● ――踊れ踊れその身朽ち果てるまで。 舞われ舞われ輪廻の如く。 それは真夜中の舞踏会。 月明かりが照らす草原で繰り広げられる華やかな夜会。 煩い演奏はいらない。ただ頬を撫でる風だけがリズムを刻む。 揺れるように何度も何度も繰り返し。 流れるように淀むことのないターンでドレスを翻し。 僅かに覗く素足は月明かりを反射するように艶かしく。 足元の赤い靴がより一層際立たせる。 それは一人の少女だった。 少女はこちらに気がつくと微笑んでくれる。 そしてステップを緩やかに、こちらを招くように踊り続ける。 ――彼女が声を掛けてくれたわけではない。けれど、僕の足は自然と彼女の方へと向かっていた。 その瞳が寂しそうだったから? その動きがパートナーを求めるものだったから? 自分でもわからない感情に突き動かされて、僕は少女の手を取る。 驚くように目を見開く少女に、今度は僕が微笑みを返してあげる。 踊りなんて知らないはずなのに、体が自然と動いてくれる。 少女をリードするように。もう孤独はないのだと体を寄り添わせて。 ――あぁ。きっとこの出会いこそが、僕の運命なのだ。 ● 「この口づけこそ喜び。…幸いのうちに、私は死ぬ」 ぱたりと本を閉じながら『あさきゆめみし』日向・咲桜(nBNE000236)が呟く。 「満ち足りて死ねるのなら……それは果たしてハッピーエンドなのでしょうか」 たとえ結末が二人の死であったとしても。 ……いつかわかる日がくるんでしょうかと首を振りながら、咲桜が続ける。 「今回の事件は『赤い靴』と呼ばれるアーティファクトから発生した……ノーフェイス事件です」 ――『赤い靴』。 童話の逸話に曰く、死ぬまで踊り続ける呪いを掛けられた赤い靴。 「違うところといえば、不幸にもその靴を履いてしまった少女は、昼夜問わず踊って踊って踊り続けた挙句……気を失った末にノーフェイスとして革醒してしまったことでしょうか」 それ故に、赤い靴は少女に赦しを与えてはくれない。 首斬り役人も登場しない孤独な舞踏会。そして訪れる望まざる革醒。 「踊りながら革醒め、踊りながら目覚め……少女の中にはそれしか残らなかったというのは、彼女にとって救いになるのか、更なる不幸なのか。ともあれ、『赤い靴』の少女はノーフェイスとなり踊り続けることによって、靴共々新たな力を開花させました」 共々、というのはこの場合少し違うかもしれない。 「『赤い靴』は感染能力を持ち始め、少女の力は感染者が増えれば増えるほど増大させます」 きっかけはノーフェイスの少女の前に現れた少年。 孤独だった少女は、少年によって二人で踊る幸せを知ってしまった。 たとえ人間性が欠如したノーフェイスであろうと、その根幹が人であることに変わりはない。 少女は言葉に出来ない感情を手にしてしまい、そして望んでしまった。 『いつまでも二人で踊り続けたい』、と。 「結果としてその願いは叶えられることになりました。……少年は『赤い靴』に感染し、そして少女と同じくノーフェイスとなり今も踊り続けています」 そして増大したノーフェイスの力は『赤い靴』へも伝わり、始めは少女と接触していなければ感染しなかった呪いは周囲にも影響を及ぼし始める。 「現在、最初の少年の他に、四体のエリューションゾンビが周囲を踊っています」 少女のノーフェイスはただ少年と一緒に踊り続けたいだけ。二人で踊る幸せを皆と分かち合いたいだけで、自ら積極的に攻勢に出ることはないという。 だけどその誘いは一般人にとっては死の踊りに他ならない。 「だから、これ以上被害が大きくなる前に……やっつけてきてください」 この集団は現在、人里離れた草原で踊り明かしているという。 「こちらから攻撃しない限り、彼女らは襲ってはきませんが……一度踊りの邪魔をすれば、容赦はないようです」 踊りながら攻撃を繰り出し、そしてその相手を飲み込むように『赤い靴』の呪いを伝播させてくる。 