●“ピアニシャン” -Non Pianist- 月明かりを寒気が引き立たせる宵の中。 硝煙が霧のように妖しくたちこめて、どこからかグランドピアノの音色が漂っていた。 バッハともモーツァルトともつかないが、美しく流暢に、しかしどこか気取った音色に、物言わぬ亡者が操られる様に群れを為す。 声にならぬ声のうめき声のコーラスが始まって、次にけたたましい銃声が鳴り響いても、ピアノの音色は塗りつぶされることなく朗々と響き渡り、魔性の夜を演出する。 嗚呼、死体の壁が水から出でて、フェンスを乗り越える。 悲鳴が混じる。 銃声が混じる。 咀嚼音が混じる。 また、悲鳴へと続く悪夢の調べ。 Amore e morte! ――嗚呼、汝。愛しき死よ! 専守防衛。世界最高峰の海軍戦力を誇る日本の。その一角が駐屯する基地に無数の死体が群がった。最新鋭の装備をあざ笑う様に、死体どもは歩みを止めず、はじけ飛んだ肉片も、手だけとなった肉片も、悉く歩みを止めず、黙して悪意を生者へと向けるのである。 現実と非現実の境界が、ここにあった。 現実と神秘の境界が、まるで夜の海か空の闇かを見分け難き境に漂いきて、果ては何処が現実で何処が非現実か、硝煙と夜霧の区別に苦しむほどに、朦朧とした混沌がここにあった。 「アイビス。状況はどんなだ?」 「はい、『係長』。各位、布陣完了しました。自衛隊員は退避中。強結界は展開済」 「負けたらかっちょわるいわな。終わったら全員にカレー奢ってやるって伝えてくれ。出るぞ」 「了解しました」 『係長』と呼ばれたスーツ姿の男は、粛々と配下に出撃合図を出した。 ●神奈川県横須賀 -Yokosuka- 「出撃だ。ケイオス・″コンダクター"・カントーリオ配下。『楽団』の軍勢を撃破する」 『参考人』粋狂堂 デス子(nBNE000240)は目的を淡々と告げて、ブリーフィングルームに8人のリベリスタに資料を差し出した。 「横須賀、久里浜駐屯地……」 資料に書かれていた名称に、驚愕を禁じ得なかった。 「そうだ。曲を演奏するように事件を起こす『楽団』が、攻勢を強めていた事は知れていたが、今回恐れていた事態が起きた、という訳だ」 神秘を秘匿する配慮が微塵もなく、日本の国防の上での要である所を襲撃するという話である。 「万華鏡は彼等が大きく事態を動かすという未来を観測した。高い隠密行動力を誇る彼等でも隠せない程の大きな動きだ」 資料を捲れば、日本各地に『楽団』の戦力を動かしたケイオスは全国の中規模都市に致命的打撃を与えようと考えている動きがみられる。日本中に蔓延り始めた恐怖と社会不安を、ケイオスは下ごしらえに十分と判断したのだろう。 それはあのジャックでも行わなかった大規模な日本への壊滅的攻撃そのものであった。 大量の死人が出れば『楽団』がより手をつけられなくなるのは言うまでも無い。また今回の件にしても、武装した自衛隊駐屯地が彼らの手に落ちれば、『楽団』が一層強大になる事は疑う余地もない。政治的にもダメージも深刻である。 「――だが、良い知らせもある」 オートマチックピストルのスライドを引いて、離して。ガシャリと鳴らし、デス子は言葉を続けた。 「各地のリベリスタや国内主流七派をはじめとしたフィクサード陣営も静観の構えを見せていない。リベリスタ達は言うに及ばず、フィクサード達も事実上『楽団』とは対決姿勢にある」 アークにコンタクトを取ってきた『バランス感覚の男』千堂 遼一曰くして、主流七派については『裏野部』と『黄泉ヶ辻』以外についてはアークと遭遇した場合でもこれを当座の敵としないという統制を纏めたという。 従って同盟では無いがアークにも同様の統制を取って欲しい旨が入り。時村 沙織はこれを了承した運びとなっていた。 