● 日中の観光地を一人の女性が憂鬱げに歩いていた。彼女の歩みに合わせて、石畳から乾いた音が響く。 「全く、生きている人間というのはどうしてああも……臭うのでしょう」 軽くウェーブのかかった金色の髪に、まるでパーティーにでも出かけるような優雅なドレス姿。少なくとも、日本で見る事は稀な外見だろう。 そして彼女は『楽団』の一人であった。 その証拠に、歩を進める彼女の背後には“地獄”がある。 何の力を持たぬ者でも、それがどういうモノなのかは一目見ればわかるだろう。 そして。 何の力も持たぬ者には、それに抗う術はない。 偶然、彼女とすれ違った老夫婦が、腐りきった黒い腕に一瞬で絡め取られたかと思うと、悲鳴を上げる間もなく亡者達の中に押し込まれた。 偶然、その“地獄”と目が合ってしまった青年は発狂し、喉をひとしきり掻き毟った後に絶命。その後死体は音もなく飲み込まれた。 だがそうして順調に膨れあがっていく地獄に反して、彼女の顔色は未だ晴れることはない。何故なら、 「……臭いますわ。『まだ生きている人間』の臭いが!」 彼女が差し掛かった三叉路。その向こうに、彼女の敵を見たからだ。 ● 白黒のブロックチェック柄の燕尾服、そして同じ柄のシルクハットを被った長身の男が木橋を渡っていた。 時刻はちょうど正午を過ぎた頃。シーズンを過ぎたとは言え、観光地であるその場所にはまばらではあるが観光客の姿も見受けられる。 歩を進める彼の名は、ウィーマル・フランドール・ハーツ。『黄泉ヶ辻』が一人である彼がこんな時間に出歩くことは、かなり稀なことだ。 足元から聞こえる音が変わる。橋を渡り終えた彼の両隣には、妻入の建物がずらりと立ち並んでいた。 「最近現れタ『楽団』トかイウ方々のオ陰でヒジョーに動きヅらイノでス……しまイニは件の『楽団』ト間違われル始末」 当然のことながら、彼の容姿は恐ろしい程に周囲の風景から浮き出てしまっている。さらにあまり日に当たった事が無いような白い肌や、ボブカットに切り揃えられた生来の金髪もそれに一役買っているようだ。 「全く、人形遊ビに夢中ナアんな連中ト一緒にされルダなんテ心外デス! 私の力はもッとこウ、高尚なもノデあると言うノに――ねえ、そコノお姉サん。そウ思いマセん?」 ブツブツと譫言のように愚痴をこぼしていたウィーマルがふと、ある方向へ頭を向けた。 だが次の瞬間、何か醜悪なモノを見てしまったかのように、仇の姿を見つけたように。その表情は歪んでいく。 彼が差し掛かった三叉路。その向こうに、彼の敵を見たからだ。 ●トライアングラー・ファイト 「『福音の指揮者』ケイオスと彼が率いる『楽団』が日本とアークを狙い暗躍している事は、これまでの彼らの動きから知っている通りだ。 『楽団』が徐々に攻勢を強めていくであろう事は知れていたのだが、今回恐れていた事態が起きた――さあ諸君、厄介事だ」 大仰に両腕を広げ、何かの宣言の様に声を上げた『黒のカトブレパス』マルファス・ヤタ・バズヴカタ(nBNE000233)に、リベリスタ達の視線が集まる。 その様子を満足げに眺めた彼は、続けざまにこれから起こる“災害”とも言える事件について話し始めたのだった。 「ケイオス配下の『楽団』はこの暫く、自分が『演奏』する為の戦力――つまりは『楽器』を揃えていた」 国内の襲撃事件の頻発は、残念だがその全てを防ぎ切れるものでは無い。どれ程健闘しても、原資が“ロハ”のゲリラ戦を完封する事など出来はしないからだ。 結果的に一般人や革醒者の死体を得た『楽団』は確実に戦力を増強している。そして、万華鏡は彼等が大きく事態を動かすという未来を観測した。 マルファスが、フリーフィングルームのモニター前を歩きながら言葉を紡ぐ。 「それは、あのジャックでも行わなかった大規模な日本への壊滅的攻撃だ」 日本各地に『楽団』の戦力を動かしたケイオスは、全国の中規模都市に致命的打撃を与えようと考えている。