● 『ずっと一緒だよ』と笑った事があった。それが子供の頃の遊びであったとしても良かったのだ。 何時かは、忘れてしまう思い出だとしても、子供だった私はずっと笑いかけていたのだ。 お母さんは、今日も何処かに行ってしまったし。 お父さんは、今日もお仕事で忙しそうだった。 だからこそ私の遊び相手は、たった一つ――ううん、独りだけのお人形だった。 「あのね、今日もね、一緒に遊ぼうね」 答える声は無いと知っていても『ごっこ遊び』を繰り返す事が救いであったから。 今日はお外で綺麗な花を見たよ。今日の空は凄い綺麗だったの。 他愛もない言葉を繰り返し続けて、其の侭箱の中に閉じ込めた。 ――わすれないで―― その言葉がいつか彼女を繋ぎとめてしまうなんて、思いもよらなかった。 きらりと光った包丁の刃先が、此方を向いて―― ● 瞬いて、机の上に置いてあった人形を見つめた『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)は何気なく「お人形遊びね」と笑う。 「小さい頃、女の子だったら誰しもお人形遊びってのをするんじゃないかしら。 ――私がそういう経験がないのは兎も角。皆が遊んだお人形の事って覚えてる?」 疑問符。彼女が問うているのは『人形遊び』という行為そのものでは無い、その人形遊びに使用された『人形』の事だろう。 「果歩という少女が居るんだけど、彼女は家庭環境が少し複雑であったから、常にお人形と一緒に居たの」 「お人形と一緒ってそりゃまた」 「寂しい? ええ、そうね。彼女にとってはその幼少期こそが『蓋』をしたい物だったのよ。 だからこそ、彼女はその頃にずっと一緒に居た『人形』の事なんて忘れてしまったわ」 ソレが自身の心の支えであったとしても、彼女にとっての幼少期は暗闇に染まっていたのだ。 人が忘れてしまっても、物が覚えているというのは良く聞く話である。人形に命が宿る――それも良くあるホラー番組等の広告文句であろう。 果歩という少女が大好きであった人形が実際に『命』を持って動いてしまってるのだ。一緒にと誓った彼女の前へと現れた人形を見て普通の一般人なら怯える。ましてやその人形を忘れてしまった果歩は『恐怖』の対象として人形を捉えてしまうだろう。 「……人形は果歩に忘れられた悲しみで彼女を殺すでしょうね。本当にちいさな人形よ? ちっぽけで、その体の綿を攻撃に使う様な無力な存在であれど一般人には驚異でしかないの。 好きだよ、と手を取って傍にいる事を『おままごと』であったとしても行ったお人形に殺されるって、どんな気持ちでしょうね? もう、忘れたい想い出だとしても、きっと」 哀しいと思うわ、と世恋の唇がゆっくりと動く。 人形が周辺の人形に促した増殖性革醒現象は周辺の物にも動く事を許してしまっているのだから。 「果歩ちゃんを救ってあげて欲しい。彼女が忘れてしまった思い出の蓋を開けるのは本当に忍びないけれど、けれど……。彼女の嫌な思い出が少しでも良い物になれば、とそう思うわ。 お人形だって、忘れられた悲しみで彼女を殺してしまいそうになっているだけなのだもの」 どちらも哀しいままなんて、ただの悪い夢じゃない、と予見者は小さく笑って手を振った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年02月23日(土)23:06 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● シン、と静まり返った住宅街でミルヒ・シューナ(BNE004335)は結界を張り巡らせる。気を使い、念のためにと幻視を纏いボトムの人間と何ら変わりない外見を取り繕ったミルヒは初の仕事に緊張を隠せず。胸を抑える。 「初めてのお仕事……が、がんばります!」 「うん、リベリスタさんたちのお手伝いしかできないけど、ちょっとずつ、がんばろう」 緑の瞳を細めて笑った『The Place』リリィ・ローズ(BNE004343)の外見は一般人のそれとは違う。リリィより幾分か幼く見える『アメジスト・ワーク』エフェメラ・ノイン(BNE004345)も同じだ。 