● 東日本某県の山村近く。山へと続く一本道の途中、そこにあったバス停のベンチに小柄な男が座っている。 「困ったなぁ」 どこかのんびりした。しかし、明らかに困り果てた呟き。吐息とともにそういって、肩も少し落ちたように見える。背も、少し丸まっているように見える。声音には緊張感はないものの、呟きの意味は本当なのだろう。 うなだれながら男は山をみる。そこへ至るための一本道を、ずうっとなぞるように見る。そして、山の頂を見る。 「邪魔されるんだろうなあ……。いや、行きであんなにされたんだから、今度はもしかしたら殺されちゃうかもなぁ」 また呟くと、がっくりと頭をたれる。同じく力なく垂れる手に持っているのは帳面。ずいぶんと古めかしいものに見える。 寒風に吹かれたそれがページをめくられると、達筆な、しかしとても読みやすい字で色々な苗字と名前、そして「戸締り不足」「ガスの元栓締め忘れ」「ごみを決まった日に出さない」など、基本的な生活における「人々の無用心、不備」が書かれている。 山村にあると思われる家々の名が書かれている帳面を持っているとなると、興信所だろうか。いや、それにしては内容は平凡すぎるし、古ぼけた帳面なんて使う探偵はいないだろう。 「もう8日は過ぎてるのに、帰れないなぁ……困ったなぁ……」 それに顔の真ん中に目がひとつしかない探偵も、たぶんいない。 ● 「ということで、この人を無事に山へ帰してほしいの」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、いつものように淡々と告げた。 「人……?」 首をかしげるリベリスタたち。いや、先天的に目がひとつしかない人も稀に居るが、それにしたって先の小男は絵に描いたような「一つ目小僧」すぎた。 「正確にはフェイトを得たアザーバイド。大雑把に言えば害のない妖怪ね。種別は見てのとおり、一つ目小僧」 でも人型なんだから人でいいでしょう、と言いたげなイヴ。そしてブリーフィングルームのモニターの映像が切り替わり、地図が映し出される。資料をめくりながらイヴが告げる。 「見てのとおりの場所、山奥の村へあなたたちには行ってもらいたいの。そして、この人が無事山へ帰りつけるように手助けして欲しい」 「え? なんで妖怪の手助けを?」 また首をかしげるリベリスタたち。 「この人はね、毎年12月8日に人里を訪ねて、家々を回って帳面に記入をして、その周辺の道祖神さんに帳面を渡すの。そして年が明けた2月8日に帳面をとりに行く」 その帳面に書かれてるのは「人々のお行儀」であり、行儀の悪い生活をしているなら、その帳面を上役……疫病神の類へ渡し、その一年の家々の吉凶がちょっと左右されるのだとか。 「ますますわからないな。そいつが上役のところに戻らなかったら、疫病神も厄をふりまけなくなるんだろう?」 なら、わざわざ手助けして帳面を届けさせる理由がわからない。腑に落ちない顔をしているリベリスタに、イヴは告げる。 「そうね。その疫病神たちはそこで仕事をする意味がなくなって、どこかへ行くかも知れないわね。でも、空白になっちゃったとして、そこに次に来る「モノ」がもっともっとたちの悪い奴だとしたら?そうでなくとも、面倒極まりない奴だとしたら?」 新しい関係を築くのって、大変よ。歳に似合わない達観した言葉が小さな口から漏れる。 それに、疫病神といっても、人々の生活の襟を正させる程度のもの。だからこその「生活の不備」の書かれた帳面。何でもかんでも、変わればいいというものではないのだろう。 「で、厄介な「モノ」が、この人の上役の居る山へ帰るのを邪魔してる。