● 死者が蘇り、生者を襲う。そんな話はフィクションだ。 ――その言葉はもう、通じない。 『王道のホラームービー』が日本中のあちこちで『現実の悲惨な事件』として記憶され始めた頃、指揮者は譜面のページを繰ったのだ。 ● 「――皆も話は聞いてると思うけど。 ケイオス・"コンダクター"・カントーリオとその『楽団』が、また動き始めた」 リベリスタを見回して、『リンク・カレイド』真白 イヴ(nBNE000001)は口を開いた。 彼女の言葉がいつになく早口に聞こえる気がするのは、事態がそれだけ逼迫しているということだろうか。 「今まで彼らが日本で散発的にやってきたことは、『ビラ配り』と『楽器集め』。 恐怖を撒けば撒いた分だけ、社会は不安に揺れることになる。恐れおののく人々は、彼らにとっては素晴らしい観客。ただビラを配るよりは、デモンストレーションしながら配るほうが、効果は高いから――理解したくないけれど、多分そういうことだと思う」 イヴがゆっくりと首を振り、言葉を続ける。 「楽器集めは――『楽団』は死者を利用して事件を起こすから。 私たちが防げた事件もあれば、防げなかった事件もある。たとえばリベリスタやフィクサード狙いならともかく――出会い頭の一般人を唐突に殺されたら、私達には防ぎようがない。場合によってはその殺人を知ることができるかどうかも、怪しい。万華鏡をフル稼働させても、その全部を把握することは難しい」 リベリスタは、資料の中にある『白い鎧盾』の文字に目を落とした。 ポーランドのリベリスタたちが辿った状況と、現状は同じなのだ。 どれ程健闘したとしても。『原資が無料(タダ)』のゲリラ戦を完封する事は出来はしないのだ。 沈黙が落ちるより先に、イヴが状況の説明を再開した。 「万華鏡が感知したのは日本各地での攻撃――それこそ、隠せないほどの大きな破壊活動。ケイオスは全国の中規模都市に致命的打撃を与えようと考えている。大量の犠牲が出れば、『楽団』がより手をつけられなくなるのは言うまでも無いこと。 この戦いには、冗談でもなんでもなく、日本の平和がかかってる」 ああ。今こうしてイヴが言っていることは確認でしかない。 しかし、必要な確認だ。全てはそのとおりなのだ。 フィクサードたちでさえ、この状況を看過することはできないと動きを見せているのだ。 主流七派といわれるフィクサード組織のうち裏野部、そして黄泉ヶ辻を除く五派はアークを当面の敵としないとなったらしいではないか! しかも既にそのことはアークの上層において承知のことだという。昨日の敵は今日の友――とまではいかずとも、この期に及んで敵でいられるほど、悠長な状況ではないのだ。 何せ死体になってしまえば皆、楽団の玩具となってしまうおそれさえあるのだから! ● 香川県は四国地方における政治・行政の中心都市、高松。 そこに栗林公園という、日本庭園がある。 かつて栗林公園動物園があったという駐車場は――今、殺戮の現場だった。 「くそっ、化物共めっ!」 それは悪夢と言ってよかった。次々と倒れていくリベリスタ達。 「馬鹿な、小麦の結束を誇る俺達、『讃岐の絆』がこうも易々と!?」 戦場を舞う死の糸の群。嵐の様に荒れ狂い――なのに恐ろしく精密に急所を、四肢を貫く。 「諦めるな! 耐えて突っ切れば、勝機も見えてくる!」 男が吠える。彼の言うとおり、その威力のひとつひとつは一撃で全てを屠るほどの猛威ではない。 だが――多い。休み無く襲い来る痛みに、更に数人が倒れ伏す。 「ダブルアクションだと……くそぉ! 負けるか!」 それでもなお、死の川に足を踏み入れずにいた数名の勇者たちが、 ──がぉん!! 鈍く重い金属音。その音と同時に、肉塊に変わった。 「……そ、そんな。 そんな……」 漏れる呟き。絶望に染まったそれを飾る様に、響き渡る旋律。 それは、ヴィオラの二重奏。 「いやあ、本当に良い拾い物をしたねアンジェラ。あの公園はまさに宝の山だ」 美しい金の巻毛を持つ男は、死にゆくリベリスタ達など見えていない風情で隣の美女に話しかける。 