●It is what is cursed in order to be free to be free. (自由であることは、自由であるべく呪われていることである) ――とある偉人の名言 ●フィクサーズ・ワンツ・“ア・ドロップ” どことも知れぬ場所。 おそらく埠頭の倉庫の中と思われる場所。 そこが今回、ある組織が会合場所として選んだ場所だった。 ――『キュレーターズギルド』。 その組織はこう呼ばれていた。 現在判明しているのは、種々雑多なアーティファクトの蒐集の為に動いているということ。 そして、フィクサードたちが参加している組織だということだ。 「いつもこれぐらいの熱の入れようでやってくれりゃァよ……」 既に多くのメンバーが集まった倉庫内で、一人の青年――三宅令児は苦笑した。 白い燕尾のドレスシャツに黒いジーンズ、シャギーの入った顎までの髪。 姿だけを見れば、表の社会にいても不思議ではない。 しかし彼もフィクサードであり、炎を操る能力者だ。 彼は手近な木箱を椅子代わりに座ると、集まったメンバーに目をやった。 令児が預かってきた封筒はいつもと同じく封蝋がなされた古風なものだ。 それに収められた指令書が配られるや否や、構成員たちは食い入るように読んでいた。 いつもならば適当に流し読みし、ひどい時にはゴミ箱にすら入れずに放置していくような面々であるが、今日はいつもと事情が違うようだ。 「まさか行く奴が多過ぎて逆に悩むなんてことにはならねェだろうな……」 指令書を熟読する構成員たちの、あまりの熱の入れように令児は再び苦笑する。 その時、重厚な音を立てて倉庫のドアが開く。 吹き込んできた寒風とともに入ってきたのは、二十代と思しき女性だ。 この季節であるにも関わらず、上は丈の短いチュニック、下はローライズで七分丈の白いチノパンだ。 彼女は令児に駆け寄ると、いきなり握手するように彼の右手を掴む。 握ってきた手がひんやりと冷えていることから令児は何かを察したようで、呆れた顔になって彼女を見る。 「帆波。まさかまた、この季節にそんなカッコで風にあたってきたのか? ったく、いくら……誰もがみんな寒風を――」 言いかけた令児を遮るように彼女――帆波は言った。 「誰もがみんな寒風を寒がったり嫌がったりしてるんだから、一人ぐらいは喜んで気持ち良さそうに寒風にあたる奴がいたっていい。ここで大事なのは寒風にあたるという行為ではなくて、この行為を通して自由というものの大切さが訴えられているということなんだよ、おわかりかね、令児クン? ――くしゅん!」 前半までは飄々と語ったかと思えば、帆波は後半から急に学者のような口ぶりになって告げる。 あまつさえ、説明しながら人差し指を立て、語り終えると同時にそれで令児の額を小突いたのだった。 しかし、最後でくしゃみをしてしまってはせっかくの気取った語り口もしまらない。 「だからって本当に寒風にあたるヤツがいるかよ……これじゃタダのガマン大会かバラエティ番組の企画だろうが」 呆れ顔で言いつつも、令児は異能の力を最小限にセーブして解放し、火傷しない程度に自分の手を温める。 その熱が伝わったのか、帆波はほっと息を吐いた。 「ありがと。で、やっぱり見つかったっていうのは本当みたいだね」 急に真面目な顔になる帆波。 令児もそれに頷く。 「ああ。間違いなく、『リオンドールの一雫』だ」 「なら、あの方が欲しがるのも無理はないね。なにせ、あの人は既に他のをいくつも持ってるほどだもの。あれだけ持ってても、まだ欲しがるのかな?」 彼女の目が純粋な疑問の色に染まっているのを見て取った令児は、呟くように答える。 「だろうよ――きっと、すべてを集めたがってるに違いねェ」 令児の答えが予想通りだったのか、彼女はどこか嬉しそうな顔をすると、同じく呟いた。 「だからこそ、みんなあんなに慌ててるんだね。持っていけば、あのお方はきっと喜ぶもの――」 しばらくした後、めずらしく会議は紛糾した。 いつもはにべもない構成員たちも、今日ばかりはまるで別人のように乗り気なのだ。 だが結局、役目とともに倉庫を出て行ったのは、帆波だった。 