フェイトを得ていないE・フォースが4体。こっちは害のある妖怪ってところね」 仕事を奪って、その縄張りを奪おうという腹らしい。長閑な疫病神とその使いと比べて、剣呑な連中だ。 「でもまあ、貴方たち8人をどうこうできるような数でも質でもないわ。倒すもよし、脅して追っ払うもよし」 資料を閉じ、まとめ直しながらあっさりとイヴは言う。まあ、彼女が言うならそうなのだろう。 「お願いね。古き良きものって、案外捨てたものじゃないと思うの」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ハナブサツカサ | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年03月03日(日)22:44 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●今日は厄神様 リベリスタが最初の目的地である山村に到着したのは昼過ぎといったところだった。 2月下旬。暦の上では春。山村ゆえまだ寒さは残り、景色もどこか寂しい。しかし、日々暖かくなるなど段々と春めいて、新しい四季の始まり感じさせる。 そう。新しい四季の始まりの為にも彼は帰らねばならない。しかし帰れず、バス停で途方に暮れることしかできなくて。 「お。あいつかぁ? 可愛くて几帳面な妖怪アザーバイドってやつは」 持ってるのが帳面だけに、と『怪力乱神』霧島・神那(BNE000009)はなんとも古式ゆかしい冗句を飛ばしながら、バス停にある人影を見る。ブリーフィングで見た通りの小男。その背中は本来よりも小さく見える。そんな彼の元へ、『なのなのお嬢様なの』ルーメリア・ブラン・リュミエール(BNE001611)は元気に声をかける。 「こんにちはー!ルメ達は敵じゃないよー。困ってる貴方を助けに来たの!」 その声を聞き、その大きな一つ目をしばたき、白黒させる一つ目小僧。 「これは……何と懐かしい言葉を。郷の言葉なんて、何百年ぶりでしょうか」 異界言語を操るルーメリアからの言葉に、一つ目小僧は呆気にとられつ感慨深い声を漏らした。 元々抱えていた諦観、失望に加え、驚きや郷愁など、様々な感情が追加され、やや動揺する一つ目小僧に、『紫苑』シエル・ハルモニア・若月(BNE000650)は穏やかに、心を解きほぐす様に言う。 「初めまして、一つ目小僧様。私達は旧き伝統と世界の護り手たらんとする者です。貴方様をお守りさせて頂けませんか?」 生粋の癒し手。その優しい声音に、一つ目小僧は心の安静を取り戻した様子だ。 「一つ目小僧もアザーバイドじゃったんじゃのぅ……空想上のモノにあえるのは嬉しいのじゃが、やはりちと怖いのじゃ」 シエルの後ろに、隠れるようにしながら『不誉れの弓』那須野・与市(BNE002759)は、お話の中の人物に会えた事を嬉しく思いながらも、おっかなびっくり。とはいっても、人見知りと大差はないのだろうが。 「ええと、私を知っていて、他郷の言葉を喋り、守ってくれる……ということは、貴方達は」 自分のような妖怪が困っていることを察知し、わざわざ助けに来てくれる組織などそうない。 「わたしたちアークが来たからには、どーんと! 大船に乗った気でいてくれたまい!」 ルーメリアとは違う色の快活さで、肩をぺしぺしと叩きながら、『ムエタイ獣が如く』滝沢・美虎(BNE003973)は、大笑しつつ自信満々。 次々に浴びる元気と癒し。そしてアークのリベリスタと知ると、しょぼくれた顔には幾らか生気が戻ってきていた。 「あのね、わたしたちあなたの護衛にきたの。山頂まで一緒にいこ?」 