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戻して止めた、時計の針


 きみはとてもすてきなひとでした。
 みんなに愛されるきみは、すごいひとでした。
 がんばれと背を押してくれたこと、忘れてません。
 すごいねと微笑んでくれたかおは、たからものです。
 きれいな瞳を細めて、いつだってわらってくれたきみ。
 でも。
 しあわせがえいえんには続かないように、
 たあいなく笑いあったひびは、もう戻りはしないのです。

 いつだってきみは笑っています。
 まるで昨日のことのように、きみの姿はいろあせない。
 できるなら、きみに触れたいです。
 もしもがあるなら、きみといたいです。
 すぎゆく時は本当ならとめられないのだとしても。
 きみはもういないのだとしても。
 でも、それでも。
 すぎさったひびを、わたしはやりなおしたいのです。

 ――きみがすきでした、いまでもすきです。


「不老不死、ってどの時代も一部には永遠の命題と言うか羨望の対象らしいけど。……それって実際、如何なのかしらね」
 掌でペンを転がしながら。『導唄』月隠・響希(nBNE000225)は今日の運命だ、と一言告げた。
「あたしらって、ある意味それに近いのよね。簡単には死なないし、人によっては歳も取らない。
 ……とある、アザーバイドがいる。人間型。外見は、精々20代半ば。名前はもう分からない。運命に愛されていて、この世界で生きてる。
 『彼』は、加齢しない。ずっと変わらないまま、生き続けてる。もう何百年も。……気が遠くなる程に。
 普通ではない時の流れは、普通の生活を拒むわ。友人と言うべき相手の髪に白髪が混じっても、彼は変わらなかったの。ずっとずっと、止まったまま。
 見送る事が当然となった彼の胸中は見えないけれど、……そんな彼も、恋をしたのよ」
 何の話だ、と首を捻るリベリスタを見遣って、一息。それは少女だった、と、告げた。
「一目惚れをしたのかしらね。彼は、少女に恋した。少女は、それに応えたわ。幸せな時が流れたんだと思う。でも、一つだけ、影があった。
 ……少女は、一般人だったの。何も知らない彼女は、どんどん大きくなっていく。少女が女に変わるのなんてあっと言う間で、その先なんかもっと早い。
 でも、彼は変わらないの。綺麗になって大人になる彼女がもう彼よりずっと、歳を取っていても。彼は変わらなかった。
 彼女は事実を聞いて、受け入れていた。けれど、彼はそう出来なかった。彼女の幸せの為に、身を引くべきだと思ったのね。
 二人は離れた。傷付き泣く彼女を慰めたのは、彼じゃなくて、違う男だった。そして、」
 彼女は、違う誰かとしあわせになった。少しだけ特別な恋のおわりと、ありきたりな恋のはじまり。
 ペンが置かれた。持ち上げられる資料。伏目がちだった視線を上げて、フォーチュナはゆっくり口を開く。
「今回あんたらに頼むのは、とある女の子を危険から護ること。手段は一切問わない。
 ……女の子の名前は、筝峰・叶。11歳。完全に一般人。神秘に対する知識は『殆ど』無い。
 彼女は、とあるアザーバイドに狙われてる。……嗚呼、命を、とかじゃないわ。強いて言うなら、その存在自体を」
 此処まで言えば、さっきの話の意味が分かる? 傾けられる首。気付いた者も居るのだろう、僅かにざわついた周囲を見渡して、ひとつ、頷いた。
「とあるアザーバイド、仮に『往刻』と呼ぶけれど。彼は、彼女と別れた後もずっと、彼女を見ていたの。
 彼女の命が尽きたなら、その子供を。次は孫を。その次は曾孫を。延々に見続けて、静かに、護っていた。
 それで良いと思っていたの。これが幸せだと思っていた。けれど、長い時間は、……彼を少しずつ、歪めていたのね」
 ずっと見守り続けた途中。もう何人目かの彼女の子孫を見た。この子もしあわせになれば良い。そう思った。
 けれど。
「……その子は、……叶チャンは、『彼女』だった。生き写しだったのね。成長していく叶チャンを見ている内に、彼は可笑しくなっていったわ。
 きっと、後悔があったんでしょうね。手を離した事への。……見ていられれば良い、と想い続けた時間が、長過ぎたのかもしれない。
 彼は、取り戻したいと思ってしまった。彼女との日々を。けれど、一般人の叶チャンは、彼女と同じ様に年老いて死んでしまう。だから、」
 止めてしまおう、と、彼は思ったのだ。
 その時を止めてしまおう。運命などには頼らずに。もう永遠にそのまま、硝子の棺に閉じ込めて。
「アーティファクト『千年氷棺』。常に凍える程の寒さを覚え続ける代わりに、持主は対象一人を望む限り、氷の棺の中に閉じ込めておけるの。
 閉じ込めたものは何も変わらない。目を覚ましもしない。……一般人に使えばきっと、緩やかに死に至るわ。そのスピードは、人の加齢に比べれば凄まじく遅いでしょうけど。
 そんなの、止めなきゃいけない。だから、あんたらにお願いする。『往刻』は、流石にアザーバイドね。戦闘能力に優れてて……氷の妖精みたいな配下を連れてる。
 倒しても良い。言葉を尽くしても良い。あんたらが現場に行く時、彼は、叶チャンが遊んでいる公園で、叶チャンと一緒に居る」
 どうするかは全て自由。だから、如何か宜しく。そう言い残して。微かに苦い表情を浮かべたフォーチュナは、席を立った。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:麻子  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2013年02月18日(月)23:10