「『赤い靴』の呪いは相手の体力に依存して効果が増減します」 体力が減れば減るほどその呪いからは抗いがたくなるという。 そして一時的にとはいえ呪いに掛かればその分ノーフェイスの力は増し、呪いは益々強固なものとなる。 「幸い、リベリスタであるなら状態異常を回復するスキルがあれば解呪は可能なようです。……本人に意識さえあれば、ですが」 逆に言えば呪いに掛かったまま戦闘不能へと陥ればスキルでは解除できないということだ。 「……このアーティファクトの特性は、『楽団』と似通ったものがあります」 だからこそ、日本全土が『楽団』の脅威にされされている今、このアーティファクトは目覚めたのかもしれない。 「リベリスタが呪いに掛かったまま戦闘不能に陥った場合、『赤い靴』を履くノーフェイスとゾンビを全て撃破すれば解呪が可能です。……まだ『赤い靴』の力がそこまで強くなる前でよかったです」 これがあと十人ほどを取り込み、ノーフェイスと『赤い靴』が力を増していたなら危なかったかもしれないと咲桜は言う。 「ただ、意識がなくなってしまった方は他の方の妨害を行ってきますので、厄介度はさらに増してしまいますが」 『赤い靴』の感染者はある程度の自立行動を行いながらもお互いに繋がり合い、オリジナルたる少女の『赤い靴』にその指揮系統を委ねている、ということらしい。 「ノーフェイスとゾンビ達を撃破した後の『赤い靴』に関しては、なるべく回収をしてきてください。……この手の呪いは、壊したつもりでもまだ生きていることがあります。なのでこれ以上被害が拡大しないよう、私の方で保管をします」 ……この時期に、「ゾンビ」依頼である。未だに心の傷を癒せていない者もいるだろう。だが、それでもリベリスタとして、これ以上の事態の拡大を防いで欲しいと。 「よろしく、お願いします」 深々と腰を曲げながら。 咲桜はリベリスタ達を送り出した。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:葉月 司 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年03月05日(火)22:34 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 月が照らす星空の下、その夜会は静かに繰り広げられる。 「……靴の呪いに縛られた二人、か」 その光景を少し離れたところから観察しながら、『侠気の盾』祭・義弘(BNE000763)が始まりの二人を見つめてこの二人の出会いに思いを馳せる。 言葉がなくたって寄り添いあえた二人。その出会いは不幸じゃなかったのだろう。 ……こんな形で永遠に縛られるのでなければ、きっと自分達と同じように―― 「月の夜に永遠に踊り続ける恋人同士なんて、ロマンチックね」 義弘の隣に立つその恋人、『蜜月』日野原・M・祥子(BNE003389)がその言葉とは裏腹に、あまり羨ましくはなさそうな表情で義弘の視線の二人を見つめながら続ける。 「あたしは好きな人と一緒に年を重ねて、二人で生きていきたい、かな」 だって止まった時の中では経験できない、二人の思い出の方がずっとステキでしょ? なんて義弘に微笑みかける。 「永遠に停滞した世界のただ中で、孤独でなかった事が救いなのか、それすら呪いと断じるべきか……」 分からない、と首を振りながらも『祈花の導鴉』宇賀神・遥紀(BNE003750)は思考する。 この二人の名前を。この二人が何を愛していたかを。その想いに少しでも触れたいと。 「俺様ちゃんは、これは呪いだと思ってるよ」 遥紀の問いに答えるようにか、それとも独り言か。『殺人鬼』熾喜多・葬識(BNE003492)が肩を竦めるようにしてにへらと笑う。 