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<混沌組曲・破>濁流に逆らえ<北陸>


 河口に向けてそそぐ緩やかな流れ。
 その傍らにある巨大な空港は、異様と言ってもいい静寂に包まれていた。
「いやはや、全くもって寒い所だねぇ。こんなところに来たのはいくらモーゼス様の命とはいえオイラの失敗かねぇ」
 空港のロビー、そこに居る唯一の『生きた人間』はそう呟く。
 神経質そうにせわしなく周囲を見回す男。その口元に浮かぶのは嫌らしい笑み。
「しかし、その上で『アレ』を見つけてきたオイラは慧眼に値するとは思わないかね、チミィ?」
 傍らの影に問いかける。だが、帰ってくるのは沈黙と呻きばかり。
「アガァ……グァ」
 当然だ。その影達は、死体ばかりなのだから。
 だが、その返事にもその男……『楽団』員が一人、ゼベディ・ゲールングルフは笑顔を浮かべる。
「既に『楽器』の調律も済んだからねぇ。ここに来ようとも、準備は万全だし」
 ちらりと横を見る。そこに居たのはかつて、公園にて彼に殺された『リベリスタだったもの』である。
 無数の腕に無数の突剣を構えた異形と、無数の人間の足を継ぎ接ぎしたかのような2メートル近い無数の関節のある足を五本持つ異形。
 生前の面影は手を加えられていない顔くらいしかない。
「まぁ、死人をここまで減らされたのは多分リベリスタ達のせいだろうねぇ。全く、避難誘導に徹さずにこっちにかかってくればよかったのに」
 そういうゼベディであるが、その声に微塵も悔しさは無い。むしろ、何処か嬉しそうに弾む声。
「だが、オイラの事をアイツらが放置するはずもない。もうすぐ、真打がくるのかな、楽しみだよオイラは。あぁ、『貌』だけじゃなくて『腕』も遊撃に回すべきだったかねぇ」
 思い出すのは、かの公園にて相対した十人のリベリスタ達の顔。あぁ、あの表情を絶望の色に染めるのがいかに楽しみか。
「その前に……ここまで来れるかが不安だけどねぇ。オイラの第二楽章、『最低の二律背反』を通って、さ……ははは、はははははは、はーっはっはっはっは!」
 そして、男は耐えきれなくなったのか、腹を抱えて笑う。
 それに応える者は……そこには居ない。


 アーク本部は慌ただしさを一層増していた。
 当然だ。かの『楽団』が大きな手に一斉に打って出たのだから。
「結局のところ、今までの彼らは『手駒』を増やしていただけだった……けど、本気を出してきた」
 疲れた様子で語る『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)、その後ろでは無数のピンが止められた痛々しい日本地図の姿が目に入る。
 今までのケイオス率いる楽団の戦いは、言うならば現地で戦力を調達した上に持って帰れるという、どうやっても彼らにとって有利なものであった。
 そうやって死体……いや、彼らに言わせるならば『楽譜』を彩るための『楽器』を増やしてきた彼ら『楽団』はここにきて一斉に行動を開始する。
 それは、ジャックすらなしえなかった日本中の都市での破壊行為。
 ケイオスの隠蔽能力をしても隠し通せぬほどの大規模な動きだが、その脅威は計り知れない。溜め込んできた戦力を元にした圧倒的な物量による破壊もさることながら、彼らの作戦が成功すれば、都市一つが丸ごと彼らの配下ともいうべき『ゴーストタウン』と化すことは想像に難くない。
 今回の戦いは、冗談でも何でもなく、日本の平和を守るための戦い。
 ゆえに、ブリーフィングに臨むリベリスタ達の表情にも、普段ではないほどの気迫が宿っている。
「今回皆に行ってもらうのは、富山。その空港にいる『楽団員』ゼベディ・ゲールングルフを撃退してほしい」
 かつて、三ッ池公園を強襲した木管楽器グループの一人たるその男。ゼベディ・ゲールングルフ。
 リベリスタ達の導き手だった『教諭』というリベリスタの死を貶め、多くのリベリスタ達の命を奪った凶悪な『楽団員』である。
「彼は神通川のすぐ傍らにある空港を占拠して、そこから周囲へと攻撃の手を伸ばしているみたい」
 幸い、富山在住の地元のリベリスタや、かつてゼベディに煮え湯を飲まされたい経験のある『学舎』というアークのリベリスタ達が住民避難の活動を行っているために被害そのものは抑えられている。
 だが、このまま放置すれば、この北陸の都市に死が満ちる事は想像に難くない。
「皆にしてほしい事は、ゼベディによって行われている虐殺の手を緩め、彼を撤退させる……または倒す事」
 もし可能であるならば、ここで倒してしまう事が望ましい。だが……それは敵の戦力を考えるに少々無謀であるとイヴは言う。
「敵のメイン戦力は一般人の死体。ゼベディが操っているそれはさほど強くはないけれど、耐久力がかなり高いよ。それに、犠牲者が出る度にその戦力は増えていくし、彼は公園で手に入れた戦力も投入してくる」
 防御を貫通する能力や飛行能力を有する亡霊の他に、あの戦いの中で散ったリベリスタを『調律』という名の魔改造を施して投入してくるのだという。その力は決して侮れない。
 おまけに、今回は前回静観を決め込んでいたゼベディ自身も戦いに参加する。
「彼は周囲の三つのエリアに既に攻撃の手を向けてるみたい。そこを突破しない限り、空港に近づくのは難しいよ」
 北側にある植物園、東南側の大きな公園、西側の住宅街。それらの内いずれかに布陣されたアンデッドを倒していかなければ、ゼベディの元へと到達することは出来ない。
 おまけに、ゼベディは千里眼の能力を持っており、全ての戦場を監視している。場合によっては遊撃班ともいうべきの死体達を別エリアに送り込んだりと厄介な動きを行う可能性もある。
「可能であれば、突破しない戦場にも戦力を割けるなら割いてほしい。その方が、絶対に被害は減るから」
 とはいえ、ゼベディを撃退する事こそが肝要。心を鬼にして一部の地域を見捨てる事もリベリスタには求められるかもしれない。
「それと……空港以外の各戦場には『柱姫』というゼベディが富山で入手した死体がリーダーとして配置されているみたい、その一般人を殺す能力もさる事ながら……その性質が厄介。彼女達の遺体は元々、『人柱』として埋められた死体らしいの」
 古来より幾度もの氾濫を起こしてきた神通川。
 今では一般人に忘れ去られてしまったその名の由来は、神秘の技術……即ち古の革醒者の魔術こと人柱によって河の氾濫を抑えて水を通してきたことにあるのだとイヴは言う。
 その人柱として使われた人物の遺体をゼベディは掘り起こし……今回の先兵として用いているのだ。
「柱姫達は、いうなら元リベリスタの死体と同じ。それも、この川を守護してきた十分に強いものだよ。能力もアークのトップランカーには劣るけれど高いし、ゼベディが精密に操作しなくても、生前の技をある程度使える。そして何より、彼女達を倒し過ぎると、川を護っていた霊的な加護が破壊されて……」
 はるか昔に比べれば、水害対策は十分に取られているがゆえに、大惨事にはならないであろう。
 とはいえ、『本来ならば雨量のさほど多くない、凍てつくような寒さの時期』に、『本来ならば堤防の決壊するはずのない数地域』で同時に水害が発生すれば、それが小規模であっても被害は避けられまい。
「柱姫一人までなら、地元リベリスタ達の救護で十分に間に合う小規模な物ですむけれど、それ以上倒すと、死者は免れないよ」
 もしそれによって死者が出れば、それも『楽団』の元に取りこまれてしまうかもしれない。
 無論、これは避けなければならない。
 柱姫達には知能は残っていないためにその動きは計画的な物になりにくいが、全て倒すわけにはいかない敵というのは厄介なこと極まりない。
 幸いなのは、彼女達が神通川流域に縛りつけられている事。ゼベディさえ富山から撤退させれば、柱姫達はその危険性を失ってただの骨に戻るのだという。
「はっきり言って、非常に危険な戦い。被害を考えると負けられないと意気込むのも分かるけれど、無茶はしないで。逃げる判断も時には大事」
 今回は包囲された相手の陣地へ切り込む形の戦い。一歩引き際を誤れば、壊滅的な被害を被る可能性すらある。
 逃げる為の手段は講じておくべきだとイヴは念を押す。
「革醒者の死体を渡せば、相手は劇的に強化される……なんといっても、ゼベディは『リベリスタをリベリスタで殺す事に特化した楽団員』だから。だから、絶対に死なないで」
 無論それだけではない、イヴとて顔を見知った人に死んでほしくないという強い思いはある。
 されど、少女はそれを呑み込んで。
「どうか、頑張って……死者の濁流から元気に帰って来てね」
 そう、リベリスタ達を送り出すのであった。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:商館獣  
■難易度:HARD ■ ノーマルシナリオ EXタイプ
■参加人数制限: 10人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2013年02月13日(水)00:04
商館獣です、こんにちは。
楽団の活動も次の段階に入りました。