無論、大量の死人が出れば『楽団』がより手をつけられなくなるのは言うまでも無い。 「無論、この動きに対して各地のリベリスタや国内主流七派をはじめとしたフィクサード陣営も、静観しているわけではない」 フィクサード達も事実上『楽団』とは対決姿勢にある。 よって千堂遼一曰く、主流七派については『裏野部』と『黄泉ヶ辻』以外はアークと遭遇した場合でもこれを当座の敵としない、という統制を纏めたらしい。同盟では無いにしろ、アークにも同様の統制を取って欲しいと告げてきたのである。 「そして、我等が室長はこれを了承した。今回、二派を除く彼等は事実上の友軍という形になる。 彼等が死ねば『楽団』に余計な戦力が渡るのだから、これは好都合と言えるだろうな」 カツ、と彼の歩みが不意に止まる。 「正直な所、ケイオスはこれまでで最悪の相手だ。だが、否、だからこそ見過ごす事は出来ない。 この戦いには、日本の秩序と平和が掛かっている……誇張でもなんでもない、これは言葉通りの意味だ」 マルファスの言葉が、静まりかえったブリーフィングルームに染み入るように響く。 「――望むところです。『楽団』の目論見は食い止めて見せます」 静寂を破ったのは『ディーンドライブ』白銀 玲香(nBNE000008)の力強い言葉。それに続くように、部屋のあちらこちらから頼もしい声が上がり始める。 その様子に一瞬マルファスは虚を突かれたような表情を見せたが、すぐさま、その口元は不敵な笑みへと変わっていく。 「……そうだな。ああ、諸君等はそうだった」 今回の敵は『楽団』そして『黄泉ヶ辻』。 黄泉ヶ辻に関しては、相手がアークであろうと楽団であろうと分け隔て無く襲いかかってくるだろう。 さらに恐ろしいのは、黄泉ヶ辻が戦闘中に一時撤退し、アークと楽団の決着が付いた後で漁夫の利を狙って再び襲いかかってくる可能性がある事だ。 一時も油断できない状況となるだろう。 風を切るようにマルファスの腕が強く、前方に突き出される。 「さあ、私は『運命』の岐路を示した! あとは君達が選び取るだけだ――征って、きたまえ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:力水 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年02月11日(月)23:59 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 三重県伊勢市。時刻は正午を過ぎた頃だ。 主に年末から正月にかけて大勢の人で賑わう観光地は、しんとした空気に包まれている。平時ならば、それは近郊に有名な社がある為だとでも語ることができるかもしれない。 しかし、 「人が集まってきては大変……」 今に限って言えば、『紫苑』シエル・ハルモニア・若月(BNE000650)が展開した結界の効力に他ならない。何せ、暫くもしないうちにここは死者と虚構が跋扈する戦場となるのだから。 だが今、その戦場に正しき力を持つ者達が歩を進めていた。 「三つ巴。巴紋は好きですが防御向いてないんです」 前髪で表情の読めない『弓引く者』桐月院・七海(BNE001250)が何かを諳んずるように、宙に視線を送りつつ呟く。 「まあ、どの勢力も狙いたい放題という訳で――思惑も全部燃え散らかしてやればいい」 吹いた風に、彼の髪がふわりと舞った。 「ついに楽団との全面抗争か……」 精悍な『侠気の盾』祭 義弘(BNE000763)の眼差しは、ただ前へと向けられている。 (怖気づいてはいられない。ここで踏ん張らなければ) 左手を力強く握りしめ、押し進む。件の戦場は目前に近づいている。 運命の三叉路。リベリスタ達から見て右手と左手に人影がある。 片や、目を狂わせるような模様の燕尾服を来た『黄泉ヶ辻』の男、ウィーマル。 「おやア? 今日ハ色んナ方々と出会いマすねェ!」 