●Gluttony kills more than the sword. (大食は剣より多くの人の命を奪う) ――英語のことわざ ●グラトニーガール・コマンド・ザ・アンツ 2013年 2月某日 神奈川県 某所 複合型のショッピング施設を擁する広大な敷地。 その一角に造られた公園も、夜中の今とあっては閑散としていた。 ポールの頂点に乗った洒落たデザインの時計が示す時刻は、既に深夜一時を過ぎている。 時計と同じく洒落たデザインの金属製オブジェを囲むように作成されたリング状のベンチ。 大理石で造られたそれには、少女がたった一人で座っていた。 歳の頃は十代だろうか。 目鼻立ちははっきりしており、化粧映えしそうな顔だ。 本人もそれを自覚しているのか、メイクも服も昨今の流行を押さえている。 唯一少女らしくないのは、彼女が右手に持つスポーツ新聞だ。 彼女が目を落としている見出しには、黄色い巨大なゴシック体で『マジック我妻突然引退、か?』の文字が躍っている。 可愛らしい少女が真夜中にたった一人で公園でベンチに座っているスポーツ新聞を読む。 それだけでも、あまり普通とはいえない光景。 だが、実際はそれ以上に普通でない風景が彼女の周囲に広がっているせいで、彼女がそこに一人でいることなどさしたる問題ではないと思える。 少女の周囲には大量の空き容器が散乱していた。 おにぎりやサンドイッチ、ハンバーガー等の包み紙み。 弁当やフライドポテト等の空箱。 空になったポテチの袋やチョコレートの包みや箱。 膨大な食品の空き容器が、彼女の周囲を埋め尽くしていた。 その量たるや、軽く数人分の腹は満たせるだろう。 この少女が苛立ちをぶつける為に、ゴミ箱を倒してぶちまけた――。 件の光景を見た者の中には、そう思う者もいるだろう。 だが、公園内にあるゴミ箱は悪戯防止の為に固定式になっており、蓋にも鍵が付いている。 そして、今も街灯の光を受けている彼女の唇や指先は、付着した油で光っているのだった。 少女は新聞紙を持つ右手とは反対の手を口元に近付けると、付着した塩分を吸いつつ舐める。 指と唇が密着し、小さく音を立てた瞬間、複数の足音が響いた。 「おうおう、家出娘か何かか?」 足音の主は不良行為青年たちと思しき男たちだ。 彼等は自然な動作で少女を取り囲むと、下卑た笑い声を上げる。 「ここじゃ物騒だし寒い。なあ、こんなとこにいないで俺達と遊ぼうぜ?」 リーダーと思しき男が下卑た笑い声を上げて近付くと、彼の仲間たちも自然と近付く。 彼等は自分達の意図を隠しもせず、包囲を狭めようとしているのだ。 少女がスポーツ新聞から顔を上げると、男たちの中の一人が声を上げる。 「おっ! この娘知ってるぜ。たしかこの前、テレビに出てたアイドルだったような」 これから乱暴しようとしている少女がアイドルだとわかり、男たちの欲望は更に激しいものとなる。 しかし、少女は平然とそれを受け流した。 「待ってる相手がいるからパス。これから夜食を持ってきてもらうんだ」 それでも男たちは絡むのを止めない。 「それって彼氏? ならその彼氏も一緒に遊ぼうぜ?」 更にまた接近する男たち。 「違うよ……なんだろ、多分、強いて言うならシヨーニンとかそういうやつ」 少女の返事はそっけない。 するとリーダーの男が彼女の右中指にある指輪に気付いた。 黒光りするその指輪のディティールは暗くてよく見えないが、小さな金属部品を繋ぎ合わせてリング状にしたものらしい。 「おう、随分と高そうな指輪じゃんか。これも彼氏に買ってもらったのか?」 すると少女は再びスポーツ新聞に目を落とす。 「彼氏じゃないし、買ってもらったわけじゃない」 やはりそっけなく言う少女。 返事というよりは独り言のようだ。 そして彼女はやおら立ち上がる。 「ん? トイレか?」 下卑た笑いを浮かべながら聞く男に、少女は淡々と答える。 「違うよ。