これは願いじゃなくて呪いだと。 祈りじゃなくて怨念だと笑顔で吐き捨てる。 「死ぬまで踊る、死んでも踊る、まるで人形劇みたいだね☆」 歪つな鋏をくるりと回転させながら手に納め、気取る様子もなく――赤い靴が主催するステージの上へと上がる。 「アインス、ツヴァイ、ドライ……さぁ、死への踊りへ導こう☆」 ● 彼我との距離はおよそ20メートル。その踊りを見ているだけで自然と体が左右へと揺れようとするのは、既に呪いの範囲に入っているからか。 「ですが、まだこの距離ならつられるほどではないですね」 その頭脳を高速回転させながら、『シャドーストライカー』レイチェル・ガーネット(BNE002439)が自身を襲う衝動からそう結論付けてそこを安全圏と設定する。 ――前情報通り、これだけ近づいても彼らはこちらに全く反応を示さない。 いや、むしろこちらの存在に気づいているかさえ怪しい。 「……ちょっとだけ、嫉妬してしまいそうです」 出会うことで見出した新たな可能性。 たとえ死の舞踏に捕らわれていたとしても……ソレは確かに、運命の出会いなのだろう。 「胸が、痛いよ……」 言葉通り、胸元を押さえながら悲しげに瞳を伏せるのはのは『ライトニング・エンジェル』セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)。 何よりも犠牲を嫌い、全てを守ることをこそ自らのリベリスタ像と見定める少女は、だからこそ赤い靴を許すことはできない。 もうこれ以上、赤い靴に殺させはしないと。これ以上の犠牲は絶対に防いでみせると瞳に力を込め意志を固める。 「それじゃ、行くッスよ」 言って、『小さな侵食者』リル・リトル・リトル(BNE001146)が先陣を切って前に出る。 一歩、二歩、三歩。近づく度に赤い靴の呪いは確実に濃くなっていく。 「赤い靴ッスか。元は童話だったッスかね」 20メートルの距離は一息には到達しえない。だがここにきてもまだ、彼らはひたすらに無関心だ。 「踊りって、確かに楽しいもんね」 でも外界に目を向けないで踊り続け、周りの人さえ無理に巻き込む踊りは本当に楽しいのだろうか。 「やっぱりさ、自分で踊りたいって言うんじゃなければダメだよ」 赤い靴に捕らわれる前のこの人達はどうだったのだろうか。 楽しんでいたのだろうか。それとも―― 「だから、ボクは止めるね。そんな踊りはしたくないし……させたくないもん」 『アメジスト・ワーク』エフェメラ・ノイン(BNE004345)がこくりと頷き、その隣で魔を祓う光を放出させるレイチェルに合わせて素早く弓を引く。 肌が焼けるような光と降り注ぐ矢の雨。ほぼ同時に行われた初撃は何の抵抗もなく、四体のソンビへと突き刺さる。 そこでようやく、舞踏者達の目がリベリスタを捉える。 踊りを邪魔する敵対者として。 パートナーの背に突き刺さる矢を抜き、微かに爛れる皮膚を慈しむように優しく撫でながら動き始める。 まずは少女がステップを踏む。 それは先ほどまでの踊りとは明らかに質を異ならせる――力ある躍動。 月の光を浴び、銀の軌跡を残すように舞うの動きに同調するように、ゾンビの動きも鋭いものへと変化していく。 「ゾンビを攻撃すればノーフェイスも動く、か」 だがこちらの動きに変更はない。 まずはゾンビ達を少女達から少しでも引き剥がし、少女の支援スキルや少年の全体攻撃の被害を抑えるのだ。 「まずは軽くお手並み拝見ッスよ」 迫りくるペアのゾンビの攻撃を手にしたタンバリンの凶爪でいなしながらリルは逆時計回りにステップを踏む。 二体と一人。ペアとソロの競演は奇妙な食い合いを見せながらゾンビを後方へと誘う。 ――と、順調に後退するリベリスタ達の足下に不意に熱が走る。 「ーーっ!? 前衛、構えろ!」 首筋に走る違和感に義弘が叫び、直後、熱は燎原の火と化して前衛のリベリスタを襲う。 