片や、背後に地獄を引き連れた『楽団』の女、フェレス。 「……臭いますわ。貴方達からも」 「遠方から遙々死体漁りとはご苦労なことだな。お前達のやることは、俺には全く理解不能だ」 「えっと、楽団の人は初めまして」 黒衣を翻して『無銘』熾竜 伊吹(BNE004197)が両腕の白輪『乾坤圏』を構え、盾扉を両の手に持つ『絶対鉄壁のヘクス』ヘクス・ピヨン(BNE002689)がぺこりと頭を下げる。 彼女が難なく持ち上げていた一対の盾を地に下ろした事で、周囲に低い衝撃音が走った。 「そちらは……ウィーマルですよね。お噂はかねがねウィーマル」 ヘクスの言葉に、ほウ、とウィーマルが声を上げる。 「エセ紳士風の人お久ー」 「ウィーマル、か。胡散臭い記事は未だに書いているのかな」 古い付き合いの友人にでも会ったかのように手をあげる『ハルバードマスター』小崎・岬(BNE002119)の隣で、『Friedhof』シビリズ・ジークベルト(BNE003364)が薄く微笑む。 「いヤァ覚エて下さッテイて光栄ですヨ。何ヶ月ブりで――」 「そろそろよろしいかしら?」 待ちきれなくなったのか、フェレスが肩をすくめつつ話に割り込んでくる。 「それに私、お喋りな方は嫌いです。早く黙って下さらないかしら――ああ、殺せば良いのですわね」 直後、三叉路に地獄が現出した。 ● 「あれが、ネクロマンシーの力ですか」 『ディーンドライブ』白銀 玲香(nBNE000008)の言葉に、リベリスタ達は改めてその“異様”を目の当たりにする。 所謂“動く死人”と言えば緩慢な動きを連想するが、楽団が操るそれは違う。彼らは、まるで訓練を受けた兵士のように戦場を闊歩するのだ。 「そして私の能力は『調律』。どんな寄せ集めの楽器だろうと、一流の音を奏でさせますわ」 リィン、と鳴る音叉の音に乗って、死体達の後方からフェレスの声が響く。彼女が持つ音叉型のアーティファクトが指に弾かれる度に音色を変え、同時に死体達の動きが変化する。 「まっタく趣味の悪イ……」 顔をしかめたウィーマルの周囲が歪む。彼もまた配下を呼び出したのだ。 黒煙のような人型が、白い仮面をつけて無数に立ち上る。噂になりきれなかった欠片達。その名をフラグメントという。 楽団と黄泉ヶ辻。呼びだした配下は互いに30。そして、楽団は黄泉ヶ辻へ。黄泉ヶ辻は楽団へ。さらに二つの勢力がアークへと向かう。 擦る様に、あるいは滑るように。地獄と虚構が行軍を開始する。 だが次の瞬間、リベリスタ達の眼前に直方体の巨大なブロックが飛び出してきた。 「邪魔するぜェ!」 轟音と共に滑り込んできたそれはアークと楽団、黄泉ヶ辻を物理的に分断する。よく見ればそれはトラックにも見えた。 しかし肝心なのはその上に人が立っていることだ。『影の継承者』斜堂・影継(BNE000955)の姿がそこにはある。 「今だ!」 声を発したのは影継。その意味をリベリスタ達は知っている。 ――戦場に一般人が取り残されている。 フォーチュナから聞いた情報を元に、リベリスタ達はまず一般人の救出を開始した。 「逃げろ!」 飛ぶように地を駆けたシビリズの叫びが、虚を突かれて呆けていた青年の意識を引き戻す。 「え、な、何……?」 目を白黒させている青年を、シビリズは敵の攻撃から庇いつつ誘導する。 一方では玲香が腰を抜かしていた老婆を背負い、もう一方では伊吹が親子連れの一家を自身が用意した4WDへ乗り込ませていた。 「誰だ君は! これはどういう……」 車に押し込まれた家族を庇い、父親が叫ぶ。だが伊吹の表情が揺らぐことはない。 「それでいい。お前はそうして家族を守ってくれ。俺達だけでは守りに限界があるのも事実だ。 そして、守られるだけでなく俺達を助けて欲しい。そうすれば俺達はお前達を全力で守ることができる。 ――頼む、守らせてくれ」 伊吹の物言いは、いつもの彼のままだ。