●階段の上から ボーン、ボーン、ボーン 「ああ、もう十二時か……そろそろ、見回りに行かなくちゃな」 当直の若い教師が古時計の音に目覚めた。 ストーブを消して廊下に出ると、急に寒気が身体を襲った。 真夜中の学校は暗い闇に支配されている。冬の冷たく重い空気が辺りを覆っていた。廊下の木板を叩く自分の足音が、ギシッ、ギシッとやけに大きく響く。 教師になってから幾年が経つが、当直の仕事は慣れない。おまけに去年の春に転勤してからこの学校で夜を過ごすのはまだ三回目だ。 「早いとこ、済まして帰ろう……」 中学校は今時珍しい木造校舎だった。 戦前から立っている古い学校だが、すでに来年には取り壊しが決定している。少子化の影響でこの山奥の小さな学校も時代の波には逆らえなかった。 だが、輝かしい伝統の一方でこの学校には奇妙な噂がいくつか存在した…… ぎぃい――ぎぃい―― 階段の踊り場に差し掛かった時だった。ふと、上の階段から何かが下りてくる気配がした。 その瞬間、教師は固まった。 「だれだ! そこに居るのは」 外は昨晩から激しい嵐が降っている。窓がガタガタと突風に震えていた。一瞬、その音かと思ったが、違う。 ぎぃい――ぎぃい――ぎぃい―― 闇の向こうにナニモノかがいた。ソレは一歩ずつ下に降りてくる。 教師は慌てて懐中電灯を向けようとした。しかし、その時、手が滑った。カランカランと音を立てて階段の元へ転がって行ってしまう。 やっと追い付いて懐中電灯に手を伸ばした時だった―― ――ぴた 懐中電灯のすぐ横に白い足首が立っていた。 窓のすぐ後ろで雷が光った。突然、辺りの闇が明るく照らし出された。 不気味に石像が笑っている。 白いのっぺりとした顔が薄い三日型に口元を歪ましていた。手にした薪を大きく振りかぶる――直後。 教師は声にならない悲鳴をあげて廊下を転げ落ちた。 それは近頃生徒の噂に聞く、夜中走りまわる――二宮金次郎だった。 ●真冬の怪談 「場所は、Y県の山間にある中学校。エリューション化した二宮金次郎の石像が、真夜中に動き出して当直の教師を襲った事件が発生した」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、淡々とした表情でその中学校で起きた事の顛末を語った。 アークの一室は暖房が利いているにも拘わらず、異様な冷たい空気が流れていた。 リベリスタたちはいつの間にか、イヴの話に引き込まれている。中には怪談話が苦手な者が顔をひきつらせていた。 「フェーズの段階はまだ2に留まっている。攻撃は、持っている本のページを破いて遠距離から手裏剣のように投げつけてくるのが一つ。それから近距離から背負っている薪を棍棒のように振り回してくる。もちろん、相手は石でできているから当たったら相当のダメージを食らうことも忘れないで」 相手の攻撃説明に入ると、それまで怖がっていたリベリスタはようやく居住まいを正した。イヴの一言も漏らすまいとメモを取る。 「これ以上、犠牲が出ない今のうちに二宮金次郎を破壊してきて。生徒まで危害が及ぶ前に。それから、二宮金次郎はとても足が速く、また頭もいい。相手も知恵を生かしながら攻撃をしてくるし、不利となればすぐに脚力を生かして逃げ出そうとする。その点を注意しながら今回は戦うといいわ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:凸一 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年02月26日(火)22:22 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●真夜中の校舎 ギシッ――ギシッ――ギシッ―― 廊下を歩くと木のきしむ音がやけに大きく響いた。