●努力の果てに 「諦めずに努力をすれば、夢は必ずかなう」 そんな言葉は現実を知れば知るほど、ただの気休めであることを知る。 努力をするのは成功の条件ではなく、大前提である。夢をかなえるには、それ以外の才能や人脈や運などの要素も必要になることを、大野武は知らされる。 もちろん努力はした。成功するためにありとあらゆる方法を試し、そして挫折を何度も繰り返してそれでもめげずに立ち上がった。涙を流すことなど恥ずかしくない。この悔しささえも糧として、彼はがんばった。 「もう、諦めなよ」 ある人は言う。それが現実的な意見だということは分かっていた。 「結果は残念だけど、努力したその過程は無駄にはならないさ」 ある人は言う。だけどあの星に届かなかったという事実は変わらない。 才能もなく、運もなく、ましてや裏道を使うという要領の良さもなく。ただひたすらに鍛錬を続け―― ●アーク 「そして彼は革醒した。ノーフェイスとして」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は集まったリベリスタたちに向けて淡々と説明を開始する。 「相手はノーフェイス一体。フェーズ1。チェスをやっていたみたいだけど、車に轢かれて一年近く入院。腕に麻痺が残り、道を断念していた」 昔のニュースがモニターに映し出される。飲酒運転による自動車の事故。運転手は死亡し、高校生が重体になったという小さな記事だ。 「彼はそれでもチェスを続けようとしていた。リハリビを続け、ようやく腕が動くようになった所で革醒。 彼は自分の身に起きた事に喜んでいる。もちろん疑問には思ってるけど、奇跡を受け入れたみたい」 都合のいい奇跡。もう一度駒を持てるという喜び。潰えたと思っていた夢をかなえられるということ。不思議に思いながら、それを受け入れてしまう。 それが世界を壊すことなど、彼は知りはしないだろう。 そしてそれを知ってしまったリベリスタの使命は決まっている。 「ノーフェイスは崩界を進める。だから彼を――」 リベリスタはイヴの言葉を制する。いわずとも分かることだ。 ノーフェイスを討つ為に、リベリスタはブリーフィングルームを出た。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:どくどく | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年02月14日(木)23:11 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 白黒マス目の上で、黒と白の駒が行きかっている。 白の駒を持つのは『ラプソディダンサー』出田 与作(BNE001111)だ。やや防御よりの動きをしながら、サクリファイスのような思い切った手法をとり手を進めていく。 対面には大野武。ノーフェイス。運命の輝きを持たない存在。 これから殺さなければならない相手。 「……本当なんですか?」 その事実を聞いて大野は薄く笑う。そんな馬鹿なと笑い飛ばしているのではなく、冗談と笑い飛ばして欲しいという空気を作るために。 「如何様にしてもままならぬ物はある。生き死にも、その一つだ」 『必要悪』ヤマ・ヤガ(BNE003943)は対局の邪魔をすることなく、静かに言葉を肯定する。殺人は自分の仕事。ノーフェイスを『悪』と断じ、滅ぼす。そのことに躊躇はない。 「お前にはオレを憎み、攻撃する正当な権利がある」 腕を組んで『糾える縄』禍原 福松(BNE003517)が大野に語りかける。福松を初めとして、皆破界器に手をかけていない。相手はノーフェイス。その喉笛をこの瞬間食い破られるかもしれない相手なのに。 「我々は要するにそういった世界の者だ」 『生還者』酒呑 雷慈慟(BNE002371)は八人のリベリスタの素性を説明する。崩界、運命、そして革醒。そういったものに携わる組織。そんな組織に属しているのに、運命の選定基準は分からない。……不条理だな、と心の中で唾棄する。 「チェックメイト」 大野のナイトが与作のキングを追い詰める。堅実で、それでいて迷いない一手。幾度となく駒をつかみ、思考してきた棋士の動き。 「……僕を、殺すんですね」 大野も自覚はあった。事故により動けなくなった腕が急に動いたこと。事故にあう前よりも頑丈になった肉体。目をそらして生きていけたのは、チェスに専念していたから。夢を追っていたから。だけどそれも、もう。 「研鑽の結果が運命に愛されなかった。世界の敵は排除する。