● 潮風が清々しい一日だった。 天門橋。 諸島を繋ぐ天草五橋のひとつだ。 九州・熊本、天草諸島を繋ぐ交通の要所である。 緑豊かな山々に広大な海の上を渡る。その風景は、自然とドライバーたちの心を躍らせる。 「ん、渋滞か?」 ある運転手は、不自然な前方車両のブレーキランプ点灯に疑問を抱きつつ、減速した。天草諸島はけして人口も多くはなく、まして五橋上での渋滞など滅多にありえない。 事故でも起きたのかとラジオの交通情報を当たっても空振りだ。 とうとう車両は止まってしまった。 「参ったな……」 そうぼやいていると、強い衝撃が彼を襲った。 前方車両が、いきなり後退、激突したのだ。エアバックが作動する。 鈍痛に耐えつつ、何が起こったのかと車両のドアを開け、半身を外へ。 そして信じがたい光景を目にした。 幾つもの人影が、人々を襲っていた。 人影の怪力は車両のドアを強引に引き千切る。女は悲鳴をあげて反対側から逃げようとした。出口には、もうひとつの影が。 断末魔。 警報機がいつまでも鳴り渡る中、荘厳な調べが聴こえてくる。 神に捧げる、祝福の如き音色。 パイプオルガンの、力強く壮大な奏楽だ。伴奏は、逃げ惑う人々の悲鳴、絶命。 逃げねば。 しかし車両のエンジンを掛けたところで後方にも車両があり、身動きが取れない。 車両を捨て、必死に走った。潮風と血霧の匂いが嘔吐感を誘う。 誰か、助けてくれ! 彼は救いを求め、ひた走る。他の誰かが救いを求める声がしても、置き去りにして。 光が差す。 橋の終端に一団が佇んでいる。 十字教の司祭のような清廉な装いの姉妹と、その中央に立つ、美しき貌の青年――。 天草四郎時貞。 まさに其の人だ。 「たす……」 脚が、死者の手に掴まる。指先が、喰らい込む。彼は何もできず、死者の晩餐に供されてゆく。 聖人は、無感動な面持ちのままに彼を見殺した。 海風そよぐ橋上にて。 銀髪緑眼の修道女は荘厳なる死の賛美歌を天に捧ぐ。 むじゃきな海鳥は青空に白い螺旋を描き、供物のおこぼれを待ちわびた。 ● 「至急! 九州熊本・天草の天門橋へ急行してください!」 作戦司令部第三会議室。 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は神妙な面持ちで資料をあわただしく読み上げる。 「“楽団”の一派に拠る新たな襲撃を予知しました。襲撃は本日夕刻、急ぎ空路にて皆さんを現地へ派遣いたします!」 バロックナイツ。混沌の指揮者ケイオス・“コンダクター”・カントーリオ。 彼の率いる楽団は、死者を操り、弄ぶ。 「今回の“楽団”の攻撃目標は、天草五橋です。 甘草諸島は五橋によって陸路が繋がっています。ここを破壊されると地上の交通インフラが麻痺を起こしてしまい、それに伴う大きな混乱が予想されます。 現地の民間リベリスタ“天草十字教団”が対応にあたっていますが、過去に楽団の攻撃を受けて多くの死者が出ており、単独での防衛は不可能でしょう。 彼らが死者の軍勢を食い止めているうちに、敵本隊の叩いてください!」 立体映像が天門橋を表示する。 九州本土と上天草市を繋ぐここは、天草諸島の生命線といえる。ここを断たれれば、通常の物流すらストップしかねないのだ。 表示が移ろい、天草十字教団の犠牲者リストが並んでゆく。 「これまでに死亡した教団のリベリスタ達です。過去に楽団の襲撃を受け、八名の死者が出ています。彼らについては生前の資料を用意しましたので、後でご覧になってください」 和泉は手早く説明に終始する。 それはある種、動揺の現れでもあった。 「敵楽団員の少女は、巨大なパイプオルガン型の破界器『オルガノン』を用い、一度に百体以上の死者を操ります。その音色は広範囲に届き、全長五百メートルの天門橋という戦場全域をカバーします。ただし演奏に集中するために移動ができないようです。防御フィールドめいたものを展開しており、その要になっているのは八名の死徒のようです。破界器や彼女への直接攻撃を当てるには、数体以上の撃滅は必要でしょう」 和泉は最後に、ゆっくりと言葉する。 「その、みなさん」 躊躇いがちに、けれど、着実に。 