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<相模の蝮>シャドウロード

●小さな反逆
 煌々と照らされた月下の闇を少女が走る。
 薄紅に煙る髪は乱れ、途切れる吐息に心臓は早鐘を打ち続けて久しい。
 苦しげに細められた翠玉の眼差しが目指す先は甲斐の大地――甲府市である。
 神奈川県からの大移動は、十二を数えたばかりの少女には酷な試みだった。
 まだ横浜市内さえ抜け出せていないのだから。

 とはいえ、突然の事態が彼女を取り囲むオトナ達を手こずらせたことは確かだった。
 肩で息をしながら立ち止まった少女を、ほどなく自動車のヘッドライトが照らしあげる。
 助手席から滲み出る人型の影に続いて、運転席と後部座席から三名の黒服が姿を現す。
 人型の澱む闇『影主』にとって、桃色の髪の娘の行動は小さな誤算だった。
「エスターテ、戻りなさい」
 断固たるバリトンに彩られた蝋のような白い手がエスターテと呼ばれた少女の肩を掴む。
「……様……ごめ……さい」
 消え入りそうなイタリア訛りで、俯く少女の腕が黒服の男に引き渡される。
 こうなった理由の推察は出来ていた。
 元々、この日のために彼等は一つの計画を立てていた。
 明日の昼に甲府市内のショッピングモールで、白昼堂々と大規模な虐殺事件を起こそうと目論んだのである。
 理由は明快にも、箱舟のリベリスタ達を誘き寄せるためだ。
 そして――未来を予知したエスターテが、それを阻止しようと行動したのだった。
 ならば、なぜ?
「……なないで」
 消え入りそうな声を振り絞るエスターテが車内に押し込まれる。
 エメラルドの瞳は、どんな光景を何を見たというのだろう。
 だが、それに関しては影主は理解出来ている。
「影主様、計画に支障は?」
「変更ありません。盟友『相模の蝮』きっての頼みを我々が断れますか?」
 支障があろうと是非もない。胸ポケットから煙草を取り出しながら黒服が唸った。
「ともかく、エスターテお嬢様はすぐにでも相模へと向かって頂きます」
 あたりに紫煙が漂う。
「ええ、よろしくお願いします」
 月を見上げる影主の季節外れのコートが、生ぬるい風にはためいた。
 影主が言葉を続ける。
「それに今回は――命を賭すのですから」
 黒服の一人が問い、バリトンが答える。
「というよりも」
 闇が哂う。
「変えることは出来ないのです」

●少女の祈りは誰が為?
「見えた二つの未来のうちの、一つがソレ」
 ブリーフィングルームのデスクに頬杖をついた『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)が、逆手で前髪をかきあげる。
「あれだよ、あれ。どうにも大変でいけないね。猫の手を借りたい位忙しいってのは冥利なのかも知れないが、
 キャットハンズオールフリー、何せラヴ&ピースが一番だから。沙織ちゃんも情勢を調べてるらしいけどね」
 なるほど、あの事件というわけだ。
「それで、一つって言った?」
 他にもあるのかとリベリスタが問う。
「もう一つは、山梨県は甲府市内の小さなショッピングモールで、大量のお客が殺される事件さ」
 この事件で、伸暁が見た未来は二つだということだ。
「整理しよう」
 解説が難解といえば聞こえが良すぎる、トンチキとすら思える発言が多い伸暁にしては珍しい提案かもしれない。

