●2月某日 「みなさんにはこれからテレビクルーとして現地に向かっていただきます」 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)はそう言うなり、集まったリベリスタたちに資料を手渡した。 和泉が配った資料の表紙にはタイトルが一行だけ書かれていた。 ―― 失踪者~残された女たち~ ―― 最後の一冊を配り終えると、和泉はかかとを軸にしてくるりと体をまわし、椅子に腰かけたリベリスタたちを見渡した。 「失踪者~残された女たち~ ある日突然、婚約者に失踪された女たちの苦悩と悲しみ、そして彼女たちが心の傷を癒して新たに愛をはぐくむまでの日々を追ったドキュメンタリー番組のタイトルです。企画を立てたのは『ピノキオ』という番組制作会社のディレクター、笠井紀子。人一倍鋭い感性を持つがゆえに、はぐれフィクサード“絡新婦”に食べられるはじめての女性になるかもしれない人です」 フィクサードに食べられる、とはどういうことなのか? リベリスタたちがざわめく中を、和泉はこつこつとヒールの音を立てながらモニターの前に戻った。 「みなさん、お静かに。いまから説明いたします。資料の2ページ目をごらん下さい」 紙がめくる音が一斉にブリーフィングルームに響いた。 ●絡新婦 呼べど叩けど出てこない。 青いドアの前に立ち尽くし、笠井紀子はため息をついた。 居留守を使われている様子はなかった。 今日で2回目。またしても約束をすっぽかされたかたちになる。 無駄足を踏まされた腹いせに、いかにも薄そうなアパートのドアを蹴ってやりたくなったが、お気に入りのブーツに傷がつくと嫌だったのでやめた。 (もしかして、気づかれている?) いやいや、と首をふる。それはありえない。 紀子が平野真雪の凶行に気づいたのは偶然、年末の大掃除で社の資料室から利用価値のなくなったスクラップ記事をゴミに出していたときのことだ。 よいしょ、と重い資料の束を腕一杯に抱えて立ち上がったとき、紀子は束の一番上にあった切り抜き記事の写真に目が引き寄せられた。 写っていたのは二十歳前後の、青みがかった黒髪を長く伸ばした女性だった。 色白のすこし丸みを帯びた輪郭。やや垂れ気味のパッチリとした二重。鼻と口の小さいほんわかとした顔は、昨年の秋から取材を始めた平野真雪にとても似ていた。いや、同一人物といってもいいぐらいそっくりだ。 すぐに切り抜きの日付を確認すると、それは3年前に起こったある海難事故に関する女性雑誌の記事だった。 予感めいたものを感じた紀子はテーブルに資料の束を置くと、ヒモを解き、椅子に腰かけてスクラップ記事を読み始めた。 (なに、これ……) まず気づいたのは名前だった。切り抜き記事には名前が若林真雪と出ている。女は結婚や離婚で姓が変わるが、これまで三度行ったインタビューで真雪からそんな話を聞かされたことはなかった。取材対象を絞るときに使った経歴資料にも書かれていない。書かれていれば覚えているはずだ。 別人なのだろうか。 次に気づいたのは事件の類似性だった。 平野真雪の件も若林真雪の件も恋人が消えている。 平野真雪の婚約者は失踪、若林真雪の婚約者は海から死体があがっていない。どちらも最後に婚約者を目撃しているのは真雪だ。 自分のデスクに戻り、事故、真雪、婚約者、そのほか思いついたキーワードをパソコンに打ち込んで検索をかけると、切り抜き記事とよく似た事例が20件近くヒットした。 紀子はそのうち10年以上古い日付のものを排除した。一番古い日付の記事は60年前のものだ。経歴資料によれば平野真雪はいま26歳。10年以上古い事件は関係ないだろう。 残ったのは平野真雪と若林真雪の2件を含む、4件の失踪事件だった。 それらはすべて2月中に起こっている。 紀子は明らかな連続性を感じた。 どの事件でも失踪した男性に保険金はかけられていなかったが、もしかすると全員、真雪に殺されているのかもしれない。心変わりした男を恨んでの犯行か。 (逮捕の瞬間をカメラに収めることができればスクープになるわね) モニターの前でにんまりと笑うと、紀子は受話器に手を伸ばした。 ●カニバリズムの悪夢 「みなさんはもうお気づきのことと思います。そう、“絡新婦”真雪の凶行は60年前から行われていました。20件全て、真雪が犯人です」 本名、木原真雪。 真雪は60年前のある迷宮入り殺人事件の犠牲者だった。当時の警察発表では真雪の死体は犯人に遺棄され見つかっていないことになっているが、実は死の直前に覚醒し、フェイトを得てフィクサードとなっていたのだ。 「真雪の姿は60年前、恋人と信じていた男に殺されかかった時のまま。神秘の力で老いていません。覚醒した真雪は、男の裏切りをなかったことにして、いとおしい人を永遠に自分のものとするべく、殺して食べてしまいました。それが最初の犯行です」 和泉は深く息をついて資料を閉じた。 「それから60年。真雪は定期的に男性と恋仲になり、愛が充分に深まったところで殺して食べるを繰りかえしています。犯行は1度にひとり。年単位の間隔をあけて犯行に及ぶので今まで捉えきれませんでした」 最初に“絡新婦”真雪の存在に気づいたのは、オルクス・パラストに所属するとあるリベリスタだった。 和泉がリベリスタたちに説明したとおり、ごくまれに起こるごくごく小さな事件だったので、討伐しようにもなかなか足取りがつかめなかったらしい。 特務機関アークが設立されると同時に、絡新婦の一件は、少ないデータとともにオルクス・パラストから引き継がれた。 「笠井紀子は企画内容を密かに変更し、真雪の身辺を調査。真雪の個人情報がすべて嘘であることを突き止めています。連続殺人事件である可能性が高いとして、警察に通報。一方で連続殺人鬼逮捕の決定的瞬間をものにすべく、真雪の現在の恋人を説得。ふたりで過ごす休日の撮影を理由に、真雪を人気のない湖へのおびきだすことに成功します」 和泉はここで言葉を切った。 ため息とともに目を伏せると、ゆっくりと首を振った。 「罠にはめたつもりが、罠にはめられた、というところでしょうか。カレイド・システムがキャッチした未来はじつに凄惨なものでした。笠井紀子を含む取材班と真雪の婚約者、そして刑事……全員が真雪に食い殺されてしまいます」 殺して食べるのは1度にひとり、愛する男だけ、という歯止めを失った真雪は更に恐ろしいバケモノになる。そしてまいよりずっと用心深くなる。次に万華鏡がその姿を捉えられるまでに、いったい何人犠牲者が出ることか。 「喰屍を行う『逸脱者』、木原真雪を必ず仕留めて下さい。お願いします」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:そうすけ | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年02月24日(日)23:38 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「みなさん、きょうはよろしく。打ち合わせはバスの中で。さ、乗っ……」 紀子はマイクロバスに乗り込もうとした子供たちを見て顔をしかめた。 「困るわ。誰の子?」 「あ、おじさんの子たち。みんなかわいいだろ?」 『足らずの』晦 烏(BNE002858)が前に進み出た。子供たちを連れてきた理由をてきとうにでっち上げて紀子に説明し、同行の許しを求める。撮影の邪魔はさせない。撮影中はバスの中で待たせておく云々。 紀子は腰に手をあてて烏を見上げた。 この男、なにを考えているのだろうか。赤い頭巾で頭をすっぽり覆っているうえに子連れで仕事に来るとは。ふざけているにもほどがある。普段なら首にしているところだが、あいにくといまは代わりのカメラマンを手配している時間がない。 ため息をひとつ落とす。 「バスの中から出ないようによく言っておいてね」 隙をみて紀子を気絶させ、携帯を取り上げておく。 リベリスタたちの立てた作戦は初手から予定が狂い始めていた。 打ち合わせの最中も紀子は常に携帯をかけ続けており、いまはテレビ局のプロデューサー相手に枠あけの交渉中だ。 