● ――私達は家族なのだ。 「ね、ねぇ……そんな怖い顔しちゃってさ、どうしたの……?」 目の前にいる人間は、私のよく知っている顔。 血の気の引いた真っ白な顔をさせながら、ふらりふらりと近寄ってくる。 「そこは危ないよ? はやく逃げなきゃ。もしかして足を怪我しちゃった? それなら私が負ぶって――」 言葉は最後まで続かない。途中で横槍が入ったからだ。 「邪魔だぁ!」 手にした大鎌を振り回し、現れた黒い旋風が周囲に這い寄る腕を薙ぎ斬る。 「ねぇ、何か言ってよ……!」 ソレらは、腕を失くしても僅かにも怯まずにこちらへと向かってくる。 時間がない。 「リーダー!」 「わかってる!」 仲間の声に怒鳴るように返して、目の前の家族の腕を無理やりに引っ張って脱出を図る。 ――どうして、こうなったのだろう。 深々と降り積もる雪の上に広がる、つんと鼻につく異臭と悲鳴が事の始まりだった。 ――私だって一つのグループを纏めるリーダーだ。最近の日本を取り巻く状況くらい把握している。 ついにここにまで来たかと、仲間と一緒に準備していた装備を持って外へと掃討に向かうために外へと出た。 戦えない子達は安全な場所に隠して、万全な体制を整えていたはず……なのに。 想定していた規模を遥かに超えた侵攻を前に、それはあっけなく崩壊した。 私達の隠れ家はその圧倒的な物量の元に見つけられ、蹂躙され、そして――家族の大半を奪われた。 折れたイスの足。割れた食器群。粉々になったテーブル。部屋のあちらこちらに見られる交戦の跡が、……生ける屍を相手に、必死に抵抗した痕跡が胸に突き刺さる。 「この子達の体はなるべく傷つけないで! それ以外を蹴散らして、早く奏者を見つけるわよ!」 生き残った子はほんの数人。もうこの状況になったら輪で囲うように守りながら奏者を見つけて叩く以外に術は無い。 数人の子を奏者の捜索に回して、残りの子等で守りを固めつつ亡者を薙ぎ払っていく。 ――私達は家族なのだ。 たとえその姿形が変わったとしても、その心はいつも一緒。 だから、今は悲しむよりも先にやらなければいけないことを果たす。 ともすれば沈み込みそうになる心にそう言い聞かせ、切って切って切って切り続けて、そして―― 「――え、?」 ぽっかりと、胸に穴が開く。 それは比喩表現なんかじゃなく。 「ど、して……」 私の胸から生えた腕が私の心臓を握りつぶす。 口から血を噴き零しながら、最後の力を振り絞って後ろを振り向く。 そこには―― あぁ、 「助けられ、なく……ごめ、ね……」 あの子が、私の胸から手を引き抜く。 支えを失って私の体は地面へと叩きつけられる。 失い逝く意識の中で、かすかに音が聞こえる。 甲高く、何度も何度も執拗に繰り返す、それは亡者を誘う黄泉還りの旋律か。 「みんな、……ごめん、ね……」 ――私は、私の手で家族を殺める道具となるのだろう。 ● 「えっと、……ケイオスとその『楽団』が日本とアークを狙っているのは、もう周知の通りだと思いますが……」 ブリーフィングルームに皆を集めた後、ひどく言いにくそうに『あさきゆめみし』日向・咲桜(nBNE000236)が口を開く。 「その彼の指揮に従うように、『楽団』の動きが活発になってきました。――少なくとも、水面下で下準備を行うことが出来るはずの彼らの動きを、万華鏡が観測することができたくらいには」 なるほど。他の場所でもがやがやと騒がしいのは、この件に関係してのことか。 「『楽団』が、日本全土に向けてゲリラ的侵略を開始しました」 それはあのジャックでさえも行わなかった行動。ケイオスは本気で、日本という国を壊しにかかってきている――アークを潰すために。 「それだけ、彼に認められた……ということなのでしょうが。正直、嬉しくはありませんね」 彼は全国の小・中規模程度の都市に向けて『楽団』を派遣させている。 より多くの恐怖をばら撒き、より多くの死体を求めて。そして何より『楽団』を肥大化させるために。 「すでに事が起こってしまっている場所もあります。……と、いうよりも。アークのリベリスタが現地へと辿り着く頃にはすでに大惨事となっている場合が殆どでしょう」 ですが、手遅れではありません。 「多くの灯火は潰えてしまいましたが、まだ灯った火は残っているのです。