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Anyone can become angry――(誰でも怒ることはできる――)

●Anyone can become angry that is easy, but to be angry with the right person, to the right degree, at the right time, for the right purpose, and in the right way that is not easy.
(誰でも怒ることはできる。それはやさしいことだ。しかし、適切な相手に対して、適切な度合いで、適切な時に、適切な目的のために、適切な仕方で怒ることは、やさしいことではない)
 ――とある偉人の名言

●アン・アザーバイド・イズ・ウィスパリング・トゥ・ア・ガール
「……ッ!」
 学生時代から住んでいるワンルームマンションの一室。
 玄関のドアを開けて入ってきたリクルートスーツ姿の若い女性は、靴を乱暴に脱いで部屋に入るなりバッグを放り投げた。
 彼女――温子はそのままリビングの床に座り込むと、拳を握りしめて唇を噛みしめた。
 部屋の中は壁紙やカーテンといった内装から、家具や小物に至るまで、すべてが可愛らしいもので揃えられている。
 その様相は、まさに若い女性の部屋そのものだ。
 綺麗に整頓された部屋は可愛らしいインテリアと相まって、カタログの見本として使えそうなほどだ。
 
 しかし、よく見れば壁や家具のそこかしこがへこみ、壁紙や塗料が剥がれている部分が見受けられる。
 そしてそれは、経年劣化というより、人為的な破壊によるものだ。
 見る者が見れば、それが何かを叩き付けた跡であることがわかるだろう。
 そんな部屋の中で、温子は未だ震え、唇に歯を立てている。
 
 ――厚木温子(あつぎ・あつこ)。
 その名の通り、彼女は穏やかな性格である。
 いつも柔らかな笑顔を浮かべ、焦り過ぎずに落ち着いた物腰。
 そんな彼女は、怒りと無縁であると誰からも思われていた。
 事実、誰もが口を揃えて、彼女が怒ったところなど見たことがないと言う。
 
 しかし、そんな彼女も本当の意味で怒りと無縁であるわけではない。
 彼女も、まだ大学を卒業したばかりの若者なのだから。
 

 学生時代から教師を目指していた彼女が大学の教育学部に進学したのは自然な流れだった。
 その穏やかな性格を知る者から皆一様に、教師に向いていると言われていたのも大きい。
 無事に教育課程を修了し、教員免許を取得した彼女は、大学時代から住んでいた場所からさほど離れていない高校に採用が決まった。
 住み慣れた街から離れる事無く、無事に就職先も決まった彼女。
 そこまでは何の問題もなかった。
 
 だが、問題は程なくして起こることになる。
 彼女が教えることになった学校は問題生徒が少なくなかったのだ。
 着任早々、彼女は一発でナメられてしまった。
 
 連日授業妨害は当たり前。
 若い女性の教師ということもあり、卑猥なふざけも幾度となくしかけられた。
 
 彼女は生徒を叱るべく毅然とした態度を取るも、当の生徒はそれを逆に面白がる始末。
 より一層ひどくなる問題行為を前に、彼女は本気で怒ろうかとも考えた。
 しかし、疑問と葛藤があるのも事実だった。
 ――教師である自分が生徒に対して叱るのではなく、怒りをぶつけるようなことをしてよいのだろうか?
 
 決断しかねているうちに、彼女は怒りのやり場を見失い、次第にそれを内に溜め込んだ。
 家の中で一人になると調度品を壁や家具に叩きつける日々。
 しかしそれでも、彼女の怒りは消えなかった。
 
 溜め込んだ怒りのせいで気が狂いかけた時、彼女はあるものを拾った。
 マンション前の道路に落ちていた一つだけのイヤリング。
 氷の結晶を模ったデザインのそれを拾った彼女は、不思議とそれを交番に届けることができなかった。
 気が付けばそれを部屋に持ち帰った時、異変は起こった。
 
 拾ったイヤリングから声がしたかと思うと、彼女の隣に人影が突如として現れたのだ。
 身長やスタイル、顔立ちといった容姿はどれも美しく、どの国のものとも思えない服を纏った妙齢な女性。
 そして、最も特徴的なのは、その女性は全身の肌が青色をしているということだった。
 清涼感を感じさせる薄い青色――アイスブルーの体色。
 それに違わず、彼女の身体はひんやりと冷たく、人間どころかそもそも生物とは思えないほどの体温だ。
 
