いので任務をやるだけ。それだけ。以上。 そんな彼にポタリと垂れたのは、ジュッと肉を焼いたのは、異物を察知した廃墟が分泌した消化液だ。侵者を迎える様に。 「まるで食虫植物みたいだね……」 それは悪意ではなく生きる為の行動か、と『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)は脈打つ壁に囲まれた廃墟を見渡した。きっと反射運動。生理的反応。自分だってものを食べれば胃が活動する。そこに悪意や善意が無かろうと。 「だとしてもほってはおけない。可哀想だけど……」 ここで倒す。小さな掌で握り構える大鎌の名はLa regina infernale――地獄の女王。蝙蝠羽の刃が鋭く煌めいた。 ざわざわざわ。 視線の先でじわりじわり、やってくるのは何体もの抗体達だ。前方から後方から。殺して溶かして養分にする為。彼らの仕事は年中無休。 「何て規模のアザーバイドだ、体内の抵抗でこれとは恐れ入る」 ただそこで生きて居るだけで。無作為の脅威。眉根を寄せる『墓掘』ランディ・益母(BNE001403)は油断なく周囲を確認しながら『準備は良いか』と仲間達へアイコンタクトを送った。肯定の返事に視線を戻す。迫り来る抗体達。 「……油断せず仕留めるぜ」 踏み込んだ。コンクリートの様で肉の感触な地面を。 男が振り上げる斧の名はグレイヴディガー・カミレ。潜りぬけた死線の数だけ刻まれた傷から冷たい呻きを漏らしつつ、巻き起こすのは鬼が如く暴力の旋風。触腕を伸ばした抗体に喰らい付き、引き裂き、圧倒する。 その攻撃に動きを制限された抗体のど真ん中をブチ抜いたのは久嶺が構えた施条銃から放たれたヘッドショットキルだ。 「って何処が頭なのかしらコイツら……まぁいっか」 頭の無い敵に使う時は稀に良く思う事。答えの無い疑問はさて置き、スコープを覗き込んでランディの斧に合わせて引き金を引く。銃声。暴風の間隙を的確に飛び往く不可視の弾丸。しかし大男と小娘が共闘している光景は中々に違和感というか何と言うか。 後方に居る彼等の一方で、前方。 「アンタレスを右に! やみのまー」 つまり闇に飲まれよと岬がアンタレスを振るえば、邪斧と同じ色をした禍々しい闇が抗体達へと飛んだ。これはタイムアタック。長居するだけこちらは疲弊する。 「左スクロールって見たことないなー」 「きゃー団体様の熱烈な歓迎だ~☆」 暗黒に吶喊の勢いを削られた抗体達の懐に潜り込んだのは終、刹那に煌めいたナイフが切り裂いたのは『刹那』である。それは時をも凍て付かせ、斬り払い、終わらせる。だがまだ終わらない。もう一度踏み込んだ彼は近くの抗体へ更に音速の連撃を叩き込んだ。 わらわらわら。されど数に任せて抗体達が溢れ出る。 「なら……纏めて薙ぎ払うよ……」 アンジェリカが掌から生み出すのは赤い紅い赫い光。少女の目と同じ色をした月が満ち、遍く全てに不吉を告げる。 その最中にもアンジェリカは鷹の目の技能で前方を見据えていた。ゴールが見える見えないでは大違いだろう――されど未だ、目的地は遠いらしい。 しかし、嗚呼、思う。何だか自分達が病原菌の様だと。 (そう言えば神父様が『ミクロの決死圏』って映画の話をしてたな……) 遠い過去を脳裏に掠めつつ、抗体の攻撃を大鎌で受け止める。 「全く、数だけは一丁前ですね!」 先陣、ブーツに内蔵されたブースターを吹かせて彩花が躍り出た。真の戦いの為の構えから繰り出すのは、疾風が如く勢いを持った稲妻の武舞。煌めく蒼雷に愛用のガントレット雷牙が煌めき、鋼鉄令嬢が舞う度にその艶やかな黒髪が躍り踊る。力強くも何処か美しさすら思わせる。 迫る抗体を押しのけて、また一歩。進む。留まる必要性は皆無故。 こちらは中衛。