真夜中の校舎は昼間の喧騒とは違ってまるで異世界に舞い込んだようだ。 闇に閉ざされた空間は想像以上に見通しが悪い。各々が持ち合わせたワークライトや懐中電灯を頼りに慎重に現場へと向かう。 「夜中の校舎なんて久しぶり。なんか出そうで不気味な感じだよね」 『断罪狂』宵咲 灯璃(BNE004317)が、興奮気味に語る。 「ほんと。うーん、初めてのお仕事はやっぱりドキドキしちゃうわね。でもこの感じ……悪くないわよ」 『ミスティリオン』紗倉・ミサ(BNE004246)も同意する。 「ボクも初めてエリューションと対峙するけど、倒せるように頑張るぜ」 同じく初仕事の『悪芽の狩り手』メッシュ・フローネル(BNE004331)が景気づけるように言った。 「ここが学校なの? ともかくフェリエ同士、お互いがんばろ」 『アメジスト・ワーク』エフェメラ・ノイン(BNE004345)も気を使って励ます。そのやりとりを聞いていた『百叢薙を志す者』桃村 雪佳(BNE004233)が二人に声をかけた。 「学校は、同じ年頃の子供達が大勢集まって、勉強や運動をする場所だ。三高平にもあるから、通ってみても良いと思うぞ」 フェリエの二人に学校がどういう場所か説明する。ちょうど話が逸れたことで場の空気がいくらか柔かくなった。 「それにしても二宮金次郎の像を壊すのは心苦しいです。今では残っている学校も少ないと言いますし」 『騎士の末裔』ユーディス・エーレンフェルト(BNE003247)が残念がる。 「まったくその通りなのデス。でも、児童の模範となるべき存在が、そのようなことをなさるとはなんとも無念! 正しい二宮金次郎さんにもどるのデス」 『超守る空飛ぶ不沈艦』姫宮・心(BNE002595)が力強く宣言した。 居合わせたリベリスタ全員が心の意見に頷いた。たとえ、長年学校に設置されてきた由緒正しき石像であってもエリューションとなれば放っておくわけにはいかない。 このままにしておけば更なる危害がおよぶ可能性がある。どうして生徒の模範である二宮金次郎が暴れ出すようになったかわからないが絶対に倒さなければならなかった。 「皆、もう十二時なのだ。くれぐれも無理のないように気をつけてほしい」 『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)が、仲間に呼びかける。 もうすぐそこには階段があった。暗闇の向こうに階段が上まで続いている。さすがに現場に到着すると辺りは薄気味悪さが漂っていた。 階段の左右にリベリスタたちが早速散らばった。すでに時計の針は十二時を回った頃だった。一同の間に緊張が走る。やがて階段の上から物音がした。 ギィ――ギィ――ギィ―― 明らかに窓がきしむ音とは違う異様な音に緊張が走った。じっとしているだけで恐怖に襲われそうになるが、じっと堪える。 ギィ――ギィ――ぴた そのとき、急に足音が止まった。灯りを向けるとそこには―― 笑う二宮金次郎が立っていた。 ●走り回る金次郎 二宮金次郎が階段から下りてくると、雷音が前に出た。 「思いの外、背の高い奴だな!」 現れた金次郎は雷音よりもはるかに背が高かった。リベリスタの誰もがその意外に大きな金次郎に驚く。 一瞬、金次郎のほうも突然現れたリベリスタたちに驚いた様子を見せた。が、それよりも早く雷音が式符鴉を使った。 突然の攻撃に金次郎はなすすべもなく攻撃を食らった。 ようやくリベリスタたちを敵と認識した金次郎は持っていた本のページを幾枚か破った。手裏剣のように雷音に向かって飛ばした。 「そうはさせないのデス! このラインは越させません!」 心が雷音の前に立ちはだかる。金次郎の波状攻撃を心はすべて受け止めたが、あまりの勢いに弾き飛ばされそうになった。 