 そしてその日から、温子と彼女の奇妙な共生関係が始まった。


 リビングの床に座り込み、今日もやり場のない怒りを持て余す温子は件のイヤリングに触れる。
 するとすぐさま彼女の傍らに『彼女』が現れた。
「あら、やっぱり今日も怒りに苛まれてるのね」
 艶やかに笑うと、『彼女』はまるで熱を計る時にそうするように、自分の手を温子の額にあてる。
 すると温子の表情が次第に穏やかなものへと変わっていく。
 既に温子の怒りはまるで元からなかったように消えている。
 イヤリングを拾って以来、『彼女』にこうしてもらうことで、温子は怒りから解き放たれているのだ。
 
●アン・アザーバイド・アブゾーブ・ザ・エナジー・オブ・スピリット
 
 2013年 2月某日 アーク ブリーフィングルーム

「みんな、集まってくれてありがとう」
 アークのブリーフィングルームにてリベリスタたちを待つ真白イヴ。
 今日の彼女の面持ちは、心なしかいつもより強張っているようにも見える。
「今回の依頼はいつもとは違う。危険さは比べものにならない……それでもいいなら、聞いて」
 静かに語り出し、イヴはモニターを動かす端末を操作する。
 数秒後、モニターに映ったのは、氷の結晶を模ったイヤリングだ。

「『凍れる怒りのアイラ』――それが今回の敵。このイヤリングはその敵が隠れ蓑として潜んでいる物品。これに潜み、拾った人間を共生相手とするのよ」
 リベリスタたちが聞いたことのない名前を告げると、イヴは恐るべき事実を更に口にした。
「その正体はフェーズ3のエリューションに相当する力を持ったアザーバイド。かつて三ッ池公園に開いた『閉じない穴』を通ってこの世界へとやってきてからというもの、この世界で共生相手……もとい、餌となる人間を見つけ、密かに力を蓄え続けていたの」
 イヴが告げた事実に、リベリスタたちは驚きを隠せない。
「アイラと共生関係になった人間は怒りを吸い取られる。それによって、共生相手は自分の怒りを鎮めることができるのよ。そして共生相手の彼女――厚木温子は自分が日々溜め込んでいる怒りをアイラに吸い取ってもらっているの」
 イヤリングに続き、リクルートスーツ姿で出席簿を持った若い女性の画像が映し出される。
 それに合わせて、イヴは彼女が置かれている状況といった事情を説明していく。
 
 先程の驚きの余韻が残りながらも、一方でリベリスタたちは釈然としないものを感じてもいた。
 ――怒りを吸い取ってもらうこと自体は、あながち悪いこととも言い切れないのではないか?
 イヴはというと、その疑問を予見していたようにタイミング良く告げた。
「怒りも魂にとって大切なエネルギーの一つ。そうね……たとえばエンジンにとっての熱にあたるようなもの。それを奪われ続ければ、いずれどうなるかはわかるわよね?」

 それを聞き、早くも何人かのリベリスタは事の重大さを察したようだ。
 血相を変えるリベリスタたちに、イヴもそっと頷く。
「いずれは魂からエネルギーが尽きて、生きようとする意志も損なわれて廃人同然になって衰弱するか、そうなる前に危険や恐怖すらも感じなくなったせいで何かに巻き込まれるか――なんにせよ、彼女は死ぬことになる」
 イヴがそう口にすると、リベリスタたちは再び戦慄する。
 だが、イヴの話はまだ終わっていない。

「でも、今回はそれよりも大変なことになりそう。アイラが怒りを鎮めることができるのは、魂からエネルギーを奪うから。そしてそれは液体が気化する時に熱を奪うのにも似ているの。だから、アイラに『熱』を奪われた人間には、魂の抜け殻になる前段階が存在する――」
 淡々と言いながら、イヴは端末を操作して画面を切り替える。
 新たに映し出されたのは粗い映像――フォーチュナの予知だ。
 