●成功条件
ゼベディ・ゲールングルフの撃破、あるいは撤退。
及び革醒者の死体を2つ以上敵に渡さない。

撤退条件はゼベディに一定のダメージと、2体以上のネームドアンデッドの撃破。
あるいは、3体以上のネームドアンデッドの撃破。

エリアの放置等の一般人への被害については成功条件に含みませんが、
次回以降にシナリオが続いた際に敵戦力に変化が起きるでしょう。

●エリアを突破・移動するための条件
エリア内にいる敵を全滅させる。
または『交戦している相手の人数の3分の1の人数(端数切り上げ)のリベリスタ』をそのエリアに残す事で、残りのメンバーに強引に移動させる事も可能。
他のエリアのうち好きな場所を指定して移動できます。
植物園・工場・公園エリアからの『撤退』はこの条件を満たさずに行えます。

●中央エリア:空港
ゼベディが待ち構えるエリアです。『腕』と『脚』もいます。
植物園・住宅街・公園エリアのいずれかからの移動しか行えません。
人はいません。アンデッドが15体とゴーストが7体います。

●北エリア:植物園
大規模な植物園です。
避難できなかった人がそこそこいる上、周囲の植物の間には敵が隠れている事も。
柱姫『神娘』が配置されています。アンデッドの数は10体。

●西エリア:住宅街
道が細く、入り組んでいます。逃げ遅れた人が時折いるかもしれません。
戦闘時は前衛を2人までしか配置できません。
柱姫『乙姫』が配置されています。アンデッドの数は7。

●東南エリア:公園
非常に広々とした自然公園です。
戦闘の邪魔するものは何もないですが、避難できなかった人が多いです。
柱姫『篭女』が配置されています。アンデッドの数は7。

●エネミーデータ
・ゼベディ・ゲールングルフ。
『<混沌組曲・序>三ッ池公園狂想曲~五線の上を駆けよ~』にて登場。
EX・P:最低の一人二重奏:このキャラクターは死体一体だけしか『精密に操作』できない。
精密に操作されている死体はその能力が向上するうえ、同じ戦場に存在する『死者の顔を知っている』人間の能力値を減少させる。
他に、射撃攻撃能力や死ににくくなる付与スキル、千里眼、ダブルキャストを活性化。
『リベリスタの心を折る事を第一に』という、芸術家的な観念から、自分の手で柱姫を殺す事は行わないようです。
アーティファクト『ダブルスタンダード』を所持。その詳細は不明。自分のいる戦場にしかこのアーティファクトは効果を及ぼしません。

・『腕』『脚』『貌』
三ッ池公園にて彼が入手したリベリスタの死体を魔改造した物。ネームド。
魔改造されている為、『精密に操作した』場合、rank2までの生前のジョブのスキルと生前所持していた非戦スキルを操る事が可能です。
『腕』と『脚』は元・ソードミラージュ、『貌』は元・マグメイガスです。

・柱姫
神通川の守護の為に古い時代に犠牲になった人々の遺体です。ネームド。
見た目はただの人骨ですが、革醒者なら一見すればその違いがわかります。
彼女達は、『精密に操作』せずともスキルを使用します。

神通川の守護の力を持っている為、2体以上倒すと唐突な河川の氾濫が起き、被害が拡大。
3体とも倒した場合、避難協力に当たっているリベリスタからも死者が1名発生します。

『神娘』神秘の寵愛を受け、自然を愛し、自ら身を捧げた娘。ホーリーメイガス。
1ターンかけて植物のエリューションを1~6体生み出せます。能力は非常に低いですが、一般人を殺すには十分。
『乙姫』その美貌ゆえに疎まれ、人柱にさせられた娘。レイザータクト。
彼女のいる戦場に足を踏み入れた人間は即座に『魅了』されます。この効果は戦場に足を踏み入れた一回だけしか発動しません。
『籠女』人柱となるために閉じた世界で育てられた娘。ダークナイト。
彼女のいる戦場からは、『なんらかのバッドステータスを受けている人間』しか離脱できません。

●重要な備考
『<混沌組曲・破>』は同日同時刻ではなく逃げ場なき恐怖演出の為に次々と発生している事件群です。
『<混沌組曲・破>』は結果次第で崩界度に大きな影響が出る可能性があります。
状況次第で日本の何処かが『楽団』の勢力圏に変わる可能性があります。
又、時村家とアークの活動にダメージが発生する可能性があります。
予め御了承の上、御参加下さるようにお願いします。

●Danger!
このシナリオはフェイト残量によらない死亡判定の可能性があります。
又、このシナリオで死亡した場合『死体が楽団一派に強奪される可能性』があります。
該当する判定を受けた場合、『その後のシナリオで敵として利用される可能性』がございますので予め御了承下さい。

以上です。作戦自由度は非常に高め。
皆様の息のあった作戦とプレイングをお待ちしています。



参加NPC
 


■メイン参加者 10人■
★MVP
プロアデプト
歪 ぐるぐ(BNE000001)
プロアデプト
オーウェン・ロザイク(BNE000638)
デュランダル
新城・拓真(BNE000644)
ホーリーメイガス
大石・きなこ(BNE001812)
プロアデプト
酒呑 ”L” 雷慈慟(BNE002371)
覇界闘士
焔 優希(BNE002561)
ホーリーメイガス
エルヴィン・ガーネット(BNE002792)
ホーリーメイガス
氷河・凛子(BNE003330)
クリミナルスタア
曳馬野・涼子(BNE003471)
デュランダル
義桜 葛葉(BNE003637)


 歓喜の表情。それがここまで醜悪な顔だとは思わなかった。
 富山に侵入したときから、千里眼を持つ『ならず』曳馬野・涼子(BNE003471)はずっと視線を感じ続けてきた。
 ゼベディ・ゲールングルフ。楽団員の一人たる男は嗤いながら此方を見続けている。
 思わず、苛立たしげに眉根を寄せる。
 いや、彼女だけではない。神通川に沿って走るその車に乗る誰もが、その表情は険しい。
「綺麗な流れですねー」
 穏やかな流れに一瞬だけ目を落とし、未成年ながらに車を運転する『鉄壁の艶乙女』大石・きなこ(BNE001812)は小さく零す。場の張りつめた空気を少しでも和らげたいと思う少女の言葉に応えるのは、この町に過去に住んでいた『ディフェンシブハーフ』エルヴィン・ガーネット(BNE002792)である。
「だろ? 良い所なんだよ。静かだし、魚もうまいし……この時期はたまに道が凍るのが難点だけど」
 彼は知っている、この町の素晴らしさを。ゆえに、許せない。
 かつての恩師だけでなく、自分の故郷とも言うべき地を汚そうとする楽団員の男を。
「それで、現状はどうなんだ?」
 だが、怒りに振り回されることなく、男は手にしたアクセスファンタズムへと問いかける。
「えっと、敵は一丸となって進んできています。集団相手だと厳しいので、遠方から視認して交戦しないように避難誘導を行っていますが、全員は無理です……私達にもっと力があれば……」
 聞こえてくる声は、かつて公園での戦いで生き残った『学舎』の現リーダーである女性のもの。その言葉に、『紅蓮の意思』焔 優希(BNE002561)は頷く。
「十分だ。皆がいるからこそ、俺達も戦いに専念できる。俺達の不屈の力を、見せつけてやろう」
「はいっ」
 その心の中に煮え滾るような怒りを隠し、彼は後輩ともいうべき彼女達を勇気づける。
 切れる通信。その直後。
「俺だって同じだ……全部は救えない」
 拳を握りしめる。今すぐにでも叩きつけてやりたい衝動に駆られる。
「守るべくを守れず、挙句の果ては犠牲と見切り……かっ」
 だが、意外にも拳をドアへと叩きつけたのは、普段感情をめったに表に出さぬ『生還者』酒呑 雷慈慟(BNE002371)であった。
「わわっ、車壊さないでくださいね」
 揺れる車に驚くきなこ。そこへ、『境界の戦女医』氷河・凛子(BNE003330)もまた、声をかける。
「気持ちはわかりますが落ち着いてくださいね。確かに、誰も見殺すことなく助けられるのが理想ですが……」
「そう思わせるのが、敵の狙いだからな」
 そう言うのは『Dr.Tricks』オーウェン・ロザイク(BNE000638)だ。彼は確信を持って断言する。
「今回については、見捨てる事こそが正解だ。何故なら敵の狙いは……」