それでも父親である彼だからこそ、同じく父親であるその一般人に伝わるものがあったのだろう。 その父親は頷きを返すと、伊吹の言葉に従った。まもなくして玲香が老婆を、シビリズが青年を車に乗り込ませる。 扉が閉まりきるのも待たず、伊吹の運転する4WDが戦場から勢いよく離れていく。 だが、爆音がリベリスタ達の鼓膜に突き刺さったのはそのすぐ後のことだ。 影継が設置したトラックが爆散したのだ。戦場は、目まぐるしく動きを見せていく。 「余所見の暇なんざ与えるか! ……だろ、ウィーマルさんよ」 トラックが破壊される少し前。 トラックの上に立つ影継の全身から噴き出した黒瘴が、敵陣を一息に薙ぎ払う。敵頭上にいるために攻撃範囲は広くなり、まるで影継の体から黒い巨翼が生えているようにも見えた。 しかし、影継から敵が見えるということは、その逆もまたしかり。 配下達に遠距離攻撃は無いものの、それらを操るフェレスやウィーマルにはある。 「派手ナパフォーマンスでハアりまセんか。デすが、目立ちすギルのは良クアりまセンネえ」 「わざわざ出てきて下さるとは有り難いですわ。貴方、良い死体になりそうですもの」 ウィーマルとフェレスが揃って影継に狙いを定める。確かに彼らは敵同士だが、だからといって影継を放置する理由はどこにもない。 ウィーマルが生み出した一振りのナイフが、フェレスが音叉から放った音波の弾丸が、影継の体へ撃ち込まれる。 「影継様!」 思わず体をぐらつかせた影継へシエルの回復が飛び、傷を癒す。だが敵二勢力の動きは止まらない。互いに対する攻撃の手を休めることなく、両軍の配下達が設置されたトラックを破壊し始めたのだ。 そうなればひとたまりもない。 「げっ、俺の大事なトラックを!」 影継が飛び降りると同時にトラックは破壊されてしまった。堰き止められていた敵が、一気にリベリスタ達へと押し寄せる。 「そこで止まってくれるか」 放った烈火を蓄えた無数の七海の矢が、敵対する者達へ降り注ぐ。敵の数が多いために動きの見えない敵には狙いを定められないが、それでも相当数の敵が魔炎に飲み込まれていく。 しかし、魔炎の向こうからは後続の敵が行軍を続けてくる。 それらは、リベリスタ側の前衛の数では到底留められるものではない。シエルと七海を守っているヘクスと義弘にも、当然敵の攻撃が届く。 敵一体一体の攻撃はさほどでもないが、それも数を連ねれば連撃となり、重撃となる。 「さぁ、砕いて見せて下さい。ねじ伏せて見せて下さい。この絶対鉄壁を!」 「侠気の盾を自称するだけの働きはさせてもらおう」 回復を受けつつ耐える両名だが、この状況では肉体的な忍耐よりも精神的な忍耐がものを言う。だからこそ彼らは、自らを奮い立たせるように言葉を紡ぐ。 「ヘクス様……どうか、ご無理なさらず」 「悪いね。でもその分仕事はする」 無論、シエルと七海も彼らの成すべき行動を成していく。それが、最後には最良の結果へと繋がるのだから。 「どっちも纏めてブッコロだよー、アンタレス!」 少し息を荒げた岬の暗黒が、敵を薙ぐ。白い仮面を砕かれたフラグメントが宙に霧散した。 「おーゥ、お嬢サん。モう少し丁寧ニ扱っテ頂けマセんカねえ?」 フラグメント達の後方からウィーマルが大仰な身振りで悲しそうな表情を見せる。 「高尚かどうかはともかくとして、楽団と比べればまだ面白く趣があると思うよー噂話」 「ほほウ、ゴ理解頂ケマしたカ!」 先程から180度がらりと表情を変えるウィーマルに、しかし岬は巨斧を地面に打ち付けて返答する。 「だ が 死 ね。比べる相手が溝底以下なだけで、どっちも死んだ方がいいのは明白ー」 背後に迫っていたボロボロの死体へ『アンタレス』を振り抜く。空を裂く音と同時に、死体の胴が喰い千切られたように消失した。 「残念デす……でハセめて、死体ニナどなラナいよウに一片モ残さズ殺シて差し上ゲマしョう!」 ウィーマルが腕を振り上げると同時に、リベリスタ達の上空へ無数の氷槍が出現する。