●危険外来種、『エディコウン』 黒電話である。 一般的な、それでいてあまり見かけないその電話機を腕に抱え、女は受話器を取り上げた。 虹色の髪をした、虹色の目の女である。 髪は長く、まとめられてはいない。しかしその長さは踵の位置を超えていた。ありていにいえば、地面に数十センチほど引きずっていた。 それが鏡のごとく綺麗に磨かれたタイル床でなければ、彼女の髪は無残に汚れていたことだろう。 受話器を耳に当てる。 「あらアスター、ごきげんよう。ちゃんとご飯をたべてる? あなたは執事みたいな格好をしているくせにものぐさなんだから、ちゃんとしないとだめよ。あら、私? 私は大丈夫よ、部下のみんながいるもの。アスターがいなくっても全然平気。ふふっ、寂しいかしら? そんなこといってもだめよ、まだ屋敷を出られないんだから。ん? ううん、閉じ込められたりなんてしてないわ、私が勝手に引きこもってるだけ。だって迷惑がかかっちゃうじゃない、私たちって……ほら、『誰かのそばにいるだけで倫理観を狂わせてしまう』種族だから、ね?」 あまりに聞き捨てならないことを言う彼女だったが、しかしとりたてて悪びれいている様子も、逆に楽しんでいる様子もなかった。自分の体質を述べている程度の、そんな印象である。 「わかってる、私だってまた会いたいわよ。あなたとはまあ、同居人とか、そういうドライな関係ではあるけど、数少ない同胞じゃないの。広義にとらえるなら、家族みたいなものよ。うん、それじゃ、またね。バイバイ」 ひとしきり話した後、彼女はがちゃんと受話器を置いた。 そばでじっと待っていた少年に電話機を手渡す。 「ありがとう。もう下がって大丈夫よ」 「はい、フランチェティイさん」 少年は黒電話を銀のトレーに乗せ、豪華な絨毯の上を歩いて行く。 いくつかの扉を過ぎ、開けた大広間のような場所へと入った。 大きな窓から陽光を取り入れた、それはそれは豪華な部屋である。 豪華な内装に、豪華な机。二十人はかけられるだろうという長いテーブルの最奥に、その女は腰掛けていた。 彼女の椅子がほかのどの椅子よりも煌びやかであることを見れば、彼女がこの場で最も格上の人間であると察することができるだろう。 少年は彼女のそば(といっても十メートルは離れていた)からで立ち止まると、折り目正しく頭を下げる。 「ラクテアさま、お客様の様子を見て参りました」 「どうだったの?」 「相変わらずです」 そう言って、少年は手元の黒電話を見下ろす。 このように運んできたことを見てわかるとおり、電話機にコード類は一切つながっていない。 ならば見た目のアナクロニズムと裏腹なコードレス電話なのかと思えばそうではなく……というか通話機能などなく、電話としての機械など黒電話内部のどこにも存在していなかった。 少年はダイヤル部分を金庫扉を開けるかのように複雑に回し、やはり金庫扉のようにぱっかりと開いた。そして内側より、ICレコーダーを取り出す。 「あのような妄言、録音の意味があるとは思えません。あの方の『お連れ』がまだ生きているという演技を、なぜし続けるのですか」 「もう、いやだわ。何度も説明しているじゃない。それとも、何度も聞いておきたいのかしら?」 女はほほに手を当て、穏やかに笑った。 顔のしわは深く、六十歳は超えているような老婆だ。 しかし立ち振る舞いはまるで貴婦人のように優雅で、落ち着いたものだった。 だが何より目を引くのは。 「同胞だから、いってみれば、家族のようなものだからよ」 虹色の髪と、虹色の目だった。 ●残滓 リベリスタたちに課せられた任務を要約すると、『アザーバイドの対応』でだった。 「エディコウンというアザーバイドが、ある山中の洋館で確認されました」 彼らは部下に買い出しをさせる程度の用事を除けば、特に山を下りるようなことはなく、ひっそりと暮らしているという。 