●聞きたい声は―― 駅近くの人ごみ。雑多な音が飛び交い自分の声すら掻き消える。知り合いといえど声の判別は不可能だろう。 流れに沿って人が動く。人が多すぎてとても自由には動けないのだ。が、そんな中でも勝手な人間はいるもので――携帯を片手に人の流れを無視してさかのぼる男が一人。 携帯相手に怒鳴り散らし、チンピラ丸出しの格好で興奮気味に腕を振り回す。肩や腕が周囲の人間にぶつかるが、周囲の視線など何処吹く風。 肩がぶつかる。携帯への大音量が人ごみに響く。周囲の迷惑げな視線が向けられる。男は気にも止めず―― ――激しく血を噴き出させた。 雑踏が静まり返る。視線の集まった先で、チンピラもまた呆然と視線を下げる。自身の右肩を――血を撒き散らして地面に落ちた肩を。 時が止まったかのように誰もが足を止めた、その正面で。柔和な微笑を浮かべ、目立った特長のない三十路ほどになる男が手にした斧を一振りし血を払う。悪意も何もない、人好きのする笑顔を振りまいて。 「周りの人達がね、君の肩が当たってとても嫌な思いをしていたんだ。だから無くしたよ」 事実彼には悪意の欠片もなかった。心からの善意で彼は斧を振るったのだから。 絶叫が響いた。痛みと恐怖に男が叫びのた打ち回る。そのたびに吹き出した血が周囲の人間を赤く染めた。 「あ、また聞こえたよ。『血が飛んできた! ヤダ!』だってさ。周りの人が迷惑してるから、動き回らないでね」 ――ドンッ! のた打ち回っていた身体が活動を停止する。断ち切られた首が足元に転がって、初めて周囲の人間が動き出した。 悲鳴が駅前に響き渡る。突然の事態に誰もが人を押しのけ我先にと逃げだす。人に押され転んだ女性がそれでも必死に逃げる列にすがった。 (どいて、どいてどいて――) ――ぐしゃ。 目の前にあった人の列が叩き潰される。血と肉片を撒き散らして……道が開いた。 「はい、どかしたよ」 笑ってる。笑ってる。悪意の笑みじゃない。下卑た笑いでもない。良かったねと――望みが叶ったねと笑う無邪気な善意。 ――どうかしてる。 血が肉が匂いが悲鳴が充満して気が狂いそう。あ、あ……と意味のない言葉を漏らしながら何かを思う。思ってしまった。 「何も考えたくない? じゃあそうしようか」 考える力ごと斧が頭部を叩き潰した。 「心が聞こえるって素晴らしいね。言葉だけでは素直な気持ちはわからない。その点、剥きだしの心は正直だ」 口にすることと本当の望みが違うことはよくあることだ。期待に答えたつもりが、恨まれることだってある。 これまでも人の為に戦ってきた。けれど所詮は一握り。皆の望みを叶えてあげたいけれど、届く声は少なすぎて。 ――だけど、人の心がわかるようになった今、剥きだしの正直な気持ちがわかる今、その全てを叶えてあげることだって出来るんだ。 聞きたい声はこれだった。 誰かの想いを叶えてあげたい。 それが俺の唯一の望みだから。 さあギフトを贈ろう。皆の願いを叶えよう。 遠慮はしないで。笑って欲しい。 さあ君たちの――声を俺に聞かせておくれ。 ●神様の贈り物―― 「男の名は京極善司。リベリスタデース」 眉を寄せたリベリスタに「昨日までは」と付け足して――『廃テンション↑↑Girl』ロイヤー・東谷山(nBNE000227)が説明を続ける。 リベリスタにはアーク以外の組織も存在する。人員は10名に満たず、それなりに活動は長いがさほどの力はない――善司の所属する組織はその程度のものだった。 「ルーキー程度の実力のメンバーの中で、善司だけはかなり稀有な才能の持ち主だったようですケドね」 組織としてエリューションと戦ってきたが、実際は善司の活躍でもっていたようなものだったらしい。 ところが―― 「組織はここ数ヶ月で急成長をしていマース。一人ひとりの実力が跳ね上がり、皆で強力なエリューションを討伐できるまでになっていマーシた」 ルーキークラスだったメンバーは並以上の実力を得、善司に至っては集団のフィクサードを一人で殲滅する程に。 ありえない速度でなぜ力を得たか。