ただそれだけの結果だ」 『ジーニアス』神葬 陸駆(BNE004022)は静かに告げる。自分達がこれから行うこと。大野に訪れること。いまさら躊躇はしない。理不尽な世界の理を前に、伊達眼鏡を押し上げる。 「言い訳は致しません。世界の為等と言っても所詮人殺しにございます」 優雅に一礼して『レディースメイド』リコル・ツァーネ(BNE004260)が扇を構える。主に仕えるときは明るい従者だが、今は静かに事実を告げるのみである。 「生きたいんならやる事は一つだ」 『下剋嬢』式乃谷・バッドコック・雅(BNE003754)は銃を構える。戦う意思を示すように大野に銃口を向ける。その戦意に反応するように、大野の周りに『駒』が現れる。大野を守るように、敵を払うために。 「戦って勝て! 勝つか負けるかだ!」 「それでは、貴方の最期の対局相手。つとめさせて頂きます」 『不屈』神谷 要(BNE002861)は陰のある表情を隠しながら、努めて平静に告げた。いつものことだ、と割り切るために心も鋼のように硬くする。神秘にかかわるということはこういうことだと分かっている。 「……最期、じゃない」 慣れない殺気に震えながら、それでも大野は声を絞り出した。直前に行ったチェスの対戦が彼の心を保ったのだろうか。 「勝って、そして……!」 夢を叶えるんだ。たとえ頼りなくとも、彼は確かに二本の足で立ち『敵』を見据えた。その気迫に応じるように『駒』が動く。 「分かりました。──この一戦がどうか有意義な一時になりますよう」 要は最期、の部分を訂正して破界器を構えた。その言葉に合わせるようにリベリスタたちも動き出す。 ● 「この天才がキングだ!」 最初に動いたのは陸駆だ。王であることを示すように雄雄しく立ち、不可視の刃を展開する。ポーンの一体を押さえながら、まだ固まっている『駒』を切り裂いていく。先手必勝。見敵必殺の作戦において、これが上策でない状況の方が少ない。 「『メルツェルの将棋指し』か。オートマタの人形風情に天才が負けるわけにはいかないのだ」 初手こそ陸駆が取ったが、それ以降の駒の動きは素早かった。、ビショップ以外のその他の駒が前線にでる。ルークが大野を庇いながら前衛に出てきていた。メルツェルの将棋指しはたしかに人形だが、それを動かし、盤面を思考していたのは中にいる人間なのだ。 「それでは、状況を開始します」 ナイトの前に立ち、『K-3R“ACONITUM”』を構える。とあるアザーバイドの金属製の牙を加工して作ったナイフを手にしてないとの体を蹴ってビショップに刃を届かせる。戦場コントロールを行い、回復も行うビショップを先に叩く。それがリベリスタの戦術だ。 (諦めず積み重ねた努力の先がこれ……か) 大野の顔を見ながら与作は奥歯をかみ締める。ままならないこともある事など分かっている。だけど、この感傷を捨ててはいけないのだ。 「行かせねぇよ。小兵だからって甘く見るんじゃねえ」 福松がポーンの前に立ち、その進路を塞ぐようにしながらビショップに狙いをつける。金色のリボルバーに手をかけて、思考するとほぼ同時の速度で抜き放ちトリガーを引いた。ビショップと、そしてナイトとルークに弾丸が叩き込まれる。 「……生きたいと思う奴が死に、好き好んで死地に赴く奴ほど生き残る。全く、ままならんものだな」 「運が無い、で済ますのは簡単。でもそんなんじゃ納得行かないでしょう!」 雅がナイトを与作と一緒にナイトをブロックする。リベリスタのほぼすべてが前に出て駒を抑えているという状況だが、駒を後衛に行かさない事に意味がある。ナイトの攻撃に身を晒されながら、体内の気を練る。乱戦になる以上、撃てるタイミングはここしかない。 「全力で来なさいよ! ここでどうなっても後悔なんてしないくらいのさ!」 雅の銃口に集まった気が荒れ狂う大蛇となって暴れる。女王と兵士を穿つ気の濁流。そして言葉は大野を鼓舞するように強く。手を抜いてくれたほうが、怪我もなく楽なのに。 「……掛ける言葉が思いつかなんだちうのは、情けない話だの」 そして唯一の後衛であるヤマは、大野にかける言葉がなかった。気を練って細く糸状にし、僧正にむけて解き放つ。急所に突き刺さる糸は、その気を引いた。回復と風を封じる一手。これで流れは大きくリベリスタのほうに流れ出した。 「私はアーク側のルークといったところでしょうかね」 要がラージシールドを掲げ、アークのリベリスタを鼓舞する。『神』と呼ばれる上位存在の祝福がリベリスタを照らし、戦いの加護を与えていく。リベリスタたちは体内から力があふれるのを感じていた。 (彼には討たれる理由など、本当はありはしないのに) 大野は世界の敵である。