「ははは、はははははは、はーっはっはっはっは!」
 空港の中、楽団員の一人たる男はひとしきり笑った後に、顔を上げる。その表情に浮かぶのは期待。
「可能ならば来てほしいものだがねぇ……あの時、無力な奴らを助けるために自殺まがいの方法を取ったチミ達には、ここに『戦えるもの』としてはまずこれないだろうから」
 彼は公園にて行われた戦い、そしてかつてポーランドにてあった戦いを反芻しながら微笑む。
 彼らリベリスタは、一般人の犠牲を極端に嫌う。犠牲者が楽団の戦力になるならば、なおの事、だ。
 だから、彼は……わざと一般人を殺す為の部隊を『少なめの戦力にして分散して送る』事にした。
 そうすれば、彼らはまず間違いなく一般人を救うために大きく戦力を割くと考えて。
 それは裏を返せば。
「この空港はオイラの処刑場(コンサートホール)……チミ達の死を綺麗に奏でてあげようじゃないかぁ」
 この『他の戦場三つを合計した程度戦力が待ち構える』『逃げられない戦場』に来るリベリスタが少なくなるであろうと予測して、彼は待ち構える。
 彼は『リベリスタをリベリスタを持って殺す事に特化した楽団員』である。
 その特化した能力故にモーゼスに気に入られているものの、その実力は一般人の死体を扱う事だけに注目すれば低いと言ってもいい。
 故に、彼には必要だったのだ。『真打』ともいうべき能力の高いリベリスタの遺体を、容易に手に入れるための状況が。
 それにたとえ、敵が空港に訪れなかったとしても……その場合は、分散しているリベリスタを自ら出向いて殺していけばいい。植物園と公園を同時に制圧でもされない限り、最終的な戦力では必ずこちらが勝るのだから。
「……ん?」
 そこで彼はある事実に気づき、眉を顰める。リベリスタ達の車でまっすぐに公園へと向かっている。
 途中で二手に分かれるわけでもなく、一直線に。

 オーウェンにとって、自らも含めた人とは『駒』のようなものである。
 全てを見通して駒を動かし敵の策を暴き立てていくその様は、頭が残念だと自分で思いこんでいる『彼女』からすれば、いつだって尊敬の対象であった。
 その知性という宝石の輝きは、どんな不可解な闇をも貫くのであろう。
「住宅街に飛行能力のある『ゴースト』を向かわせず、柱姫以外に遠距離攻撃手段のない死体ばかりを向かわせている時点で奇妙だった。おそらくあれらは、足止めのため以上のものではあるまい」
 彼は敵の策を看破した上で、男は笑う。これからいかに敵を追い詰めるか考えて。
「つまり……どうしたって、何かを零すように選ばされてた、と。一般人と、わたし達、どっちかの命を」
 いつだってそうだ。そう、涼子は吐き捨てる。多くを助けるために、少しを見捨てなければならない。何度も経験してきた最低の二律背反。ゆえに彼女の心を怒りが蝕む。
 慣れる事など決してない。されど、まだ幼い少女は慣れたかのように自分に言い聞かせながら、言葉を紡ぐ。
「敵は公園にもうすぐ侵入するみたい。人の位置は割とばらばらだけれど、敵がひとかたまりだから、多分私達の側に逃げてくる形になると思う」
 公園の他にも、敵の向かった場所はある。だが、その戦場について涼子は口に出さない。
 出しても無駄な事は、判り切っているから。
「『貌』の姿は……確認できない。見渡しても、遊撃している『死体』は見つからなかった」
「……なるほど、それゆえに『頭』ではなく、『貌』か」
 納得した、という表情でオーウェンは頷く。
「所有スキルゆえに仕方なく、考えれば、二人もいるソードミラージュで無く、一人しかいないマグメイガスをわざわざ遊撃に回していたのも納得がいく。実に合理的。見習いたいくらいだな」
 が、それを崩すのが『策士』の醍醐味。『策に溺れた策士』の末路がどうなるか……彼はフッと鼻で笑い、口を開く。
「今から奴の狙いを説明する。聞いておけ」
 地獄の淵から死体を蘇らせる楽団員も、例え千里を見通せようとも地獄耳ではない。
 ゆえに、付け入る隙は十分にある。

 そして、車がついに公園へと到着する。
 刹那、何物をも逃がさぬかのような重苦しい空気が公園を包み込んだ。

「なるほど……面白い事するねぇ、チミィ」
 彼らの作戦、それは。
 敵が待ち受けるその空港へ、『全力をもって一点集中で攻め入る』こと。
 ゼベディが想定していなかった、多くを犠牲にしつつも彼を殺害しうる唯一の策。
 だが、それは同時に失敗すれば全滅しかありえぬ諸刃の剣ともいうべき策。
「後は時間との勝負……かねぇ」
 リベリスタ達が楽団員の喉笛に噛みつくか、ゼベディの率いる死体の群れがその数を大きく増やして空港へと戻りリベリスタを蹂躙するか。
 果たしてどちらが先であろうか。
 男はファゴットを構え、演奏を始める。富山全域に響く低い奇矯な音色を。
 かくして、戦いの幕が開く。


 雷慈慟にとって、人とは『守るべき世界の一部』である。
 仲間を指揮し、可能な限り取りこぼさぬように護りぬくその様は、一度多くの者を取りこぼした事を真摯に受け止め、全力で生きているがゆえのもの。
 彼は失った。仲間も。恩師も。多くの者を。だから、護りたいと思った。
 その、遺志という宝石の輝きが、『彼女』の瞳には眩く映る。
「ぐるぐ殿、右半歩前に!」
 公園に響き渡るその声の直後、漆黒の濁流が逃げ惑う人々へと向けて放たれる。
 その放ち手は一つの白骨死体。篭女と呼ばれた神通川のかつての守り手である。
 ゼベディによって殺された被害者7体を連れ、意思無きそれは公園を蹂躙する……はずであった。
 だが、その濁流は逃げ惑う人々を傷つける事は無い。
 逃げ惑う一般人とアンデッドの間に、その視界を遮るようにリベリスタが立ちふさがったからだ。その防衛線が一部の隙もないものになったのは、上空より見つめる鷹の視線で全てを見下ろす雷慈慟のおかげと言えた。
「いったーい。ぐるぐさんを壁にするだなんて、勿体ない使い方だと思わない? 篭女さん」
 きなこや優希と共に肩を並べて立つ『Trompe-l'Sil』歪ぐるぐ(BNE000001)の顔に浮かぶのは笑顔。どんなときだって、本気で真剣に楽しむ事こそが信条の彼女はこの危機においてもそれを崩さない。
「それじゃあ皆さん、お手を拝借、こっちこっちー」
「逃げる方はこっちですよー」
 放った気糸で死者達の気を引き付けるぐるぐ。その隙にきなこは一般人の誘導を図る。戦場からは逃げられはしないだろうが、距離を取るなら十分だ。
「死してもなお、自由になれぬ、か……」
 直後、逆に漆黒の濁流に飲み込まれる籠女。その放ち手は『閃拳』義桜 葛葉(BNE003637)である。
「ならば今日、ここでその苦しみから解放してやる!」
 先ほどはなんとか食い止めきれたものの、視界内の対象に襲い掛かるダークナイトの技から一般人を護り切るのは至難の技。ゆえに、リベリスタ達はその全力をもって篭女の撃破に動く。
 ぐるぐや雷慈慟が敵の意識を怒りによってひきつけ、その間に全力の射撃が篭女に襲い掛かる。
 その中でも、抜きんでて高い火力を誇るのが『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)であった。
「俺達には壊して解放する事しかできない……すまん。それでも」
 それでも、倒す他に道はない。
 この地を守るために犠牲になった女の骸を嬲る事の何処が正義だというのか、とそんな思いが脳裏をよぎる。
 それでも、この状況を放置する事だけは少なくとも悪である。
 かの魔女の誂えた銃剣が、まるであざ笑うかのように火を噴いた。覚悟を重ねたその一撃は、篭女だけでなく、死体の群れたちにも生者ならば致命的であろう大きな傷を与えていく。
 だが、大きな傷など、死者になんの意味があるのであろうか。その体は動きを止めず、むしろ零れた腸を、骨を、それらを武器に死者達は攻撃の手を振るう。
「他の方まで境界線を越えさせるわけにはいきませんからね……こちらで対応しますよ、エルヴィンさん」
 凜子にとって、人の命とは『救えぬ』ものであり、『救える』ものでもある。
 人の命はどこかに生死を分かつ境目という物がある。医者として凜子はその絶対に救えぬ境目を幾度も見てきた。
 既に生と死の境を越えてしまった者達を戻す手段など無い。ゆえに、彼女は全力で異能を振るう。医者として、異能者として、その境目を超えていない人間を死なせてなどなるものかというその穏やかな笑顔の下の信念に、『彼女』は大きな信頼を寄せていた。
 その矜持ともいうべき宝石の眩さは、癒しの風となって現実に現れ、傷ついたぐるぐ達の身体だけでなく、逃げ惑う一般人達の身体をも癒していく。
「我々の心折る事が第一ならばコレは当然の帰結だろうな……オーウェン殿の仮説が的中たようだ。東だ、エルヴィン」
「オーケイ、まかしときなっ!」
 同時に、雷慈慟の指示に従って駆けだすエルヴィン。
「皆、落ち着いてくれ! すぐに逃げられるから、な!」
 恐慌状態に陥っている一般人、それを横切って男は駆ける。周囲を落ち着かせるオーラも、さすがにこの状況では意味をあまりなさない。
「痛い……たす、けて」
 その視線の先には一般人に紛れるようにして立つ、血を流して苦しそうにしている女の姿があった。何かに集中するかのように震えるその女。
『おそらく、『貌』の能力は怪盗や超幻視といった類、それに加えてステルスを有している可能性も高い。性格の悪い奴の事だ。おそらく、その狙いは……』
「大丈夫ですか、今、治療を……」
 オーウェンの言葉を思い出しながら、男は駆け寄る。無防備なように見せかけて。
(あの時の教諭と同じだ……ゼベディがやるとしたら)
 エルヴィンが十分に近づいた事を見て、女の血にまみれた唇が笑うように釣りあがる。刹那、その手より放たれたのは血を媒介とした漆黒の濁流。マグメイガスの誇る全ての敵を押し流す黒の濁流。
「「かかったな」」
 全くの同時に、男と女の唇から言葉が紡がれる。直後、驚きに目を見開いたのは女の方。
 一瞬早く、エルヴィンは覆いかぶさっていた。その視界全てを塞ぐかのようにその体を盾にして全ての濁流をその身で受け止める。
(気を抜いたところでの、例えば、護るべき相手からの攻撃とかな!)
 それは、リベリスタを食い止めると同時に多くの一般人を殺すつもりで放ったのであろう。だが、千里眼の力で『公園に混乱した後から侵入してくる人間』を探っていたリベリスタに、そのような小細工は通用しない。
 何より、彼には一切の状態異常が通用しない。
「ほう、オイラのお遊びを見抜くなんてやるじゃないか、チミィ?」
 自分の策を見抜かれたと知り、女の顔がぐにゃりと崩れる。その下から現れたのは、かつて助けられなかった公園の護衛任務に就いていたリベリスタの顔。
 それはゼベディの言葉を語りながらニヤリと笑う。突如現れた死体に、周囲の人間は恐慌状態に陥ってゆく。
「悪いけど、遊びなんかに付き合ってる義理はねぇんだよ」
 エルヴィンにとって、人とは『守るべき』ものである。
 かつて自分が守られてきたように……人は誰かに守られ、そして守ってくれた人の意思を繋ぎ、後ろに続く人たちを守り、自分の経験した悲劇を繰り返さないように、道と意思を繋ぎ続ける。それこそが人間だ。
 だからこそ、彼はその理を無視し、悲劇を意図的に繰り返そうとする男へと吠える。冷静さを失っている事を相手へと示すアピールも兼ねて。
「ここでは誰も殺させねぇ! 空港で首を洗って待ってろ、ゲス野郎!」
 その決意という宝石の輝きは戦場の中で霞みなどしない。そう、『彼女』は思う。