流れなくなった時は優しいばかりじゃないのかもしれません。
お世話になっております、麻子です。
今回のシナリオはしいなST『もどかしくて、惑う道』と同テーマ依頼ですが、内容攻略は関連しません。
以下詳細。

●成功条件
筝峰・叶の生存

●場所
とある公園です。既に人払いは済んでいます。
存在するのは往刻と叶、および配下のみです。
非常に気温が下がっています。

●『往刻』
青年の姿のアザーバイド。
叶の血族をずっと見守り続けていた存在です。運命の寵愛を受けています。
緩やかな時の流れが彼の心を歪めてしまったようで、諦められなかった愛情を叶に向けようとしています。
アーティファクト『千年氷棺』を所持しています。

全ての攻撃にBS氷結。
ソードミラージュRank2までのスキルに似た技を使用します。

●氷の妖精×8
羽の生えた小さな少女達です。『往刻』の力で生み出されたもののようです。
全ての攻撃にBS凍結。
氷の礫をばら撒いたり、対象一人に氷の弾丸を撃ったりしてくるようです。

●筝峰・叶
11歳。一般人の少女です。
神秘に対する知識はほとんどありませんが、『自分の祖先の特別な恋の物語』については知っています。
現在は『往刻』と共に居ます。彼がその物語の人物だと言う事におぼろげに気付いているようです。
基本的には、『往刻』から離れませんが、彼女は彼の目的を知りません。

以上です。
ご縁ありましたら、どうぞ宜しくお願い致します。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
プロアデプト
天城・櫻霞(BNE000469)
プロアデプト
彩歌・D・ヴェイル(BNE000877)
プロアデプト
如月・達哉(BNE001662)
プロアデプト
アーリィ・フラン・ベルジュ(BNE003082)
プロアデプト
プレインフェザー・オッフェンバッハ・ベルジュラック(BNE003341)
覇界闘士
片霧 焔(BNE004174)
ホーリーメイガス
門倉・鳴未(BNE004188)
レイザータクト
梶原 セレナ(BNE004215)