「どうか、生きて帰ってきてください」 和泉は、不安をごまかしたくて、はにかみ笑った。 「お土産、期待してますからね?」 ●資料 以下に記述するのは、万華鏡や天草十字教団の情報を元にした敵戦力の詳細である。 参考にされたし。 ・死徒 天草十字教団の革醒者たちの成れの果て。八名全員、生前と同じ概観に復元されている。 また大半が回復スキルを有している。 生前の実力は皆中級以上。上位陣はアークの精鋭に比肩する。 全体的傾向として、堅守と手厚い回復を旨とする。 ・破界器『殉教ロザリオ』 死徒および天草十字教団の共通装備。軽度のBS耐性を常時付与する。 ・天草四郎時貞。 島原の乱に登場する、歴史上の人物だ。今回の敵は、そのレプリカといえる。 天草四郎信仰に基づくEフォースを革醒者の死体に宿して操っている。 他の死徒より更に手強い。特に神秘防御が突出、神秘攻撃にも長ける。 ・十文字 愛知 時貞の器。レイザータクト。洗礼名ジェロニモ。十七歳。最初の犠牲者である。 剣術に長け、攻撃面に特化していた。シャイニングウィザードを得意とする。 ・『ホーリーメイガス』ミッシェル、マリエル 癒し手の姉妹。金髪碧眼の敬虔なシスター。フライエンジュ。 死してなお歪んだ形で仲間を守りたいという想いは息づく。 ・『ソードミラージュ』“隼の”ピエール 老年の剣士。隼のビスハ。本名は隼人。副団長。日本刀を使い、流麗な剣撃を得意とした。 ・『クロスイージス』“巌の”アントニオ 中年の旗手。本職は漁師。槍と旗の混成武器を振るい、日焼けした筋骨隆々の肉体を誇る。 上位陣のひとり。水上戦闘を得意とした。メタルフレーム。聖骸凱歌など回復も得意。 ・『クロスイージス』“鉄球の”ベルナデット 鉄球使いの老女。細身で背の低いの年老いた修道女。ピエールと同世代で実力も比肩する。 ジョンの祖母。亡きジョンの動く屍を自らの手で葬ろうとして失敗、死亡した。 ・『デュランダル』“血断の”クララ 大剣使いの女。ヴァンパイア。粗野でクール。決断が早く、素早くてパワフル。 自分が死ぬ直前、自らの両脚を爆砕した。義足で補強するが生前の機動力は失われている。 ・『プロアデプト』ジョン 戦闘論者の幼い少年。本来は経験は浅いが将来有望とされていた。実力は中級。 死者と化しても知略は落ちず、機械的に最善手を導く。が、そこに魂の輝きは無い。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:カモメのジョナサン | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 3人 |
■シナリオ終了日時 2013年02月11日(月)23:58 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
■サポート参加者 3人■ | |||||
|
|
||||
|
|
●白昼夢 疾奏する。 オルガノンは荘厳に鳴り響く。阿鼻叫喚の橋上にて、夕暮れる蒼海と青空の美しきに溶けてゆく。 鍵盤上を踊る少女の指先には労苦が刻まれている。その運指法は大胆にして繊細だ。 外海アーティ。 その奏楽を、憎悪を以って無価値と断ずるは容易い。しかし神秘を御する音楽なれば、魂に根ざす調べであって然るべき、だ。 『蒼き祈りの魔弾』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)。殉教者の法衣が潮風にはためく。リリはロザリオを痛いほど固く握りしめた。超直観が、外海アーティの調べを通して本質を見抜く。 「献身、慈悲、友愛。――狂いなき、調律された祈り」 深淵ヲ覗カバ、深淵モ汝ヲ覗ク。 「……何だ、この違和は」 『あるかも知れなかった可能性』エルヴィン・シュレディンガー(BNE003922)もまた、意図せずして死の賛美歌の根底に流れる“何か”に触れてしまう。 ほんの一時、ふたりは白昼夢の世界へと誘われた。 ゆっくりと幼稚な打鍵を繰り返す、黒髪の童女。 ときどき振り返って、見守るだれかに愛撫をねだる。 ランドセルをソファーに預け、待ちきれないと少女は黒いピアノを奏でる。