一息も置かずに、それらはリベリスタ達へと降り注いだ。 ハイディフェンサーで守りを固めたシビリズは致命傷を避けるように鉄扇で氷槍を砕き、受け流す。 「楽しみだよ――全てこの手で叩きつぶせると思ったらな」 黄泉ヶ辻だろうと楽団だろうと、この男には関係ない。根本的な所で戦闘狂である彼には、勢力など些細なことなのかもしれない。 とはいえ、リベリスタ達には作戦があった。そのため、シビリズも死体を優先して攻撃を加えていく。 学生服に身を包んだ死体に、迷うことなく閉じた鉄扇を打ち付ける。傍目には軽やかに見えるその動作も、実際には全身の膂力を込めたものだ。その証拠とばかりに、破砕音と共に青白い肌を骨が突き破って露出する。 だが、そこへ聞こえてきたのは音叉の音色。攻撃かと構えたシビリズが目撃したのは、死体の露出した骨が逆再生のように内部へ戻っていく光景。フェレスによる援護だ。 先程までは柔そうだった死体の肌も、魔力で補強されたのか硬質さを増している。 「この程度、芸当にもなりはせん!」 怯むことなく、死体の拳を躱し、あるいは掠りつつも二発、三発と鉄扇を打ち付ける。 ごきり、と嫌な音と共に首を背中側に倒して死体が崩れ落ちた。しかしその背後から、押し出されるようにさらに死体が歩み出てくる。 すかさず鉄扇を振り上げたシビリズだったが、目の前のそれは突然飛来した一対の白輪によって大きく頭部を揺さぶられることとなる。 「すまん、遅くなった」 シビリズの横へ駆け寄ってくる男がいる。それは一般人を避難させていた伊吹だった。どうやら、首尾良く避難が完了したらしい。 だが、安堵はまだ出来ない。少々減ったとはいえリベリスタ達の眼前にはまだ敵が蠢いているのだ。 「ふむ、俺の分は残っているようだな」 白輪を腕に収めつつ、伊吹の眼差しが一際険しくなった。 ● 「ええ、こちらで」 「わかりました……!」 ガゴン! という振動を含んだ音が聞こえた先、そこにはシエルとヘクスの姿がある。 刻々と移りゆく戦場では一カ所に止まっているわけにはいかない。そのため、シエルは味方全員を効率良く回復できる位置取りに移動したのだ。無論、さらに防御を固めたヘクスの護衛あってこそである。 「癒しの息吹よ……」 シエルの言霊が紡がれる。月日を掛けた研鑽の結果会得した大いなる癒しの力が、遺憾なく仲間達へ向けられる。 (どうか……) 祈るシエルの眼前では、戦闘が新たな局面へ向かいつつあった。 玲香の多重残幻剣が周囲の敵を切り裂き、一部を混乱に陥れる。同士討ちを始めた死体に対して再び刃を振るいながら、玲香は周囲の敵に目を向けていた。 (フラグメントの方が死体より多い……?) その懸念は果たして正解だった。リベリスタ達の作戦は“死体の数がフラグメントの数より多く、かつフラグメントが半数以下の時に黄泉ヶ辻へ一斉攻撃を行う”というものだ。 これは死体の方がフラグメントよりも頑丈だろうと判断した上での作戦だったが、思った以上に死体の数を減らしてしまっていたのだ。リベリスタ達が用意した攻撃手段は確かに多人数相手には有効な手段ではあったが、それがかえって仇となったのかもしれない。 「ふぅム。何故かアークの皆さンニ避ケラれテイるヨうでスシ、こコは一旦引いテオキましょウか」 ウィーマルがフラグメントに指示を出すと、彼の退却を援護するようにフラグメントが壁を作る。 「ふフふ……デは後ホど」 彼の声と気配が消える。司令塔を失ったことで彷徨い始めたフラグメント達の向こうには、もう彼の姿はない。 それでも、まだ戦いは終わってはいない。 「一人逃しましたか。ですが、リベリスタがあと9人もいますし、良しと致しましょう。貴女も行きなさい」 “調律師”フェレス。 そもそも、今回の主な相手は彼女なのだ。 フェレスの側で壁として付いていた巫女服姿の死体が、そうとは思えない身のこなしで前衛に舞い出る。 