「ま、今回の『一雫』がああいったモンである以上、アイツのアーティファクトが一番うってつけなのは疑いようもねェがよ」 役目を譲る形となった構成員たちから集めた指令書を、異能の炎で燃やしながら、令児はそう呟いた。 ●バウンドガール・ミーツ・“ア・ドロップ” 糸枝は自分の部屋でこっそりと一枚の絵画を取り出した。 どこまでも広がる草原と青空が描かれたシンプルな構図。 風が吹いている時の写生なのか、草が気持ち良さそうになびいている。 ――親の言いなり。 端的に言えば、専田糸枝(せんだ・いとえ)はそんな少女である。 高校三年生の現在に至るまで、およそ彼女は親の言う事を聞いてきたし、親も何かと口を出してきた。 付き合う友達から趣味、部活、買い物――現代日本に育った子供が自分で選択するべき大抵のことは、すべて親の判断によって決められてきた。 友達となるかもしれない人間が、善人か悪人かを決めるのも親。 趣味となるかもしれない物事が、素晴らしいくだらないかを決めるのも親。 自分が得た金でする買う物が、必要か無用かを決めるのも親。 それを嫌だと感じなかったわけではない。 現に彼女はついこの間も、大学進学という親の意向とは裏腹に就職という進路を選び、どこか親の目の届かない所に一人立ちしようと考えた。 しかし、そこで彼女は気付いてしまったのだ。 いざ、自分の意志で自分の意志で自由に何かをしようと思っても、何をしていいかまったくわからないことに。 それに気付いた彼女は結局、親の意向通りにしようと思い始めていた。 それでも彼女は小さな、だが彼女にとっては大きな反抗をしたのだ。 親に言われた通りの通学路以外の道を通って下校し、より道をすることを親にも知らせず、親も知らない店に寄る。 そして、親に伺いを立てずに買い物をする――。 ひっそりと行った初めての反抗で、彼女は一枚の絵を手に入れた。 古い雑貨などを扱っている小洒落た店で見つけた絵は、店主によればついこの間、入荷したものらしい。 超有名な画家の誰のものとも違うが、不思議とそれらに匹敵するほどの『凄さ』。 それを件の絵からなんとなく感じて仕入れたものの、その絵は誰が描いたものかは店主にもわからないそうだ。 同じく、なんとなく『凄さ』を感じた彼女は、それを衝動買いした。 絵画にしては破格の安さだったものの、高校生からすれば結構な額だ。 親に内緒でこっそり貯金していたのもさることながら、それを一括で殆ど使ったと知れば大目玉だろう。 だが、後悔はしていない――。 クスリと笑って絵に触れた瞬間、彼女の姿はどこかへと消え、後には絵画が転がっているだけだった。 ●ア・ピクチュア・イズ・コールド・“ア・ドロップ” 2013年 2月某日 アーク ブリーフィングルーム 「みんな、集まってくれてありがとう」 アークのブリーフィングルームにて、真白イヴはリベリスタたちに告げた。 「今回はアーティファクト絡みの依頼だけど、それについてちょっと聞いてほしいの――」 静かに語り出すと、イヴはモニターを動かす端末を操作する。 ややあってモニターに映し出されたのは、色々な絵画だ。 「『“名画の泉”リオンドール』――そう呼ばれた画家について聞いたこと、ある?」 そう問われるもリベリスタたちは首を傾げた。 「彼は昔の西洋で活動していた画家で、知名度はそこそこ。芸術の専門家やそれを学んでいる人なら知っているくらい。簡単に言えば、『知る人ぞ知る』というくらいね」 リベリスタたちは納得したように頷く。 「彼は多作で知られてて、多くの作品を世に出したわ。描いた絵の種類も色々で、風景から肖像、写実に空想――どんな絵も描いたそうよ。そして、その中にはいくつも名画があったの」 そう説明すると、イヴは端末を操作して画像を切り替える。 現れたのは、いくつもの絵画を一覧表のように並べて撮影したと思しき画像。 イヴの言葉通りなら、このいずれもが名画なのだろう。 「次から次に名画を出せることから、いつしか彼は『名画の泉』と称されるようになった。以後、それにあやかって彼の作品は『リオンドールの一雫』って呼ばれてる。そして、彼は表の世界よりも裏の世界で有名なの」 気になった様子で見つめるリベリスタたちにイヴは答えた。 