その隙に反対側にいたユーディスと雪佳が金次郎のがら空きの背中に詰め寄った。今のところまったく金次郎は警戒していない。攻撃のチャンスだった。 エフェメラは万が一のために雪佳にバリアを張る。 雪佳が攻撃を仕掛けようとしたときだった。 金次郎はとっさに後ろを振り返り危機を知った。すぐさま脚力を生かして元来た階段の方へ逃げ出す。 あまりの足の速さにリベリスタたちは追いつけない。前から挟み込もうとした雷音や心たちをも金次郎は出し抜いてしまう。 「ぜったい逃がしはしないです!」 ようやく階段に向かところで背後からユーディスがジャスティスキャノンを放った。見事に命中して金次郎の背中の薪が砕け散った。 金次郎はその場に倒れた。リベリスタたちが追いついてくる。 だが、金次郎は薪が盾になったおかげで無傷のままだった。すばやく落ちていた薪を拾うと、そのまま教室の窓を叩き割ろうとする。 「逃げる意思が見える! 気をつけるのだ!」 雷音が遠くから叫んだが、間に合わない。金次郎は窓ガラスに大きな穴をあけて教室の中に逃げ込もうとした。 「逃がさないよ!」 その時、先に詰めよった灯璃がプロストライカーを放つ。見事に命中して金次郎はよろめいた。だが、金次郎も負けじと薪を振りかざして攻撃をする。 灯璃は避けきれず薪を食らって地面に倒れ込んだ。 「灯璃さん、しっかりして」 ミサが駆けよってすぐに回復を施した。幸いなことにダメージはそれほど受けることなく灯璃は立ちあがることができた。 「大丈夫よ。ありがとうね」 その隙に金次郎は教室の中にまんまと逃げ込んでしまった。早くしないとまた教室の窓を叩き割って外に逃げられてしまう。 ●教室での籠城 「くそっ! これじゃ中に入れない」 雪佳が割れた窓ガラスから侵入しようとすると、中から夥しい石の手裏剣が飛んできた。次から次へと攻撃をしてくるため迂闊に入れない。 このままでは埒があかなかった。敵も一刻も早く逃げたいが、攻撃の手をやめるとすぐにリベリスタが侵入してくるのが目に見えている。 だから威嚇攻撃を続けて様子を見ているのだ。 さすが二宮金次郎だった。相手も最大限知恵を絞って攻撃をしてくる。さっきの逃げ方といい、やはり相手は並みの知能の持ち主ではない。普通の相手ならあの作戦ならば、必ず挟みうちに出来ていただろう。 だが、そうも言っていられない。他の作戦を考える必要があった。 「メッシュ! 窓から攻撃をして奴の気を引いてくれ!」 考え込んだ末に雷音がメッシュに向かってひとつの指示を与えた。 「わかった! ボクに任せて!」 その時、メッシュがエル・レイを窓ガラスの外から放った。 いきなりの反撃に金次郎の攻撃の手が止まった。 その隙に雪佳がドアの方に回りこんで、一気に開けた。スピードを生かして一瞬のうちに金次郎との間合いを詰める。 「お前も中々の身のこなしだが――技の速さなら、俺も負けんぞ」 雪佳のソニックエッジが金次郎の身体に炸裂した。あまりの攻撃の勢いに金次郎は机と椅子の間に吹き飛んだ。 リベリスタたちが教室の中に入った。灯璃は出入り口に立って、逃げ道を塞ぐ役目を担う。先ほどのダメージの影響は見せずに気丈に振舞った。 「二宮金次郎さん、どうして君は動き出したんだい? 今は撤去されてほとんどみかけないって聞いたぞ。忘れられるのが寂しかったんじゃないかい?」 メッシュが倒れた金次郎に話しかけた。 一瞬、金次郎は動きを止めた。何かを言いたそうに口元を開きかけたが、ニヤリと口元を歪ませただけで結局何も言わなかった。 メッシュが話しかけているうちに完全に金次郎は包囲されていた。もう今度こそ金次郎は逃げられない。 だが、金次郎のほうもリベリスタたちが入ってくる前に教室の中を散々に荒らし回っていた。椅子と机が散乱して足の踏み場がない。 金次郎はうまく椅子と机を使ってバリケードを拵えていた。