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雪に恋唄

●雪は謳う
 少女の双眸から涙が零れ落ち、頬を伝う。
 水滴は冷気によって六花の粒となり、周囲の空気を更なる冷たさで包んだ。
 しんしんと雪の降る最中、立ち尽くす娘は唯々涙を流し続ける。
 雪よりも尚白い純白の着物を身に纏う彼女は未だ少女と云っても良い程の齢に見える。素足のまま佇む少女の青い眸は、この世のものではないとも思えるほどに澄んでいた。
 いつしか雪は激しくなり、吹雪へと変わっていく。
 それでも、彼女はひたすら天を仰いで涙を流し続ける。その涙こそが吹雪の根源となっていることにすら気にも留めず、何かを求めるように遠くを見つめた。
 轟々と鳴り響く吹雪の音色はまるで、誰かに贈る唄のように遠く鳴り響いてゆく。

●娘の想い
 雪深い山麓のちいさな町が今、異常気象に見舞われている。
 そう切り出したフォーチュナの少年、『サウンドスケープ』斑鳩・タスク(nBNE000232)は猛吹雪の原因がアザーバイドなのだと告げた。
「白い髪に白装束、それから氷のような瞳。この世界で云うなら『雪女』に近い姿だね。アザーバイド――いや、彼女はある出来事の所為で、麓の町でずっと吹雪を起こし続けているんだ」
 おかげで町は深い雪に閉ざされ、普通の生活もままならない。
 元より雪国ゆえに住民にも備えがあるため、すぐに死人がでるわけではないが、この状態が何週間も続くとなると話は別だ。雪女は冬場は人が寄り付かない裾野にいるため、自ら人に危害を加えることはないのだが放っておけば大変なことになる。
「今回の仕事は、そのアザーバイドを倒すこと」
 彼女は正気を失い、ただ其処に立ち尽くして吹雪を生む存在に成り果てているようだ。
 その理由は愛した人を喪ったからだとタスクは云う。
「彼女はこの世界で出逢った男に恋をした。男も彼女を好いた。でも彼は齢九十もの老人だったのさ」
 次元の穴から迷い込んできた雪の少女はひょんなことから独り身の老人に助けられ、町の片隅で暫し仲睦まじく暮らしていたらしい。
 だが、老人の命は長くはなかった。少女は老人が天寿を全うする最期まで寄り添うことを決める。それゆえに少女は自分の世界に帰る機会を逃し、D・ホールは完全に閉じてしまった。
「心を決めたはずだったんだろうね。それでも、愛しい人の死は彼女の心を壊した」
 そうした経緯があって、少女は天を見上げて吹雪を起こし続けている。
 まるで恋の唄を届けるかのように、ただひたすら――。気が触れてしまった雪娘にもう何の言葉も届かないだろう。元の世界へと送り返す術も無く、崩界を防ぐために彼女を屠るしかない。
 元居た場所には永遠に戻れず、恋した人は還らぬ人となった。この世界には最早、彼女の居場所は存在していない。
「だからもう、終わらせてあげて欲しい。……頼んだよ、皆」
 そして、タスクはリベリスタ達を見送る。
 絶望に染まった彼女の雪世界に少しでも色を与えられるように。そして、屠る事で愛しい人の元へ近付けるように――最後までは語らずとも、少年の向けた眼差しはそう語っていた。



■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:犬塚ひなこ  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2013年02月14日(木)23:13
●成功条件
 アザーバイドの討伐

●雪娘
 山裾の一角に立ち、吹雪を起こしています。
 近付いた者を敵と認識して襲い掛かりますが、正気を失っているので瞳は虚ろなまま。
 能力は『氷雪の嵐(神遠全/凍結)』『氷射(神遠単/氷像)』『雪彩(自リジェネレート)』
 戦闘能力はかなりのもの。会話らしき遣り取りは可能ですが、説得で吹雪を止ませることは不可。崩界の危険もあるので倒すことでしか彼女を止められませんので、全力でお願いします。

 彼女や雪に対する心情や掛けたい言葉がある場合は遠慮なくどうぞ。
 出来る限りリプレイに反映させていただきます。

参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
インヤンマスター
朱鷺島・雷音(BNE000003)
ソードミラージュ
葛葉・颯(BNE000843)
★MVP
インヤンマスター
焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)
ナイトクリーク
御津代 鉅(BNE001657)
ダークナイト
山田・珍粘(BNE002078)
プロアデプト
レイチェル・ガーネット(BNE002439)
クロスイージス
日野原 M 祥子(BNE003389)
ソードミラージュ
セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)