 突如として、大地が弾ける。
 公園の地面を抉るようにして放たれたその爆発は、大地を透過して真下から放たれたオーウェンのもの。
「今だ、行け……」
 息を止めていたためか白い顔を赤く染めて男は指示を出す。いや、指示を出すまでもなくリベリスタ達は動いていた。当然だ。籠姫をまもるかのように立っていた死体達がバラバラの方向に吹っ飛んだのだから。
「あぁ、任せろ」
 否、正確には敵が吹き飛ぶよりも前に、かの策士の親友は既に走り出していた。
 両手に構えた正義の刃が纏うのは似つかわしくない『塔』のオーラ。全てを崩壊させる暗示を伴う一撃は暴走し、放つ本人でさえ狙いを定められない……だが、目の前にしか敵がいない今ならば話は別だ。
 制御など不要。理想と正義の名を関する二つの刃が敵を蹂躙する。それは、敵の纏っていた籠の力を完全に粉砕する。
「一刻も早く、眠らせてやるさ」
 そして、畳み掛ける。優希がその拳を握りしめて振るえば、篭女の身体がそれに合わせて持ち上がり、大地へと叩きつけられる。強烈な衝撃。
 リベリスタの猛攻は防御と回避、その双方を同時に奪い去る。
 回復手である凜子すらその魔法の矢で追撃を仕掛け、葛葉の拳より放たれる濁流によって、篭女の骨に、無数の罅が生まれる。
 そして、放たれた銃弾がついにその体を打ち砕く。
「……」
 涼子は人は何か、と考えない。考えないようにしている。
 考えれば苦しくなるから。己の激情が抑えきれなくなるから。今だってそうだ。ただ操られていただけの死体を傷つけた事を『意識して』しまえば、きっと涙が零れてしまうだろうから。
 それは『彼女』の言葉を借りるなら、不器用で、でも愛おしい生き方。
 されど、人の命を弄ぶフィクサードの前では、その激情は止められない。敵にムカついて、自分にムカついて、どうしようもならなくなる。だから。少女は言葉を紡ぐ。
「フィクサードはアタシ達が殴っておくから」
 だから、眠っていて。激情という宝石を輝かせながら、両手に握られた不似合いなほど大きな銃から硝煙をたなびかせ、涼子は告げる。
 答える言葉は無い。ただ、白骨死体はその場に崩れるだけ。
「あ……」
 その刹那、何かが砕けるような感覚して、ぐるぐは思わず視線をその白骨へと移す。
 それはきっと……。

(河の加護が一つ、砕かれた、と)
 ゼベディは肩を竦め、状況を見続ける。元より足止めの為に配置していた住宅街の方は『学舎』によって多くの人が避難させられており、大した成果はあげられていない。
 一方で、植物園もまた、木々の間に隠れた一般人を探すのに手間取り、その制圧は完全に済んではいない。
(……時期尚早だが、そろそろ戻す他ないかねぇ)
 奇襲を見抜かれたため、『貌』は篭女が存命なうちに既に空港に向けて逃亡させている。もしもリベリスタが複数チームに別れて行動していれば、『他チームにいるリベリスタの死体の姿になって』奇襲でもしてやるつもりであったが……貌が二度切れるはずの切り札からただの1戦力となった事に、男は悔しげに唇を噛む。
 ゼベディが吹くのは木管楽器。ゆえに、唇を噛めば自然と音が歪む。
 空港に流れる音が、歪む。
「……やってくれるじゃないか、チミィ。それじゃあ、歓迎しないとねぇ」
 それでも、男はその余裕を再び取り戻す。元より、十分な戦力は準備していたつもりだ。
 公園を突破し、『学舎』達へと一般人を受け渡し、こちらへと向かうリベリスタ達。
 彼らが篭女の早期撃破に注力したがために、公園での死者はたった一名に留まった。『貌』を一度投入したにもかかわらず、だ。
 それを睨み付けながら、男は吹き鳴らす曲調を変化させる。
 僅かに、二律背反を超えて己に迫ってきた者達への敬意も込めて。
 それは、全てが次の段階へと進んだことを示していた。


「この音はきっと、集まれ、だね。ぐるぐさんてんさーい」
 車の中で能天気な口調で告げるのは、ぐるぐ。彼女は前回の戦いにおいて、若干ではあるがゼベディの音楽の意味を理解していた。
 ゆえに彼女は見抜く、ゼベディの配下達が、空港へと向けて動き出していた事に。
「ここから先は、時間との勝負ですね……覚悟はいいですか?」
 車の中に先ほどと同じ癒しの風が巻き起こる。それは凜子とエルヴィンによるものだ。
 エルヴィンの提案による車での移動。それは時間的なアドバンテージと共に、彼らの準備時間を生み出していた。
「多少強引でも、ここで頸木をうつほかない。放置すれば、今よりも厄介なことになるのは目に見えているからな」
「背水の陣で結構だ。死に相対せねば、死を操る奴らを討てん」
 凜子の言うとおり、空港に足を踏み入れれば、まず撤退は敵わない。だが、葛葉と優希はそれに覚悟を持って返す。
「何より、死ぬ気など毛頭ない……」
「自分も同じ気持ちだ。共に駆け抜けようぞ」
 同様に、雷慈慟とオーウェンはその精神を同調させて、リベリスタ達の消耗を癒していく。万全にするのは難しいであろうが、これだけあれば戦い抜くための気力は十二分に確保できるだろう、と。
 千里眼で周囲を警戒する涼子を始め、戦場近くで己に付与を与えるために待機する者も多い。きなこが運転手を務める羽目になったのも、それが原因である。彼女以外、車内での準備を行わない人がいなかったのだから。
「ええ、皆を笑顔にするために頑張りましょう!」
 それでもきなこは笑顔を忘れない。人にとって笑顔が大事だと思っているから。
 笑う事が好きな両親の元育ってきたきなこは、自分の力で笑顔をつくるためにも力を尽くす。
 その純粋さという宝石の輝きは、死者の群れを前にしても曇る事は無い。
 されど、時にきなこという少女はひじょうにおっちょこちょいで……『彼女』曰く、そういう所も可愛いのだが、それは時と場合も選ぶわけで。
「これで、とうちゃ……あっ」
 初めての車の運転ゆえか、彼女はブレーキとアクセルを踏み間違えて。