お人形、と口にした言葉に眼を細めてくすくすと笑った『天邪鬼』芝谷 佳乃(BNE004299)は着物の裾で口元を隠す。その性質や極端なサディストとマゾヒストの同居である事から、彼女の真意は見えない。 「――何とも可愛らしいお話ですこと」 世間一般、少女はお人形遊びを嗜む等と決まっている訳では無いが大体のイメージはソレと同等だろう。可愛げのある子供だった時期が佳乃本人にあったのかどうかは判らない。もう、忘れてしまいましたが、と付けくわえた後に浮かべた笑顔。 彼女の横顔を見つめながら『月夜に煌く雪原は何を内に秘める』月姫・彩香(BNE003815)の知的欲求が向く先はエリューションと一般人の絆についてだ。彩香曰く『忘却を越えた絆がエリューションに宿った負の感情を消し去るケース』の観察であるが、それが上手く行くかはリベリスタ達の言葉次第であろう。 観察はしたい。それが理想論であるとしても、それが叶わないかもしれないと彩香は知っているけれど。 「願わくば幸せな結末であらんことを。そして私はその願いの為に出来る事をしましょう」 「そうだね。少しでも幸せな結末に出来る様、努力してみよう」 それが可愛さ余ってというやつか、何という感情であるかを言葉にする事は難しいけれど。『ファントムアップリカート』須賀 義衛郎(BNE000465)が望むものはハッピーエンドでしかない。彼の手首できらりと光るDer FührerRabeが義衛郎の掴んだ幸せだとすれば、人形に殺される可能性のあると言う少女の掴む幸せの形だって、きっと何処かにある。 「……忘れたい、ね。忘れてしまいたい過去なら幾らでもあるわ」 その外見からは想像が出来ないほどの長い時間を『運命狂』宵咲 氷璃(BNE002401)は過ごしてきた。彼女のその薄氷の如き蒼が見据えたものは決して幸福ばかりではなかった。彼女が過ごしてきた長きにわたる時間は彼女にとって忘れたいと願うものだってあったのだろう。それが、暗く閉ざされた道であったこともあったのだろう。 「消し去ってしまえばどんなに楽になるでしょう……でも、決して辛いだけでは無かった筈よ」 それは彼女の経験からであろうか。全てに蓋をして、目隠しをした気持ちを、想い出を想いださせる。其れがきっと彩香や義衛郎の言うハッピーエンドに近づける方法であろうから。 水色の髪が揺れる。虚ろな灰色は精巧な人形を想わせた。peace of mindのフリルが揺れる。ドレスにあしらわれたレェスが動きに合わせて静かに揺れた。彼女は人形ではなく人だった。彼女は人形では無く、意思のあるリベリスタだった。 「エリューションは斬らねばいけません……」 それが『鏡操り人形』リンシード・フラックス(BNE002684)の意思であり、一番の行動理念だ。 けれど、それでも『忘れられたまま』は可哀想だとリンシードは思う。脳裏に浮かんだ赤い瞳の少女の事を想って、口を噤む。 「……私も、お姉さまに忘れられたら……怖い、ですね……」 その気持ちを、どうにかしてやれれば。忘れ去られるのは、怖いから―― ● がちゃり、と玄関の扉に手を掛けた時に鍵が開いていた事に義衛郎は安心をおぼえる。施錠されていれば壊すしかないと考えていたからだ。振り仰ぎ、背後で緊張を抱えたままのフュリエの少女達と頷きあう。 踏み込んで、明りのつかない室内を目を凝らして進む仲間達を確認し、最後に玄関へと入ったエフィメラは振り返り、玄関のドアに鍵を掛けチェーンを掛ける。 「……お邪魔しまーすっ」 礼儀正しくご挨拶をし、周辺を見回った。一階に敵が存在するかどうかは視界に入る範疇では無い為に判別できない。懐中電灯を付けた氷璃が義衛郎と共に二階の果歩の部屋へと滑りこんでいくのに続き、リンシードも階段を駆け上がる。がこんがこん、と彼女の背負うチェロケースが揺れた。 一人、一階の窓を閉めに回るエフィメラは二階に上がった同種族の少女達の緊張を何となくであれど共有していた。周辺の警戒での行為であれど、部屋に急行する仲間達の中で単独行動を行うとなると危険性も高かった。 敵が居ない。