●二月の一番甘い罠 「二月十四日って……何の日か知ってますか?」 放課後、夕暮れの教室で二人きり。ちょっと気になる後輩にこんなコト言われたら、誰しもドキリとくるのではなかろうか。 しかし前提が違いすぎた。 ここは夕暮れの教室ではなくブリーフィングルームであり、この問いを投げかけられたのは個人ではなく部屋に集められたリベリスタ達であり、問いを投げかけてきたのは気になる後輩ではなく『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)であるからだ。 聞かれた内の一人が、すっ、と手を上げる。 「煮干の日ですね」 「え? ふんどしの日って言いたいんじゃ?」 「……それらもあるんでしょうが、一般的にはバレンタインデーとなっています」 微妙に沈痛な面持ちで、和泉は自らが言いたかった内容を告げる。 「日本の一般的な認識では、女性から気になる男性にチョコレートをプレゼントする日です。最近では女性から友人の女性に贈る、といった派生もあるようですが」 「さすがに知ってるけど。それがどうかしたの?」 改めてブリーフィングルームで説明されるようなことでもない。既に定着しまくった文化である。 「先日、市内にあるショッピングモールに設営されたチョコ売り場が、完膚なきまでに破壊されるという事件がありました」 和泉が資料を見ながら言う。 「……そ、それって、モテない男の僻みとかでは……?」 「それも懸念されましたが」 「懸念されたの!?」 「どうにも不可思議な点が多い事件でした。売り場の近くにあった防火扉がひしゃげていたのですが、どう考えても普通の人間の為せる業ではありません。 また、破壊されたショーケースの残骸や周囲の床、壁には、チョコレートがこびり付いていました」 「あはは、チョコレートがエリューション化してたりしたら、面白いよね」 「わははは、そりゃぁいいや!」 さも面白い冗談のように、ケラケラと笑いながらの声が上がる。 だが和泉は、その眉をぴくりとも動かさなかった。 「良くご存知でしたね。万華鏡で詳細をつぶさに調べたところ、仰るとおり、エリューション化したチョコレートの塊が存在するようです」 「うわぁ……世も末ですねぇ……」 嘘から出た真とは、まさにこのことか。 「でも、チョコレートですよね? 何でチョコレート売り場を破壊するんでしょう?」 「当該エリューションの行動理念は不明です。ですが、行動指針は判明しています。『チョコレート売り場の破壊』が、当該エリューションの本能のようです」 至極真面目な声色で、和泉は続ける。しかし、他の面々とは温度差が生じているようだ。 「チョコレートって……。なんかジョークみたいだなぁ」 「大体、放っておけば溶けるか食われるかするんじゃない?」 口々に言い合い、笑い話の場となっているブリーフィングルーム。さすがに和泉は眉をひそめた。 「見てくれはチョコレートの塊で出来た人形……半身が溶けたチョコレート、もう半身は冷え固まったチョコレートなのですが。 固まったチョコレートでの打撃、溶けたチョコレートによる高熱攻撃、またアラザンを飛礫として飛ばしてくる、とのことです」 「……げ」 これにはさすがに閉口せざるを得ない。聞く限り、なかなかの攻撃能力だ。 「幸い、本件ではまだ死傷者は出ていません。ですがこれは、単純に当該エリューションに一般人が遭遇していない、というだけです。 もしも遭遇した場合は危険な状況に陥ると思われます。次の出現時に、これを撃破してください。戦闘区域は深夜のショッピングモールになると思われます」 ここまでで、先ほどの緩んだ空気は完全に払拭されていた。 各々、僅かに顔を引き締め、和泉の話に耳を傾けている。 「攻撃に対する耐性はないようです。また、高熱攻撃による火傷以外は全て物理攻撃だけみたいですね。……何か質問はありますか?」 緊迫した表情で、一人のリベリスタが手を上げた。 「和泉さん……。誰かにチョコレートあげる予定は……?」 「質問はないようですね。