それを守るために全国に散らばるリベリスタがすでに動き出しています」 そして、フィクサードや主流七派の陣営だって静観はしていない。 自らの目的と反する『楽団』に対して、七派は事実上の対決姿勢をとっているというのだ。 よってこの件に関してコンタクトを測ってきた千堂遼一曰く、『裏野部』と『黄泉ヶ辻』以外の七派についてはアークと遭遇した場合でもこれを当座の敵としないという統制を纏めたらしい。 「七派の言について、信用できるのかと言われたらそれまでですが……今回、皆さんにお願いする区画に七派は現れませんので、安心してください。そこにいるのは――『家族』と呼ばれるリベリスタ集団だけです」 家族、ファミリー、一家。特定の名称を持たず、その中のメンバーは各々にそういった呼び名で自らを名乗っていたらしい。 主に孤児等を保護しながら、革醒者やそのフォローをする者の育成といった活動を行ってきた集団で、その名前からも分かるように家族同然に寝食を共にし絆を深めてきた一団だ。 「家族ならではのコンビネーションを売りとして、特に集団での活動に特化した集団……だったんですが」 そこで口を閉ざす咲桜に、リベリスタが首を捻る。 それを見て、咲桜は息を一つ二つをゆっくり繰り返し、覚悟して聞いてくださいと前置きを入れて告げる。 「この地域においてゾンビ化した死者はすでにこの家族がほぼ制圧済みです。ですが家族が内包していた非革醒者30名及び革醒3名が現在もゾンビとして周囲を徘徊しています。……彼らの弱点はその身内に対する甘さ、なのでしょうね。たとえその姿形が変わっても、家族を傷つけることは出来ないと……家族のリーダーだった女性はそう命令を下し、その後ゾンビ化した家族に胸を貫かれ自らもゾンビ化してしまいました」 その甘さは、ケイオス達に対して余りにも相性が最悪過ぎた。最悪で、そして致命的だ。 「現在、ゾンビ化した家族がこれ以上被害を広げないように食い止めつつ、数人のメンバーがこの譜面をなぞる奏者を探しているようです」 奏者を殺し、演奏を止めさえすれば死者は元の物言わぬ体へと戻るだろうと懸命に。 「ですが、数が追いついていません。奏者が新たに作り出すゾンビにまで割く手は無く、再びゾンビの数が増えつつあります」 だから、 「……この事態を収める手段として、皆さんにはいくつかの選択肢があります」 まず一つ目。家族と協力し奏者を見つけだし、その演奏を阻止する方法。 二つ目に生き残っている家族のメンバーを説得し、ゾンビ化した家族を含め周辺のゾンビを根絶やしにする方法。 そして三つ目に、――生きている家族のメンバー諸共周囲のゾンビと共に殺し尽くす方法。 「何故、三つ目の方法が選択肢として残っているのか……それは、ひどく簡単な話です」 彼らは、たとえゾンビ化していたとしても、自分達の大切な家族なのだと。 「説得を試みず、いきなりゾンビ化した家族を攻撃しようとすれば……彼らは皆さん方を敵とみなして攻撃をしてくるでしょう。説得を行っていたとしても、彼らが納得しないまま家族を攻撃すれば同じことです。……そうなれば、もう説得は通じません。殺し、殺され、そしてゾンビとなってその身がぼろぼろになるまで戦い尽くすでしょう」 そして覚悟しておいてください。 「現状では、この三つ目の方法を取らざるを得ない状況になる可能性が非常に高いです」 孤児であった彼らを絶望のどん底から掬い上げ、繋ぎ結んだ絆はそれほどまでに深く強いのだ。 「……奏者は、家族のメンバーがずっと探していますが未だに見つかりません。おそらく何らかの偽装をしている可能性が高いです」 奏者はこの区画全ての人間をゾンビ化させるか、期待以上の数に満たないと判断した場合にのみ撤退するという。 つまりゾンビ化した家族らを殺し、増えたゾンビを一掃できれば奏者を倒さずともこの件については解決することができる。 ――たとえそれが根本的な解決になっていなくとも。 「……選択肢は、皆さんに任せます。ただし、一歩間違えば、……いいえ、一歩間違わなくとも、皆さんの命をも含めて、危険に晒されることになるのだということだけは、決して忘れないでください」 よろしくお願いします、と。咲桜は深々と頭を下げたまま、リベリスタ達を見送る。 どうか、一人でも多く生きて帰ってきてくれるようにと祈りながら。