「『熱』を奪われた人間はとてつもなく冷酷な人間になる。魂から温かみを奪われているんだから当然ね。温子はどうやらその段階を経てから廃人となるみたい」
 映像の中では温子が校門をくぐり、校舎へと近付いていく。
 どうやら彼女の登校シーンのようだ。
 画面の隅に映った時計の時刻が早めなことや、やまだ誰も来ていないのを見るに、彼女は相当に真面目らしい。
 
「そして、アイラも温子からただ『熱』を吸い尽くすだけには飽き足らず、ちょっとした気まぐれを起こすの。件の段階に突入した温子の自分の力の一部を貸し与え、好きに使わせるのよ――」

 イヴが語る間にも映像は進んでいく。
 そして温子が校舎に入った所で事件は起こった。
 全校生徒向けの掲示板に、A3サイズで印刷されたとある写真が貼られていたのだ。
 アダルト本から切り取ったと思われる無修正のピンナップ。
 その首から上をCG合成で温子のものとすり替えたものが、一番目立つ場所に貼られていたのだ。
 
「この度が過ぎたイタズラが原因で温子は怒りを吸い取らせ、件の段階へと突入するわ。その後、温子は疑わしい生徒を片端から襲、殺害するの」
 モニターの中では、教卓を前にした温子が吹雪を起こし、教室中の生徒すべてを凍らせる。
 そればかりか、温子は凍った生徒を眉ひとつ動かさずに肘打ちで破砕していった。
 教室に獲物がいなくなれば、今度は教室の外へと繰り出す温子。
 廊下、校庭、各種教室――学校中を歩きながら、温子は行く先々で生徒という生徒を凍結させ、叩き壊していく。
 
「今から行けば、温子が一人で学校近くを歩いている所に接触できる。彼女がこうなる前に何としてもアイラを引き剥がし、倒してほしいの」
 予知の映像は修了し、代わってアイスブルーの体色をした美女の画像が表示される。
「でも気を付けて、アイラは魂のエネルギーを奪う能力の他、それを応用して様々なものを凍結させる力を持っているわ。それにアイラは危機に陥れば温子をそそのかして怒り――魂のエネルギーを差し出させるかもしれない」
 
 そして、イヴはリベリスタたち一人一人の目をしっかりと見据え、言った。

「今回の相手はいつもより危険な相手……でも、温子を、そしてこの世界を守る為にも――みんなの、力を貸して」


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:常盤イツキ  
■難易度:HARD ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 4人 ■シナリオ終了日時
 2013年02月24日(日)23:34
 こんにちは。STの常盤イツキです。
 今回も皆様に楽しんでいただけますよう、力一杯頑張りますので、どうぞよろしくお願い致します。

●情報まとめ
 舞台は都内某所の学校付近。
 敵はアザーバイドが一体。
 敵のスペックとスキルは以下の通り。

・スペック

『凍れる怒りのアイラ』
 フェーズ3相当の力を持つアザーバイドです。
 魂のエネルギーを吸収することで標的を凍結する能力を持ちます。
 物理的な現象で凍るわけではない為、たとえ炎天下の日中だろうと問題なく凍結します。
 また、魂や心、意志といったものがあれば効果が及ぶ為、全身機械のメタルフレーム等にも効果があります。
 ある程度の距離なら直接触れずとも吸熱可能ですが、凍結の速度や密度は下がります。
 その一方で、間接的な吸熱の場合は複数の対象へと同時に効果を及ぼすことが可能です。
 ただし、攻撃に転用した結果、エネルギー吸収効率は純粋な吸収と比して劣ります。
 更に凍結させるだけの急激な吸熱を行うのはアイラにとっても負担であり、実際は吸収した以上のエネルギーを消費してしまうようです。

・スキル
 
『凍れる魂(間接)』
 神遠全
 前述の『吸熱』能力を間接的に使用した攻撃です。
 使用すると吹雪が巻き起こり、複数の標的を凍結させます。
 一定確率で【氷像】のバッドステータスが発生します。
 
『凍れる魂(直接)』
 神近単
 前述の『吸熱』能力を直接的に使用した攻撃です。
 直に手で触れる分、凍結のスピードとダメージは増します。
 一定確率で【氷像】のバッドステータスが発生します。