●謡う聲
 想いは深く、雪に乗せて――。
 温もりを求めれば求めるほど、その心は凍り付き氷の如く閉ざされてゆく。

 嘆きの吹雪に見舞われた村は今、何処彼処も真白な光景に染まっていた。
 『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)は雪で霞む視界の先を見据え、氷雪の主を捉えようと双眸を細めた。六花の雪がただ積もる場所で、恋の想いもまた募っていたのだろうか。山裾に近付くほど辺りを覆う雪は深くなり、移動も困難になっていく。
「それにしても、気が狂う位、誰かを一途に愛せるなんて素敵ですね。うふふー、会うの楽しみだなー」
 『残念な』山田・珍粘(BNE002078)こと那由他はこれから相対することになるアザーバイドを思い浮かべ、軽快な足取りで雪道を進んだ。
 その間も吹き荒ぶ吹雪は宛ら、聲のようにも聴こえる。
 雪の主たる娘が嘆く理由は大切な人が死に、自分だけが取り残された故。
「その辛さは良く分かるよ。姉さんは、私を置いて逝ってしまったから」
 『ライトニング・エンジェル』セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)が小さく呟くと、『盆栽マスター』葛葉・颯(BNE000843)も頷いた。
「愛して失って……悲しくて仕方ないのは、アザーバイドでも一緒なんダネ」
 だが、どんな理由があろうと崩界の危機がある以上は、見過ごすわけにはいかない。決意を抱き、歩を進めたリベリスタ達は吹雪を起こす主の下へと参じた。雪に紛れてしまいそうな様相の娘の姿は、実に痛ましく見える。零れる涙は雪風を引き起こし、止め処なく流れてゆく。
 その姿を見遣った『燻る灰』御津代 鉅(BNE001657)は意志を持つ影を己に纏わせた。
「ふん、時間が解決してくれるだろうというのが普通なら一番なんだがな……」
 大切な者と死別して忘我した相手。そんな奴の相手など関わるのも勘弁、というのが鉅なりの意見だ。
 愛しい人の死で、壊れた心。
 それはとても悲しく尊いのかもしれないが、彼女はもうこの世界にとって害悪でしかない。
「……排除させてもらいます」
 フードを目深に被った『シャドーストライカー』レイチェル・ガーネット(BNE002439)は雪娘から離れた場所で立ち止まった。彼女が超頭脳演算を行う最中、『蜜月』日野原 M 祥子(BNE003389)も身構える。
「かわいそうだと思うけど、他に方法がないみたいだし、ね」
 山奥の村なら、高齢の人も多い故に大雪や吹雪は死活問題。その為にも、と考えた祥子は仲間とアザーバイドとの中間点に位置取ると自らの守りを固める。すると、此方の存在を気取った雪女がよりいっそう激しい吹雪を迸らせた。
 言葉を掛ける余地すらないと感じた『てるてる坊主』焦燥院 フツ(BNE001054)は緋色の長槍を構える。
「悪いな。その涙、止めさせて貰うぜ」
 呪印を幾重にも展開させたフツは雪女――今や世界の敵たる娘の封縛を狙って魔力を解き放った。
 雪が乱れ、視界を更なる白で彩る。
 世界の為に。そして、悲しみの絶望を散らす娘を救う為。リベリスタ達は真白の戦場へと身を投じた。