 きんと、冷え切った空気が、肌を刺す。吐き出した傍から白く凍り付く吐息は、流れぬ時を持つ青年の望みを暗に示す様で。『炎髪灼眼』片霧 焔(BNE004174)は緩々とその燃え立つ瞳を伏せる。
 ほんの、10数年だ。自分が重ねた時は彼と比べれば瞬きにも過ぎない程で。けれどそれでも、伝えられる言葉はある筈だと、信じていた。そう思うのは『孤独嬢』プレインフェザー・オッフェンバッハ・ベルジュラック(BNE003341)とて同じ。
 確りと巻かれたマフラーに顔を埋める。寒さが這い上がる感覚は得意ではないし、永過ぎる歳月を重ねる感覚は到底自分には理解出来ないけれど。言いたい事なら持っていた。此処に立つ理由なんて、きっとそれで十分だ。
 焔の靴が霜の降りた地面を踏みしめる。きしり、となった靴音に、二つの視線が此方を向いた。
「ねぇ、往刻。私達が何の為に此処に来たのか、分かるわよね?」
 御機嫌よう、と。優しく告げられた挨拶と共に告げられた言葉に、青年の姿をした異邦人は幾度か、その瞳を瞬かせた。穏やかそうな表情は変わらない。けれど、明らかに身構え少しだけ後退る足を認めて、声を発したのは門倉・鳴未(BNE004188)だった・
「俺達には敵意は無い。攻撃されなけりゃ危害は加えない」
 だから話を聞いて欲しい。真摯な声は、後退りかけた足を止める。ふわり、と彼の生み出した氷の妖精が叶の肩に乗るのを見つめて。鳴未は小さく、聞こえない程の声でカミサマ、と囁いた。
 どうか。とびきりのハッピーエンドを与えて欲しい。どれ程の時を超えても思い続ける。その、想いの強さは眩しくて、すごいものだと思うから。だからどうか、誰も泣かないで済むような結末を。その為に必要なら幾らだってこの手を差し出すから、どうか。淡く、翠に色付く灰色の髪が凍てつく風に僅かに揺れた。
「……『アーク』か。話を、聞こう」
 一言。返された言葉に張りつめた空気に流れた僅かな安堵。そんな彼と、視線を交えて。最初に進み出たのは『レーテイア』彩歌・D・ヴェイル(BNE000877)だった。神秘の膜で秘匿した、本当なら硝子球の様に煌めく瞳が静かに、叶を、往刻を見つめる。
 他人事では、無かった。運命の悪戯は容易く自分と、愛しい家族の時の流れを切り離した。この先努力を重ねて、時が流れて。もしかしたら、同じ立場に立つかもしれない。まるで、人が蝉に恋をするようだった。
 己よりずっと儚く脆く。一夏、本当に瞬きにも感じてしまう様な合間に、彼らは消えていくのだ。嗚呼。そんな風に、去ってしまうと言うのなら。沈みかけた思考を引き戻す様に、緩やかに首を振る。
「彼女は一般人よ。……あなたのやろうとしている事は、彼女にとってあまりに危険すぎる」
 その手段以外を咎めるつもりは一切ない。それを示す様に、リベリスタは一切の武装を己の幻想纏いの中へと仕舞いこんでいた。口を閉じた青年の手が、そっと叶の肩を撫でる。状況が良く分かっていないのだろう、きょとん、とした少女を視界に収めて。
 梶原 セレナ(BNE004215)はあくまで静かに、色素の薄いグレーの瞳を青年へと向けた。異なる時間を生きているから、説得力はないかもしれないけれど。前置く言葉。
「思い出は、形にするものではなく、心の奥にしまっておくのが、一番幸せでいられると思います」
 美しくて優しかったそれは、抱え込んでいるからこそ美しいままなのかもしれなかった。もう一度、と願ってその手を無理に伸ばして。得た『想い出』の形が彼の理想に添うとは限らない。
 見守り続ける彼の気持ちは、悪い事ではないのかもしれない、とセレナは思う。けれど、それは不変と同じなのだ。只管に只管に。見守り続ける事は微温湯の様に優しいかもしれないけれど。彼の心が歪んでしまった様に、不変と言う時間に囚われてしまうのと同じだ。
「過去に囚われないことと、過去を大切にしないことは違います。過去を大切にして、でも囚われずに、今を生きてみてはいかがですか?」
 人とは違う時間を、折角持つのだから。この世界の色々なものを見て、経験して、幸せになればいい。きっとそちらの方が彼にとっては幸せで、もう居ない彼女の喜びにも繋がるだろう。
 囚われる彼に向けられた優しい言葉はしかし、諦め切ったように緩やかに振られた首に拒絶される。冷たい、氷の様ないろの瞳が此方を見ていた。
「多くを見たよ。多くを経験したよ。けれど僕は幸せにはなれなかった。彼女の残したものを見る事が、僕の幸せだった」
 幸せの形を、誰が決められると言うのだろうか。それがどれ程他人にとって意味を持たないものだとしても。それを抱える誰かはこの上なく、幸福だったかもしれないのだ。重ね続けた歳月を無駄だったと言うのかい、と。青年は冷たく笑う。
 ふるふると、『ゲーマー人生』アーリィ・フラン・ベルジュ(BNE003082)の首が振られる。そんな事は無い、なんて、薄っぺらく聞こえるかもしれない。理解出来るなんて言えない事を、まだ幼い彼女は良く分かっていた。
「往刻さん……って呼んでいいのかな?」
「どうぞ。……僕の名前は、もうずいぶん前から無いからね」
 きっと彼女が居なくなった日から。もう彼の名前は無いのだろう。付けられた識別名を嫌がる事なく受け入れた青年に少しだけ安堵して、わからないのだ、と素直に告げた。永い生の苦しみなんて、自分なんかではとても想像する事が出来ない。
 12年。悩み苦しむことはあったとしても、その生に苦しんだことなどあっただろうか。考えれば考える程分からなくて。でも、それでも、これは違うと、アーリィは思うのだ。
「ずっと大切に守ってきたものを、自分の手で台無しにしちゃうなんて悲しすぎるよ……」
 壊れてしまうのだ。時を止めた少女だって永遠ではないのに。この先はもう続かなくなってしまうのに。お願い、とアーリィは冷たい瞳を見上げる。思い出して欲しかった。最初の気持ちを。本当の、願いを。
「きっと、後で後悔するだけだよ……! 往刻さん、お願いだから」
「……、それでも、僕は『彼女』がもう一度欲しいんだ」
 もう、失わない『彼女』が。吐き出された声は、重かった。