 急な加速と共に、ガラスを突き破り、その車は空港の中へと現れる。
 ファゴットの音色と、タイヤの軋むブレーキの音が不協和音を奏で……そして、同時にその音が消える。
「これはこれは、また派手な登場の仕方だねぇ。今宵はオイラの演奏会にようこそ」
 動きを止めた車から飛び出すリベリスタ達、その前に立ちはだかるのは20を超える死者と亡霊の群れ。
「うんうん、また来てあげたよ。前はあんまりにも音楽が退屈だったから途中で寝ぼけちゃったけれど」
 その後ろで嗤う楽団員。それに向けて、最年長の幼女は不敵な笑みを浮かべる。
「おや、それは失敬。そういえばお名前を聞いていませんでしたねぇ、レディ」
「名前? それじゃ、ユガミィ・グールングルフでいいよ、ぐるぐさんは」
「結構、覚えておこう。オイラの配下に加わるものの名前を、ねぇ」
 互いの言葉に意味はない。リベリスタ達も、楽団員も、互いの隙を見定めるべく神経を集中させている。
 そんな状況だからこそ、『彼女』は全てを笑い飛ばす。全力で今を生きる彼女は。
「それじゃ、ゼベディ・ゲールングルフさん。はじめましょーっ、第二楽章のクライマックスを!」
「それじゃ、ユガミィ・グールングルフさん、始めようか。この第二楽章の中盤をねぇ、チミィ!」
 ここをクライマックスに出来なければ、神娘と乙姫の連れてきた軍勢によって、リベリスタ達は押しつぶされて死ぬ。ゼベディを倒すには、今しかない。
 互いに勝つ為に食い違う言葉。
 様々な銃器を組み合わせたかのような歪な銃と、ファゴットの中のキーに紛れて存在していたキーを模した隠し銃。二つの異常な銃が同時に火を噴く。
 その不協和音が、新たなる戦いの始まりを告げる。


 迫りくる無数の亡者、それは公園で戦った時の悪夢の再現を行わんとすべく、リベリスタ達のブロックを突き破らんばかりの勢いで迫りくる。
 その先陣を切るのはリベリスタ達の『助けられなかった』ソードミラージュ達の死体。
「こうなったのも、我々……いや、己が力不足だから、か」
 痛々しい程に歪められたその死体達に、かつてその姿を見た雷慈慟の表情が曇る。その時、『脚』が口を開いた。
「うンそうだよ。アリガトウ、おかげでスッゴク楽しい、脚伸びてウレシイ、ゼベディ様サイコ―だヨ?」
「……っ!」
 どうして助けてくれなかったのか。そう問われれば答える覚悟はあった。
 だが、ゼベディはそう問わない。彼は『己の意思を歪められ蹂躙される死者の尊厳』を見せつける。
 僅かに揺らぐ隙をついて放たれたのは、無数の幻影を伴っての突き。それは、密集したリベリスタ達の心に混乱を生む。
 そこに遅れて叩き込まれるのはゼベディの放った瘴気を纏った弾丸。それは、心を蝕まれていなかった人間の体を縫いとめる。
 圧倒的な速度で動く『脚』から放たれるそれとゼベディの技があれば、密集したリベリスタを封殺する事など容易い。本来であれば。
「やめてくれ、共に同じ道を歩いた仲間だろ! ……俺の大切な物を、これ以上汚すなぁっ!」
 直後に放たれたのは、エルヴィンの破邪の光。装備をチューニングした彼はオーウェンに次ぐ速度を持って、リベリスタが動く直前にその体の異常を癒してゆく。
 自分の道を貫くという絶対の意思を固めた彼の前に、混乱など通用しない。
「我が拳……容易くは止められん!」
 車の中で準備は既に整えられている。圧倒的な覇気と共に、葛葉は再び闇を持って死者の軍勢を貫いていく。されど、圧倒的な数を前に、視界にとらえられぬ敵も現れる。
 その数は、まさに濁流というほかない。瞬く間に押し寄せる死者の群れによってリベリスタ達はその周囲を囲まれる。
 先ほど死んだばかりゆえの血の匂いが、顎骨の見える歯が、爪の折れた腕が、瞳の零れ落ちた頭蓋が。リベリスタへと向けて、一斉に襲い掛かる。
「……っ」
 ブロックできない、その事実がリベリスタ達に重くのしかかる。密集している今、どれだけ気を付けても範囲攻撃は仲間を確実に巻き込む。
 己の力を存分に震えない事に揺れる涼子の瞳。されど、それならばやる事は単純だ。
「まっすぐ行って……」
 ぶっ飛ばす。今回の作戦と何ら変わりない。巨大な拳銃を両手でブン、と振るえば目の前の死者の腕が音を立てて砕ける。
 ぐるぐとオーウェンもまた、同じように動く。相手の弱点を見抜き、行動を理解し……連続攻撃を叩き込む。全く違う、されど原理は非常によく似た技を。
 されど、倒れない。周囲を取り囲む圧倒的な軍勢は、次々にその手を伸ばし、リベリスタ達の体を傷つけていく。
 その中に混じるのは、空を飛んで上空よりリベリスタに襲い掛かるゴーストの群れ。彼らはきなこの分厚い装甲さえも貫いてリベリスタに傷を負わせていく。
「この程度、まだまだですよ」
「最後まで戦い抜きましょう」
 凜子ときなこの起こす風が仲間を癒してゆく。全快には程遠い。が、耐えきれる。このまま敵の攻撃が分散するならば、誰一人倒れずに押し切れる。
「絶望的な状況など、幾度も経験してきた……俺達はお前よりはるかに大きな絶望に立ち向かう」
 拓真にとって、人々とは理想を見るための鏡と言える。
 困難で難しい理想を追い求めるその姿は、『彼女』から見ても痛々しく見えるほど。
「リベリスタ、新城拓真。貴様の楽章は、ここで終わらせる!」
 それでも、彼はその道を歩む。誰もが傷つかない理想を目指して。
 それでも、彼はその刃を振るう。『リベリスタ』として。
「その程度で……絶望を与えられると思うな」
「そうともいかに死人に囲まれようと、俺達は絶望を跳ね除ける!」
 その『正義』という名の宝石は砕けない。例え死者の濁流の中であろうとも。
 その濁流を打ち崩すべく、手にした銃剣が無数の弾丸を吐き出す。崩れる一角。
 それに合わせて優希の腕が弧を描き、後方の『貌』の身体を篭女同様に投げ飛ばす。
(なるほどねぇ……)
 実力が無ければ、一瞬で蹂躙されていたであろう死者の奔流。
 孤立する者も誰一人としておらず、果敢に戦うリベリスタ達に、ゼベディは目を細める。
 回復は厚く、火力も高い。各個撃破は難しくはない。だが、おそらく時間がかかりすぎる。
 そのまま行けば、1人倒すのがせいぜいだ。だが……穴は一応、ある。
 曲調を僅かに変えて楽団員はニヤリと笑う。つい先ほど、その力を存分に見せてもらったがゆえに。

