●烏の森 月明かりが森を照らし、影を作り出す。 ざわざわと蠢く影の正体は其処に棲む何十羽のカラスだ。しかし、その中には一際大きな影がひとつ紛れていた。夜風にはいつしか血の匂いが交ざり始め、異様な雰囲気を醸してゆく。 影は巨大な鳥のようにも見えたが、よくよく見れば肢体はヒトの形をしていた。 腕は翼、脚は猛禽のそれ。身体は少女のまま。黒髪を風に揺らす彼女は足元を見下ろし、不敵で邪悪な笑みを湛える。 草木が生い茂る地面には何かの塊が散らばっており、少女は暫し満足げにそれら――バラバラに切り刻まれた人体――の破片を見つめていた。 やがて、異形の少女は周囲に控えるカラスに命じる。 「もう飽きちゃった。それ、後は貴方達にあげるわ」 少女の声を聞いたカラス達は翼をばさばさと鳴らし、一斉に地面へと降下した。そして少女はヒトだったモノに冷ややかな視線を差し向けた後、配下に告げる。 「――喰らい尽くしなさい」 刹那、烏達が死体に群がった。啄ばまれ、引き千切られ、嚥下される破片。 その光景を恍惚の表情で眺めた後、異形の少女は翼腕を広げて森の奥へと飛び立った。 ●闇の心 「鳥葬って知ってる?」 アーク内の一室にて、フォーチュナの『サウンドスケープ』斑鳩・タスク(nBNE000232)は集ったリベリスタに問いかける。天葬や空葬とも呼ばれるそれは葬送の一種だ。 「細かい内容は兎も角、鳥に亡骸を喰わせて弔うというものなんだけど……日本では死体損壊罪に反するから禁じられているんだ」 そう語った少年は、今回に説明する仕事がその行為と関係があることを示す。 倒すべき標的は先日までごく普通の高校生だった少女。 否、普通だと表すのは些か間違っているかもしれない。彼女は常日頃からスプラッタ映画などの残虐行為が描かれる作品を好んでおり、いつしか自分もそのようなものに関わってみたいと思うようになっていった。だが、それは映画制作という意味ではない。自分自身が何かを切り刻み、追い詰めるというシーンそのものへの妄執だ。 無論、現代社会に生きていた彼女にはそんな力も無く、それも想像のみで留まっていた。 「けれど或る日、彼女は革醒して……ノーフェイスになった事でその世界は一変した」 フェイトを得られなかった身体は日々変異していく。 腕は烏めいた黒翼のそれへと変じ、脚は猛禽そのもの鉤爪になった。しかし、己がヒトでなくなっていく過程の中でも少女は絶望しなかった。 「エリューション化したことで思考が偏った所為もあるんだろう。彼女は思ったんだ。『この力を使えば思い描いていたことが出来る』……つまり、好きなだけモノを切り刻めるってね」 今、少女は滅多に人の立ち入らぬ森に身を潜めている。 だが、彼女は真夜中になると空を舞って近くを通りがかった人を攫う。その後は自ら標的を切り刻み、配下にしたカラス達にそれを喰わせることを楽しみにしているようだ。このまま少女を放っておけば被害が広がる上、崩界が助長されていく。 そうして溜息を吐いたタスクは説明を終え、告げた。 「俺は君達に願う。世界の敵となった彼女を――烏森瑠璃子を、殺して来て」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:犬塚ひなこ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年02月28日(木)00:13 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●闇と心 深く昏い森の中、蠢く闇は漆黒よりも濃い。 血の妄執は心の冥闇を抱き、心までも侵食していく。その色には最早、辺りを照らす月の光すら届かぬものなのだろうか。ざわめく木々を見回し、『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)は気配を探る。 今回、倒すべき対象――人を襲い切り裂くという行為に悦を覚える彼女の考えは雷音には解らない。否、何度も人の闇に接してきた自分が理解できないはずはなかった。 