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:葉月 司 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年02月09日(土)23:29 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●味方か、それとも…… 止む気配を見せない雪の中、向かうあう三つの集団があった。 一つは悲惨な未来視を受けて立ち上がりし我らがアーク陣。 一つはずっとこの地を守ってきた「家族」と呼ばれる者達。 一つはその「家族」らに取り囲まれた状態で呻き声をあげる、人を逸脱した集団。 その邂逅は瞬く閃光弾から開始された。 「誰だっ!?」 鋭く告げられる声は成熟した男性のもの。 「突然、悪いね」 その声に答えるのはアーク陣営――『Le blanc diable』恋宮寺・ゐろは(BNE003809)だった。 「アタシらはアーク。アンタらとちょっと話がしたくてね。……ま、ちょっとくらいの不作法許しておくれ」 そいつらの動きを止めておかなきゃ話もろくにできないからね、と。 代わりにというようにディフェンサードクトリンによる援助を申し出るが、すげなく断られる。 「……あんたらが、あの噂のアークか」 取り囲まれていた者――ゾンビ達の幾体かが動きを止めたのを確認して、先ほどの声の男がアークと対峙するように前へ出る。 その動きは渋々といった様子を隠しておらず、その様子に違和感を覚えさせる。 「あら、アークを知ってるのね?」 「モグリでもなきゃ、な……。ついでにあんたの名前も知ってるぜ」 そう言って視線で示す先は、おそらく今回のメンバーの中で一番の実力者だろう『重金属姫』雲野・杏(BNE000582)だった。 「光栄なことだわ。……私達のことを知ってるということは、言いたいことは大体わかってるわよね?」 「残念ながら、大方はな」 そう肩を竦める男の前に立ったのは、『ネメシスの熾火』高原・恵梨香(BNE000234)と『蒼き祈りの魔弾』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)。 その如何なる神秘も見逃さない幻想殺しの瞳が「家族」を、そしてかつてそうだった者達を見据える。 「この瞳はあらゆる偽りを打ち破る幻想殺し。疑いたくはないでしょうが、この中に『奏者』がいないかどうかを確認させてください」 無遠慮にねめつける非礼を詫びながら攻防戦を続ける家族達を一人ずつ確認していく。 「……ここに居てくれれば一番手っとり早かったけど、ね」 互いに目配せをし、ここにいる者の中に変装した者がいないことを確認しあい、わずかにため息をつく。 未だ疲れることを知らず、苛烈に動き続けるリーダーだった女性、そしてその女性を下した少年。この二人が特に怪しいと思っていたのだが……どうやら空振りに終わったようだ。 「……知人の姿をした者への攻撃を躊躇するのは人間らしいけれど。我々は……私達も、あなた達も、リベリスタ。戦士よ。感傷に浸る前に……為すべきことがあるんじゃない?」 その小さな胸にちくりと刺さる痛みを無視しながら、恵梨香が説得を開始する。 「『奏者』によって呪われし運命に囚われたご家族を、その苦しみから解放してあげること……。それが、残されたあなた達家族が彼らに……その安寧のために出来る唯一のことなんじゃないですか?」 『Lawful Chaotic』黒乃・エンルーレ・紗理(BNE003329)が家族が苦しんでいることをアピール――現に時折呻くその声はひどく苦しそうだ――して、 「厄介な話だ。俺も組の人間を殺すことになれば躊躇するだろう。だから気持ちは分かる。……それでも、俺らはリベリスタなんだぜ?」 その身に負った傷をおしてまでこの戦いへと参戦した『ヤクザの用心棒』藤倉・隆明(BNE003933)がその後押しをする。 ――この地に立つ者達は皆、同じ気持ちなのだ。 「……あなた達の家族はもう戻ることは無い、アレはあなた達の家族の抜け殻です」 この、生きている「家族」達を助けたい。だから――そのためなら、自らが悪者になったって構わない。離宮院・三郎太(BNE003381)がその決意の瞳を向けながら断言する。 「家族の絆。