●廃城の怪 古びた白壁に無造作に絡みつく蔦。 十年異常も前に住む人の居なくなったその館は長い時を経ても尚、絢爛さを保ったままでいた。誰が呼びはじめたかは定かではないが、門塔のある豪奢な造りの其処は『古城』と呼ばれるようになった。 古城には、すべてのものが眠りについたかのような静寂が満ちていた。 そんな館の一室には、以前の住人が棄て置いたままの人形が所狭しと並べられているらしい。 アンティークドールから球体関節人形、はては日本人形まで。真白な棚にずらりと飾られた人形達は埃を被ったまま、その場に安置され続けている。 その中に、ひときわ目を引く人形があった。 金糸で縫われた煌びやかなドレスに身を包み、黒檀の髪に銀の王冠を乗せた少女。まるで何処かの国の姫君のような出で立ちのそれは、淡い微笑みを湛える愛らしい人形だ。 だが、その硝子の瞳には暗い影が映っていた。 「アソビマショ……。ネェ、ダレカ ワタシト アソビマショウ」 そして、誰も居ないはずの部屋に小さな声が木霊した。声の主は微笑みを絶やさぬ例の少女人形。やがて声は幾つも重なっていき、周囲の人形までもが喋りはじめた。 「「遊ボ、王女様ト、一緒ニ――」」 操り人形や球体関節人形までもが動き出し、それらは次々と呟く。 その光景はまるで、黒髪の王女に煽動されたかのような――酷く不気味で異質な様子だった。 ●姫と従者と眠りの時間 「普通、人形っていうのは表情がないものなんだよね」 だが、その姫人形は元から微笑みの表情を浮かべた状態で作成されている。特注なのか、そういったコンセプトなのかは分からないが、それがよりいっそう怖かったと少年フォーチュナ、『サウンドスケープ』斑鳩・タスク(nBNE000232)は語る。 彼が万華鏡より読み取ったのは、棄てられた人形がE・ゴーレム化した光景。 「人形達は古城と呼ばれている例の館から出ようとしないんだ。それは好都合なんだけどさ……世の中にはそういう場所に興味を持つ輩が居るんだよね」 呆れた様子を見せたタスクは、肝試しに訪れた者がそれらに襲われる未来も視ていた。 自業自得ともいえるが、このままエリューション化した人形達を無視しているわけにもいかない。 「人形の部屋は三階の一番奥の部屋だ。迷う場所でもないからすぐに分かるよ」 そうして少年は部屋までの道を簡易地図に描く。 部屋に入った瞬間に戦闘が始まるのだと告げたタスクは、次に敵の能力の説明をはじめた。 「姫人形を主体として、戦うまでの力を持っているのは合わせて四体。後の人形は宙に浮いたりする程度の能力しか得ていないようだよ」 しかし、力を持った四体は館に入った人間を無差別に襲う。 まずは人形の王女的存在の姫人形。そして、球体関節人形が三体。姫人形は宙に浮いたまま不思議な魔力を行使し、球体関節人形達は自らの足で動いて直接攻撃を仕掛けてくる。四体以外はただ笑ったり、ダメージにならない程度に体当たりしてきたりと無視しても良い程のちょっかいを仕掛けてくるだけなので無視しても構わない。 「……ま、それだけでも随分と怖いけどね」 小さな人形の力は姫人形が与えているようなものなので、首魁と取り巻きさえ倒せば任務は完了。 仲間同士で協力すれば勝てる相手だが、油断や慢心していると押し負けることもあるので注意が必要だ。 「心配はしてない。君達なら王女様の戯れを止めてくれると分かっているからさ」 タスクは悪戯っぽく口元を緩めると、リベリスタ達を見送った。 遥か昔に眠りに落ちた城に静けさを取り戻すためにも――今、リベリスタの力が必要なのだ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:犬塚ひなこ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年02月18日(月)23:11 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●孤城の闇 遥か過去に捨てられ、忘れられた廃墟の扉が開かれる。 