●鬼門より来る 夜の闇を割いて、異形が海を切って進み行く。 それは、一目で分かる程度の威圧感があった。……軍艦としてのフォルム。黒々としたカラーリング。明らかに戦闘色の濃いそれが突如として現れた事実に、驚きを禁じ得ない声が挙がるのは仕様のないことだった。 「馬鹿な、この至近距離に侵入するまで気付かなかったのか!?」 「厳戒態勢を敷け、本部に連絡を……」 「目標、砲身を作動させました! 攻撃体勢に移行……来っ……!?」 黒い砲身は、調査艇へと向けられる。言葉を失う圧倒的質量。そこで通信は途切れ―― ●具はほら、キャビアとかそんなん 「まあ無口になりますよね、食事中」 「おい」 明らかに今見た映像とその言葉がマッチしなかった。『無貌の予見士』月ヶ瀬 夜倉(nBNE000202)の言葉に突っ込まざるをえないリベリスタの苦労とはいかばかりか。 「……まあ、真面目に行きましょう。アザーバイド、『弩級戦艦・軍艦巻き』。戦艦っぽいフォルムですがブリッジから何から大体軍艦巻です。何か寿司とか撃ってきます」 「食わされてたのか」 「ええ。まあこのアザーバイドの行動原理は攻撃ではなく……ぶっちゃけ友好行為なんですよ。でも彼らはこの世界のルールを知らないので土足で領海に入ってきて、このままだと」 「このままだと?」 「調査艇のメンバー全員を満足させて帰っていきます」 「……帰っていいか」 「ダメです。曲がりなりにもこのまま行けばその『記録』だけが残り、海上保安庁的にもちょっと不味い事態になりますので。あと、彼らは救援に駆けつけた面々に発見された当初、口に」 「口に?」 「恵方巻きを突っ込まれています」 「何であっちの世界でウチの世界のしかも島国の風俗事情知ってんだよ!」 「まあ、食べ終わるまで喋っちゃいけませんよね」 「いや、だから――」 「因みに、主砲です。『恵砲』だけに」 「うるせえよ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:風見鶏 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年02月17日(日)23:20 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●無茶しやがって ごろん、と転がる死体……のような、ルー・ガルー(BNE003931)の肢体、その下腹部は若干ばかりではなく膨れていた。 口もとには米粒。海苔の切れ端。まあ、そういうことである。一応は食べきっているので彼女は無罪という扱いになろうが、勢いが良すぎたのか何なのか、既に彼女は動けなくなっている。 リベリスタの眼前に鎮座するは真っ黒な……夜目の利くものならそれが『海苔』と分かるであろうフォルムの一端。 明らかに形状は戦艦のそれなのだが、全体的な雰囲気から感じられるのは紛れもなく、軍艦巻き。 重々しい音が響き渡り、砲身がリベリスタらに向けられるが、リベリスタの表情はどれもその巨砲に対する恐怖などではなく、明らかな好奇の視線だ。 何故なら、彼らは分かっているからである。 ……これから迎え撃つ『主砲』が、何も言わず食すべき恵方巻きであることを――! ●タダメシ王決定戦 「これもお持てなしなのでしょうか?」 「……まぁ、知らずにされたら怖いかもですが」 ノリと勢いで全てやり過ごしているメンバーの中にあって、『境界の戦女医』氷河・凛子(BNE003330)と雪白 桐(BNE000185)は割と良識派めいた発言を口にしていた。 あれはあれで、彼らなりの歓迎やおもてなしの一環であることは見るからに明らかなのだが、しかしまあ話を吟味するほどにおかしなことになっていると思うわけで。 おもてなしであることは火を見るより明らかなのだが、それでもその(未だ見えない)威容からしたら明らかに示威行為にしか見えないのである。実際相手にするまでその意図が解らないというのは何時だって脅威なのだ。 ……だってほら、夜闇に紛れていきなり戦艦現れたら誰だってビビるじゃん。枯れ尾花どころかお寿司だったりしたら笑い話じゃすまないっていうか。 「寿司の食べ放題だお!」 他方、欲求に素直な『おっ♪おっ♪お~♪』ガッツリ・モウケール(BNE003224)の手には既にチューブわさびが握られているわけだが、だめか、サビ抜き。 サビ抜きじゃなくてもわさび追加とか平気な顔してやりそうなのは彼女に対する偏見だろうか。そうじゃないって信じたい。 あと、彼女の場合それ以上に。