上達している。大きな手が、そっと黒髪をやさしく撫ぜてくれた。 カレンダーには赤い花丸がついていた。 雨。 車中にて、ちいさなピアニストは夢中で語らう。 鉄の箱がひしゃげる。 横転した逆さの窓より這い出す。血塗れた少女の腕の中には、手首のみ。 慟哭。 古びた聖堂にて、銀髪の幼き少女は鍵盤に悲哀をぶつける。烈しく、狂想的に。 だれかの手が、そっと少女のちっさな手に重なる。音色が、再輝する。 連弾する二者。その音色と指先の優雅さは白黒の舞踏会でワルツを踊るが如く。 やがて織り成される大合奏。 楽団。 その指揮者は――混沌。 「くっ」 白昼夢から覚めたエルヴィンは殺到する死者の顎が砕けるほど強烈な膝蹴りを叩き込んだ。 「リリ、今のは何だ?」 「音楽には心が宿ります。破界器によって増幅されたならば、意図せずとも波長が重なり――」 リリは誓いの指輪を見つめ、目を細める。 「オルガノンとは、ギリシア語で“機関”そして“道具”の意です。外海アーリィ、彼女はケイオスや楽団の信仰者にして、その不幸な生い立ちを元に調律された道具なのでしょう。そして道具に甘んじることを自らの意思で望み、天へ祈りを捧げる。――過去の自分を視ているようです」 「加減できる連中ではないぞ」 仮面の下に表情を隠していても、声音はどこか自分に言い聞かせるようだ。 「――ゆえに徹底的な否定と破壊を、速やかに」 天草の海より蒼い瞳を凛然と標的へ向ける。 「さあ、『お祈り』を始めましょう。両の手に教義を、この胸に信仰を。神罰の代行を、粛々と」 そして聖銃「十戒」の照星を、殉教のピアニストに重ねた。 かつて神は、指導者に十の掟を与え賜うた。 神の言葉に従い、指導者は止まり木なき民人を約束の地へと導いた。 『三高平のモーセ』毛瀬・小五郎(BNE003953)の二つ名の由来である。 『出口はこちらですじゃ、お急ぎなされ』 戦闘指揮を担う毛瀬は千里眼によって戦場全体の把握に努め、拡声機で避難誘導を行う。時にはハイテレパスで個々に対応した。それゆえに白昼夢を視てしまった。 「……されども、他者の生死を弄ぶことを芸術と称す楽団に屈するわけにはいかぬのじゃ」 廃車両でバリケードを構築していた別働隊の『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)は、感情探査によって同じく白昼夢を垣間見た。と共に、毛瀬の心中を漠然とながら知ってしまった 「それが、誰かのためだとしたら」 ミリィは本隊に背を向け、想いを断って教団のリベリスタ達を教導する。 例え報われずともよい。すべては、見知らぬ誰かの笑顔のために。 「おじいちゃんは逃げないの?」 毛瀬に一礼した母親は、幼子を背負ってミリィ達の元へ命からがら逃げ延びる。そんな一幕だ。 毛瀬は白髭を撫でさすり、ほっほっと笑って見送る。 「大丈夫じゃよ」 もちろんダブルピースで。 ●プリマ 本隊と死徒は天門橋中央にて、ついに激突する。 隼のピエールを筆頭に、鉄球のベルナデット、血断のクララ、巌のアントニオ、そして中衛として天草四郎時貞が布陣、進撃する。 後方には天翼の双子ミッシェルとマリエル、それに戦闘論者のジョンが控える。翼の加護を得た前衛陣は足場の不自由がなく軽快だ。また敵の統率と戦術指揮は十全だ。 一方、自陣は車両などの遮蔽物を利用、ギリギリまで敵を引きつけ待ち構えていた。 「さぁ、砕いて見せて下さい。ねじ伏せて見せて下さい。この絶対鉄壁を!」 『絶対鉄壁のヘクス』ヘクス・ピヨン(BNE002689)。 鉄鍍の盾扉を双腕に構えて佇むさまは歩く城砦だ。必然、あえて狙おうとは敵も思うまい。 他の前衛『薄明』東雲 未明(BNE000340)と『第32話:反転香夏子さん』宮部・香夏子(BNE003035)は片や剛健、片や俊敏と崩しづらい。 第一に敵が標的としたのは『硝子色の幻想』アイリ・クレンス(BNE003000)であった。 「――断チ切レ」 天草四郎時貞は礼儀的装飾の長剣をかざす。 隼の老剣士は幾重にも分身が生じるほどのスピードでアイリへ迫る。否、四人ともにだ。 