あたしは家族いなかったようなもんだし、正直羨ましい思いもあるけど……だからこそ、考えてほしいの。ここにはたくさんの一般人の「家族」がいるわ。大事な絆で繋がった人達。それを喪う事の辛さを、今の貴方達が誰よりも判っているはず」 だったらさ……! その感情を吐き出すように、『下剋嬢』式乃谷・バッドコック・雅(BNE003754)が叫ぶ。 「貴方達と同じ気持ちを、他の人にも味あわせてもいいなんで思わないでしょ!? 今は心を鬼にしてでも、他の家族達を、その絆を守る事に力を使ってよ!」 雅の声が雪に溶け、しんと静まり返るのは一瞬。 アークからのジャブに、男は「やっぱりな」と苦笑を返す。 「あんたらは、アークである前に……リベリスタなんだな」 その言葉の意味を噛み砕く前に、男は続ける。 「なぁ。俺らはアークという存在を知っていた。だけど、この火急の事態に至った今の今におけるまで、あんたらと接触しなかった――アークとの接触を避けていた。その理由がわかるか?」 その声がやや焦って聞こえるのは、「元家族」を押さえる男が抜けた穴を必死でフォローする家族らの声のせいか。 「――俺らはリベリスタである前に、家族なんだ」 アークと家族とでは、過程は同じでも行き着く答えは違うのだと。 「ここにいる奴らは、元々は孤児だ。親に捨てられ、世間に見放され、世界に絶望した奴らだ。それを……あいつが拾って育てるようになったのが始まりだ。そこからあいつが革醒して、周囲に伝播し始めたのがきっかけだ。……俺達は世界を救うためじゃなく、家族を守るために世界を助けてきた。リベリスタの肩書きはその過程でついたに過ぎない」 リベリスタという立場に固執していないのだと、明確に告げる。 「……もちろん、俺らの中にだって運命に愛されなかった奴はいた。そいつらは、俺と……あいつが自らの手でその胸を貫き弔ってやった。それはそうする他に手段がなかったからだ。だが今回は違う。こいつらを解放する術は他にある。だから俺らはそれに全力で挑む。この気持ちを他の連中に味あわせたいのかだって? はん、世界はくそったれだが俺らはそこまで腐っちゃいねぇ! 何のためにこいつらをここで押さえてると思ってる? これ以上被害を拡大させねぇためだろうが! それがなきゃ……俺らは全員でこいつらの仇討にいってらぁ……!」 まさに血反吐を吐くような叫び。 雅の叫びに劣らない、魂の慟哭。 ――なぁ、アーク。 ――なぁ、リベリスタ。 「俺らは……フィクサードか? それともリベリスタか?」 問われて、即答できる者はいなかった。だから―― がりがりと頭を掻きながら、隆明が前に出る。 「お前らがどっちかなんて俺にはわかんねぇ。俺はいい加減だからな。だが、俺らの邪魔をするってんなら……叩き潰す。ただそれだけだ」 握った拳を前に突きだし、揺るぎ無く構える。 「いいね、その心意気。――まさしく、俺達の心境そのものだ」 なぁ、俺達の家族にならないか? そんな風に嘯く男に、馬鹿を言えと苦笑にも似た答えを返す隆明。 「もう一度だけ問わせてください。あなた達の手で、彼らを……彼らの不幸から、苦しみから解放してあげることはできませんか?」 「このくらいの不幸も、苦しみも、いつも味わってきたことだ」 笑っているようにも泣いているようにも見えるその表情には、何一つ後悔の色はなくて。 「病めるときも、健やかなる時も、喜びも、苦しみも、……全てを分かち合うのが家族ってもんだろ?」 「そう、ですか……」 これで、交渉は決裂だ。 「……独りよがりの感傷に酔ってんじゃ救われるモンも救われないっつーの。……救えるモンも救えやしない」 本当に、可哀想。 この男も。この男の家族も。 「さぁ、『お祈り』を始めましょう」 たとえその祈りが届かぬものだとしても。 「いくぜ……!」 隆明がその先頭を突っ切り、得る物の何一つ無い、死闘が幕開く――。 ● この場に『奏者』がいないことがはっきりした今、恵梨香やリリの役目はここにはない。 「さ、さっさと見つけちゃいましょ。二人ともよろしくね」 自らの羽を使って恵梨香とリリをやや高い屋根の上へと運ぶ杏。 「助かります」 足下が雪で覆われている上に未だに降り続ける雪のせいで自力での上移動にやや不安を抱えていた恵梨香がお礼をいいながら行動を開始する。 深呼吸を一つついて、それから目を見開く。 