「ビアンカです、アンジェロ。……三ツ池公園は、まったく都合の良い場所でした。 掘り出し物を得たと喜んでいたのは、何人かいたように思いますが」 美女――ビアンカもまた、ヴィオラを精妙に弾き鳴らしつつも、戦場を一顧だにしていない。 それはそうだ、勝敗はもう決していたから。 「アンジェラちゃんは強くて良い子だけど、ちょっと腕力に欠けるからね。 ラガッツァとしてはそういうところもかわいいんだけど、人形としてはちょっと物足りないところだよね」 「クミです、アンジェロ。 弱点は誰にでもあるものでしょう。ですが、彼の存在は綺麗にその穴を埋めてくれます」 相変わらず人の名前を間違え続けるアンジェロと、訂正を諦めないビアンカの笑えない談笑が一段落し――ヴィオラの演奏が終了した時、そこに居る生命を持った存在は彼ら2人だけだった。 立っている存在、と広げればそこに2体が加わる。 一つ、糸玉を持つ少女――クミ、という名前のリベリスタだった――の亡骸。 クミは虚ろに、ただ佇んでいる。使命と魂を喪った、リベリスタの抜け殻。 「うんうん、良い感じだ。それじゃあ行こうアンジェラ、アンジェラちゃん。次の演奏会の会場を選ばなきゃ」 「私はビアンカです。そして彼女の名前はクミ。一度死ぬべきですアンジェロ。 それと、進む方角を変えてください。そちらには昨日行ったサヌキウドンの店がある」 そしてもう一体は、巨躯の鉄塊。よく見ればそれは鉄でできた、いびつな骨格。 肥大化した腕には青い布が絡まり、鉄面の様な形を作る頭蓋骨――その姿、さながら鉄の鬼。 「ああ、あの店! それは駄目だねあそこは美味しかったからね。 店員のアンジェラちゃんも可愛かったしね。じゃああっちにしようか」 「……店員は明らかに日本人でしたし恐らくアンジェラでは無いと思われます、アンジェロ」 ビアンカは呆れながらも、死体を見て回り、潰れた肉塊をしみじみと見つめ――躊躇なくその中に手を突っ込むと、ずるりと内腑をひきずり出した。 「調度良いガットがありましたね。今度は、これであなたの弓を新調しましょう、アンジェロ」 「アンジェラ好きだね、そういうの」 今日のところは訂正を諦めたらしいビアンカがはそのまま無言で、20、いや、潰れて数えにくいのも含めれば25は確実にあるだろう死体から、使えそうな物を探して回る。やがて5体を選ぶとヴィオラを再び顎にあて、金色が一房混じった弓を引く。 魂を失った『讃岐の絆』たちが立ち上がり――死者たちは、進軍を開始した。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ももんが | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年02月06日(水)23:58 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● ゲートから駐車場に踏み入れれば、外に出ようとする死者の群れはすぐに見えた。 だが――それは、お互い様だ。 「おや? 新手かな」 「ひとり見覚えがあります。おそらくは方舟かと」 リベリスタたちに目を向けたアンジェロがへらりと笑い、ビアンカがヴィオラを構えたまま答える。 「ふぅん。鉄骨、あいつらを真ん中から蹴散らして――」 「――そうはさせないわ」 アンジェロの命令に、最前列の鉄塊がのそりと足を踏み出す。そこに全力で走り込み、その勢いを持ったままHaze Rosaliaで切りつけた『逆月ギニョール』エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)――彼の狙いは、かつて『鉄鬼』と呼ばれていた骨の抑え。それを見て取ったか、アンジェロが目を細める。 「へえ。その細身でこの鉄骨死体を抑えきれるの?」 「今更善人めいた事を言う気はないし、貴方達に嫌悪以上に思う所は無いわ。 でも、あたしにも許せない事がある」 笑みを含んだアンジェロの言葉を聞き流し、エレオノーラはテッキを、そして楽団員を睨む。 