ロマネは伸ばされた抗体の触腕をシャベルの刃:四匙スペエドで受け止めた。振り払った。そこに彫られた百合の花と4つの剣が静かに光る。放つ気糸が抗体達を穿ち貫く。 (さて――) 葬儀屋は静かに周囲へ視線を巡らせた。隠したまなこで試みるは解析。どくん。どくん。このコンクリートに見える様な壁の下には血管があった。神経が通っていた。脈打っている。生きている。 今この廃墟は何を考えているのだろうか。 ふと、そんな事を思ったロマネの鼓膜に届いたのは荒々しい銃声だった。 「ったくキリがねぇな」 銃指Terrible Disasterから硝煙を立ち上らせ、瀬恋の愚痴。抗体は数こそ多いものの個体の戦闘能力は高くない。だが、そう、数だ。それに加えてポタリポタリと垂れる消化液がリベリスタ達を苛んでいる。 「ちんたらやってても仕方ねえ、邪魔する奴ぁぶちのめしてとっとと大将をぶちのめすとしようや」 「ですね。先へ参りましょう」 撃ち抜かれた、或いは切り裂かれた抗体の死骸を踏み付け越えて。 そんな仲間達を回復という手段で強力に支えるのは真人だ。彼が位置するのは円陣隊列の中央、仲間に堅固に守られているのだからその恩を返す為にも頑張らねば――とっても怖くて仕方がないけれど。 (僕だって……やる時はやるんだーっ……!) 震える膝に言い聞かせて、でもやっぱり怖いなんて堂々巡りをしながらも、機械の腕に組み込まれた機構、展開式高出力魔術機構・改から神秘の力を溢れさせる。繰り出す魔術の名は聖神の息吹、吹き抜ける奇跡が仲間の傷を優しく癒して治してゆく。 リベリスタが組んだ陣は崩れない。迅速に、強力に、敵を薙ぎ払いながら進軍してゆく。 皆が其々の死角を補い合う様に警戒している為に不意打ちされる事はない。挟撃にもそつなく対応し、巧みな連携で動くリベリスタの脚は止まらない。 だがそれを、異物を、排除しようと抗体達は息を吐かせる暇も無く出現してくる。 薙ぎ払われる美崎のアンタレスがばらまく黒が、彩花の四肢が繰り出す雷撃が、終の凍て付く双刃がリベリスタ達の道を切り開き、鉅とアンジェリカが放つ滅びの月が、無頼少女達の弾丸が、ロマネの気糸がそれを支援し、後方からの敵はランディが斧を振るって退ける。 「アンジェリカ、先は見えるか?」 左腕に装着したスターズライトアームで照らす先。追い縋る抗体を振り抜いた疾風で切り裂きつ、最後尾のランディが左翼のアンジェリカへと幻想纏いで話しかけた。 「ん……」 少女は抗体の群の先に在る廊下の彼方へ目を凝らす。長い。暗い。けれども。真っ直ぐであるが故に――見えた。遥かの廊下の先が広間に通じている。その広間に何があるかは見えないけれど、何があるのか察しは付いた。 「見えてきたよ……あと少し」 「了解、ありがとさん」 「ふふふ、クライマックスの予感だわ……!」 ランディの近くにいた久嶺がぼそっと呟いた。 「抗体さん達がPOPする場所も決まってるのかな? RPGみたく☆」 「残機もスコアでエクステンドすりゃあ楽なのにねー」 なんて言う終と岬に、「君らゲーム好きね」と突っ込む者は残念ながらここにはいなかった。残念だ。 「最後まで気を緩めずに行きましょう」 彩花はあくまでも冷静。疾風怒濤の武舞で道を切り開く。 「如月のボーズ、調子ァどうだ?」 「はいっ、お陰さまで元気です!」 それは何よりと応えながら瀬恋は弾丸を放ち、真人はロマネと共に仲間へ精神力を供給した。 「最後があるんです、ここで息切れしてはいけませんよね」 「準備は宜しいですか、皆様?」 さぁ、目的地まであと少し。 「よっしゃー一番乗りは貰ったー」 「負っけなっいぞー☆」 等と、相変わらずの調子で競争しながら先陣を切ったのは岬と終。立ちはだかる抗体を刃を以て押しのけて、遂に踏み込んだ――廊下の先へ、大きな広間へ。 