「彼の作品の中にはアーティファクトがいくつか存在するのよ」 それを聞き、リベリスタたちが首を傾げる。 そう簡単にアーティファクトを作ることなどできるものだろうか? 彼等の疑問を察したのか、イヴはすかさず告げた。 「厳密に言えば、彼がアーティファクトを作ったわけではないわ。実際、彼が持っていたとされるアーティファクトは偶然に手に入れた一種類だけと言われているしね」 更に首を傾げるリベリスタたち。 「彼の絵は、たとえば描かれた絵が後でアーティファクトになったり、E・ゴーレムになったりするのとは少し違う。彼の場合、絵具そのものがアーティファクトだったの。アーティファクトの絵具で描いたから、結果的に完成品のいくつかも神秘の力を持ったのね。厳密に言えば、アーティファクトを作ったのではなくて、ただ切り分けて形を変えただけとも言えるけど」 納得した様子のリベリスタたち。 そして彼等はもう一つあることに気付いたようだ。 彼等の推測を肯定するように、イヴが頷く。 「そうよ。彼はリベリスタだったの。もっとも、エリューションと戦うようなことは一切せず、ただ絵を描いていただけだけど。そして彼の死後、絵具は行方不明。彼の作品も世界中に散らばって、現在に至るまで一つの所に揃っていないわ。アークもいくつか入手や把握しているものはあるけど、まだ知られていないものが新たに発見されることもあるの。そして、その中にはアーティファクトが混じっていることもある」 イヴはモニターに一枚の絵画を出す。 どこまでも広がる草原と青空が描かれたシンプルな構図の絵だ。 「これが新たに発見された一枚でアーティファクト。そして、『キュレーターズギルド』の連中も当然これを狙ってきてるわ。でも、今回の問題はそれだけじゃないの」 一気にリベリスタたちの顔が引き締まる。 「『リオンドールの一雫』は普段、それほど強力な効果は発揮しないの。せいぜい、のどかな風景が描かれた絵なら見た人の気分が落ち着いて、熱気のある風景ならやる気が出たりする程度――でも、何らかの理由でその絵と波長が特別合った人が触れると、それ以上の力が解放されて、同時に絵の中へと人を取り込めるようになる。そして、波長の合う人を完全に取り込んだ時、絵はアーティファクトとして完成するというわ」 驚くリベリスタたちに、イヴは更に告げる。 「予知と諜報部の情報によれば、既に一人の少女が絵に取り込まれて、フィクサード――風間帆波(かざま・ほなみ)も絵の中に入っている。帆波は少女をそそのかすことで、絵をアーティファクトとして完成させてから奪うつもり。でもまだ間に合う」 イヴは絵に取り込まれた少女とフィクサードの画像を順番に出し、手早く説明していく。 そして、イヴはリベリスタたち一人一人の目をしっかりと見据え、言った。 「完全に取り込まれる少女を説得できれば無事に連れ戻すことができるし、絵も比較的安全な効果に戻る。罪のない少女を救う為にも、そして、フィクサードからアーティファクトを守る為にも――みんなの、力を貸して」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:常盤イツキ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年02月06日(水)23:24 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「自由――この言葉には色々な意味が含まれてるよね。だから、本当に欲しい自由が何なのか、わからないまま自由を求めると危険な気がする」 周囲に広がる草原と青空を見ながら、『』四条・理央(BNE000319)は誰にともなくしみじみと語りかけた。 「俺も昔は、そういった事を考えていた時期もあったが……何時からか考えなくなったな、懐かしい話だ。と……昔を懐かしむのも此処まで、事を済ませるとしようか」 遥か過去に思いを馳せるような遠い目を一瞬だけした後、『閃拳』義桜 葛葉(BNE003637)はいつもの表情に戻る。 