健闘を祈ります」 かくして、オペレーティングは幕を閉じた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:恵 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年02月19日(火)22:59 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●愛憎渦巻く二月某日 深夜のショッピングモール。昼間は多くの買い物客で賑わう場所も、こんな時間では人影もなく、ひっそりとしてる。 否、人影がない、というのは正しくはなかった。 吹き抜けとなった広場に、バレンタインの為に設営されたチョコレート売り場。それを囲むように、数人の男女が物陰に隠れている。 「しっかし、何が原因で生まれたんだろうなあ。やっぱりモテない男の僻みか、はたまた恋する乙女の有り余る気迫か」 チョコレート売り場の近く、大きな植木の陰で『ファントムアップリカート』須賀 義衛郎(ID:BNE000465)が言う。 「もしかして、自分が一番美味しいチョコだからって、他のチョコは潰しちゃえーって事なのかねぇ」 「ま、チョコレート売り場を破壊するのが現れても今更驚くことではないわね。…世も末って言うのは同意するけど。ええ」 同じく近くにある婦人服売り場から『道化師』斎藤・和人(ID:BNE004070)が、防火扉の陰から『炎髪灼眼』片霧 焔(ID:BNE004174)が相槌を打つ。 小声でも十分にやり取りが出来るくらいに、モール内は静まり返っていた。各々が懐中電灯を手にして入るが、非常灯の明かりもあって、暗闇というほどではない。 「……バレンタイン……」 悦に入った声で『バレンタイン守護者・聖ゑる夢』番町・J・ゑる夢(ID:BNE001923)が呟く。 「恋人たちの祝祭、リア充と非リアのせめぎあい。その全てがきらめいていて……」 ゑる夢がちょっとトリップしちゃった口調で続ける。恍惚の表情だ。何故か光源確保の為に用意された懐中電灯は、その豊満なバストに挟まれている。なかなかステキな光景とも言えよう。そしてあまりに対照的に 「セントバレンチヌスが殉教したこの日に、キャッキャウフフとざわめくリア充に呪いを……」 少々おどろおどろしい声で『ヴァルプルギスナハト』海依音・レヒニッツ・神裂(ID:BNE004230)がドスの効いた低い声で言う。若干目が座っているのは、薄闇の為か、はたまた……。 「え!? バレンタインってそんな重要な日なの!!? だってべつにチョコなんてそこらへんで買えるでしょ!?」 二人の正反対の声を聞き、『死刑人』双樹 沙羅(ID:BNE004205)が慌てて聞き返す。 「あんま気にすんな、双樹。番町ちゃんも神裂ちゃんも、色々思うところがあるんだろ」 和人が少々呆れたような声を出す。微妙に納得のいかない顔で首を傾げる双樹。そんな一同を、コレッぽっちも気にかけずに 「ちょっこれいとー♪ ちょっこれいとー♪」 「やれやれ……。愛情と嘯いて、独善込めた成れの果てか。排水溝に詰まるのと彷徨うの、どちらがマシなのか……」 ゑる夢、海依音と同じような温度差を、『超守る空飛ぶ不沈艦』姫宮・心(ID:BNE002595)と『普通の少女』ユーヌ・プロメース(ID:BNE001086)も作り出していた。 小声でそんな会話をしつつも八人は、件のチョコレート売り場を中心に見事にバラけていた。敵は複数体ではないハズなので、囲ってしまえば逃げられる心配もなかろう。 「……一年楽しみにしていたバレンタインの任務ですよ!? ああ、でもでも、昨今の経済状況を鑑みて、今回の参加はこの任務限り! 2013年のバレンタインはこの任務限り! この気持ち、どこにぶつけてしまおうか!」 テンションの赴くまま、わなわなと拳を振るわせるゑる夢。一般人が見たらちょっと、というか、かなり恐怖を覚えることだろう。 その時、ユーヌがぴくりと動く。 「……良かったな、ゑる夢。その気持ちをぶつける相手が来たようだ」 そう言い終わる頃には、仄かな甘い香りが漂ってきていた。言うまでもなく、チョコレートの香りだ。 「おっと。準備、準備、と」 義衛郎が呟くと同時に、周囲の空気がピシリと硬くなる。意志の弱い者は近づくことさえできないような、凛とした空気だ。 それに合わせ、海依音も小さく祈りを捧げた。ふわりと羽根が舞い、一同の背中に小さな翼が与えられた。