廃墟の部屋だった。だが物はなく、その真ん中には、大きな大きな―― ●メロンパンに良く似てゐる 脳味噌。 成程この大きな廃墟に見合うサイズだ。灰色。薄い膜に覆われて。心臓とは違い、静かに黙してそこに居た。 それを、 「早速いくぜ! 合わせろ!」 出会い頭の挨拶代り。漫画じゃないんだから「な、なんだこれは!?」なんてやっている暇はない。強く地を踏み締めたランディは掲げる斧に膨大な気を集約し、一気に振り抜いた。斧が吼え、赤い色をした破壊が戦場を駆け抜ける。 「合点了解――アタシの名前は、宮代久嶺、よぉーく覚えておきなさい!」 「さーこっからは出し惜しみナシだ、たんと喰らいな」 名乗り上げ見得を切った久嶺が施条銃を、前に出た瀬恋が最悪な災厄を、構える。銃口。放つは弾丸。不可視の殺意と断罪の魔弾。 「お邪魔致します。さようなら」 「やみのまやみのまー」 更に同時、廃墟達を強襲するのはロマネが放つ数多の気糸に岬が振り抜いた暗黒だ。立て続けに鉅のバッドムーンフォークロアも重なり、発破の如く怒涛の猛撃に脳味噌が震え、それ護る様に立ちはだかっていた抗体が悉く八つ裂きにされる。 うぞ。うぞ。 崩れ落ちてゆく抗体さん。床から壁から形成される抗体さん。 その中に、ずるり。一つだけ明らかに異様な姿。他の抗体と違って人の姿。 よっちゃんだった。 (一体だけか……) 等と思いつ鉅は無銘の長刀:無明を構える。よっちゃんの目には生気が無く、どこか他の抗体の様にぶよぶよどろどろしていてフラフラと足元は覚束なく――端的に言えば気味が悪かった。 ぶるり。侵入者を威嚇するかの様に脳味噌が震えた。靴底からドクンドクンと脈拍を感じたのは、遥か何処かで別働隊が心臓に辿り着いたのであろうか。 刹那に大きく脳が震え、唐突に鉅が目と鼻と耳と歯茎から大量の鮮血を噴き出した。脳波ブレイク。血管を引き千切る。 そして先のお返しと言わんばかりによっちゃんも行動を開始した。迸る稲妻が荒れ狂い、リベリスタ達を強かに穿つ。 「くっ――」 成程他の抗体より一回り以上は強い。肌を焼く電撃を構えた腕で防ぎながらも彩花は駆けた。スパークする視界、目を細めてしっかと捉えるのは人型抗体。 「これしきで……怯むものですか!」 我が実力をとくと見よ。振り払う腕で電撃を裂き、潜り込む様に踏み込む――その一歩は間合いさえ超越し、その掌は気配すらも掴み取る。 「はァあああああッ!!」 機械となった膂力を唸らせ、砕けよと言わんばかりによっちゃんを床へと叩き付ける。 ずるり。地面に大の字のよっちゃん。だが、その生気の無い目がぐりんと彩花を捉えたかと思いきや。 「!」 彩花の脚元よりずるんと現れるのは抗体達。伸ばす腕で、その身体を締め付ける。首を縛る。かは、と少女の咽から掠れた息が漏れた。振り払わねば。振り払えるか。歯を食い縛る。揺らぐ視界には、眼前には、立ち上がったよっちゃんが―― 「おーいよっちゃん~あーそーびーまーしょー☆」 刹那の斬撃。横合いから一気に間合いを詰めた終がナイフを閃かせて押し遣る様に攻撃を喰らわせた。 「だいじょーぶ?」 「えぇ、問題ないわ」 飛び退いた終の後方で、彩花は抗体を振り払う。踏み付ける。蹴り飛ばす。拳を構える。我々の業界ではご褒美ですとか、何とか。少なくともメタルフレーム重量である彼女に踏まれるのは相当な痛みだろう。 「よかったよかった心配したー☆」 「……本当にそう思ってるのかしら?」 「ひ、ひどい><」 飄々とした言動への突っ込みに変わらぬ物言いで。 されどその間にも警戒は緩めず、武器を構えよっちゃんを見据えていた。 じり、とよっちゃんが回復後退に傷を癒されながら後退する。そして開いた口から紅蓮の火球を吐き出した。 爆ぜる。 