しばらくした後、『ヴァルプルギスナハト』海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)がふと口を開いた。 「自由って一体何をさしているんですかね。ワタシはナイトメア・ダウンまではただひたすらに自由なんて知らずに神を信仰していました。信ずれは救われる――見事に裏切られたわけですよ。世界にカミサマなんていない」 「こんな形でなければ、安らぎの時を過ごす為に訪れるのも良い場所なのだがな」 周囲に広がる風景を見渡しながら、『Friedhof』シビリズ・ジークベルト(BNE003364)はそっと呟いた。 シビリズ達の目の前に広がっているのは現実世界でもあり得そうな風景だが、その一方で背後には非現実的な風景がある。 空間に開いた白い大穴。 その白さは真新しいキャンバスのようで、件の穴は丸い形の塗り残しにも見える。 それこそ、シビリズ達がこの世界へと入ってきた入口である。 「波長の合う者を取り込んで完成する絵、か。まるで呪いのようだな。意図してか、意図せずか、製作者の顔が見てみたいものだよ、まったく」 葛葉とシビリズの横に並び立ち、『塗り残しの穴』を見つめるのは『ピンポイント』廬原 碧衣(BNE002820)だ。 碧衣の呟きを聞き、『blanche』浅雛・淑子(BNE004204)は、決意のこめられた声で仲間達に言葉をかける。 「女の子は優雅に。捕われのお姫様を救い出しましょう」 仲間達に向けて頷いてみせながら、淑子は胸中で独白していた。 (お父様、お母様。どうかわたしを護って) 徒歩で草原の向こうへと行こうとする淑子たちの背中に『炎髪灼眼』片霧 焔(BNE004174)が声をかける。 「コッチの方が手っ取り早いでしょ? 乗って、糸枝が唆される前に駆けつけるわよ!」 淑子たちが振り返ると、焔は幻想纏いから自動車を取り出した。 ● 「さ、あとはキミがこの世界を受け入れれば――」 とどめの一言を帆波が言いかけた時、それを遮るように爆発のようなエグゾーストノートが聞こえてくる。 驚いた糸枝が顔を上げると、その視線の先で一台の自動車が甲高い急ブレーキ音を鳴らして停まった。 停車するや否やドアを開け、『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)が飛び出して叫んだ。 「その女の言うことなんて、デタラメです!」 糸枝は反射的に舞姫を見た後、おそるおそる帆波を見つめる。 「気にしたらダメだよ。そんな風に気にし過ぎると、せっかく自由になれるチャンスを逃――」 「糸枝さん! 聞いてください――」 再び舞姫は声を張り上げ、帆波の言葉を遮る。 この絵が糸枝を取り込むこと、そして、そうさせようと帆波が糸枝をそそのかしていること。 断罪するように次々と真実を語っていく舞姫。 「風間さん……」 心なしか据わっているようにも思える目で糸枝に見つめられ、帆波がうろたえる。 立ったまま帆波を見つめていた糸枝は、やおらロングスカートのひざ部分を直すと、草原にそっと座り込む。 「え……?」 その行動に舞姫たちよりも帆波が驚いていた。 その一方で糸枝は妙に落ち着き払った顔で静かに告げる。 「別にそれでもいいですよ……たとえ取り込まれてしまっても、自由を感じていられるこの絵の中にいられるなら」 予想外の言葉に一瞬呆けてしまったものの、帆波はすぐに先程の調子を取り戻した。 「そう! そうだよ! やっぱり糸枝ちゃんは話がわかるね!」 すっかり元の調子になり、笑いながら糸枝の肩を叩く帆波。 それとは逆に、舞姫は心中穏やかではない。 「糸枝さん……っ! このままだと本当に取り込まれてしまうんですよっ! そんなことになったら、貴方は――」 声が枯れんばかりに叫ぶ舞姫だが、当の糸枝はにべもない。 「だからいいんですって。別に取り込まれずに済んで、この絵の外に出たとしても……私に自由があるわけでもないんです。それに、もし私に自由があっても……私にはやりたいことなんて何も――」 哀しげな顔と遠い目で語る糸枝。 糸枝の言葉を最後まで辛抱強く聞いてから、舞姫は口を開く。 「ここでは何にも拘束されないだけで、自由なんてない。