紀子の横で『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)がノートパソコンを開いた。神秘の力でプログラムを止め、かわりに綺沙羅の思考をハードウェアの上で走らせる。紀子の話し声を収録しつつ、使いやすいように会話を手早く編集してく。紀子を気絶させたあと、婚約者や刑事たちから電話がかかってきたときのために。 マイクロバスが公園北側の駐車場に入った。 「つきましたよ」 運転手に扮したアークの職員が、バックミラー越しにリベリスタたちへ合図を送った。 『終極粉砕機構』富永・喜平(BNE000939)が窓のカーテンを引いて外をみると、バスの横に白い乗用車が一台止まっていた。喜平は隣に座る烏に小声で、「隣に車が一台。中に人がいる。刑事たちだろう」と告げた。座席から立ち上がり、烏に続いて通路へ出つつ後部座席へ顔を向ける。 『ジーニアス』神葬 陸駆(BNE004022)は本から目を上げると、喜平の顔を見てこくりと頷いた。立ち上がり、不安顔の紀子に向かって「僕たちちゃんとお留守番しているよ。ね、きさら、ありす?」と声をかけた。 「小さい子だけど、しっかりしてるから大丈夫だよ」 陸駆の横に座っていた『尽きせぬ想い』アリステア・ショーゼット(BNE000313)も微笑んだ。 「私も陸駆ちゃんとお勉強してる」 「綺沙羅はパソコンでゲームをして遊ぶわ」 降車口から降りるリベリスタたちと入れ替わるようにして、刑事らしき中年の男がバスの中に乗り込んできた。 「笠井さん?」 紀子がはい、と手を上げる。 「容疑者を乗せた車が予定よりも早く到着しそうだ」 紀子は上着を手に取るとあわててバスを降りた。荷物を出す撮影スタッフに目で「急いで」と指示を出し、携帯を耳に当てながら公園へ向かう。 遠ざかる紀子のうしろ姿にチッと舌打ちしたのは喜平か。期を逃した。思いはみな同じだったらしく、どの顔にも一様に軽い落胆の色が出ていた。 後の窓が開き、陸駆がバスの中から顔を出した。 「刑事たちは僕たちに任せて、早く公園へ」 ● 「話しって……なに?」 撮影が始まった。 紀子の合図をうけて、『アウィスラパクス』天城・櫻霞(BNE000469)は恋人たちからすこし距離をおいてカメラを回した。 キラキラと夕日を反して輝くダム湖を背景に、向かい合うふたりをフレームに収める。 顔が影で潰れないよう、『戦士』水無瀬・佳恋(BNE003740)はレフ板を使ってふたりに間接光を当てた。 『囀ることり』喜多川・旭(BNE004015)が差し出した集音マイクが木原真雪の声を拾う。 「なんだかドキドキしちゃって……恥ずかしいわ」 真雪は顔を伏せた。長いまつげがうっすらと紅を引いた頬に影を落とす。足元の小石をつま先で軽く蹴ってから、期待に満ちた目で固い顔の婚約者を見上げる。その仕草は恋する乙女そのものだった。 大した演技力だ。男子トイレの屋根の上で、青いビニールシートの陰に隠れてモニターを見ていた烏が唸った。端から撮影などをするつもりはないのでカメラは回していない。見ているのは櫻霞が撮っている映像だ。 「……婚約者がいただけないな。演技が下手すぎる。カット、カット」 「人食いの連続殺人鬼を目の前にして、自然に振舞える奴はそういないと思うがな。愛した女がそうだとしたら、なおさら顔も引きつるだろう」 トイレの裏で照明器具をバッテリーに繋ぎながら喜平が言った。接続を終え、照明を手にもって屋根へ上がる。烏の横につくと公園内を出来るだけ広く照らせるように照明を固定した。 「おじさま、あとをお願いね」 アリステアは最後に縄の結び目を確認して、運転手にスタンガンで気絶させた刑事たちの見張りを頼んだ。 「あーあ、せっかく作ったデータが無駄になっちゃった」と綺沙羅。手には先ほどバスに乗り込んできた刑事の携帯が握られている。 「まあ、そんなこともある。データは無駄になったが、貴様の行動はけっして無駄ではないぞ。