よろしくね、と絹のように柔らかな雰囲気で話しかけ、呼びかけるは『囀ることり』喜多川・旭(BNE004015)。 「なんと。私を、お山の頂上まで守ってくださる……」 その顔はまるで地獄に仏をみた人のもの。いや、人と妖怪なのだが。 「帰り道の護送。大ピンチですしね。帰り道で狙われるなんて、まさに行きはよいよい帰りは怖い」 あの童謡の意味って何なんでしょうね。と、マイペースなのは『もう本気を出す時じゃない』春津見・小梢(BNE000805)である。その手には、カレー。 「話がそれましたね。カレーの話です。途方に暮れて、お腹すきません? いかがです?」 話がずりずりそれていきながら、文字通り場の「空気」を支配したのはカレーの香ばしさ。一つ目小僧から小さく、でもはっきりと腹の虫の声が聞こえる。安心して緊張が解け、余裕がでたのだろう。頬を染めながら、いただきますと、 カレーを受け取り丁寧に食前の一礼をし、手をつける。 「大眼とは違ぇのか?オレ等にゃ憑くなよ篭被せんぞ」 そんな一つ目小僧へ、少女達から少し離れた所からぶっきらぼうな声を投げる『消せない炎』宮部乃宮・火車(BNE001845)に、一つ目小僧はここで初めて笑顔を見せる。言葉で、気持ちで、食べ物で。様々なもので彼の心は壁をなくし、お腹も満たされつつあるためか、穏やかに答える。 「ああ。地方によっては、お仲間はそう呼ばれるようですね。ご安心を、私はただの小間使い。今はこの帳面をお山へ届けることが大事ですし、貴方達のようなご立派な方では、何をしても驚いてはくれないでしょう」 それにしても、お若い方が篭の事をご存知とは。と、嬉しげな様子。誰しも、自分のことを知って貰えていれば嬉しいのだ。人でも、妖怪でも。 ●一緒の帰り道 リベリスタと一つ目小僧は、山へ向かって歩を進めた。一つ目小僧に案内されてバス停から20分程歩けば、山頂へ続く道の入り口が見えてきた。 「それじゃあ、山頂に向ってしゅっぱーつなの!安心してね、ルメ達がちゃんと護るから!」 ルーメリアの溌剌とした声を合図に、皆が山へと足を踏み入れた。 それと同時に、リベリスタは一つ目小僧を守る隊列を組む。前衛に扇状に神那、火車、美虎、旭が。後衛としてシエル、ルーメリア、与市が。そして最後衛で一つ目小僧の直掩には小梢が。 山へ入ると、様々な感触がリベリスタを包む。道は道ではあるが、整備された山道とは言い難い。木々も草花も生えるに任せている。山村から程近くも「山は異界」という古からの考えに頷かされる薄暗さと、様々な匂いで満ちていた。人の手の入らぬ場独特の、神秘的な匂い。木々草花の匂い。冷たい冬の残り香。そして、徐々に近づく春の息吹。足をとられるほどではないものの、街では感じられぬ土と石と落ち葉の感触が靴裏から感じられる。ああ、ここは人々が忘れかけている場所なのだと、歩を進めるたびに感じられる。来た事がなくとも、懐かしいと感じられる場所。心に流れ染み付いている原風景。 懐かしさの在り処を、古くから居る存在と共に歩く。己も神秘であり、神秘と常に接し生きているリベリスタにも「自身にある神秘」ではない、ありふれながらも触れることの少ない「神秘的」な空気に包まれる。 自然の大きな包容力。今この時も日本中に「楽団」の軍勢が居るという状況を忘れさせる懐の深さ。簡単に言えば、自然の癒しだろうか。これも戦闘の可能性を孕んだ、決して完全に安全とは言えない旅だが、皆の心には不思議な安心感があった。 「何といいますか。私のようなものが、このように丁重に守って頂くというのは……いやはや、なんだかこそばゆいですね」 恥ずかしそうに頬を小さく指でかく一つ目小僧。