● ザ、ザー…………。 『うらのべ? う・ら・の・べ☆ いっちにっのさーん!!! いぇーいどんどんぱふぱふ。さて今夜もやってまいりましたうらのべラジオ』 特殊無線の特殊回線、暗号の名は123。 裏野部一二三の下に集う、裏野部傘下の構成員向けラジオ番組。悪ふざけの極み。 『DJはいつものこのわたし、『びっち☆きゃっと』の死葉ちゃんでおとどけしま~す。皆愛してるよっ』 大して重要な情報ではない。それでもDJである裏野部四八――死葉のトークは、水しか降らせない退屈な天気予報を聞くよりはよっぽどかマシだ。 紫煙を吐き出し、天気よりも軽く死を語るその声に耳を傾けた。 『今日はねー、雪が降ったよ。とても綺麗だったんだけど、一面の白ってちょっと駄目かな。私はねー、やっぱり赤が好き!』 白薔薇は赤薔薇に。 それ自体には何の実もない会話が続くも、もうすぐ時計はくの字を描く。午前1時23分。 『さて、じゃあ今日はお手紙の紹介です。差し出し主は、えーと……、梅芳先生』 聞いた事のある名に、半分まどろみかけていた目を開いた。 アーティファクト製作者、梅芳・愚老。己の作品で惨劇を彩る事に喜ぶ裏野部の者。 『んー、拝啓、死葉様。何時も楽しく聴かせて頂いています。……え、梅芳先生聴いてるの? うわー。えーと、ところで最近私の作成した破界器の使い手を募集しています』 曲のリクエストを告げるように簡単に続けられた言葉に、身を起こす。 ああ。これはいい。 『先ずは其々違う形で力を発現した試作型の三つを用意しました。此れを最も効果的に使いこなした方に全てを兼ね備えた完成品をお譲りしたいのですが、是非其方で募集をお願いできないでしょうか? ……だって』 ラジオが捉えたのは冷笑、それはこのDJも『裏野部』であるのを示す証左。 『んー、梅芳先生の作品ならきっと面白そうだねー。よし、じゃあ応募は今から10分間だけ受け付けようかな』 宜しい。ちょっとした運試しと行こうじゃないか。 『うわー、もうメールが来てるよ。梅芳先生人気だなぁ。じゃ、忙しくなりそうだから今日は此処まで~。明日もまたこの時間にね。DJは死葉ちゃんでしたー。またねー』 ザ、ザ、ザー…………。 「ね、アルコルちゃん」 「なあにあげはちゃん」 「なあ、ミザール」 「なに、ろんちゃん」 「アルコルちゃんは今日はどこにお出掛けするの?」 「わかんない。けど遠くだって」 「ミザールも一緒か?」 「うん。わたしとぼくはいつでも一緒だから。……そろそろいかなきゃね、ぼく」 ぱたぱたぱた。遠ざかる足音はひとつだけ。重なってもなにも居ない、たった一人だけの足音。 見送る視線が含むいろは気にも留めなかった。ただただ。一人きりの足音は進んでいく。 「ねえぼく、今日はとってもいい日だね」 「そうだねわたし、今日はぼくとわたしの特別な日だよ」 ぱくぱくと。動く口は一つだけ。 笑い声も一つだけ。 ただただ。繰り返し続ける自問自答。否。もうそれは自分でも、誰かでも、なかったのかも知れなかった。 ――あなたはだあれ、と、ぼくがきくから。 あのひ、ぼくはだれでもなくなりました。 ● 「……どーも。今日の『運命』。よろしくね」 ひらひら。片手だけ振って。『導唄』月隠・響希(nBNE000225)は何時もの様に、口を開いた。 「今回あんたらにお願いするのは、どんな形でも良いからフィクサードの無力化。……主流七派『裏野部』所属のフィクサードが、アーティファクトの使用実験を行ってるのよ」 差し出される資料。幾度か同じものを使っているのか、少しだけ掠れたインクの色に、リベリスタの視線が上がる。 「『二連星』……違うわね。裏野部所属、アルコルと言うフィクサード。彼が、今回アーティファクトを所持してる。害は……無い、って言えば無いんだけどさ。 