時折どこかから世捨て人が紛れ込んできて、彼女の屋敷に滞在することがあるとはいうが、それも数ヶ月すればおのずと出て行くのだという。 「それだけなら、別に手を出す必要はありません。それだけなら」 わざと、重ねていう。 「エディコウンには『長期間接触を続けた人間は倫理観が狂う』という特性を持っています。これが、彼女たちを危険視する理由です」 実を言うと以前、アークは同じアザーバイドの対応を行なったことがある。 同種族の、それも山にこもった女だ。名をフランチェティイという。 交渉から入り、最終的には彼女たちとの戦闘へと発展し、『エディコウン』アスターおよび十数名の少年フィクサードを殺害、並びに『エディコウン』フランチェティイの逃走という結果に至った。 「訪れた世捨て人が倫理観を完全に狂わせ、社会に出てから狂気的な事件を起こす……という事件がこれまで三件起こったそうです。このまま放置しておけば、新たな事件が発生する可能性もある。ということで……」 今回の任務。 それは……彼女の、ひいては『エディコウン』の脅威を消失させることである。 「いかなる方法をとっていただいてもかまいません。結果さえ出るなら、すべてお任せします」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:八重紅友禅 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 9人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年02月18日(月)23:10 |
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■メイン参加者 9人■ | |||||
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●「享受せよ、思慮は罪と知るべし」と透明なる無意識は言う 『LowGear』フラウ・リード(BNE003909)の運転はあまり安静ではない。 とはいえこの車に乗る誰と比べてもマシ(この場合褒めた言い方だととってよい)だというのは確かだった。 「エディコウンの『討ち漏らし』っすか、自分のツケが回ってくるってのは何ともいえない気分っすね」 「できればお茶会でもしたかったですけど、こうなってはね」 そう言ったきり黙りこくる『磊々落々』狐塚 凪(BNE000085)。 隣のシートに座っていた『銀狼のオクルス』草臥 木蓮(BNE002229)が己が膝を曲げ寄せた。 「フランチェティイ……明らかにまともな状態じゃなくなってた。あの時とどめを刺せてれば……」 「そんな遠回しな。『皆殺しにしときゃよかった』って言えばいいじゃない」 ギザついた歯を見せて笑う『SCAVENGER』茜日 暁(BNE004041)。 言葉を詰まらせる木蓮の一方で、『√3』一条・玄弥(BNE003422)がへらへらと笑った。 「せやぁ、建前はどうでもええ。厄介モンを放ん出して万事解決。銭も手に入るってなもんや」 納得しづらい顔をしている木蓮たちをよそに、『閃拳』義桜 葛葉(BNE003637)も瞑目して頷く。 「概ね彼の言うとおりだ。如何なる結果になろうとも受け入れるまでよ」 「ですなあ、今更言ってもしょうがない話ですからのう」 仮面の裏でどんな顔をしているものか定かではないが、『怪人Q』百舌鳥 九十九(BNE001407)もかたかたと肩を揺すって上を向いた。 車の助手席で足を組む『墓掘』ランディ・益母(BNE001403)。 「ああすればよかった、こうすれば上手くいった、これを知っていれば失敗しなかった……そんなものはすべて未来の台詞だ。言うだけ無駄だ。今現在必要のない死と狂った人生が生まれている。