『戦意吸熱』
 任意発動(A)自
 攻撃される瞬間、攻撃してくる相手から『攻撃しよう』、『倒そう』といった意志を『吸熱』します。
 これにより相手の攻撃の威力に影響を与え、自分の受けるダメージを減らします。

『燃える魂』
 任意発動(A)自
 ダメージの蓄積やスキルの乱用によってエネルギーが減った際に使用します。
 共生相手の魂から『熱』を吸収し、HPとEPを全回復します。
 使用限度回数は一回。
 これを使用された後、温子は冷酷な魂の持ち主となります。
 ただし、温子が自らの意思でアイラとの共生関係をやめると使用不能になります。
 
●シナリオ解説
 今回の任務は温子と接触し、アイラを倒すことが目的です。
 今回のシナリオも、クリア条件を満たす方法は一つではありません。
 リプレイを面白くしてくれるアイディアは大歓迎ですので、積極的に採用する方針ですから、ここで提示した方法以外にも何か良いアイディアがあれば、積極的に出してください。一緒にリプレイを面白くしましょう!
 今回はいつも以上に厄介な相手が出てくる依頼ですが、ガンバってみてください。
 皆様に楽しんでいただけるよう、私も力一杯頑張りますので、よろしくお願いします。

 常盤イツキ
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
覇界闘士
御厨・夏栖斗(BNE000004)
ホーリーメイガス
霧島 俊介(BNE000082)
デュランダル
結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)
インヤンマスター
焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)
★MVP
クロスイージス
カイ・ル・リース(BNE002059)
プロアデプト
廬原 碧衣(BNE002820)
クリミナルスタア
曳馬野・涼子(BNE003471)
ダークナイト
フランシスカ・バーナード・ヘリックス(BNE003537)
■サポート参加者 4人■
ソードミラージュ
戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)
ホーリーメイガス
レイチェル・ウィン・スノウフィールド(BNE002411)
クリミナルスタア
晦 烏(BNE002858)
クロスイージス
シビリズ・ジークベルト(BNE003364)


「ごきげん麗しゅう! 御厨夏栖斗っていうんだ」
 『覇界闘士<アンブレイカブル>』(BNE000004)と『てるてる坊主』焦燥院 フツ(BNE001054)は、朝の通学路で温子に接触した。
 まず話しかけたのは夏栖斗の方だ。
「先生って優しくって可愛いって聞いたよ。そのイヤリングが普通のものじゃないって判ってるよね?」
 振り返った温子は困惑した顔だ。
 幻視の力で温子の学校の制服を着ているように見せてはいるが、二人の顔は見覚えがないのだから。
 そして、ごく普通の生徒に見える夏栖斗が、件のイヤリングが普通のものではないと知っていることにも困惑を隠せないようだった。
 温子が知るはずもないが、既にこの場所はフツの持つ神秘の力によって築かれた『陣地』の中だ。
 そんなことは知らず、どのクラスの生徒か思い出そうとする温子に向けて、フツは名乗った。
「オレは焦燥院フツ。そのイヤリングを渡してください。貴女のイヤリングは、このままでは貴女も、貴女の周りの人も殺します」
 単刀直入にいうフツ。
 驚いた温子は、イヤリングをつけた耳たぶを反射的に押さえる。
「焦燥院……くん……? それってどういう……」
 温子が問い返すのに合わせて、夏栖斗が言う。
「先生それで逃げたらだめだよ、いつかそのイヤリングに怒り以外の感情も奪われてしまうんだ。僕らはその未来をとめにきたんだ」
 それを聞き、心なしか温子は身震いしたようだった。
「貴女はもうすぐ怒りを吸い取られ尽くしてしまう……でも、それは怒りの全くない穏やかな人になるというわけではないんです――」
 フツはブリーフィングで見た予知の光景を語っていく。
「その気になれば、この力で無理やりイヤリングを奪うことができる。でも、そうはしたくない」