厄神の一種ともいえる彼が「守られる」というのは何とも珍しい。無害でマスコット的な部類だとはいえ、長い生でもこのような事はなかったのだろう。 「大丈夫です。私があなたを庇って、その周りを皆さんが囲む。そうすれば色々楽です。私もあまり頑張らないで済みます」 彼のすぐ傍らにいる小梢がのんびり言う。要するに「これで完璧。安心して」ということか。 「は、はぁ……」 「フッフッフ! 私の本気を見せちゃうぜぇ、頑張っちゃうぜぇ~!」 小梢なりの言葉にぎこちなく頷く一つ目小僧と、超やる気満々な神那。意気込みは十分。そして過剰戦力ではあるが、まあ不足よりはよほどいい。 ●妖怪大戦争? 2時間ほど歩いたろうか。出会いから今までを合計するとそろそろ夕刻近い。空から漏れる光も赤みがかり、光量も少なくなってきた。もう少しすれば、逢魔時とは言わぬまでも、この懐かしい世界においては人の存在の占める割合は少なくなってくる。 「さぁて」 火車が少なくなった光量を鑑み、L2Dを点灯させる。それに続きシエルが、神那が灯りを点す。与市に至っては常に暗視だ。薄暗い山中に、陰を吹き飛ばす光。 そして超反射神経を持つ小梢が何かに気づき、全員へ目配せ。皆がこの道中、周囲を楽しみながらも異物へは常に警戒をしていた。空気の切り替わりは早い。美虎が、すぅと息を吸う。 「やーやー! 遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見るのだ! わたしたちこそは三高平にその組織ありと言われるアークのリベリスタなりー!」 大音声。我らここにあり。汝らもそこにあり。そう解っているからこその名乗り。 「畜生! 気づいてやがったか!」 「……」 「おめぇ、やっときやがったなぁー」 「あ、れ。なんか、いっぱいいる?」 そこに居た者達が、姿を現し口々に言う。鎌鼬、鬼火、泥田坊、すねこすり。古くからこの国に馴染みのある物の姿をしている。情報通りの、妖怪もどきE・フォース。無口なのは鬼火だ。一応。 「ひぇえっ。この方達ですよ、私を狙っているのは」 「貴方達が一つ目小僧さんの邪魔してるのねっ。どーしてそーゆーいじわるするの! 大事なおしごと邪魔しちゃめーなの」 脅える一つ目小僧とは反対に、強結界を展開しながら、旭が妖怪もどき達へびしっと一言。子供を叱るお姉さんのようだ。 「うるせぇっ。人間が雁首揃えた所で何が出来るってんだ!」 鎌鼬が強気に言い放ち、まず脅しだ、力を見ろとばかりに鎌を振る。火車が無造作にだした左手に命中し、鋭利な傷を付ける。その切り口を眺める火車。 「あーびっくりした。こりゃ忘れられねぇわ」 どこかわざとらしい感想。一つ目小僧のカバーの意味もあり、あえて受けた攻撃。 「どーでぇどーでぇ! これ以上痛い目見る前に、そいつ置いて帰っちまいな!」 しかし鎌鼬はご満悦。仲間達も喝采を上げる。もどきとは言え妖怪。相手を驚かせると胸が満たされ、そして調子づく。 「そうだぁ、鎌鼬の兄貴に刻まれたくなかったら帰れぇ」 「そーだそーだー」 鬼火も無言ながら火を大きくしてご機嫌に舞う。仲間の声を受けた鎌鼬は有頂天になり、速さを見ろとばかりにリベリスタの前を高速で飛び回る。 「見れば女ばかりじゃねえか! 謝って逃げ出すんなら命だけは助けてや」 そこまで言ったところで、彼の頭頂部の毛がごっそり消えた。 「ああ。やはりこの矢は当たらぬのじゃ……」 呟く与市。だがネガティブな発言とは裏腹に彼女の放った威嚇の矢は急所すれすれ。頭部間近を「わざと外れて」飛んでいった。 「……へ?」 先ほどまで饒舌だった鎌鼬が、間抜けな声をあげる。