それが現実で、俺たちが起こした失敗だ」 「……」 過ぎゆく景色と車窓に移る横顔を重ねながら、『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)は目を細めた。 「世界を守りたいなら、ボクらはそれをやるしかない」 ことん、と頭がガラスをたたいた。 「たとえ世界が優しくなくても」 ●「良きことのためである」と透明なる無意識は言う 先に前提を述べておく。 以前のコンタクトによって関係が決裂していると踏んだリベリスタたちは全面的な殲滅作戦を選択した。 雷音の陣地作成で退路をふさぎ、フラウの千里眼で敵の分布を事前に把握。 相手が感情探査と千里眼を有していることから既に迎撃態勢にあると判断し、警戒を『行なわず』直接相手の屋敷に乗り込む作戦である。 「ふむ……建物前まではスムーズですのう」 屋敷の近くに車をとめ、門をくぐって正面の扉前までやってくる。 九十九は銃に弾込めをして、くるりと指で回した。 「お互いが戦う気満々で、その上分布を把握してる以上、奇襲と索敵の概念が消失するわけですな……相手もわざわざメリットの低い野外戦で牽制するより、勝手知ったる遮蔽物に身を隠しながら籠城線をした方が楽、と」 「あ、それだけじゃなさそうっすよ」 フラウは九十九の前に飛び出すと、スチール製のフレシェットをぱしりとキャッチした。 屋敷までの距離30メートル。続けてもう一発の矢が飛来し、フラウの肩に刺さった。 「狙撃っす……ね!」 言い切ったときにはすでに、フラウの体は30メートル先にあった。歩幅の広すぎるホップステップで跳躍し、ガラス窓を両足で突き破って屋内に侵入。窓辺からライフルを構えていた少年の首を両足のスネで挟むと、窓淵を両手で押さえて固定しつつ相手の首をぐきりと捻った。白目をむいて崩れ落ちる少年。フラウはすぐさま窓から離脱して扉の前へ着地。この間実に7秒である。 「もう始まってるっす」 途端、扉が内側から吹き飛び、正面玄関から自動車が飛び出してきた。 アクション映画のセオリーならば、驚いた襲撃者の間を縫って一目散に逃げられる手ではあるが……。 「奇襲と索敵は無意味、だったな」 アクセルべた踏みで突っ込んできた車……そのバンパー部分をランディが片手で受け止めた。 両足が数メートルほど後退するが、それだけである。車は後輪でむなしく土を蹴るばかりで少しも進みはしない。運転席の少年が銃を構えるが、その時にはすでにランディの大斧が運転席へとめり込んでいた。席、つまりシートの根底にブレードが食い込んでいる状態である。 無論、少年は左右真っ二つになり、内容物を車内にまき散らすことになった。 ランディの後ろから顔をのぞかせる雷音。彼に回復をかけつつ、様子を伺った。 「静かに出迎えるつもりはないようだ」 「まあ、そうでしょうな」 自動車自体を遮蔽物にして、左右から小銃による射撃を加えてくる少年たち。 九十九と木蓮がかまわず銃撃。自動車のフレームごと吹っ飛ばし、後方の少年たちを蜂の巣にした。 「刑事ドラマじゃあるまいし、神秘弾を自動車程度で防げるか」 「いやいや、実際は実弾ですら防げないそうですぞ」 イヤホンマイクに向けて『クリア』と発声しつつ屋敷内に突入。 「フランチェティイは三階奥。闘争準備を整えてるぽいっス。ラクテアは一階奥の広間っすね。こっちもこっちでフィクサードに時間稼がせて逃げる可能性あり……どうするスか?」 「二手に分かれるしかあるまい。ここで逃せば禍根になる」 「でもって銭もちんまりとしか入らねえんで、っとお!」 正面玄関を抜けるとすぐに吹き抜けの螺旋階段が見えた。その吹き抜けを少年が直で自由落下してくる。コンバットナイフをまっすぐに構えてのフリーフォールアタックである。 対して葛葉はその場でオーバーヘッドキックを繰り出しナイフをはじくと、一瞬対空した少年めがけて拳を突き上げた。