● 河口に向けてそそぐ緩やかな流れ。 その傍らにある巨大な空港は、異様と言ってもいい静寂に包まれていた。 「いやはや、全くもって寒い所だねぇ。こんなところに来たのはいくらモーゼス様の命とはいえオイラの失敗かねぇ」 空港のロビー、そこに居る唯一の『生きた人間』はそう呟く。 神経質そうにせわしなく周囲を見回す男。その口元に浮かぶのは嫌らしい笑み。 「しかし、その上で『アレ』を見つけてきたオイラは慧眼に値するとは思わないかね、チミィ?」 傍らの影に問いかける。だが、帰ってくるのは沈黙と呻きばかり。 「アガァ……グァ」 当然だ。その影達は、死体ばかりなのだから。 だが、その返事にもその男……『楽団』員が一人、ゼベディ・ゲールングルフは笑顔を浮かべる。 「既に『楽器』の調律も済んだからねぇ。ここに来ようとも、準備は万全だし」 ちらりと横を見る。そこに居たのはかつて、公園にて彼に殺された『リベリスタだったもの』である。 無数の腕に無数の突剣を構えた異形と、無数の人間の足を継ぎ接ぎしたかのような2メートル近い無数の関節のある足を五本持つ異形。 生前の面影は手を加えられていない顔くらいしかない。 「まぁ、死人をここまで減らされたのは多分リベリスタ達のせいだろうねぇ。全く、避難誘導に徹さずにこっちにかかってくればよかったのに」 そういうゼベディであるが、その声に微塵も悔しさは無い。むしろ、何処か嬉しそうに弾む声。 「だが、オイラの事をアイツらが放置するはずもない。もうすぐ、真打がくるのかな、楽しみだよオイラは。あぁ、『貌』だけじゃなくて『腕』も遊撃に回すべきだったかねぇ」 思い出すのは、かの公園にて相対した十人のリベリスタ達の顔。あぁ、あの表情を絶望の色に染めるのがいかに楽しみか。 「その前に……ここまで来れるかが不安だけどねぇ。オイラの第二楽章、『最低の二律背反』を通って、さ……ははは、はははははは、はーっはっはっはっは!」 そして、男は耐えきれなくなったのか、腹を抱えて笑う。 それに応える者は……そこには居ない。 ● アーク本部は慌ただしさを一層増していた。 当然だ。かの『楽団』が大きな手に一斉に打って出たのだから。 「結局のところ、今までの彼らは『手駒』を増やしていただけだった……けど、本気を出してきた」 疲れた様子で語る『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)、その後ろでは無数のピンが止められた痛々しい日本地図の姿が目に入る。 今までのケイオス率いる楽団の戦いは、言うならば現地で戦力を調達した上に持って帰れるという、どうやっても彼らにとって有利なものであった。 そうやって死体……いや、彼らに言わせるならば『楽譜』を彩るための『楽器』を増やしてきた彼ら『楽団』はここにきて一斉に行動を開始する。 それは、ジャックすらなしえなかった日本中の都市での破壊行為。 ケイオスの隠蔽能力をしても隠し通せぬほどの大規模な動きだが、その脅威は計り知れない。溜め込んできた戦力を元にした圧倒的な物量による破壊もさることながら、彼らの作戦が成功すれば、都市一つが丸ごと彼らの配下ともいうべき『ゴーストタウン』と化すことは想像に難くない。 今回の戦いは、冗談でも何でもなく、日本の平和を守るための戦い。 ゆえに、ブリーフィングに臨むリベリスタ達の表情にも、普段ではないほどの気迫が宿っている。 「今回皆に行ってもらうのは、富山。その空港にいる『楽団員』ゼベディ・ゲールングルフを撃退してほしい」 かつて、三ッ池公園を強襲した木管楽器グループの一人たるその男。ゼベディ・ゲールングルフ。 リベリスタ達の導き手だった『教諭』というリベリスタの死を貶め、多くのリベリスタ達の命を奪った凶悪な『楽団員』である。 「彼は神通川のすぐ傍らにある空港を占拠して、そこから周囲へと攻撃の手を伸ばしているみたい」 幸い、富山在住の地元のリベリスタや、かつてゼベディに煮え湯を飲まされたい経験のある『学舎』というアークのリベリスタ達が住民避難の活動を行っているために被害そのものは抑えられている。 だが、このまま放置すれば、この北陸の都市に死が満ちる事は想像に難くない。 「皆にしてほしい事は、ゼベディによって行われている虐殺の手を緩め、彼を撤退させる……または倒す事」 もし可能であるならば、ここで倒してしまう事が望ましい。だが……それは敵の戦力を考えるに少々無謀であるとイヴは言う。 「敵のメイン戦力は一般人の死体。