天井の高いモール内では、確かに有効な手立てと言えるだろう。 そして、ついに視界に、噂のチョコレート塊が入る。 「見れば見るほど愉快な造形というか……」 「……実際に目の当たりにすると凄いシュールね、アレ」 義衛郎と焔が、率直な感想を述べる。 それは、前情報どおりの風体だった。身の丈二メートル強はあろうかという大きさ。四肢と頭部と思しきパーツはあるが、四肢はただ棒がくっついているだけ、頭部は目と口の部分がへこんでいるだけで、他の装飾はない。 半身がドロドロに溶け、もう半身はキッチリ固まった、巨大なチョコレート塊だ。 だが、ゑる夢は瞳を輝かせ 「ああ、あなたにぶつければいいんですね! このやるせない気持ちの全てを!」 夢見る少女のような口調で言い放った。既に思考がアブナい領域に踏み込んでいるかもしれない。せめて夢見る乙女らしくハンカチでも握り締めていてくれればまだ絵になったかもしれないが、その手には鈍器としか思えないモノがガッツリ握られている。 そして、『バレンタインの悪夢』が、低く濁った女の声で――哭いた。 『せんぱぁい、来てくれたんですねっ♪』 「……は?」 「ナニ言ってんの、こいつ……?」 呆気に取られる一同。和人と沙羅が、ぽかんとしながら言った。 「アレかしら。バレンタインに対する負の思念が漏れてるのかしら?」 「そうなら、明らかに害をなす存在なのデス!」 「随分とご苦労様なチョコレートですわね」 「素敵なバレンタインを履き違えてますねっ!」 「楽しむためのイベントでわざわざ変な感情ため込む感性は理解できないな。 無駄な嘆きご苦労。暴れてすっきりしたならゴミ箱行きだ」 容赦のない女性陣に、男たちは顔を見合わせた。 ●唸れガナッシュ、弾けろショコラ とにかく、相手が如何にコミカルな風体で面白おかしい鳴き声を発しても、倒すべきエリューションであることに変わりはない。 パッと散開し、『バレンタインの悪夢』を取り囲む布陣。これならば、何が起きようと柔軟に対応しやすいだろう。 「じゃぁ、行くぜ?」 飛び上がる義衛郎。その手に握られた刀が、陽炎のように揺らぐ。次の瞬間に刀は無数に増え、四方八方からチョコレート塊に襲い掛かる。 閃く銀光。ふわり、と軽やかに着地した義衛郎より一瞬遅れて、『バレンタインの悪夢』の身からチョコレート片が飛び散った。 『もうっナニするんですかぁっ!』 やはり濁った女の声で、チョコレート塊が悲鳴……と思しき声を上げる。ガクッと崩れる義衛郎。 「だ、ダメだ、コイツ手強いのかもしんないけど、やる気が削がれる!」 「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」 義衛郎を押しのけるように、焔もチョコレート塊と対峙する。 『手作りチョコで彼のハートはイ・チ・コ・ロ!』 吼えるチョコレート塊。濁ってはいるが先ほどとは声のトーンが違う。様々なバレンタインに対する思い出が入り混じっている為だろうか。 「アンタみたいなのに言われたくないわよ!」 焔が駆ける。その両の拳に、熱く輝く炎を宿して。 ばちぃぃぃん! 熱い拳が、『バレンタインの悪夢』の甘ったるい身体にブチ当たる。辺りに漂う、今までとは違う苦い香り。 「チョコは湯煎ですわね。直火では焦げるだけですわ」 「神裂ちゃん、そーゆーことじゃねぇんじゃねぇかな」 「しまりがないな、延々垂れ流して」 ユーヌもまた、その拳に気迫を乗せる。焔とは対照的に、その拳は周囲を凍てつかせる冷気を帯びた。 そして、その所作も対照的であった。狙いを澄ませ、軽く、ただ優しく冷気のみを伝える。 「冷やして固めて立派なオブジェだ」 「喰らうがいいデス!!」 さらに、心の手にする幅広の剣から光が迸り、チョコレート塊の胸元を十字に撃ち抜いた。 『べ、別にアンタの為じゃないんだからねっ!』 しかしチョコレートは再び哭き、頭がプクッと膨らむ。あっ、と思った次の瞬間には心と、偶然同じ方向に位置を取っていた義衛郎に無数の飛礫が襲い掛かった。 「ふわぁぁぁぁ!」 「いででででッ!!」 アラザン。よくよくお菓子のデコレーションとして用いられる、砂糖などの材料を固めた製菓材料である。 その銀の雨が、二人に降り注ぐ。たかがお菓子の材料かと思えば、全くそんなことはなかった。