その影にあったのは―― 「同時期に彼らは『企業』と呼ばれる組織と接触した形跡がありマース」 アークが関わってきた事例の中に、企業が幾度となく巻き起こしたアーティファクト事件の記録がある。エリューション能力を持つ者をそそのかし、フェイトを失うアーティファクトを使用させ――待っているのは滅びの運命。 目的はわかっていないが、その企業が組織に強力なアーティファクトの装備を提供しているのは間違いないだろう。 「善司はフェイトを失いノーフェイス化したのか?」 それゆえの狂気の行動か――ロイヤーがその問いを否定する。 「彼のフェイトはまだ尽きていまセン。彼は元々――静かに狂っていまシタ」 周りが口を揃えて言う彼の評判は『神様みたいにいい人』。心優しい青年、自分の危険を省みず他者を守る勇気ある人、自分の望みは皆の望みを叶えることだと笑顔を振りまく男。エリューションを討伐し人々を守る、それまでの彼の行動におかしいことはなかった。 ――たまたまだ。 機会がなかっただけ。誰も気付いていなかっただけ。静かな狂気に誰も――誰も。 彼の両親はとても不仲だった。毎日罵りあう二人を彼は見てきた。10歳の誕生日、両親は互いの首を絞めあうほどにヒートアップしていた。……その日が、少年が革醒した日だった。 「首の折れた両親の前にたたずむ少年、それが善司デーシた」 その後の彼は真面目に精力的に活動を行ってきた。人の望みを叶えたいと笑う、恨みや妬みといった人の暗い部分の感情を一切持たない彼を人々は慕った。 「彼は両親を憎んでいたわけではありまセン。ただ彼は叶えてあげたダケでショウ。両親の望みを」 だからいつからか、などは意味のないこと。いい人。底抜けにいい人。神様みたいにいい人。 「神様みたいに――ワタシはこの言葉、人に与えるにはとても怖いモノに聞こえマースね」 感情が欠けている。足りない何かがある。彼にないのは人間らしさ――人間そのものというべきか。自分達と同じ形でも決して交わらない彼は―― 神様みたいに――人間ではないのだ。 「駅前で虐殺を行う彼を、元仲間のリベリスタ達が必死に抑えていマース」 彼らでは勝つことはできなくても、時間を稼ぎ一般人を逃がすことはできるだろう。善司がいくら強敵でも彼らと協力すればきっと――リベリスタはそこまで考えて、首を振るロイヤーに気が付いた。 「……急いでくだサイ。事態は非常に悪い方へ向かっていマース」 ●神様みたいに―― 「何でですか先輩!」 まだ息のある一般人に癒しの風を吹きかけ、少年といえる年齢のリベリスタが叫ぶ。 「俺はいつも通りだよ神野君」 笑顔を浮かべる善司、その胸に埋め込まれた赤い宝石。それが企業の強化アーティファクト。彼の能力を高め、人の心を読み取らせていた。 少年が周囲に目を走らせる。リーダーはすでに善司に殺された。二人が一般人を逃がし、自分を含めた三人が善司の足を止めている。仲間の一人が目で合図し、後ろから飛び掛った。 「ごめんね。不意打ちは効かないよ」 そちらを見もせすに振り回された大斧がその胴体を断ち切った。慌てて癒しを施すも失った命は戻らない。アーティファクトで強化された並みのリベリスタ以上の癒しの力も、善司の強さの前では微力だった。不甲斐なさに涙が出る。 「君達の心は読めるから」 作戦は通じないよ――善司の言葉はもう一人のリベリスタの悲鳴にかき消された。 「なんで――なんでだよ! 俺の――っ!」 突然叫びだした仲間を見やり、少年――神野悠樹は目を見張る。彼を取り巻くはずの運命の加護、それが一切感じられなかった。彼はノーフェイスになったのだ。 企業のアーティファクトはそのフェイトを代償にする。気付かない。気付かないうちに使用者を滅びへと誘う。 「ああ、なんで――嫌だ! 今まで倒してきた化け物みたいになるのか! 嫌だ、そんなの嫌だ!」 「では化け物にならないようにしてあげる」 斧の一撃がノーフェイスを二つに切り裂いた。 呆然と――呆然とたたずむ。強すぎる敵。フェイトの消失。遠くの悲鳴に目を向ければ、一般人を逃がしていた二人もまた運命の加護を失っていた。 善司は笑顔で近づいてくる。