アイドルはトイレ行かないし」 一方、男たちは彼女がアイドルの上に金持ちの娘だと思ったのか、より一層、欲望をたぎらせる。 「アイドルで箱入り娘か、こいつは未使用間違いな――」 遂に我慢しきれなくなったリーダーの男が彼女の肩に手をかけようとした時だった。 何かが動きまわるような異音が真夜中の公園に響き渡る。 どうやらこちらに近づいているようだ。 少なくとも人の足音ではない。 しかも、その奇妙な音は一つではなく、無数に存在するようだった。 「一緒に遊ぶの、考えてあげてもいーよ。ただし……」 相変わらず少女は紙面を見たままだ。 「……あの子たちよりも、あたしのお腹を満たせるならね」 その瞬間、男たちは凍りついた。 公園の茂みをかき分け、四方八方から出てきたのは、大型犬ほどのサイズがある巨大な蟻だった。 蟻たちは皆、食品を大量に抱えており、その目は一様に少女を見つめている。 周囲の男たちが彼女に危害を加えようとしていたことを察した蟻たちは一斉に食品をその場に置くと、我先にと男たちに襲いかかった。 数分後 蟻の顎や怪力によって一人残らず半殺しにされた男たちを尻目に、少女は運ばれてきた食品に手を付けていた。 食事の途中、彼女は上着のポケットから封蝋がされた封筒を取り出す。 「さ、こっちのお仕事もしないとね。あんなお皿が手に入るなんて楽しみ」 一人呟き、彼女は食事を再開した。 ●グラトニーガール・ガナ・スティール・ワンダフル・テーブルウェアズ 2013年 1月某日 アーク ブリーフィングルーム 「みんな、集まってくれてありがとう」 アークのブリーフィングルームにて、真白イヴはリベリスタたちに告げた。 「今回は先日の事件でアークが無事に回収したアーティファクトを守ってほしいの」 淡々とした調子で語りながら、イヴは端末を操作してモニターに画像を表示する。 モニターに映し出されたのは、皿をはじめとして丼や小鉢など、五種類が五つずつ。 都合二十五個の食器類だ。 「『美味なる気配ピアッタ』。盛り付けた料理を美味しく見せる力を持ち、餓死した魂から発生したE・フォースを引き寄せてしまう副次的な効果も持つ、食器のアーティファクト。アーク保有の研究施設に保管されているこれをフィクサードが狙ってくるの」 何人かのリベリスタが頷く。 彼等の中には、この食器についての話を聞いたことがある者もいるようだ。 「敵はアーティファクトを蒐集、悪用する組織――キュレーターズギルドの所属よ。彼等も『ピアッタ』の情報は掴んでいたようだけど、一足早くアークが回収することができたの。そして、先を越された格好になった彼等は、今度こそ手に入れようと奪いに来るというわけ」 そう説明すると、イヴは端末を操作して画像を切り替える。 次いで表示されたのは十代中頃から後半と思しき可憐な少女だ。 画像を見たリベリスタの中には、声を上げるものもいる。 「別件でアークが捕縛したフィクサードであるマジック我妻。彼と同じく、この少女も表の顔と職業を持っているわ。最近、深夜番組に出始めたから知ってる人もいると思うけど、彼女――黒山アイリはアイドルタレントよ」 確かに、アイリの可憐な見た目はアイドルと言われても頷ける。 「最近は色々な個性のついたアイドルがいるみたいだけど、アイリもその一人。とてつもない大食いで、番組の企画でもそれを披露しているわ。そのおかげか、『フードル』なんて呼ばれるらしいけど」 語りながら、イヴは画像を消して映像を出した。 アーク諜報部が集めたであろうその映像は、アイリが出演しているバラエティ番組のものだ。 「そして、彼女は組織から、実に相応しいアーティファクトを与えられているわ」 映像は終了し、再び画像に切り替わる。 私服姿のアイリを写したと思しき画像は、すぐに手元へとトリミングし、どんどん寄っていく。 やがて拡大された右中指と黒光りする指輪が大写しになる。 