● それはたった一瞬のことだった。 風に飛ばされた彼女の帽子が、滑らかな流線を描いて飛んでいく軌道をよく覚えている。横殴りの雨が僕らを押しのけるように強襲し、雷鳴がガンガンと頭を叩いていた。僕は彼女に傘を渡し、僅かに言葉を投げてそこから離れる。引き止めようと彼女の手が伸びるが、虚しく空を掻くだけだった。僕は回転しながら着地したその帽子が、次に飛び立つ直前に運良くそれをキャッチした。 笑顔で振り向き、彼女にそれを見せつけようとした、その時だ。 最初に反応したのは痛覚だ。頭の頂点に痛みが走ったかと思うと、それは目を瞑るよりも先に足の指先まで到達した。だらしなく開いた口元から覗いた舌が小刻みに揺れていた。硬直した全身は微細に動くことも適わず、ただ筋肉の躍動に対し身を任せることしか出来ない。焼けるとはこういう感覚なのだろう、空気の流れが撫でるように肌を通過する一瞬、自分の身体が破裂する感覚を覚えるが、しかしそれは現実ではなく、最後に残った理解が黒こげの自身を知覚する。 やがて僕は自分の身を動かす強制力から解かれ、地面に横たわる。身体を動かすという感覚はもはやなく、その度に身体がポロポロと崩れるばかりだ。視覚、聴覚が捉えるものはもはやなく、ふわりと宙に浮く感触が心を支配していた。 しかし、どうだろう。僕にはその自覚があったし、過去の感覚も嫌という程残っている。全身を駆け巡った忌々しい痛みは記憶にこびり付いているし、全ての感覚を失ったという理解があった。最後に手元にあった帽子の感触もしっかりと掌に刻まれている。 それなのに僕は今、彼女を見ている。彼女の周囲の風景が、見える。風の吹き付ける音も感触もある。雨と雷の音はないから、どうやら止んだようだ。僕の動きを阻害する痛みはないし、感覚を失ったような感じはない。僕は、彼女を見ている。風に飛ばされる傘が見える。狼狽し、後退し、駆け出す彼女が見える。僕は思考という感覚をようやく思い出し、光景に疑問符を付けて回りながら、自分の足下を見る。そこには僅かな汚れもない彼女の帽子が見える。僕はそれを手に取って、慣れないヒールで駆ける彼女を目で、足で、追う。触覚もようやく追いついたようだ。地を踏む足に、力がこもった。 ● 「彼は本当に彼なのか──というと自己同一性の問題みたいだ。例としては『スワンプマン』? 詳しくは、ちょっと分からないけど」 『鏡花水月』氷澄 鏡華(nBNE000237)の言う男の詳細はこうだ。彼は水城秀二と言い、恋人の朝見里菜と旅行に行っていた。その日は昼過ぎから雨が振り始め、雷も鳴っていたという。急いで帰る途中、雨で人気のない公園のような場所で、里菜の帽子が飛ばされた。秀二は帽子を拾いに行ったが、そこで彼は雷に打たれてしまう。彼は一瞬で全身を焼かれ、その場で崩れ落ちた。身体はボロボロに、粉々になった。 するとどうだろう。彼が倒れ込んだ直後、周囲の物質が雷と反応して混ざり合い、形を為していった。雨が。土が。草が。石が。混合し、融合し、彼とほぼ同一の個体を生成した。それは彼と数十センチも離れていない場所に現れ、彼と同じ表情で、彼と同じ感覚をしていた。 里菜は恐れを抱いて逃げ出し、秀二はそれを見て彼女を追いかける。 「結局の所、彼がこの前後で同一かどうかは、皆には関係ない。重要なのは彼が、紛れもないエリューションだってこと」 秀二は彼と同じか、異なる個体が生成される段階で、紛れもない神秘を取り込んでいた。故に彼は元の個体とほぼ同一の精神構造と物理構造をしているが、その意味では以前と全く違う個体に成り果てている。 「この場合は区分としては何になるのかな。個体は元のままだからノーフェイス? 構成物は周りの物質から取り込んでるからゴーレム? ……ま、面倒なことは置いといて、皆はエリューションと化した彼を倒してくれればいいよ。