● 「うわ、すごい人。――どこが『いい感じに人が少なくて』なのよ」 「知らねーよ、来たがったのお前だろ。……って本当に、結構人が多いな」 俺は少しだけ苦い顔をしながら、ポケットの中の鍵を確かめる。山を結構歩くとか、聞いてないぞ。そりゃ、車で行くしかないような人気の少ない場所とか聞いて、あたりで車中泊ともなれば、ホテル代も浮いたわけで――この時期『ご休憩』だのは割高で財布に痛い――俺としてはあわよくば、なんてものもまあなくはなかったのだが。先を歩いていた彼女の、少し寒そうな後ろ姿を見て、ため息を吐いた。 「あ、でも確かに綺麗だよね、あの教会。廃教会って言うから、なんか凄いボロいの想像したけど」 ころころと笑う女の、足元には高めのヒール。少しイラッとする。お前ここに着くまで何回こけそうになったと思ってるんだ。廃墟って知っててなんでそんなの履くんだ。 しかし、ぱっと見廃墟とは思えない綺麗な教会だが窓に灯りはなく、よく見ればそこかしこに蜘蛛の巣を破ったのが絡まった白いのが垂れ下がっている。 ケータイも圏外なこの山に建てられた小さな教会が、いつから無人なのか、俺は知らない。興味もない。 このあたりまで電気は通っているようだったが、一本しかない街灯はそう明るいものでもなく、街の夜景がよく見える。よく見えるだろうあたりに、二組の子供連れがいるのが見えた。親同士何やら恐縮しあっていて、なんだよそれ子供随分ませてんのな。広場いっぱいに玉砂利を撒いた地面は少々歩きづらく――ふと目を落とせば、白っぽいはずの玉砂利にはどれもこれも黒いシミがある。拾い上げれば、そこにはどこかの男女の名前と、Loveの文字。 周囲を見回せば、やたらとカップルが多いことに気がついた。それも指先だけ繋いでるような初々しい感じの奴らか、世界作ってしっかりと見つめ合ってるようなのまで、様々だ。そこまで考えて、ふと、数日前にケータイで斜め読みした行楽記事が頭によぎった。 ○×教会――今は無人の廃教会ですが、絶景の夜景が見え――デートスポットとして最近話題―― 冗談じゃない。 ぶるり、と身が震えたのは寒さのせいではないはずだ。 来年には取引先の社長の娘と結婚するのが決まってるんだ。美人で、金もあって、落とすのに随分と苦労したんだ。あの取引先に移って、金もある安定した将来が待ってるってのに。 「ねえ、どうしたの?」 紅潮した表情で俺を見ている女の背に、悪魔のような羽が見えた気がして、俺は首を振る。 嫌だ、こんな、遊びの女は俺に相応しくない。 「変なの。――ねえ、今日はさ。……大事な話があるんだ」 もじもじする女から逃げようと、俺は一歩、足を後ろに―― 「あ、スイマセン」 知らない人に背中がぶつかり、反射的にそっちを見て、息を呑んだ。 少女がそこにいた――多分染めてない金髪の、紫の目の美少女が。まだ十代前半じゃないか? ● 「Ye shall seek me, and shall not find me: and where I am, thither ye cannot come. 」 突然何かを言い出した『駆ける黒猫』将門 伸暁(nBNE000006)に、リベリスタは動じない。 「ヨハネ福音書、第7章34節。意味は知りたかったら調べてくれ」 少なくとも今はその言葉そのものに意味は無い、と。自分で言い出しておいてしれっと流した男の口調は、しかしわずかに焦燥が見える。 「今日の任務はディフィカルトだ。だが、それでもやってもらわなきゃいけない」 机を囲んだ面々を見回し、ひとつ頷くと伸暁は書類を指で弾いた。 「リベリスタ、って存在定義(レゾンデートル)は何か、わかってると思う。 その中のひとつに『崩界を防ぐ』ことがあるが――そのために普段、エリューションを討伐するわけだ。 だが……自慢させてもらうが、カレイドの精度ってのはちょっと普通じゃなくってね」 フォーチュナが普段、カレイドシステムに頼ることなく『見る』ものは、いつもブリーフィングルームで提示されている情報とは比べ物にならないほど少ないのだという。 「一般人が大量に革醒するという未来を知って、それがある程度変えられないと知った時。誰が革醒するかわからないとなった時。――カゲキな連中がどういう手段に出るか、想像つかないわけじゃないだろ?」 ぞくりと、リベリスタの背を冷たいものが走る。 「――大量殺戮。それをやらかそうとする奴らがいる」 見た映像の中に映しだされた教会。その近隣にD・ホールが開くのだという。