「これは、彼の攻撃……?」 足下の熱から逃げるように、とっさに宙へと逃げたセラフィーナが見たのは、踊り続けるノーフェイスの少年少女……そこを中心に円を描くように広がる炎の輪。 複雑な模様を描くように地面を這い、的確にリベリスタだけを巻き込むように走る炎は青銀の色を宿し――それは少女が軌跡に残す光と同質のものであるのだと直感した。 「さながら焼けた鉄の靴ってところかな?」 足下から巻き付いてくる炎を振り払うように大鋏を振るい、 「それ、童話が違くないッスか?」 的確なリルのツッコミにだよねぇと笑いながら同意した葬識は、振るった勢いのままゾンビを切りつけ、その体力を奪い取る。 焼かれて持っていかれた分とは比べるべくもないが、それでも僅かばかりでも踊りに駆られそうになる衝動を抑えることができたので上々だ。 「こんな死のダンスに付き合うなんて反吐が出る」 ちらりと全体を見渡せば、どうやらまだ踊りに駆られたリベリスタはいないようだが……ノーフェイスの範囲外にいる後衛陣も耐えるようにしているのは、やはりゾンビの足にも赤い靴が見えるからか。 ――自己増殖するゾンビ生成破界器。 命を無駄にして綺麗な命を踏みにじる。 本当に、忌々しい。 「生きているからいいのにね☆」 セラフィーナが急降下の勢いを生かして高速で切りかかるのに合わせて作り出した暗黒を叩き込む。 そんな前衛の攻防を炎の壁の陽炎越しに確認しながら、遥紀はその癒しの力で仲間の傷を癒していく。 じりじりとこちらに迫りくる炎は、少しずつノーフェイス達がこちらへとやってきている証拠。 だがその進行速度が非常にゆっくりなのは、まだ直接彼女達の踊りを妨害したわけではないからか。 「消えないでその場に残り続ける炎……確かに、これなら攻撃しながら少女のことも庇えそうだね」 こちらにとっては厄介なことでしかないが。 そうこうしている間にも、赤い靴の呪いは確実に伝播してくる。 「うぅ……みんなと踊りたいのは分かるけど……!」 今回呪いに掛かってしまったのはエフェメラと、あとは…… 「あら、義弘さんったら……ふふ。あたしとは、まだダンスなんてしたことないのに……♪」 前衛陣から、義弘。 女性型のゾンビと手を合わせるように踊るその姿にくすりと笑う祥子を見て、レイチェルがこっそりと手を合わせる。 祥子の放つ淡い光でも解呪されなかった義弘の少し先の未来を見て、せめて少しでも注意を逸らしてやろうと気糸でもって相手ゾンビを絡めとる。 「ボクだって負けないよ!」 祥子のサポートで踊りの呪いから解かれたエフェメラが、言いながら力場を操作して物理的なバリアをセラフィーナの周囲へと展開させる。 直後にセラフィーナを狙った、独楽状に回転したゾンビの跳び蹴りはその力場に衝撃を吸収されて勢いを生かしきれない。 反対に好機を得たのはセラフィーナだ。体勢を崩したゾンビが地面へと接着するまでの僅かな隙は、しかし彼女にしてみれば十分すぎるものだった。 「赤い靴。貴方の呪いは今夜で終わりです!」 突く。突く。突く。それは無数の刺突。相手を切り刻む死突。 身を焼く炎さえその速度には追いつけない。 「これが私の剣の舞ですっ!」 既に自分の認識さえ越える速度は、はたして操られた結果なのか否か。 どさりと受け身も取れずに転がるゾンビはぼろぼろに。それを見下ろすセラフィーナは息も絶え絶えに。 ゾンビが動かないことを確認して、その足を切断しようとして、僅かに躊躇してしまう。 もう間に合わなかったとはいえ、このゾンビもまた犠牲者なのだ。その体に鞭を打つような行為に、覚悟はしていても心が痛む。 そんなセラフィーナの心を知ってか知らずか――おそらくは知らないままに葬識が前に出る。 「足を切るのは首切り役人のお仕事……なんてね」 ぶつんと、剣にナイフを取り付けただけの鋏が噛み合わさってゾンビの足を切断する。 