「俺を超えて行けると思うな……貴様らの攻撃を通させるわけにはいかないんでな!」
 死者の攻撃が指向性を持つ。
 それ自体は想定の範囲内。公園の戦いでぐるぐに対してそうしたように、ゼベディの演奏に従い、死者達の攻撃は回復手へと集中していく。特に、冷静さを欠いたような演技を続けていたエルヴィンへと。
 だが、圧倒的な防御力のきなこ、半ばクロスイージスに近い能力のエルヴィン、そしてその許容能力故に高い体力を誇る凜子。元々防御能力の高い回復手達ゆえに、葛葉が時折庇う事で彼らは誰一人として欠けずに戦局を維持する事が出来ていた。
 葛葉にとって、人とは守らねばならないもの、だ。
 かつて死んだ親友との間でかわした約束という名の宝石。その輝きをなくさぬために、彼は適切に動く。敵の攻撃の集中する仲間を読んで、そこをフォローするように。
(後は、敵の数さえ減らせれば……)
 前線でその刃を振るう『腕』、そして後方より魔力の籠った弾丸を放つ『貌』。そして、『脚』……未だに、強力なアンデッドは一人として倒せてはいない。
 それでも死者の数を減らせれば勝機は十二分に見える。そう信じて、蓄積していく傷に葛葉は耐える。
 だが、その直後……リベリスタ達の円陣が、突如として吹き飛んだ。
「くっ!」
 ゼベディが操っていた『脚』が放った光の飛沫散る一撃。それに惑わされた男が放った一撃は、リベリスタ達の陣形を揺らす。篭女の陣形を打ち砕いたのと同じように。
 唯一、エルヴィンよりも素早く動きうる男、オーウェン、それがゼベディの見つけた唯一の穴であった。
 バランスを崩さぬための体術ならば絶対の自信はある。葛葉は空中でくるりと体をまわし大地を踏みしめて振り返る。最後衛にいた彼が行ったのは状況の確認。
 リベリスタ達は吹き飛ばされる。されど、一丸となっていた彼らは、まとめて一方向に吹き飛ぶのみ。幸いにも分断は無く。そして、彼は悔しげに呻く。
「気を抜くな、空いた穴を埋めよ!」
 声に合わせて前に出る凜子。リベリスタ達の前衛に空いた穴、それは。
「……オーウェンっ!」
 先ほどの爆発を放った人間が孤立して残された事で出来たもの。思わず叫ぶ拓真だが、彼が動くよりも早く、死者達は殺到する。
「させっかよ……これ以上好き勝手に!」
「好き勝手? 君達の戦術を真似させてもらっただけだよ、チミィ」
 エルヴィンの癒しの術の直後、凜子が動くよりも先に死者達がその視界を遮るように殺到する。
「させるかっ!」
 分断されどもやる事は変わらない。再び弾丸の嵐を見舞う拓真。血の霧とともに無数の肉片となって死体が散る。されど、その数は減らない。オーウェンの姿は完全に視界から消失する。
「右前方だ。悪いが、逃げられんっ!」
 雷慈慟とアクセスファンタズムを繋ぎ合っていた事が幸いし、居場所を見失う事は無い。だが、伸びる無数の腕が、地面に潜って逃げようとするオーウェンの緊急回避手段を阻む。
 永劫にも感じられる十数秒。本来なら庇い手のはずの葛葉と回復手の凜子さえ攻撃に加わる。何故なら、彼らに来る攻撃は最小限となったから。
 放たれた暗黒によって僅かに開かれる視界。そこには今まさに崩れ落ちる男の姿。
「死者を操るものの前でその態度は感心できないねぇ、チミィ」
 だが、ゼベディは追撃の手を緩めない。倒れ伏したオーウェン目がけてアーティファクトより放たれる弾丸。
「……慢心すれば、欺く隙が生まれると思ったのだがな」
 それを倒れていたはずの男は素早く転がり、ギリギリでそれを回避する。既に十八番となりつつあるオーウェンの『死んだふりをしてのフェイト復活』……幾度もフィクサードを欺いてきたそれをあっさり看破された事に、男は悔しげに唇を噛む。
「それは此方の台詞だよ」
 だが次の瞬間、オーウェンの胸を弾丸が貫く。二重奏、二律背反、ダブルキャスト……様々な二を愛する奏者の得意とする一挙動での二度の行動は、回避した所で安心する暇など与えない。
 ついに、リベリスタの一人が力尽きる。満足げに笑む奏者。
「もはや、庇ってくれる人もいないからねぇ、さあ、これで終わ……」
「あはは、ポーランド事件の時から生きてただけあって、既に頭がボケちゃってるのかな? ぐるぐさんみたいに常になうでヤングじゃなきゃ」
 危機的な状況。それでも遊び心を失くすことなくぐるぐは嘯く。トドメを刺さんとする死者の注意を気糸によって引き付けながら。
「仕方あるまい。もう齢なのだろう……公園で同じ技を見ているのを忘れる程度にはな」
 護るべき相手が、見えた。見えたという事はすなわちそこに間隙があるという事。
 その一点に無理矢理に体を突っ込ませて男は笑う。
 刹那、死者の群れがはじけ飛ぶ。雷慈慟の意識の奔流が壁を吹き飛ばし、オーウェンの元へとリベリスタ達が駆け寄る。
 オーウェンを囲うようにして、リベリスタは陣形を立て直してゆく。
「輪の中心に入っても、狙えばいいだけじゃないのかねぇ、チミィ」
 追撃の手を緩めない楽団員は、ここで操作する死体を切り替える。オーウェンの背後に浮かぶのは『貌』の放つ魔力が形作る鎌を構えた死神。青年の首を刈り取るべくそれは鎌を振り上げる。
「無駄だ。その場限りの小細工など、全力で踏み抜いて踏み潰してやる」
 優希にとって、人とは『死ぬもの』である。
 兄や妹、両親のように、或いは目の前の死者のように。助けたくても人は死ぬ。
 どれだけ足掻いても掌から零れ落ちて行ってしまうものは少なくない。
 故に。彼はその手から取りこぼさずにつかめる時、一切の躊躇をしない。
 己の中で燃える殺意という名の宝石を輝かせて少年は拳を握る。
「貴様のような奴がいる限り、俺は死ねん……誰一人仲間をやらせるものか!」
 左手に握るのは、別の死地へと赴いている少女の作ってくれた小さなお守り。あの子達と共に穏やかに縁側でいられるような日々……それは優希の心を僅かづつ溶かしつつあった。
 だからこそ、安息の日々を守るために、男はその右手に神秘の力を持って遠くにいる死者の体を握りしめる。
 大地へと叩きつけられる『貌』の体、凄まじい音と共に、その四肢が弾ける。
 唯一、彼は周囲の死者を狙わずにある死体を攻撃し続けていたその成果が実ったのだ。
「……」
 その直後、無言でオーウェンを庇うべく涼子が傍らに立つ。その姿に、ゼベディは再び唇を噛む。
 チャンスはあったにも関わらず、攻めきれなかった。死者を出せなかった。
 庇い手は今のところ十分、回復も万全。状態異常も通じず、その陣形は強固。
 リベリスタ達を打ち崩す為の効果的な手段は、他には彼には思いつかない。先ほど攻めることが出来たのは、そこが唯一の間隙であったからだ。
 そうなれば後は、地力の勝負。押し切れるか、押し切られるか、だ。
 強力な死体を一体欠いた今、硬すぎるリベリスタの回復手達を打ち崩すのは難しい。
 ゆえに庇い手二人へと狙いを定め、ファゴットの奏でる音色が、再び変わる。目まぐるしい程の変調。
 それは、奏者が追い詰められていた事を如実に示していた。

「……ごめん、殴れなかった」
 『脚』の速度を乗せた、光の飛沫散る一撃を始め、単体へと狙いを定めての攻撃が既に倒れた仲間へと集中する。
 折り重なり、下の死体が上の死体の重みで潰れながらも躊躇うことなく突き出される拳。それを捌ききれず、庇い手の涼子がついに倒れ伏す。
 一度目は、その約束と気力で立ちあがった。二度目は、運命の加護を切った。
 されど、庇う以上、彼女は無数の攻撃を『一切避けずに』耐えるほかない。三度目に立ちあがる事は、叶わない。
「……まだです、諦めないで!」
 ブロックだけでは、回復の術だけでは、仲間を守りきれない。敵のアーティファクトの凶悪さにきなこは唇を震わせる。
「大丈夫だ……代わりにいくらでも殴っておこう!」
「正義が容易く砕けると思うな!」
 だが、ゼベディの陣営には癒し手が居ない。ゆえにここで……今まで溜まりに溜まった範囲攻撃の結果が現れる。拓真の放った弾丸と優希の雷の拳が、死体達を纏めて粉砕する。
 その数、実に十秒の間に八体。
 もし、ネームドの撃破よりも数を減らす事を優先していれば、まだ被害は減ったのだろうか。敵をなぎ倒しつつも、少年は唇を噛む。
「今だ──奴を狙え!」
「あぁ……往くぞ、君達の信念を取り戻す為に!」
 元リベリスタの死体へと視線を移し、雷慈慟が吠える。そして、駆ける。神奈川での戦いの再現の如く、吹き飛ばされる死体の群れ。
 リベリスタ達が、ついにゼベディに肉薄する。
「はっ、オイラを倒せると思っているのかねぇ?」
 疑似的に己を不死身にする秘術を用いながら、楽団員は笑う。だが、その程度でリベリスタは怯まない。
「手の内は既に……お見通しだ!」
 優希の一撃の前に、奏者の体が地に転がる。一瞬にして解除されるその不死身の秘術。
 奏者を庇うべく寄り集まってくる死体達。されどそれを雷慈慟は吹き飛ばし、露わになった敵へと向けてぐるぐが弾丸と刃を叩き込む。彼の演奏に合わせるかのように、リズムを付けて。
「今回の音楽もやっぱり暇暇。でも、踊るには悪くないよ。卑劣で最悪な斬り切り舞なら!」
 圧倒的な力と覚悟。その研ぎ澄まされた刃が楽団員の命を刈り取らんと迫る。ゼベディのスーツがどす黒い血で染まる。
 だが、それでも死者の動きは止まらない。その狙いは既に倒れたリベリスタ達。されど、庇う準備をしていたのは葛葉一人。咄嗟に少女を倒れた庇うも、もう一人は庇いきれない。
 撤退不可能な戦いの中で、倒れた者がどうなるかは自明の理。その手段の管理を怠った事がここにきて響く。伸ばされる亡者の腕が死を刻みつけようと迫りくる。
「……させるかっ!」
 大を守るために小を切り捨てる覚悟など、とうに出来ていたつもりだった。だが、出来なかった。
 ここでゼベディを刈り取らねば、また多くの人が殺される。ゆえに、少々の犠牲もやむおえないと、そう思っていた。だが、見捨てられなかった。
 友を小として見殺して悪を討つ者が……正義だというのか?
 篭女早期撃破の要となった男は、その攻撃の機会を逸する。友を守るために。