 影主と呼ばれるフィクサードは、甲府市のとあるショッピングモールで、アークが看過出来ぬ規模の事件を起こす計画を立てた。
 おそらく件の『相模の蝮』に強く関連した事件で、何らかの目的のためにリベリスタを誘き寄せるための策略と想われる。
 しかしこれまた何らかの思惑でそれを阻止しようと、フィクサードのお嬢様が家出を敢行した。
 儚い少女の夢は破れて、間もなく遅れた行動は取り戻されることとなる。翌日になって甲府のショッピングモールで計画通りの虐殺事件が起こるのだ。
 それで紆余曲折の為か、多くの情報を万華鏡が察知するに至ったというわけだ。
「つまりね、エスターテちゃんが未来を変える行動をとったわけだ」
 なるほど。リベリスタ達は頷き、次の質問を投げかけようと口を開く。
「そうだね、あとは彼等についてだろ?」
 その通りだ。出来る限りのプロファイルが知りたい。
 難敵なのだから尚更だ。
「彼等のプロフィールはこれさ」
 詳細とは言いがたいものの、前回と比較すればかなりの情報が揃っていた。
 その一部はリベリスタ達の大きな成果でもある。
「フィクサード組織ダムナティオ・メモリアエ、ね」
 御大層な名前だと、リベリスタ達が資料に目を落とす。
「不思議なことだけどね、調べた結果、元来彼等はこういった事件を起こす類の組織じゃないみたいなんだよ」
 日本の裏社会の中で、資金の調達と洗浄が主なる仕事ということだった。
 そんな仕事では、フォーチュナの少女はさぞや役立っているに違いない。
 ともかく通常のフィクサード組織と比較すれば、所謂武力行使は全くといっていいほど行っていないというのだ。
 風変わりな組織である。

「ネックは影主って奴の凶悪と言えるまでの強さだね」
 黒服構成員達の能力こそ、リベリスタ達を僅かに上回る程度とは言え、彼個人の戦闘力は桁が違っている。
「今回、唯一のイイトコは、ボールがこっちにあることだ。そこでキメるのが、リベリスタの役目なのさ」
 軽く言ってくれるものだ。
「フィールドにファンキーなドラマを吹かせてきなよ」


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:pipi  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2011年06月30日(木)02:07
 pipiです。
 当シナリオは<相模の蝮>連動シナリオとなります。
 前回のシナリオ<相模の蝮>ベリルクィーンとの関連性はありますが、ご存知なくてもプレイ出来る内容となっております。

 以下に状況を整理します。

●勝利条件
 一応、以下を提示しておきます。
 甲府市にあるショッピングモールでの虐殺阻止。
『影主』夜想 鏡示の撃破。
 影主含め、構成員の生死は問いません。

●状況
 夜、横浜市内の湾岸道路脇の公園に、影主、エスターテ、3人の黒服(計5名)が出現します。
 彼等は仲間内でひと悶着した後でエスターテを車に連れ込み、夜の街へと姿を消して行きます。
 周囲に人影はありません。

 翌日昼頃に、彼等は甲府市内の大きな公園に出現します。
 このときのメンバーは影主と黒服6名(計7名)です。
 公園の人影はまばらで、エスターテの姿も見えません。
 それから彼等はショッピングモールに入り、店の客を虐殺しながら、リベリスタ達を待つことになります。

 前者は夜。複雑な状況ですが、戦闘員の数は少ないという状況になります。
 後者は昼。単純ですが、戦闘員の数は多いという状況になります。
 また、何の事情があるのでしょうか? 彼等は非常に好戦的です。
 おそらく、組織の犠牲は厭わないことでしょう。

 詳細な時間や場所等は、全て分かっていると考えていただいて結構です。

●データ
 以下がフィクサード組織『ダムナティオ・メモリアエ』についてのデータです。

『影主』夜想 鏡示
 プロアデプト。回避、命中、神秘物理攻撃力共に極めて高いです。
 腰に拳銃をつけていますが、素手で戦います。
・吸血
・コンセントレーション
・アデプトアクション
・EXニクス・プラエトル、神近範大ダメージ、毒、猛毒、呪縛、呪い

『翠玉公主』エスターテ
 戦闘能力はありません。

『黒服』日下部 慎太郎
 組織の副リーダー格と思われます。
 拳銃と素手を駆使して戦います。
 リベリスタの知らないジョブです。
 リベリスタ達によって、以下のスキルが確認されています。
・拳銃による目にも留まらぬ早撃ち
・いつの間にか回り込んで首に激しい打撃。