エリューションとなれば、どれだけこの世界に執着しようったって、させてあげられないからね」 エリューションは世界に悪影響を及ぼす。それは紛れもない事実。 けれども僅かに、鏡華の表情は曇る。 「神秘がなければ、普通のラブロマンスにでもなったのかな」 恐らくその可能性がなくとも、僅かに思い耽りつつ、彼女はリベリスタを送り出した。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:天夜 薄 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年03月05日(火)22:34 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 彼女は見たのだ。確かに見たのだ。 雷に打たれ崩れる恋人を。彼の身体を周囲の物質が繋ぎ止め、再び彼の身体を形成していく様を。 どうして。 たとえそれが彼と同じ物質だとして。 同じ声で話したとして。 同じ温もりを持っていたとして。 どうして。 同じだと思うことが出来るだろう。 ● もはや息がどれくらい荒れているのか、彼女は自覚していない。頭の中は真っ白だ。 朝見里菜の足を動かしているのは恐怖。 既知のどれとも違う情景から沸き上がったそれが、急速に彼女の心を侵食しつつある。 だが恐怖が焦らせた心に、身体は確実に悲鳴を上げていた。 バランスのあやふやな身体が緩やかに前傾に崩れ、もつれた足が放射状に砂を巻き上げる。 額と肩に広がる鈍痛。一瞬完全に吐き出された空気をかき集め、息を詰まらせつつも無理矢理身体を振り向かせる。 やがてピントの合った視界が捉えたそれは、彼女には酷く距離の近いものに思えた。 ほんのちょっと飛び込めば。手を伸ばせば。息を吹きかければ。そんな距離に。 だから視界を遮る、それとは違う何かの存在に、里菜は安堵する他なかった。 たとえそれがこの後自身を傷つける何かだとしても、彼女はそうせざるを得なかったのだ。 自分の前に立ち塞がるその女性の声が、里菜には心を癒す音色になっていた。 「間に合ッチマッタヨ、化け物」 水城秀二と里菜の間に入った『光狐』リュミエール・ノルティア・ユーティライネン(BNE000659)が宣言する。 まるでそうなることが当然だったかのように、堂々と。 「誰が化け物、だって?」 秀二は苛ついた口調でリュミエールに問う。鮮やかに現れたリュミエールを前にして、彼の言葉には若干の同様が見て取れる。 「お前は終ワッタンダ。お前ハ成れの果ての残骸」 秀二はリュミエールの言葉を理解などしていない。 だが、自分が窮地であることを徐々に理解していた。 リュミエールの存在。 彼女に続いて現れるリベリスタたち。 「ダカラもう眠れ。もう一度イウお前ハモウ終わったンダ」 「終わった……? 俺は死んでないぞ」 秀二が里菜に近付こうとするが、リュミエールがそれを許さない。 リュミエールの後方で僅かに砂を踏む音がした。 「どけよ」 低い声で秀二が言うと、彼の身体から電気が走る。 リュミエールは僅かも動じず、秀二を睨んだ。 「させネーヨ。皆がたどり着くまで彼女を護ってやらネートイケネェ」 「どけって!」 振りかぶった拳がリュミエールの胸を強かに打つ。 避ける素振りも見せずそれを受けたリュミエールは後方に飛ぶが、里菜への道は通さない。 「あなたが何であれ、この世界にいさせるわけにはいかないの」 秀二の視界に『レーテイア』彩歌・D・ヴェイル(BNE000877)の姿が入る。 『レディースメイド』リコル・ツァーネ(BNE004260)が素早く里菜に駆け寄り、彼女を守るように位置をとった。 秀二の周囲を、徐々にリベリスタが囲みつつあった。 「何だよ……何で、お前ら……」 「有り体に言ってしまえば落雷で変質したその身体が世界に悪い影響を与えそうなのよ」 彩歌が冷徹な声で言う。 