「……外見が《彼女》と同じ人形が欲しいだけなら、力ずくで止めるだけだ」
 でも、そうじゃないなら考え直して欲しい。決して器用ではないプレインフェザーの言葉に、余計な飾りは一つだってない。素直になり切れない表情の奥で、確かに息衝く彼女らしい熱が、真白く染まる吐息と共に吐き出される。
「あんたは彼女の顔だけが好きだったのか?」
 一目惚れだったとしても、表情、喋り方、性格、その、生き方人生さえも。全部、愛していたのではなかったのか。一瞬で通り過ぎてしまった優しい時間はけれど、何より強くその心に残った筈なのだ。
 だからこそ、彼は誰より、知っている筈だった。今までもこれからも。彼女はたった一人であることを。もう、この世には、居ないと言う事を。三白眼気味の翠が細められる。
「……勇気を出して、それを受け入れてくれねえかな」
「彼女が、……もう、居ないって事かい」
「ああ。……《彼女が愛した男》に、愛した女の居た証を止めるなんて愚行をさせないで。彼女の幻影から、解放してやろうぜ」
 出来る筈だと、彼女は思う。何も知らない少女が不安げに此方を見ていた。もしかしたら、彼女にとっての自分達は、御伽噺の王子様を困らせる悪い奴なのかもしれないけれど。
 それでもよかった。彼女の中の青年が良い人であれるのなら。この、確かに息衝く命の連鎖が途切れないのなら。どう、思われたって。そんな仲間の説得の中で。遂に堪え切れなくなった様に前に出たのは『灼熱ビーチサイドバニーマニア』如月・達哉(BNE001662)だった。
「あの子はお前が想う彼女ではない。たとえ器は同じであったとしても中身が、魂が違う」
 きらり、と、左手で煌めく銀色は、もう果たされない約束の証だ。達哉はきっと、この中の誰より知っている。戻らないものを求める事の辛さを。魂は乾いていくのだ。微笑みが見たくても声が聴きたくても、その願いは叶わないから。
 遠い彼女の面影を残した娘を見る度に、達哉は思うのだ。それは同一ではない。限りなく近くて、けれど、遠いのだ。
「何故、ずっと一緒にいられるような選択を、努力をせず、彼女の手を放した?」
「それは、……それは、きっと失ってしまうから、」
 心の中に残る彼女は微笑っているのか。悲しんでいないのか。誓った愛は、約束は、その程度だったのか。ぶつける言葉は失った事があるものだからこそ持ち得る重みを伴って青年へとぶつけられる。
 もしも。少女がもう少しだけ大人になって。それでも共に在りたいと願うのなら。達哉はきっとその背を押しただろう。けれど。
「今のお前ではその子と添い遂げようとしても前と同じ結果になるのは目に見えている。……それでもお前が、エゴを貫くと言うのであれば」
 自分も、この青年に対してエゴを貫こう。娘を持つ親の一人として宣言しよう。サングラス越しの瞳が迷い無く、青年の瞳を見据えた。
「今のお前にその子は渡せない。……僕はお前を全力で止める」
 ぐ、と。唇が噛み締められる。青年は苦しげに首を振って、隣の叶の手をそっと握った。様子を眺めながら。彩歌はそっと、もしかしたら、と囁く程の声で告げる。もしかしたら、少女が彼の行いを望む時が来るのかもしれないけれど。それはきっと今ではない。
「何があるのか分からない世界で、あなたがまた「彼女」に会えたのは、あなたが守ってきたからでしょう?」
 見つめ続けて、時には手を貸す事もあったのだろう。其処にある彼女の面影を見つめながら、彼は確かに、連綿と続く命を守り続けてきた筈なのだ。なのに、それを壊してしまうだなんて。溜息にも似た吐息が漏れる。
 笑顔が、見られなくなるのだと。彩歌は告げる。大事にし続けた筈のそれは、止めてしまえばもう見られない。重ねられる言葉は届いていた。其処にあるのは優しさなのも。きっと、それが正しい事も。けれど彼は、諦め切れない。
 見たい微笑みがあった。聞きたい声があった。二度とやり直せない優しい記憶をもう一度なぞれるのなら。もう何を捨てても良いと思っていた。だから。小さく震える肩。それを、眺めながら。
『アウィスラパクス』天城・櫻霞(BNE000469)はその整った顔に何の表情も乗せないままに、僅かに視線を下げた。一般人と神秘存在を隔てる壁は、決定的だ。別たれたそれを乗り越える事等叶わない。同じものには戻れない。
 絶対的な事実を理解して。けれど、それでも『感情』と言う荷は捨てられないのだ。人としての心を保つのなら、そうであろうとするのなら、尚の事。色違いの瞳が緩やかに、上がる。
「貴様が求めているのは過ぎ去った時間の残骸、「終わってしまった話」の続きだ」
 紙に綴られた物語の様に、この世界のすべてに幸福な終わりが齎されるだなんて事は有り得ない。何処までも冷静に仕事をこなす櫻霞の唇から零れ落ちる言葉は、間違いなく彼自身の心に在る想いの吐露だった。
 物語を終えたのなら。舞台役者は消える定めだ。どれ程の未練が其処にあったとしても。幕を引いたのならもう二度と、出て来るべきでは無かったのだ。アンコールの拍手は鳴っていないのだから。
「どんなに焦がれても、願っても、時間は決して巻き戻らない。……貴様は、何も知らない少女に押し付けるのか」
 愛すべき主演女優に、似ているからと言うだけで。その瞳は酷く冷たいようで、何処かに感情の熱が燻るようだった。実に自分らしくない仕事だ。こんな言葉を吐き出すのも。けれど、折角興が乗ったのだ。最後まで見せて貰おうと、その目は細められる。
 彼が、選び取る結末は。僅かに落ちた沈黙を、破ったのは青年自身だった。そっと、握っていた少女の手を離す。聞いてくれるのかと見守るリベリスタの前で。
「……叶、君を、僕のおとぎばなしのお姫様にするのは、そんなにいけない事なのかな」
「わたし、おひめさまになれるの?」
 素敵ね、と少女は微笑む。その笑顔は。声は。遠い昔に失った、自分だけのお姫様と全く同じだった。手が震える。きらり、と手首で煌めく氷の様な鎖が見えた。交渉の決裂が、戦闘を招く可能性は勿論あった。
 けれど、リベリスタは失念していたのだ。交渉の決裂と、強行が、イコールである可能性を。ごめんね、と囁く声がした。きん、と、一気に空気の温度が下がって――