『黒服』三枝 敏正
 拳銃と重火器を持っています。
 スターサジタリーのスキルを幅広く使用します。

『黒服』志村 孝司
 胸に拳銃を忍ばせていますが、野太刀を持っています。
 デュランダルのスキルを幅広く使用します。

 黒服については、横浜市内で見かけるのは上記三名です。
 甲府市内では以下の三名が加わります。

『黒服』内藤 純
 胸に拳銃を忍ばせていますが、細剣と短剣を持っています。
 クロスイージスのスキルを幅広く使用します。

『黒服』森沢 隆男
 拳銃で戦います。
 マグメイガスのスキルを幅広く使用します。

『黒服』篠崎 昭平
 二挺の拳銃を駆使して戦います。
 ナイトクリークのスキルを幅広く使用します。

●最後に
 道も答えも、一つとは限りません。
 どのような行動を行うにせよ、徹底的に行ってみて下さい。
 当社比、これまでにない厳しく難解な状況となりますが、皆様の熱いご参加を心よりお待ちしております。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
プロアデプト
オーウェン・ロザイク(BNE000638)
ソードミラージュ
★MVP
ルア・ホワイト(BNE001372)
スターサジタリー
百舌鳥 九十九(BNE001407)
スターサジタリー
八文字・スケキヨ(BNE001515)
クロスイージス
ラインハルト・フォン・クリストフ(BNE001635)
デュランダル
蘭堂・かるた(BNE001675)
マグメイガス
依々子・ツア・ミューレン(BNE002094)
インヤンマスター
一任 想重(BNE002516)

●決意
 ぽっかりと空いた湾岸近くの公園に人気はなく、月明かりと外灯だけが、その存在を薄らと照らしていた。
 その闇を桃色の髪の少女が駆ける。
 本牧の明かりが震える。
 駆けるといっても、そう思っているのはおそらく彼女自身だけだ。
 よろよろとふらついていると表現するほうがよほど正確だろう。
 これまでの道のりはせいぜい二キロか、三キロか。
 僅か三十分の疾走に、その足は痺れて痛み、既に棒のようになっていた。
 さらに、彼女は目的地から『遠ざかって』いた。
 駆ける少女――エスターテは甲府の町を目指している。
 これでは大回りに過ぎるだろう。
 最も横浜市と甲府市の距離を考えれば、そんなものは苦笑と共に誤差という言葉を呼び起こすかもしれない。
 そもそも、たとえ正確な道のりを走ったとしても、こんな足ではたどり着けるはずがないのだ。
 だが、それでも少女はこの道を選んだ。
 それは――

 新緑が揺れる。少女の髪だ。
 桃髪の少女と背格好はそれほど変わらない。
 少しだけ年長だろうか。
 僅かに視線を上げた少女を、『雪風と共に翔る花』ルア・ホワイト(BNE001372)の柔らかな碧眼が見つめていた。
「エスターテちゃん」
 呼びかけに、少女が全身を強張らせる。
 脅えさせるつもりは毛頭ない。
「止めようとして、走ってきたのね」
「……Si……はい」
 ここを走れば、どうにかなると思った。
 確かな未来が見えたわけではない。ただこうすれば運命に干渉出来ると思ったからだ。
 フォーチュナである彼女は、自身の直感を強く信じていた。
 エスターテが瞳を背ける。
 だがなんとういう皮肉だろう。頼るべき相手はよりにもよって義父の敵だったのだ。
「我等の目的は事件の阻止のみ。お前さんの家族を殺害する気はない」
 その背に、落ち着いた言葉が降り注ぐ。
 敵であるアークに所属する『Dr.Tricks』オーウェン・ロザイク(BNE000638)の言葉である。
 俄かには信じられない。彼は腰を落とし、少女の目線で言葉を続ける。
「信じられないならば、未来視で我らの行動を見てはどうかね」
 言葉で早々信用が得られるなどとは思っていない。
 だからフォーチュナである彼女に、未来を見て欲しかった。
「お前さんの協力が得られるならば、誰も死なずにこの件が終わる可能性がある……!」
 俯く少女をルアが静かに抱きしめる。
 エスターテの鼓動が跳ねた。
「貴女の大切な人を私達は殺さない」