その詳細な位置まではわからないと伸暁は首を振ったが、そのD・ホールを巡っては別のフィクサードが動いているという情報もあり――そちらにはアークから別の部隊を向かわせるという。 「はっきりと言う。アークの介入がない限り、この事件は最悪の展開(バッドエンドでエンドロール)を迎える。一般人は全員死亡か革醒の後死亡、その後この『リベリスタ』たちはフィクサードの対処に向かう。 このチームは……リーダーは美園というんだが、フェイトを得ていない、ありとあらゆるエリューションを滅することを第一義としている。革醒しうるとわかっているものがそこに存在するなら、革醒させない為に先に対処することも、このチームの目的だ。フィクサードの方に先に向かう可能性はゼロ」 リベリスタたちが何かを言いかけたのを制してまで、一気に言った言葉の重み。 つまり、今回の任務は。 「……VS、リベリスタ。それも、かなり頑固なタイプの」 ぼそりと呟いたリベリスタに、伸暁は「イグザクトリィ!」と指さしてみせた。 「相手は、強力なアーティファクトを所持してる。その名が」 伸暁は――彼にしては珍しく、少し躊躇するような表情を浮かべてから、その名を口にした。 「――『ヨハネ福音書7:34』。真偽の程は、アンノウン、だ」 ● 「キミ、お父さんかお母さんは? こんな時間に一人で――」 言いかけ、ぞろぞろと少女の後ろに現れた袋をかぶった男たちに、俺はまた別の意味で息を呑んだ。 「どうしたの――って、うわ」 女が俺の後ろから覗きこんで事態を把握したらしく、肩の後ろから引き気味の声がする。肩越しに振り返れば――さっきの悪魔っぽい羽は、まだそこにあった。なんだこれ、さっきまでこいつこんなの付けてなかったと思うんだが、コスプレとかいうあれか。そういう趣味があったのか? 「ああ……ああ!」 なんだか呆気にとられている俺の前で――今度は、悲鳴に近い嗚咽をあげた美少女が膝から崩れ落ちて両手で顔を覆い、泣きだした。 「哀れなる子羊たちよ……! 救済はすでにこの地にないのです、あなたたちは地獄の戸を叩いてしまったのです!」 はらはらとなんてものじゃなく、もう大泣きしながらそんな事を叫びだす少女。うわー、なんか変な子だったのか。せっかく美少女なのに、もったいない。 俺の後ろからしゃしゃり出た女が、美少女にハンカチを差し出す。激しい嗚咽に、周りの目がこっちを向いてるのを感じて俺はじり、と足を後ろに下げた。面倒はごめんだ、逃げたい。 「ええと、ほら、泣かないで?」 「貴方達のために私にできることは、祈り、そして穢れ無き魂のまま父の下へと送り出すことのみ……!」 ハンカチを受け取る素振りも見せず、少女はそんな電波っぽいことを、熱のこもった口調で口にした。 あ、うわ目があった。美少女でも電波はごめんなんだけど―― ぷす、なんて。変な音がした。 ああ、そうだダンボールにボールペンで穴を開けた時の音に似てる。 さっきの少女の後ろに立っていたはずの男が一人、俺の後ろに立っていて、そんな音は俺の腹から聞こえた。女が真っ青な顔をして俺を見ている。おいおいそんな場合かよ、お前の後ろで、美少女が細い剣を抜いて振りかぶってるぞ。そう言おうとしても、指差すのが精一杯だった。体から力が抜ける。 すぱり、と。 紙で指を切った時みたいな音がして、女の縦幅は半分になった。 どこかから悲鳴が聞こえる。 「地獄が彼女を受け入れることを祈りましょう――穢れた魂が、この地を再び踏む事のないように」 泣く美少女は、ふたつになった女に酷いことを言う。 「これ以上、人々が悪魔として生まれ変わることのないよう、すべての魂を、出来る限り早く我らが父の御下へと送り届けましょう。この事態を引き起こした悪鬼の討伐はその後です。 愚昧なる箱船の者達よりも、唾棄すべき悪の奴隷よりも早く、私達こそが彼らを導くのです!」 演説を最後に、何も聞こえなくなった。 熱い――寒い、わからんが、雪が降ってきたからきっと寒いんだろう。 薄れていく意識の中でなんとなく、ああ、これであの女と結婚しなくて済むな、とか考えていた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ももんが | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年03月04日(月)23:25 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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● 蛇が知恵の実を食べるように唆し、男とその妻は、楽園から追放された。 ――罪がふたりに失楽を強いたのだ。 すべての人は罪を持って生まれ――それは原罪の男から受け継がれたものであり――ゆえに失楽は続き、人は父なる存在の恩恵を受けられない。その原罪を雪ぐため、洗礼という秘蹟を受けるのだ。 しかし。 もし、全ての父を信じて、その教えに殉じて命を落としたとして――その魂が洗礼を受けていない場合。 そうして殉教したものは、罪を赦されていないということになる。 『洗礼を受けていないが殉教した』者が、救われるために。 その教えでは、彼の者の死をもって洗礼と看做すのだ。 それを『血の洗礼』という。 ● リベリスタたちの踏み入った時――すでにその地には、血の臭いが漂っていた。 虐殺は、今まさに行われようとしていたのではなく、すでに成されていたのだ。 それを実行しているのは―― (リベリスタ。きっと尊大な理由があるのでしょう) 暗視機能の吐いたゴーグルをかけながら、『Lawful Chaotic』黒乃・エンルーレ・紗理(BNE003329)が足を踏み出す。つま先が石を蹴る。サヤカ&タクと書かれた石は派手な音を立てて割れた。広場一面に敷かれた玉砂利は、思っていたより邪魔にならなかったが、万全という程でもない――安全靴でも履いてくればよかったかと思っても、それは今更だ。 「――止めましょう。人の尊厳にかけて。人の命より尊いものなどない、虐殺が立つ理由などない!」 声高に叫んだ沙里の全身が速度に最適化されて行く。それは逃げようとして慌てた足がもつれて倒れた人にはわからなくとも――それを狙おうとした信徒の顔が紗理を見たのがわかる。 「箱舟か!」 短く叫んだ男の言葉に、他の信徒たちもまた、逃げ惑わず自分たちに立ち向かおうとしている存在が現れた事に気がついたようだった。叫んだ男の前を塞ぎ、紗理は低く叫ぶ。 「紗理、参ります!」 その横に立ち、『鏡操り人形』リンシード・フラックス(BNE002684)は冷気を放つ剣を抜いた。華美な服の少女から、噴き出るような圧倒的な気配――殺気にも似たそれは、挑発のための侮蔑。 「心酔……いい感情ですよね。相手を妄信して、自分は考えを放棄できるのですから……」 (私もよくお姉様に自分で正しいかどうか判断しなさい、でないと本当の人形になってしまうって怒られます) 目を閉じゆるりと首をふるのは、どのような感情の現れか――もしくはただ、夜風に髪が乱れるのを厭うたか。リンシードが目を開けた時、信徒たちの憤怒が彼女に集められ――彼女は己の挑発が成功したことを確信した。 「貴方達がアークを抜けた理由がよく解る気がします。 正義が何か、やるべきことが何か解らなくなってしまったんでしょう?」 虚ろな瞳のまま、口角だけが僅かに上る。 「先程……殺害された者を見たかね? こちらへ逃げたまえ」 何が起きているのかと、幾らか静まっていた人々の中に、『Dr.Tricks』オーウェン・ロザイク(BNE000638) の落ち着いた声が響く。その言葉に、人々は状況を思い出したようだった。 混乱はいっそう酷くなる。 「何を悠長なこと言ってるんだ!」 「やっぱり人が死んでるの? やだ、怖い!」 「こちらって――どっちだよ!」 「あんたたちだって、何なのよ、あいつらの仲間!?」 「こっちだ! ――道にトラックを用意してある! 逃げろ!」 オーウェンに食って掛かった女の背を押し、『無銘』熾竜 伊吹(BNE004197)が誘導する。 伊吹は逃走のためのトラックを、車道に用意してきている――この場所への道を車で来ることはできないと資料にはあった。実際、この広場に辿り着く前にリベリスタたちも目にしたのは――ヒールの入った靴ではこけてしまいそうな、段の多い山道。仮にその道をトラックで通れたとして、無理矢理この場所でトラックに人々を詰め込んでしまえば逃がすのも早いだろうが、10秒そこらで完了するはずもないその作業を、敵対する『リベリスタ』たちが見逃すはずがない。――『積荷』を詰め込む間に車ごと燃やしてしまえばいいのだから。 伊吹は、男たちの奥でひときわ小柄な姿に向けて、早口に言葉を重ねる。 「――其方の攻撃では無辜の者が巻き込まれるのは避けられないだろう。 俺が其方のための武器となろう、彼らの『変化』が避けられないのであれば、俺が責任を持って然るべき措置をとると約束する。 其方の在り方を否定はしない、俺もリベリスタだ。我らの敵は共通……だからこそアークと対立されるのは俺としても本意ではない。