それに、縄を用意していたのは貴様の手柄なのだ」 見張りにアークの職員がいるといえ、刑事が3人相手では分が悪い。あっという間に取り押さえられてしまうだろう。縄がなければ見張りに1人、割り当てなければならないところだった。 陸駆はメガネを指で押し上げた。 「急ごう。そろそろ刑事の携帯に笠井から連絡が入るころなのだ」 「そうだね。影人も出しておきたいし……綺沙羅は烏たちと合流する」 「私は湖面を飛んで近づくことにするね」 「うむ。では後ほど」 三人はバスを降りると、めいめいが思う方向へ駆け出した。 ● 真雪の高笑いが乾いた空気を振るわせた。 驚いた鳥たちが枝から飛び立つ。 「罠にかかったのは貴方たちのほうよ」 女と覚醒者を食べるのは初めてだ。未知の味への期待に、真雪の体は震えた。 愛で味つけされていない彼らの血肉は、思い出のほかに何をもたらしてくれるのだろう。舌なめずりをした。 「下手な芝居。気づくわよ、誰だって。ううん、この可哀相な人のことじゃないわ。貴女よ、貴女。笠井紀子、貴女から電話を受けたとき正体がばれちゃったって気づいたの。だからまとめて殺すことにした……ま、リベリスタたちが出てくるとは思わなかったけど」 真雪が婚約者に向かって泣きまねをする。 「結局、貴方もわたしを裏切るのね?」 青い翳りを帯びた地面にぽうっと光の玉がいつくも浮かんだ。山向こうへ沈む夕陽が最後の一刺しを放ち、地面に浮かぶ雫が光を受けて一斉に輝く。 場の変化にいち早く反応したのは櫻霞だった。カメラを投げ捨て、素早く紀子の体にスタンガンを当てて気絶させるとそのまま腕に抱き上げて走り出す。出来るだけ遠くへ。否、絡新婦の巣の外へ。 櫻霞の動きに刺激されて、佳恋も動いた。走って回り込み、真雪の顔に真正面から照明を浴びせる。 「無駄なことを!」 旭は集音マイクを真雪に向かって投げつけて時間を稼ぐと、わけが分からず呆然としている婚約者の前に立った。 その間にも無数の雫が連なり光の数珠が環になっていく。 真雪の足元から金色に輝く気糸が放射された。 「無駄っていったでしょ、誰も逃がさないわ」 「烏、喜平、受け取ってくれ!」 櫻霞が駆け寄ってくる二人に紀子を投げ渡す。 紀子の体が空に飛んだ瞬間、幾重も広がる同心円状の光の環に黄金の縦糸がかかって絡新婦の巣が完成した。 「ふん! まあいいわ。その女は後でゆっくり始末するから」 紀子の搬送を喜平に託して烏は巣に飛び込んだ。後に影人を引き連れた綺沙羅が続く。ふたりはそのまま足を留めず、一気に真雪との距離を詰めた。まずは動きを止めなくては。烏が気糸を放った。 「ぞろぞろと鬱陶しい……。順番待ちよ、そこでおとなしくしていなさい!」 真雪の放った赤い波動が蜘蛛の糸を走り、巣全体を震わせた。 ● 「間に合わなかったか!?」 陸駆は公園の外側を回って、南駐車場から公園へ戻って来ていた。 計算では南側が手薄だった。南の駐車場には婚約者の車がある。壁を作らなくてはやすやすと逃げられてしまうだろう、と考えてのことだ。配置についたらすぐにでもフラッシュバンで真雪の動きを止め、紀子と婚約者を逃がす算段だった。 だが、遅かった。目の前の光り輝く巣の中で、戦いは既に始まっている。巣の中ではただひとり、喜平だけが自由に動けるようだ。果敢に真雪を撃っているが、影に阻まれ思うように狙いがつけられないらしい。 「作戦変更なのだ!」 陸駆は躊躇なく巣の中に飛び込むと、見るもの全てを凍てつかせる瞳を旭に向かって鉄扇振るう女へ向けた。 冷気を纏った視線は真雪を守るように立ちはだかる影の間をすり抜け、肩にあたってよろめかせた。 幻影が砕かれ、真雪の顔にはめ込まれた蜘蛛の赤き瞳があらわになる。 その目から子蜘蛛が飛び出し、ちりじりになって巣の上の獲物たちに向かっていった。 「あら、かわいい坊や。賢そうな顔をしているわね。貴方の脳みそはシャーベットにして食べてあげる!」 真雪が放った白い蜘蛛の糸が、陸駆の体を幾重にも巻きつく。 「がっ!?」 衝撃で陸駆のメガネが飛んだ。胸を強く圧迫されて血を吐く。 