だが、それでも。 「分かりたくない……だけなのだ」 幽かな呟きを零し、少女は周囲の仲間に視線を向ける。其処には異世界より来たばかりのフュリエの面々が居り、緊張気味に歩を進めていた。いつ戦いが始まっても良いように身構えながら、『夜行灯篭』リリス・フィーロ(BNE004323)は思う。 「ボトムには怖い考え方をする人も居るんだねぇ。どうして、人を攻撃して喜ぶんだろぉ?」 緊張していたリリスだったが、傍には同じフュリエの『月奏』ルナ・グランツ(BNE004339)やヘンリエッタ・マリア(BNE004330)も居た。知っている子が一緒で良かった、という心強さも幾許かある。 「――違うんだね、本当に」 ルナはこの状況と自分が今まで居た世界を思い返してみる。手に入れた力を使って誰かを傷付ける。それは戦う事を知らなかった今迄の自分達には無かった考え方だ。だが、自分は皆のお姉ちゃんだから、と意気込んだルナはヘンリエッタ達へと笑みを向けた。 リベリスタは現在、彼女達を囲む形の円陣を組んで進んでいる。 それはフュリエへの危険を極力減らそうと務める為。『ファントムアップリカート』須賀 義衛郎(BNE000465)は警戒を解かぬまま、森に視線を巡らせた。思えば、こういった如何にもノーフェイという相手は久しぶりな気がした。 「ま、新人さん達に無様な姿は見せられないしな。恥ずかしくないように、ひとつ頑張りますか」 携えた打刀に手を添えた義衛郎の傍、『雇われ遊撃少女』宮代・久嶺(BNE002940)もその言葉に頷いて答える。殺戮を好む、常識から逸脱した少女。その趣向は育った環境故なのか、それとも神様がイタズラにそのような娘を作ったのか。兎も角、今は考えていても仕方ないことかもしれない。 「世界の異物は潰すのみだわ。気張っていくわよ!」 これ以上、化物へと変じた少女に因る被害を増やさぬように。 『ライトニング・フェミニーヌ』大御堂 彩花(BNE000609)も胸中で決意を抱き、不意に呟く。 「鳥葬程度ならマシと感じてしまうのは、別件で感覚が狂っている所為でしょうね」 近頃、アークを騒がせている例の事件を思いながらも彩花は夜の森を進む。『雷臣』財部 透(BNE004286)は遠くから聞こえ始めた鳥の鳴き声を聞き付け、辺りを見渡した。 「鳥葬? ハッ、死んだ後の話は死んでから考えりゃいい」 戦いの世界に身を投じるのならば、理解できない敵は幾らでもいる。そう彼が独り言ちた時、強い風が森に吹き抜けた。用意してきた灯が風によって激しく揺れ、辺りの闇までもが揺らぐ。ヘンリエッタは其処に新たな影が現れ始めた事に気付き、洋灯を大きく掲げて仲間に呼び掛けた。 「こういうものを誘蛾灯、と言うのだったかな。誘われて来たみたいだ」 見上げた昏い夜空に広がっていたのは、闇以上に深い色の翼。それがノーフェイス、烏森・瑠璃子だと察したリベリスタ達は其々に身構え、己に力を漲らせた。 現在の自分に出来る事はあまりに少なく、恐れがないと言えば嘘になる。それでも、いつかこの仲間達のようになると誓い、ヘンリエッタは防護の力を発動させた。 今、出来る精一杯を籠めて――施された魔力は戦いの始まりを彩るように広がった。 ●烏の姫 「あら、この森に入ってくる人が居るなんて珍しい。でも好都合ね」 くすくすと笑みを零した瑠璃子は品定めするかのように此方を見下ろし、片手を宙に伸ばす。 その動きに透が警戒を強め、久嶺も頷いた。途端に木々の合間から幾羽もの烏が現れ、夜空を覆い尽くさんばかりに飛翔した。 来る、と察した義衛郎は咄嗟に深緋と生成り色の刃を構え、烏からの攻撃を受け止める。 「危ないな。一般人ならこれだけで御陀仏だ」 鋭い痛みが走るが、義衛郎は反撃として多数の幻影を展開し何羽かの敵を斬り捨てた。 其処で瑠璃子が此方の様相に気付き、首を傾げる。おそらくリベリスタという存在すら知らぬのだろう。自分以外にも超人的な力を扱える者が居る事に驚いたようだ。 「ボク達は君を葬りに来たのだ。……覚悟してもらおう」 雷音が陰陽の星儀を行い、瑠璃子の不吉を占った。