その中に金次郎は立てこもっている。ただではやられないのが二宮金次郎だった。 とはいってもさすがに先ほどの攻撃で金次郎も大分弱っている。 体中にひび割れができていた。エリューション化したとはいえ、元は石だ。立て続けに攻撃を食らえばいつかは破壊することができる。 「そうだよ。すごいことした人なんでしょ? このままじゃキンジローさんのすごさが台無しだよ。だから大人しく出てきて!」 エフェメラが援護射撃で金次郎が隠れているところを狙った。 驚いた金次郎はバリケードの外に飛び出してくる。最後の力を振り絞って近くにいた雷音に向かって薪で殴りつけてきた。 「そうは絶対させません!」 再び心が前に立ちはだかる。 威力の低下した金次郎の攻撃は、胸を張って守った心には全く通用しなかった。 「星よ! 占え!」 心にかばわれた雷音が躊躇なく攻撃を放った。金次郎は防御することもできずにまともにダメージを食らってしまう。 雷音の攻撃に襲われながら金次郎は逃げ惑う。 なんとかして窓枠に手をかけた。薪を振り上げてガラスを割ろうとする。 「もう絶対に逃がさないわよ」 それを見ていたミサが金次郎に近づいた。 逃げようとする金次郎にマジックアローを容赦なく叩きこむ。あまりの衝撃に金次郎は窓枠から滑り落ちてしまった。 「これでトドメです!」 ユーディスが大きく振りかぶると、リーガルブレードで金次郎を真っ二つにしてトドメを刺した。 二宮金次郎は身体を半分に引き裂かれて横たわったまま動かなくなった。 ●最期の望み 「灯璃、怪我は大丈夫だったか」 戦闘が終わるとすぐに雷音は灯璃の元へ駆けよった。 「ええ、おかげ様でなんとか。それにしても無事に倒せてほっとしたよ」 灯璃は今回無事に作戦が成功したことを喜んだ。 他の仲間も灯璃の意見に賛同する。 「賢い上に足も速くて手強かったわ。でも、ほんと無事に仕事が終わってよかったわね。これも頼もしい皆がいたからよ」 「これで今日からリベリスタとして胸を張れるかな」 ミサとエフェメラが感想を述べ合った。お互い初の依頼でなにかと苦労があったに違いなかった。それでもリベリスタとして立派に仕事を完遂することができたことで今後もこの世界で自信をもってやっていけるだろう。 「二人とも立派だったぜ」 雪佳も二人を褒める。 「それにしても、二宮金次郎の像を壊してしまったのは本当に惜しいです。本当なら廃校になる最期までずっと生徒たちを見守らせてあげたかった」 ユーディスが寂しそうに言う。 「この石像の元になったのは偉人だった。その心を最後に取り戻せなくて残念だったな」 「そうですね。ちょっと可哀想な気もします。どうかこれからは児童の守り手としてあってほしいです」 メッシュと心も同じ気持ちだった。 二宮金次郎は、相変わらず口元をニヤリとさせていた。だが、もう彼は二度と動かない。雷音はすぐにサイレントメモリーを使ったが、エリューション化には誰の手も関わっていないようだった。 おそらく二宮金次郎が突然自身で覚醒してしまったのだろう。 もしかしたらメッシュが先ほど言ったように、撤去されて忘れ去られてしまうのが嫌だったのかもしれない。 あるいは近年座る像に変えられてしまうことへの皮肉かもしれなかった。二宮金次郎自体は悪くない。ほんとうに悪いのは立って本を読むことをきちんと悪いことだと教えることができなくなった現代の親や先生の方だ。 雷音はそう思わずにはいられなかった。 だから二宮金次郎は撤去される最期に――思いっきり走りたかったのだろう。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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