それで利するは我らの敵だけだ」 美園は、涙の筋が残るその相貌に薄い笑みを浮かべた。 「お断りします」 ――譲歩などありえないと、彼女はその笑顔の壁で拒絶する。 「聞けば、箱舟の使徒。 聞き及んでいるだけでも、ジャパニーズ・マフィア『ジンプクグミ』と手を組み、フィクサードたちと共闘することもあるとか。いまや『第八派』とも呼ばれるあなた方が――私どもを謀るつもりがないという証拠は?」 凛とした声も、その静かな佇まいも。美園の全てが『病的なまでの潔白』、そんな印象を強く残す。だからこそ、潔癖症なその言葉が本心であると、否応なく伝わってくる。 話にならぬと察し、伊吹が信徒の一人を乾坤圏でもって突き飛ばし作った道筋。それにとにかく逃げようとする人々が集まる――その様を信徒がただ見ているわけもない。その怒りはリンシードに向けられていても、道筋を塞ぐことすらできなくなるわけではないのだ。 (これでは一般人を巻き込む――) 入り乱れた流れに、思考の本流を叩きつけることを諦め、オーウェンはかろうじて一人の信徒の進路を読みそれの邪魔をする位置に先んじた。ありとあらゆる可能性、状況――彼がそれを演算する限り、この信徒が人々の方へと進むことは決して出来ない! 「崩界を防ぐ為に戦う者がリベリスタ――我らも同じくその原理原則に従い、恩寵を持たぬ者を討つ」 リンシード、紗理の少し後方に『リング・ア・ベル』ベルカ・ヤーコヴレヴナ・パブロヴァ(BNE003829)が立ち、効率的な防御を模索する。彼女のつぶやきは、同意を持ちながら、否定を含んでいた。 「――しかし、貴様らのそれは硬直した原理主義だ。もはや思考停止と言っても良いだろう! 貴様らが如き狂信の輩を、私は断じて認めない!」 ベルカの吠えるのとほぼ同時、一人の信徒が僅かに後ろに下がる。 「あいつです、レイザータクト……!」 資料にあった、怒りを受け付けぬ、揺るぎなき絶対の者。信徒への怒りの付与に確信を抱いていたからこそ、リンシードにはすぐにそれとわかった。 「――やすやすと逃さんよ」 警戒の声にその信徒は僅かに笑みを漏らし――それは狩りと同じ。『獲物を逃がそうとする』相手がいるのなら、『獲物が逃げない/逃がされない』ようにする必要がある――手の中に小さな手榴弾を生み出すと、逃げ惑う人の中へと放り込む。炸裂する光! 「うわ!」 「きゃああ!?」 悲鳴を上げる人々、その中には当然、動けなくなった者もいる。伊吹は一人の男を担ぎ上げるが――動けないのは3人。動けない女の恋人らしき男が肩を貸しているが、別の男の手を伸ばそうとする先では、青い顔の女が我先に逃げている。どう頑張っても、全員を運ぶのは、一度では難しそうだ。 『デンジャラス・モブ』メアリ・ラングストン(BNE000075)は、先の美園の潔癖を聞いて、にぃと笑った。 懐中電灯をくるくると回し、独特の佇まいで空気を僅かにだが和ませる。 「そう、さきほどおまえさんの言った、そのとおりなのじゃ。 妾は常々リべリスタ業界のマグロ漁船、といわれるアークのブラックさに辟易しておる。アークではLAWの人気が低いし七派と共闘するし居づらいのじゃ。入りたいんで条件とかあるんか?」 「では我々に助力をお願いします。全てはその後」 メアリの示した履歴書には目もくれず、美園は口元だけで笑う。 「ならば最初は、自己アピールと行こうかの!」 軽快に返したメアリが聖なる光を放ち――その光は信徒たちの目に眩しく刺さる。それで怯む信徒こそいないが、そのやり取りは決定的に「メアリの立場」がアークにあると示した。 目をこすり、頭を振り――幾人かの信徒が杖を掲げ、同時に中型魔法陣を展開する。3箇所から射出された魔力矢がリンシードに狙いをつける。それを避けようとして、2本を直撃させずに済ませたリンシードだったが、その2本に気を取られたか、3本目が正中に突きこまれてしまった。魔術的な力が彼女の手足を絡めとり、その動作を鈍くさせる。 「どうして同じリベリスタ同士で戦わなければいけないのだろう。 崩界を防ぐのはボク達のやるべきことだ、未然に防ぐのはやり方としては間違いない――」 複雑な術式を組み上げる『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)が目を伏せ――すぐにその顔を上げた。 「ただ、その可能性だけで一般人を殺す。そんなことはあってはいけない」 彼女の視線の先には、見た目は左程変わらない年に見える少女――美園。 「アークは大を助けるために小を切り捨てる組織だ。 