 どれほどの間があったろう。
 ルアは少女から腕を解き、煌く蒼玉の眼差しでエスターテの瞳を見つめた。
「でも、私達は多くの人の命をこの身に背負っているの。だから、虐殺を止める為の手段を取るわ」
 イタリア語で、はっきりと言葉が紡がれる。
 運命を変える要素など、彼女等――リベリスタに他ならない。
 考えれば分かりそうなことだった。
「だけど!
 貴女の大切な人を私達は殺さない! だから、私の大切な人を殺さないで!」
 鈴の音の呼びかけに桃色の髪の少女は――

●強襲
「おそらく、この辺りでしょう」
 エンジンが唸りを上げ、黒のセダンが闇夜を切り裂く。
「私が目を離したばかりに……」
 日下部が言葉を濁らせ、影主はシャポーに隠れた黒い瞳を細めた。
 視線の先に六人、七人……。
 ヘッドライトが人影を捉え――刹那、炸裂音がフロントガラスを打ち砕く。
 飛び出す四つの影を置き去りに、激しくスピンするイタリア車がコンクリート壁に激突した。
 続く炎上が夜空を朱に染め上げる。
 奇襲を仕掛けた『怪人Q』百舌鳥 九十九(BNE001407)が身を伏せた。
 炎に照らされるぬいぐるみの頭部を弾丸が掠める。
「これは、これは――」
 波打つ黒髪をなびかせて、闇が哂う。
 どこで襲撃を受けても構わないと思っていたのだが。
 最悪のタイミングだった。帽子がどこかに飛んでしまっている。
 少女の予言がなければこんなものなのか。
 影主は白蝋の頬に流れるひとすじの赤を拭い、組織が――己が見せた思わぬ脆弱さに自嘲した。

 交戦は既に始まっていた。
 リベリスタ達は、既に己の能力を高める術を身に纏っている。奇襲は成功だ。
 湿ったアスファルトの上に立ち上がり、頭を振る日下部と三枝を再び苛烈な炎が襲う。
 神秘の爆裂を放ったのは『月下夢想』依々子・ツア・ミューレン(BNE002094)だ。
「お久しぶりね、皆さん。また来ましたわ」
「箱舟の犬共がッ!!」
 日下部が吼える。
 諍いに不慣れとは言え、彼等が昨今稀に見る手痛い敗北を味わった相手が、再び眼前に居た。
「引き離しますッ」
 蘭堂・かるた(BNE001675)が突進する。
 肩上に担ぎ上げられた剣が唸りをあげ、全身を使った強烈な回転撃が三枝を襲った。
 爆風から駆け出して間もなく、三枝の吹き飛ぶ体が炎上を続ける車に打ちつけられた。
 砕けた窓ガラスの破片がぱらぱらと額に落ちる。
 構えてさえいれば、いなせぬこともないはずの一撃だったが、完全に直撃していた。
 日下部が憤怒の表情でかるたを睨みつける。力すら伴う魔の視線だ。
 だが彼女は、未来を変えるために踏み出した彼女の願いを叶えるためにも、必ず悲劇を防いでみせると決意している。
 ならば、むき出しの闘志ごときに怯むはずがない。