 最初に、響いたのは鈍く咳き込む音だった。迷いなんて欠片も無く。駆け出して伸ばされた手が確りと抱え込む小さな身体。続いて降りかかる絶対零度は、伸ばされた手の主、鳴未の身を僅かに傷付けるに留まった。
 あり得るかもしれない少女の危険と言うもしもを、予測していたのは彼だけではない。咄嗟に放たれた気糸。往刻の動きを僅かに縫い止めたそれを見つめて、アーリィは首を振る。
「叶さんを止めたって何にもならないよ! お願い往刻さん、聞いて!」
 泣き出しそうな声。それでも青年は首を振る。これ以外道は無いのだと言うように。そっと、叶を離した鳴未が歯噛みする。こんなにも重ねられた言葉は心を揺らして居る筈なのに。あと少しが届かないなんて。傷付けて強引に引き離すだなんてそんなのは、幸せな終わりじゃないって言うのに。
「ニーサン。女の子の笑顔閉じ込めて、眺めるだけで、それで本当に幸せになれるか?」
 ずっと見守って見守り続けて。それで、耐えきれなくなったんだろう。届かない永い片想いは辛かったのだろう。器用ではない彼は、けれどだからこそ真っ直ぐに言葉をぶつける。恋愛なんて一方通行では出来ないのだ。
 互いに恋して想って、愛し合うから恋愛だ。プレイヤーから流れるラヴソングが歌うのは、決して独りよがりの想いなんかじゃない。誰かを想って、誰かに想われたいと。誰かと誰かを結ぶ筈の想いだ。
「諦めちまった事、後悔してんだろ!? 同じ事して後悔しねえのかよ!」
 もう一度始めればいい。その想いを伝えればいい。上手い言葉なんてどうしても出てこない。でも、伝わって欲しいと願う気持ちだけは揺らがない。嗚呼どうか。届いてほしい。幸せな終わりを齎して欲しい。そんな彼を後押す様に、往刻の前に立つのは焔。
 自分より高い位置の瞳を、真っ直ぐに見上げた。相反する冷たいいろは、どうしようもなく揺れていて。凄いことだわ、と。焔は告げる。
「貴方は嘗て選んだのよね。身を引くと言う選択を。影から見守って、何年、何十年と守ってきたのよね」
 それは、到底真似の出来ない、凄いことだった。まだ、恋に恋する少女には、其処にある痛みも苦しみもあまりに重くて。でも。未だ幼く真っ直ぐだからこそ、分かる事がある。言える事がある。
「でもね、後悔する位なら最初からそんな選択をするんじゃないわよ!」
 受け入れてくれた彼女の手を、離したのは彼自身だ。自分で選んだ結末だ。なのに、それなのに、今度はそのエゴにこんな少女さえ巻き込もうと言うのか。少しだけ怯えた少女と目が合った。見守り守り抜くと言う決断を覆すのは、裏切りだ。
「ねぇ、往刻。貴方は嘗て愛した人への想いすら、裏切る心算なの?」
「違う、だって、僕はあの日手を離した事を……!」
 後悔なんてしていない、なんて言える筈なかった。止まれないのならと、拳を握った。地を踏み鳴らす。燃え上がるのは心の炎。凍てつき、やさしい想い出さえ壊しそうな心はこの手が溶かそう。何処までも鮮烈で美しい、少女の心が灯す業火。
 振り抜かれたそれは、青年の頬に触れるぎりぎりで止められる。ふわり、と流れた風が少しだけ暖かいのは気のせいだったのだろうか。
「――目は、覚めた?」
 告げられた言葉に、膝が折れる。あいしていたんだ、と。泣きそうな声が、小さく漏れた。