これから現れるであろう戦艦に対しコンタクトを取ろうとする向きすらある。何しろ、彼女の味覚は優秀だ。多分手を叩いてくれたら美味しい合図で、眉が跳ね上がったりするんだろう。多分な。 「あっ、もう海苔の良い匂いがする!」 寒いのが苦手なのに更に気温が低いであろう海上、あろうことか高速艇に振り回されるリベリスタ達の体感温度がどれほど低いかはあまり考えなくてもいいかもしれない。 そして、ベースとなる動物もまた恒温動物だというのに、『銀狼のオクルス』草臥 木蓮(BNE002229)は寒さのあまり冬眠を希望する一部のリベリスタの例に漏れず、重装備だった。多分。 そして、その鼻を衝くのは海苔の匂い。或いは潮の匂いなのかもしれないが、彼女からすれば明らかに海苔の風味が強いように感じられたのだ。これは間違いなく、『それ』が近いことを意味している。 「何というか、和風なアザーバイドなんだなー」 僅かばかり真剣に、些かばかりに真面目に、異世界の文化と日本文化の相似性について考えた新垣・杏里(BNE004256)だったが、結局のところ、そのあたりを深く勘ぐったところで何ら今回の依頼遂行に影響が無いことに至り、じゃあ楽しもう、という流れになった。いや、まあ当然っちゃ当然なんだけどこの心理状態。やっぱどうしたって疑問に思うよね。間違っちゃいないわ。 そして、その手首にはストラップで通されたマイ箸の姿が。なんて言うか素晴らしい心構えに満足です。 「なんつーか、こいつらが元いた世界が気になるわ。ジャパンナイズドな世界なの? 花魁とかいるの? どうなの?」 そして、日本文化に即したアザーバイドが出たということで真っ先に色事を気にする『住所不定』斎藤・和人(BNE004070)の様な人物が必ず一人は存在することを我々は忘れてはならない。事実としてそこにあるのである。勘違いしてはならない。それは人間として、いや男として追い求めるべき浪漫の結晶が目の前にぶら下がっていたからに他ならなかった。 ……いやでも。実際のところ手まり寿司が出るってことは人間サイズのアザーバイドなら確実にボトムと同程度かそれ以下の可能性があるわけで。 アレじゃね? ロリ巨乳オイランヤッター! の展開あるでこれ。我ながら天才やで。 「軍艦! あんなのでもアザーバイドなのね!」 やや間を置いて、闇間から波を割いて現れたその姿は誰がどう見ても――軍艦巻きだった。ああそうだ。あの天辺とかすげえ場違いな高級食材あるけど正にそう。軍艦巻き。 それを見て「あんなもの」扱いをためらわない『純情フリーダム』三禮 蜜帆(BNE004278)の好奇の視線は実際危ういものを感じさせる気がするが、気にしてはならない。目の前の姿を見てマトモな反応を示せというのがおかしいのだ。 ここにいる人間の八割くらいはタダメシにつられて来てんぞ。あまつさえ恋人にお土産持って帰ろうとか畜生この野郎しめやかに爆発四散しろッコラー! 幸せにしやがれッコラー! ……いやまあ、さておきですね。 タダメシ目当てに足を向けたリベリスタが多いのは事実だが、少なくとも彼らが『それだけ』ではないのは理解できよう。 「お腹壊さないように、がんばりましょう」 凛子が翼の加護をかけ直しつつ、右へ左へ胃薬を配って回る。だが、蜜帆は既に自前で持ってきていたという有様。あらやだこの子覚悟完了凄すぎでしょう? 「口の中の水分が足りてないと結構海苔がくっついて食いにくいんだよ……」 木蓮はと言えば、その手にお茶を用意していた。しかも温冷両面からのサポート。万全である。 余談だが、わさびのつーんとするアレは炭酸がいいらしい。良くても普通は誰も求めないだろうけれど。 「友好行為存分に受け止めにきました!」 「友好関係築きに来たわよ!」 桐などは、持ってきたものがあら汁やら貝汁やらを保存容器に、という有様である。確かにアクセントは欲しいけど、これはこう、なんだ。すげえな。 蜜帆と共に声を上げ、意思表示に勤しむ傍ら……さて、和人はと言えば。 「別に歳だから辛いって訳じゃねーですし!」 テーブルを広げていた。座って、腰を据えて食べたいらしい。だが待て。腰を据えるのと船酔いを抑える翼の加護とは共存しない。 つまり、彼は僅かに浮遊しながらテーブルの前に身を置くのか。それはなんていうかこう、日常の中にぽっと出で現れる非日常過ぎてどう反応すればいいか全く分からねえよ。どうすんのこれ。 「いただきます」 「いただきまーすだおー」 しっかりと手を合わせた杏里とガッツリは迫り来る速射砲を前に感謝の心を忘れなかった。 