だが、確かに当たったはずの一撃は全く効かないでいる。敵に精神系の攻撃の耐性があるのだと感じた雷音は緩く双唇を噛み締めた。瑠璃子は此方を見下したような眼差しを向け、嘲笑を浮かべる。 「驚いたけれど、私の力の方が強いみたいね。ふふ、無抵抗の人をやるより楽しそうだわ!」 翼を刃へと変えた少女は一気に降下し、彩花に狙いを定めた。 向かい来る敵を見据えた彩花は好都合とばかりに、攻撃を受け止めようとガントレットを構える。次の瞬間、感じたのは予想以上の衝撃。均衡を崩しそうになる所を寸で堪え、彩花は地を踏み締めた。地面に血が散り、土に赤い色が染み込む。 「……なんて、強い力」 身動ぎかけたが、彩花は弐式の連撃を叩き込んだ。相手が残忍な殺人鬼と化しているのがせめてもの救いだと思えた。それはきっと、彼女自身にとっても自分達にとっても。何故なら、これが人の心を残しているとなればお互いにどうにもならない事で余計に苦しむ事になるからだ。 その間にも配下烏達は容赦の無い攻撃を仕掛けて来る。 ややもすれば一、二撃で倒れてしまいそうな啄みの攻撃にルナは鋭い痛みを感じていた。それでも、ルナは怯まずにフィアキィを遣わせる。氷精が周辺の冷気を集わせ、対象を凍り付かせてゆく。その際、ルナが唱えるのは常の言葉。 「お姉ちゃんに任せなさい! ――絶対、ゼーッタイ、大丈夫だから!」 「ああ、絶対に負けない」 力強い言葉に勇気を貰った気がして、ヘンリエッタは掌を強く握り締める。そして彼女は仲間を護る為の力を施し続けようと決めた。その甲斐あってか体力の低いフュリエ自身の護りも強められた。 しかし、次の瞬間。 何羽かの烏がヘンリエッタに狙いを定めようと動いた。そのことに気付いた久嶺が逸早く身を乗り出し、仲間を守りに向かう。 「ウチのルーキーには手出しさせないわよ、まだまだやって貰う事がたくさんあるんだからね!」 敵を強く睨み付けた久嶺は不可視の殺意を解き放った。衝撃は舞う烏を捉え、その命を奪い取る。的確な一撃は一羽ずつではあるが、一撃で敵を撃ち落とす力を持っていた。其処に頼もしさを覚え、リリスもフィアキィを解き放つ。舞い踊る精は魔力を散らし、微弱ながらも多くの敵を弱らせていった。 その際、リリスは瑠璃子に呼び掛ける。 「ねぇ、何で瑠璃子ちゃんは攻撃するの? 傷付くのも傷つけるのも、痛いのって辛くないの?」 それは何も知らぬ娘の純粋な疑問だった。 しかし、それは瑠璃子にとっての愚問にもなる。 「私は辛くないわ。とってもとーっても楽しいことよ」 そう答えた少女は妖しく双眸を細め、リリスへと狙いを定めた。すぐさま敵の動きを察した透や義衛郎が庇おうとして動くが、間を飛び交う烏が邪魔をして駆け付けられない。刹那、舞羽がリリスの身を貫き、その身体が大きく吹き飛ばされた。 「――!」 身構える暇もなく、リリスは突然の事に呆気に取られた表情のまま倒れ込む。すぐに運命を掴んで起き上がるリリスだったが、消耗は激しい。 「退け、烏ども! 切り刻むなら俺をやれば良いだろうが!」 「それじゃつまらないじゃないの。それに、私はあの子に楽しい事を教えてあげたのよ?」 雷撃で烏を穿った透の言葉に対して瑠璃子は意地悪く笑った。思わず舌打ちをした透は拳を握り締めながら思う。死体を切り刻むという行為は到底自分には理解し難いことだ。だが、この戦いを通じて彼女の何かを知りたかった。 美学。悲しみ。狂気。――何でも良い、何か一つだけでも。 解ってやりたいと考えるだけでも傲慢かもしれない。けれど、と鉄甲に再び雷を纏わせた透は更なる戦いの意志を固めた。 ●窮地の少女 続く戦いの中、リベリスタの力によって次々と烏が地に落ちてゆく。 減った数は半数近くだが、敵側の攻撃も激しいまま。久嶺が瑠璃子を相手取り続けてはいるものの、戦場は乱戦状態。体力の低いフュリエ達は必然的に嘴の一撃の応酬に押し負けてしまい、運命をすり減らしながら立ち上がる。 そんな状況で、雷音は仲間の体力が削られる度に天使の歌を紡ぐ他なかった。 集中攻撃が為されそうな時、自分も式符の鴉で応戦しようかとも思ったが、精神無効故に怒りは効かない。