斧を振り上げて。生きるには戦うしかない。戦えば――どうなる? 運命の加護を失った仲間。自分もこうなるのか。人間でなくなるのか。それともこのまま死ぬのか。近づいてくる。近づいて―― ――善司の放つ衝撃波がもう嫌だと叫んでいた一般人を肉片へと変えた。 ……なんで殺さない。ボクは眼中にもないのか。 「アンタは、一体何がしたいんだ」 震える声で呟いた。きょとんとして……それから善司は無邪気な子供のような笑顔を見せたのだ。 「そうだね。俺はきっと――神様みたいになりたいんだ」 ●深い深い深い―― モニタールームの大画面がその地獄を映していた。 悲鳴。怒号。それらに混じって物が、人が、命が砕ける音。 画面を通してさえ血生臭さが鼻を突くような――そんな映像を前にして、けれどこの場の誰一人そんな感情は抱かなかった。 「――感度良好。強化アーティファクトを通した映像が送られています」 それがまるで当たり前の日常であるかのように淡々と声がする。毎日の仕事のルーチンをこなしている。その程度の感覚。 それが『企業』だ。 商品を開発し、完成度をモニターし――その工程で失われる被験体や巻き込まれた人の命は全て商品価値を高めるモノでしかない。 「一般人でもノーフェイス化した時の力の増幅はかなりのものになる。それは『歌姫』が証明していますからね」 かつての被験体は大変優秀なデータを残した。そして今回は、元々力あるエリューションが、強力なアーティファクトを装備している。それがノーフェイス化した時の力は一体いかほどのものか。素晴らしいモニターとなるだろう。 「回収部隊は向かわせているな」 低く重い声。若くなく、けれど老いを感じさせない……声の主は確認をしながらも、そうでなければ無能と見なす、そんな印象を響かせて。 「営業を向かわせています。ナビゲーターはまだ行方をくらませたままですが、その部下達に」 「結構」 緊張の張り付いた声にどうでもよさげに頷き、男は視線を戻す。善司が、悠樹が映るモニターを見る男のそれは、彼らを見下ろす――いや、見下す視線。深い深いその視線は、どこかその奥に憎悪すら見せ付けて。 「しかし、今回はずいぶん派手にやりましたね社長」 今までモニター任務を任せていた企業の営業ナビゲーターは、万華鏡に蜘蛛の糸は掴ませまいと派手な行動は慎んでいた。今回の件は被害の規模も圧倒的だ。 「計画は順調に進んでいる。これ以上のデータは必要ない」 社長と呼ばれた男がつまらなさげに答える。最早暗躍する必要はなく、計画は次の段階に移る。ゆえに―― 「ただのメッセージだ」 笑いもせず。ただ――ただ憎悪の色を帯びて。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:BRN-D | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年02月17日(日)23:29 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●カケラ 一際大きな音がした。 軋む音。へし折れる音。 小さな身体が宙に浮く。 言葉はない。唇からは言葉の代わりに赤い雫が空に線を描いた。 ――悲痛な叫びは誰のもの? ●コトバ 「――っ」 悲鳴が、怒号が充満する駅前。混乱し泣き崩れる人の群れに、斧を向け男はゆっくりと歩み寄る。少年の力ない静止に耳も貸さず。 「――待て!」 今度こそ少年――神野悠樹が声を振り絞った。相手にもされず、一般人をみすみす殺させてなるものか! だが男は微笑を向けただけ。彼に得物を向けることなく通り過ぎる。ゆっくりと言葉を紡いで。 「君は、死にたくないと願ってる。だから殺さないよ」 見透かされた。自身でも気付かない奥底を。静止の声を上げながら、その実こちらには来るなと願ってる。人を見殺しにしたって、自分は殺されたくないと! 悔しい。止められない自分が。ほっとしている自分が! けれど、今この場で彼を――この京極善司を止めれる存在などいないのだ―― 「いるさ」 呟きへの返答。