●だからもうおわりにしていいですよね? 生まれてきた時はみんなが笑顔でいたはずだ。 たぶんきっと、私が生まれてきたことを喜んでくれたんだと思う。 その頃の写真は別に残っていないし、正直父親の顔だって知らない。母の顔も、なんだか最近は思い出せていない。 家族とは仲が悪いのだ。というより、親戚全員が険悪なのだ。 両親は物心がつく前に離婚していたし、その後も私を連れた母は幾度となく再婚をした。いや、正確には再婚に至る前段階を何度もした、というべきだろうか。幼い頃はそんなのわからなかったし、家族がたくさん切り替わっておもしろいなくらいに思っていたが、よく考えたらとんでもない話だった。 そんな家庭で育ったのだから、私がまともな人間になるはずはない。 もちろん、家庭環境だの教育方針だのを理由に自分にいいわけをするつもりはない。むしろ、そんな家庭だからこそ真っ当に生きようと、まじめに生きようと努力を重ねたつもりだ。 しかし努力をすればするほど空回りを続け、これはおかしいと医者にかかったところお偉いお医者様が言うには『複雑な家庭環境のせいでお病気にかかっているご様子ですね』とのこと。どうしろというのか。 幾度も仕事をクビになり、気づけば三十代に入ろうとしている。このままゆっくりと干からびていくくらいなら、その苦しみをたった一瞬に縮めてしまった方がよいのではないか? その方が、ずっと人々に迷惑をかけずに……そう、まさに真っ当でまじめな、けじめの付け方のはずだ。 私が社会の生ゴミになり、腐臭を放ち人々を苦しめるくらいなら、できるだけ迷惑のかからない形で焼却処分をする。それでよいのではないか? もちろん、こんなことを人に相談したことはない。 何を言われるかわかっているからだ。 人生は努力すれば報われるとか。 きっといいことがあるから今は我慢しようとか。 生きているだけで幸せじゃないかとか。 がんばり次第で何でもできるんだぞとか。 そういう前向きな、それでいて現実を無視したきれい事を言われるからだ。 ここで誤解してほしくないのは、私はそんな彼らのことをにくからず思っているということだ。 みな、私の心配をしてくれる。格別にありがたいことだ。それが見知らぬ他人であっても、たぶん同じように心配するだろう。 まあ『明日食べるご飯がまずくなるから』という利己的な理由であったとしても、それは巡り巡って他者への優しさからくるものなのだ。感謝している。 でも、だから、なんだというのだろうか? 私が社会のお役に立たず、誰かの世話にしかなれず、おそらくいつか、そんな誰かに憎まれ、私もまた相手を憎んでしまうのは……残念ながら明白なのだ。まことに残念ながら。 私にできる最後のけじめとして、もしくは最後の決着として。 それではみなさん、さようなら。 ●自殺幇助 「ノーフェイスが自殺をしようとしているので、手伝ってあげてください」 眼鏡をかけた男性フォーチュナはそんなふうに今回の任務を説明した。 何を言い出すのかと耳を疑うリベリスタたちだったが、何度言い直しても同じである。 順を追って話すとこうだ。 ある日、ノーフェイスの男が崖から投身自殺を図るのだという。 もちろん、その程度でノーフェイスが死ぬことはない。自分が死ねないとわかればどんな行動に出てしまうか。自棄になって凶行に走るかもしれない。もしくは過剰に暴力的になってしまうかもしれない。 だが今現在、ただ死のうとしている今現在なら、周辺被害を出すことなく殺すことが可能なのだった。 「楽な仕事だと思います。相手も……まあ、暴力を振るわれて抵抗しない生物はいませんから、多少は力を込めると思いますが、それこそ赤子の手をひねるようなものでしょう」 なにせ。 「リベリスタがノーフェイスを殺す程度、なんてことないでしょう?」 自殺現場となる崖や、周辺の情報を書類で手渡しつつ、フォーチュナはそう締めくくった。 それ以上に必要なことなど、特にないというように。 まあ、確かにないのだろう。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:八重紅友禅 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年02月16日(土)23:42 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●それではみなさんさようなら 小南拓郎死亡から三十分後、海辺の崖にて。 