しかし彼を討たなければならない理由はその一点だけ。それを除けば善人といってもいい人間だ。だけど、討たなければならない。 「この盤勝負 敗退は許されない!」 雷慈慟はクイーンの前に立ち、『外道の書』を広げる。そこから一条の糸が伸び、クイーンの脳天に衝撃を与えた。その意識をこちらに向けて、剣による被害を受け持つつもりだ。 (運命の加護を与えるモノがあったとして、ソレは一体どの様な基準なのだろうか?) 雷慈慟は必死になって生き延びようとする大野を見ながら、思考する。そもそもそんなモノがいるのか。選定に基準はあるのか。もしあるなら、この結果は非情すぎる。その思考を首を振って振り払う。 「……崩界に関する懸念は排除。撃滅する」 なんにせよそれは変わらない 「これより先はお通しできません」 リコルはポーンの一人をブロックする。ヴィクトリアンメイド服が風に舞う。手にした扇を大上段から叩きつけるように振り下ろした。重量を載せた一撃が兵士のヘルメットをへこませる。 「恨んで下さって構いません。それでもわたくしは成すべきを成します」 「……っ!」 明確な殺意。目の前で振るわれる武器。数分前まで『普通』と思っていた大野にとって、その光景で体がすくむのは仕方のないことだった。 だけど自分に向けられる言葉の温かさにもまた、彼は気づいていた。 ● 複数の駒を操り、そして的確な指示を出す大野。駒と戦略が彼の最大の武器だ。その能力は革醒したばかりのものとしては、確かに抜きん出ている。 しかし駒の強度自体はそれほど高いものではなかった。リベリスタの集中砲火をうけて、ビショップは崩れ去る。 「次はナイトか」 クイーンの視界を塞ぎながら、雷慈慟が呟く。女王の怒りを一手に受けている彼はその剣による斬撃で体力を削られる。それに持ちこたえているのは、持ち前の防御力故。九枚の鉄板が時に広がり時に集まりしながら、剣戟を凌いでいる。 「良い打ち筋だ、大野武。君はきっと大成する」 自分でも碌でもない戯言だと雷慈慟は思う。その未来を摘むのは自分たちなのに。 「この年になって頓に思うんだけどね」 与作は独特のステップを踏んでナイトの周りを回りながら、大野に語りかける。時に素早く解きに緩やかに。緩急つけて騎士の駒を幻惑し、死角をついてナイフを繰り出した。蛇のような軌跡でその胸にナイフが突きたれられる。 「これと定めた道を歩み続けるのは、本当に難しい事なんだ」 それは大野に語っているのか。あるいは自分のことなのか。その表情から理解することはできなかった。 「自分の人生に、今までの努力に、その結果に!」 雅は荒い口調で大野に叫ぶ。そのまま与作がつけた傷に向けて銃を向けた。自ら受けた痛みを弾丸に乗せる。そしてそのまま、雅が感じている理不尽を言葉に乗せた。ノーフェイスを見逃すという選択肢はない。だけど、この結果はやりきれない―― 「何一つ納得しないままじゃ、死にきれねえだろうがよ!」 弾丸はナイトを打ち砕く。こうなればリベリスタの優位は決まったも同然だった。ポーンがプロモーションする可能性は皆無になる。 大野は十数手先の負けが見えていた。戦いの経験が浅いとはいえ、戦局を読むことにかけては敏感だ。相手のミスをつくしかないが、おそらく彼らはミスをしないだろう。負ければ、殺される。 それでも、逃げることだけはしなかった。 「貴様のつくったこの盤面。貴様の最後の棋譜を忘れずにいてやる」 盤面には戦う意志を持つものがいる。陸駆は初手から大野を狙っていた。ルークが庇うことを計算に入れてである。金の視線で射抜きルークの動きを制限する。絶対零度の視線を向けながら、陸駆の言葉には確かに熱がこもっていた。 「大野武、貴様を打ち負かす。棋士の誇りをみせろ!」 この場に対局者がいる限り、自分は棋士なのだ。たとえ世界に名前の残らない凡百の存在でも。世界の敵だとしても。いまだ怯えて震えていても。 その誇りだけは、確かに抱いていたい。だから盤面を返して逃げる真似だけは、しない。 「おい。庇わんでもええ。手は狙わぬ」 ヤマが防御の崩れたルークに一撃を叩き込む。複数の糸が大野を庇ったルークと近くにいたポーンを穿つ。正確無比なヤマの射撃は、たとえ激しく動く戦闘中であっても外すことはないだろう。『駒』に的確に叩き込まれた射撃は、戦局を優位に持っていった。大野の手を狙うことなど、容易なことだ。だけど、 「手は、狙わぬ。他ならどこでもええが手には当てぬ」 その手はチェスを指すものだから。だから狙わぬ。ヤマはそう言っているのだ。どうせ殺すのからといって惨殺せばいい、というものではない。