 真摯な顔でフツが言うと、物陰に身を隠していた『狂奔する黒き風車は標となりて』フランシスカ・バーナード・ヘリックス(BNE003537)が温子の前に現れ出る。
 やはり彼女も幻視によって温子の学校の制服姿だ。
「おはよう、温子先生。わたし、フランシスカ・バーナード・ヘリックスっていうんだ。んでね……」
 名乗ってからフランシスカは幻視を解いて、背中に生えたフライエンジェ特有の翼を見せる。
「んーっとね、わたし達こんな感じでちょっと普通じゃないの。んでね、先生の持ってるイヤリングもちょっと普通じゃないのよね。もし良かったら渡してくれるかな?」
 それを見計らったように『破邪の魔術師』霧島 俊介(BNE000082)も姿を見せ、温子に話しかけた。
「先生も知っての通り、この世界には不思議なことがあるんだ――」
 そう切り出し、俊介はこの世界のことを包み隠さず話し始めた。
 既にアイラと会っているからだろうか、温子はそれを笑い飛ばすようなことはしない。
 温子が聞き入っているのを見て、フランシスカは畳みかけるように言う。
「このままだと先生、大変な事になっちゃうよ? さっき、フツが言ったみたいにね」
 その事実を聞かされては温子も落ち着いてはいられないのだろう。
 焦ったようにイヤリングを外そうとする。
 だが、イヤリングに触れたところで温子は手を止め、もの悲しげな顔で寂しそうに笑う。
「そうね……もう、魂の『熱』を奪われてしまうのもいいかもね。いろいろと……疲れちゃったのかも」
 寂しそうに笑いながら、温子はイヤリングに触れた手を離す。
 直後、温子の傍らにアイラが現れた。
「そうよ。わかってるじゃない。この連中の言う事に耳を貸しては駄目よ。彼等はこのイヤリングを欲しがっているの。だから、貴方を言いくるめてそれを奪おうとしているに過ぎないのよ」
 温子を安心させるように穏やかな声で言うアイラ。
 彼女はそのまま温子の額に手を触れようとする。
「大丈夫。どんな怒りに苛まれても、私が吸い取ってあげるわ」
 温子の額にアイラの手が触れる瞬間、気糸が手首へと巻き付いた。

「人の感情の一部を食うアザーバイドといったところか。感情は御し難いので常に冷静で居られるというのはある意味理想ではあるが……弊害がこれではな」
 気糸をたぐりながら『ピンポイント』廬原 碧衣(BNE002820)が言う。
 碧衣だけではない。
 アイラが出現したことで、今まで物陰に身を隠していたフツの仲間たちも一斉に姿を現し、戦闘態勢に入る。
「あらあら、随分と出てきたわね」
 自分を囲むリベリスタたちを見て、アイラの表情は一気に変わる。
 見ただけで凍えそうなほど冷たい表情になると、アイラは手を宙にかざした。
「邪魔しないで頂戴――」
 その瞬間、リベリスタたちの身体を突如として凄まじい冷気が襲う。
 身を斬られ、あるいは砕かれるような冷気を受け、思わず膝をつくリベリスタたち。
 しかも奇妙なことに、彼等は自分の身体に力が入らなかった。
 義憤をぶつけ、倒すべき敵とアイラを認識していても。
 また、この状況が危機的状況だと認識していても。
 理性ではわかっているのに、本能の部分では動けない。
 まるで、魂から活力が抜けていってしまうように――。

「ふふっ。そのまま凍りつくといいわ」
 彼等が心身ともに大ダメージを受けても、アイラは攻撃を中断することなどしない。
 膝をつきながらも耐えていた彼等も、遂に一人、また一人と倒れ伏していく。
「あっけないものね。さあ、温子。あなたの怒りを私に――」
 手首に巻き付いた気糸を鬱陶しげに解くと、アイラは温子の顎に指を添え、軽く顔を上げさせる。

「……!」
 だが、その瞬間、アイラの身体は固まったように動かなくなる。
 驚きと怒りに歪む表情で振り返るアイラ。
 その先には、文字通り指先だけしか動かないまでに疲弊したフツがいる。
 そしてフツは、まだ動く指先だけで懸命に印を結んでいたのだった。
「温子先生がこいつに頼ってるのは、先生の怒りを吸い取ってもらってるからだろ!」
  声を出すだけで身体が痛むのか、顔を歪めながらフツは言う。
「オレもこんなことばっかやってるから、高校にあんま行けてないし、行っても寝てばっかだからさ、先生に『真面目にやれ!』っていつも怒られてるんだ。でも、オレのために、この人本気で怒ってくれてんだなってことが伝わるから、すげえありがたいと思ってる。だから温子先生も、生徒のために本気で怒って、本気で叱ってくれよ!」