ゼベディが操っているそれはさほど強くはないけれど、耐久力がかなり高いよ。それに、犠牲者が出る度にその戦力は増えていくし、彼は公園で手に入れた戦力も投入してくる」 防御を貫通する能力や飛行能力を有する亡霊の他に、あの戦いの中で散ったリベリスタを『調律』という名の魔改造を施して投入してくるのだという。その力は決して侮れない。 おまけに、今回は前回静観を決め込んでいたゼベディ自身も戦いに参加する。 「彼は周囲の三つのエリアに既に攻撃の手を向けてるみたい。そこを突破しない限り、空港に近づくのは難しいよ」 北側にある植物園、東南側の大きな公園、西側の住宅街。それらの内いずれかに布陣されたアンデッドを倒していかなければ、ゼベディの元へと到達することは出来ない。 おまけに、ゼベディは千里眼の能力を持っており、全ての戦場を監視している。場合によっては遊撃班ともいうべきの死体達を別エリアに送り込んだりと厄介な動きを行う可能性もある。 「可能であれば、突破しない戦場にも戦力を割けるなら割いてほしい。その方が、絶対に被害は減るから」 とはいえ、ゼベディを撃退する事こそが肝要。心を鬼にして一部の地域を見捨てる事もリベリスタには求められるかもしれない。 「それと……空港以外の各戦場には『柱姫』というゼベディが富山で入手した死体がリーダーとして配置されているみたい、その一般人を殺す能力もさる事ながら……その性質が厄介。彼女達の遺体は元々、『人柱』として埋められた死体らしいの」 古来より幾度もの氾濫を起こしてきた神通川。 今では一般人に忘れ去られてしまったその名の由来は、神秘の技術……即ち古の革醒者の魔術こと人柱によって河の氾濫を抑えて水を通してきたことにあるのだとイヴは言う。 その人柱として使われた人物の遺体をゼベディは掘り起こし……今回の先兵として用いているのだ。 「柱姫達は、いうなら元リベリスタの死体と同じ。それも、この川を守護してきた十分に強いものだよ。能力もアークのトップランカーには劣るけれど高いし、ゼベディが精密に操作しなくても、生前の技をある程度使える。そして何より、彼女達を倒し過ぎると、川を護っていた霊的な加護が破壊されて……」 はるか昔に比べれば、水害対策は十分に取られているがゆえに、大惨事にはならないであろう。 とはいえ、『本来ならば雨量のさほど多くない、凍てつくような寒さの時期』に、『本来ならば堤防の決壊するはずのない数地域』で同時に水害が発生すれば、それが小規模であっても被害は避けられまい。 「柱姫一人までなら、地元リベリスタ達の救護で十分に間に合う小規模な物ですむけれど、それ以上倒すと、死者は免れないよ」 もしそれによって死者が出れば、それも『楽団』の元に取りこまれてしまうかもしれない。 無論、これは避けなければならない。 柱姫達には知能は残っていないためにその動きは計画的な物になりにくいが、全て倒すわけにはいかない敵というのは厄介なこと極まりない。 幸いなのは、彼女達が神通川流域に縛りつけられている事。ゼベディさえ富山から撤退させれば、柱姫達はその危険性を失ってただの骨に戻るのだという。 「はっきり言って、非常に危険な戦い。被害を考えると負けられないと意気込むのも分かるけれど、無茶はしないで。逃げる判断も時には大事」 今回は包囲された相手の陣地へ切り込む形の戦い。一歩引き際を誤れば、壊滅的な被害を被る可能性すらある。 逃げる為の手段は講じておくべきだとイヴは念を押す。 「革醒者の死体を渡せば、相手は劇的に強化される……なんといっても、ゼベディは『リベリスタをリベリスタで殺す事に特化した楽団員』だから。だから、絶対に死なないで」 無論それだけではない、イヴとて顔を見知った人に死んでほしくないという強い思いはある。 されど、少女はそれを呑み込んで。 「どうか、頑張って……死者の濁流から元気に帰って来てね」 そう、リベリスタ達を送り出すのであった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:商館獣 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年02月13日(水)00:04 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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