このフィクサード自体が、まぁご存知の方も居るだろうけど中々に面倒な存在である事と、もしも、このアーティファクトを使って戦われると相当面倒な事。 この2点から、対策を打ってもらう事になった。……ここまで大丈夫? あ、因みに、あの『悪意の伴星』は持ってきてないみたい。理由は不明」 確認を促す視線に、頷く頭。了解、と頷いて。資料が捲られる。 「所持して居るアーティファクトは……本人と、全く同じ分身を生み出す力を持ってる。傷を負い、表情を変えるそれは、消えないの。死なない。所有者が、死なない限り。 ……このアーティファクトは、持主の命を食らう代わりに、幻影を見せ続けてくれるのよ。勿論これも戦闘を行うから、十分気をつけて」 小さく、息をつく。酷く単純な依頼説明に反して、予見者の表情は晴れなかった。 「失ったものは戻らないのよ。カストールは死んでしまった。元には戻せないの。その命はどれだけ注いだって、本物には分け与えられない。 齎す結末は、全部あんたらの自由よ。無力化されるならなんだっていい。……どうか気を付けて、いってらっしゃい」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:麻子 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年02月15日(金)22:56 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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● 星の命は永遠ではない。何時かは尽きる煌めきのいろ。夜空に瞬くそれは、遠い昔に途絶えた誰かの残り火かもしれなくて。 遠くて寒い宇宙の端。瞬くのを止めたそれが、それでも夜空に残像を残す理由。それはきっと、忘れて欲しくないからだ。 だから。これもきっとそうなのだろう。もう居なくても。其処に確かに存在していたのだ、と。 誰かを愛していたのだ、と。潰えた星が、囁き続けるのだ。 ● 少しだけ、雲のかかった空を見上げた。骨組みだけ残されて其の儘になったドームには、本物の天体図が広がっていた。放置され痛んだ座席の只中。ぽつん、と背中合わせ。 全く同じ姿の影が、立っていた。硝子球の瞳が此方を見る。くすくすくす、と。全く一緒に笑う顔。それは何時かの邂逅とよく似ていて。けれど、似ているからこそあまりに虚しく。『鋼鉄魔女』ゼルマ・フォン・ハルトマン(BNE002425)は、微かに眉を寄せた。 「――あぁ、わかっておる」 仕舞いこんだ白銀色が、瞬いている気がした。約束は違えない。其れもまた、あの星と交わした約束だった。くるくると、指先で回るタロットカード。星の座の魔女と、主星を失った迷い星。繋がった縁は運命の気まぐれと言うには余りに数奇で。 未だ、煌めきを灯さない指先がぴん、と伸びる。視線を合わせた。約束を果たす為に、言わねばならない事は幾つもあるのだ。 「姉のミザールは死んだ。主は弟の『アルコル』じゃ」 一言。告げた言葉に、仮初の双子は僅かに、その表情を動かして。けれどその色の意味を判別する前に、元通りの無表情。握り締められた、力を持たぬ刃が鈍く光を反射した。 「ぼくはわたしで、わたしはぼくだ。ミザールとアルコルは何時でも一緒」 言葉を、切る。 「離れてなんかいないよ。ぼくはミザールで、わたしはアルコル」 同じ口が、囁いた。鏡写しの影は喋らない。只管に、鏡の中の自分に存在を問い続けると人は壊れるのだと誰かが言っていた。開いたチェロケースから引き出した剣を構えて、『鏡操り人形』リンシード・フラックス(BNE002684)はその鏡に似た瞳を緩やかに伏せる。 