 フツに続いて俊介も力を振り絞って言う。
「先生はさ、なんでみんなみんな一人で抱え込もうとするんよ……?」
 必死に顔を上げ、俊介は温子を見つめる。
「人っていう字は人と人とが支えあってって誰かいってたやん。もっと他人を頼ってええねんよ。勿論、俺らもな。話してみてよ、何が悲しくて何が嫌なのか」
 すると温子はぽつりぽつりと語り始める。
「私……威厳も全然なくて……叱ろうとしても逆に笑われて……それで……いつも空回りして……。せっかく同じ学校で先生と生徒になれたのに、生徒とそんな関係にしかなれないのが悲しくて……。それに……何かしようとしても、結局馬鹿にされただけで終わっちゃう私や……その後で生徒に怒りをぶつけたくなってる私も……嫌……なの……間違って……ばかりで……」
 堪りかねたのか、涙をこぼし始める温子。

「つらかったね……」
 嗚咽する温子に向けて、『ならず』曳馬野・涼子(BNE003471)は優しげに声をかけた。
「大丈夫……温子は間違ってなんかいない」
 やはり涼子もダメージは甚大だ。
 それでも涼子は温子を励まし続ける。
「そうやって悩めるだけでも……十分。悩んでいるのは……生徒のことを思っているから。同じように先生をやっていても……生徒の為に悩むことのできない人は……いっぱい、いる」

 涼子が言い終えるのを待ち、俊介は再び口を開いた。
「なぁに、人には得て不得てあるから。別に上手く叱れなくてもええねん。まだ教師始めてばっかやん。なのに一人前にと背伸びするからあかんやん。頼ってよ、先生は一人では無いんだ!!」

 今度は『合縁奇縁』結城 竜一(BNE000210)も声をかける。
「先生ってのも大変だわな。正直、俺じゃ人の育て方なんてサッパリわからない。なのに、先生の教師であろうとする姿は立派だと思うよ」
 やはり身体が動かないのか、竜一も這いつくばったままだ。
「でも、教師だって人間だ。当たり前のことだけどね。だから、俺は人として言わせてもらうよ」
 そこで一拍置き、強調するようにして竜一は言う。
「生徒に怒れないってのは、人として生徒に本気で向き合ってないからじゃないのか?」
 そう問いかけられ、はっとなる温子。
「生徒を生徒としてしか見ていない。ただの未熟な子供としてしか見ていない……そうじゃないだろ。教師がそうであるように、生徒だって人間さ。怒り方なんて一朝一夕で身につくもんじゃない。だからこそ、向き合う事が大事なんだろう」
 語りながら竜一は、心身に残った力を振り絞って温子に笑いかける。
「少なくとも、俺たちはこうしてあんたと向き合って話している。だから先生も向き合えるはずさ。生徒と。人と。そして自身自身の感情ともね。
俺はそう……信じてる」

 竜一と同じく、フランシスカも精一杯の笑顔を浮かべ、温子に語りかける。
「先生。わたしさ、やっぱり自然にしてるのがいいと思うんだよね。何も我慢することなんてない。腹が立ったなら怒ればいいと思うよ。だってそれが人間じゃない」
 その笑顔は弱々しいが、それでもまだ、フランシスカからすべての活力が消えきっていないことを示していた。
「そうやって我慢して抑えてても相手は調子に乗っていくだけ。たまにはびしっと怒ってやるのもいいと思うんだ。それが相手の為になるしね。世の中、善い人だけじゃやってけないよ?」

 フランシスカの言葉と同時に、再び気糸が放たれた。
 気糸は先ほどとは違い、アイラの全身に絡みつき、フツの呪印の上から更に彼女を捕縛する。
「お前は生徒たちに都合の良い教師になってどうするつもりだ」
 這いつくばったまま気糸を紡ぎつつ、碧衣も温子に問いかける。
「取り繕うように振舞う者に信頼なんて誰も置きやしない。生徒達が本当に嫌いな訳ではないんだろう?」