されど誰も倒れないのは、真人が懸命に回復の祈りを上位なる者へ捧げているからだ。ロマネより精神力の供給、周囲より取り込む魔力、彼の詠唱が途切れる事はない。 組んだ両手指に、その機械に織り込まれた魔術式が光り輝く。戦うのは怖い。嗚呼、怖ろしい。傷付くのも、傷付けられるのも。 けれど――少年は思うのだ。それで何かを守れるというのなら。 「――我が名の下に、汝の子を慈しみ給え……!」 回復、それこそが自分の役割。唯一の。だからこれで、自分の代わりに恐ろしい敵のキルゾーンに踏み込んで武器を振るう仲間達を支えるのだ。自分が経ち続けている限り。 決然と眼差し。その先に居るのは、悍ましく生々しい巨大脳味噌で―― 「や、ヤッパリ怖いー!! 今回はホラー過ぎますー!!!」 かっこいいなんてなかった。ヒィと悲鳴を上げて半泣き状態。 そんな真人へ飛ばされた抗体の消化液は、割って入った久嶺が身を以て防衛した。ジュワッと肌が焼ける音、感覚、歯を食い縛って耐える。そのまま真人へ視線を遣るや、 「アタシ達が居るってのにどーして怖がる必要があるのよ!! ホラ、男でしょ? シャキッとしなさい!」 「はっ、はわわはひぃいぃぃーー!」 「なんでアタシにビビってんのよ! そこのグロイ脳味噌よりアタシの方がおっかないって事かしら!? 殴るわよ!」 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」 あわあわしまくりの草食系男子に、「全く」と久嶺は毒突いた。それはそうと今は任務中、そう任務中だ。呼吸を整え施条銃のスコープを覗き込む。狙いを定めるのは――人型抗体、よっちゃん。フォーチュナ曰く元は人間だった存在。 (なんでコイツだけ形を保ってるのかしら……) 黒い鎖を吐き出してリベリスタ達を攻撃しているよっちゃん。ひょっとしたら彼は案外、神秘に順応性があったのではないか――ナウでヤングでチョベリグらしいし。 尤も、今となっては倒す他に道はないのだけれども。 「ま――貴方の事はここを出る時ぐらいまでは忘れないわ!」 引き金を引く。銃声。よっちゃんの頭部が大きく仰け反り、血肉の代わりにアメーバ状の何かが散った。揺らいだそこへランディが飛ばした疾風居合い斬りがよっちゃんの脚部に命中し、人型抗体が片膝を突く。 そこへ立て続けに打ち込まれたのはロマネが放った極細の気糸だ。超集中状態に達した意識は隙を逃さずタイミングを見誤らない。 「好奇心も程々にするべきでしょうね……今更ですが」 おそらくよっちゃんがこちらの言葉を聴いて理解する事など無いのだろう、永遠に。抗体として黙したまま粛々と外敵を排除せんと動き続けるそれは正に、『死人に口無し』。 彼を憐れむものが居ないのであれば、嗚呼せめて自分ぐらいは憐れもうか。葬儀屋として、墓石の如く熱を持たない感情だけれど。 迫る抗体を墓堀シャベルで殴り付けて退かせ、今一度葬る糸を彼らへと。 その糸と並走する様に走るのはアンジェリカ。少女の華奢な体躯には似つかわしくない巨鎌を手に、抗体を振り払い前へ。その先にはよっちゃん。彼が掌を翳したかと思いきや、チェインライトニングに似た技が炸裂する。戦場に満ちる。少女の身体にも襲いかかる。 だがそんな痛み、なんだと言うのだ。幼い頃に受けたあの痛みを超える痛み等あるものか。アンジェリカの脚は止まらない。 (貴方の魂、今天に帰すよ。次は幸せな生を!) La regina infernaleの刃に掘られた女神――冥府の女王、プロセルビナ――に祈りを捧げる。それは死と再生の象徴、刈り取った魂の幸福な転生を願う意。 地獄の女王が黒き殺意を静かに纏う。弧の軌跡を描きながら振り抜いた。強かに打ち据える黒塊がよっちゃんを吹き飛ばす。地面に転がす。 片足がもげている。