悠樹が顔を上げる。善司が足を止める。声の主は混乱する人ごみを掻き分けて――ではなく。駅前のロータリーに停車する無人のタクシーを足場にして。 ライフルを構え『むしろぴよこが本体?』アウラール・オーバル(BNE001406)は善司と向き合う。 「あんたは神にはなれない」 ――神は全ての行動を、自らの栄光のために行う。 「誰かの歓心を買うためじゃない。人の心の上っ面しか読めない、粗悪品に操られるだけの人形に成り下がるな!」 善司は笑顔を絶やさない。笑顔のまま斧を向ける。 「俺の邪魔をする、ってことで構わないのかな」 嗚呼悲しいことだ。けれど理解されないのも仕方ない。彼にはこの素晴らしい力がないのだから! 「理解してるわよ」 蝶がたゆたう。境目を彷徨う常夜の蝶、その艶やかさに目を奪われた善司の頬に一筋の赤を色付け、『告死の蝶』斬風 糾華(BNE000390)が一般人を背に静かに立つ。 ――神様みたいにいい人。人に対する評価の不適切さをそのまま表した様な生き様―― 「人でなし。それが貴方よ」 彼女の周囲にはすでにリベリスタ達が集っている。一足先に辿り着いたアウラールの存在が、仲間が集う時間を稼いだのだ。 糾華の視線が善司と合わさる。アーティファクトの力が、その願いを読み取って。 ――くたばってしまえ、この外道―― 「嫌われたものだなぁ」 ため息を吐くも笑顔はそのままに、善司は視線を奥に向けた。 「そちらの彼も怖い事考えてるよね」 その目に戦場を焼き付けて。一片の変化も見逃さず状況を叩き込んでいく。それらをしながら『終極粉砕機構』富永・喜平(BNE000939)は同じような笑顔を彼に向け。 「くたばれ、害悪が」 心の声と口から出る言葉に差異はない。本能のままに言葉を吐く。本能のままにその身を突き動かす。喜平の願いは故に、強い。 ――神様ごっこなら彼の世でやれよ。 神様じゃない。こいつはただの、ただの可哀想な奴。 「御前は脳天から足の先まで人間だ。自分が何者かも分からない幼稚な部類のな」 この人達は一体――思考は身体を強く引かれて中断した。 「こっちじゃ」 声の主は『回復狂』メアリ・ラングストン(BNE000075)。彼女に手を引かれ建物の影に入る。善司の視界から離れたことは正直彼をほっとさせた。 「妾はアークの――同じ癒し手じゃな」 後はアークに任せよと微笑んで。アークの名を聞いて肩の荷が降りた悠樹――いや、物理的に荷が降ろされてる。 「――って何してるんですか!」 突然衣服を脱がされだしたら誰でもそう叫ぶ。 「プロテクター外してね☆ 脱ぐのは手伝うのじゃ」 メアリ、非常に楽しそう。 「落ち着いて聞いて欲しいのです」 色々放棄したメアリに代わり、『第33話:平常運転香夏子さん』宮部・香夏子(BNE003035)が己の影を操りながら手短に説明した。企業の商品、その危険性を。 「仲間は、これのせいで」 歯噛みする悠樹。今はやれることをと一般人のフォローを頼み、香夏子は遊撃の役割を果たすべく背を向ける。 「――決して死なないでくださいね」 その願いを告げて。 恐怖に足がすくむ。悲鳴が混乱を促進する。もう嫌だ――嘆きの声は怒号に掻き消された。 「さっさと立って逃げやがれ!」 座り込み震える者を立たせ、『さすらいの遊び人』ブレス・ダブルクロス(BNE003169)が拡声器片手に一般人を急かす。 企業の商品が出てくるのも久しぶりだな――呟きの途中に苦笑を交え。 一般人の混乱は激しい。善司に近い者が必死に逃げるほど、奥の者を押しのけようと混乱は増長する。 「呑気にほざけるほど楽な任務じゃないか」 目の端に運命の加護を失った二人のノーフェイスを捉える。時間の余裕などどこにもない。彼らが動き出す前に、避難を完了させる必要があるのだから。 ●ノゾミ 戦場を銃撃が支配する。撃ち放ちながら一気に距離を詰めたその姿は一個の獣。本能のままに動き振るい食らいつく。過程は結果の後にご覧じろ。 動きを捉えたアーティファクトが読み取る、喜平の殺意殺意殺意! 