●氷の心
 雪嵐が吹き荒び、周囲を巻き込んで猛威を振るう。
 足元対策に飛行を試みた雷音だったが、吹雪は空に舞うものに相当な衝撃を与えてしまう。地に落とされ、雪まみれになった雷音は翼を縮こまらせ、双唇を噛み締めた。
 彼女は愛する人が帰ってくるように、ここに居ると知らせる為だけに歌っているのだろう。
「……でも、それは届かぬ唄なのだ」
 何も悪いことはしていないのに倒さねばならない。燻る思いを噛み締め、雷音はただ悲しみを謳うだけの彼女を見つめた。そして、少女は星儀占で敵に呪力を齎そうと動く。しかし、雪娘に掛かったのは不吉や不運のみであり、雪の癒力は収まらぬまま。それも直ぐに回復されてしまいそうだと感じたフツ達は気を引き締めた。
 小細工を行う余地もなく、正面から刃を向けるのが得策かもしれない。
 そう感じた颯は守護結界を張り巡らせながら、雪娘へと問いかけてみる。
「お爺さんを好きになったのは幸せだったカイ?」
 それは颯が抱く純粋な疑問だった。しかし、相手は答えずに淡々と雪の聲をあげていくだけ。その合間にも吹雪は激しくなり、颯達の体温を奪っていく。
「ううう、寒いです。雪山で肩を出していては、やはり寒かったようですね」
 あまりの寒さに震えた那由他だったが、すぐに奪命の剣で雪娘へと斬りかかる。その際にも泣いている理由を教えて欲しいと那由他が問うたが、至近距離からの質問にすら彼女は反応しようとはしなかった。透き通った氷の瞳は何も映さず、こうして応戦しているのも自動反応にしか過ぎないのだと祥子は感じる。
 鉅もそのことを悟り、破滅を予告する道化の札を取り出した。
 溜息を吐いた鉅の息が白い雪色に染まる。あたたかに空気を彩るはずのその色は今や感情の無い悲しい色。おそらく相対する娘の心の色も亦、何の彩も映していないのだろう。彼女が生き続ける限り、永劫に。
「……気が滅入るな」
 鉅は微かに呟き、カードを解き放った。神秘の呪力が雪娘に衝撃を与え、一瞬だけ吹雪が止む。
 其処へセラフィーナが光の飛沫を散らせ、雪娘に呼びかけた。反応が無いと分かっていても、セラフィーナには伝えたい思いがある。
「アザーバイドさん。貴方がおじいさんを大切に思っていた事はわかります。でも……死んだ人はもう、戻ってこないんです。残された人は現実を受け入れて、前へ進んで行かなければならないんです!」
 魔力の軌跡が雪を一直線に貫く中、その言葉は届いたのだろうか。
 それすら解らぬままだが、大好きな人がいなくなったからといって自棄になってはいけない。残された人には、その人に託されたものがあるはずだから。そう信じたセラフィーナは懸命に攻撃を重ねていく。
 だが、戦いは厳しさを増していった。
「それは……幸せな出会いだった、のでしょうか」
 結果が悲劇であったとしても、心を壊すほどに誰かを愛せたのなら少し羨ましい。
 そう感じたレイチェルは射程範囲を最大限に離れているのだが、吹雪のせいで視界は頗る悪い。多少は精度が落ちても構わないと考えて放った攻撃は辛うじて当たっていたが、実際の戦況は全く見えないままでいた。それが仇になり、レイチェルは迫る危機に気付けないでいた。
 雪娘が腕を振りかざし、雪を生成し始めた。
 ブロックに動いていた那由他が身構え、フツも強力な一撃が来るのだと予測して呼びかける。
「気をつけろ、来るぞ!」
 しかし、フツの声が届いたのは雪娘の近くに居た者のみ。広がった氷雪に備える暇すらなく、レイチェルの身体は凍結されていく。颯や鉅も身体に響く冷たさを感じ、眉を顰めた。すかさず雷音が天使の歌を紡いで仲間をカバーし、戦線を支える。
 警戒はしていたが、予想を遥かに上回る攻防にフツは意を決し、百闇の符を開放した。無数の符は鳥へと変じて雪娘に襲い掛かり、その身を猛毒で侵してゆく。其処に生じた隙を狙い、祥子は神光を放った。仲間全体を包み込んだ力は蝕む氷の作用を打ち消し、跡形もなく浄化する。
 愛する人が先に逝く事は辛い。自分もそ絶望を数年前に味わったことがあるのだと語りかけた祥子は、僅かに双眸を細めて息を吐き出した。
「あたしはあのとき……時間を戻すことができるなら、みんなと一緒に連れて行ってほしいと思ってたわ」
 雪の娘も同じだったのかもしれない。だけど、こうなることがわかっていて受け入れた彼女は強い。その想いを昇華させてやる為、祥子は掌を強く握り締めた。
 終わらせることこそが救いなのだから、と――。
 