腹部に向けて繰り出された拳は勢いのあまり相手の背骨を粉砕。背中側から骨を大胆に露出させ、きれいなタイル床へと転がった。 「俺はフラウと共に上へ行く。万一追走することになってもフラウなら対処できるだろう」 「ッスね。じゃあ凪も一緒に」 「かまいませんよ」 階段を駆け下りてくる少年を切りつけつつ頷く凪。 「ふうん、そういうメンバーなんだ? じゃあ僕はおばあちゃんの方行こうかな」 曲がり角で壁に背をつけていた暁が、角を飛び出してきた少年めがけて鉈をたたき込む。 狙いは適当だったが、カーブをきっていたところに先端の曲がった鉈が食い込んだものだから少年の腕が着脱可能部位であるかのごとくもぎ取れた。 悲鳴を上げて転がる少年。その頭部を踏みつけ……。 「よいしょ」 ごぶじゅん、という名指しがたい音をたてて脳部分を踏みつぶした。空中を回転していた彼の腕をキャッチし、あんぐりと口を開けて頭上にかざす。 ぼたぼたと流れ落ちる血液を口で受け、ごくごくと飲み干す暁。唇を下で嘗めて、玄弥へと振り向く。 「おじーちゃんは?」 「老人でひとくくりは困りまさぁな……」 玄弥は暁から『少年の腕』をひったくると、曲がり角からひょいと飛び出していった。 その先では銃を構えた少年たちが玄弥に鉛玉をたたき込まんと構える……が、しかし。 「ひゃっはーぁ!」 『少年の腕』を山なりに放り投げる玄弥。 びくりと肩をふるわせる少年たち。 その隙に玄弥は地面に手をつき、大量の暗黒正気を発生。少年たちへと浴びせかける。 「な、なんてこと……なんて恐ろしいこと……!」 「てめぇらも一緒なんとちゃうんけぇ? 狂っとるんやろ、倫理観がよぉ、なあ!?」 奇声をあげて少年たちへととびかかっていく玄弥。 対する少年たちの顔には、ただただ恐怖が張り付いていた。 ●「足踏みを揃えよ、逸脱の民を討て」と見えない雑踏は言う 木製のドアに錠を下ろし、少年は唇を噛んだ。 「すでに八人と連絡が途絶えている。フランチェティイさん、あなたは早くここから逃げ……」 逃げて、と言いたかったのだろう。 しかしそれは叶わぬことである。 巨大な斧がドアを突き破り、少年の頭部を粉砕しているだ。 もはや大きいだけの木片と化したドアを蹴り転がし、ランディが部屋へと踏みいる。 窓から身を乗り出していた女は彼の足音に振り向き、床に引くずるほどの髪を揺らした。 「いらっしゃい。あなた、見たことあるわね。ええと……」 「名乗るつもりはない。覚えてもらうつもりもない」 斧を構えるランディ。 そう簡単には殺させまいと二人の少年が間に立ちふさがる。肉の盾となり、彼女の逃走を助けるつもりだろう。前にも見た光景だ。そう、前にも。 「おまえが狂わせたアスターは、おまえを庇って死んだ。意味がわかるか?」 「……は?」 苦しみとも悲しみともつかぬ、不可思議で左右非対称な笑顔を浮かべるフランチェティイ。 凪や葛葉たちが部屋に駆け込んでくる。状況としては上々だ。あと一押し。 葛葉は細く息を吐き出して、拳を腰のあたりで構えた。 「おまえの家族とやらはもう殺した」 「え、ちょっと……」 フランチェティイのかざした手が、途中で止まる。 「この世界に流れ着いた不運を呪え。世界を守るために、おまえたちを排除する」 言い切るより早く、葛葉は動いていた。障害物になっている少年の顔面へ拳をたたき込み、鼻と上あごの骨を粉砕。続けて鳩尾へと拳を突っ込んだ。 軽くつま先を宙に浮かせ、仰向けに倒れる少年。 「き、貴様……ァ!」 それ以上はやらせまいと隣の少年がナイフを振り込もうとする……が、彼の胸にトンとフラウの両足が乗った。乗ったというか、張り付いたというべきか。そのまま蹴り飛ばすかと思いきや、フラウは体を屈めて少年の大きく開いた口に剣をずぶりと突っ込んだ。首の後ろから突き出る切っ先。 