――窓をぶち破ってくる可能性を仲間が示唆していたその言葉の通り、一人で鍵を閉め回る少女を余所にがしゃん、と音が響いた。 「――え?」 「頑張ろうね」 とくん、とリリィの胸が高鳴る。ぱたぱたと階段を上がる音が彼女の耳に響いた。施したエル・バリア。此れから的になると身を張るリンシードへを優先した護りの術にリンシードは瞬いて、室内で息を吸う。その存在が人形たちの元へと滑りこむ様に表れ、対象を捉えては離さない。 「さぁさぁ、私と踊りましょう……愉快な人形さん……」 彼女の誘いに、人形はリンシードへと雪崩れ込む。人形たちの中でも一際汚れているけれど、胸元に名札を付けた女の子の人形がある事に気付き義衛郎はその前に立ちはだかった。人形の包丁を柳刃で受け止めた。行方を遮ったままに鮪斬を振るい、残像を産み出しながら人形を切り裂いていく。押入れの奥で物音に気付いた少女が「ひ」と怯えた様な声を出した。 「御機嫌よう。貴女を、いえ、貴方達を救いに来たわ。其の侭聞いて頂戴」 押し入れの前に布陣した氷璃は箱庭を騙る檻を閉じる。落ち着いた『少女』の声音に果歩が小さく返す。突如自室の中に響く少女の声。お化けが現れた――突如人形が動きだした――と怯えた果歩を救いに来た。嗚呼、これは夢か何かであろうか。 とたた、と階段を駆け上がると共に傷を負ったエフェメラが慌てた様に顔を出す。階下では窓ガラスを突き破って入ってきた人形が彼女に襲いかかってきたのだろう。廊下での応戦を行う彩香のオートマチックが弾丸を打ち出していく。エフェメラの背後に存在した敵を撃ち抜いて生まれた余裕に、階段を上り切ったエフェメラがとん、と地面を蹴って弓を引いた。キリ、と音を立てた其れが人形を撃ち抜く。援護射撃と言う名であれど彼女たちの攻撃は十分に強い。 「ほらっ、こっちだよ!」 溢れだす人形に、氷璃へとエル・バリアを与えたリリィの視線が植物へと向けられる。窓際にインテリアとして存在する植物に祈るような気持ちでねえ、と囁きかけた。 (――誰でも良いの。誰か、あのお人形さんの名前を知っていたら教えて欲しいんだ……) どんな小さなことでも良い。遊んだ記憶を想いださせてあげたい。断片だって、一欠片だっていい。小さなパズルのピースだって、何時かは絵を作れる筈なのだから。当てはまるであろうピースを手探りで探る様にリリィは語りかける。 「ワタシ、お人形を倒すだけって哀しいって思います」 自分が弱いとそうミルヒは想っていた。戦うのは未だ怖く、意思に気持ちはまだ追い付いてなかった。けれど、手に入れたい結末は最善のものだから。人形が放つ気糸に膚が切れる。魔力銃ががしゃん、と音を立て、瞬いた彼女が放つのは小さな光球。まるで弾丸の様に打ち出される其れがぬいぐるみを撃ち抜いていく。 室内に蔓延るぬいぐるみに浮き上がった氷璃がその両手首から生み出したのは赤黒い鎖だった。明りの付けられた室内で、光を受けて鈍く光る其れがぬいぐるみを巻きつける。一見、シュールな映像であるそれでも、その人形達がリンシードを狙っている事は一目瞭然であった。 アッパーユアハート。己へと引き付けるリンシードとて消耗は激しい。しかし、廊下では増える人形に対して同様に引き付け続ける彩香が存在していた。耐久力では劣る彩香の運命が削られたのも仕方がないのだろう。二手に分かれていた戦闘では、廊下の方が困惑が大きかったように思える。 窓を破り入ってくるぬいぐるみは人形の効果を得て動き出した物ばかりだ。廊下では果歩の部屋以外の場所から動きだした人形がリベリスタ達に襲い掛かっていたのだ。 幸い果歩の部屋では佳乃がバリケードに、と設置したサーフボードとバス停は妙なコントラストを産み出しているが、彼女にとっては『不思議な組み合わせ』だと少し笑いを誘うものだったのだろう。銘刀「冬椿」を握りしめ、ぬいぐるみを相手に捕っていた彼女が振るう剣がぬいぐるみをサーフボードへと吹き飛ばす。 「どのような経緯であれ、敵対するのであれば斬って捨てるしかありませんもの。ねぇ?」 良い年齢の大人でありながら、こうしてぬいぐるみを斬り伏せるとは『遊んでいる』様に思えて面白い趣向であるようにも感じた。