その指輪は鉄細工の蟻が前の蟻の足を掴んで連なり、それが一周してリング状になっているデザインだ。 「これが彼女のアーティファクト――『巣穴を統べる資格』。使い手の胃の中にある食べものを材料として巨大な蟻のE・ビーストを生成するこれを使い、彼女は蟻たちに食品を集めさせているの。大食いの彼女なら大量の蟻を生み出せるから、まさに相性は抜群ね」 再び画像から映像へと切り替わる画面。 どこかのスーパーマーケットの監視カメラのものと思しき映像の中では、シャッターを怪力でこじ開け、或いは怪力で持ち上げた石を叩きつけてガラスを割った蟻たちが大挙して押し入り、食品と言う食品を強奪して去っていく。 「それと……」 映像が流れる中、ふとイヴは何かを言おうとして躊躇う。 その後、言う気になったのか、イヴは口を開いた。 「……実はこのアーティファクト、副次的な効果があって――ほら、胃の中にある食べ物は蟻を生む媒介となって消失するし、当の蟻は身体の外に出現するわけだから、その、これを使うとトイレに行かなくてもよくなるの。……別にそれだけ」 監視カメラの映像が終わると、イヴはリベリスタたちに向き直った。 「今回の任務は『ピアッタ』の防衛と黒山アイリの撃退。彼女には戦闘力はあまりないけど、食べ続けられる限り蟻を生み出せるし、蟻たちはアイリの言う事を聞く上に大雑把な命令なら理解できるから気をつけて」 イヴはリベリスタたち一人一人の目をしっかりと見据え、言った。 「せっかく無事に回収できた『ピアッタ』が再び世に放たれることも、フィクサード達に悪用されることもあってはならないこと。『ピアッタ』が奪われたせいで罪の無い人々が傷ついたり悲しんだりするのを防ぐ為にも、みんなの力を貸して」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:常盤イツキ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年02月06日(水)23:11 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● アークの所有する、とある研究施設の付近。 そこで『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)はただ一人物陰に隠れ、これから現れる敵を待ち構えていた。 舞姫は、異能の力で夜目と遠目が可能になった目をこらす。 しばらく見張り続けていると、こちらに向かってくる人影が僅かに見えはじめた。 人影は手勢を引き連れているようで、その足元では七つの影がうごめいている。 こちらに向かってどんどん近付いてくる人影――アイリを阻止するべく、舞姫はは脇差を抜き放って斬りつけた。 「……ッ!? 庇って!」 かろうじて舞姫に気付けたアイリは咄嗟に一言を発する。 それを受け、舞姫との間に飛び出した一匹の蟻がアイリを庇う。 飛び出すのが精一杯だったのか、蟻はろくに防御姿勢も取れない。 不意打ちをかけてきた舞姫を、アイリは剣呑な表情で睨みつける。 「……あんた誰? ただの通行人じゃないのは間違いないけど。まさかあたしの邪魔するつもり?」 八対一という状況にも関わらず、舞姫は平然と言った。 「その通り。あなたの邪魔をするつもりです。ここから先は通させません」 「それどれくらいマジで言ってんの? このままやれば、あんたはこの子たちにボッコボコだよ」 「別に構いませんよ。この程度の戦力差などあってないようなものだというくらい、少し考えればわかりますから」 思わずアイリが顔をひくつかせると、舞姫は更に畳みかけた。 「生憎、私は食べる事しか頭にないあなたとは違いますから――失礼、脳ではなく胃袋で思考してるような人ですから当たり前のことでしたね」 アイリを挑発しながら、舞姫は余裕の物腰で歩き、自ら相手の射程へと近付いていく。 