「俺は皆の願いを叶えたいだけなんだ」 「笑わせるなよ、御前のは善意なんかじゃない。自己満足の我が儘を人に押し付けてるだけだ」 得物がかち合い派手に血飛沫が舞う。 中衛を維持し避難中の一般人への道を塞ぎながら、糾華はその動きを観察する。膂力は勿論のこと、攻守一体となり直撃を避けて攻勢に出るその技巧。早期決着が理想でも簡単に捉えられてくれそうにない。 一方でおかしな動きを見せる。いやあれは――心を読み取ってか善司が笑いかけた。 隙あらば赤い宝石を狙い砕く。その心を読み取ったのだろう、無駄だと言うように自身のアーティファクトに手を添えた。 攻撃のタイミングを読まれる以上、破壊は難しい―― 「あんたは考えるのをやめてしまっただけだ! 目を背けず、真剣に考えろ!」 アウラールの意思が善司を焼く。この地獄の様な惨状を、これ以上の犠牲を出したくないと願う強い意志。 「何を考える。答えは人が出している。俺はそれを叶えるだけさ」 「違う! 心は無限に表情を持っている、表面だけ読んでも意味はない!」 両親の願いを叶えた日から何一つ変わっていない――哀れな子供! 彼に声は届かない。笑顔のまま大斧を振り回す。神秘の風となってリベリスタを押し包み―― 「――っ!」 周囲のリベリスタが吹き飛んだ。恐るべき膂力、絶対の神秘の護りを持つアウラールならばこそ耐えられたものの、一撃を受けて皆が身体を押さえつけられる様な感覚に陥った。 急ぎ神秘の浄化を唱えるアウラール。善司はその横を無造作に通り過ぎ―― 「綺麗だね」 足を止めた。 神秘の風に激しく傷つきながら、その声は、その感情は、その存在は何一つ揺らいではいない。 ――君の個性、長い年月をかけて凝固した形が露になって―― 「綺麗だね」 再び紡ぐ言葉、その真意を読み取ろうと善司が目を向けた。感じたのは――奔流、暴風、あるいは宇宙。 『頂戴遊んで欲しい欲しい言って欲しい出してしてー遊んで見せてしてみてよほしい食べたいなろうよ頂戴欲しいそれも欲しい頂戴欲しい頂戴全部欲しい頂戴、頂戴、頂戴、頂戴』 「ふっ、く、は、ははは!」 こらえきれず吹き出した。なんて望み、なんて素直、なんて――欲望! ――いつだって欲しいものに溢れてる。『Trompe-l'œil』歪 ぐるぐ(BNE000001)の望みは、望みなんて枠には入りきらない。 「ぐるぐさんが見てるのは君だけだ。さぁいくよ!」 欲しい! 欲しい! 欲しい! 流れるコンボを叩き込みながらそれ以上の感情の奔流が押し包む。楽しげな笑いは二人のもの。感情がまるで自分のもののようにさえ感じられる。 だから、善司は斧を振りかぶった。 「君にあげる。その身に刻んで覚えるといい」 鉄が表情を変える。凍てつく闘気を纏った力の塊。後は単純な膂力。たったそれだけ。 たったそれだけで、恐るべき威力が発揮された。 骨がへし折れる。 身体が半分に断ち切られる前に宙へと投げ出された。 身体の軌道と同じラインを赤い雫が辿っていく。 地に叩きつけられぴくりとも動かない。 「――ぐるぐさん!」 悲痛な叫びを上げ糾華が飛び出す。 善司の視線にも怯まない。なお前に進む善司を食い止めるために。 「次は君かな?」 笑顔で斧を振り上げ――不自然な重みに眉を寄せた。 「視界外からの攻撃には反応できないみたいだな」 糸が絡みつく。『足らずの』晦 烏(BNE002858)の放つ気糸が善司を絡めとり。 「随分と派手にやらかしやがる」 厄介な事になっているが――煙草を吹かし散弾銃を構え、烏の呟きは煙に消える。 事前に駅へと連絡したアウラールの機転で駅から出てくる人影はない。この場にいる一般人の避難さえ終えれば――ブレスの思考は二つの絶叫で途切れる。 それはソードミラージュとしての戦い方の記憶だろう。たとえ、すでにその理性が失われていても。二人のノーフェイスが全速で動く。間にある車両を薙ぎ払い、電柱を切り飛ばし――柱が駅のホームへと倒れていく。 破壊音はしなかった。高く跳ねた香夏子が逆に柱を蹴り倒す。派手に舞った砂塵の中で、刃の光が揺らめき惑う。 香夏子は遊撃者。