意味が分からない。リコルは秀二の表情から簡単にその感情を読み取った。 「よう水城秀二、自分がどうなってるか分かってるか?」 『ヤクザの用心棒』藤倉 隆明(BNE003933)は軽快に言う。 「お前はもう人じゃないんだぜ?」 「……どういうことだ?」 「秀二様、残念ながら人としての貴方様は先程亡くなられました」 先程感じられた衝撃は、夢ではございません。 秀二の疑問に答えるように、リコルは確かにそう言った。 記憶の表面を撫でるだけで浮き出る感覚。衝撃。その実感は嘘ではない。 だとしたら今ここにある身体は。精神は。何だ。 リベリスタはおろか本人でさえ、その答えを持たない。 「今の貴方様は簡単に人を傷つけてしまうだけの力をお持ちです」 リコルは続けて言った。 「突然の事で納得出来ない事とは思います。ただ、貴方様が本当に大切な方の事を思われるのでしたら……受け入れて下さいまし……」 最後の言葉を待たず、秀二は吼えた。 放たれた雷がリベリスタを見境なく貫く。 やがて雷撃は収まり、秀二は静かにリベリスタたちを睨む。 「理解したか? 理解したら……わりぃが死んでくれ」 隆明が諭すように言う。 帽子はその間も、秀二の腕にしっかりと掴まれていた。 『Friedhof』シビリズ・ジークベルト(BNE003364)が身構えつつ、言葉を投げた。 「帽子は届けよう。必ずや。届けて見せよう。 だが、な。その手を彼女に届かせる訳にはいかんのだ」 怒ったように地を蹴り、秀二が飛びかかった。 ● この状況はまさにスワンプマン。 だがその知識があるからこそ、『贖いの仔羊』綿谷 光介(BNE003658)は秀二がそれとは別の個体だと認識する。 スワンプマンは、彼の全てが元通り形成されるからこそ成り立つ思考実験だ。 故にそこに神秘が入り込んだなら。そして神秘を振りかざすとしたら。 もはや彼は同一存在では、あり得ない。 「だから……ごめんなさい」 光介の結界が周囲を包む。 「悲惨だな、この状況は」 『咆え猛る紅き牙』結城・宗一(BNE002873)は呟き、リュミエールとリコルの後ろにいる里菜へと駆け出した秀二を、剣で思いきり吹き飛ばした。 「悪いな。その両腕で恋人を抱き殺させるわけにはいかないんだ」 「お前みたいなのは、ここにはいられねぇんだよ」 隆明が辛辣に言い、闇雲に秀二へ飛びかかる。 秀二は距離をとりつつ隆明の打撃を受け流し、叫んだ。 「知るかよ、この悪魔!」 血走った目で、秀二は宗一と隆明を睨む。 その様子を見、リコルは瞬時に判断する。 「あの方は既に人ではありません…どうぞこのままお逃げ下さいませ……!」 リコルは秀二を警戒しながら、里菜にそう言った。 里菜は僅かに躊躇するが、秀二を見て思わず息を呑む。そして転びそうになりながらも着実に、秀二から距離をとっていった。 「わたくしの側を離れないで下さいまし! 今のあの方はちょっとした弾みで貴女様を害してしまわれます! あの方にそんなつもりは無くとも……」 「待ってくれ!」 リコルに庇われながら逃げていく恋人を視界に捉え、その方向へと駆け出した。 しかしその足を、肩を突き刺す痛みが止めた。 「鬼さんこちら、手の鳴る方へ」 軽薄な調子で、『クオンタムデーモン』鳩目・ラプラース・あばた(BNE004018)は口ずさむ。 「わたしの心を引き裂かれる前に退治してしまいましょう」 歌の一節を心に浮かべて、あばたは言う。 その言葉は挑発に似て、撫でるように秀二の心を刺激した。 「引き裂かれるのは心だけで充分か?」 電気の弾ける音を伴って、秀二が放電を始める。 直前、秀二の視界の端で微かな光の粒が明滅した。 「お前には何も引き裂けネーヨ」 秀二が間髪入れず身体を仰け反らせると、彼の脇をリュミエールの幾重にも及ぶ刺突がすり抜ける。 彩歌の放った数多の気糸が掠り気味に秀二の肌を裂くが、殊更に効果があるようには、彩歌には見えなかった。 