「……実質、引き分けのようだね、チミィ」
 最初に気づいたのは、音に対して敏感な優希。迫りくる無数の音。それは……。
「……っ! 全員、集まるんだ!」
 空港のロビーへとなだれ込んできたのは……100を下らぬ数の蠢く木々と、それを統べる二体の柱姫。
 空港の外には、彼女達の生み出した犠牲者達が列をなす。
 削り切れなかった。奏者を殺すには及ばず。
「それじゃあ悪いけれど、オイラはここで失礼するよ……第二楽章、最後の『余韻』、楽しんでくれたまえ」
 だが、男を引かせるには十分すぎるほどの傷を、彼らは与えていた。彼がその場から動かなかったのは、最後に柱姫達をここへ呼び出すため。
 リベリスタに最後の絶望の可能性を与える為。
 次の戦いの為の戦力として、多くの犠牲者達を引き連れ、男はリベリスタ達に背を向ける。
「果たして、誰も死なずに、その子らを殺さずにいられるのかねぇ、チミ達は」
「……っ!」
 かつて美貌を誇った死者は有している。その場にいる人間達の心から、仲間を庇おうという気を失くさせ、心を怒りで塗りつぶすレイザータクトの秘術を。
 迫りくるのは、無数の植物の異形。能力はアンデッドよりもはるかに低い。だが、死体と違い、この騒動の間際限なく増え続けたそれは死者さえも凌駕する数の暴力となり、『既に倒れている人間を殺すには十分なほどの力』を振るう。
 リベリスタを追い込むために、そして『リベリスタの手で多くの人を殺させるため』のロスタイム。男は最後の戦いをリベリスタに強いる。
 仲間が死ぬか、それとも柱姫を殺すかを問う『最低の二択』の時間。
「無論、余韻の最中に死者が増えるのは大歓迎……楽しんでくれたまえよ。この町の川を氾濫させるのは……チミ達なんだからねぇ」
「この命燃え尽きるまで……絶対に誰も力尽きさせません」
 迫りくる植物たち。それを前に、凜子はきなこと共に防御の構えを取る。間に合わなかった事を現実と受け入れて。
「逃げる気か、ゲス野郎!」
「待てえぇっ! ゼベディ!」
 だが、それでもあきらめぬ者もいる。
 エルヴィンが叫ぶ。優希が構える。されど、植物の異形達がその視界を塞ぐように立つ。
 拓真が吼える。雷慈慟が無理を承知で気糸を放つ。それは直撃する。
 されど、逸脱者たる彼には怒りは効果を発揮しない。
「運命よ、此処に奇跡を願い申し出る……貴様をここで終わらせるために!」
 葛葉が叫ぶ。
 だが、その叫びも、事態を動かす事など出来ない。彼は運命に十分すぎるほど愛されていたのだから。
 彼らの瞳はただ、ゼベディだけを向いていた。
 その視線を背で受け止め、奏者はフン、と鼻で笑う。
「ねぇ、みんな! 皆は何がしたい? 何が望み?」
 その時、異質な声が響く。それは問いかけ。誰へ向けての言葉か理解できず、リベリスタも、ゼベディも言葉を返さない。
「チミは何を……」
 一瞬、歩みを止めるゼベディ。彼は気づけなかった。気が付かなかった。
 その問いかけが誰へと向いていたかに。気づけていれば、結末は違ったかもしれない。
「それじゃあ見せてよ、みんなのしたいこと!」
 朗らかな声が、空港へと響き渡った直後……ゼベディの胸を一本の突剣が貫いた。


 ぐるぐにとって、『彼女自身』も含め、人の人生とは宝石のようなものである。
 様々な輝きを、眺めるのが好きだ。怪盗のように掠めて手元で大事にすることも好きだ。
 とても難しかったけれど、見よう見まねで幾度かその真似事を出来た時もある。
 人は、皆、何か輝きを胸に秘めて生きている。
 長い人生の中で、彼女はそう確信していた。そんな人間達が大好きだった。
 そして、だからこそ彼女は今を生きる少女として、全力で生きてきた。
 皆の輝きの中で全力で遊びぬくために。
 遊び心を忘れず、確定した悪夢を笑い飛ばし、状況の混乱をあえて加速させたりしながら。

 だからこそ、彼女は輝きを見出そうとする。
 相手の心を蝕むために腐心するゼベディの努力にも。
 この戦いで犠牲になった、多くの死者達にも。
 そして、彼女は問いかける。
 このふざけたゲームの盤面を……文字通りひっくり返してしまおうと。
 ゼベディの『死者を操る術』を真似して。

 いや、それは正確には真似ではない。
 死者の魂を蹂躙し、捻じ曲げるゼベディの『一人二重奏』とは違う。
 ぐるぐは死者の魂を尊重し、彼らの輝きに任せて解き放った。
 それは見よう見まね(ラーニング)ではなく、独自解釈の新技術(オリジナル)……。
 本来ならば、彼女がなす事など出来ぬ、技。

「なっ……」
 最低の一人二重奏、その音を塗りつぶしたのは、言うなれば天使の自由奏。
 ぐるぐの呼びかけに応じて、死者達は『自分の意思』で動き出す。
 それは、即ち……。
 最初に突きたてられたのは、ゼベディの隣を歩いていた、『腕』の突剣であった。
 一瞬の間。そして、濁流が巻き起こる。
 死者の群れが、亡者の群れが、己を死に導いた存在へと掴みかかる。
 リベリスタへとその矛先は向く事は無い。柱姫の配下の植物たちも、その動きを完全に停止していた。
「そ……なっ……っ!?」
 慢心が無かったわけではない。だが、それは本来ならばありえぬ事態。
 状況が動き出す前に反応できたものは、その奇跡を起こした少女以外にだれ一人としていなかった。
『貴方を害するのは……貴方が弄んだ者達の残した遺志です』
 あぁ、これは言うなればかつてある少女の残した言葉の再現だ。優希は目を細める。
 血濡れた無数の腕が、スーツを引き割き、四肢をもぎ取らんと掴みかかる。
 否、既に奏者の右腕は死者の濁流に飲み込まれていた。
「……因果応報、だな。大丈夫か」
 そう呟き葛葉は、顔面蒼白になって震えるきなこの視界を遮るように立つ。
 一歩間違えれば、自分達もあのようになっていたのだろうか、と思いながら。
「これはぐるぐさんが?」
 この状況が異常なのは明らか。ゆえに凜子は声をかける。この状況が生まれる最初の声を発した少女へと。
「うん、ひっくり返したよ、計画通りに!」
 永きを生きた少女は笑顔を浮かべる。もちろんそんなの、大ウソだ。
 全ては偶然。そんな事はわかっている。
 でも、今の彼女なら、なんでもできる。そんな気がした。
 それこそ、お姫様の密室定義も、氷狼の全て凍らせる拳も。
 かつてあったものであれば、どんな宝石だって盗み出せる、そんな気が。
 その時、死者の濁流を突っ切って、一つの影がぐるぐの前へと立ちはだかる。
「きさ……まっ……運、命をっ!」
 伸ばす左の手は既にひじから先を失っている。抉られて残り一つとなった奏者の瞳に籠るのは殺意。
 されど、届かない。男はその場に崩れ落ちる。既にその命運は、尽きている。
「うん、言ったじゃない。おじさんの演奏はつまらないってさ」
 呻く男。既に、言葉をしゃべるほどに生きる時間を失う程の傷を負ってなお、男は口を開く。
「残念だっ……たな、オイラは……例え死んでも……ケイ、オス様さえいれば、まだ……っ! お前のは……運命の無、駄遣いだっ……!」
 息も絶え絶えに、男は吐き捨てる。それが、彼が最後に残そうとした悪意。
「……っ」
 思わず息を呑むエルヴィン。手にした盾を、思わず取り落としそうになる。
 圧倒的な死者操作能力を持つケイオス。彼ならば『楽団員の遺体を精密に操作して生前の能力を使う』事が出来てもおかしくはない。
 ならば、例えここでゼベディを殺したとしても、意味はない。
 そう、意味はなかったのだ。リベリスタ達がゼベディに肉薄するために、植物園と住宅街の逃げ損ねた人間を見殺しにしたことは。
 何の……意味も。
「そんなわけないじゃん。そんなぜつぼー、ぐるぐさんはのーせんきゅー」
 それを少女は笑い飛ばす。
「た、とえ……死体を残さずとも……霊魂になってでも、チミ達に……っ」
「だって、ゼベディさんが柱姫さんの死体を手に入れたのも、ゼベディさんがこの富山に来たのも、全部ぐるぐさんの計画通りなんだもーん」
 無論、大嘘だ。だが、偶然が重なり、必然は既に生み出されていた。
 これを運命の寵愛と言わず、何と言おう。
 唖然とする男へ向けて少女は指をさし笑いかける。
 その指先に生まれた魔術は、公園で見た『篭女』の柱姫としての能力の片鱗より再現した古の術式。
「ゼベディさん……貴方を神通川の人柱最新号に任命しちゃうねっ!」
 その顔に浮かぶのは会心の笑顔。悪戯が上手くいった少女の笑み。
「なるほど……土地に縛りつける、か」
 思わず呻く雷慈慟。乙姫の例を見れば、『人柱としての異能』は自らの意思と無関係な事は明らか。
 そして、人柱となった遺体は、魂は、『川の流域に縛りつけられる』。
 ケイオスがこの地で戦わぬ限り、彼の遺体が動く事はまずありえまい。
「……っ!」
 ゼベディは目を見開く。既に、声など出ない。
「ぐるぐさんの前に無駄なんてないよっ、どんな人の命も、皆、輝いてるもの。だから」
 全ての材料は、彼が手配したようなものだ。自分を殺す凶器も、封ずる手段も。
 ただ、予測できなかったのはそこに『他人の生き様と技術を愛する、運命に愛された悪戯の天才』が入り込んでくるという、そのただ一点で。
 予測など、出来るわけがない。模倣できるはずなど、普通ならばなかったのだから。
「それに気づけなかったキミは……自分の業に呑まれてろ」
 そう言って、女は初めて『年相応の笑み』を浮かべる。
 続けて呟かれた胸糞悪いね、という囁きは男の耳にはもはや届かない。