運命の加護を失い、破壊衝動に取り付かれた彼らを止めるその為に。 影で敵を翻弄し、ステップがナイフを空振りさせる。その場で敵を釘付けにしながら、強く瞳を善司に向けて――メッセージであるかのように、破滅のカードを投げ放った。 フェーズ進行が早い! ブレスの舌打ちは未だ非難が完了していない現状への呪い。街を破壊させるわけにはいかないが―― 「行ってください! 後はやります」 悠樹が駆け寄ってきた。プロテクターを外し身軽な姿で、やれることをやると口にして。 軽く笑ってブレスが駆け出す。愛用の『Crimson roar』を抜き放ち銃撃でノーフェイスを牽制し。 絶叫が瞬時に距離を詰める。それに合わせて構えを変えれば、銃剣はその咆哮をも変えるのだ。鋭いブレードが風を巻き起こし――ノーフェイスの身体を激しく刻み始めた。 「頑丈だね全く」 烏の苦笑は気糸で捉えた数十秒、その間集中攻撃を受けて未だ平然と笑顔を見せる男に向けて。 気糸を引きちぎり幾度目かの振り回しを行えば、前衛は全員運命の支えを必要としていた。 「踏ん張るのじゃ! 妾が誰も殺させはせんぞ!」 癒しを紡ぐメアリの叫びに衝撃波が答える。 「君がいると皆の声が聞き取りにくいんだ」 それはジャミングの力。善司ではなくアーティファクト自体が読み取る為無効化とはいかなかったが、善司への伝達を大きく阻害し、結果的にそれを戦闘利用することを防いでいた。 「ふん……善司よ。お前が本当に渡したいギフトは死と流血じゃ」 神様になりたいのではない。人間を辞めたいのだ。 「本当の気持ちを偽るな! 妾を、アークをなめんなコラ!」 「決めた。次は君だ」 笑顔で善司は斧を構える。衝撃波で体力の大半を削り取られた。もう一撃を持ち堪える可能性は―― 「こんな感じかな?」 声がした。誰もいない場所から。違う、もう動けるはずのない者しかいない場所から。 そちらに斧を振るう。金属音が鳴り響き、模倣する動きで返された。 立っていたのは善司。向かい合うのも善司。善司の声が、善司の顔が、楽しげに揺らぎ眼前に迫る。 怪盗。観察し、奪い、成り代わる。ぐるぐは今、善司なのだ。 「実に君は――面白い!」 まだ。まだ全てを理解出来ていない。だからもう一度受ける。君の素敵を、手に入れる為に! 凍てつく闘気が、塊が迫る。受ける。見る。得る――! 全てを脳裏に焼き付けて。ぐるぐは確かにそれを感じた。きっと理解できた、はず。 耐え切ることが、出来たなら。 善司の姿が解け倒れ伏すのは幼い少女。 さすがの善司も消耗が激しい。だがそれは周囲のリベリスタも同じことだ。 誰もがアーティファクトを狙いながら攻めあぐねている。当然だ。狙うタイミングがわかっていて防げない道理がないのだから。さあ願いを叶えよう。声が聞こえる限り―― ――音がした。何の音だかわからなかった。砕け落ちた赤い宝石。これは何? 何故? 誰も狙っていなかった。声が聞こえるんだ。わからないはずがない。そうだろう? 呆然とした目が烏へと向けられる。銃を下ろし、烏は小さく笑った。 「おじさんくらいになるとな、腹芸くらいお手の物なんでね」 烏は仮面をつけていた。表層の思考にその裏の真実を覆って。ここまでずっと、この一瞬を狙ってきたのだ。 「チャンスは一度の覚悟、ここぞと言うときに決めねぇとな」 これでこそ男ってやつさと煙草を吹かす。 ●ギフト 「待たせましたね……ここからがクライマックスです!」 斧を落とした善司。もはや戦う意思はないだろう。香夏子はそれまで抑えていたノーフェイスに得物を向ける。 元々それなりに力あるエリューション。フェーズ1ならば限定的な力しかないそれも、2へと進行すればかなりの強敵となる。 その点において、香夏子はこの場でもっとも敵を抑えるの適した才能の持ち主だった。 半分以上の攻撃を避け、衝撃をぎりぎりに抑え――メアリの癒しの支援を得れば、どれだけの期間でも抑え続けよう。 「さあ、香夏子は……平常運転です」 仲間の支援を期待して後ろを確認した香夏子は、それに気付いた。 「――来ましたよ!」 