しかし作戦が上手く運ばなかったとはいえ、逆にそのお陰で死体は大きく数を減らしている。戦闘開始時は死体に隠れていたフェレスの姿も、今ではハッキリと見えていた。 「だったら、いくしかないね」 七海の矢がフェレスを巻き込んで燃え上がった。 「ぐっ……!」 ほぼ初めて、フェレスの顔が苦痛に歪む。彼女の髪飾りが焼き切れると同時にはらりと地に落ちた。 「斬新な髪型ですね。それと臭いも強烈です」 嘲笑するでもなく。七海は無表情に言葉を告げるだけだ。 巫女の薙刀が七海へと向く。踏み込み、切り下ろされた刃を確実に義弘が止める。 盾で受け止め、メイスで弾いたその後を引き継いだのはシビリズだ。 「生者のしぶとさ、その眼でしかと捉えるが良い」 鉄扇と薙刀のせめぎ合う音が戦場に響く。二人の姿は、状況さえ違えば舞踊のようにも見えただろう。 先程と変わらず戦場を捲く影継と岬の暗黒は、主を失ったフラグメントを巻き込み、死体の数をさらに減らしていく。 「アンタの下僕にされた人達も皆、それぞれの命を戦ってたんだ。 それを踏みにじったアンタを、俺は許さねェ!」 フェレスの前に唯一残っていた死体を排除すると、足元に意識を集中した影継の姿が地中に埋もれていく。 ――物質透過による地中移動。 消えたその姿を追っていたフェレスの背後から、影継が飛び出す。 空を断ち、地を砕く勢いで放たれた裂帛を伴う一撃は咄嗟に身を捻った彼女の左腕を大きく切り裂いた。 「生者が私に触れるなんて……!」 右手に持つ音叉を鳴らし死体を操ろうとするが、決着を付けようとする影継が続けざまに大戦斧を振るい、間に合わない。 「こ、の――!」 上品に振る舞っていた女の姿はどこにもない。その表情は死に物狂いであがく、生者の顔だ。 音叉による攻撃が影継の頬を掠め、胴を貫き、掌を穿つ。血を零しながらも影継は吼える。 「覚えておけ! 斜堂の刃は地獄すら断つぜ!」 上段から振り下ろす一撃。 捨て身とも言えるそれが遂に、フェレスを捉えた。がっちりと袈裟懸けに食い込む戦斧に嗚咽のような絶叫があがる。 「私は、私は……ッ!」 すでに感覚など無いはずの右腕が音叉を構え、過たず影継の首筋を狙う。 運命が、動く。 「な、に」 音撃が影継の首を裂く。一拍の後に、夥しい赤がその場の二人を染めた。 思わず武器を取り落とした男を押しのけ、女は逃げる。 「死…たく……ない、私、……」 しかし逃すわけにはいかない。それだけの事を、彼女は行ってしまったのだ。 七海の『正鵠鳴弦』から、呪いが放たれる。吸い込まれるようにフェレスの胸に命中したそれが、二度と彼女を動かなくした。 「チケットを、払い忘れていました」 前髪に隠れた七海の視線の先で、楽団の女は静かに地に伏した。 カクン、と巫女姿の死体の動きが鈍くなる。その隙を逃さず、シビリズは巫女を叩き伏せた。 急所を強かに打ち付けた一撃が、その体を破砕する。 岬や伊吹、さらには義弘やヘクスも加わり、残りの死体、そしてフラグメントを片付けていく。 ――そうして、ようやく平穏が帰ってきたその時。 「デは、続きヲシましョウか」 ● 新たに呼び出されたフラグメント数体が襲いかかる。 運命を引き寄せ、シエルの回復を受けた影継を庇うようにシビリズが迎え撃った。 伊吹がフラグメントを払いのけ、ウィーマルに迫る。 何度も阻まれながらも、その拳は一度だけ彼に届いた。 口角から血を零し、憤怒の色に染まった眼を覚えている。 配下を盾にしたウィーマルの攻撃が何度もリベリスタ達へ降り注ぐ。 義弘とヘクスは蓄積したダメージで膝を突いた。 そして最後の配下を打ち倒した時。夥しい血を残してウィーマルの姿は消えていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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