 温子を勇気づけるように、夏栖斗も声をかけ続ける。
「先生はちゃんと叱ってるよ。ソレは怒りをぶつけてるわけじゃない。悪い事したらやっぱり叱られるべきだ。ソレを教えるために先に生まれたんだ。だからさ、怒りの感情は誰にだってあるんだ。それも自分を構成してる一つだ。先生として叱ってくれるのは相手の未来を良きものに導くことだと僕は思う」
 いつしか泣くのを止めて聞き入っている温子。
 そんな彼女に『夢に見る鳥』カイ・ル・リース(BNE002059)が語りかけた。

「オヤジの昔話だと思っテ聞いて欲しイ……」
 神秘について聞いているとはいえ、インコの頭をしたカイに一瞬驚く温子。
「ある所に新任女性教師がいた。彼女は希望に満ち溢れて輝き、熱心に教鞭を執った」
 語り始めるカイ。
 その声は悲しげだ。
「だが聞き分けの悪い生徒は騒いだり走り回ったりして度々授業を中断させ、それまで真面目に聞いていた子も、騒がしい教室で集中力を失っていった。父兄からは苦情が来る、先輩教師からはお荷物として見られ、彼女は次第に輝きを失っていった。そしてある時――」
 そこで一旦口を閉じるカイ。
 意図的に一拍置いたのではなく、思わず声を詰まらせてしまったようだ。
「彼女は自ら命を絶った……」
 カイがそう告げると、温子は絶句する。
 先ほどよりも更に悲しげな声でカイは続ける。
「もしまた先生に会えるなラ言いたいのダ……「ごめんなさい 本当は先生の事、大好きだったんだ!」……と」
 そして、カイは温子をしっかりと見つめた。
「親族の方が亡くなった朝、真っ赤な目デ教室に入ってきた事、お祭りに連れて行ってくれた事、今でもハッキリ憶えていル。先生がどれほど自分達を想っていてくれたかヲ!」
 そして、カイは声を上げて言い切った。
「感情でぶつかったっテ良いじゃないカ! 本当に生徒の為に叱ってるなラ、想いは必ず通じるのダ!」
 カイの話を聞き終えた温子に、『足らずの』晦 烏(BNE002858)も言う。

「生徒とは教師を映す鏡であるって知ってるかい、先生」
 言いながら、烏は倒れたままの姿勢で苦心して銃を取り出す。。
「信頼が出来る人なのかと生徒に試されてるんだぜ。生徒ってのは賢いもんでね、表面を取り繕っても見透かすもんだ。素の気持ちをぶつけて見るのも大事だろ。それが生徒の為を想う怒りなら心に通じるはずだぜ。ちっと、品が無い試され方には同情するが」
 言い終えると同時、烏はアイラに魔弾を撃ち込んだ。

 烏に続き、『Friedhof』シビリズ・ジークベルト(BNE003364)も声をかけた。
「怒りと叱りは同一に非ず。愛を含めよ。愛を交えて、怒りたまえ。他者の為に。己の責務から怒りを理由に逃げるな。愛のある怒りは、必要だ」

「迷ってるんですね。でも、既に答えは出てるんでしょう……先生!」
 リーディング能力で温子の本心を読み取ったのだろう。
 『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)も声をかける。

 温子に心からの言葉を投げかけていくリベリスタたちを前に、アイラは焦り始めていた。
「この連中……一体何だというの……!」
 今度こそとどめを刺そうと、アイラは再び手を宙にかざした。
 それよりも早く、『フェアリーライト』レイチェル・ウィン・スノウフィールド(BNE002411)が力を振り絞って動く。
「みんな……立ち……上がって!」
 レイチェルが具現化させた癒しの息吹により、立ち上がる力を取り戻す仲間たち。
 それに続いてシビリズも、邪気を寄せ付けぬ神の光を放つ。
 仲間達の中には身体が凍りついていた者もいるが、その光のおかげでそれも解けた。

「だから、邪魔しないで頂戴――」
 事もあろうにアイラは自分が怒りをあらわにする。
 怒りに任せ、自らを縛る呪印や気糸を振り解き、魔弾も抉り出して放るアイラ。
 彼女はそのままリベリスタ達から『熱』を吸いにかかった。
 だが、リベリスタたちは魂を奮い立たせ、立ち続けた。
 一方、身体に負担がかかり過ぎたのか、アイラの『吸熱』はどんどん弱まっていく。