軽やかに、地面を踏み鳴らせば滲み出す残像。かちり、とギアが切り替わる音が聞こえた気がした。可憐なドレスを翻して、目の前の硝子球と相対する。緩やかに齎される崩壊は、既に心を随分と侵しているように見えた。 叶うのなら、壊れ切ってしまう前に救いたい。人形だった筈の少女に芽生えた感情が囁く。出来る事はあるのか。その問いの答えは出せそうにないけれど。 「……さて、よろしくお願いします……!」 今はただ、目の前の彼を止めるだけ。ゼルマの指先で描き出される魔法陣が放つ魔力の矢が、目の前の少年の頬を傷つける。その目前で。握り込まれた刀の柄が軋みを上げる。扱いの難しい二刀は、けれどだからこそ何者も逃さない。 全力をその切っ先に込めて。叩き付ける様に振るわれた『合縁奇縁』結城 竜一(BNE000210)の刃が分身の身体を跳ね飛ばした。其の儘するり、と割り込む身体。 「……伊達や酔狂で使ってるわけじゃない、二刀の網だ。掻い潜れると思うなよ」 出来る限りは生かしたい。救いたい。だから、竜一は竜一の役目に徹する。それが最良を導いてくれるのなら。けれど。彼は知っている。この手では、否、きっとどんな手でも、壊れかけた心は救えない事を。傷付き現実から目を背けた心を、掬い上げられるのは自分以外に有り得ない。 言わねばならない言葉を、知っていた。そんな彼の後方、既に呼び寄せてあった影人を仲間のフォローに向かわせながら、『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)の指先が漆黒のキーを軽やかに鳴らす。重ねられた術式が齎すのは精巧な己の影。 もしもの為に、散乱した座席を上手く障害物に利用した彼女は、もう三度目になる邂逅に微かに、その目を細めた。 「カストルとポルックスは死に別れる運命だった……か」 何とも暗示的だ。人であった兄は死に、神であった弟はその命を分ける事を望んだ。けれど、目の前のポルックスにそれは出来なかったのだろう。革醒者は、神ではないのだ。失われたものを取り戻すなんて、叶いやしない。 ゆらり、と銀の髪が揺れた。招き入れた魔力を体内で巡らせて。その力を高める『慈愛と背徳の女教師』ティアリア・フォン・シュッツヒェン(BNE003064)はひどく興味無さげに目の前の光景を眺める。別に、誰がどうなろうと構いやしないけれど。 傷を負っても痛みを感じない、だなんて言うのは面白くない。邪魔な玩具は壊すに限る、そんな事を考えながら、その唇は嗜虐的な笑みを浮かべる。 「初めまして、坊や。お名前はなんと言うの?」 「初めましてお姉さん。『二連星』だよ。識別記号なんて、ぼくとわたしにはいらないよ」 ダブルキャスト。一人で二人を演じる少年の心の綻びを探してみるけれど、其処に揺らぎは一つも無い。未だ片割れと共に在った頃に、彼らは今と同じ様に笑って言ったのだ。 「――ぼくはわたしで、わたしはぼく。それ以外なんてわたしとぼくには必要ない」 生まれなど始まりに過ぎず、名前など識別以外の何物でもなく、過程など記録以外の何物でもない。そんなものなど無くったって。互いが存在する限り、そのアイデンティティは揺らがない。 そう。互いが、存在する限り。絶対的でありながら脆い、確認方法だった。きっと本当はもう失った日から、アルコルと言う少年のアイデンティティは揺らいでしまったのだろう。仲間に空を舞う力を齎して。『境界の戦女医』氷河・凛子(BNE003330)は一つ、息を吐き出した。 二つ星の一つは、もう流れて消えてしまった。残り星が何を想うのかを、凛子は知らない。消えたものを探し続けているのだろうか。苦しみ、悲しみ、切なさを知り、絶望に至ったのだろうか。只管に鏡だけを、見つめて居たいのだろうか。 