わずかに不快そうな表情を浮かべたビアンカが、楽器を離さないまま声を上げた。 「――兵隊たち。あなた達の得意だったという、絆の連携――ここで見せるが良いでしょう」 ビアンカの令に従って、剣士姿、闘士姿の兵たちが前に歩み出し、十字架を掲げた兵が、盾を持った兵が演奏者の護りのために下がる。アンジェロがヴィオラを鳴らす。冒涜の奏者が、その体が覚えた技を操る。盾を掲げて十字の加護を呼び出すもの、光を鎧に変えて剣兵に施すもの、中衛位置で防護の結界陣を展開するもの――そして兵達に命令を出しながらも、演奏が途切れることのないビアンカのヴィオラ。それによって、エレオノーラと相対する鉄の塊が動作制限を解除する。 (あたしが意識を失うまで彼女は生きていた。意識がなくてもそれでも生きていた――) ぎり、と唇を噛み『フェアリーライト』レイチェル・ウィン・スノウフィールド(BNE002411)は自責の念を抱く。(死なせてしまった。リベリスタとして生きたあなたを、フィクサードに使われるようにしてしまった。 もう倒す事しか出来ない、そうする事でしか救いにはならない――謝ってもどうしようもない。 声は届かない、気持ちは伝わらない。でもそうしないわけにはいかないじゃない……!) 「――ビアンカにアンジェロだったわよね。 普段はキャラじゃないから別にやらないんだけど……今回は名乗らせてもらうわ。 レイチェル・ウィン・スノウフィールド。その子を守れなかったのはあたし――けじめはつける!!」 彼女の目線の先、目の光なく糸玉を抱えた少女――クミが佇んでいる。レイチェルは、リベリスタたちに翼を授ける加護を乞う――あの日と同じように。 「アレは鉄鬼の死体を使っただけの鉄鬼では無い代物だ。彼は彼女と共に在る」 低く呟いた『シャドーストライカー』レイチェル・ガーネット(BNE002439)――この場では彼女をレイと呼ぶ――が厳然たる意思を光に変えて放つ。 「だからってイラつかないって訳じゃない。 お前達が死者の尊厳を踏み躙ると言うのなら――お前達そのものを、踏み躙ってやる」 テッキを含めた前衛の兵たち、そして幾らかの死体を神気閃光で打ち据えたレイの尻尾は膨らみ、足は立ち止まるということをしない。 エレオノーラは身体能力のギアを大きく切り替え、速度に己を最適化させる。『リング・ア・ベル』ベルカ・ヤーコヴレヴナ・パブロヴァ(BNE003829)が、すいと目を細めた。 「ふん、屍狂いどもめ。私の敬愛する教官は常々仰っていたよ。『憎かろうが、死ねば仏』とな。 すなわち、死者に向けるべきは敬意と哀悼! 貴様らが如き外道が手慰みの種にして良いものでは断じて無い!」 中衛を位置取って投げた強烈な閃光弾はアンジェロ達の後方で炸裂し、敵中衛から後衛だけを巻き込んで彼らの付与を破壊する。「あはは、こう来たか!」と、アンジェロが楽しそうに笑ったのが聞こえた。 わずかに震える足を、アンサングで鎮めながら『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)は顔を上げる。 「任務開始。さぁ、戦場を奏でましょう。――楽団の奏者達、此処より先は通行止めです」 その毅然とした声には、有無を言わせぬ迫力があった。目を向けたフィクサードたちの旋律によってか、全ての死者たちもまた、ミリィへと顔を向けた。 「貴方達の相手は、私です。もう誰も傷付けさせない。だって貴方達は、リベリスタだったから。 守りたかった誰かを、貴方達の絆を……誇りを、これ以上穢させない為に!」 意図的にホーリーメイガスを除いた兵に向けたアッパーユアハートに、他4体の『讃岐の絆』たちがみな、怨嗟の声を上げ始める。彼女の挑発は――『讃岐の絆』と名乗った者達に響いたのだろうか。 アンジェロとビアンカは閃光弾を受けてからこっち、演奏することに終始している。 「わーお、随分デバフ受けちゃったね? どうする、アンジェラ?」 