「せめて正確な戦力差くらい判断してからでも私と戦うのは遅くありません。ここで待っててあげますから、トイレにでも行ってゆっくり考えてきてはどうですか?」 その言葉がきっかけとなったようだ。 今まで睨みつけるだけだったアイリが右手で舞姫を指さす。 「手加減なしでいいわ。あのコ、やっちゃって」 その命令を受け、蟻たちが返事をするように顎を打ち鳴らした。 アイリに随行していた七匹の蟻が一斉に舞姫へと襲いかかる。 「手加減なしは、こちらも同じです」 蟻たちを一匹たりとも欠かさずに引きつけながら、舞姫は走り出した。 舞姫が蟻を引きつけ、アイリから引き離しにかかってから少しした後。 研究施設へと近付いて来たアイリの前に、今度は『破壊の魔女』シェリー・D・モーガン(BNE003862)たちが立ちはだかる。 「キュレーターズ、接触はこれで二度目」 何かを思い出すように呟き、シェリーはアイリを真っ直ぐに見つめる。 「……フードルか。我妻もそうだったが、よもやおぬしらは社会的地位を持った者の集まりなのか? それならば、キュレーターズなどという大層な名づけも頷ける。ならば、妾はさしずめ“魔道のアーキビスト”と言ったところか」 問いかけられて、アイリもシェリーの方を向いた。 「よくわかんないけど、有名人ってこと? まぁ、確かに表の世界で有名なフィクサードの人もそこそこいるにはいるけどね」 一応、シェリーたちを警戒しながらも、アイリは肩掛けのポーチに手を突っ込んで悠々と会話していた。 ポーチから出した手にはチョコバーが握られているが、即座に頬張らないあたり、まだ余裕があるということだろうか。 一方、アイリが口にした『フィクサード』という単語に、『ファッジコラージュ』館伝・永遠(BNE003920)が激しく反応していた。 「フィクサード! なんと甘美な響きでしょう。僕のこの心の中にあるのは恋愛感情と似て非なる愛憎感情。歪んで、汚くも美しい愛情、受け入れてくださいますか? アイリ様」 興奮した様子で語る永遠を前に、今まで余裕の笑みを浮かべていたアイリは思わずぎょっとする。 驚いたと同時にたじろいだのか、手にしたチョコバーには指がめり込んでいた。 「な、なにこの子……!? おかしいんじゃないの!?」 うろたえつつも、アイリは気合いを入れるように、右手のチョコバーを数秒で頬張る。 満足そうに息を吐くアイリに、今度は『レディースメイド』リコル・ツァーネ(BNE004260)が語りかけた。 「フードル様でございますか……給仕しがいのあるお嬢様でございますね! 僭越ながらテーブルマナーをご指導致しましょう!」 メイド服という格好のリコルに言われ、アイリは咄嗟に彼女を見つめた。 「ちょ、あんた何言ってんの? この状況でテーブルマナーなんて関係ないでしょ。てかそれコスプレ!?」 咄嗟に言うアイリの口端はチョコの欠片だらけだ。 あれだけ激しい食べ方をしたのだから無理もない。 「淑女たる者、立ち食い等もっての他にございます! それにお食事の後にはお口をお拭きくださいませ」 はっとなって左手で口元を押さえたアイリだったが、すぐに鼻で笑うように言い返す。 「なら、今からいっぱい蟻の子たちを出してあげるから、テーブルマナーを指導してあげてよ」 アイリが蟻を生成するよりも早く、リコルを援護するように『渡鳥』黒朱鷺 仁(BNE004261)と『TwoHand』黒朱鷺 輪廻(BNE004262)が歩み出て彼女の左右へと並ぶ。 「この間、蟻を相手にしたばっかりなんだが。数の暴力は厄介極まりないな。まったく、面倒なことだ」 おやつ代わりに饅頭を食べながら言うと、仁は残る一口を放りこんでお茶で流し込んだ。 「仁様、紳士たるもの立ち食いはいけません」 律義にリコルが注意すると、仁は頭をぽりぽりとかく。 「ああ、すまね。