それでも未然に解決できる糸口があるなら小だって助けることができるはずだ。 ボク達はそのために来た!」 その言葉に――ようやく美園は、首を傾げ、考えこむような表情を見せた。 「箱舟が私たちの前に立ちはだかる――それは未来視なくとも予想のできることでした。 ですがあなた達の言葉は――もしかして――あなた達は。私達のことを、誤解しているのでは?」 幾らかの、困惑した表情。 「大切なのは父の国に行けるか否か。魂が穢れてしまったら全てが手遅れなのです」 教え諭すかのように。胸に拳を当て、祈りを捧げるように目を閉じた美園はそう告げた。 魂の安息。それがこの宗教家にとって重要なことの一つなのだ。 全知全能たる全ての父は、蛇を呪った。失楽の女の子孫が、蛇のかしらを砕くと告げた。 美しい園、という名を受けた少女は、それが己の使命だと、信じている。 革醒者は悪魔――エリューションとの戦いに身を投じる者として生まれたのだと、信じている。 穢され、そのかしらを砕くべき『悪魔』となった魂は、死のうが殺されようが元には戻らない。 ――彼女の考えの中では、『悪魔』となる前にその魂を導くことは、救済なのだ。 「美園たんが神を語るのならば、俺が神を騙り返してやろう。原初の混沌を宿せし、この俺がな!」 一声吠えると、『合縁奇縁』結城 竜一(BNE000210)が、逃げる人を追う信徒の前に立ち、その気を込めた直刃の打刀と幅広の剣でその男を弾き飛ばした。 「殺そうというのが君の神の意志ならば。それから一般人を守るのが俺の神の意志だ」 俺の意思だが。と付け足しながらも言い切る竜一に信徒達は苛立ちを見せる。 「まるで仕組んだような日取りと位置だ。神様の意地悪を通り越して悪意すら感じるよ。 ……私はノーフェイスも普通の人も区別しない。その点では、お前と一緒だな。 地獄に堕ちるのは、私達だけで十分だろう? 聖少女」 (――どこに持っている?) 美園が持つ当アーティファクト、『ヨハネ福音書7:34』。どこにそれがあるのか――そも、それの形状さえ『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)には判らない2。おおかた、あの拳で押さえたあたりだろうが――と、予測をつけて、信徒たちと美園、その全てに神速の抜き打ちで銃弾を浴びせる。 彼女の挑発は――しかし、美園たちの誰ひとり、それを挑発と受け取らない。 狂信の在り処を、杏樹は悟る。信徒が盲信するは美園――その美園が信じているものを。 なんて酷い選民思想。 「……デートスポットを血で染めるとか超無粋。まー折角の『デート』だし、はりきりましょ」 巨大な鉄扇を開き、『道化師』斎藤・和人(BNE004070)は、どーせだからお洒落はきちっと、と唇の片端をあげてみせる。大装甲も、双鉄扇も、出来る限りまで強化・硬化を施してある。 「ドレスコード大事」 防御のオーラで更に身を固め、にっと笑う。相手を甘く見ないことの重要さを、彼は知っている。 ――派手に見せ、己に視線を誘導させながらもさり気なく、雷音を扇の影に隠すように振舞っている。 「おおお……!」 「!」 4人の信徒が、リンシードを囲む。逃げる人々を放置してでも、近寄らなければ彼女を攻撃できない――クロスイージスの4人ということ。それはわかっても――ステップを踏んで逃げようとするリンシードの足にかけられた魔術は、彼女の防護を弱めてしまっている。 例え他から見れば歪んでいようとも、正義と信じた意思が。彼らの膂力を爆発させる。 リンシードを強く打ち据えた鉄杖の重さ。――重なった悪条件に、運命が炎に飲まれるのを自覚する。 ● 「怒りを鎮めなさい、輩よ」 少女の声が響き渡り――信徒たちの目が、俄に穏やかなものへとかわる。 厄介な、と、紗理は眉を寄せる。 「虐殺なんて……思いとどまるなら今の内ですよ?」 混沌の名を冠した短剣が繰り出される度、光の飛沫にも似た残光が閃く。美しく芸術的な冴え――だがそれが、杖で軌道を逸らし直撃を避けた覆面の男に通じたとは思いがたい。 「個性は要らない、なんて言ってましたけど……。 個性ができない、の間違いですよね。自分で考えられないのですから……」 リンシードは雷音を盗み見る。彼女が編んでいる大技の発動にはまだ、時間がかかる。 彼女の繰り返したアッパーユアハートは、今の時点では足止めに最適なはずだ――リンシード自身が倒れない限り! オーウェンは逃げ惑う人に目を向ける――麻痺を受けた者を除けば、彼らの移動速度はこの10秒で、せいぜいが10m程だろう。