逆に言うならば。いただきますが出来ない時点でスゴイ・シツレイに当たるのでそりゃぁ、まあ、そういう結論になりますわな。 ●よしこい 初っ端から速射砲を連発してくると見ていたリベリスタ達の予測に反し、唐突に向けられたのは主砲(これもやっぱり巻き寿司)から放たれた水流兵器……合わせ酢だった。 普通ならこれを予測できず凄い匂いにやられるのだろうが、そこに即応してしまうのが凛子だ。 蜜帆に襲いかかったそれを庇うように前に出た彼女は、自ら持ってきたおひつ(!)にそれを受け止め、流れるようにしゃもじとうちわを用意する。 アカン、この人めちゃくちゃ手際良く酢飯作る気まんまんやこれ。 「お残しはめっ、ですよ」 恐い。なんて言うか本シナリオ一番の常識人がいっちゃんぶっ飛んだ行動に出た時のこの行動力やばい。 「あっ、手まり寿司! これ可愛くて好きなんだ!」 自ら目掛け飛んできた手まり寿司に視線を向け、木蓮は精密に位置を調整し、その手元へと導いた。 シャリが一切崩れぬタイミングまで調整できたその理由は、多分きっと意識的に射手として動体に対する狙いを定める習性が正しい方へ働いた結果なのだろう。素晴らしい業前である。 「あちきはマグロが特に好きなんだけども……どうもこうトロとか中トロとか大トロとか好きになれんのだお。味がくどくていかんお」 ガッツリ、向けられた手まり寿司を手際よく食べつつ、頬張った大トロにやや満足行かぬ様子。 日本人の性癖というべきか、習性というべきか。肉にしろ魚にしろ、脂身の載った『霜降り』を好む傾向にある。トロ至上主義もその一つと言って過言ではない。要は、あれは魚における霜降りであるのだから。 さて、では他国はどうなのかと言えば、日本ほどに動物脂肪に対してグルメ的嗜好は持ち合わせていないのが現実である。むしろ、脂身よりも筋を好む傾向にあるといって過言ではない。 何が言いたいかというと、ガッツリも例に漏れずそのテの人間だったということ。くどいだけの寿司など寿司に非ず。生粋の日本人にも最近見られる機会が減った、何とも『らしい』反応であった。 「と言う事でマグロぷりーず!」 さて、そんなガッツリへ向けて砲身を向けた戦艦の反応はと言えば――何故か、ヅケだった。 ああ、多分ガッツリが送ったイメージが血合いか何かだったのかな。間違ったのかな。まあ、マグロだし。赤身だし。ここはよしとしましょうや。 「食いつつ受け取るのは流石にお行儀が悪いからなー。そこら辺割りときっちりしてますんで俺」 受け止めたものを順番に黙々と食す和人の態度は、楚々として礼節に溢れていた……ようにも見える。まあ、多分他が他だったからだろう。特にルー。ちょっと落ち着けと言わんばかりの勢いだが大丈夫なのだろうか。 数個放り込んだら茶を啜り、暫く食べ続けたら味噌汁を啜って物憂げ(お腹いっぱいに近づきつつ)に溜息を吐く。おい、何だこの男性陣。加齢特有の色気出してやがるぞ。 「準備がいい女性って素敵ですよね」 あ、カメラ目線。 「変な言い方だけどさ、回転しない回転寿司みたいな感じかなー、なんだか。面白いなー」 楽しげに笑いながら皿に受け取り、順番に食べていく杏里の表情は実に幸せそうである。 回転寿司の如き手軽さながら、異常なまでに加減のいい味わいを実現する。〆鯖の〆具合、酢飯の具合、赤貝のひもにすら加えられた丹念な手仕事。 実際のところ、あの戦艦の内部がどうなっているか凄く気にならなくもない。 次々と口に放り込んでいく彼女の在り方は、何とも見ていて微笑ましいものであった。 「お寿司おいしい! もっと撃ってきていいわよ!」 『…………』 どんどんと打ち込まれる手まり寿司を受け取りつつ、蜜帆は戦艦に向けて声を上げる。対する戦艦からは反応らしいものは感じられないが、タワーオブバベルを持つ彼女には、その沈黙に挟まれた感情がありありと感じられたのは事実だ。 沈黙曰く、明確な満足。つまるところは、喜んで食べている彼らに対し非常なる喜びを感じていることにほかならない。そりゃあそうだろう。用意してきたものをこれほどまでに美味しそうに食べられて嬉しくない作り手など居ない。 一口一口綺麗に食べる蜜帆なぞ、特にそうだ。共通言語を持ちうる彼女の感想は相手方に筒抜けに等しいながら、それでも十分な喜びを向けられる様子が良からぬ筈があるまい。 「若いっていいね、俺もう腹いっぱいだわ……」 嬉しそうに食べるリベリスタ達に対して、和人の様子はと言えばこんなもの。 平和的というか枯れているというか。