「そうですね、すぐに回復させましょう」 いくらか大きすぎる声での会話は挑発ではなく、目と耳が衝撃に奪われてしまっているから。しかし彼らの心身に刻まれた演奏技術は一切動じず、ただ美しい旋律が、驕慢なる勅令として躯どもを動かす。 怒りに駆られた符術士の、闘士の死体が、ミリィへと駆け寄ると彼女の肩に噛み付き、腹を抉る。痛みを、恐怖をこらえ、ミリィは小さくささやいた。 「貴方達の守りたかった者は……私達が引き受ける」 ● テッキへと、流水を意識した構えから雷撃を纏い、疾風を思わせる勢いで『ムエタイ獣が如く』滝沢 美虎(BNE003973)が魔獣双拳デーモンイーターでの武舞を見せた。護り手までの距離は一度に向かうには遠すぎる――とはいえ壱式迅雷でテッキを押しのけるなど到底できず、美虎は楽団員を睨む。ふたりの緊張感のなさに、彼らにとって『人殺し』が娯楽にすぎないと理解したのだ。 「人を殺し、更にその死体を弄んで面白がる。その行為が、思考が、わたしには許せない。 代替品の無いお前らの命、ここでガラクタに変えてやる!」 唸るように声を上げた美虎の方へと顔を向け――ビアンカは、初めてはっきりとした笑顔を浮かべた。 「――あなたは死霊術にとても向いている。 イノチヲガラクタニ? その発想を、ネクロマンシーを否定しながら行うあたりが特に素晴らしい。 他者を踏み台にする方法を磨きなさい、少女」 熱っぽく語るビアンカの横で、彼女が操ったのだろう癒し手が光を鎧に変え、護り手の怒りを慰撫する。その様を見て『戦闘狂』宵咲 美散(BNE002324)が深紅の槍を構え直した。前に来れば落としやすいだろう癒し手は、操り手たちもそう前に出すことはないと察したのだ。 「鉄鬼よ。お前は少女と共に散る事を選んだ。――眠りを妨げられ利用されるのは不本意だろう。 お前を眠らせる為には楽団を潰す必要がある。この期に及んでお前と戦えん運命とは口惜しい」 エレオノーラの前に立つ鉄塊に目を向ければ、いつか見た光景が重なる。まだ『望み』はあるからか――ミリィへと向かっていた剣士の前に立ちはだかり、戦闘狂は幾分愉しそうに名乗りを上げた。 「――宵咲が一刀、宵咲美散。推して参る!」 『紅炎の瞳』飛鳥 零児(BNE003014)もまた、癒し手が遠すぎる、と唸る。 「死体を操るのも、その為に殺すのも、どちらも本当に気に入らないな……逃がさずにここで仕留めたい」 そのためにも、まず数を減らしたかったのだが――唸っていても仕方がないのも事実。兎にも角にも、ミリィに噛み付く符術士に、叩き潰すための大剣を振り下ろした。 上機嫌を隠さないビアンカは、護り手を操り邪気祓いの光を放たせ――それから美虎へと目を向ける。それはまるで、教師が手本を見せた時の様な表情。 目の前に立つエレオノーラ、そして美虎という邪魔者を受けて、テッキが鉄の髑髏をがこり、と開いた。肉のない屍は咆哮でもあげたつもりだろうか。鉄骨は360度にその両腕を振り回し、二人を痛烈に打った。 (技なしで、この威力か――。あの時よりも『痛い』わね) アタッシュケースで受け流して、エレオノーラは以前受け止めた一撃を思い返す。 ――その足元を突き刺そうと狙う糸に気がつけたのは、僥倖だった。 クミが、前線で糸玉を掲げている。それは気糸の要領で広がりリベリスタたちを襲った。執拗に、しかも二度狙ってきた糸をすべて避けることができたのはエレオノーラのみ。あとは兵に囲まれたミリィが、最初から狙われてすらいない。正確な痛撃は、クミの生前の研鑽の賜物なのだろうとベルカが臍を噛む。あとの5人は、武器を取り落とすようなことこそなかったが、敵意を持ったそれに足をとられている。 レイチェルは後衛位置で、舌打ちしそうに表情を歪めながらも高位存在へと癒しを呼びかけ――その具現を見てから、問いを投げた。 「再会ついでに聞くけど、アンジェラってのは誰?」 「お前が失った大切な者の名か?」 美散もまた言葉を重ねる。それは興味というほどのものではなかったが―― 「え? 君の名前だよ?」 ――アンジェロの反応は酷いものだった。 