軋んだ蝶番の音を背に踏み入ると同時に埃が舞い、黴の匂いが鼻を衝いた。 内部は豪奢な作りになっており、『渡鳥』黒朱鷺 仁(BNE004261)はこの場所が古城と呼ばれていたことに納得した。寧ろ、今の状況を鑑みるならば孤城と表した方が良いだろうか。そんなことを考えながら、向かうのは今回の敵が潜む部屋だ。 進む廊下の薄暗さに不気味な感覚を覚え、『天晴』高天原 てらす(BNE004264)は光で辺りを照らした。 「廃墟で動く人形に襲われるって、ホラーだよな」 仕事じゃなきゃ廃墟探索なんてしたくない、と零した少女は仲間と共に奥を目指す。その最中、辺りを慎重に調べていた天宮 総一郎(BNE004263)が、不意に呟く。 「それにしても、貴重かもしれないドールを壊すしかないなんて勿体無い話だよ」 歴史ある洋館に眠るアンティークドールは何かの役に立つかもしれない。だが、エリューションと化して崩界を招く以上は倒すべき存在だ。総一郎は何処か諦めにも似た思いを余所にやる。 そして、『淋しがり屋の三月兎』神薙・綾兎(BNE000964)と『花縡の導鴉』宇賀神・遥紀(BNE003750)も共に軋む廊下を歩んでいく。 「綾兎とは久し振りに一緒だな、頼りにしているよ」 遥紀が頑張ろうなと告げてくしゃくしゃと頭を撫でようと手を伸ばすと、綾兎はふいとそっぽを向いた。 「ちょっと、おにーさん……止めてよ」 そう言いながらも抵抗はしない辺りに何処となく愛らしさを感じ、遥紀は微笑む。そうこうしている間にも、やがてリベリスタは人形の居城たる部屋の前に辿り着いた。 扉を見据え、向こう側からざわつく気配を感じた『Brave Hero』祭雅・疾風(BNE001656)は拳を強く握って戦いへの思いを固める。 「もしかすると、人形は寂しいだけなのかもしれないな」 しかし、それが人に危害を加えるのならば撃破すべきもの。疾風が口にした言葉を聞き、『銀の月』アーデルハイト・フォン・シュピーゲル(BNE000497)もこの奥に潜む存在を思う。 ――其れは理想の具現。 人形は勿論、彫刻、絵画、演劇から、舞踏や作法に至るまで。この世で創作されるものの全てが、譲れぬ信念と飽くなき執念の賜物である。ならば、仮初と言えども魂が籠もることもあろう。アーデルハイトは銀の双眸を細め、扉に手を掛ける。 これから始まるのは、異能と異形、この世の理から外れた者達の舞踏会。 そして扉が開かれた瞬間――けたたましい笑い声が辺りに響いた。 ひといきに踏み入った部屋の中は様々な人形で溢れており、浮かんでいる人形はすべて此方を向いている。幾つもの虚ろな瞳がリベリスタ達を映したとき、最奥に控える黒髪の王女人形が言葉を発した。 「イラッシャイマセ、ヨウコソ」 まるで人形達の異世界に迷い込んだかのような感覚を覚え、『百叢薙を志す者』桃村 雪佳(BNE004233)は身構える。此処では自分達が異邦人であるかのような気がしたが、雪佳は首を振った。 「ここは俺達の世界だ。君達が拡げようとする王国とは、決して相容れない」 そして、彼が百叢薙剣の切先を標的に向けた刹那。哀れな人形達との戦いが巡り始める。 ●戯れの時間 まず動いたのは無数の名も無き人形達だった。 「「王女様ト一緒ニ、遊ボウ」」 それらは何の力も持ってはいないが、四方八方から重ねられた声は異様で不気味だ。それでも、疾風は怯まずに幻想纏いの力を纏った。 「これが遊びならば今日が最後だ! 変身ッ!」 言い放つと同時に装備が彼の身体を包み込み、その気が制御されてゆく。その最中、アーデルハイトが胸に手を当てて一礼した。 「ごきげんよう、麗しき王女殿下と忠実なる従者の皆様方」 語りかけようとも、敵は反応を見せない。意志があるようにも見える人形だが、その感情は一方的であり疎通は出来ないのだろう。