幸いにして、過剰供給を目途としているわけではないらしい戦艦は、和人があまり食べられそうにないことを悟ったか、放出頻度は明確に落ちている。気遣いの出来る人妻(イメージ図)。 さて、肝心の凛子はちゃんと食べられているのかといえば、一切の心配は不要のようであった。 「好きなネタはハマチなどの白身ですね」 飛んでくる寿司ネタを油断なく受け止め、醤油を零さぬよう金魚容器から滴下して食べるその奥ゆかしさは、実に大和撫子といった風情であった。 気遣いの一切を受け持つ彼女の在り方は実際素晴らしい限りだ。 「マグロの独特の甘さと絶妙な酢加減の酢飯! 更にぴりっと効いたわさび。たまらねぇーお」 そんな中でも、ガッツリは口に広がる味わいを映像化し、周囲どころか戦艦にすらわかりやすいイメージを叩きつけに行く。 食欲をそそる映像を周囲に投影する彼女の存在は実際、食欲テロ甚だしい。食欲旺盛な若年層はイチコロ(死語)だろう。 そして、木蓮は既にタッパーへ詰める手はずを整えている。この主婦(仮)は本当にもうね。シャリが乾かないといいね。戦艦も何か空気読んで宅配用の握り方にしてるよ。所謂空洞握り的アレ。 「次は穴子が食べたいです」 遠慮無く注文をつける桐にはしかし、確実にレベルの高いそれが放り込まれるのだからこの戦艦、侮れたものではない。 さて。 随分と宴もたけなわになったところで、この任務の達成条件をもう一度確認しよう。 目的は、彼のアザーバイドを満足させること。彼のアザーバイドの目的は、その身に積んだ主砲――『恵砲』を遠慮無くリベリスタにぶちかまし、ルールを守って楽しい食事をしてほしいという願いにある。 つまりは、まあ、なんだ。 「恵方は大体こっちだねー」 恵方を向き。 声を上げず。 ひたすらにもぐもぐしていただくのである……! (やだ……太いわ。こんなの咥えてたらおかしくなっちゃう……) 顎がな。意図的に抜いたけど、顎が、な。蜜帆の心の声はほんとうにもうね。 (一発退場クラスのきついお叱りとか欲しくないですし……) 即物的ながら、和人の感情は尤もだ。食べてる最中に声を上げるなど以ての外。お叱りを受けて倒れるなど嫌に決まっている。 因みに、この時点でルーは退場処分だった。半ばまで恵砲を咥えた状態でばたんきゅーである。何があったかはお察し願いたい。頼むから。 そして、ガッツリのゴッドタンはここぞとばかりにバーストした。何かイメージが、七福神の船とか富士鷹茄子扇煙草など、演技の良い物オンパレードだ。 それだけの至福であるということなのだろう。恐らく相手にはその文化体系は伝わらないのだろうけれども、それでも幸せであるという意思表示というものは自ずと理解できるものだ。 さて。 そんな感じで何とか主砲の突貫にも耐え、見事に超弩級の『歓待』を終えた彼らにはまだやるべきことがあった。 ……説得である。 というのも、出現する度にこんなふうに出てこられたんじゃいちいち対策するアークもたまったもんじゃないのである。 何しろ現状はナイーヴなので、出来るだけ対処は無い方が望ましいというのもある。 「ここには貴方を友好的に見ない人もいるのよ。場所さえ選べば大丈夫だから……お願い、わかって欲しいわ」 蜜帆の言葉もさることながら、ガッツリのテレパスも相応の効果をもたらしたのは確かである。 港という言葉では相手には伝わらない。だったらイメージを届けるしか無い。 文化交流的側面で、この国が『偶然にも』友好的だった、ということ。それらは確かに伝えるべきだったのだ。 「ごちそうさまでした!!すっげーおいしかったからまた来て欲しーお!」 と、そうですね。ご馳走様までが食事です。 「至福でした」 「美味い寿司をサンキュ!」 「ごちそうさまでした」 「でーじ満腹だよー。ごちそうさまー」 とまあ、こういう感じで。 手を合わせ、きちんと感謝を伝えれば分かってくれるのです。 転身した船の姿を見送りつつ、リベリスタ達もまた帰路に就く。バグホールも潰したし一安心……といきたいところである。 後日談ながら。 きちんと運動をこなしている凛子達はいざしらず、自己再生でカロリーを消費できると高をくくっていたルーは見事に体重計で再ダウン。 回復するような傷が無きゃ、そりゃカロリー消費せんでしょうとも……。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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