まるでショットガンのようだ。 当然着弾の衝撃でアラザン自体は粉々になっている。そのせいか、周囲が粉っぽい。 「うっわ、何かもう近付くだけで匂いが甘いわ……。甘いもんは嫌いじゃねーけど、チョコはどっちかってーとビターの方が……」 「さぁ、バレンタインの闇に蠢く愛憎よ! この昇華されない思念の心を、喰らえ!」 呆れながらも手にした銃に光を纏わせ殴打する和人、チョコレート塊に負けじと吼えるゑる夢。 そして沙羅の身体が宙を舞う。海依音の祈りから得たその翼を羽ばたかせ。手には、得物である禍々しい大鎌が握られている。まさにその姿は、命を刈り取る死神。 かと思えば、ポイと鎌は捨てられた。 「とう!!」 どぷり。沙羅の、その引き締まった身体がドロドロのチョコレート塊に沈む。 「……ってオイ双樹ぃぃぃぃぃ!?」 和人が思わず叫ぶが、時既に遅し。沙羅は、その牙をドロリとしたチョコレートに突き立てた。口一杯に広がる、甘く熱く甘く甘い、チョコレート。 「……なるほど、吸血行動か。確かに日本ではその昔、チョコは『牛の血が混ざっている』と噂されていた時期がある」 「いやそーじゃねぇだろ!」 「チョコって美味いよね! ボク子供だから大好きだよ! あはは、いつかこうやって全身に浴びたいって思って……るわけねえだろ!」 チョコレートに溺れながら、それでも尚チョコを啜り続ける沙羅。ある意味、とても見事な攻撃と言えた。潔すぎる。若干本人にも混乱が垣間見えるが。 『もう、みんなが見てるからダ~メ!』 たまらず『バレンタインの悪夢』が身体を揺すり、沙羅を引き離す。 「うぇっぷ……熱いし甘い……」 「沙羅さん、お見事な攻撃でした! やっぱりバレンタインはチョコを食べないとですね!」 ただ一人、ゑる夢だけがその捨て身の姿勢に感動していた。 「ほれほれ、刻みチョコにして食べてやろうか」 再び義衛郎の刀がチョコ片を撒き散らし、焔の燃える拳が突き刺さる。しかしどちらも、手応えとしては不十分だ。なんともタフなチョコレートである。 『先輩、これ受け取ってくださァい!』 例によってナゾの雄叫びを上げながら、冷え固まったチョコレートの拳がゑる夢に揮われる。しかし 「てぁーッ!」 小さな鉄塊が、メチャクチャに甘ったるい拳を受け止める……いや、受け止めようとした。 だが願い叶わず、その強大な力には抗いきれずに吹っ飛ばされてしまう心。身に纏った鎧が軋んだ。先ほどのアラザンを被弾したことによる傷もあるのだ、かなり無茶なカバーリングだった。 「心さんッ!」 「う……だ、大丈夫なのデス! こンのー! しっかと受け取ったデスよ!」 跳ね起き、毅然とチョコレート塊を睨む。その瞳は先ほどよりも強く、闘志に燃えているかのようだ。 更に『バレンタインの悪夢』が、もう一方の腕を繰り出す。狙いは再びゑる夢。 『チョコレートがなんだってんだよぅ!』 今度は男の声で吼えるチョコレート。どうやら本当に、バレンタインに対する想いがごちゃ混ぜになっているようだ。 「きゃあぁ! こ、このっ!」 避け切れず、ゑる夢は思い切りチョコレートの奔流に飲まれてしまった。チョコレートまみれの美女。見ようによっては官能的な絵ではある…が 「バレピン一つ頼めないこの経済状況に死を!」 全く怯むことなく、手にした鈍器を頭部に振り下ろした。軽く八つ当たりの域に到達している気もするが、本人にとってはどうでも良いことなのだろう。 番町・J・ゑる夢。バレンタインが絡んだ時の彼女は、とても頼りになる……かもしれなかった。 ●終焉のカカオマス 昼間との温度差の為か、ただ静まり返っているだけで少々ゾクッとくる、深夜のショッピングモール。その警備を任されている男が、定時の巡回をしていたときだった。 「……ん?」 奥の広場から、喋り声と物音が聞こえてくる。そういえば先日、別のモールでバレンタインフェアのチョコレート売り場が破壊された事件があった、と思い出す。 「まさか……!」 少々怖い気もしなくはないが、とりあえずは仕事をこなさねば得るものも得られない。男は喧騒の方向へ駆け出そうとした。しかし。 ポコン。妙に軽い音が、男の後頭部から聞こえた。 「ごめんなさいませ。ワタシたちはあの化け物野郎をぶち壊す役目がございますので、安心して任せて置いてくださいませ」 杖を手にした海依音が、そこには居た。