てらすも仲間に翼の加護を授け、自らが放つ光を更に強めた。その眩さは戦場を照らす太陽の如く暗闇を照らす。 「よし、こいよ人形さん達! 私たちが遊んでやんぜ!!」 暗いのは怖いけれど、と歳相応の思いを口にしたてらす。そんな彼女からの加護を受けた綾兎と遥紀は、たくさんの人形を見据える。そのどれもが古び、綻んでいるものも多々見受けられた。 「あぁ……置いていかれちゃったんだね」 本当に理不尽だと綾兎が零すと、遥紀も小さく頷く。 「お伽話やホラー映画の様な光景であるけれど、神秘が絡んでいるのであれば容赦はしないよ。まぁ、遊びたい気持ちはわかるけどね」 同時に、何故だかその寂しい気持ちも分かるような気がした。 それでも一般の人を巻き込むわけにはいかない。遥紀は周囲の魔力を取り込み、己の力を高めた。綾兎も全身の反応速度を高めるべく確りと身構えた。その間にも球体関節人形達が此方を襲おうと迫ってくる。 仁は咄嗟にブロックに動き、襲い来る二体の人形を相手取った。漆黒の力が仁を包み、鈍い衝撃が身体中に駆け巡る。しかし、痛みを堪えた彼は残影を纏う銃撃で以って反撃に移った。 「なかなかの一撃だ。……だが、屈しはしない」 近距離からの衝撃を放ち終わった後、仁は二挺拳銃を掌の中でくるりと回す。仲間の攻撃の機に合わせ、総一郎も魔弓を引き絞った。狙うのは仁が相手取る敵を含む球体関節人達。瞬時に弓から光弾が撃ち放たれ、敵を貫こうと舞い飛ぶ。だが、そのうち一体は敵に避けられてしまった。 「ふたつも当たれば、上々かな」 独り言ちながらも総一郎は気を引き締める。 其処へ、王女人形が放った呪力が広がった。禍々しい魔力は雪佳や綾兎をはじめとしたリベリスタ達に不吉な影を齎す。綾兎は衝撃を堪え、姫君の前に一足飛びで掛けた。その際、彼は真正面から王女人形に語りかける。 「やぁ……初めまして、お姫様? 一緒にあそびにきたよ」 くすりと笑んで見せた綾兎に対し、王女も笑んだ。否、元より作られた表情がそう見せただけだったのかもしれない。彼が主格を抑えようと動く間に雪佳も残りの人形の前へと走り寄った。しかし、次の瞬間。雪佳に向けて幾つもの小人形が舞い飛んできた。 「こんな物で、俺を怯ませられると思うな……っ」 振り被った剣でそれらを払い退けた雪佳は奥歯を噛み締め、球体関節人形へと連続攻撃を仕掛ける。一撃によって敵の動きが麻痺し、ぎこちない動きへと変わった。その隙にてらすが天使の歌を奏で、衝撃を受けた仲間の痛みを癒していく。 アーデルハイトも人形達へと視線を巡らせ、薄く微笑んだ。 球体関節人形を狙って紡がれてゆく相手を翻弄するように彼女は自らの血液を黒鎖として解き放つ。己は吸血鬼にして貴族たる者。ならば、敵を葬るときすら華麗に――。 「さあ、踊りましょう。土となるまで、灰となるまで、塵となるまで」 静かに言い放たれたアーデルハイトの言葉と共に、一体の人形がその場に膝を突いた。 ●王女人形 最初の敵を葬る絶好の機が訪れても、王女やその他の敵の手は止まらない。 仲間達にも不吉な影が纏わり付いており、このままでは戦局が覆される可能性とて高かった。遥紀は詠唱を紡ぎ、呼び寄せた力を息吹へと具現化させる。味方全体に広がった癒力は綾兎や総一郎の身を回復し、優しい心地を残していく。 「大丈夫、背は支えるから。だから今のうちに、ほら」 遥紀は視線で弱った球体関節人形を示し、疾風を促した。大きく地を蹴ったことで同意を示した疾風は迅雷の力を龍牙へと籠め、人形へと止めの一撃を見舞う。深々と突き刺された刃は雷撃を生み、一体目の球体関節人形の動きを完全に止めた。 次だ、と呟いた疾風は新たな標的に視線を移す。 しかし王女人形は尚も闇黒の力を操り、周囲の小人形達も煩いほどに騒ぎ立てていた。 「ネェ、モット遊ビマショ」 「一緒、一緒、モット一緒ニ――」 放たれる攻撃は厳しく、小さな人形は視界を覆う。