故に唯一の癒し手だった雷音が攻撃に転じる暇は与えられなかったのだ。 「まだまだ勝機は逃していないのだ。……皆でがんばろう、一緒に」 初陣の仲間達に呼び掛けながら、雷音は幾度目かの癒しを施してゆく。 優しい風を感じ、体勢を整えたヘンリエッタはふらつく身体をリリスと共に支え合う。そして、掌の上に小さな光球を作り出した彼女は狙いを付け、烏へと魔力を解放した。ちらと見遣る異形の少女は弱りきったリベリスタ達を嘲笑い、楽しげに羽を舞わせている。 その姿が遊びに興じる子供のように見え、ヘンリエッタは呟いた。 「彼女なりに幸せなんだろうね」 満ちた感情は複雑だ。それでも、こうして相対する出会い方しか出来なかった事を残念に思えた。 やがて戦いは更に巡り、配下烏の数が半数以下に減る。義衛郎は残幻の剣で邪魔な烏を薙ぎ払い。仲間達に投げ掛けた視線で以て機を告げる。 ――瑠璃子に攻撃をシフトするならば今だ、と。 全身の反応速度を高めて残る烏の殲滅に掛かる義衛郎の合図を受け、久嶺は新たな魔力を紡ぎはじめた。少女をずっと相手取っていた彩花も拳を振るい、更なる一撃を見舞った。だが、少女も彩花を切り刻み続ける。散った血は痛々しく、かなりの深手だと分かった。 瑠璃子を睨め付けた久嶺は断罪の魔弾を撃ち、強く言い放つ。 「その無駄に鋭利な羽、散らしてあげる!」 「ふふん、出来るものならやってみると良いわ」 魔弾を受けても尚、瑠璃子は余裕綽々だった。元より配下を捨て駒程度に思っていないのか、彼女は烏の減り具合など気にしていない様子で口元を歪める。 その、ヒトを逸脱した姿を見つめていたルナも瑠璃子へと光球を放った。 「覚悟が決まったよ。瑠璃子ちゃん、君は私が止める」 フュリエである自分達は知らないことが多すぎる。だから知らないといけない。この世界のことも、戦わないといけない少女達の事も。そして、ルナが下した決断こそが今の言葉だった。 リリスも深く同意し、弓を引き絞る。 「まだまだリリスの力は弱いけど……少しでもこの世界と、皆の役に立てるなら!」 もう光球を放つ力はない。だが、僅かでも希望は捨てたくなかった。 雷音も彼女達の思いを感じ取りつつ、可能な限りの癒しを紡ぎ続ける。アークに来たばかりの頃、守られてばかりだった自分とフュリエ達を重ねた少女は思いを強く持ち続けた。 仲間が烏から攻撃を外したことによって、瑠璃子自身の力が徐々に削られていく。 残っている烏の何羽かは実質、放置状態に等しかった。それゆえに透が計らずも啄みの集中攻撃を受けることになり、一瞬にして体力が奪われる。だが、どんなに切り刻まれようとも、どんなに追い込まれようとも透は負ける心算など無かった。 「俺は死ぬまで戦い続けるぜ。さぁ、お互い満足するまで戦おうぜ!」 咆哮めいた声と共に運命をその手に掴んだ透は瑠璃子へと向かい、相手の背へと一閃を見舞う。甲高い悲鳴が上がり、瑠璃子の羽が幾枚もその場に散っていった。流石に少女自身も不利を感じたのか、ちらりと頭上の夜空へと視線を向ける。 「予定が変わったわ。後は私の烏達と遊んで――。きゃ、何よアナタ!」 その機を捉えた彩花は、逃がすまいとして瑠璃子の横手に回り込んだ。 「残念ですね、そう簡単に逃走させません」 森羅の力を己の身に漲らせ、彩花は凛と言い放つ。透き通った青の瞳に見据えられ、瑠璃子は焦りを覚えて翼を羽ばたかせた。だが、周囲を囲むリベリスタがそうはさせない。 戦いの終わりはきっと、間もなく訪れる。誰もがそう感じ、全神経を集中させていった。 ●月の光 逃げられぬと理解した以上、異形の少女も形振りを構っていられなくなる。 「幸いだけど弱い所は分かっているわ。行きなさい、烏達!」 瑠璃子はにやりと笑むと、仲間達の弱点にも当たるフュリエ達へと烏を嗾けた。拙い、と義衛郎が出来る限りの敵をブロックするが、残った烏は七体。咄嗟に全てを止められる筈もない。 烏の攻撃はリリスへと向かい、瑠璃子の舞羽はルナへと――。 「ごめんねぇ……後、お願い……するよぉ……」 最初にリリスが戦う力を失って倒れ、その黒髪が血の色に濡れた。