「やり直すのではなくてお互いを知る事から始めるというのはどうかしら」
「……そうだな、物語はハッピーエンドで終わるべきだ」
 冬独特の寒さだけが残る公園で。彩歌と達哉が告げた新しい決断に青年は少しだけ笑う。少女が決断するまでの間に、幸福な未来を繋ぐ選択肢は現れるのだろうか。先は分からない。けれど。
 形は変わっても、残るものは必ずあるはずだから。そんな仲間を見遣りながら、煙草を咥えた櫻霞は微かな溜息と共に紫煙を吐き出す。終わったものに興味は無かった。だから、この先がどうあろうと、彼は何も言わない。
「……御伽噺はお終い。結末なんて意外にあっさりしてるもんだ」
 何があったのかも、良くは分かっていないのだろう。穏やかになった雰囲気に、少しだけ安心した様子の少女に、プレインフェザーはそっと声をかける。
 幸せな終わりばかりではないし、その幸福さえ、物語の中では在り来たりなそれかもしれない。けれど。その内容はきっと、少女にとって特別なのだ。だって、彼は何時だって全力でこの少女を守ろうとし続けているのだから。
 晴れ渡った冬空が見えた。この先の未来はまだ見えない。どんな結末がこの二人にあるのかもわからない。けれど、リベリスタ達の言葉はきっと、哀しみしか待っていない未来を変えたのだ。
 どうか、もう少しだけ優しい先がありますように。願ったのは、誰だったのだろうか。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
お疲れ様でした。

心に響く言葉ばかりだったと思います。
素敵な説得を有難う御座います。誰も傷付かなかったのはひとえにその言葉のおかけです。

ご参加有難うございました。ご縁ありましたらまた宜しくお願い致します。