しかし、海依音のその言葉は男には届いていないようだ。 白目をひん剥き、意識は何処か遠くへ旅立ってしまっている。 「……。えーと……。では、御機嫌よう」 少々バツが悪そうに、海依音は戦場へと戻る。 「ありがとう、神裂さん」 「いえ、礼には及びませんわ」 義衛郎が、背中越しに声をかける。その眼差しは、変わらず『バレンタインの悪夢』へと向けられていた。 既にかなりの時間、チョコレート塊を相手にしている。それぞれに疲労の色は濃いが、チョコレート塊は更に手酷く損傷していた。今もユーヌの符術により呼び出された鴉に、鋭い嘴で啄ばまれている。 海依音もまた、戦場に戻った挨拶として魔方陣を展開し、頭部に矢を突き刺した。 「滾るな、撒き散らすな。汚泥の方がまだ綺麗だな?」 「アナタが売り場をねらう気持ちよーく、よーくわかります。ワタシだってぶち壊したい! けれどもアークがソレを許してはくれないのです。 だから誠心誠意の殺意を込めてアナタをぶっ殺します。アナタをぶっ殺します。 大事なことなので二回言いましたっ!」 ちょっと一同のテンションも、おかしなことになってきた。バレンタインだと言うのに重苦しい内容で喚くチョコレートを相手に立ち回っていることを考えれば、まぁ納得はいくが。 『うおぉぉ! サブよぉ、ワシの気持ちを受け取れぇぇ!』 「ああ、これが友チョコならぬ、ホ」 「待て神裂ちゃん、それはダメだ、言っちゃダメだ」 再びブチまけられるアラザンの飛礫。だが海依音の矢が刺さったことにより、頭部がひしゃげている。先ほどまでに比べて、全体的に勢いがない。 「ったく! もういい加減にしなって!」 「くっそ! アラザン、地味に痛てーな!」 義衛郎と和人、そして焔に突き刺さる弾丸。ビシビシとぶつかり、砕け散る銀の飛礫。 焔の身体が衝撃に耐えかね、吹っ飛ばされた。しかし闘志冷め遣らぬ、その紅い瞳。 「…確かに周囲の皆がイチャイチャして、一人身は寂しいとか思わない事はないけどね。ええ、寂しいわよ。悪い? 私だって恋がしたいし好きな人と一緒に過ごしてみたいわよ!」 チョコレート塊の狼藉に耐えかねたのか、最初は呟くように、徐々に語気を強め怒鳴る。 その小さく、しかしきつく握られた拳が、先ほどよりも大きく、熱く燃え滾る。 「それでもね……。他人の幸福を妬んで全てを台無しにって程落ちぶれちゃいないのよ!」 だぁぁん! その踏み込みは、ショッピングモール全体を揺るがすかのように力強く、素早い。 一瞬の間に、『バレンタインの悪夢』の懐に、燃える拳の少女は居た。 刹那。 その拳がチョコレート塊の胴をブチ貫いた。断末魔を上げることすら許さない、その一撃。 胴に空いた穴の向こう側に見えるのは、華々しい装飾を施された、ファンシーでキュートなチョコレート売り場。 「……コレが私の想い。どう? ―燃えたでしょ?」 残心を解き、焔がニコリと笑う。 先ほどまでの裂帛の気合と打って変わって、歳相応の少女の顔だ。 ここに、バレンタインに渦巻く愛憎から生まれた、醜悪な化け物は散った。 ……が、アークの仕事としては、もう一手間あるようだ。 「……ちょっとだけ、気持ちだけでも、片付けてくか」 服に残ったアラザンの欠片を払いながら言う和人。 「まぁ、暴れた結果ですし……。 ……べ、別にチョコなんてどうでもいいんだからね! アフターサービスも必要だと思うだけなんだからね!」 「ふぅ、ちょっと気持ちが晴れましたね。たぶん」 「全く、醜態を晒すだけ晒し、災厄を撒き散らしてご満悦、昇天とは。身勝手なものだな」 「私も手伝うデスよ! バレンタインを楽しくしたいデスし!」 女性陣が立ち上がる。それぞれ、少々思うところがありそうに。 「さ、オレたちも手伝おうか。……きっと来年も第二、第三の『バレンタインの悪夢』が……現れたりするのかな? どうした? 双樹さん?」 カチリと刀を納めた義衛郎の横で、沙羅が倒れ伏した。 「……しばらく、チョコは見たくない」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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