くすくすと笑う佳乃の目の前で、人形が義衛郎へと包丁を翳した。 「果歩さん、貴女が小さい頃何時も傍にあった遊び相手はなんだったのか。想いだして」 「もう、小さい頃は、忘れてしまったの」 想い出に蓋をした。其れが仄暗い幼少期を物語っている事を義衛郎は知っていた。けれど、それでも、此処で義衛郎の体を切り裂く様に存在していた人形が果歩という少女の救いであった事には違いない筈なのだから。 「ねえ、動ける様になってしたかったのはそんな事?」 深き場所を覗く。常に覗きこめば、此方を見返す物がある。氷璃の手袋に包まれた手がしっかりと掴んで逃さないのは人形の気持ちであろうか。読みとる様に目を凝らし、彼女は押し入れの前から動く事はしない。 「違うわよね? 動ける様になった事を伝えたかったのでしょう?」 ――もう一度、遊ぼう、と言いたかったのでしょう。 形の良い唇が紡いだ言葉に人形は包丁を更に握りしめる。もう一度遊びたかった。その存在を忘れて怯えて、逃げてしまっているけれど、それは彼女が思い出す前に怯えさせたのが悪いと氷璃はハッキリと人形へと告げた。 人形の握りしめる包丁が部屋の床を傷つける。人形に涙腺は無いから、泣く事すらできない。ただ、想いを伝える様に暴れる事しかできなくて。 「……哀しい、ですね」 涙腺を有する『人形』はちいさく、呟いた。 ● 眼を閉じて、弾丸を打ち出す様にぬいぐるみを狙い撃つ。自分だって、やればできるとミルヒは一生懸命に攻撃を行っていた。人形へとどめを刺すのは果歩が名前を呼んでからと決めていた。 「果歩さん、忘れてしまったとしても、思い出すのが辛くても……思い出して欲しいです。 その子は、このお人形はずっとあなたと居たお友達なんです。お友達に忘れらるってとても辛いことです」 フュリエである少女達はその想いを何となくであれど共感する。ミルヒもリリィもエフィメラも三人とも『忘れられる事』がどれほど怖いのかを判っていた。哀しい事だと、胸の中に満ちる物があるから。 「どうか、想いだしてあげてください。……あの子の名前を呼んであげて下さい」 「少しだけ、小さな友達を思い出して欲しいの。お化けとか、怖いものじゃないの。 あの子はね、忘れられちゃったことが寂しくて、貴女が大好きだから思い出してほしかっただけなの」 だから、と紡いだ言葉。彼女たちの攻撃は増えるぬいぐるみを絶えずうち抜いていく。果歩ちゃん、と名前を呼んだエフィメラが傷つく体にも気を止めず、へらりと笑った。部屋の中が確認できる位置で弓を引く。動きを止めて行くぬいぐるみたちから少し視線を逸らし、包丁を握りしめたぬいぐるみを見つめた。 「お人形さんは、ずっと寂しかったんだよね? 一緒に遊びたくて、ずっと待ってたんだよね」 自分たちが何かを許した事。それが果歩には判らない事であっても、何だって、許せる事がある筈だから。 包丁を振るう人形を受け止めながら、義衛郎は唇を噛んだ。果歩が嫌だ、と首を振っても、人形と過ごした時間が救いである筈なのだから。其れを思い出せなくても結末は彼の中では決まっているから。 「大好きな人に忘れられて哀しいのは判るけど、殺しちゃ駄目だよ」 きっと後悔する。生きていれば忘れられても、いつか想いだしてくれるから。人形を引き寄せ続けるリンシードが紡いだ『忘れらるのは怖い』は一種の脅迫概念の様であった。忘れられて哀しいと怖いは違う。哀しいだけであればそれは唯の諦めであった。怖いと思うのはどうしようもない脅迫だ。相手に何かを望むからこその感情であるのだから。 「……果歩さん、聞えてますか……。暗い過去には、蓋をしたくなる気持ちは判ります……。 私も昔、同じ事をしていました……。ですが、その過去を、一緒に乗り越えた人形まで忘れるのは嘗ての味方への裏切りではないですか……?」 ぽつり、ぽつりと。零す言葉に押し入れの中で響く嗚咽。氷璃はその嗚咽を聞きながら眼を伏せた。嗚呼、忘れた方が幸せな事があると言うのは本当なのだ。 「ねえ、貴女と彼女が過ごした日々を教えて頂戴?」 人形が呪詛の様に吐き出す想い出を氷璃は聞き漏らさずに全てを伝えて行く。