「『裏野部』と『黄泉ヶ辻』を除く彼等は事実上の友軍という形になるだろう」 となれば、重要となるのは、今回の"友軍が何処か"である。 「友軍は『恐山』。通称、謀略の恐山。インテリヤクザではあるが、暴力に裏打ちされていない謀略など、張子の虎という事を、恐山の首領は良く知っているらしい」 謀略とは、外交カードを駆使して、目的を達成する"役"である。 ワンペア、ツーペア、フルハウス。…… 「友軍は、恐山が滅多に切らない"暴力"カードの一枚――商事という連中だ。『係長』『殺伐の境界線』、その配下という構成になっている。まあ、大分は使える戦力だろう」 資料の頁をはぐる。 地形が描かれ、友軍の位置も記されている。 「フォーチュナからは、『何か巨大な影が見えた』という忠告をもらっている。人手不足になりそうだからな。今回は私も出よう。表にヘリを用意させてある」 ホルスターにオートマチックピストルを入れて、次々にリベリスタの肩を軽くたたく。 「ま、気張り過ぎるな。信念だけでは何も生まれんからな」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:Celloskii | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年02月18日(月)23:05 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●混濁する鉄血と腐肉の臭い。海の匂い -Violent Flavor- 死体を汚物と共に埋めて火薬を作る、硝石丘法というものがある。 甘いようで、煙たいような匂い。海の臭いも混濁して、混沌して。そんなに臭いを出しているのか。鼻をただ、静かにくすぐるばかりである。…… ピアノの音色が朗々と響き、激しき銃声が乗る。 烈しき戦いの、吹き荒ぶ気魄の渦は、激烈と言わんばかりでありながら、まるでミュージカルの様に。 「くそ、三四郎め、『熊本なう』だと! 畜生め!」 恐山派のフィクサード『係長』は、此処に居ない人物に対して悪態をつきながら、死体の一体を殴り飛ばした。 『係長! 横です!』 人影が跳ね飛んだ。 『係長』が、部下――アイビスに対して視線を横に切った刹那、テレパスが飛ぶ。 ざばりと水音。がしりとフェンスを掴む音。そして一気に跳ねる。人影が次々に飛び跳ねる。 それは紛れもない死体。死体は縦横無尽に跳ね回り、人型のスーパーボールと形容できようか。四足獣のように獰猛な口を開き、喉笛めがけて跳躍する。 「ちぃぃぃ!!」 『係長』は銃口を死体の口に押し込む。辛うじて防ぐ。 ――ッタタン! リズミカルな銃声が、気魄の渦にエッセンスを加えた。 横から殴りつけたかのように、『係長』の眼前の死体は大きく飛ぶ。それだけではない。 中空にあって、未だ着地せざる死体も、側頭部に弾痕を受けて、跳ね飛んだ。 「バツイチ係長はお久しぶり~、今宵は味方だから安心してね♪」 『ヴァイオレット・クラウン』烏頭森・ハガル・エーデルワイス(BNE002939)が、硝煙をふっと一吹き、翼の加護で得た飛行からふわりと着地した。 「アークの援軍――って、よりによってお前かよ! クソアマ!」 『係長』とエーデルワイスは、接点があった。穏便な接点ではないものの。微笑めば、『係長』が微笑み返す程度に実力を知る間柄であった。 エーデルワイスの次に、着地した人影はアークの制服。俊敏に中央まで走り、両腕を胸前で交差させ大きく光を放出する。 「アークの新田快。そちらの千堂には、まあ色々世話になってる」 『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)が放った日の如き光が、誰も死ぬなという願いが、恐山のフィクサードに活力を与える。