「車で突っ込んだりドアに頼ったり……人外との戦いに慣れてないんスね。ご愁傷様っす」 件の柄を掴んだまま足をぐっと伸ばす。 結果、地面には無残に頭部を破壊された少年がきれいに二つ並ぶことになった。 「……」 その様を沈黙して見下ろすフランチェティイ。 「家族を想ったあんたは正しい。だが正しいだけだ。正しさは死ななくていい理由にはならん……アスターのところへ行け」 「さっきから、何を言ってるの?」 横凪にしようと、斧を振りかざすランディ。 フランチェティイは複雑怪奇に微笑んだまま、『最後に』こう言った。 「アスターは、ここにいるじゃない」 ぶつん、ばちゃん、ごろん。 虹色の毛糸玉が、赤いスープの上を転がった。 ●「汝は従順なる機械にして、善良のしもべ。常識の列に並ぶのだ」と見えない雑踏は言う。 何十人とかけられそうな長テーブルを横倒しにして、少年たちはその後ろに身を隠していた。 テーブルの上に小銃だけを突き出して右から左へと流し打ちをする。 その直後、顔のすぐ横を神秘弾が貫通していった。 「わかります。私らのやってることは理不尽ですし? 納得できませんよなあ。全くもって申し訳ない」 などと言いながら、九十九は敵の位置を読んで的確にテーブルに射撃を加えた。 それまで美しく清潔な食器と調度品が並んでいたはずのテーブルはすでに穴だらけになっており、むしろ『穴の開いていない場所』の方が限られていた。暗に部屋の中央側へと誘導しているのだ。 そうしていけば、遮蔽物に隠れられる人数は徐々に減っていく。徐々に減るということは……。 「くそ、くそ、くそ! この外道どもが!」 片腕を血まみれにした少年がテーブルを飛び越えてこちら側へと躍りかかってきた。 飛び越えてというよりは、押し出されてというべきかもしれない。 「ほい一丁あがり」 眼孔部分をクローで貫く玄弥。そのままテコの原理で少年を担ぎ上げると、ひょいっと横へ放り投げる。 「ほれほれ、ジジイひとり殺せんのけぇ? かかってこいや」 見え見えの挑発である。しかしこれ以上はジリ貧だ。少年たちが突撃をかけてくる。 鉈を斜めにかざして銃弾をはじく暁。が、防御に飽きたのかノーガードで少年へと飛び込み、相手の肩口めがけて鉈を振り下ろした。 フルオートで発射された弾が暁の腹や胸を貫通し、背中にじんわりと血色が広がった。 が、それは『せめてもの反撃』で放たれたものではない。 死の硬直によって無意識に放出された弾であった。 暁は子供が公園の水飲み場から水を飲むように、どこか不器用に血を啜る。鉈を握った手の甲で口をぬぐって、ふうと息を吐いた。 「君たちは世界にとって驚異だった。殺すほかに方法は無かったんだ。だから死んでくれる?」 「そう言われて易々と死……!」 「ぴーぴーやかましいのぉ」 すれ違いざまにのど笛をかき切る玄弥。少年はその場に崩れ落ちた。 「残りは?」 「いない、ラクテアだけだ」 木蓮は射撃でテーブル中央を無残に吹き飛ばす。悲鳴があがった。ラクテアのものだ。 近づいてみると、壁によりかかった『エディコウン』ラクテアがいた。 右の脇腹と右腕の肘から先が無くなっているが、息はあるようだ。 こつん、と額に銃口を当てる木蓮。 そんな彼女の陰から身を晒しす雷音。 「朱鷺島雷音だ。話を?」 「ええ、続けて結構よ」 死に絶える寸前だというのに、ラクテアは美しい声で言った。 「君たちは、自分のチャンネルに帰ることは?」 「できるわ」 きゅう、と木蓮の目が細くなる。 ラクテアは血の混じった咳をしてから続けた。 「できる、というだけよ。込み入った事情があって、みんなに教えていないの。フランも知らないわ」 「なら……!」 身を乗り出す木蓮。雷音は彼女の肩を掴んで止めた。 「可能性上でも帰ることができるのに、なぜ帰らない」 「あら、故郷が帰らなくちゃ行けない場所だなんて理由があって?」 