その気持ちが理解出来ない訳では無かった。けれど。それだけではいけない事は、凛子の方が知っていた。折り重なる死と絶望を見続けるからこそ、希望と言うものの意味を知る事が出来る。 「生きると言うことは、そういう事なのです」 だから。彼は見なくてはいけない。鏡の向こう側を。誰も居ない、ただの薄っぺらいそれの裏側を。 ● 刃を交える、硬く高い音が響いていた。澱み無く流れる様に。その歩みは止まらない。その刃も止まらない。リンシードの動きに合わせて揺れるドレスは、跳ねた血を寄せ付けない。 綺沙羅の影人に、リンシードと竜一の徹底的なブロック。万が一さえ防ぐような布陣はリベリスタの優位を確固たるものにしていた。その一端を担うリンシードの瞳が見るのは、目の前の少年であり、竜一が相手取る分身だ。 「……貴方は偽物です。ただの、鏡に映った本人にすぎません……」 囁く様な、声だった。投げかける声に対する返答を分身は持たない。それは言葉を持たず、心も持たないから。代わりに、叩き付けられたのは下品に哂う道化のカード。硝子球に揺らめくのは怒りとも、不安とも似た色だった。 ちがう、と小さな声。その声を聞きながらも、リンシードは言葉を止めない。言うべきだと、思うから。鏡の瞳は真っ直ぐに、硝子球を見返す。 「こんなこと、続けていると……どんどん混ざって、おかしくなってしまいますよ……?」 戻れなくなる。歪んで壊れて。何も答えてくれない鏡の中の自分は、彼を助けてはくれないのだ。この言葉が、届くとは思わなかった。心を揺さぶる言葉は、きっと他の誰かが持っている。なら、この言葉は呼び水だ。膝を抱えて耳を塞ぐ少年を、引き摺り出す為の。 凛子の呼び寄せた癒しの息吹が吹き抜ける。傷のあった場所を濡らす紅を拭い取って。竜一はアルコルへとその視線を向ける。言わねばならない言葉を、言うのならきっと今だろう。 「お前は、アルコルだ。アルコルでなければならない」 端的な言葉は、けれど酷く重かった。自分と言う存在は自分以外の何者にもなれない。死んだ人間は戻らない。同じものになるなんて事は叶わない。生者が死者に出来るのは、忘れないでいる事だけ。そしてそれは、その死に囚われる事ではないのだ。 死は絶対だ。もう戻らないものを、竜一は、リベリスタは幾つも知っている。手の隙間から零れ落ちるものは山ほどあって、けれど、それを救えた筈だなんて思わないと決めていた。暗く重い澱みは飲み込んで。それでも、竜一はその犠牲に囚われたり等しない。 「自分が相手の立場だったらどう思うか。何のために彼女は死んだのか。考えてみる事だね」 一番知っているのは、アルコル自身の筈だから。投げられた言葉に、硝子球が震えた。男は、涙を易々と見せるものじゃあない。呑み込み堪えて、それでも前を向かねばならない。でも。 泣く、と言うことは、向き合えていると言う事だ。死に。悲しみに。苦しみに。失ったと言う、現実に。言わねばならない言葉は総て告げた。だから、その先は彼が決める事だ。 心を救うのも。向き合って、涙を流すのも。全ては彼の心が決める事。告げるだけで何も求めぬ竜一の言葉に、アルコルは軋みを上げそうな程に、ナイフを握り締める。 「……しんでない、ミザールはここにいる! ぼくはアルコルで、ミザールだ。だから、」 彼女だってきっとこうする筈だ。零れ落ちた言葉は、酷い矛盾を孕んでいた。ずっとずっと、隣に居た存在がもう戻らない事を、本当は彼自身が一番知っている筈なのに。静かに状況を眺め続けた凛子の指先が、握り締められたナイフを示す。 悪意の伴星。2人で使うからこそ真価を発揮していたそれを握らないのは、もう彼女が帰ってこない事を知っているからでは無いのか。その問いは恐らく、正解だったのだろう。硝子球の瞳は此方を見ない。 