ルナも何とか堪えようとしたが、鋭い痛みと衝撃に耐えることすら出来なかった。倒れ込むルナは滲む視界の中にせせら笑う瑠璃子を捉え、掠れる声で呟く。 「悪い子を止めるのは、お姉ちゃんの役目なのに……」 意識を失った二人を庇うようにしてヘンリエッタが立ち塞がり、奥歯を噛み締めた。 自分の中に生まれた感情が何なのかは未だ分からない。だが、瑠璃子の所業は到底許して置けるものではないことだけは理解出来た。想像の翼を羽ばたかせ、夢見る事は自由なはずだ。けれど、夢は叶ってしまえば現実になる。その現実は今、血色の世界を作り出しているのだ。 雷音も回復が間に合わなかった事に歯噛みするが、すぐに顔を上げる。 「君はもう人外なんだ、ボク達とおなじように。ただ運命を得ることができなかっただけなんだ」 どんな命でも殺すしかない結果は何度も見た。 彼女――瑠璃子は運命を得ることはできない。させてはいけないのだ。凛と告げた雷音は星儀を組み、威力を籠めた攻撃を向けた。衝撃を受けた瑠璃子の身体が仰け反り、悲鳴が響く。 「いやああぁッ! 何よ! どうしてよ、こんなのおかしいわ!」 信じられない、といった表情を浮かべて喚く少女は絶対的不利な状況に混乱しはじめていた。 義衛郎は映る少女をちらと見遣ると、邪魔な配下烏を一掃するべく刃を振るう。彼の攻撃によって黒の羽が辺り一面に散る様は、まるで瑠璃子を闇へと誘っているかのようにも視えた。 「哀れだな。その一言に尽きる」 思わず呟きを零した義衛郎は深緋の刀を斬り返し、次々と烏を地に落としていく。 そんな中、瑠璃子に接敵した透も最後に向けての心構えをしていた。結局、戦いの中で彼女の感情を知ることは叶わなかった。それでも、透は真っ直ぐに少女を見つめる。 「瑠璃子ちゃん、もういい加減にしとこうぜ。十分に楽しんだだろ?」 雷気を放った透の一閃が瑠璃子を穿った。 同時に動いた彩花も雷牙に力を込め、大地すら砕かんばかりの一撃を連続で叩き込んだ。目を引く鮮やかな象牙色が閃く度、鳥少女の身が酷くへしゃげていく。無情ではあるが、ヒトでなくなった彼女に引導を渡す為ならば容赦などいらない。 「さようなら、瑠璃子さん」 彩花が少女の名を呼び、更なる一撃を打ち込もうとする。だが、その合間を縫った瑠璃子は空へ羽ばたこうと翼を激しく動かした。 「私は完璧な力を手に入れたの! だから……!」 「させないわ。これで終いよ、シュートッ!」 だが、逃走しようとする瑠璃子を狙った久嶺が断罪の魔弾を放ち、そして――。 翼を貫かれて堕ちた娘は其処で息絶えた。それは何とも呆気なく無惨な終わりだ。周囲には未だ配下の烏が鳴き喚いていたが、それらが一掃されるのもまた、時間の問題だった。 やがて、暗闇の森に完全な静寂が訪れる。 全ての敵を倒したリベリスタ達は、多くの烏と共に地に伏した少女を見下ろしていた。 倒れて意識を失ったルナとリリスを助け起こした雷音は、その手当てを行う。義衛郎も懸命に戦った彼女達に労いの思いを告げ、その身体を支えてやった。 「ありがとう、これからよろしくどうぞ」 その言葉を聞き、二人の傍に付いていたヘンリエッタもしっかりと頷く。死した少女には、せめて良い夢が見られるようにと願った彼女はゆっくりと立ち上がった。 「おやすみ、異世界の少女」 激しい戦いを思い返した久嶺も一先ずの終幕に息を吐き、透も最後に狂気のまま堕ちた翼を思って夜空を振り仰いだ。 そうして仲間達が森を去る中、彩花は独り思う。 これは一体、誰に葬られた事になるのだろうか。手を下した我々か、彼女の猟奇的な願望そのものか。それとも――そんな彼女に本当の力を与えてしまった世界か。 「……まあ、死んでしまえば結局どれも同じ事ですね」 呟きは風に消え、思いは掻き消える。 彼女達が去った後。不気味な静けさに満ちた森にはただ、薄い月明かりが滲んでいた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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