おやつ代わりに食べてたんだが、黒山の嬢ちゃんが思いのほか早く来たもんで、食べるのが間に合わなかったんだわ」 そんな仁にちらりと目配せすると、輪廻も口を開いた。 「表世界の顔を持ったフィクサードか。こうも続くと他の連中も食い込んでいると考えるのが妥当か。アイドルだか何だか知らんがどうでも良い。 私は戦えて、仁と暮らせるならソレで満足だからな」 すると仁は嬉しそうに微笑を浮かべた。 「泣かせること言ってくれるじゃないか。娘にそこまで言ってもらえて、親父としては感無量だ」 仁が二挺拳銃を構えると、それに合わせて輪廻も同じく二挺拳銃を構える。 「さて……、仁。私とお前の初めての共同作業だ。下手をこいてくれるなよ?」 「娘の前なんだ。多少は格好付けさせろ」 臨戦態勢の二人を前に、アイリもおにぎりとサンドイッチをポーチから取り出して貪り始める。 その様子を見ながら、仁はふと問いかけた。 「随分と食べるんだな。そんなに美味いのか?」 「ほひほん。ほふはひゃひゃははへはひひ」 口の中を食品で一杯にしながら答えるアイリに、仁は更に問いかける。 「ところでひとつ聞きたいんだが、アーティファクトを手に入れてどうするんだ? 別に誰かに差し出す、なら問題ない。苦手なものでも美味しく食べたいなら納得もしよう」 この問いかけに、アイリは思わず黙り込んだ。 それを見逃さず、仁は畳みかけるように言う。 「好きこそ物の上手なれ、とは言うが、お前さん、口に入れば何でもいいのか? アーティファクトのおかげで、食事が単なる手段と化している印象を受けるがね。味わう気がないならピアッタを手に入れても一緒だろう――フードルの名が泣くな」 痛い所を突かれたアイリは、怒りの形相で食品を一気に嚥下する。 「言ってくれるね……!」 怒りの形相のまま、アイリはまたもチョコバーを取り出す。 そこですかさず『刹那の刻』浅葱 琥珀(BNE004276)が声をかけた。 「テレビ見てるぜ、本当にいつも食べてばかりなんだな。チョコバーなんかでグルメな君が満足してるの?」 食べる暇を与えまいと、琥珀は矢継ぎ早に話しかける。 「食べ過ぎて胃が足の方まで広がった芸人とかいるらしいが、アイリンは大丈夫? 無愛想な顔してるなよ、笑顔の方が可愛いのに」 しかしその言葉とは裏腹に、アイリは怒ったような顔をしてチョコバーを口の中に放り込み続ける。 それを見かねたように、『紅炎の瞳』飛鳥 零児(BNE003014)は、あくまで優しげな口調で声をかけた。 「大食いアイドルは、綺麗に美味しそうに食べるのが大事だろ? 汚く食い散らかすのはアイドルらしくない」 どきっとして無意識のうちに食事の手を緩めるアイリ。 チョコバーを持ったままのアイリに向けて、零児はなおも言葉をかける。 「アイリはアイドルとしての自分が好きなんだろう? だから、案外トイレに行かなくて済むその指輪を好んでるんだと思うんだ」 アイドルとしての自覚に訴えかける言葉のおかげか、アイリの食事ペースは更に遅くなった。 「こんな可愛くて仕事も頑張ってるなら、俺としては裏稼業とは決別してほしい。今後の活動のこともあるから、顔はもちろん、できればそれ以外の所も傷つけたくない」 やはりアイリにも思う所はあるのだろう。 チョコバーの残りを口に入れた途端、考え込むように黙ってしまう。 「こう言っては何だけど、その指輪がなければアイリの戦闘での価値は大きく下がるだろうし、組織からの仕事や束縛も減るんじゃないか? そうすれば裏稼業からは足を洗える。そして、それがきっとアイリの為にもなると思うぜ」 しばらく黙っていたアイリだったが、ややあって零児の言葉を振り払うように叫ぶ。 「わかってないね。あの組織にいれば、こんな凄い道具だってもらえるんだよ? なら、こっちのお仕事もしなり理由なんてないじゃん! それよりいいの? さっきの眼帯のコ、そろそろ殺されてるかもよ?」 威圧するように言うアイリ。 