てらすも懸命に癒しに回り続けているが、その所為で攻撃に転じることがなかなか出来なかった。そのうえ、騒ぎ立てる人形の中に日本人形が見え、てらすの身がびくりと震える。それでも、癒し続けるのが自分の役目。未熟で出来ること自体は少ないが、自分が出来ることを精いっぱいやらなければならない。そう自分を律した少女は強く呼びかけた。 「治癒は任せてくれ! ちゃんと癒すぜ!」 そして、てらすは幾度目かの天使の歌を紡ぐ。 だが、人形達の攻撃は激しかった。仁が押され、雪佳の体力も削られていく。二体の球体関節人形も相当に弱ってはいたが、それ以上にリベリスタ達への衝撃も大きかったのだ。 刹那、漆黒の力が仁を貫き、その身体が傾いだ。 雪佳がはっとして呼び掛けようとするが、彼自身の身にも常闇の衝撃が迫り、奪命の一撃が迫った。瞬間、血が散った。 二人の仲間が戦う力を失いかけ、遥紀は癒しの手が間に合わなかったことに瞳の奥を曇らせる。だが、仁は自らの運命を手離さなかった。痛みを抑えて立ち上がり、その足で再び床を踏み締める。 「倒れるわけにはいかないからな」 仁が拳銃を握り締める最中、雪佳も仕込み杖の鞘を支えにして踏み留まった。 「そうだ。まだまだ、俺は戦える……!」 疾風一閃、斬り放った一撃は相対していた球体関節人形へと。渾身の力と共に振るわれた刃は人形の胸を穿ち、其処に宿る力をすべて奪い取った。仁も態勢を整え、すかさずてらすがその身を癒す。 これで後は配下一体と王女だけ。 傾きかけた戦況が持ち直したことを感じ取り、総一郎は王女人形を巻き込む形で星ひかりの如き弾矢を打ち込んでいった。その際、彼は球体関節人形の関節を狙う。 「構造上、間接はあまり強固じゃなかったと思うんだが……常識内なら、ね」 狙い通り、人形の肘から先が破損して床に落ちた。だが、総一郎はそれが神秘の存在だと実感する。カタカタと奇妙な音を立てて動き続ける人形は腕を失っても尚、変わらぬ攻撃を生み出し続けているのだ。 しかし、勝機は見えている。アーデルハイトは自身が紡ぐ黒鎖に更なる力を込め、夜闇の如き漆黒の外套を翻す。刹那に葬操の黒が辺りに舞い、最後の球体関節人形を打ち倒した。そうして、アーデルハイトは王女人形を見据える。 攻防が巡る間に王女自身の力も弱ったのだろう。あれほど煩かった小人形の動きも徐々に収まっていた。 それまでずっと姫君の相手をしていた綾兎にも疲れが見えている。しかし、綾兎が倒れぬようにと遥紀が果敢に唄を紡ぎ続けていた。頼りにしている、と告げた言葉は決して嘘ではないことを示すかのようだ。 「遊び相手がいなくなった君達が、ただ遊ぶだけならこんなことにはならなかったのかな」 今更だけどね、と口にした綾兎は破滅の黒を柊を還する刃で受け止めて往なす。そして、避ける動きを利用して斬り放った幻惑の刃は姫に多大な衝撃を与え、浮かぶ身体を揺らがせた。其処へ、綾兎はふとした問いを投げ掛ける。 「ねぇ。君の前のご主人様は、どんな人だったの?」 王女人形は答えることはなく、ただ張り付いた微笑みを湛え続けるだけだった。 ●古城の眠り 「ダレカ ワタシト アソビマショウ」 感情の無い、それでいて何処か念の宿っている言の葉が部屋に響く。其処に哀れさを感じ取った雪佳は、同様に終わりが近いことも気取っていた。 「戯れも大概にしてもらうぞ、王女様」 この世界に風穴を開けさせない為にも――覚悟してもらう。そう告げた雪佳は高く跳躍し、壁を蹴った勢いを使って王女へと斬撃を見舞った。幾つもの刃の軌跡は人形を弱らせ、隙を作り出す。疾風も蹴りで虚空を切り裂き、標的へと鋭い衝撃を与えた。弱々しく揺らぐ人形だったが、攻撃の手は止まらない。 来る、と直感したてらすは攻撃に備えて気を引き締めた。 しかし、次に放たれた不吉の影はより強力なものであり、てらすは瞬時に自分が倒れてしまうだろうと悟って目を瞑る。一瞬後――てらすは何時まで経っても衝撃が来ないことに驚き、目を開く。