波が岩を打つ音が断続的にざざん、ざざん、ざざん。 頬を指すような風が吹いて、『リコール』ヘルマン・バルシュミーデ(BNE000166) 雪白 桐(BNE000185)は手袋越しにほほを押さえた。 「たぶん今日、わたくしたちは人殺しにすらなれなかったのです、強いていうなら……強いていうなら、そう」 目をつぶれど消えぬ景色に、ヘルマンは震えるように呟いた。 「邪魔をしたのです。静かに死なせてあげられなくて、本当に、本当に……」 「いいのよぉ、きっと……愛することが邪魔になるのなら、人はみんなお互いを邪魔し合っているようなものだもの。甘く甘く、邪魔をしているだけ……その甘さで、生きていけるのよぉ」 膝を折って座る『肉混じりのメタルフィリア』ステイシー・スペイシー(BNE001776)。両膝にあごを乗せて、岩場に小さく収まっていた。 「なら僕は……誰かの邪魔にしかなれなかった僕は、間違っていなかったということになりますか?」 『Fr.pseudo』オリガ・エレギン(BNE002764)は落ちた小石を拾って海へと放った。風を切る音も、水面を貫く音も、聞こえては来ない。 「さあ……。そんなこと、誰も知りませんよ」 『戦士』水無瀬・佳恋(BNE003740)はそうとだけ言って、海にきびすを返した。靡く髪を片手で押さえて、深海のような深い深い目をして。 「そういえば、最後に何か言っていましたね。覚えていますか?」 「ええ、まあ」 雪白 桐(BNE000185)はそう言って目を細めた。何に背を向けたまま、その何かを見つめるように。 「どう思います? あの人……」 「分からないよ。そんなの分かったら、『こんな風』にはならなかった。そうでしょ?」 『お砂糖ひと匙』冬青・よすか(BNE003661)はあえて崖の縁に立つと、そっと崖下を覗き込んだ。 そこへ『ライトニング・エンジェル』セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)が、翼を羽ばたかせながら降り立った。 ふわりと砂の舞う中を、つま先から地面に立つ。 「いいんですか。あのままにして」 「私たちのやっていたことがただの邪魔だったのなら、これ以上は何もするべきではないでしょう。きっともうすでに、何もかもが思うようにならなかったのでしょうから」 同じように崖下を覗いていた『ヴァルプルギスナハト』海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)は『それ』に背を向けて、胸で十字を切った。 「信ずるものは救われるといいます」 「なら……!」 「信ずるものは足を掬われるとも」 振り返るセラフィーナに、神裂は瞑目をして答えた。 ぐっと背伸びをする葉月・綾乃(BNE003850)。 「いやー、今日の仕事は楽でしたね! 早くすみましたし、ご飯食べて帰りましょうか?」 「あなたは、なんて言い方……!」 睨むセラフィーナに、綾乃はほんの少しだけ振り向いて言う。 「どうしたんですか。あたしたちが『他に』何か言う義理でもありましたっけ? あ、お葬式とか出ます? お香典の無駄遣いになると思いますけど」 「…………」 「いやですねえ葉月さん。ちゃんと言ってあげることがあるじゃないですか」 『必殺特殊清掃人』鹿毛・E・ロウ(BNE004035)は肩をすくめて微笑んだ。 微笑んで言った。 「小南拓郎さん、あなたは人様のお役に立ちましたよ! おつとめご苦労様でした!」 ●死ぬまでの長い間、短い間。 ディーゼルエンジンで動くという、電車とは名ばかりのローカル線に揺られてついた先は、どこか幻想的な名前の無人駅だった。 私の様相を見て何を察したものだろうか、運転手の老人は運賃はいらないといって私を駅に置いていった。 崖までの道を尋ねようと思っていたが、これでは聞くに聞けないではないか。 私は少し不満な気持ちをもちながら、潮の香りがする方向へと大雑把に歩き始めたのだった。 それにしても人の少ない町だ。ずいぶんと歩いているのに、誰かとすれ違うようなことがない。 