一瞬微笑んでから、秀二はパリパリと電気を弾けさせる。 「やってみなくちゃ、わかんねーだろうが!」 叫びと共に、電気の波動が広範に展開された。 リベリスタの身体を駆け巡る激痛が、その自由を奪う。 「物わかりのワリィー奴ダ」 リュミエールはしかめ面で言った。 「君は既に人ではない。故に朽ちろ。己が身に降りかかった理不尽に嘆け」 身体に流れる電流を振り払い、シビリズは冷徹に、しかしどこまでも優しく、言ってみせた。 「せめて……君を殺す者として、それら全て受け止めてみせようではないか」 ● 里菜はリコルに守られながら、既に十分遠くに逃げていた。 恋人を気にするような覚束ない走りだが、もう危害は及ぶまい。 そう判断したあばたは、牽制から本格的な攻撃へと、意識を変える。 身体は問題なかった。異常も傷も、癒すには十分な手立てがあった。 「出来れば黙っていてほしい。できれば、恨み言なんて聴きたくないものですのでね」 あばたは小さく言い、滑らかに引き金を引いた。 強烈な悲鳴を上げた二丁の銃が、鉛玉を射出する。 銃弾は秀二の口に目掛けて、綺麗な平行線を描いていた。 秀二はその軌道から逃れようとするが、完全に脱するには少し遅すぎた。 銃弾は口先まで到達すると無理矢理唇をこじ開け、口内をぐちゃぐちゃにかき回すと、右の頬にポッカリと丸い穴を貫通させた。 血液の滴る音に、秀二の嗚咽が混じる。 最中、耳に飛び込んだ音を頼りに、秀二は腕を差し出した。 飛びかかったリュミエールの腕を、秀二はどさくさに払う。 「しぶてーナ、お前」 「……どー、も」 辿々しい声で言うと、秀二はリュミエールを近くにいた宗一と隆明もろとも、思いきり殴り飛ばした。 彼らは衝撃に吹き飛ぶが、すかさず体勢を立て直す。 秀二は血液と唾液をだらだらと垂れ流しながら、痛々しく口元を動かすが、明瞭な言葉が紡がれることはない。 そこにいるのは人間たる自覚はありながら、人間であることを止めさせられた、もはや言葉を操る機能さえ剥奪された獣だった。 そんな彼には、ミスターと冠することもおこがましい。 赤黒く染まった男の顔が、殺気を纏った視線を投げ掛ける。 光介は思わず、目を背けてしまった。 世界に見捨てられたこの男の状況は凄惨で、同情を禁じ得ずにはいられない。 だが彼はなりそこないだ。なりそこないのスワンプマン。 今の彼の姿は、世界の選択が移り気であることの表れだ。 世界が気まぐれに選択を変えたなら。 そこに立っていたのは、自分かもしれないのだ。 「支えるのがボクの役目……止まるわけにはいかないんです!」 ためらいを捨て、前へ。 光介は詠唱し、癒しの息吹を呼び起こす。 秀二にはそれが酷く、残酷な微笑みに思えた。 ● 秀二の身体を通過した剣が閃く。 宗一はその滑らかさからは想像もつかぬ程強烈に斬り付けた。 弾けるような痛みが全身を駆け巡ると、その軌道上から血液が噴き出した。 「神秘が絡まなきゃ良かったのにな。いや、どちらにせよ死んでいたか……」 隆明は静かに言う。 秀二の全身が血に、傷に、塗れていた。 その様相はもはや、人間ではあり得ない。 「同情するぜ。だが、まぁ、これも仕事だ」 隆明は一挙に間合いを詰めると、真っすぐ拳を突き出した。 無駄のない動きで秀二を捉えようとした拳はしかし、命中寸前で弾かれる。 「恨まば恨め、それがわたしらの仕事ならば」 あばたは秀二の頭を狙い打つ。 それは僅かに逸れて秀二の片腹に着弾する。 しかし秀二の動きは止まらない。 狂気じみた秀二の視線が隆明を突き刺すと同時、素早く叩き込まれた打撃に隆明は吹き飛んだ。 既に言葉とも分からなくなった秀二の呻きは、誰にも理解できない。 秀二の動きが収まるのを待って、彩歌が彼の背中に向けて極細の気糸を放つ。 気糸は背中から彼の内部にスルリと入り込み、内蔵と骨に僅かな穴を開けて貫通した。 