 リベリスタ達の一方的な攻撃が続く。
「いづれも様も御覧なれ、一任入道想重冠者、厚かましくも推して参る!」
 気配を隠した上での完全な不意打ちである。
『バーンドアウト行者』一任 想重(BNE002516)が駆け、二条の剣閃が闇に走る。
「ぐ、かッ!」
 小ぶりの太刀は、狙い違わず志村の胸を十文字に切り裂いた。
 奇襲によるアドバンテージを稼いだとは言え、相手が凶悪な事は分かりきっている。
 まともにやりあって勝てるなどとは思っていなかった。
(個人的には彼らに恨みはないけど)
 彼等が守るのは日常だ。それには彼等も含んでいるつもりである。
 こんな闘争は、悲しい嘘は嫌だった。
(だから――終わらせる!)
 長い腕先に握られた『ストレンジ』八文字・スケキヨ(BNE001515)のボウガンから、矢が次々に放たれる。
 輝く矢の合い間を縫うようにルアが舞い、幻影を纏う俊速の小刃が日下部の胸上を走った。
 僅かに遅れて、流星の鏃が日下部、三枝、志村に次々と吸い込まれて行く。
 さらにオーウェンが、逞しい腕で顔面を覆う日下部に、間髪を許さず気糸を放つ。
 僅かに煌く極細の網は日下部を強かに縛り上げた。

 そして、闇が震えた。
「手厚いご歓迎、痛み入ります……」
 深いバリトンに、悠然とした表情を崩さず、影主が深々と腰を折る。
「ご無沙汰しております、依々子さん。そして――ラインハルトさん」
 赤い外套を纏う少女に、影主が視線を送る。
 ただ一人、影主を見据えて押し黙る少女――『イージスの盾』ラインハルト・フォン・クリストフ(BNE001635)が問う。
「得る為でありますか、失わぬ為でありますか」
 どこまでも純粋な澄みきった唯一つの言葉に、影主が小さな顎鬚を撫で付ける。
 エスターテと同じぐらいの年齢なのだろうか。唇が歪んだ。
 桃髪の少女とて馬鹿ではないはずだが、彼の目の前に立つ娘は――。
「お聡い」
 年端も行かぬ小娘が――憎らしい程に。
「しかし。迷いは」
 影主が首を捻り、分厚いコートを脱ぎ捨てた。
「断ち切るものです」
 これもイタリア製だろうか。小洒落た細身のジレ姿はどこまでも場違いで、背後の炎と不釣合いも甚だしい。
 九十九がゆっくりと二人の間を遮った。
「まずは、一人づつ」
 影主の姿が掻き消えた。

●翠玉の瞳
 圧倒的な闇の奔流が九十九に直撃する。
 耐えた後にも身体を蝕み続ける力を、二度は受け切れないだろう。
 一方では、長大な刀を抜き放った志村が、相対する想重に稲妻を纏った一撃を放った。
 さらに、三枝の機関銃から放たれる無数の弾幕がリベリスタ達を襲う。
 この猛攻を凌ぎきったリベリスタ達だったが、オーウェンの束縛術をいつの間に打ち破ったのか。気づけばルアの背後には日下部が立っている。
 全身が総毛立った。

 敵味方の激しい攻防が二度、三度と続く。
 ラインハルトが魔弾を放ち、かるたが魔性の技で力を奪う。
 想重が再び志村に刃を放つ。
 傷を受けた者にはスケキヨが再生の力を与える。
 依々子の魔弾が三枝の胸に突き刺さる。
 これをなんとか受けきった三枝だったが、そこへさらなる魔弾を放ったのは再び依々子だった。
「うふふ。一度きりだなんて、思わないことよ~」
 表情を驚愕に歪ませたまま、集中攻撃に三枝が倒れた。
 四度目までの応酬でルア、九十九、想重が地に伏している。

 さらに、細身の影がスケキヨの前に舞い降りる。
「これで、二人目です」
 闇が謳う。
 カフスに飾られた長い腕先が、全身に銃創を負うスケキヨの眼前に突き出された。
 影が哂い、漆黒より尚暗い破滅の波動が、影主の腕を覆う。
 もはや、次の一撃は耐えられない。

 ――絶対にッ!