そう思っていると。 「そこのお兄さん」 と、声をかけられた。 一瞬別の誰かを呼んでいるものかと首を巡らせたが、やはり人の姿はない。 振り向いてみると、そこには少女が一人、角の欠けたブロック塀に腰掛けていた。 どちら様ですかと訪ねてみれば、少女は楽しそうとも憂鬱そうとも、そして眠たそうともとれる顔をして首をかしげた。 「よすかだよ。というより夢かな、夢。死ぬ前に女の子と話をするって言う、夢だよ」 夢ときたか。 しかし今、『死ぬ前』と言ったか? そんなに私が、今から死にそうな顔をしていただろうか。 「何もかも嫌になっちゃった? それなら死んじゃおっか、なんて。それは素敵な逃げ道だ……けど」 少し強めに区切って、少女は首をかしげた。 「よすかは生きていけるんだ。幸せだから。目隠しをしているから。お父さんやお母さんがだめになっちゃっても、それはよくある話なんだと思ってる。へらへら生きていられた」 それはわかりますと、私は言った。本来なら頭のおかしい人だと切って捨てるべきだろうが、私の好奇心がそれを許さなかった。 第一、わからない話ではない。 楽しくないのに楽しいフリをして、興味のあるようなフリをして、人の気分を悪くしないように生きてきた。そんな私を指して目上の人は『もっとコミュニケーションをとるべきだ』と『君が心配だ』などとまるで善行を働いているかのようなことを言うが、それは大きな間違いだ。私が本当にコミュニケーションなどとってしまえば、相手を否定して、けなして、憎んでしまうに決まっている。私ができる最良の気遣いなのだと……そんなことを、心の中だけで述べるのだ。 「そっか。でもよすかはね、ほかの誰かがいるだけで幸せで、好きだよって言い合える。幸せ者だ」 それは幸せなことですねと言って、少女に背を向けた。少し頭を下げつつ。 なんとなく、彼女の言わんとしていることが分かったのだ。 要するに、私とは違うから、大丈夫だと言いたいのだろう。それも、自分自身に言いたいのだ。私が『そういう風に』役だったことは、今まで少なくない。 先を急ぎますのでといって、早足にその場を去る。 追いかけてくるような様子はない。 安心していると、今度は別の声が私を呼び止めた。 「ちょっと、お話してもいいかしらぁん」 蜂蜜を机にぶちまけたような、どこかのったりとした口調でそんなことをいう。 今度は首を巡らす暇すらない。気づけば腕をとられていて、まるで歓楽街の客引き女のように彼女は私の腕を抱いていた。 いや、流石に言い方が悪かっただろうか。第一歓楽街など足を踏み入れたことすらないというのに。 しかしその感想は当を得るものだったようで、近くにしかれたブルーシートにほぼ無理矢理座らされた。 かなり昔に酒癖の悪い女性の先輩に絡まれたことがあったが、思えばこんな風だった。 女は自分をステイシーと名乗り、私の腕を抱いたまま体をこすりつけるようにしてくる。どころか、妙なことを語り始めた。 「自分は愛するのがだぁい好き。憎まれでも傷つけられてもみぃんな大好きで、運命だって愛しちゃうわぁん」 その感覚は、あまり理解できるものではないが……『拒絶することを自閉』しているという意味では、共感できる言葉でもあった。少しポジティブが過ぎるきもするが。 そんな感想を言葉もなく感じ取ったのか、女はにっこりと笑った。 「なんとなく、あなたは誰かに寄り添うのが苦手っていう風だけど、こっちは寂しいものだわぁん。自己満足を満たす一環なの、付き合ってくれるぅ?」 なんと開けっ広げな物言いだろうか。こんな風に生きていたなら楽なのかもしれない。 私は先を急ぎますのでと言って、彼女から少し強引に腕を抜いた。 追いかけてくるかと思いきや、女はブルーシートに座ったまま私に手を振った。妙に諦めのよい人だ。 だが私が一人きりになれたのかといえば、そうではない。 「こんにちは、小南拓郎さん。天使のセラフィーナといいます」 自分の胸に手を当てて、少女がそういった。 中学生くらいの子である。確かに頭上に輪のようなものが浮いていて、白い翼が生え、地面から浮いている。何を示唆したいものか、白いドレスまで着込んでいた。 「あれ、私が見えてますか? 死期の近い人にはみえちゃうんですね。