そしてアイビスを守る様に立ち、強固な壁となる。 『か、係長、アークの援軍、精鋭――』 「知っとるわアイビス!! 新田 快かああ、カレー屋の時の"アイツ"といい、呪われてんのかあ!? いや――」 アークと恐山とはこれまでも、何度か接点があった。 各々の情報共有も"それなり"に行われた背景がある。あるが故に、『係長』は快の登場に狼狽した。 抜きん出た知名度。かつてカレー屋で遭遇した、別のアークの有名人を思い出しながら。 「この場では、これ以上無い味方には違いねえか」とつぶやき、訂正する。 「早々で済まない、アイビス。アッパーユアハートを提案する。その代わり俺が庇い続ける! こいつらを止めるぞ」 快は事前にアイビスの生業は調べていた。こういう状況で最も良い戦術は何であるか。 『係長』はテレパスを無視して「やれ」と、アークの面々にも聞こえる様に返事した。 ショットガンの爆音が響く。 わざわざ近くで放った爆発が、死体のツラオモテを粉々に粉砕した。 硝煙と紫煙を混ぜた香りを、潮風にくべながら、『足らずの』晦 烏(BNE002858)は、飄然と。 「『係長』がカレーを奢ってくれるって聞いてな」 烏の覆面に描かれたギザギザの模様は、まるで不敵に微笑むかの様に。そして銃床で次の死体を殴打すると同時に、――りんと薬莢が鳴った。 「おめーらには言ってねえ! てかおめーも居るのかよ!」 「で、だ『係長』。こちらの情報は全部渡す。それからホリメ1名と殲滅要因1名程度を、恐山側から割いてくれ。後ろから挟まれる可能性があるんでね」 「ちぃ……! アイビス!」 『承知致しました』 アイビスのマスターテレパスの枠内にアーク全員が許可される。 瞬時に伝達される『この後の情報』。そして要員についてはすんなり承諾される。 「だからといってカレーは奢らねぇからな!」 烏は『係長』をぶち抜いた経験がある。無理も無い。 反論はしかし、エーデルワイスが「カレーは横須賀 麗華の作った奴を所望するよ~」と高らかに否定する。 『ぴゅあで可憐』マリル・フロート(BNE001309)が、鈴のような薬莢の音色を鳴らしてツーポイントのエッセンスに加える。 「ビスハ(ねずみ限定)で一番さいきょーのマリルちゃんがきてやったですぅ! ありがたくおもうといいですぅ! あの時は超有名でほっぺがとろけるくらい美味しいおかしを奪われてやったですが――」 「子ネズミ、もかよ……本当になんつーか。――ああ、そうだ。お嬢、喜んで食ってたぜ。あの菓子な」 「にゅ!? にゅふふふ。奪われた甲斐があったというものなのですぅ」 「やっぱ……お嬢――ストロベリーと同レベルな奴だ」 「ストロベリーと同レベルとかいうなですぅ!」 しかし、やるべきことがある。マリルは積もる問答を切り上げて、即座に駆け出した。自衛隊員の安否の為。新しい死体を増やさぬよう、突破した死体の駆逐にと。 『参考人』酔狂堂・デス子も、マリルの後を追って駆ける。尻目に『係長』とアイビスを据えて。 「久しいな、オフィサー二人。死ぬほど説教が積もっているが。この後のカレー屋を楽しみにしていろ」 乱射の音に飲まれぬピアノの音。りんりんと薬莢が落ちる音。駆ける音。 ここに、ごりりと。くぐもった鈍器の音色が放たれる。 「久しいなビジネスマン」 『Friedhof』シビリズ・ジークベルト(BNE003364)が、死体を一つミンチにした。いやさミンチに髪の毛は混ざらない。目玉は混ざらない。ミンチよりも酷い有様を作り出しながらも平然と、シビリズはかつて相対した間柄に話しかけた。 「あん時のイカれ戦闘狂もかよ……」 「あの特徴的な兵器は無いのかね。ま、構わんが。今宵は君達の壁と成ろう」 シビリズは楽しげに。血味噌の付着した巨大な鉄扇をシャリっと広げ、緋牡丹を散らす。 