●想い
 戦いは巡り、吹雪や氷の射撃が幾度も解き放たれた。
 その度にリベリスタも対抗し、癒しや攻撃を放っていくのだが憂いを帯びた雪娘の力は衰えることが無い。それでも、セラフィーナは娘に呼びかけることを止めないでいた。
「気付いてください、貴方だっておじいさんからいっぱい大切なものを貰ったはずです。それを見ようともせず、吹雪で全てを閉ざしているんじゃないですか?」
 彼女にとって厳しい事を言っているのは理解していた。だけどこれは、本人が自覚しないといけない事だとセラフィーナは思う。次の瞬間、光を散らし続けていた彼女に体力の限界が訪れた。だが、気力を振り絞ったセラフィーナは立ち上がる。
「私は貴方を殺します。恨んでくれて、憎んでくれて構いません。だけど……今のまま、正気を失ったままで終わって欲しくないんです!」
 悲痛な叫びが響く中でも、向こう側からの攻撃の手はやまない。
「君の歌も、ボクの歌も悲しい音色にしかならない。それでも、歌い続けることに意味があるのだろう」
 雷音が呟き、歌を奏でる。そうやって癒しを施し続けている少女の力も後少しで途切れてしまいそうだ。鉅は頭を振り、雷音を護るようにして布陣し直す。
「一気に磨り潰しに掛かってやる」
 自身も疲弊していないと云えば嘘になったが、鉅は破滅の札を迸らせ続けた。彼の思いはひとつ。この戦いを早々に終わらせることのみ。
 雪が敵の身を癒していく様子を見つめ、那由他はくすくすと微笑む。斬っても斬っても回復するならば、自分の身体の傷と同じ癒えない傷をプレゼントすればよい。娘に肉薄し、間近で笑いかけた那由他はおかしげに瞳を緩めて告げる。
「寒い日は何か温かい物を食べるに限りますよね! ほら、丁度此処にも有るじゃないですか、あたたかいもの――貴女の思いと心が」
 雪娘の命は美味しいのかな、と紡がれた冗談めいた言葉と共に幾度目かの奪命剣が振るわれた。その一撃は雪娘に致命を与え、戦局を大きく揺らがせることになる。
 フツは勝機を感じ取り、今こそひといきに攻めるべきだと察した。
 魔槍を振りかざし、真正面から雪娘へと攻撃を仕掛けたフツの瞳には容赦の欠片すらない。
 彼は知っていた。慈悲など持たず、葬送することが正解だと。
 だからこそ微塵の手加減もせず、放った一撃は雪娘にかなりの衝撃を与えた。レイチェルも相手が弱りかけていることを気取り、気糸で弱点を狙い打つ。
「貴女の居場所はこの世界のどこにもない。だから、彼の元へ、いってください」
 冷ややかに思えるレイチェルの言葉もすべて、彼女と世界を思ってのものだ。再び雪娘から激しい吹雪が迸るが、痛みに耐えたレイチェルは自らの運命を手離さないと決め、しかと堪えてみせた。
 祥子も仲間を支え続けながら、たったひとりきりで佇む娘への思いを抱く。
 自分には、先に進む道が残っていた。けれど、元の世界にも戻れずにこの世界に留まる事も許されない雪娘には他に選択肢がないのだ。
「だから……せめてあなたの苦しみが長引かないように、なるべく早く終わらせるから」
 お願い、と祈るように紡いだ天使の歌はやさしい響きを宿し、リベリスタを包み込んでいった。
 しかし、次の瞬間――娘が氷の塊を生み出して颯を狙い穿った。まともに衝撃をくらった颯は勢いに吹き飛ばされ、その場に膝をついてしまう。
「颯さん、大丈夫?」
 とっさに祥子が呼び掛けて問うと、颯はふらつきながらも立ち上がった。
「平気、ここで寝てたらそのまま凍死しちゃいそうだしネ」
 運命をその手で掴み取った彼女は顔を上げ、真っ直ぐに雪娘を見遣る。その合間を縫うようにしてセラフィーナが無数の光の刺突を見舞い、仲間達と頷き合った。もう、相手の力は目に見えるほどに疲弊している。
「あともう少しです!」
 セラフィーナの声を受け、颯はこの機会を逃すまいとして駆けた。鉅も最後になるであろう一撃を解放し、那由他も奪命の刃を斬り放つ。そして、幻惑の武技から幻影を生み出した颯は雪娘の懐へと飛び込んだ。
「天に嘆くだけじゃたりないダロウ、やるせなさをぶつける相手位にはなってあげる。終わりにしようナ、悲しくて仕方ないお嬢様」
 瞬間、娘と颯の視線が交差する。
 アザーバイドの身がよろめいたとき、雷音は最期を察して星の儀を展開した。
 未だ娘は雪の唄を紡ごうとしており、その姿は痛々しい。けれど、歌い続ければいいと少女は思った。雷音自身、ヒトが死んだら何処に行くのかなんてわからなかった。でも、いつかこのうたが大切な人に届く場所に繋がれば良い、と心から祈った。
 ただ、願うことしかできないけれど――それでも。
 瞬いた刹那、生み出された影が周囲の雪ごと、すべてを覆い尽くす。そして、雷音はゆっくりと雪原に倒れてゆく娘に尋ねた。
「伝えたい言葉はあるかい?」
「…………」
 返事はない。でも、なくても構わなかった。
 そうして戦いは終幕を迎えた。吹き荒んでいた吹雪は次第に止み、空には晴れ間が戻ってきている。それは正に今、ひとつの命が散ったことをを示していた。