革醒者ではない一般人の集団なのだ、それはしかたのないこととも言えたが――先のような、炸裂弾での『新しい』被害はもう、出ないだろう。 何人ほどが生き残るかと考えかけ、詮無いことだと思い直す。 「手を汚さずに、聖者と名乗るか。理想だけの偽善を振りかざす者だな。 それを阻む俺は悪だ。本当にお前さんが正義であるならば、打ち破って見せたまえ」 美園は何も応えず、オーウェンもまた、それ以上言い募りはしない。 互いの認識の誤解もすれ違いも、この場で正すことになんら意味がないと知るがゆえに。 雷音に短く声をかけ、オーウェンは手近に居た信徒に銀の脚甲で蹴撃を浴びせる――その信徒の護りに長けた動きを見極め解析し、追い詰め――しかし深追いはせず、オーウェンは教会の壁に身を寄せる。 「それだけの力を持ちながら、なぜ安易な道に走ろうとするのか! 己の信ずる『断罪』さえ出来れば良いと言うのなら、それこそ罪深いぞ!」 「救済です」 ベルカが上げた警告に、レイザータクトの信徒が、その一言を返す。 同職の仕掛けた攻撃共有に気がついたのか、信徒は彼我の力や状況を見抜かんばかりの眼を見せた。 「連れてって……連れてってよ……!」 女に置いていかれた男が情けない声を上げる。伊吹は道を塞ごうとする信徒を、白い腕輪で押しのけ――そこに、癒しの息吹が具現し――リンシードや身動きの取れなかった人々の傷や異常が払われる。それを行ったメアリは、未だ美園から目を離さない。 「美園の理想はなんじゃ? ――大志もつものがこんな底辺依頼に命かけていいものか! アークに任せておけばいい!」 「救済のための儀を――! 底辺とは何ごとか!」 反応したのは、再び魔術矢の魔法陣を展開していた信徒のうちのひとり。その怒りはリンシードに向けつつも美園について注意をはらうことを忘れていないようだ――その美園は、まだ祈りを捧げている。 竜一はリンシードに殴りかかった信徒を両の剣に気を込めて押しのけ、杏樹がもまた別の信徒の動きを制限しつつリンシードの前に立つ。その痛みを、リンシード一人に背負わせぬために。 「そう焦んなよ、夜景をバックにダンスと洒落込もうぜ」 和人の鉄扇が鮮烈な輝きを放ち――一人の信徒が、硬い護りでそれを受け止めながら和人を睨む。 それでも攻撃の意思を失わない信徒たちがリンシードに向けて再度、鉄杖を膂力で持って振り下ろし―― 「ノーフェイスも、人だ。人間だ。運悪く零れ落ちた、ただそれだけの命に罪なんてない」 杏樹の拳が赤兎の描かれた飾り布を振るい、それをいなす。 紗理が再びアル・シャンパーニュで斬りかかれど、目の前の信徒はそれに見惚れることなく、ただその覆面をわずかに切り裂かせる。リンシードの繰り返す挑発は、それでも癒しの術を持つ信徒達の――信徒たちはその全てが、今すぐ逃げた人を追うよりもこの場の邪魔をどうにかした後で追うほうが早いと考えたようだ――敵意を己に向けさせる。竜一が行く手を阻んだ信徒を、オーウェンは完璧な理論で裏付けされた攻撃で追い詰めていく。 「この位置なら――いけるッ!」 ベルカが、信徒が先程逃げる人々に使ったものよりも大きめのソレを投げつける。慎重に仲間を巻き込まぬ位置――美園達の全ては無理でも、そのいくらかを巻き込むように。 神秘の閃光弾は、4人の信徒と美園を巻き込む。幾らか苦しそうな表情を浮かべて、しかし美園の祈りは、いまだ止まない。その閃光弾の引き起こすはずの不調を意にも介さない様子の信徒は、神々しい光で彼女らの不調を取り除かんとするが、その光は癒しの信徒二人の不調を癒すにとどまる。彼らが、苦しげな美園を見て動かぬはずもなく――二人がかりで、高位存在のちからを具現させたそれは美園の不調のみならず、信徒たちの怪我の、そのかなりを癒してしまった。 アークのリベリスタも、メアリが聖神の息吹を具現化させていく――傷の全てが癒せたわけではないが、その有無は大きい。 そして。 雷音が、ついに力強い意思を込めた表情を浮かべた。 それを見た伊吹が、教会の壁に触れて雷音に合図を送り――雷音はその術式を解き放つ。 瞬時に複雑な展開を見せた術は、空間を魔術師の陣地へと変える。それは塔の魔女の秘技。 「リベリスタ同士で戦うことに意味があるのか? 元はアークに居たのだろう、個性を消して殺戮するのが君たちなのか?」 雷音の声は、『箱舟に居た者』に伝わったのだろう。 「――よく自分たちを棚に上げてみせるものだな!」 憤怒の色を隠し切れない声が、しかし姿を無個性の中に隠したままに響く。 