「アンジェロに何を言っても無駄ですよ。彼には自分以外への興味が薄いのですから」 興味の対象は音楽と死者(玩具)とケイオス、美味しい料理と楽しいこと。 絶句したリベリスタに、アンジェロは不思議そうに首を傾げたが、直ぐにまあいいかと笑顔に戻る。 興味を喪ったのだ。 「ナルシスト……」 嫌悪を浮かべてレイチェルが呻く。 ● 相変わらず戦場を動きまわるレイの頭脳が並列演算を始めているのを見て、エレオノーラはさて、と呟く。 「意思も無いガワだけでお粗末に操られても、また貴方はあたしを捕らえられないわよ」 テッキへと、再び虚を突くように切りつけながらの挑発――それだけの事だが、この重量級を引きつけておくのはこの戦場において重要なことだった。ベルカも先と同じように敵よりも後方へ閃光弾を投げ、最後衛の2人と2体――癒し手と護り手――を巻き込む。他は随分と前方に出てきてしまっているのだ。 元来の早さで、クミが再び糸玉を掲げる。遊びのないその動作は、ビアンカによる操作だろうか。 今度は糸が戦場を舞うのは、一度だけ――しかし先より威力の強いそれに誰もが無事とはいかず、美散と零児の二人が再び糸を絡められてしまう。 (――まずいよね、これ) レイチェルが再び癒しの具現を祈るが――この調子では、早晩ガス欠が訪れるだろう。 「私のやるべき事はいつだって変わらない。 これ以上誰かが傷つかないように、この手を伸ばし続けるだけなのだから」 2体の兵に囲まれたミリィが、静かに呟き――剣士は美散が相手取った。癒し手を狙わぬ以上、これは十分『引きつけている』状態だ――それから鋭く叫んだ。 「避けて、零児さん!」 「!?」 驚き飛び退った零児に微笑みを向けて――ミリィは、低空飛行する己の足元に閃光弾を投げつけた。 ミリィを巻き込んで炸裂したフラッシュバンに、闘士が、符術士が――そして彼女自身が。体の自由を奪われる。さすがに驚いた顔を見せた楽団員に向けて、光翼を失ったミリィがにやりと笑ってみせる。 「私は戦奏者、戦場を奏でる者。 彼の者が破滅の譜面を描くのなら、悉く塗り替えて魅せましょう」 「は……っははは! アンジェラ、今の見た!?」 「…………」 大笑いを始めたアンジェロと対象的に、ビアンカは無言で険しい顔をミリィに向けるだけだったが――そのヴィオラに現れた一瞬の動揺は、旋律の乱れとして誰もが理解していた。 美虎はその隙に、クロスイージスの懐へと飛び込む。渾身の掌底が、死肉に衝撃を浸透させる。 「ああ、楽しいね!」 アンジェロがヴィオラをかき鳴らす。癒し手の術は、高位存在の癒しの具現。玩具遊び(戦い)を楽しみ始めたアンジェロの操作は、糸の見えぬマリオネットの如く。異変を感じつつも美散は剣士を槍で吹き飛ばし、距離を取らせる。零児がその横を駆け抜け、美虎に合わせて、雪崩のような連続攻撃を護り手に繰り出してみせる。もうボロボロと崩れそうにも見える護り手は、それでも操りの音色に従い破邪の一撃を零児に振るい、その背の光翼を吹き消した。美散に取り縋るように剣士が凄まじい破壊力の剣戟を食い込ませる。 テッキが、高さのある頭突きを振らせ――エレオノーラが唸った。 「この、石頭っ――しまった、鉄だったわ」 ● その時クミがぴくり、と反応したのを、レイは見逃さなかった。 「ここは、厄介な貴女を縛らせてもらう――!」 言葉とともに、動き回りながらクミの足元に展開していた罠を起動する。気糸は的確にクミを縛り上げ、その動きを戒めた。――効率の問題か、いつしか楽団員がクミを操るのは、彼女が何度も行動を行えそうな時だけになっていた。そのタイミングを、彼女は見つけたのだ。 レイチェルが少し表情を緩めたのは、その糸玉の猛威に幾度も癒しを呼び出したから。クロスイージスが倒れた分、ホーリーメイガスまで落とされてはたまらないとばかりの猛攻に切り替えられた結果、高火力を誇り避けることを得意としない美散や、時折讃岐の絆達を引き寄せては己の足元に閃光弾を叩きつけたミリィは言うに及ばず、回復手も、正確無比な気糸の狙撃手も――敵対する側からすれば厄介な相手に変わりなく、ふたりのレイチェルは比較的、巻き込むような攻撃を受ける形が多かった。