寸前にリュミエールの通り抜けた軌跡に舞う砂に紛れて、体液と嗚咽が舞った。 秀二はぎこちない動きを繰り返す。 誰かを探すように。 誰かを求めるように。 「お前はよくやったよ、本当に」 秀二を哀れむように、宗一が言う。 ある意味で自身の最愛の人を守りながら、世界には愛されなかった男。 その男は今、薄弱な命をギリギリで保ちながら、猶も彼女に会いたがっていた。 恋人を葬ろうとするのではなく。 あくまで愛し、愛されるために。 「もう眠れ。お前の誇りを守るために」 その手で守った恋人を、その手で葬ることのないように。 宗一が間髪なく剣を振り上げる。 迷いなく放たれた一撃は秀二に強かに炸裂し、僅かに彼の身体を打ち上げた。 最中、秀二はギラリと宗一を睨み、回転する身体を捻って彼を掴もうとした。 だがシビリズが、その腕をそっと弾く。 そしてそのまま秀二の身体を思いきり打った。 「誰も悪くない。ただ……運が悪かったな」 その時、彼の身体から天空に向けて雷が放たれた。 否、それは彼の身体に宿った神秘が、彼の身体が朽ちるのと同時に解き放たれたというべきだろうか。 雷は数秒の間鋭く天空を目指すと、やがて秀二の身体を放し、萎んでいった。 神秘の抜け落ちた身体は、先ほど彼が雷に打たれたときと同じように、黒こげた炭となって粉々に砕け落ちた。 その手に帽子はない。帽子は先ほど打ち上げられた拍子に、中空へと投げ出されていた。 風に煽られて揺らめく帽子を、リュミエールは小さくジャンプしてつかみ取る。 「帽子……届ケテヤルヨ」 塵と化した残骸を見て、彼女は小さく零した。 ● 遥か彼方に浮かぶ夕日が、僅かに覗かせていた頭を漸く隠した。 その跡に、朱色が名残惜しそうにぼんやりと広がっている。 宗一は砕け散った秀二の身体を拾い集め、彼の元の身体があったはずの場所にそっと埋めた。 その上に立てた木の枝が、今にも折れそうな儚さで風に揺れている。 「里菜様、もう安全でございます」 リコルがそう言って、里菜を秀二のいた場所に連れてきた。 寒々しい夜風が吹き始める中、里菜はポツリと口にする。 「秀二は、もういないの?」 その言葉には実感が混じっている。 彼女はその瞬間を見ている。死んだ瞬間を、暴れる姿を。 これは確認の作業だ。自分が置かれている状況を、自覚するための。 「……そのようです」 リコルが言葉を捻り出す。 夜に相応しい沈黙が流れる。 優しい鎮魂歌のような風の音色を破って、里菜は訊いた。 「あれは……私が最後に見たのは秀二だったのかな」 「彼は……」 彩歌はそこまで言って、言葉を止める。 そして息を呑んでから、改めて言った。 「彼は確かに、水城秀二だったと思うよ」 リベリスタが今日殺しにきたのは水城秀二だ。 彼が死の間際まで、その自覚があったとするならば、そうなのだろう。 「彼は世界に見放されたが、最後のその時まで、恋人に会いたがっていたよ」 シビリズは言葉を手向ける。それが何よりも、彼が彼であったという証明になる。 「……そうですか」 「ほら、お前の帽子ダ」 リュミエールはそう言って、手にしていた帽子を里菜に渡した。 所々に秀二の血液が付着しているそれを、里菜はそっと抱きしめた。 光介それを見て、秀二の尊厳が死んでいないことを確認する。 それが世界の気まぐれな選択だとしても、憐れまずにはいられなかった。 彼は偶々死なせてもらえず、偶々加護を得られなかっただけだ。 自分は、自分たちは、偶々リベリスタとして生かされているに過ぎない。 光介は深く、息を吐く。 彼らを照らすものは既に街灯の光しか、なかった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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