 指先の大気が歪み、視界の全てを遮る程の力が一気に放たれた。
 満身創痍の小さな身体のどこに、立ち上がる余力が残されていたのだろう。
 スケキヨを襲う闇の波動を一身に受けたのはルアだった。
 強固な意思が運命を引き寄せ、再び立ち上がる力を与えたのだ。
「私は、私の、大切、な」
 スケキヨの眼前で少女の小さな背が揺らぎ、その膝がゆっくりと崩れ落ちる。

 淡い想いから生まれた決死の献身により、彼に与えられたのは貴重な――大切な――
 否、その程度の言葉では表すことの出来ない一手だ。
 同時に生まれたのは、皮肉にも中央に向けて押されるリベリスタが産み落とした最良の射線であった。
 それを捉えた仮面の男――スケキヨが、星のように輝く矢を放つ。
 影主が三白の眼を見開く。
 煌く鏃は狙い違わず三枝、日下部、そして影主の胸を穿った。
 思わぬ反撃に、胸の矢を引き抜く影主であったが、咳き込むと同時に口から流れる血は彼自身の物だ。

 尚も攻防は続く。
 傷を負いながらも、運命を従え再び立ち上がった想重と九十九の猛攻に志村が倒れた。
 さらに、オーウェン、ラインハルト、かるたの猛攻に日下部が沈んだ。
 残されたのは、影主一人。
 じりじりと距離を堅持しながら、リベリスタ達が包囲を固める。
 嫌な距離だろう。これでは破滅の闇は一人にしか届かない。
「うふふ、すでに対策済みよ~」
 依々子が嘯く。
 とどめの一撃を狙う者は誰もいなかった。
「私は盾ッ!」
 金髪の少女が声高く宣言する。
「剣でもなく、槍でもなく、守れる全てを護る者であります!」
 影主にとって、どこまでも苦い一言だった。
「あくまで、倒れた者は除外するというわけですか」
 この娘は、彼女等は、次から、次へと――
 白蝋の薄い唇が歪む。
「そうやって命を賭しても、相模の蝮へ手を貸そうというのですか」
 かるたの大剣が振りかぶられ、影主が身を捻る。
 影を切り裂くに留まった刃がそのまま地に叩き付けられた。
「しかし、私達も――」
 直後、地を打つ剣が跳ね上がり影主を薙ぐ。
「――覚悟で劣るものではないとッ!」
 ジレが引き裂け、白いシャツに血が滲む。
「友が……、恩人が。そこに連なる者達が」
 影主が腕を振り上げる。
「かつて南洋に朽ちたはずの私にッ!」
 かるたの眼前に集う闇が炸裂する。激しい衝撃と共に彼女の意識は闇に溶けた。
「そうそう、小細工が通用し続けるとは思っていないがッ」
 集中力を研ぎ澄ませたオーウェンが、影主の足に気糸を放つ。
 僅かに縺れた足元が生んだ隙に、依々子の魔弾が波打つ髪の数本を焼き、九十九の狙い済ました一撃は肩に突き刺さる。
 影主は再び腕を振り上げ、その指先に闇を集める。

「やめてッ!」

 悲痛な叫び声がこだまする。
 戦場の外にいたはずのエスターテが、ラインハルトの脇をすり抜けて影主の眼前に躍り出たのだ。
 最悪のタイミングだった。

●それぞれの覚悟
 だがここでラインハルトは動かなかった。
 駆け寄る少女に気づかなかったのではない。当然止められなかったのではない。
 止めなかったのだ。
「なぜ、ここへ」
 こんなタイミングで娘が現れてくれるのだ。
 掠れた声に、指先の闇が霧散する。
 影主は必殺の魔技を撃てなかった。
 桃髪の少女は答えない。
 戸惑う影主に向けて、四条の刃が煌いた。