切り取られた世界の中で、美園は初めて祈りをやめ、酷く表情を歪めた。 「――あの魔女が!」 教会を含まぬよう展開された陣地――その半径、50m。 その外で、伊吹とオーウェンが――意図的に教会の側にいたふたりが残っていた。 あとはレイザータクトのフラッシュバンで痺れていた男ふたりだが――自分たちの体の異常やそれを消した事象のあたりで、もう彼らには目の前の非現実的なことを否定する気力などなかった。 幾度も行われたノックバックは、挑発は、全てこの陣地作成で『切り分ける』ためのこと。 「――俺はあっちを誘導してくる」 「ああ」 短い会話で、この場からの離脱を伝える伊吹。彼のトラックの場所まで人々を誘導し――ノーフェイスとなった者がいれば、その処理をすることも必要だと――その時。空間に亀裂が入った。 「耳にはしていましたが、本当にあの魔女の力を借りて――愚かにもほどがあります!」 強い怒りに彩られた、美園の言葉。おそらくアークを抜けたという信徒が陣地作成のことを伝えていたのだろうが――ただのフィクサードならいざしらず、『厳かなる歪夜十三使徒』の術とあっては、潔癖症にとって、目にしただけでも嫌悪を呼び覚ますには十分なものだったらしい。 「美園、君は本当にこれが正義だとおもっているのか? 理想の前に犠牲者を増やすことに意味があるのか?」 雷音の問いかけに――美園はしかし、哀れを浮かべた目を向けて、嘲笑う。 「無辜の民の魂が汚されようとしているのです。 永遠に神の国に迎えられぬ地獄に堕ちようとしているのです」 犠牲者を増やすのではなく減らすのだと。狂信者の理論は尚更に意固地になって、変わらない。 美園が指でなぞったところから、空間のヒビが広がっていく。 それは油の膜が貼った水面に、石鹸の泡を落としたような亀裂。 「魔女の手先め……! 申し訳ありません美園様、彼らの魂が魔女の手に落ちる前に――!」 「ええ。私に罪を負わせまいとするあなた方の心――確かに受け止めました。ですがこうなっては」 陣地を抜けた美園の目が、さっと周囲を走り――ふたりの『未革醒者』を見つける。 「私の火を使うことも、致し方無いでしょう」 細められた目。それは紛うことなき殺戮宣言。 「野蛮なことだな」 オーウェンが呆れたようなつぶやきを漏らし、雷音が唇を噛んで陣地を解除する。 「くよくよ悩んだって仕方ない。物事は、シンプルにさ!」 竜一が雷音に声をかけながら、手近な信徒を破滅的な破壊力の、爆裂する一閃でたたっ斬る。 「頭まで硬いんじゃ、なあ? 硬ぇだけじゃ良い声で啼かせらんねぇだろ?」 (俺にヘイトを集められりゃ御の字――!) 破邪の力を帯びた鉄扇をクロスイージスにぶちかます和人。 護りの使徒たちの狙いはリンシードだが――傷つきながらも、杏樹がそれを許さない。 ● リベリスタ同士の戦いが泥仕合となり始めた時、伊吹はそっとその場を抜けだした。 逃げきれずにいた二人の男を引き連れて。ふたりは伊吹を信用した、とは言えなかったが――逆らったところで死ぬだけだとでも思ったのだろう。山道を駆けるように下りて、先に逃した集団を見つけるのには、思ったほどの時間はかからなかった。足止めを受けたなどではなく、あの状況から距離を離れて――まだ安全とは言いきれない程度の距離だったが――混乱が収まった、収まってしまったのだろう。恐怖にすすり泣くものや、連れ立って来たものが殺されたのだろうした人が蹲ってしまっていたのだ。 「まだ上で争いが続いているんだ。この場にとどまっていても、良いことはないだろう」 伊吹は彼らを立ち上がらせ、さらなる移動を呼びかけた。歩きづらそうな女性に手をかしながら、冷静に人々の様子を確認する。――万が一にも、すでに革醒した者がいないかと。 「ああ、俺……何か、変だ」 見渡した伊吹の、すぐ背後で。 例の、情けない声を上げた男が訴えるような声を上げた。 「何が――」 翼、だ。蝙蝠のような翼が、その男の背に生まれていた。伊吹は僅かに目を伏せる。 「これ、どうなってるんだろうな、あの、上で戦ってた人たちみたいだよな?」 泣きそうな顔で、この状況を信じたくないのだろう男が、自分の胸を指差した。 「あんたさっきからうるさい――って、え……?」 教会から逃げる時、男を見捨てて逃げた女が、叱責に来たのか――男の背を見て、絶句する。 その向こうで、元は母親だったらしき女性が、若い娘の前で唸り声を上げていた。 