影より駆け寄る、ビジネススーツに身を包んだ三人の営業に。 銃撃が迎え撃つ。喜平の、烏の射撃が子蜘蛛の動きを牽制し。 「こちらの視界を潰すか……」 喜平の閃光弾が炸裂すれば、重要な器官への攻撃は身を固めさせ結果進攻を遅れさせた。 「やはり京極君の宝石が目的かい? 残念ながらもう砕けてしまったがね」 烏の声は探るように。口を滑らすなら良し―― 「フン、企業は元々データだけを求めている。商品の回収などどうでもいいこと」 これまでの蜘蛛のアーティファクト事件でも、確かに彼らは回収を第一にしたことはなかった。あくまでついで、それ以上ではない。 「余計な事を言うな繁。こいつらは私が抑える」 銃剣を構え紅子が迫る。散々に傷ついた身体で抑えるには一仕事だが―― 「さあいっちょ気合入れてやりますか!」 どこか楽しげに声を響かせ、喜平は巨銃を深く握りなおした。 「オラどかねぇと痛い目見るッスよ!」 「どくものか! これ以上犠牲者を出させやしない!」 強靭な手甲から繰り出される篤志の突きを受け止めアウラールが吼える。 その篤志の身体に蝶が纏わりつけば、苛立ちの声を上げて糾華を睨み付けた。 「運命を吸い上げるような物、よく開発するわね」 ――その運命はどこに消えるのかしら? 探りの声に、さあねと一言。 「ただ失わせるだけみたいッスがね」 何の為に。問いは繰り出される衝撃波に掻き消える。 「俺はえらくなれりゃあそれでいいんスよ! 社長の考えなんざ知るもんスか!」 再度固めた拳、それは銃弾で射抜かれた。 「余所見をする暇なんかないんじゃないか?」 アウラールの挑発に、怒号を上げて掴みかかる。 ブレスの身体はかなり傷ついている。ノーフェイスもフェーズ2となれば従来は複数人で立ち向かうもの。それを一人で抑え続けたのは幾多の戦場を生き抜いた彼の実力の賜物だろうが。 かつて繁との戦いでは互いに決定打のない膠着状態となった。今回はその逆、互いの攻撃が確実に互いの命を削る、そんな緊迫状態。 運命を消耗し、口に溜まった血を吹き出して、ブレスの一撃がノーフェイスの身体を薙ぐ。人ならばとっくに致命傷。けれど対峙する相手はすでに人ではないのだ。 「よぅノーコン。少しはマシになったか?」 その状況でも、繁を見た瞬間に挑発が飛び出すのはブレスだからこそか。 「フン、よくその状態で悪態がつけるわ」 駆け抜ける繁、その目線を追ってブレスが叫んだ。 「――神野逃げろ!」 繁が向かっているのは一般人の避難を終え戻ってきた悠樹。狙いはアーティファクトではなく―― 「暴れぬよぅ気絶してもらうぞ!」 突然の事態に戸惑う悠樹に、振りかざされた一撃! 「……妾は誰も殺させんと言ったぞ!」 運命を燃やして。庇い流れる血をすぐに癒し、メアリは繁を強く睨みつけた。 企業の狙いはアーティファクトではなく、人そのもの。エリューションであり、企業の商品を身につけて未だ滅ばぬ者。 「……ま、ここまでか」 だが悠樹の誘拐を阻止された時点で彼らはすぐに距離をとる。 諦めたのか? その疑問はすぐに出た。 「京極善司さん。貴方を欲しいと望んでる方がいるんスよ」 声を失いぼんやりしていた善司に届けられた声。望みという、その響き。 「――ああ、それが誰かの望みなら」 「一緒に行きましょう。企業『アシカガ』に」 善司の身体を支え連れて行く子蜘蛛達。ノーフェイスを相手取るリベリスタに追う余裕はない。誰かの制止の声はノーフェイスの絶叫に掻き消された―― 全ての流れを見守っていたモニタールームで。 「社長――今回の意図は?」 モニターであればやらなくていい行動が多すぎる。さすがに今後動きにくくなる――部下の非難の響きに見下す目を向けて。 重厚な声が企業の部屋に響いた。 「ただのメッセージだ。我々はいつでもこういう事態を作り出せるのだというな」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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