自分が人間に捉えられる訳が無い。そう自信満々に飛び回っていたのだが。 そして聞こえる破砕音。もどき達全員が身を竦ませる。 「ヘイヘイ妖怪さん、良いのかい良いのかい? 本当に戦っちゃうのかい?」 神那が大斧で、傍らにあった大岩を粉と砕いたのだ。彼女の身からは堂々たるオーラが。その隣に居る美虎も両手を組み仁王立ち。そして赤い殺気を開放し、二人の周囲は荘厳と獰猛のオーラで歪んで見える程だ。 「兄貴ぃ……」 「この人達……すご、そう?」 先程までご機嫌だった鬼火もその火を小さくし、震えるようだ。 「びびんじゃねぇよお前ら! 現に俺は傷一つついてねえ!」 「ふっふっふ、貴方達の弱点は全部まるっとお見通しなの! 今の内に降参しておくといいの!」 ルーメリアの慧眼ははったりではなく、4体の能力を看破していた。なんというか、革醒したての者相手なら勝負になったかもしれない。 その言葉は相手の動揺を更に深いものとしたが、意地に火をつけもした。 「だからって、そうですかって逃げろってのかよ!」 激昂した鎌鼬が鎌を放つ。今度は遠距離。一つ目小僧を狙ってだ。しかし。 「そんな事より早く帰ってカレーが食べたいな」 前に立ちふさがる鉄壁たる小梢の前に、鎌は文字通り掻き消えた。傷一つ無い。 「田をぉ返せぇー」 「……!」 兄貴分に続けと他のもどき達も攻撃に出る。地面を捲り上げ、周囲を猛火で包む。だが捲り上げられた地面は美虎の壱式迅雷で微塵に散らされ、鬼火の猛火は火車が炎に包まれながらも、鬼業紅蓮でその炎すら飲み込むよう燃やし返す。 「驚いたっつってんだろ……? 完全に燃やし潰して送んぞコラ? あ?」 殺す気はない。脅しだ。力の差を見せられればそれでいい。駆逐を必要としないと判断されたなら、無益な殺生をする気はない。 「一つ目小僧さんはわたしたちが守るから、この土地狙ったってだめなんだよう!」 旭も懸命に、譲らないと言葉で伝える。手にかけずに済むなら、それが一番だから。 「でも、僕らもまけないー」 相手も相手で必死だ。広域にすねこすりの分身が現れ、多くの者の足元をうろちょろ。威力はないが、その場に居る多くの者が行動に著しい阻害を受ける。 「す、すねこすりさん地味に邪魔……!」 高いバランス感覚で転んだりはしない旭。だが他の者は―― 「だー! こらすねこすり! 何で俺らにまで絡んでんだ!?」 「ぁー、動き難いー」 例外なく絡まれていた。ほのぼの阿鼻叫喚である。 その喧騒を一瞬で凍りつかせたのは、シエルに集結する魔力だ。未熟な彼らとて、それがどれだけの猛威かは見て解る。 「力ずくなど本当は虚しき事なのですが……」 その膨大な力を、しかして彼女は空へ放った。見せ付けた。昇り龍の如き閃光。もどき達は押し黙った。今まで何度も力を見せられた。それが一撃でも本気で自分達に向けられていたなら。 「されど貴方達は其れを一つ目様にしようとされました。故におあいこです。妖怪は日本に於いて畏れ敬られる尊き存在……そうあって頂けませんか?」 静かに礼をし、どうか下がって欲しいと。守りに来たのであり、殺しに来たのではないと。真摯で、真剣で、どこまでも優しい言葉。 「ぐぅ……」 「兄貴ぃ……」 じりと後退し始めるもどき達。鬼火も萎れて、最早種火といった風情だ。 「畜生! こんなちんけな土地にゃ用はねえ! 好きにしやがれー!」 4匹一斉に、山頂とは別の方向へ駆け出した。完全な遁走。そしてその方向へ申し訳なさそうに弓を構える与市。 「念の為……その、もう一矢」 矢が暗闇に吸い込まれていくと、ぎゃあと鎌鼬の悲鳴。ここまで灸を据えれば流石に心配ないだろう。 