それでも、黒い鎖を吐き出しながら起き上ろうとしたよっちゃんを――その頭部を――撃ち抜いたのは、瀬恋が構えた最悪な災厄より吐き出された断罪の魔弾。頭部を失ったそれが溶けたゼリーの様に頽れる。どろどろ。蕩けてゆく。 「恨むならあの世で恨みな」 銃指より立ち上る硝煙。反動による身体の痛みに表情一つ変える事なく――今まで散々この技を使ってきたのでもう慣れ切っている――瀬恋は脳味噌へと視線を向けた。 巨大な脳。その周りには抗体達。癒しの脳波が彼等を癒し、侵入者を排除せよとけしかける。 「よしゃーあと一息だねーボス戦いっくよー! 援護よろー」 「おうよ!」 「承知致しました」 言うが早いか強く地を蹴り脳へと飛び出した岬。その行く手を阻まんとする抗体を、ランディが放つ刃の風とロマネの気糸が押し退ける。 爆ぜる抗体の道を岬はアンタレスと共に駆けた。一直線に脳味噌の下へ。 「行くよー、アンタレス。ボクが、ボク達が、ハルバードマスターだ!」 揺らめく大火。込めるはありったけの力。今まで何度も繰り出してきたその技に曇りは無い。 叩き付ける。喰らい付く邪斧。確かな手応え。刃が食い込んだ透明な膜から血の様な赤色が流れ出る。 悲鳴を上げた――きっと口があれば。代わりに脳味噌が迸らせたのは衝撃波だった。まるで重機に撥ねられたかの様な、衝撃。重みが「立ち去れ」と絶叫している様にも感じた。 「イテテテテ……」 吹き飛ばされた岬の小さな体。鼻血が垂れ、唇が裂け、臓腑の奥がじわじわ痛い。 「大丈夫か?」 「死んではないねー……血が一杯出たけどー」 ランディに引き起こされながら岬はへらりと笑った。白い歯が血で赤い。血唾を吐き捨て、少女は再度相棒を構える。 「くっそー三倍返しにして笑ったり泣いたりできなくしてやるー。脳って振動に弱いんだぜー? 揺らして壁にぶつけてやんよー」 めげず諦めず、吶喊。 その小さな背中を支援する様に、大きな腕が大きな斧を振り被った。 「ほらよ……脳震盪でも起こしとけ!」 究極の名を冠する、文字通りの大砲。グレイヴディガーが轟き叫んで空を裂く。余波の風にランディの赤い髪が揺らいだ。されど視線は真っ直ぐ、刃の如く標的へ。 その彼方――唸りを上げる大砲の左右から、脳味噌目掛けて飛び掛かるは二つの影。 終と、彩花。先に前へ出たのは前者。 「そーれっ☆」 閃く刃が時を切り裂き、脳味噌とその周囲の抗体達を切り刻む。或いは氷で縫い止める。 作られた氷像を足場に、彩花は脳味噌との間合いを詰めた。鉄の山をも砕かん一撃が叩き込まれ、横へ飛び退いた瞬間に先の赤い大砲が脳を穿つ。 ぶるりと脳が震えた。鮮やかな連係に傷付いた幕から血の様な物を流し続け。だがしかし未だ健在。傍のリベリスタ達を強力な脳波で吹き飛ばす。 あれは痛がっているのだろうか? 死にたくないと『思って』いるのだろうか? 死の恐怖に『怯えて』いるのだろうか? 外敵に対し『怒って』いるのだろうか? 分からない。けれど、リベリスタ達が行う事に変わりはなく――ベールの奥からロマネは静かに脳を見澄ましていた。 蓋し、脳と心臓はただ人間が生存する為の重要な器官であり。 それに心が宿る事はなく、心や精神など実在はしない。 では何故人は『心』という概念を唱えるのか…… 「我々は生きているから、心の実在を願うのでしょう」 感情を、想いを、気持ちを、ただの『生理現象結果』と掃き捨てるには味気ない。そう人が思うからか。人がいるから心がある。 黒手袋の指が錆びた蔓薔薇細工が絡む杖を握り直す。その先に付けられたシャベルの刃の、百合と剣とが鈍く光った。 すくってすくって零れたものを、貴方へ。 葬儀屋が繰り出した糸が凍りついた抗体を砕き、脳の傷に突き刺さる。 悲鳴をあげぬ臓物は、その代わりに激しい波動を繰り出した。