ただ、何も無いだけ――自分の意志を実現する。それが本当の自由です」 舞姫の声は語りが進むのに合わせて大きくなる。 「糸枝さんは、糸枝さんの意志で、この絵を手に入れたんでしょう? 最高に、ワクワクしましたよね。そんな喜びは、ここにはありません」 疲れたような表情の糸枝に向けて、舞姫は言った。 「やりたいことなんて、いくらでも見つかりますよ。わたしたち、まだまだ花の女子高生だよ! これから、いーっぱい、探せばいいじゃないですか。じゃっ、自分の意志で決めていく第一歩です! わたしと友達になりましょう?」 その言葉に引き寄せられるように、糸枝が立ち上がろうとする。 だが、それを黙って見ている帆波ではない。 小脇に抱えていたボードに飛び乗ると、強風の中を滑空して舞姫へと突撃する。 刃物のように研ぎ澄まされたボードのエッジに首を掻っ切られる寸前、舞姫は脇差を振るってそれを受け流した。 「刀鍔の眼帯……キミが舞姫だね! キミのコトはよく聞いてるよ!」 「それはどうも!」 強風に負けじと二人が大声で言葉を交わすのに呼応し、草原のあちこちに隠されていた残り七枚のボードも次々に起動していく。 いきなり始まった戦闘におろおろする糸枝。 彼女を庇うように立った理央は秘儀を構築し始める。 術者の指定する半径五十メートルの空間を魔術師の陣地とする秘儀だ。 (流石に強風までは防げなかったか……でも、草原中を飛ばれないのは大きいね) 秘儀により、帆波と七枚のボードは陣地と称される特殊な空間に閉じ込められた。 「せっかくのアーティファクトと地の利も、たった五十メートルの閉鎖空間では効果も半減だね」 「この程度のスペースさえあれば、何の問題もないよっ!」 負けじと帆波はボードを従え、空へと舞い上がる。 「彼女に言う事があるのだろう? それまで風間は私が押さえておこう」 碧衣は理央に目配せすると、気糸を紡ぎながら陣地へと入っていく。 自分も陣地内に突入する前に、理央は糸枝を一度振り返った。 「こんな限られた自由に満足してて本当にそれでいいの? 本当にしたい事を見つけないまま過ごすの?」 問いかける理央に糸枝は沈黙の肯定という形で返答する。 それでも構わずに理央は語りかけ続けた。 「そんなのは現実から目を逸らした自由だよ。貴女は既に決断する自由を手に入れてる。後はそれを勇気を持って使うだけじゃない」 自分の言葉が届くと信じて、理央は声をかけ続ける。 「この世界を生み出してる絵を買った時のように、他の事にも触れて、自分で選べばいいんだよ。選び、決める自由はこの世界にはない。あるのは現実の世界にだよ」 それだけ言うと陣地に入る理央。 続いて糸枝に声をかけたのはシビリズだ。 「自由の責を知り、怯え、しかしそれでもなお諦めきれず小さな反抗をしたか。ふむ。束縛を嫌うは悪い事では無い」 そこでシビリズは首を振った。 「だが、いかんなぁ。こんな程度の自由が君の望んだものかね。解放された空間に見えてその実はただの“箱庭”。籠の中の鳥が小さな部屋の中に出てきたに過ぎんぞそれでは」 糸枝の瞳をそっと見つめるシビリズ。 「反抗したかったと未練するな。未来はある。自らには出来ぬと自縛するな。自由はある」 自分の言葉を糸枝が小声で反芻するのを聞き届け、シビリズは最後の一言を告げる。 「須らく人間は何も知らぬ赤子から始まるのだ。分からぬ事に委縮するな。さぁ外へと踏み出せ。絵画を買いに、出かけた様に」 糸枝に向けてシビリズは一度頷くと、理央を追って陣地の中へと入っていった。 シビリズが言い終えるのを待って、葛葉も説得に入る。 「自由とは、真っ白なキャンバスに絵の具を塗るのと似ている。そうは思わないか」 じっと自分を見つめてくる糸枝に頷く葛葉。 「……描く人物が違えば、同じ主題でも絵は色んな顔を見せてくれるだろう」 語りながら葛葉は、改めて周囲の風景を見回す。 「この絵の自由とは、この絵画を描いた人物の造詣だ。あぁ、勿論、価値観を共有する事が悪いとは言わないが……君自身の“自由”と言う一枚の絵を、放り出して君は此処に居て良いのかどうか」 相変わらず糸枝からの返事はない。 