其れが、彼女の想い出の蓋の中にある事だとしても、思い出す為には重要だから。 『……ちゃん』 呼ぶ少女の声にぬいぐるみは幸せそうに笑う。果歩ちゃん、と彼女の母親らしきものが手製の人形を渡した時に、少女は幸せそうに笑っていたのだ。狂う人生において、少女が母親を母親だと認識したのはその瞬間だったのだろうか。其れしか縋る物が無かった――それ以降は果歩にとって辛い暗い道だったのだろう。 「……想ってくれる誰かを忘れてしまうなんて哀しい事だわ」 それが動かぬ、物言わぬ人形であったとしても。判らなくたって、想ってくれている存在がそこにあったのだから。 「いつまでも一緒にいることはできないかもしれません……。 ですが、せめて、一度だけでも、名前を呼んであげて下さい……」 それが、誰に向けた言葉であるかなど、リンシードは考えなかった。己たちだって戦いに向かう身なのだ。もしかすると誰かと逸れる可能性だってあった。氷璃がリンシードを守る様に布陣するのだって、彼女を可愛がる彼女の『お姉様』の悲しむ表情を見ない為でもあるのだから。 何時までも一緒には居られないかもしれない。 ――それでも、先に進む為には必要な事だから。傍に居てくれた感謝と、その名前を呼ぶ事が大事になるから。 リンシードの魔力剣がぬいぐるみにぶつかった。ぐ、と耐える様にその場に立っていた彼女を援護する氷璃も静かに果歩と名を呼ぶのみだった。 想い出を探る様に、願われる。アレは怖いものではないのだろうか。掛けられる言葉に混乱を浮かべながら果歩が探り当てる様に一言だけ、ぽつりと漏らした。 「――みぃちゃん……?」 呼ばれた名前に人形が包丁を取り零す。灰色の瞳は人形が泣いている様に見えて、薄らと細められた。忘れられるのは怖いから。 そっと近寄ってリリィは人形を抱き締める。もう大丈夫だよ、と笑った彼女の腕の中で、人形は俯いた。怯えさせたのは自分の所為だと氷璃が告げていた。それは果歩の心にどれ程のダメージを与えたのだろうか。 がこん、と押し入れの扉を開け、氷璃の手を取って、少女は真っ直ぐに人形を見詰めた。 「……みぃちゃん?」 リリィの腕の中から人形は飛び出してじっと果歩を見つめる。エリューション化してしまった人形――みぃちゃんは傷つける事が怖いかのように果歩に近づく事を躊躇った。 たった一人の幼い頃の友達は其処に立っている。室内に居た人形もしん、と静まり返ってしまっていた。 名前を呼ぶ。それが人形にとってどれほど嬉しい事であったのかは最早判らない。判っていたのは人形の心を探り続けた氷璃だけだろう。伏せた水色は、何を想うのか薄らと氷の上に滲ませていた。 「もう、大丈夫だよ……」 零したリリィの言葉に、落とされた包丁に、荒れた部屋に怯える様に氷璃の手を握りしめた果歩は静かに唯見つめていた。義衛郎が望むハッピーエンドは『想いだして貰える事』だった。人形の結末はすべて決まっていたのだ。 エリューションは討伐すべき。リンシードも述べた言葉だ。 鮪斬が鈍く光る。人形へと真っ直ぐに向けた刀は其の侭振り下ろされて、斬り刻んだ。幻惑の武技から生まれる幻影は何処までも優しく、人形を抱きしめる様にその体を横たえた。 しん、と静まった部屋で、座り込んだ少女の目の前に立って、命のある水色の人形は、灰色の瞳を瞬かせて怖いですね、と小さく零す。 「……有難う、ございました……」 忘れられるのも、想いだすのも怖くて、行き着く先は何時も何処か仄暗くて。 あの日見た空も、あの日見た花も。氷璃が紡ぐ『大切な友達と過ごした日々』が忘れたい物になってしまった現実に、果歩はただ、泣くだけだった。 動かなくなった、ぼろぼろになった人形を抱きしめて。 (――いつか終りが来るのなら、せめて、最期は安らかに……) 飾ってあった植物の花弁が――たくさんの小さな思い出を抱えた花がひらりと、散った。 カランコエの花を見つめてリリィは静かに目を伏せた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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