臓物を揺さぶり血管を千切るそれに瀬恋がぐらつく。だが踏み止まる。下がらない。一歩も。ただ雑く鼻血を拭うや、銃指を構える。 「おい宮代のジョーチャン、合わせていくよ」 「はいはい、了解っと」 絶え間なく垂れる消化液と抗体達の抵抗と。瀬恋も久嶺も無傷ではない。だが『無傷だからこそ良い』のだ。 二つの双眸。狙う照準。 そして。 「とっととくたばりやがれ!」 「ダンジョンボス用、とっておきの弾を食らいなさい!」 盛大な銃声と共に放たれるのは下した罪を裁く弾丸。唸りを上げて二条の軌跡を描き、全く同時に着弾する。 攻撃の代償に痛み。だがそんな二人を、「あんまり無茶しちゃ駄目ですよっ……!」と心配しながら真人が回復を施した。返ってきた台詞は勿論、「「大した事ない」」だったが。 脳が弱ってきている事は明白だった。それをブラックジャックで打ち据えたアンジェリカは間合いを取って、血を流すそれに目を細める。 「君も生きる為に必死だったのかもしれない。でも君の存在を許す訳にはいかないんだ」 繰り出される脳波に少女もまた血を流しながら。違う故に相容れない。違うからこそ争い合う。悲しい定めだ。だがそれ以外の方法はなく。 何度目かの踏み込み。間合いを奪う。そっと触れた指先に仕込んだのは――死を与える爆弾だ。爆ぜる。爆風にアンジェリカの髪が大きく靡く。 と、その瞬間。 どくん、と大きくフロアが揺らいだ気がした。それからシンと静まったような気がした。 何故か。それは、別働隊が心臓を仕留めたからだ。 「――了解」 仲間より連絡を受けたランディは――さて。通信を終える頃には踏み出していた。視線の先では岬が、渾身のメガクラッシュを叩き付ける。脳を覆う膜が破ける。露出する。度重なるリベリスタの攻撃に血を滲ませたそこへ、墓掘は狙いを定めて。 「全力全開だ……」 彼の戦い方は護る為では無い、いつだって挑む為。敵に、己に。挑みかかる。何度だって。 強く強く地を踏み締めた。ぐんと加速。手にした『墓掘り』に有りっ丈の力を込めて。 「ぶち抜けッ!!」 振り被った相棒諸共、全体重をかけて。自らを弾丸に繰り出したその一撃は言葉通りの『砲撃』だった。 衝撃が轟く。巻き起こる硝煙。爆ぜる力。 それらが全て晴れた頃――そこに在ったのは飛び散り機能を停止した脳味噌だった。解ける様に消えてゆく。 任務完了。先にそれを終えた仲間へランディが言葉を放つ。リベリスタの視線は、脳があった場所に出現した『扉』に注がれていた。 ●今日も世界は 扉の外は入り口に使った扉の外だった。 扉を閉じる前に廃墟の中を振り返ってみれば、やっぱりただの廃墟があるだけだが――もう先に感じた異様な気配は感じられない。鼓動も、生温かさも。抗体も居ない。シンと静かで。 「向こうは上手くやったみたいね……」 完全に沈黙した廃墟の姿を見納め、久嶺が言う。それにしても。溜息。呟く。早く帰ってお風呂入りたいわ。 一方でアンジェリカは傍らにLa regina infernaleを立て、廃墟とその犠牲になった者達の為に美しい鎮魂歌を歌っていた。夜空に響く、透き通ったソプラノヴォイス。それを聴きつつ、終も『彼等』に祈りを捧げる。 「攻略完了――よっちゃん、安らかに眠ってね」 さて、仲間の下へ行こう。そして自らの場所に帰ろう。廃墟は暫しすれば消えるだろう、跡形も無く。解ける様に。 歩き出す最中。最後に振り返った瀬恋が、一言。 「……次来る時はもうちっとムービーを調べてから来な」 『了』 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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