彼女の言葉通り、少し遠くにいる舞姫は既に傷だらけで、立っているのが不思議な状態だ。 回避に全力を注ぎ、なんとか持ちこたえてはいるようだが、逆に言えば防戦一方で攻撃はできていない。 「なら仕方ないな――舞姫!」 零児が落ち着いた様子で言うと、舞姫は避けながら頷いた。 零児たちのほうに向かって逃げてくる舞姫。 その背に七匹の蟻が追いすがってくる。 追いすがってきた蟻たちが仲間たちの攻撃射程に入った途端、舞姫は急加速した。 「It's time to make the sacrifice.」 蟻たちが一箇所に集まったのを狙い、シェリーはそこへと魔炎を放りこんだ。 魔炎に巻き込まれるまさにその瞬間、間一髪の所で舞姫は凄まじいスピードでその場から離脱する。 直後、魔炎は爆発と共に炎を撒き散らし、もろに巻き込まれた蟻たちが火だるまになりながら吹っ飛ばされていく。 かろうじて立ち上がった蟻たちだが、攻撃は魔炎だけでは終わらない。 シェリーに続き、今度は永遠が暗黒の瘴気を蟻たちに放ったのだ。 「僕にとっての痛みは愛情。傷ついて共に血を流して、貴女が僕を傷つけるならば、蟻様すらも僕の愛憎の行く先でございます。ほら、僕に愛されてくださいませ」 恍惚とした表情で永遠が放ち続ける瘴気を受け、もともと魔炎に焼かれて傷を負っていた蟻たちは次々に倒れていく。 「食べ物なんか口になさるよりも、僕の愛を口にしてくださいませ。その唇は永遠への愛を囁く為に、その喉は永遠への夢を語る為に、貴女はトワに永遠に愛される為に死ぬのです。蟻様だって一緒です。僕の愛に、この闇のように深き愛情に沈んでくださいまし?」 その頃、永遠の後ろでは、黒朱鷺親子が二挺拳銃を蟻たちに向けていた。 「戦いの場で悠長に食事か? 私が未熟なのは認めるが随分とナメられたモノだな――気に入らない。蟻共、貴様等はコイツでも喰らっていろ」 苛立たしげに吐き捨てて輪廻はトリガーを引き、仁もそれに続く。 既に魔炎と暗黒の瘴気で蟻たちは軒並み倒れており、かろうじて立っていた個体も二人からの銃撃を受けて動きを止める。 「仁、お前は前だけを向いていろ。背中は私が守ってやる」 ありったけの銃弾を叩き込んでリロードに入った仁の背後に立ち、背中を守りながら言う輪廻。 「嬉しいねえ。良い娘を持って幸せだよ」 すぐにリロードを終えた仁。 今度は輪廻がリロードに入り、仁が輪廻の背を守る。 ややあって再装填した銃をアイリに向け、輪廻は冷然と言い放った。 「主よ、我らを悪より救い給え。残酷なる我らの敵共を滅する力を貸し与え給え。――Armen。本当に残酷な者がどちらかは知らんがな。精々足掻けよ、フィクサード」 舞姫が蟻たちを一箇所へとまとめるように引きつけた後、準備を整えていた仲間たちの一斉攻撃で殲滅――。 その見事な連携により、気付けば蟻たちは全滅の憂き目に遭っていた。 「ウソ……」 唖然とするアイリだったが、すぐに気を取り直すと、新たな蟻を生み出しにかかる。 しかし、生み出された蟻はたったの一匹。 会話によって妨害されていたせいでそれほど多く食べおらず、大量の蟻は生み出せないようだ。 「極力傷つけないようにするが、多少は我慢してくれ」 「アイリンには傷ついてほしくないもんな」 それだけ言うと、零児と琥珀は一気にアイリに向けて走り出した。 敵をアイリに近付けまいと蟻が進路上に立ちはだかる。 「邪魔だ」 それだけ言うと零児は剣――もとい、それと思しき鉄塊を振りかぶる。 間髪入れずに繰り出した鉄塊のフルスイングで蟻を吹っ飛ばす零児。 それによって進路が開かれたチャンスを逃さず、琥珀は全力疾走でアイリの背後へと駆け寄った。 そのまま琥珀は彼女を羽交い絞めにすると、ポーチを奪いにかかる。 「離しなさいよっ!」 身をよじるも、なかなか羽交い絞めから抜けだせないアイリはベルトに挿していた短剣を抜き、琥珀の腕を斬りつける。 