●記憶と雪
 異世界の存在だった娘は命を失うと同時に、雪のように融けて消えた。
 痕跡すら残っておらず、静けさだけが満ちた山裾。暫しの沈黙が満ちる中、フツはふと雪原に古びた黒漆の櫛が落ちていることに気付いて拾い上げた。
「これは……そうか。二人だけの思い出を、少しだけ覗かせてもらうぜ」
 それが娘の持ち物だと直感したフツは、サイレントメモリーで品物の記憶を手繰る。
 其処に遺っていたのは――。

 老人の手から、娘に櫛が渡される瞬間。
 きょとんと不思議そうな表情を浮かべる娘。微笑みかける老人。
 髪に櫛を差して貰った後、「よく似合う」と告げられて途端に頬を淡く染める娘。

 読み取れた記憶はそれだけだった。
 しかし、それは二人で過ごした何気ない時間。それでも、何よりも幸せなひとときに違いない。フツは仲間にそのことを告げると、櫛を老人が眠っているであろう墓へと持っていくことを決めた。アザーバイドを世界に生かしておくわけにはいかなかったが、魂まではそうではないはずだ。
 この思い出の中に、この雪の中に、二人の魂がもし残っているのなら、二人が再び出会えるように。
「……言い訳でしかないが。スマン」
 謝罪を口にした彼だったが、せめて天国では一緒にと願わずにはいられなかった。
 やがて、颯達は墓へと向かい、思い出の櫛を老人の墓前に備える。
「私達は神様じゃないからネ、悼む位しか出来ないけれど」
「愛しい人との死別。……私たちにとっても、他人事じゃないんですよね」
 手を合わせた颯の傍、レイチェルも拝んだ後にふとした呟きを零す。祥子も神妙に考え込み、「そうね」と小さな頷きを返した。彼女が何を思い返していたかは、本人のみが知ることだ。祥子は冬の色を宿す空を見上げ、静かに瞳を閉じた。
 そうして、セラフィーナは冷たい風を感じながら遠い空の向こうを思う。
「おじいさんだって、あの娘に前を向いて欲しかったはずですよね」
 真実を知るものは何処にもいないが、セラフィーナもまた死を悼んで口を閉じる。
 その最中、那由他は雪娘の名を聞いていなかったことに思い至った。日本では恋人の姓を一つにすれば夫婦という証になる。それなら、と那由他は彼女に名を付けて墓碑銘を刻んでやることにした。
 老人の姓は山本。ならば、彼女の名は――山本 雪。
「これで体は残らなくても、二人の居た証は残りますね」
 素敵な絶望を御馳走してくれたお礼です、と小さく笑んだ那由他は満足げに双眸を細めた。そんな仲間達の行動を少し離れた所から見ていた鉅は溜息を吐き、誰にも聞こえぬほど声でそっと呟く。
「手間をかけさせた分、“終わった”後の世界では意地でも相手を探し出してこい」
 だが、その声は雷音がちゃんと聴いていた。
 少女は携帯電話を取り出すと、いつも通りに報告のメールを打ちはじめる。
 今日聞いたのは、大切な人を亡くして心を失った娘が、天に届かせたかった悲しい恋の唄。
 ――どんな唄なら遠い黄泉に届くのでしょうか?
 画面に打ち込まれた文字はただ、答えの出ない問いを映し出していた。

 振り仰いだ空は次第に白く染まっていく。
 そうして、まるですべてを優しく包み込むように――辺りに幽かな淡雪が降りはじめた。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
雪に紡いだ恋の唄。皆様にはどう聴こえたでしょうか。
雪の地に降り立ち、雪に消えた娘の末路もきっとこれで良かったはずです。

ご参加、ありがとうございました。