遙か先をも見通し、それが無機物であるなら透視することすら可能な瞳。 幻想殺しとの併用のせいか、それともあまりの集中故か、ちりちりと神経が焼ききれるような違和感を覚え、それを振り払うためにさらに神経を集中させていく。 「では私は、あちら側を探してきます。……高原様と違い、足を使って探さなければいけないのは歯がゆいですが……もし何かありましたらご一報を」 雪の上でもしっかりと踏み込めることを確認してから、リリが強く踏み込み隣の屋根へと移動を果たす。 屋根の上から、少しでも多くの情報を得ようと耳を澄まし、目を凝らす。 「私もついていくわ」 杏がリリの隣にぴたりとくっつき同行する。 「一般人には家から出ないように呼びかけ……るよりも、同行してもらった方が安全かしら」 「そうですね。彼らの秘密基地だって暴かれてしまったみたいですし、家の中が安全とは言えません……」 もっとも―― 「生きている方がいらっしゃれば、ですが……」 ぎりっと歯噛みをしながら呟く。 叶うことならば、この手で。神罰の代行者として、生を踏み躙り、死を冒涜する者へ裁きを。 恵梨香が目を酷使し、リリと杏が駆け回って捜索を進める一方――恵梨香の足下では奇妙な状況が生まれていた。 「ホントに……やりにくいわ、ね!」 雅の放つバウンティットショットが、家族の放つそれと合わさり一般のゾンビの頭部を撃ち砕く。 「それが俺達と、あんたらの選んだ道だ。違うか?」 続いて家族のゾンビへと照準を合わせようとすると男が新たにつれてきた一般ゾンビを雅へと押しつける。 ――アークが来る前からずっと家族のゾンビを押さえ続けていた家族には、ある程度ゾンビの特性が理解できていた。 彼らは一般ゾンビはおろか、時に家族のゾンビすらも連携の中に組み込み、ひたすらに「時間稼ぎ」をしていた。 「一体……どういうつもりですか!?」 彼らの攻撃には戦意はあっても殺意はない。 倒れ込みかけた体にぐっと力を込めて、家族からの攻撃を避ける三郎太。 否、避けたのではない。避けさせられたのだと直感する。 「どういうつもりも何も……見たまんまだろ?」 家族らの戦闘指揮をとりながら、アークとの交渉役も同時に行い続ける男が口元を伝う血を拭いながら笑う。 「俺らの家族か、あんたらの仲間が……『奏者』を見つけるのを待ってんのさ」 少し離れた場所から、聞き覚えのある悲鳴があがる。 それは先ほどまでここで戦っていた家族の声。どうやらゾンビの誘導に失敗して……その波に飲み込まれてしまったようだ。 「……ちっ」 男の舌打ちがやけに耳に残る。 男が戦線を離脱し、ゾンビの誘導のフォローへと回る。 ――この奇妙な状況が始まって、もうどれくらいが経っただろうか。 既に生きている家族は5人を切り……ゾンビ化した家族も当初の半分以上まで減っていた。 「リーダー達……革醒者はもう抑えようとすんな! この戦域内だったら自由に暴れさせとけ!」 これ以上抑えておくのは無理だと判断した男が叫び、革醒者を抑えていた二人が頷く。 そしてリーダーの射程外へと脱出しようと試みて……また一人。リーダーの巧みな一撃によってその胸を貫かれた。 それは、この場をぎりぎりのところでなんとか維持し続けていたホーリーメイガスの少女だった。 「ぁ、あ……ぅ、……」 リーダーの大鎌は心臓を貫き、おそらく致命傷だろう。 だが少女は自らに癒しの奇跡を施し……一秒でも長く、生きようともがいた。 自らの「役目」を果たすために。 「きこ、える……! たか、い……とても、たかいおと……これ、は……声……? ずと、ひび……てる……きっと、ずっときこえてた……」 死と、自分以外のモノに浸食される恐怖に蝕まれながら、それでも必死に情報を集める。 家族を死へと追いやり、リーダーが最後に聞いていた、音の正体を。 「ごめ、も……げんか……」 「……つらい役目を背負わせた。すまんな」 少女の頭を撫で、そう労ってやるしかできない不甲斐なさに表情を歪める男に、少女は微笑む。 だが次に口を開くことはなく、そのまま意識は闇に落ちる。 「聞いたとおりだ。『奏者』は特殊な声を使って死体を操ってる……そっちの捜索者にもそう伝えろ」 少女の腕が男に向かって降りおろされるより速く男が距離を取り、アークのリベリスタ達に向かって告げる。 