少し、歩きながらお話しませんか」 頭がおかしくなったのだろう、と素直に思った。 私がではない。 相手が、である。 しかし付き合ってあげないこともない。夢のような少女や、愛したがる女とも話をしたのだ、天使を名乗る少女を無碍にするのも悪い。 少女は私の頭上をふわふわと浮きながら、何気ない話をした。 彼女が語ったのは主に『天国の話』だ。 死んだら天国に行けて、幸せに暮らせるのだという。 「そろそろお時間です。私は貴方に希望や生きる喜びを与えることはできませんけれど、あなたの終わりが安らかになればと思います。貴方はきっと天国に行けますよ、私が保証します」 ありがとうございますと返す。 少女は笑って、鳥のように飛び去っていった。 たぶん彼女は、『人間か何か』だろうと思う。空を飛ぶのも輪が浮かぶのも不思議ではあるが、不思議なだけだ。私の知らないなにがしかの技術かもしれない。 本質はそこではなく、彼女が『私がもうすぐ死ぬ』ことを確定的なものとして知っていて、その上で『天国に行けますよ』と笑って言ったことだ。 ここまで何も成さず、自らを焼却処分しようという人間を天国などという『成功者の集い』に加わらせることの残酷さを、知らぬ筈はない。天使とやらが実在するのなら尚のこと。 ただ。 「あなたはこの先にある崖から飛び降りますが、残念ながらその程度では死ねません」 などと言われてしまえば、相手が何であれ、話を聞かないわけにはいかなかった。 振り向いてみると、色の白い少年が立っていた。瞳や服を除き、すべて真っ白な子供だ。 「端的に言いますと、僕らはあなたを殺しに来たんです」 人生を三十年近く生きてきて、本当に殺されそうになったことはない。 それはまあ、軽い脅し文句として『殺すぞ』と言われることはあったし、暴力に恐怖したことは少なくない。だからといって明確な殺意を向けられて恐怖がないほど、私が冷静な人間だということもまた、なかった。 ありていに言って、私は慌てた。 人生の多くの場面でそうであったように、『どうしようかわからなくなる』という慌て方だ。ぴたりと立ち竦んだまま、動けない状態にある。 そんな私に、彼は老成した大人のように語りかけてくる。 「僕、こう見えて神父だったことがありまして。実家は葬儀屋だったんですけど……あ、知ってますか? ずっと昔はその二つ、同じものだったんですよ。だから勉強もちゃんとできましたし。でもなぜなんでしょうね、僕が担当するといつも酷い末路になってしまうようで、追い出されてしまったんです。どう思います、僕は……」 す、と顔を近づけてくる。 「どうすればよかったんでしょうね?」 それは、私が人生で最も多くした質問だ。 様々な場面で、私は愚かな犬のように、しっぽを振りながらいうのだ。 どうしたらいいですか。 それを呆れたような半笑いで、目上の人間たちは適当なことを申しつけたものだ。 私はいつも、後になって思うのだ。あんな質問をするべきじゃなかった。黙ってやるべきことをやればよかったのだと。 けれど聞かずにはいられなかった。 そうするほか、自信がなかったのだ。 何をするにも許可を取れと厳しく私に言いつけた母の影響なのかもしれない。もしくは、仕事がろくにできない屑のような私を誤動作させないために、あるべくしてあった枷だったのかもしれない。 少年は、立ちすくむ私の前方へと手をかざし、『お先へどうぞ』と言った。 ほかに選択肢があるとは思えない。 私はいわれるがままに、雑草だらけの土地を歩き始めた。 かろうじて土の剥き出したところを歩いていると、大きめの岩に腰掛けた少女を見つけた。 長い、紺色がかった髪の女だ。大学生かそのくらいだろうか。若いが、少し大人びてもいる。 「私も死んだことがあるんです。精神的にですが、あの事件で『カクセイ』していなければ、私は物理的に死んでいたはずですし、そういう意味では同じことなんだと思います」 道を歩く私に付きそうように、斜め後ろをついてくる。 「この世を守り『ホウカイ』を止めるために『フェイト』を得たのだ……そう言われました。だから私は、変化した境遇を納得するために、『ホウカイ』から守るために身を捧げようと決めました」 宗教のような物言いだ。 世界のありようを、まるでグラフィックに知っているかのような、ともすれば勝手で傲慢な言い分だったが……。 