 ――ワカってもらいたいなら――
 想重が白刃を振るう。
 ――声にせえッ!
 影主の腕が、胸が、鮮やかな紅に彩られて行く。
 ――望む相手に届くように。
 少女を背に、想重が尚も声を振り絞る。
「でなけりゃ何も変わらんし、ワカランままじゃぞッ!!」

 ――道筋くらいは、ワシらで作ってやる。

 リベリスタ達の猛攻が続く。
 度重なる攻撃は影主の身体を次々に掠め、時に直撃しながら着実に追い詰めていった。
「命をかけるのは、本当に必要な時にするべきね」
 依々子の魔弾に撃たれ、影主がアスファルトに膝をつく。
「貴方にとっては、それが今で本当に良いのかしら?」
 そして――想重が再び剣を振りかぶる。
 影主の真正面、必勝の間合いだ。
 エスターテが駆け出す。
「お前さんだって」
 少女の小さな身体をオーウェンのしなやかな腕が抱きとめた。
「殺させてはやれないんだ」
 汗で冷え切った背中に、広い胸が暖かかった。

 最後の刃が走る。
「ゴフゥ」
 鮮血が飛び散る。
 だが――影主と想重の間に入ったのは、九十九だった。
 芝居掛かった口調で苦痛を表す九十九だったが、その喉元は本物の吐血で赤黒く染まっている。
「やれやれ、これで私も恩人の一人ですかな?」
 九十九が嘯く。
 恩人は裏切れないだろうから? だがこんなものは屁理屈だ。
 その屁理屈のために、九十九は命を張った。
 理屈など、通じないのだろうから、屁理屈でいい。
「何を、してくれますか――!」
 影主が叫んだ。
「なぜ、あなた方は、そうまで」
 影主が戦慄く掌で顔を覆い、掠れる声を振り絞る。
「未来は変えられない?
 どうかな、一緒に試してみない?」
 ルアを抱き起こすスケキヨの口元が僅かに綻ぶ。
「私に、どうしろと言うのですか――」
 今度ははっきりと、少女が言葉を紡ぐ
「お義父様。もう……やめて」
 震える影主にラインハルトが歩み寄り、影主をその背にかばうように膝をつく。
「可能性1、影主さん、及びエスターテさんの命は“私達以外”に狙われている」
 彼等が誰かに命を狙われているのを、警戒しての事だ。
 だが、そうではないようだ。ならば。
「可能性2、貴方達は明日ショッピングモールで私達と戦わないと不利益を被る」
 耳元で囁く。
 どちらも違う。
 だが、いずれにせよ。
「その運命、私達が覆してみせるのであります」
 澄みきった、少女の声に――
 男の遠い記憶の彼方に、七十年の歳月で忘れ去られた思いの片隅に、今、光が満ちた。

 ――ならば賭けてみてもいいのだろうか?

 音もなく、影が崩れる。
『影主』夜想鏡示は血が染みるアスファルトにゆっくりと沈んだ。

■シナリオ結果■
大成功
■あとがき■
 Braaaviii!!
 御目出度う御座います。

 リベリスタの皆さんが凶悪な敵と相対している最中に、pipiは字数と激闘しておりました。
 初めに行った判定の様子から、明らかに文字が足りないと分かっていたため、泣く泣く様々な場面を切り捨てる執筆となりました。
 なんと場面を想定の半分程度に圧縮することになりましたが、それでも尚足りないとはッ!(ぐぐっ)
 無念さもありますが、同時に大変嬉しかったです。
 これは皆さん全員の素晴らしいプレイングのお陰です。
 執筆が楽しくて仕方ありませんでした。
 ご参加、本当に有難う御座います。

 MVPについては、今回は胸打つプレイングに送らせて頂きました。

 長々となってしまいましたが、皆さんと再びご縁のあることを願って。
 pipiでした。