……そういうことだ。 「そちらのルークは崩れたようですね」 回復役のいないこのリベリスタの構成で大怪我をせずに持ちこたえているのは、ひとえに要のダメージコントロールによるものだ。雷慈慟や雅などの傷の深いものを庇いながら、強力な付与で体力と気力を充実させていく。 「護ってみせます。それが私の本分」 あの日守れなかったモノ。今守れるモノ。……今から奪うモノ。要の表情は誰にも読めない。その盾の防御力のように、強く自制された硬く閉ざされた心。それでも心の温もりは、確かに存在していた。 「……謝罪はいたしません」 リコルはポーンの一体を砕く。これから行うことはただの殺人だ。命を奪う行為に正義はない。あるいは正義しかない。だが結論としてあるのは、彼の未来を絶つことなのだ。そのことに関して、謝罪などできようはずがない。 「ただ、貴方様の命の重みを背負い、戦い続ける事で罪を償いましょう」 故に、生き残った人間にできることは、命を想うことのみ。リコルは大野に深く頭をたれた。 「せめてお前が世界を恨まずにオレを恨んで、『人間らしく』死ねるよう殺してやる」 福松は『大野を殺しに来た悪人』に徹していた。世界の敵でなく、人として大野を見て。逃がすつもりはないけれど、せめて『ノーフェイス』ではなく『大野武』として葬ろうと。それは彼自身のこだわりだった。 「チェック・メイトだ」 向けられた銃口。弾道を遮る駒はない。コンマ一秒にも満たないクイック&ドロウ。 弾丸は大野の額に命中する。チェスの最後を示すように、キングは盤上で横に倒れた。 ● 大野が倒れた後は、もはや勝負にすらならない。大野の指揮なき駒は、熟練したリベリスタたちの相手にならなかった。一分も立たずに掃討されてしまう。 「ああ、やっぱり人間じゃないのか」 脳天に弾丸を受けて、それでもまだ生きている。大野は自分の異常性を改めて認識する。生きている、というよりはまだ死んでいないだけに過ぎない。命の灯火が消えかかっているのは明白だった。 「お見事でございます。貴方様が重ねられた努力の集結となる見事な一戦でございました」 「ああ、おまえの最後のゲームにふさわしい結果だったぜ」 リコルは大野に一礼してそう告げ、福松が賞賛の言葉を送る。喧嘩すらろくにしたことのない者が、革醒したとはいえリベリスタ相手に奮闘したのだ。『万華鏡』による事前の情報がなければ、敗退もあっただろう。 「でも……勝てなかった」 「悔しいか?」 銃を幻想纏いの中にしまった雅が大野に問いかける。うつむいたその顔からは彼女がどんな顔をしているのか分からない。 「悔しくは……ないかな。君達のおかげで全力を出せたから。 最高の勝負だったよ」 大野は震える手で手を差し出す。チェスが終わったときの礼儀。相手に敬意を示し、握手をする。 「当たり前だ。僕は天才だからな。この僕と勝負ができたことを、あの世で自慢するがいい」 その手を握ったのは陸駆だった。実らなかった努力はないに等しい。だけどこの一戦は確かに存在した。この棋譜を、この棋士を忘れない。 「あの世、か。あの世にも、チェスはあるのかな……」 それが大野武の最後の言葉になった。陸駆が握った手が力なく落ちる。ヤマはそれをとり、大野の胸の前で組みなおした。誰に告げるでもなく、ヤマは口を開く。 「さてな。あるとしても、ヤマが向かう場所とおぬしが行く場所は違うじゃろうて」 「チェスと言う自分の道を歩み切った君は大したものだよ。本当に……」 与作は持ってきたチェスのキングの駒を大野の傍らに置いた。死出の手向けか墓標の代わりか。白と黒の二つのキングは最期まで棋士であった者の元で、立っていた。 「……非情だな、運命の選考は」 「いつもの事です。ええ、いつもの……」 雷慈慟が大野の目を閉じさせながら静かに呟く。それに応えるように要が言葉を返し、報告のためにアークに連絡を入れた。 いつもどおり、迅速に後始末が開始される。 「努力を重ねれば、夢はきっとかなう」 そんな言葉はただの気休めである。努力をするのは成功の条件ではなく、大前提である。夢かなわず、消えてしまう努力の方がはるかに多いのだ。 たとえ夢がかなわず力尽きたとしても。 たとえそのすべてが無駄に消えたとしても。 たとえその努力が星に届かなかったとしても。 ――最高の勝負だったよ。 心に残るものは、確かにある。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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