にたりと笑って追撃に移ろうとした真雪の隙をつき、櫻霞が黒と銀の銃を構えた。 「射手としては初陣だが、相手としては悪くない。的になってもらうぞ絡新婦とやら」 櫻霞の中で時が断片化する。切り取られた風景の中で的と定めた赤き瞳に魔弾を放った。数コンマの差をつけて2発の銀弾が飛んでいく。 弾はさっと振り上げられた鉄扇に阻まれた。キン、と鋭い音をたてて夜空へ弾き飛ばされる。 回避と同時に放たれた気糸が櫻霞を締め上げた。 「危ない危ない。油断ならない坊やたちね。どうして目のことが分かったのかしら?」 「陸駆ちゃんが真雪さんの幻影を砕いたの、さっき」 真雪に憐れみの情を向けつつ、湖から上がってきたアリステアが陸駆の傷を癒しにかかる。 「教えてくれてありがとう。貴女は羽をむしり取って、から揚げにして食べてあげるわ。あまりお肉はついてなさそうだけど」 アリステアは腕で胸をかき抱いた。向けられた視線のおぞましさに体を震わせる。 「ねえ、教えて。好きな人とは、ずっと一緒に笑いあいたいって思わないの? 殺めて……食べてしまって、それでどうかなるものなの?」 辛いこともあるかもだけど、一緒にいるからこそ、いいこともあるんじゃないの? 「ないわ。うぶなお嬢ちゃん、永遠に続く愛なんてありゃしないのよ。よかったわね、絶望する前に死ねて」 真雪の言葉を耳にして、旭はため息をついた。 「愛して、愛されたいのに信じきれないってしんどいよね」 さっと腕を振って、近づいてきた子蜘蛛を焼き払う。 もしもわたしが真雪さんと同じ目にあったら……。 目に浮かんだ恋人の顔を瞬きで消す。 わたしの愛は揺るがない。たとえ別れの日が来ても、この愛が憎しみに変わることはないだろう。彼がわたしに注ぐ愛もまた真実だから。 旭は敵に背を向ける危険を冒し、後ろで腰をぬかしてへたり込んでいる男に問いかけた。 「ね、あなたは真雪さんのこと好きだった?」 「自分が安全で利があるうちは、ね! でもわたしは愛していた。だから食べてあげる。食べて思い出を永遠に残してあげる!」 唸りを上げて旭の頭に振り下ろされる鉄扇を、喜平が巨大な銃身で受け止める。 「御前の愛は、人には重過ぎる……飽食も此処までだよ」 巨銃を振り上げて鉄扇を押し返した。真雪の影は綺沙羅が作った影人を相手に戦っている。喜平はすきだらけの胴に回し蹴りを入れた。 「ぐふぅ!?」 横倒しになる真雪の目から子蜘蛛が飛び散る。子蜘蛛は素早く喜平の衣服の中にもぐりこむと、ふくらはぎや腕、首、胸を噛んだ。喜平は地面に転がって押しつぶそうとしたが、危険を察した子蜘蛛は素早く外へ飛び出した。旭の後ろにいる婚約者へ向かっていく。 「させません!」 佳恋は痺れの残った体を奮い立たせると白い長剣を振るった。激しい風が子蜘蛛を巻き上げ粉々に砕いた。旋風からこぼれた子蜘蛛は旭が踏み潰した。 「言葉は不要でしょう、交わそうという気にもなれませんし」 死の再生産がないだけ、どこぞの楽団よりはマシ。とはいえ、人を食べるとは悪趣味な。 怒りで増幅した闘気を刃に乗せ、佳恋は苦痛に顔を歪める真雪の上へ振り下ろす。 刃の周りで小さな爆発が幾つも起こった。軌道をそらされた刃が地面に突き刺さる。 佳恋を包み込むように赤いカードが舞い飛び、すらりとした肢体に死の運命を刻みつけた。 「そうね。わたしも食材と語り合う気のふれた趣味はないし」と真雪。 くすり、と笑い、平然と立ち上がる。 さて、どうしてくれようか。そうだ、まず鉄扇で生意気なこの娘の鼻を文字通りへし折ってやろう。 「骨まで愛してって歌があったよなぁ」 「なに?」 振り返った真雪に烏は銃剣をつきたてた。そのまま引き金を引いて弾を撃ち込む。 飛び掛ってくる子蜘蛛に構わず、烏は後ろに控えていた男の名を叫んだ。 「天城くん!」 櫻霞の放った銀弾が真雪の左耳を吹き飛ばした。続いて放たれた弾が右首の肉をえぐる。 蜘蛛の赤き瞳から子蜘蛛が続々と流れ落ち、婚約者とリベリスタたちに襲い掛かった。 激痛に意識を持っていかれそうになりながらも、烏は歯をくいしばって引き金を引き続けた。 