テッキへと突撃を繰り返すエレオノーラも持ち前の身のこなしでテッキの動きをいなしていたが――それでも、生前からの破壊力を誇るデッドオアアライブは徐々に彼の体力を削り取り、つい先程運命をくべたところだ。 「これ以上勝手なことはさせない! 今まで好き放題したツケ、ここで払ってもらうぞっ!」 麻痺したクミを繰るのを諦めたか、ビアンカの奏でる曲調が変わり――美虎が、慌てた様子で周囲に転がったままの死体の前に立ちはだかる。美虎の表情に、ビアンカは再び破顔した。 「本当に、良い奏者になれますね、少女」 読み違えは、近づかなくとも何も問題がなかったこと。検分は、使えそうな――例えば押し潰した死体を動かした所で使い出がない――ものを5体を選んだだけであって。 「やられた!」 レイが唸る。 美虎の背後から立ち上がった、潰しきれなかった死体どもが、目の前の柔らかそうな肉に殺到し――運命を燃やし、美虎は喰われることを避けたのだ。 「くっ……」 こちらもやはり、起き上がった死体に運命を喰われたベルカが殺意の視線を癒し手に投げ、癒し手を屍に返す。最後の聖神の息吹を使ったレイチェルは、せめてもと周囲を見回す。誰かへの攻撃を代わりに受けるくらいなら、できるはずだと。 (だってあたし、クミの命と引き換えに生きてる。あたしは、命を張って彼女を救うべきなんだ) ミリィがアッパーユアハートを、全ての兵達に向かって放つ。ぎろり、とミリィを睨む目、目、眼孔、目。それによって兵から離れることの出来た美虎が、フラッシュバンで痺れた符術士に走りこみ、土砕掌を叩きこむ。美散がオーラを纏った連続攻撃で、零児は切り込むことでそれに続き、符術士を崩す。 「……飽きてきた」 あくび混じりのアンジェロの演奏に従い、剣士はミリィ、符術士を倒したばかりの3人、にじり寄った死体いくらかを巻き込み己の剣を旋回させ、闘士が壱式迅雷を繰り出す。零児はまだ運命と引き換えにたちあがれても――ミリィはもう、起き上がれない。ビアンカがやれやれとヴィオラを離し、光翼を喚ぶ。 「もし今貴方に意思があれば、あの子を置いて1人で居るなんてしない――」 エレオノーラの見上げる骨は、再びその頭蓋を落とす。 「だから貴方達の決意を汚した彼らを、許したりしない。あの子の元に送ってあげる、鉄鬼」 倒れ伏したエレオノーラに、鉄鬼は何も応えない。 自分も満身創痍ながら、美散が笑う。この状況を望んだわけではない。それでも――。 「漸く心残りを解消する時が来たようだ」 テッキを見据え、槍を構えた。 ● あとに語れることは、そう多くない。 楽団員はすぐに逃げ出すことはなく――背を向けるならばチャンスだと、畳み掛けようとしたレイのトラップネストは確かに彼らを足止めすることが出来たが、その分、再び動き出したクミをアンジェロが操り、レイを庇ったレイチェルが――その行動すら完全に解析された上で――追い詰められ、意識を失い。 気力の尽きた美虎は剣士に殴りかかり、それに止めを刺すも闘士に背を切り裂かれ、膝から崩れ落ちた。 殺意をクミに投げかけつつも、このままでは、誰かしら死を免れないと、ベルカが退路を確認する。 その一方で、美散が鉄鬼の脊柱を砕いた。拾われた玩具は使い捨てられるかのようにそこに転がり、楽団どもはもうソレに興味を示さず。ビアンカを抱えて、アンジェロは残った闘士をも無視して飛び立ち、クミに己達の後を追わせて――中央通りへと向かっていった。 惜敗――と言えば、聞こえはいいだろう。だが――。 「止まれ、止まれ、止まれ、止まれーっ!」 唇を噛むベルカの耳に、身動きも取れぬままに叫び続ける美虎の声が響き続けていた。 <了> |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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