「命が助かったとしてもわたしのいない世界で生きるのは辛いですか?」 「ちがうよ、ちがう、居るんだよ、ミザールは、ぼくと、わたしだもん……っ」 きっと、初めて本当に大切なものを失ってしまったのだろう。言葉遊びはもうその形を保てない。悲鳴にも似た声は間違い無く少年の心が上げるそれだろう。歩み寄る。危ない、と言う静止も聞かぬまま。伸ばされた手は確りと、小さな背を抱きしめる。 「私は、生と死の境界に立つもの、貴方が望むなら死のその先に渡す事も可能です」 けれど。自分は、この少年に生きて欲しいと思っている。あの時失ったものがぼくであり、わたしであるのなら。今の彼は誰でもない。絶望と痛みはその心を傷つけるかもしれないけれど。それを抱えて、生きる道だってある筈だから。 与えられたものに怯える様に、半ば逃げる様にその腕から抜け出た少年を、真っ直ぐに見つめる。 「絶望したのかもしれません、でも、生きているならそれらを抱いたまま生きるのです」 それがどれだけ辛い事だとしても。どうかと、願わずにはいられなかった。 ● 淡く色付く唇から零れ落ちるまじないが、魔方陣を組み上げる。伸ばされたティアリアの指先に従う様に放たれる魔力の矢が、既に幾重にも傷を負った少年の肩を抉った。 「……やっぱり、痛みが伴わないのは面白くないわ」 鮮血が散ろうと、其処に痛みが無いのなら与えた傷は何の意味も持たない。ふらついた姿に少しだけ満足げな笑みがティアリアの唇に乗った。興味なんて無い。苦しみにも悲しみにも。 ただ、つまらない玩具を壊す事が仕事だ。それ以外は如何でも良い。そんな彼女の後ろから、差し込む人工の灯りが、アルコルの姿を照らす。きらり、と。顔を庇った袖の奥で、煌めくものが見えていた。 集中は、十分に重ねていた。再確認出来た位置をしっかりと目視する。チャンスは多くない。鳴り響く、キーボードを叩く音。生み出された漆黒の鳥が、主人の指示の儘に一気に戦場を駆け抜けた。 高く、澄んだ音がした。精密さを増したそれは、寸分違わず鏡を捕えて。入った罅から、崩れる鏡。小さな手が抑え込む様に包んでも、一度壊れたそれはもう戻らない。きらきら、零れ落ちる鏡だったもの。粉の様に崩れて、破片すら残さず消えていくそれに、呼応するように。 分身の姿が、薄くなっていく。細い喉がひくりと震えた。目の前のリンシードにも、その先の竜一にも目をくれず。駆け寄った少年は、縋り付く。消えていく分身に。自分でしかないものに。 「いかないで、やっとまたふたりになったのに、だめだよ、一人にしないで、ミザール……っ」 「……あんたさ、いつまでミザールを見ないつもりなの?」 鏡合わせ。全く同じ様に自分に縋る姿を必死に抱える少年に。綺沙羅は迷う事無く言葉を投げた。連星は対であり、決して同一では無かった。互いの願いはよく似ていて、けれど、その形は違ったのだ。 あの日。全てを投げ捨てて弟を助けたのは、確かに姉である少女の意思だった。誰よりも近かった二人はけれど、何処までも違う一人の人間だったことを、綺沙羅は知っている。 「あんた達は同一であったから互いを必要としたんじゃない。互いの欠けを埋める唯一無二だから必要とした」 パズルのピースをはめる様に。足りないものをぴたりと埋められる存在だった。同じものなら必要なかった。答えは常に自分の中に存在してしまうから。自分の求める違う答えを持つ相手だからこそ、必要だった。 それに彼女は気づいて居て、彼はきっと、まだ気付けないままなのだろう。光の齎した鏡像が、僅かな煌めきを残して掻き消える。ぺたり、と。地面に座り込んだ少年から、綺沙羅は絶対に目を逸らさない。 「……あの時、あんたはこう応えれば良かったんじゃない?」 ――アルコルだよ、ミザール、って。ぼくはぼくで、わたしはわたしだったのだから。