シャっと閉じ。次に、襲いかかる死体の眼孔にねじ込んだ。 「七派の人らと共同で日本守るってえぇよなぁ」 「あん?」 『レッドシグナル』依代 椿(BNE000728)が呑気な調子で、『係長』の背後の死体を撃ち抜く。 「うち、別にフィクサードやからって忌避してへんし、協力して分かり合える部分があるんやったらそれはえぇことやと思うんよ」 椿が、にこやかにスマイルを浮かべると、『係長』は苦虫を噛み潰した様な顔をして。 「ここで、んなこと言ってる場合か! おめーは!」 椿の横から飛び跳ねてきた死体の口中に『係長』が拳をねじ込む。 「……お前、名前なんだっけ?」 「依代 椿やけど、それがどおしたん?」 「別に。千葉の件と、いま熊本にいる妖怪箱詰め男のせいで知ってただけ」 「ちょま、その妖怪って」 『係長』は椿を無視して、アイビスのテレパスを介して指示を出す。 『仲がよろしいのですね……『係長』』 「へっ、うっせぇ。……アイビス。あれだ。"アレ"をかけろ。アークにも全員に」 『ふふ、承知しました』 恐山の暴力担当の二番手。凍イ出アイビス。 単体の戦力は大した事はない。無いが、人数が多ければ多いほどに戦力を増幅させるが故の、二番手であった。 『殺伐の境界線』がアークを交え施される。 敷設される最大限の強化が、快の神々の黄昏――ラグナロクを更なる高みへと押し上げる! 「けっ」 『クオンタムデーモン』鳩目・ラプラース・あばた(BNE004018)は、ラグナロクと『殺伐の境界線』の両方の追い風を受けたかのように、躍り出て死体の足を攫った。 硝煙を吹き消す時間ももったいない。足だけじゃまさに足りない。まるで、スーパーボールの様に跳ねまわるクソだと、胸中に毒づいて、腕部も悉く吹き飛ばさんとマガジンを交換する。 「楽団の「再殺」依頼は、わたしこれで4件目でしたっけ」 ダルマの様にのたうつ死体の腹部に蹴りを入れ、そのまま頭部を踏み砕く。さあ次だ。クソども。 ――全開、であった。 アイビスでは補いきれない力の消耗も、快のラグナロクが引き上げる。 細かな傷も癒される。恐山派の回復手の力も底上げされる。 後ろから新たな死体が湧く状況も、恐山から割いた戦力とマリル。デス子が抑え、挟み撃ちになる状況は生じない。射線は――あばたが切り開き、十分なクロスファイアが飛ぶのである。 引き千切られる肉。跳ねる肉。血味噌が絨毯の様に敷かれて敷かれ。 戦いは完全に、優勢であった。 ●幽霊鍵盤の男 -Pianician- 『不誉れの弓』那須野・与市(BNE002759)は、独り。橋にいた。 ギリギリの距離から矢を射って。 「……何故橋を使わんのじゃろうな。不気味じゃ」 この距離からでも、死体を削るには十分。しかし、ふと、気がついた。『気がついてしまった』。 森の中。 青白い炎に包まれ、ぼんやりと浮かび上がる鍵盤を。 それを流暢に、淀みなく演奏する一人の男。 鍵盤は幽霊――Fantasmaめいていて、現実味のない半透明。 男は謝肉祭の様な仮面をつけて、スマートな体型を燕尾服に包み。 「まぁ、わしの腕じゃしの……どうせこの矢は当らないのじゃがな」 与市は矢を番えた。 “ピアニシャン”は、演奏しながらこう思索していた。 軽歌劇(Operetta)は、古来より喜劇Comedyに所以する。 アークに恐山。 彼らの談笑もまた味となる。希望が大きければ絶望も深く。明暗は表裏の如く。 嗚呼しかし。 独奏(Solo)から、二重奏(Duo)から三重奏(Trio)。四重奏(Quartet)、五重奏(Quintet)。 空気が心を高ぶらせる。 六重(Sextet)、七人(Septet)、Octet八人、九重(nonet)! ――この昂ぶりも全て、この場は全て、私の掌だ。 ――抑えられようものか! ここからだ――ここからが――…… 「Amore e morte!! シルヴェストロ・“ピアニシャン”・コスタの演奏会へようこそ!」 ジャンッッと、鍵盤を乱暴に叩きつける。 流暢な音色が変幻する転調。 合わせたかのような、いやさ偶然か。狙ったか。与市は、流れるような動きで。自責の念ともつかない自身への負い目を忘却して。この時、この瞬間。筈巻(はずまき)から指を離した。 真っ直ぐに飛翔する鏑矢が、音を描き森の中で演奏する男の掌を、精密に貫いた。 ●嗚呼、汝。愛しき死よ! -Amore e morte- 今宵も我が手に従いたもう。 「再殺」依頼は、四を数え。 さあ来い、可愛げのないステーシーども。さっさと来い。 ――そして死ね! ――――『クオンタムデーモン』 -Laplace's demon- あばたは、いい加減うんざりしていた。 樹木に向かって死体を放る。嗚呼、射線のジャマである。嗚呼、ついでに樹木も壊してしまおう。粛々と。 そして、砕いた死体が空中で、団子のように固まっているのを見つけたのは、マリルであった。大きく後方に居たが故に。 果たして喧騒の中。大きめにミンチにした肉が浮いていく様を、見過ごすだろうか。 いやさ、世界最高峰の隠蔽魔術を駆使するケイオスの配下。楽団であるならば、隠蔽魔術の手解きを受けていてしかるか。 かつて史上最強の付与魔術師はこういった。 『往々にして災いは君の頭上から降ってくる』 「――あれをみるのですぅ!」 マリルの声と同時。 およそ10m程の高さの巨人が降ってきた。 『どこから出るか』という警戒は全員が持っていた。来る運命は識っていた。 しかして、それは"上"からやってきたのである。 バスケットの様に複雑に絡み合った背骨が骨格を形成して。 血管内臓筋繊維が混沌とした肉を練り上げる。巨人の指先は人の足で出来ている程にデタラメな屍肉の人形。とかくその顔は最もおぞましく禍々しい。 死体の眼球を、全て頭部に集中させたかのように、無数の眼球がびっしりとはりついている。 口にあたる部分にも口を開けばそこに眼球がある。 ――Amore e morte! 絶頂に達したかの様な男の声と、共に転調が走る。 走るがしかし、次に今まで場を支配していたピアノの音色が止んだ。 静粛。 死体の群れが止まる。銃声すらやがて静まり返り。そして理解する。屍肉は"まだ"動かない! エーデルワイスが、残る死体を蜂の巣にする。 椿がゴーレムを封縛する。烏が気糸の網を作動させる。封縛した巨人の四肢を、あばたがマガジンの全弾でもって端から削る様に血味噌を撒き散らす。一斉砲火。 シビリズと快が壁として前に出るには十分な余地。後方を片付け終えたマリルとデス子。恐山の二人も合流する。 与市は―― ――ピアノの音色が滑走した。 ゴーレムが動き出す。 与市は深いキズを負っていた。這いずる様に、陣地へと合流する。 椿が与市を見つける。 「ピアニシャンが居ったのか!?」 与市は頷く。ピアニシャンへの興味。 矢を放った直後に現れたゴーレム。颯爽と合流せんとした所で、背面から強烈な衝撃を覚えたのである。正確には、与市自身の骨が異形化した様に、"内側から"肉を破り突き出した傷―― 「ちょい誰か!」 椿は仲間に視線を切りながら声を上げる。直ぐに肉人形へと視線を戻すと、肉人形は封縛を力づくで破るかのように吹き飛ばした。 そして『気がついてしまった』。橋の上に人影――亡霊ピアノを携えたピアニシャン! 椿は、呪詛を込めた弾丸を、粛々と込めて。 肉人形の右腕が、上から下へ。ハンマーの様に振られる。 シビリズは、この肉のハンマーに合わせる鉄扇を広げてぶつける。一撃を受け止める。受け止めた直後に、肉人形の左腕が、快ごと巻き込むように薙ぎ払わんとする。 