「こんなモノを解体(バラ)しても衝動は収まらないけど……ね」 ついでというようにその首も狩って首切り役人としての面目も躍如する。 「さ、次にいこっか」 にこりと笑ってセラフィーナの方へと振り返り、 「っ、足が……!」 いつの間にか起きあがっていた、足だけになった赤い靴の――突付くような鋭い蹴りに無防備な背中を晒してしまう。 「油断大敵、だな」 だがその一撃は、割り込んだ義弘の侠気の盾が見事に防ぎきる。 「わぉ、俺様ちゃんびっくり」 決して油断していた訳ではないが、ノーフェイスの少年が巻き上げる青白い炎に少しばかり気を取られすぎたようだ。 「足だけで踊り続けるなんて、本当に童話みたいッスね」 赤い靴はそれだけ、踊りを望んでいるのか。 「……踊りたかったら、リルがいつでも付き合うッスよ」 アークが、そしてこの靴を管理するだろう少女がそれを許可してくれるかはわからないけれど、呪われた靴としてそのまま朽ち果てていくのは寂しいと。 「それまで、少しの辛抱ッスよ」 リルがその靴に刻印を刻み込み、今度こそ沈黙させる。 「……本体以外の赤い靴も、しっかりと残るんスね」 「ああ。……ゾンビを全部撃破してから少年少女の方に回るのは少しきつそうだな」 完全に動かなくなった後も確りと残る赤い靴を見て、僅かに思案する。 このままでは後衛はともかく、少年の炎に苛まれ続ける前衛がいつ全員呪いに飲み込まれてもおかしくはない。 現に今もその衝動に駆られる体を、葬識は自傷行為を行ってまで耐えようとしている。 そんな葬識を中心に解呪の光を放ちながら、決断する。 「……呪いの影響は怖いが、あえて戦わなければなるまい」 回復は祥子の天使の歌のみの最小限に抑え、まずは速攻でゾンビを二体落とす。そして少年、少女の順に攻める。 祥子に視線を向ければ、それだけで義弘の覚悟は伝わったのか、こくりと頷く祥子。 ……一瞬だけ寒気が走ったのはきっと気のせいだろう。 後方から飛んでくるレイチェルの編み込んだ気糸や遙紀の聖なる矢を確認しながら、前衛陣に発破をかける。 少女の支援を受けてますますステップを早くさせるゾンビを見据え、手にしたメイスに力を込め、下から振り上げるような横薙ぎの一打でその腹部にヒットさせる。 肋骨を折る確かな感触。レイチェル、遙紀、そしてエフェメラの攻撃も重なり、目に見えて鈍くなる動きに他の前衛三人も反応する。 踊れ踊れと、靴の誘惑さえも自らの踊りに昇華させようとタイムを刻み。 踊るその身に逆らわず、流れるリズムに剣を乗せる。 ただ一つ逆らう斬撃は正確にその首を、急所を抉るように突き立てられる。 それは炎の中で繰り広げれる劇。倒れたモノは退場し、ステージは新たな参加者を招き入れる。 「ま、流石にここから攻撃は届かないしね」 それに彼女達の感情に触れたいならその痛みも理解しなければいけないと。 炎の壁を越えて往く。 残るゾンビは一体。燃え盛る炎はさらに激しく、しかし行く手を遮るモノはもはやなきに等しく。 「二人で踊る幸せ。……こんな形で無ければ、味わってみたかったかもしれません」 ぽつりと漏れたのは羨望の声。しかしその手は的確に気糸を繰り、少女達の足首を狙う。 一撃でその動きが鈍るとは思っていないが、じわじわと削り、蓄積させ、穿つための布石とする。 「リルもダンスに混ぜてもらえないッスかね」 重なる手を盗むように取り、少年のリードを少女から奪うリル。そのまま懐に飛び込みその胸に刻印する。 直後、少年から強い殺気と熱量を感じ取って慌ててバックステップで距離を取る。 どうやらこの二人は他の四体と違いパートナーが誰でもいいという訳ではないらしい。 ノーフェイスとなる前の記憶をほとんど持ち合わせていないはずの少年の、しかしそれは確かにかつて人間だった時に抱いた想いそのものなのだろう。 だけど。 