すると、其処には少女を庇った総一郎が立っていた。 「やれやれ……若い子程には元気じゃないんだ、加減して欲しいね」 息を吐き、少々おどけてみせた総一郎はてらすに「大丈夫だったか」と問う。少女は年長者たる彼に頼もしさを覚え、大きく頷いた。 「ありがとな! 私も最後の最後まで頑張るぜ」 てらすは効果を失った翼の力を仲間に施し、あらたな決意を固める。ふわりと浮かぶ加護を感じながら、遥紀も最後の後押しとして癒しの息吹を吹かせた。アーデルハイトは指先を宙に翳して囁く。 「この刻は惜しくもあるが、終幕させようか」 瞳を細めたアーデルハイトは詠唱をはじめ、周囲に魔方陣を展開した。狙いを確りと定め、解き放った魔力弾は王女――否、今やただの少女に成り果てつつある人形を穿つ。 「ネェ、アソンデ……」 弱々しい声が零して人形は項垂れた。綾兎は其処に戯れの終わりを感じ、ナイフを握り締める。 「ごめんね。遊びはこれで、お終い」 そして、振り下ろされた一閃が銀に煌めき――次の瞬間、姫君は床に伏した。 古城には元在った静けさが満ち、戦いに終幕が訪れる。 騒いでいた人形は落ち、襲い来た三体の球体関節人形も崩れており、王女人形も力なく転がっていた。辺りに散らばった様々な人形を見渡し、ふわふわした猫のぬいぐるみを手に取った雪佳はふと呟く。 「置き去りにされた人形を連れ帰ってやれないだろうか」 彼の言葉を聞き、ひとつを拾い上げた遥紀は良い考えだ判断し、ぬいぐるみを拾い上げた。 「人形達を此処に置いていくのも偲びないし、それが良いね」 「え、その人形……持って帰るの? まぁ、ここで誰にも見られないまま朽ちるよりは良いかもね」 些か驚いた綾兎だったが、遥紀が娘と息子の土産に良いかもしれないと提案すると、それも悪くはないと同意を見せる。クマやライオンの愛らしい人形を手にした遥紀に対し、綾兎は「俺は兎のぬいぐるみを推しておく」と告げた。そして、微かな声でぽつりと付け加える。 「兎はおにーさんに持っていて欲しいしね」 「ん、何か言った?」 振り向いた遥紀には聞こえていなかったようだが、彼の腕の中にはしっかりとウサギが抱かれていた。 仁も所々が破損した王女人形へと歩みを寄せる。壊れているが、修理に出せば元の美しさを取り戻すだろう。こんな古城で兵を従えるよりは自分の娘の遊び相手になって貰った方が良い筈だ。 「古城で再び眠りに付かせるには、少々寂しいからな」 人形の黒檀の髪をそっと撫ぜ、仁は其処に付いた埃を払ってやる。そうして、幾つかの人形がリベリスタの手へと渡り、事件は完全な終わりを迎えた。 廃墟の廊下を進む帰り道、てらすは来た時と同様に控えめに周囲を見遣る。 「動かないとわかってても廃墟と人形は怖いんだよ。でも……良かったな」 仲間が持つ人形に怯えそうになりながらも、それらに罪はないと分かっていた。誰かの傍に在ればもう二度と人形が動き出すこともないだろう。総一郎もてらすと同じことを感じながら、出口へと向かった。やがて彼等は古城廃墟の扉を開き、外へと踏み出す。そんなとき、疾風は未来視で見えたという一般人の事を思い出した。 「そういえば誰かがこの後に肝試しに来るのだったか。そういった輩はあまり感心出来ないな」 するとアーデルハイトがそれには心配ないと告げて小さな鍵を取り出す。 それは招かざる客人が入れぬようにと手配していた、この廃墟を閉じるための鍵だった。統べる者の居なくなった場所にはきっと、穏やかな静けさがよく似合う。 「おやすみなさい――よき夢を」 アーデルハイトによって扉が閉じられ、鍵がゆっくりと差し込まれる。 そして、かちりと鳴った小さな音はまるで、古城を眠りに誘うかのような優しい響きを孕んでいた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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