「フッ……いいぞ。肉人形! 歓迎しよう。盛大にな!」 大きな衝撃。快もシビリズも決して軽くない衝撃を覚え、口の中に鉄臭いものが湧き上がる。 快は鉄臭いものを吐きながら決意も吐く。 「退けるまで、絶対に退けない」 シビリズは鉄臭いものを飲み下して、奥歯を軋ませる。 「ハハハッ! ハハハハハッ! いやはや楽しくなって来たではないか! 腐った肉の塊共でも闘争を楽しめるとは。面白いッ!」 恐山のフィクサードの銃撃がつぎつぎのめりこむ。 次の瞬間、放った弾丸が表面から浮き出てきて、はじけ飛んだ。 長期戦でも支え続けた何人かのフィクサードが膝を着く。 「反射。しかも通常より強烈な――」 あばたの予想は的中した。削り裂く様に、狙い澄ました攻撃ならば反射は受けない。 「可愛げのないステーシーどもの塊め。さっさと来い。――そして死ね!」 見よう見まねで、マリルは掠らせる様に銃撃する。全くおなじ1$を撃ち抜く精密射撃でもって。 「さすがに死体には超必殺技はむつかしそうなのですぅ! せめて演奏者に破滅のオランジュミストを決める事ができればぁ」 『各位へ通達。アーク、依代 椿、那須野 与市より、楽団員の位置補足の情報。ポイントは――橋の上』 どちらを狙うか。 無論、肉人形を最優先で潰す事は、事前にブリーフィングで確定している事である。が―― 「どっちもジェノサイド! あはっはあhh!」 エーデルワイスが即座に飛び出して。鎖を放つ。絶対絞首。 椿が込めた呪詛の弾丸。エーデルワイスの絞首による封縛が、戦闘への介入を許さない。 そして狙いは肉人形に集約される。 束縛されて演奏もままならないか。肉人形の弱体は著しいように見えた。 あばたが重ねた的確な攻撃も、備わり。やがて―― 「『バーネッドフィールド』!」 『係長』の最大火力が肉人形を燃やす。しかし崩れない。 「よし、畳めお前等!」 「畳むに決まっておろう! ビジネスマン!」 びっしりと目玉が張り付いた肉人形の頭部に、シビリズが鉄扇を全力を打ち下ろす。 烏が股関節部位を狙い、連続した銃弾を叩きこむ。 反撃の弾丸を腹部に受けて、口中から血が舞って、タバコが消火される。新しく取り出して着火。ここでぐらりと巨人はバランスを崩す。 快が護刀を輝かせて、肉人形の胸部に突き刺せば、肉人形の内部から放射されるように光が漏れ出る。 「ねずみの根性をみせてやるですぅ!」 「ああ、やれ! マリル」 デス子が銃のバレル部分を握り、グリップ部分で肉人形の脚部を完全に砕いた時。 マリルの放った弾丸が、肉人形の決定的な所を貫いた。 : : : 「俺も、カレーに呼んでくれ」 背を壁に預け、快は『係長』に軽口を飛ばした。楽団員は去り一先ずは勝利と言えた。 「――チィ……わかったよ」 椿と烏から貰ったタバコを吸い終えた『係長』は渋々了承した。 「横須賀 麗華のカレーですよね? 『係長』?」 エーデルワイスは、三尋木派のカレー芸人の名を出す。 「恐山と三尋木派は連合組んでるからな。ツテはすぐだろうよ」 キャッキャするエーデルワイスに、拳を握る烏。 シビリズは屍肉との戦いに満足し、これ以上のサプライズがあるのならばと腕を組み頷く。 「――けが人がいるからな。近いうちに呼んでやるよ」 恐山派フィクサードとアークの面々は粛々、撤収する。 自衛隊員の被害は驚くほど低い。4人も割いた結果と言えただろうか。 いつの間にか晴れ渡った魔性の霧の向こう。 あばたは与市を背負いながら、親指だけ立てた右拳を下向きに。左から右へ切った。…… |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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