 そして、空港に静寂が満ちる。死者達は崩れ落ち、柱姫達もまた、動かぬ遺骨へと還る。
 その中でぐるぐは実感する。
 長きに渡って己を護って来てくれていた運命が……全て消え去っていく喪失感を。
「ぐるぐ……お前」
「うん、使い切っちゃった。これで空っぽ、怪盗ぐるぐさんはカオナシさんの仲間入りだねっ」
 拓真の問いに、女は笑って答える。未だ運命の寵愛は終わってはいない。
 今はまだ、彼女は人間。
 されど、それが途切れれば……。多くの者が、息を呑む。
「そんな……なんで、なんであんなゲス野郎なんかに自分の全部をっ!」
 絶対的な自信を得たつもりだった。怒りの感情も全部演技の心算であった。だが、そこで初めてエルヴィンは心の底から、声を荒げる。体が震える。
「嫌だ……そんな、ぐるぐさんが……」
 逆に声を落としたのは意外にも優希。湧き上がってきた感情は慣れ親しんだ怒りや憎しみではなく……平和で楽しい日常を失う事への恐怖。
 一度溢れたそれらは堪えきれず……視界が自然と滲む。
「ぐるぐさんは死なないよ。だからほら、笑って。そしたらかわいいから。えるえるとほむほむに涙なんて似合わないっ!」
 自分でも最後の時が刻々と迫ってくるのはわかっている。
 けれど、さよならなんて言うつもりはない。
 どんな状況でも笑い飛ばして一日一秒一瞬をトコトンまで楽しまなきゃ、そう彼女は想っているから。
 向けるのは満面の笑み。それに応じるかのように二人もまた、無理に笑顔を作る。
 全てを守りたかった男は、誓う。どれだけ辛くとも……様々な物を教えてくれた『二人』の老女の教えてくれた道を忘れぬようにしようと。
 笑顔を消そうとした男は、誓う。どれだけ辛くとも……その優しくも暖かな、焔ではなく、火のような感情を絶やさぬようにしようと。
「どんな状況でも、笑って、突き進んでね……迷っても、苦しくたって笑顔で全力でっ」
 ノーフェイスの対処となれば、やる事は一つしかない。葛葉と拓真は己の武器に手をかけようとして……出来ないでいた。それを見抜いた上で、少女はそう笑う。
 迷いを捨てなければ、この先の道はきっと険しくなるであろうから。
 世界を守りたい二人の男は、拳を握る。自らの目指した道の先を歩み続けるために、その叱咤を受けて。
「全く、アークの妙齢の女性は誰もかれも、本当に無茶な教えばかりを言うのだな……承った」
「はい、笑顔がとりえのきなこさんですから」
 そう言って、雷慈慟ときなこもまた、笑みを返す。感情を表に出す事に慣れぬ男の不器用な笑みと、看板娘の鮮やかな笑顔が並ぶ。それを見て満足げに、ぐるぐは胸を張る。
「それじゃあ、うけたまわりついでにもいっこ引き受けてっ、アークの皆に次のゲームのスタートを教えるのを。怪盗ぐるぐさんの盗んだお宝を探し出せ、ゲームっ」
 おもちゃ箱のような自分の箱庭で幾度となく繰り返したアドリブでの企画。その時のように少女は告げる。自分の決断を。
「見つける対象はぐるぐさん、賞品もぐるぐさん、別の世界へ隠したそのお宝を、果たして見つけられるかなっ……って」
 それはすなわち、この世界から姿を消す事。
 フェイト失くしてボトムチャンネルに留まれば、その先に待ち受けるのは明確な破滅。
 そんなの、絶対に面白くない、つまんない。もちろん、死ぬのも論外。
 だから、ぐるぐは願う。
 彼女が見た事もないような無数の宝石(じんせい)を見れるような場所(せかい)へ行く事を。
 げーむおーばーになれば、次に来るのはこんてぃにゅーするかの問い。
 答えはもちろん、イエスだ。その為に支払う対価が、いかに大きくとも。
「……お気をつけて」
 察した凜子は、そう言ってほほ笑む。境界線を越えて死んでしまった人は、幾度も見てきた。けれど、境界線を越えてなお……その境目を歩き続ける人間は初めてで。
 その命に祝福を。そう、凜子は願う。
「うん! それと、皆、大好き! 楽しかったよって伝えてね。それじゃ、まったねー」
 運命の寵愛の時間が、過ぎ去ってしまう。終わってしまえば、もうチャンスは無い。乗り過ごしのできない一方通行の電車のようなものだ。
 この世界へ戻れば身に待ち受けるのは破滅。ゆえに、もうここに戻ってくることは間違いなくあるまい。いや、むしろ見知った顔を見れば未練がわくに違いない。だから、彼女は強く願う。二度とボトムチャンネルに戻れぬほどに、大好きな人と再開できぬほどに、『運命』の繋がらぬ世界への旅路を。
 それでも……それでも、ここに残る人達に夢を見せてもいいじゃないか。
 彼女はぐるぐ、悪戯の化身のふらいんぐぐるぐ族。
 最後のいたずらは……すっぽかし。なんとも子供らしくて彼女らしい。
 陽気に手を振り、運命の残滓が消え去る直前に、少女は掻き消えた。

 かくして、富山の戦いは幕を閉じる。
 木管楽器グループの楽団員を完全に無力化し、死亡させるという結果を伴って。
 犠牲者は多数、されど彼らは全て手厚く埋葬され、今日も富山の中心部を貫く河は穏やかな水面を見せ続けている。
 リベリスタ達は勝ち取ったのだ。この結末を。

 されど、日本各地での戦いは全てが勝利に終わったわけではない。
 第二楽章が終われども、奏者が一人減ろうとも、その音色は終わる事は無く……物語は次へと移ってゆく。

■シナリオ結果■
大成功
■あとがき■
リプレイ文中にもありましたが、作戦次第では空港で多くの死者が発生しうる可能性のあるシナリオでした。
それを作戦と戦略で捻じ伏せて敵に肉薄した皆様の手腕と決断に拍手を。
それがあったからこそ、運命の寵愛は仲間の死の可能性を覆すだけでなく、十分すぎるほどの力を振るえたのでしょう。

彼女については、彼女らしい最期、を追求したゆえの結末です。
もう、皆様の目に触れる『世界』へ来ることは無いでしょう。
はるか遠くへと旅立った彼女は、死亡と扱われる事になります。

ゼベディ・ゲールングルフとの戦いは、これにて幕となります。

それでは皆様。これから先も……良い旅路を。