だがそれでも琥珀は手を離さなかった。 「アイリンが罪を犯すのを見てるってのも辛いんだ。深夜番組も面白くていつも癒されてる。ファンの勝手な言い分だけどさ、アイドルは綺麗なままでいて欲しいんだよ。だからここで譲るわけには行かないぞ。いくら斬られようともな!」 再びアイリが短剣を振り回して暴れるものの、琥珀は遂にポーチをもぎ取ることに成功する。 ポーチを抱えたまま転がって距離を取り、琥珀は完全に食品を取り上げた。 新たな蟻を出そうにも、食品がない。 焦ったアイリはその時、鍋が煮える音とカレーの芳香を感じ取った。 はっとなって振り向くと、その先にはリコルがセットしておいた携帯コンロと鍋がある。 アイリそれを凝視した瞬間、他ならぬリコルが彼女へと近付いた。 「隙ありにございます!」 全身の膂力を爆発させたリコルのパンチを腹に受け、アイリは短剣を取り落とす。 「少し痛いが、我慢してくれ」 既に蟻を片付けた零児は細心の注意をはらって手加減し、鉄塊の柄頭をアイリへと叩き付ける。 その一撃で、アイリはその場にくずおれた。 ● 「やはりか。大食短命というが、黒山は真逆だな」 もはや立ち上がるだけの体力もないアイリを見て、シェリーは何かを確信したようだ。 「どういうことだ?」 零児は自分の上着を敷いた上にアイリをそっと寝かせた後、彼女の手から指輪を外しつつ問う。 「胃で蟻の精製を行いトイレにも行かないということは、栄養を腸で吸収できていないということだ。不健康にも程がある。大方、今回の襲撃に際して胃の中身を全部蟻に変えてしまったせいで、飲まず食わずになってしまったのだろうな。腹を殴られたというのに吐瀉物の一つもないのがその証拠」 零児に説明すると、シェリーはアイリへと向き直る。 「アイドルがどんなものか知らぬが、ファンがついてくるかは、偶像者の努力に比例するのだろう。敬意に値するが、努力の方向音痴じゃ。もう少し、身の丈にあった努力をするといい。それを見ていてくれるファンもいるだろう」 そしてシェリーは小さく笑って付け加えた。 「ちなみに、妾はいつでも快便だ」 没収された指輪を見つつ、舞姫はアイリに語りかける。 「これでフードルは卒業。ついでに、フィクサードからも卒業したらどうですか? ――名案があります! わたしとデュオで、正統派アイドルを目指しましょう! 超銀河美少女の舞姫ちゃんといっしょなら、世界を狙えますよ!」 最初は憮然としていたアイリだが、舞姫の顔を見た途端に息を呑んだ。 「ふん! 自分で言っ――かわいい……これならいけるかも」 小声で呟くアイリの横では、琥珀が何度も頷いていた。 「いいねいいね。もし結成したら番組楽しみにしてる!」 その頃、すぐ近くでは永遠が泣きじゃくっていた。 「怖かったのですよぅ」 永遠を抱きしめてそっと肩を叩きながら慰めるリコル。 ほどなくして永遠が泣き止むと、リコルは皆に向けて言った。 「皆様お腹がへっておられますかと思いまして食堂でカレーの用意がございます! よろしければそちらへどうぞ!」 すると全員の視線が携帯コンロに向き、慌ててリコルは言った。 「あのカレーは食べられません! なにせ大量の下剤を仕込んでおりますので」 急いでコンロと鍋を片付けると、リコルはアイリを捕縛し終えた仲間たちを食堂に案内する。 「娘が無事で親父としても一安心……っと」 「私が下手をこくわけないだろ」 仲良さそうに言葉を交わし、黒朱鷺親子も食堂へと向かう。 一方、零児と琥珀は捕縛したアイリを連行する。 アイリは二人に向けて、照れ臭そうに言った。 「あんな風に言ってくれて嬉しかったよ。ありがと」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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