「運命が導いたなんて優しい嘘はこの世界には存在しないよ☆」 そんな幻想を切り捨てて、葬識はご機嫌に鋏を振るう。 ごめんねという言葉の代わりに、残酷な事実を教えてあげる。 「君たちのセカイを壊す俺様ちゃんは殺人鬼なんだ」 じょぎんと、一切の容赦なく少年の右手首から先を剪み切る。 「ーーーー!」 その動揺は、もしかしたら当の本人よりもそれを目の当たりにした少女の方が大きかったかもしれない。 今まで乱れることの無かったステップが崩れ、少年の右腕にしがみつこうとする。 「んっ……えいっ!」 だけどエフェメラの弓がそれを許さない。 矢に遮られた少女の悲しげな瞳を、少年の背筋が凍るような怒気を向けられて震えそうになる体を必死に奮い立たせる。 だがそんなエフェメラの覚悟を嘲笑うように、少年の炎のサークルは――雷さえも伴って暴れ始める。 息をするだけで肺が焼けそうな熱気。それはもはや後先を考えない少年の全力攻撃。 他のメンバーに比べてまだまだ実力の劣るエフェメラでは耐えきれないと直感してしまうほどの奔流を目の当たりに、エフェメラは別の意味で覚悟を決めて強く目を閉じる。 「……っ、義弘さんだってずっとああやって庇い続けてるんだもん。あたしも少しは頑張らなくちゃね?」 そんなエフェメラの危機を救ったのは祥子。構えた盾とその半身を犠牲になんとか耐え凌いでみせる。 「大丈夫かい、日野原?」 少年の必殺の一撃を見て、攻撃の手を止めた遙紀が瞬時に聖神の息吹を味方全体に吹き込み体勢を整える。 一気に半分以上も持っていかれた祥子の体力もぎりぎり安全圏まで持ってこれたかと一安心し――そして同時に、勝負が決するのを確認する。 少年は――自身の身すらも焼き焦がすほどの炎を巻き起こしながら、エフェメラ達へと向けていた左腕を葬識に解体され、胸をセラフィーナに刺し貫かれ、そして義弘のメイスによってその首をあらぬ方向へとへし折られていた。 少年の生死は改めて確認するまでもなく、今までずっと周囲に展開されていた炎のサークルがゆっくりと消えていくことからも判断できた。 「……残っていた最後のゾンビは、どうやら先ほどの少年の攻撃に巻きこまれて倒れたようです」 レイチェルがそれを確認し、最後に残った――自身は直接戦闘力を持たない少女へと目を向ける。 もう動くことのない少年を、しかし抱きしめてやることもできない少女は。 手元に残された、少年から切り離された右手をぎゅっと胸に抱きながら静かに踊り続ける。 その顔に涙はない。ノーフェイスに、そんな感情はない。 だがその表情は泣くのを我慢する幼子のようで―― 「今、楽にしてあげます」 レイチェルの気糸が、その首を綺麗に刎ねる。 「……終わった、な」 どさりと力無く倒れる少女の姿を確認して、義弘が呟く。 赤い靴がこれ以上、彼女達の体を酷使しようとする前に回収をすませて、それから最後の一仕事を行う。 「大した供養はしてやれないが……」 ペアになっていた男女のゾンビを、そして少年少女をそれぞれ隣に寝かせてやって――少女が最後の最後にしたかったであろう願いを叶えさせてやる。 「安らかに眠れ……」 それぞれの前に花を供えて立ち上がる。 「……来世では生きて出逢えることを祈ってるわ」 祥子のその言葉を合図に、リベリスタ達は退散を始める。急ぐでもなく、少女達を弔うようにゆっくりと背を向けて……。 そして最後に残った葬識が振り返り、誰にも聞こえないように手向けの言葉を贈る。 人でないモノはいくら解体したところでこの衝動は収まらないけれど。それでも、 「良かったよ君たちのダンス」 ――ああ、世界は今日も理不尽だ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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