「さて、これでお互いに傷を癒す手段はなくなった。――余裕が、なくなった」 少女はこれまで、頻繁にではないが……それでも、自らを攻撃してくるアーク側に最悪の被害が出ないように、最小限の回復を行っていた。 だが、それもいよいよ尽きた。 「もう一度だけ聞こうか。俺達のことは放っておいて、『奏者』だけにターゲットを絞ることはできないか?」 これが最後通牒だと。男の背後ににわかに殺気が宿る。 「そっちこそ、こっちを殺す覚悟は出来てるのか?」 隆明が、ようやくとマスクの奥で笑む。 どうせやり合う結末に変わりないのなら、本気でぶつかり合った方がすっきりする。 「しかたない、な……」 渡せるだけの情報は全て渡した、と。言外にこれ以降の話し合いは存在しないと切り捨て、男が突進する。 交わす拳には先ほどまでにない勢いが乗り、隆明の意識が一瞬吹っ飛ぶ。 「はっ……目覚めの一発にゃちょうどいい!」 命を燃やして、痛みさえも置き去りにし全てを拳に乗せてたたき込む。 「声、ね……ずっと聞こえてるだって? これは少し集中しないとダメかね」 既に前衛も後衛も関係ない戦場。集まる音はどこも阿鼻叫喚の音ばかりで少女が言ったような声なんてどこからも聞こえない。 アーク対家族+ゾンビの構造が確定した今、戦力が欠けるのは危険な賭ではあるが……それを承知で、アークは勝負に出た。 ゐろはを一度戦域から脱出させて、音拾いに集中させたのだ。 その戦力の代わりに杏が捜索を中断し戻ってきて、リリもまた――既にフェイトを消費してしまっているゐろはの護衛に付くためにこちらへ戻ってくる手はずになっている。 リリが戻ってくるまで、恵梨香が上からゐろはの安全を確保する。 「…………!」 いつの間にか血が滲むほど強く拳を握っていたことに気が付いて、深呼吸を繰り返す。焦っても何も得られないのだと、自らに言い聞かせながら。 恵梨香がゐろはの背後に忍び寄るゾンビをいくつか破壊して、リリが到着する頃。 「声……声、ね」 ようやく、ゐろはがその「音」を拾い上げる。 それは集音装置を備えていてさえぎりぎり拾えるかどうかという、超高周波の音。もはや声と言っていいのかさえ怪しい、けれど言葉の旋律だった。 そしてそれは――恵梨香が先ほどから感じていた不快な違和感の元でもあった。 『あは……ようやく気が付いたんだね?』 旋律と共に聞こえてくる言葉は、同じく常人にはまず聞き取ることの出来ない音の高さ。ゐろはでも聞き取るのがやっとで場所の特定までに至らない。 『でも残念。面白かった演奏もそろそろ終演さ。舞台役者の皆様はお疲れさまでした♪ 戦力としてはもうこいつらは使いモノにならないけど……なかなか面白い見物だったよ』 くすくすと笑う声からは本当の感情が読めない。 『さて、それじゃあそろそろ退散しようかな。屋根の上にいる子に見つかったら大変だし』 「……サイッテーな奴だね」 逃げる『奏者』に聞こえるかどうかはわからないが、それでもゐろはの口が動く。 「いつか絶対、見つけ出してブン殴ってやる……!」 絞り出された声は、感情は、ここに立つ『リベリスタ』全員の総意だろう。 ――そう、今まだ立っていられるリベリスタ達の……。 「……こっちは、終わりました」 背後から三郎太の声が聞こえて振り返れば、そこには心身ともに憔悴しきったアークの仲間が居た。 立つのがやっとの姿の黒乃。壁に背を預け少しでも体力を回復させようとしている雅。最後に戦場に向かったはずの杏さえ。 誰一人、軽傷の者などいはしなかった。 「……ゾンビが全員いなくなって、探索に向かっていた家族が不信がってこっちに戻り始めてるわ。……急いでここから離れましょう」 恵梨香がそう言って皆を促す。 この状況で……彼らを説得する術を、今の自分達は持ち得ていないのだと。 「チクショウ……」 それは誰の呟きか。 「チクショウ……!」 呟きはさらに大きくなりながら、リベリスタ達は振り返ることなくこの地を去る。 その胸に大きなしこりを残して。 そのしこりと共に、いつか再び相まみえんと決意を新たに。 「覚えてろ。『奏者』……!」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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