だが、先ほどとは違い、糸枝は自らの意志で考え込む素振りを見せた。 ひとまず安心し、葛葉も陣地の中へと入っていく。 「この世界と貴女のお母様は、よく似ているわね。捕われた世界、与えられるものを甘受する世界。悪いとは言わないわ。それもひとつの道だもの でもね。無理にその道を外れようとしても上手くいかないわ。『お母様の望み通り』から『お母様の望まない通り』に変わるだけだもの」 葛葉の次は淑子だ。 優しげな声音で諭すように、そっと言葉をかけていく淑子。 「自由なようで抜け出せてなんていない。この世界と同じ。大切なのは自分の望みを見つける事よ。少しずつでいいの。例えばこの絵に惹かれたように、好きなものをひとつずつ増やせばいいの。そうすればきっと、道は見つかるわ」 糸枝はしっかりと励ましの言葉に耳を傾けているようだが、それでもまだ不安そうに淑子の顔を見上げてくる。 それに対して淑子は柔らかな微笑みを浮かべ、安心させるように言った。 「貴女が抜け出したいと思っているのなら、そのお手伝いをさせて頂けないかしら。まずはこの世界から出ましょう?」 もう一度微笑みかけると、陣地の中に入っていく。 四人の言葉を受け、更に深く考え込む糸枝。 彼女の背中を押すように、海依音も声をかけた。 「貴方はこの世界が心地いいんでしょうね。ワタシもカミサマ信仰していたときはただ只管に信じていました。だってそうすれば救われると信じていたんです――貴方と同じくね」 言葉の意味が気になったのか糸枝は顔を上げて海依音の目を見つめ、無言で問いかける。 それに応えるように、海依音はゆっくりと告げる。 「ワタシは信じれなくなって逃げ出しました」 海依音の答えに糸枝は驚きを隠せないようだった。 修道女服に身を包み、逆十字を持った海依音がそんなことを言うとは思えなかったのだ。 「でも貴方は凄いんです。逃げてなんかないんです。勇気をもって絵を買うことができました。それはキッカケです。十分な意思の力じゃないですか。たった一歩です。貴方は甘えているだけなんです」 その上、『凄い』などと言われては糸枝の驚きはますます大きくなる。 目を大きく見開き、未だに自分が言われたことが俄かには信じられない様子の糸枝に向け、海依音はそっと微笑みかけた。 「帰りましょう、現実に。このままここにとどまっても仕方ありません。ワタシみたいな大人にならないでください」 そして海依音は手を差し出した。 「やることがわからないならまずは友達になりませんか? いろいろ面白いところに連れて行ってあげます。面白いことを教えてさしあげます。ワタシの名前は神裂海依音、よろしくお願いします。外には楽しいこといっぱいあります。一緒に愉しみませんか?」 海依音の手を取った糸枝に、焔も笑顔を向ける。 「ねぇ、気付いてる? 貴女は既に自由への一歩を踏み出しているの。好きな道を歩いたり、買い物をしたりね。自由って、ソレの積み重ねでしょ?」 そのまま焔は海依音が握るのとは逆の手を取る。 「既に一歩は踏み出した。だったら、後は自分のペースで歩き続けるだけ。糸枝、私達と一緒に此処を抜け出しましょ!」 遂に糸枝は大きく、そしてはっきりと頷き、焔と海依音の手をしっかりと握り返す。 そして、糸枝は自分自身の足で立ち上がった。 ● 「こうも飛び回られては厄介だな……」 陣地の中で葛葉は自動操縦で動き回る七枚のボードと戦っていた。 しかし、自動操縦とはいえ強風の中を軽快に飛ぶボードをなかなか捉えられず、すれ違いざまに攻撃を受け続けた葛葉。 理央が傷を癒し続けてくれたおかげで致命傷には至っていないが、葛葉の身体は傷だらけだ。 (特殊な能力は必要ない、俺が頼るのはこれまで歩んで来た実戦の勘……それにつきる) 自分に言い聞かせながらボードの動きを見切きろうとする葛葉。 だが、後一歩の所でエッジを見切れない。 「倒させる訳にはいかん――!」 エッジが触れる寸前、飛び出してきたシビリズが葛葉を庇う。 「すまん……!」 心配そうな顔の葛葉に支えられながらシビリズは笑う。 傷は負ったが、まだ戦えるようだ。 「フ、ハハハッ! ここからが私の全力時だ、さぁ闘争を楽しもうではないか!」 