「ああ……イライラする、イライラするもうこんな山に痛くない殺されるなら先に頃してしまえばいいのヨねナツミころされてかあさんに殺されてころされてろされて食べられちゃいなさい生命はいただくも、のっ」 叫びながら刃物のような形と化した黒い手を振り下ろした母親の、その心臓を後ろから貫く。 へなへなと座り込んだ娘の周囲から漂うアンモニア臭には気が付かなかったふりをして、伊吹は周囲をゆっくりと見回した。 呼吸音さえ残響しそうな沈黙の中、すべての視線が伊吹に向いている。 それは恐怖。 得体のしれないものとなった母親への恐怖。 それを躊躇なく殺した伊吹への恐怖。 次に殺されるのは自分かもしれないという恐怖。 ――自分がああなってしまうかもしれないという恐怖。 「理性はあるようだが――悪いがお前は帰せない。 従うなら連れに最後の言葉を交わす時間はやってもいい、だが逃げるなら容赦はしない」 「……俺も、ああなっちまうの?」 「じきにな」 翼の生えた男に、伊吹は意図的にそっけなくそう告げる。 「あんたも! あんたも人殺しじゃないか! やっぱりあいつらの仲間だったんだ、もうやだ、やだあああ!!」 悲鳴を上げ、女性が一人号泣を始め――それでも、続いた非日常に、人々の中には諦めたような空気が漂い始めていた。 伊吹はトラックに向かうまでにあと3人、トラックの横で2人殺すことになる。 ● 信徒たちの忠誠は、彼らのモチベーションと状態の維持にこの上なく有効で。 アークのリベリスタたちには、一撃一撃に長けたものが多かったが――『個性を不要とした』信徒たちの、連携を多用とした攻撃を相手取るには、相性が良いとは言えなかった。 後衛――つまり相手から見れば最も自軍を巻き込みにくい位置なうえに、陣地作成を使ってみせた雷音。メアリともども、幾度も麻痺を受けた所を魔術が呼び出した地獄の炎で焼かれ、運命がその炎に消える。前衛で引かなかったオーウェンもまたしかり。 リンシードと杏樹が、幾度かの挑発の末に運命さえその足を支えきれずに倒れたのはついさっきだ。 信徒たちは、運命を燃やすほどの抵抗はしなかった。 だというのに。 「運命なんてのは気まぐれだ。それを、神の意志だと、よもや言うまいね」 竜一が、包帯を巻いた右手、その人差し指でちょいちょいとジェスチャーする相手は、レイザータクト。 終始挑発に乗らなかったその信徒の動きに――竜一は見覚えがあるような気がしていた。 おそらくは、彼が、アークを抜けたという人物なのだろう。 一体何を理由として、アークを去り、美園のもとについたのか、竜一にはわからない。特に興味もない。 今はっきりしているのはただ、そいつが、戦っている相手であるというだけのこと。 シンプルに――デッドオアアライブはその使徒を昏倒させる。 「あなたで――三人目です!」 狙いがバラけがちになってしまった結果――荒い息を付いた紗理が、オーウェンに分け与えてもらった力で放った無数の刺突。それが倒した使徒が、紗理の言うとおりようやっと、三人。レイザータクトを除けば、膝をつくことを運命で拒否したベルカの、アサシンズインサイトが功を奏したクロスイージス、そして今、紗理が倒したホーリーメイガス。 戦闘不能の数だけ数えれば互角以上であっても、その質と意味はまるで違っている。 はは、と。持ち前の丈夫さで、今は雷音をかばっている和人が、乾いた笑いを上げた。 その時――竜一の幻想纏いの向こうから、伊吹の声が響いた。 『こちらは今、トラックに載せたところだ――逃げた一般人の、多くが生存している』 全員とは、伊吹は言わなかった。 争う理由などもう、すでにこの場にはなく――教会の広場で戦っていた者達は、皆、武器を下ろした。 「――そうですか。幾人か、間に合わなかったのですね……。地獄の扉が彼らを受け入れますよう」 美園の呟きに、身動きの取れぬ杏樹が、顔を顰めた。 「あとは教会の中だけですね。――来ますか?」 美園は、朗らかにメアリに笑いかけるも、返事を待たずに踵を返す。 皮肉なのか本心なのか判然としない笑顔を浮かべたまま、美園と教会の扉へと歩みを進める。 信徒たちも――倒れていた者も起き上がり、美園の後ろを固めている。 その時にはもう、向こうの任務について報告を受けていた――こちらの仕事は、ここまでだ。 無理矢理体を起こした杏樹が、口の中の血でがふりと噎せながら、声を上げた。 「……願わくば、罪なき仔羊の魂に、幸、あらんことを……」 <了> |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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