他の誰でもない、弟のアルコルとして、あの声に応えてやればよかったのだ。綺沙羅は手を差し伸べない。教えてやるだけだ。差し伸べる手は他にもあるから。 「ミザールは、ミザールが、忘れちゃったら、ぼくが代わりに教えないといけない。ぼくがミザールとアルコルを、だから、」 「――『一緒にいたかった。しあわせになってほしかった』」 どうしたらいいのと。膝を抱える子供に投げかけられた声。ちゃんと聞きなよ、と綺沙羅が肩を竦める。少年の知らない答えと、その先を。与える為に伸ばされる手だ。魔術の煌めきと交じり合う、潰えた星のねがいごと。 確りと託された其処に、残る想いがあった。霞がかって朧げなそれから、ゼルマは伝えるべき言葉を選び取る。あの日、真っ直ぐに此方を見上げたのと同じ色の瞳が、目の前で揺れていた。 「ミザールは、主が生きることを望んでおった。主が広く世を知ることを望んでおった」 彼女は何処までも、姉だった。弟を想う心はただの、一人の少女のものだった。優しくも儚い願い事と約束。好ましかった。この姉弟が。だから誘いをかけ、だから、約束をした。 誰よりゼルマ自身が、『二連星』ではなく、この二人を好いているが故に。 「妾とミザールと、共に来い。アルコル!」 伸ばされた手は何の迷いも見せずに小さな手を握り締める。決めていた。何が何でも連れて帰ると。必ず死なせはしないと。あの時も今も、望みは変わらない。アークもリベリスタも関係なく。ゼルマには叶えたい望みがある。約束がある。刃に纏わりついたままの星屑がさざめく。約束を果たそう、と。囁いた。 からん、とナイフが滑り落ちる。硝子球の瞳が揺らめいて、一粒。眦を滑り落ちたのは、透明な涙。其の儘ぼろぼろと、零れる涙。嗚呼、漸く向き合えるのかと、竜一は剣を下ろす。 「アルコルが、居てもいいの? ミザールはもういないのに。ぼくはぼくだけになったのに」 ぼくだけがきちんと誰かに名前を呼ばれて。しあわせになって。そんなのは違う筈だと思っていた。同じ終わりでなくてはいけないから、終わりを求める為に二人で居ようと思った。絶対的で脆い自己確認が生んだ歪みは、きっと心を壊す筈だった。 けれど。差し伸べられた手は間違いなくそれを止めたのだ。年相応に。泣きじゃくる小さな身体が、ゼルマの腕の中へと飛び込む。小さくても確かな、熱を持っていた。それは生きている者の温度だ。確りと受け止める。教えてやろうと、思った。 この世の広い事を。ミザールとアルコルが、確かに愛し合った姉弟であった事を。そして。この小さな星を、愛する自分が居ると言う事を。 「……それがミザールの願い。言ったろう。魔女は、約束を違えぬ」 もう居ない彼女の幸福は、彼がこれから得るであろう幸福と同義だ。最期の最期、願いを託した少女の顔は穏やかだった。ならば、きっと答えは其処にしか無い。 「あんたはアルコルだよ。……ここから先は、自分で決めて行けばいい」 無数の選択肢を選ぶのは、常に自分である筈なのだから。誰かとかかわる事で増えた選択肢があるのなら。望むものを選べばいい。綺沙羅の声に、幾度も頷く頭を抱え込む。 行先は決して明るくないだろう。恨みを買い、罪だってある。裏野部に染まったその心が安全なものであるだなんて、誰にも言いきれない。けれど、それでも。 確かに繋げた手を離すつもりは、欠片も無かった。咽び泣く、小さな声だけが耳を擽る。気付けば、薄雲は何処かに消えていた。深い深い、夜のいろいっぱいに瞬く星。 きらり、と。 流れ星がひとつ、零れて落ちた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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