「本当に、守って、追い払って下さった……」 感動し、打ち震える一つ目小僧。そんな彼を神那がひょいと肩車する。 「さて、これで邪魔も居なくなったし、道中何か思い出話でも聞かせてくれないかい?」 癒し手達により、受けた小さな傷も癒された彼らは目的地へ。山頂へ向かい始める。 逃げたもどき達は、夕日を見ながら途方に暮れていた。負けた。折られた。行くあてもない。やりきれない。 「畜生……」 鎌鼬が悔し涙を流す。何も出来なかった。何の意味もなかった。悔しくて涙が止まらない。 「でも、兄貴ぃ」 すねこすりが寄り添い、おずおずと。でも、言いたいと。言わなきゃと。 「おっかない人が言ってたよ。驚いたって。忘れられないって」 4匹とも、その言葉を思い返す。驚いてくれた。忘れないと言って貰えた。それは妖怪の本懐の一つに違いない。 「ああ。そうだな。そうだよなぁ」 その言葉、自分達も忘れたくない。 見れば、夕日に照らされた4匹の影が薄くなっている。徐々に、徐々に。 「今度は、ちゃんと一人前になって……驚かせてやりてぇなあ」 どこか晴れやかな、満ち足りた声と共に、4匹の妖怪もどき達は、静かにこの世界から消えた。 ●バイバイ厄神様 山頂まで、一つ目小僧の色々な話を聞いた。左義長の火祭りは、自分達の帳面を燃やす厄除けの意味もあること。こっそり紛れて一緒に祭りを楽しんだこと。土地の他の神様の祭りにも顔を出して酒を酌み交わしたこと。毎年里に下りて、人の移り変わりを見るのが楽しみだったこと。昔は沢山、自分達を除けるまじないをしてくれて、意識してくれて嬉しかったこと。今はそれも少なくなって寂しいということ。 本当に色々話したが、もう山頂。目的地。お別れだ。 肩車から降りた一つ目小僧に、与市が控えめに言う。 「あの、やはり豆腐が好きなのかぇ? 絵本にそんな事が書いてあったから、一応魔法瓶に入れて湯豆腐とか持って来てみたのじゃが」 お土産にと、魔法瓶で渡そうとする与市。一つ目小僧は弁当箱に入れながら。 「はい。豆腐小僧様も私も、お豆腐は大好きです。ありがとう御座います」 後で神様と食べますね、と一つ目を細める。共に笑うリベリスタ。それを見て、ルーメリアに夕飯のカレーをねだる小梢。 「これで脅威は去ったかな? ふんじゃーさよならだね、一つ目くん! 元気でね!」 「会えてうれしかったの。またねぇ!」 「困った事があったら、是非ルメ達を頼ってね! 必ず助けにくるから!」 美虎が、旭が、ルーメリアが別れの言葉を、絆の言葉をかける。その真直ぐな言葉に戸惑う一つ目小僧。それをみて火車が言う。 「おいおい。厄神にまたねなんて、むしろ調子狂うだろ……厄神にゃやっぱ、これだろ」 にっと笑う火車。首を傾げる皆。 「折角だから罵って送ろうぜ! 来年も再来年もその先も二度と来んなよ! クソ目玉!」 皆は唖然とするが、言われた本人は満面の笑顔。 「はいっ。その言葉が、私の来る意味。居る意味です。ありがとうございます。ああ、今年は本当にいい年になります」 山頂の夕日を背後にした彼の表情はよく見えなかったが、その大きな瞳に光るものが滲んでいたのは、誰もが見えた。 そして、風がごうと吹いた後。その姿は消えていた。風も厄を運ぶもの。共に去ったのだろう。 こうしてリベリスタ達は、小さな優しい厄神を守った。彼が連綿と続けてきた、古き良き繋がりを守り、繋げたのだ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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