それに安心して息を吐くと、葛葉は告げた。 「心配したぞ。それと……今庇ってくれたおかげで、遂に奴等の動きが見切れた」 「ほう! それは素晴らしい! さぞ見事にこの劣勢を覆すのだろうな!」 歓喜のシビリズに頷くと、葛葉はあることを告げる。 「反撃開始みたいだね」 頃合いを見計らい、理央は清らかなる存在に呼びかける詠唱を行って葛葉とシビリズの傷を再び癒していく。 傷の癒えた二人は、再び七枚のボードと相対した。 そして、戦況は激変する。 葛葉とシビリズは次々にカウンターで乗り手を叩き落としていく。 直後、舞姫と淑子は刃を振り下ろし、海依音は魔力の矢を放って、乗り手のいないボードをことごとく破壊した。 最後の一体をラリアット気味の拳打で叩き落とす葛葉。 葛葉にはまるで敵がどんなコースで飛んでくるかが予め見えているのだろうか。 「成程。確かに使い手がやたらと自由を謳いたがる者だけはある――『無限大』を描く軌道で飛ばすとはな。ただ、些か趣味に走り過ぎたようだ」 軌道を見切った二人の攻撃で七枚すべてが落下し、焦る帆波に向けて碧衣は気糸を放つ。 「そんなもんじゃ捕まらないって言ってるでしょ!」 帆波はボードを回転させ、エッジで気糸を片端から切っていく。 既に何度も繰り返された攻防だ。 そこに焔が乱入する。 「御機嫌よう、最近貴女達ギルドとよく会うわね。アイツと同じく大人しく捕まるか、さっさと此処から立ち去るか。好きな方を選んでもらいましょうか?」 「捕まえる? 笑わせな――」 即座に突っぱねる帆波。 その答えを予想していたのか、焔は彼女の言葉を全部聞く前に、燃え盛る炎を纏った拳をアッパーカットで振り抜いた。 業炎はたちまち強風に巻き上げられ、それにより発生した火炎旋風が帆波を襲う。 帆波が咄嗟に両手で顔を庇った瞬間、彼女の足に気糸が巻き付いた。 「何の意味も無くボードを狙い続けていたとでも思ったか? お前はすっかりボード狙いだと騙されたようだがな」 空中でボードから引っぱられ、帆波は草原に叩きつけられる。 火炎に気を取られた所を落下したせいか、受け身も取れずに叩きつけられた帆波は、その衝撃で動けないようだ。 そのまま帆波を捕縛しにかかる焔。 帆波を縛り上げる際、焔はたった一言語りかけた。 「――燃えたでしょ?」 ● 戦いを終え、碧衣たちが糸枝を『穴』の外に出そうとした時だった。 「……!?」 糸枝は『穴』をくぐれず、まるで壁に阻まれたように弾き返される。 そればかりか、糸枝の姿はみるみるうちに消えかかっていき、同時に『穴』を塗り潰すように青空や草原がひとりでに描かれていく。 「まだ心のどこかに迷いが残って……それが糸枝さんを無意識のうちにこの世界へと執着させているせいで、絵が完成しつつあるんです……!」 舞姫が言った直後、碧衣は何かに気付いたらしく、消えゆく糸枝に問いかける。 「お前の不満はわからないでもないが……それを親に対して伝えはしたのか? まだなのであれば一度しっかり話し合う事だな。親は良かれと思ってしているのだから、お前がどうしたいかを伝えなければ、一生今の状況は変わりはしない。変えたいのであれば自分から動く必要があるよ」 碧衣の言葉で得心した淑子は、すかさず異能の力で糸枝に母親の幻影を見せた。 「直接言えなくとも、姿を前に思いを声に出してみたら? それだけでも随分気持ちが変わるわよ」 もはや霞んだ姿で糸枝はゆっくりと頷き、そして意を決して口を開いた。 「私だって……自分で決めたい……! 自分のしたいことを……自分の心で思ったように……!」 精一杯の叫びが響いた後、『穴』の塗り潰しは止まり、少しずつ塗り残しが戻り始める。 呼応するように糸枝の姿もみるみるうちにはっきりし、やがて実体を取り戻した。 そして再び『穴』をくぐる糸枝は、もう弾き返されることはない。 こうして碧衣たちは糸枝を無事に現実の世界へと帰還させることに成功したのだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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