「あなたのような立場の人は、他にも沢山います」 いつの間にか、斜め後ろに人が増えていた。若い男性の、朗々とした少し高めの声だ。 振り向きはしない。 何となく、絞首台に向かう通路のような、そんな印象をもったからだ。 昔祖母が語ったことによれば、絞首台に向かう死刑囚はこうして斜め後ろに人がついていたという。 「大抵は死にたくないと泣きながら、我々と戦って、殺されて死にます。あなたの死は我々に強く望まれているものであり、世界の希望なのです」 いよいよ宗教じみてきた。ジョーンズタウンの集団自殺(ホワイトナイト)を彷彿とさせる、不気味で意味不明で、それでいて自信に満ちた彼らの物言いは、恐怖よりも先に諦観を呼んだ。 崖まで歩いて行くと、修道女のような女がいた。『ような』というのは、彼女の装束が異様に赤かったことと、どう考えても神に貞淑を捧げている女の雰囲気ではなかったから……ではない。 「カミサマ、あなたはいつもそうなんですね。ただ気まぐれでこの世界にいらっしゃる」 彼女の手の中に、いかなる物質とも形容しがたい矢のようなものが握られていたからだ。 「あなたはここで死ぬべき人です。懺悔があるなら、聞きましょう」 背後でも、刃物を抜くような音がする。 思えば、これはあまりに悪質な集団リンチなのではないか。 この場で声を張り上げて、抵抗するべきではないのか。 しかし……。 「怒りや恨みがあるならどうぞぶつけてください。避けずに受け止めますので」 見たこともないような、現代ではおよそ用いられないような巨大な剣を引きずって白髪の少年が現われる。ちょうど、私を囲んだ状態だ。 「どうしました。気が晴れますよ」 いいえ結構ですと、私は首を振って答えた。 まさかここで『自分は彼らにとって必要とされて死ぬのだから幸福だ』などと思い違いしたわけではない。 おそらく、ここで彼らに恨み言を述べてあげた方が、きっと彼らにとっての『何か』が軽くなるのだろうと察することができたのだが……だが、丁度よい言葉など、思いつきさえしなかったのだ。 私の人生はいつもこうだ。 言うべき時に、言うべき言葉が浮かばない。 そんな様子を察してか、少年は頷いた。 「あなたは自分の人生を悔いているようですが、自分らしく努力して、精一杯生きたのでしょう? 誰しも振り回される人生で、迷惑をかけまいとこうなることを選んだあなたは優しいと、思うますよ」 どうも、と応えた。それ以外言いようはない。 すると彼らの間を縫うようにの男が目の前に現われた。 ふと見れば、近くの岩場に女が一人腰掛けている。 どちらも、なんだかハイな様子でこちらの顔をのぞき込んでいた。 「世の中、意義ある生死がどれほどあるか!」 男は両腕を広げた。手には日本刀が握られている。日本刀。このご時世に。 「複雑な家庭環境もお病気も無関係に、あなたがあなただからこそ果たせるお役目がございます! 嗚呼、すばらしい! なんと羨ましいことか、できることなら代わりたい!」 あまり正常な男ではないようだ。 だが、反論はすまい。 「僕もね、貴方と似た存在なんです。ちょっとばかり違うだけ。お目こぼしをいただいているだけなんです。それに比べてあなたのなんと美しいことか。では、敬意とともに……!」 彼は刀の柄に手をかけ。 かけて。 抜けて。 切れて。 切れて。 途切れて。 途切れて。 途切れて。 …………。 ……。 ……。 ……。 ●死後 すべてが終わった崖の上。 ぽつりぽつりと岩場を離れていく。 綾乃が最後に崖下を覗いたとき、そこには変わらず『それ』があった。 「人を殺すのはいけないことです。でも相手が暴れている殺人犯なら? ともすれば許されるでしょう。私たちがやったことも同じことです。こういうこと、この先も増えていくんでしょうね、本当……」 崖の下には。 四肢を無残に切り裂かれ、頭をつぶされ、崖から突き落とされ、波に洗われた……誰が見ても明らかな、惨殺死体がひとつだけ、あった。 それ以外には、なにもない。 なにも。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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