真雪の背が吹き飛び、ずたずたになった腸が飛び出す。 「チクショウ! 死ぬもんか。わたしは一度死んだ、また死んでたまるかボケ!」 真雪は烏のこめかみに鉄扇の柄を叩き込んでぶっ飛ばすと、腹に突き刺さった銃剣を抜いた。足元から赤い波動を打ち出し、零れ落ちた腸を手繰り寄せて腹の中に収めた。驚くべき早さで傷がふさがっていく。 「貴様の運命など紡げさせるわけにはいかない! 僕がその先をよい未来に紡げるんだ!」 猛烈な勢いで糸を伝播する赤い波動を前に、陸駆は気力を振り絞って凍える視線で真雪を貫いた。 赤い波動が陸駆の体を突き抜ける。 「ぎっ! ぎぃぃ!」 また子蜘蛛が飛び散った。だが、真雪は倒れない。 赤い波動が隅々までいきわたり巣が大きく震えた。 あるものは混乱して自分を撃ち、あるものは無力を感じて膝を折り地に伏せ、そのほかのものは瞬きすることすら封じられた。 子蜘蛛に噛まれてのたうつリベリスタたちの間を、真雪が足をふらつかせ、のろのろとした動きで抜けていく。 向かう先には月を失って黒々とした湖。 「次に会ったら、全員ぶった切ってグッチャグチャのミンチにして……やる!」 「つ、次なんてないよ!」 アリステアは地に膝をつき胸の前できつく指を組み合わせ、無力感と闘いながら歌った。 澄んだ声が巣に満ちる苦痛のうめきを掻き消し、浄化していていく。 リベリスタたちが、ひとり、またひとりと立ち上がった。 婚約者を回復させた後、アリステアは仲間に翼を与えた。 「くっ……そ、死ぬもんか」 「逃げないで、真雪さん! もうここで終わりにしましょう!」 旭は婚約者の体から子蜘蛛を叩き落としつつ、柵を飛び越えようとした真雪に呼びかけた。 死ぬしかないのだ。 いまここで死ななければ、被害者だった頃の真雪の心までが黒く穢れてしまう。 「革醒の経緯からして不運だったと言うべきなんだろう。しかしだ、全てが許される訳じゃない」 「もう二度と好いた男を殺さなくて済む様にしてやる」 「ああ、狂恋の絡新婦の悲しき恋に終わりをもたらそう」 「お断りよ! おまえたちに何か分かるっていうのさ。チャカ振り回して弾ぶっぱなして腸ぶちまけさせといて……はっ、いい人ぶるんじゃないよ!」 真雪が飛んだ。 巣が破れ散る。 リベリスタたちが子蜘蛛を蹴散らしながら湖に向かって駆け出す。 背中で光り輝く小さな翼を広げ、真雪を追って柵を飛び越えた。 「なに!?」 落ちていくリベリスタたちと入れ替わるようにして、真雪の体が夜空へ飛び上がっていく。 真雪はリベリスタたちが追ってくるのを逆に待っていたのだ。 蜘蛛の遺伝子で超増幅された跳躍力で崖を蹴って公園に戻ると、落ちていくリベリスタたちに向かって邪悪な高笑いを放った。 「あの裏切り者のくそったれは頂いていくよ!」 あいつの車で逃げよう。すぐに乗り捨てなくてはならないだろうが、どこかで―― 婚約者のところへ向かおうとして振り返った真雪を、目に見えない刃が切り裂いた。 小さな影が真雪の前に立ちふさがり、ぴよんぴよんと跳ねてくる子蜘蛛を踏み潰した。 「一つ聞きたい、貴様がいつも如月に事を起こすのはなぜだ。60年前に恋人に裏切られたのが如月だったのか?」 「あら? 気がつかなかったわ。如月……そうね、そういわれてみれば……」 雲の隙間から月が顔を出し、青みを帯びた光で涙に濡れる真雪の頬を照らす。 真雪はふっと笑みを漏らし、「服はボロボロなのに、メガネは割れていないのね坊や」、と言った。 表情はもとより、話し方も言葉づかいも穏やかに戻っている。 「陸駆だ。神葬 陸駆。坊やではない。天才だ」 「天才……そう、だからわたしの行動が予測できたのね。貴方の脳を食べる日が楽しみだわ」 口を開きかけた陸駆を笑顔で制し、倒れている婚約者に一瞥をくれると、絡新婦は闇の中へ飛び去った。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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