 それに気付き、アイラは温子へと向き直った。
「温子、こんな連中の言う事なんて聞く必要はないわ。たとえ連中の言う通りにしても、またすぐ、持て余した怒りに苛まれる日々の繰り返しよ。だから温子、あなたの怒りは私に任せて」
 割って入るように、俊介が再び言葉をかけた。
「アイラの戯言に耳を貸すな。俺達は先生を救いに来たって何度でも言う。先生、選んでくれ。最終的に決めるのは先生だ。先生の人生だからな――先生でいるか、人を止めるか選べ」
 焦ったのか、アイラは急かすように手を差し出す。
 アイラが額の高さに手を差し出すと、温子は一歩一歩彼女に近付く。
 だが、アイラの手が額に触れる直前、温子は立ち止まった。
「温子……?」
 そして俯き気味だった顔を上げ、温子はアイラに言った。
「アイラ、今までありがとう。もし、あなたに怒りを吸い取ってもらわなかったら、その……衝動的に教師を辞めてたかもしれない。だから、それはすごく感謝してる。けど、もう……大丈夫、だから」
 その瞬間、まるで雪が溶けて消えるように、温子の耳にあったイヤリングが氷の粒となって崩れ、消えていく。
「温子……ならあなたも凍りつくことね」
 怒りに任せ、アイラは温子に直接触れようとする。
「そうはさせないのダ!」
 だが、それよりも早くカイが温子を身を挺して庇う。
 すかさず涼子がアイラに殴りかかる。
 しかし、アイラは平手で涼子の拳を受け止めた。
「ふふ……このままだと私に『熱』を全部吸われるわよ?」
「吸いつくせるもんならやってみろ。この憎しみを、怒りを、悲しみを」
 だが、エネルギー切れ寸前のアイラは十分な吸熱もできない。
 涼子はそのまま相手の腕を逆に掴んで押さえつけた。
 その隙を逃さず、俊介と竜一、そして夏栖斗がアイラに武器を叩き付ける。
「おい、イヤリングの妖精風情が人の心を舐めんな。お前なんかいなくても先生は大丈夫なんだよ――ってわけで、消えろや」
「自分じゃ熱くなれないから、他人の熱さを奪い取ろうってのか? ――アザバだろうが、もっと熱くなれよ!」
「はーい、アイラちゃん、今日は怒りの感情いっぱいで、楽しいでしょ? 何せ僕達全員がそうだからね」
 三人の攻撃を受け、アイラの身体は溶けかけの氷のように易々と砕けていく。
「先生はきっと強い人だ。お前なんかいなくても大丈夫だ! つーかむしろお前なんか邪魔だから消えろ!」
 そしてフランシスカは言葉とともに暗黒の瘴気を叩き付ける。
 それがとどめとなり、アイラの身体は粉々に砕け散った。


「あ、先生。僕さ、今日学校さぼっちゃったんだ。叱ってよ。ちゃんと今『叱って』もらうよ。ソレは大事なこと、だから」
 戦いを終え、夏栖斗は温子に言う。
 温子は深呼吸すると、真面目で夏栖斗の目を真っ直ぐに見詰める。
「駄目でしょう、御厨くん。あなたは学生なんだから、ちゃんと授業に出なさい」
「はーいすみません! 午後の授業はうけてきます」
 そう言って敬礼する夏栖斗。
「先生、仕事終わったらストレス解消にカラオケいこーぜー!」
 俊介がそう持ちかけると、温子は笑顔になったのだった。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
参加者各位

 この度はご参加ありがとうございました。STの常盤イツキです。
 
 今回は『説得に関するプレイングにて『泣けてくる話』を書いてくださり、またアイラに直接触れられる危険を冒してでも温子を庇ってくれた』カイ・ル・リースさんに決定致します。
 そしてご参加頂きましたリベリスタの皆様、今回も本当にお疲れ様でした。
 どうぞごゆっくりお休みください。

 それでは、次の依頼でお会いしましょう。

常盤イツキ