「……」 「いやだわ、年上の冗談には笑っておくものよ」 ラクテアは優しげに微笑むと、血まみれの左手で自らの髪を撫でた。 「私からも、聞いていいかしら」 「……少しなら」 「ありがとう」 胸に息を吸い込んでラクテアは言った。 「あなたたちは、私たちの『何が』脅威であると、教わったの?」 「それは、アザーバイドだから」 「その理論は知っているわ。別の世界からここへ流れてきたものはすべて世界を崩壊させるものである……では、その度合いは?」 「度……合い……?」 「天然ウランを児童施設に放置する程度かしら? それとも食中毒感染者を放置する程度かしら? もし後者であれば、他に影響を及ぼした分だけ、空気清浄機のように自主的に浄化することでバランスを保てるのではなくて?」 小刻みに首を振る木蓮。 「そんなのは屁理屈だ。事実被害が出てるじゃないか!」 「把握しているわ。三人が犯罪行為を起こした。しかし三人よ? 私の館を訪れた多くの人々を思えば、医療ミスの範囲だわ」 「い、医療ミス……」 「みんな不安でここを訪れるの。死にたいけど死にたくなくて、逃げたいけど逃げたくなくて、どうしようもないけどどうにかしたくて館の門をたたくの。彼らを邪魔しているのは何? ほんのちっぽけな倫理観だけ。『私は人間だからこうしなくてはならない』という自分への強迫観念だけ。帰って行く人はみな晴れやかだったわ。文化人生活を捨てる人が殆どだったけれど、それでも晴れ晴れと生きて死ぬわ。それが……一体何の咎になるのかしら?」 「な……」 気付けば木蓮は銃口を反らしていた。 放っておいても死ぬから外した……わけではない。 わからなくなってきたのだ。 自分が。 何のために? 何をしようとして? それが何を生むのか? そしてなにより。 自分がそれを望んでいるのか!? 「ごめんなさい。追い詰めてしまったわね。あなたは『仕方なく』、『やりたくもないことを』、『世界を守るために』、やっているのよね」 「あ……う……」 手が震える。 いや、体が芯から震えているのだ。 『世界を守るために』? 世界とは何を指しているのか? 自分の周りの人々か? 普段見ている景色か? それとも、自分でもよく知らない空気のような巨大な塊だろうか? そのよくわからないものが壊れたとして……自分にいったい、どれだけの損があると……! 「木蓮、下がれ!」 急激に腕を引っ張られ、木蓮は床に引き倒された。 頭をぶつけ、そしてはっとする。 「あ、あれ……おれ、いま……?」 ラクテアの顔を見る。 微笑んでいた。 憎しみと。 怒りと。 悲しみと。 そして哀れみに満ちた。 それは想像を絶する微笑みだった。 「あなたたちが言いたいことはこうよね?」 ラクテアは言う。 「『おもてを下げ、息を殺し、さもなくば死ね。それは世界のためである』。それは仕方ないわね、さあ殺しなさい?」 ●「私はそんなんじゃない!」と雑踏の中から君は言う 結果から述べよう。 作戦は滞りなく成功した。 味方に重度のダメージはなし。敵戦力を100%殲滅し、撃破対象であったラクテアとフランチェティイの死亡も確認した。 暁が黒電話を取り出し、手際よく中のレコーダーを取り出した。 再生ボタンを押す。 昨日の日付。 『あらアスター、ごきげんよう。ちゃんとご飯をたべてる? あなたは……』 二日前。 『あらアスター、ごきげんよう。ちゃんとご飯をたべてる? あなたは……』 三日前。 『あらアスター、ごきげんよう。ちゃんとご飯を……』 四日前。 『あらアスター、ごきげんよう。ちゃんと……』 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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