「早いっ」 多重残幻剣。四方八方に隼は舞う。へクスは盾で裁き、香夏子は紙一重でかわす。アイリもまた舞踏するように回避せんとするが、右腕を刃が掠め、切り裂いた。混乱者はいない。行幸だ。 「この程度で舞台を降りて溜まるものか!」 血断のクララ、爆裂剛断。直撃は拙い。アイリはとっさに機動力を活かして車両を遮蔽物とする。が、凄まじい爆断によって爆ぜ斬られた。破片と爆風が全身を責め苛む。 赤銅肌のアントニオは死徒の膂力を以って旗槍を振り下ろし、地面に大穴を空ける。回避の直後、老修道女の鉄球に背面を狙われた。背骨から肋骨に打点をずらして致命傷を避けんとする。 鈍痛。 「ぐぁっ」 意識が朦朧とする。骨折は数本で足りるだろうか。 『不機嫌な振り子時計』柚木 キリエ(BNE002649)が物陰より躍り出る。 「芸術的な連携だね、チェスの盤上で踊っている気分だ」 茜空へ手をかざす。夕凪に静止していた潮風が、煌く。 「けれどこの舞台、貴女は敵役にして奏者、プリマにはなれないよ」 ダイアモンドを砕いたような光る風が、夕日を乱反射させながらアイリを癒し慈しむ。 「立てるかい?」 「ああ」 青玉の瞳は朱に交わりてなお青く。其の鋭光、銀刃を凌す。 「存分に舞うとしよう」 決意の刹那、青眼は白一色に塗り変わる。 閃光ノ奇跡。 天草四郎時貞を騙る死徒の投じた光の十字架が炸裂、明滅、敵味方まとめて強烈な閃光が覆った。幾人かはとっさに車両に隠れてやり過ごす。が、アイリとキリエは完全に機を逸して直撃する。ピヨン、未明もだ。視界はおぼつかず白い雷電が迸り、身体の自由が効かない。 しかし、敵は殉教ロザリオの加護か、大半が影響を受けていなかった。 一斉攻撃が封じられる。待機策が裏目に出た。 消耗の激しい大技なれど、天草の傍らに控えるジョンが精神を同調させ、補給を行う。回復、補給ともに万全だ。 ●崩壊する戦線 戦闘は、果てしなく長引いた。 堅守、回復、補給、妨害。敵陣とて決め手に欠けはするが、長期戦に陥れば自陣はなお不利だ。 問題は、時貞と隼だ。 閃光と混乱。痛烈な一撃を与えても仕留めきれずに回復される原因だ。 一方、自陣の回復と補給はキリエひとりに依存する。大天使の吐息での回復は一度にひとり。全体が異常に見舞われても、ひとりずつしか治せない。さらにキリエを護るため、ヘクスも常時その守衛に当たる。結果、攻めあぐねるし守りの維持もできないでいた。 舞台を最初に降りたのはアイリだ。隼の老剣士に必死で食い下がり、気の焦りによる無理な深追いを仕掛け、鉄球の豪打によって橋の下へ。天草の海に沈んだ。 紅の月が昇る。 夕日の赤さえ魔月の呪わしき深紅に平伏する。禁忌の波動が、地上を紅く染めあげる。 魔書を携えて、反転少女は力を振り絞る。 「約束したのです、生きて帰ると……」 香夏子は死者を退けんとBMFを幾度となく繰り返して行使、その身軽さで巧みに回避する。全力での全体攻撃は、しかし空回りしていた。 呪殺と殉教ロザリオの相性が極端に悪い点を見落としていたのだ。錯綜した状況下、四方八方より敵は迫る。冷静に、ロザリオの破壊という打開策を閃く間などない。 しかも死者に対して紅の月は多大な殲滅力を発揮した。ゆえに消耗しきるまで繰り返した。 死徒は依然として健在。 「そんな……」 香夏子の絶望は、ここからはじまる。 『天より来たれ、裁きの炎よ 死者を灰に、邪悪を塵に。全てをあるべき姿へ』 都度、五回。リリの青き神炎は死徒こそ仕留め切れぬものの、死者については計十七体、全体の二割弱を撃滅せしめた。毛瀬の氷雨、エルヴィンの多重残幻剣との波状攻撃も功を奏した。 『Requiem aeternam dona eis, Domine, et lux perpetua luceat eis.』 鎮魂の祈りを歌に乗せて。 蒼き祈りの魔弾は、必ずや生きて帰らんと銃身の焼きつかんまでに撃ち続ける。消耗が激しい。軽微な負傷が積み重なり、着実にリリの許容量を超過しつつある。が、前衛はより厳しい状況だ。 『撤退』 脳裏に過ぎる言葉。 昔のリリならば、あるいは己の命を捨て石にできた。 されど、銃把を握る手には常に感じるのだ。指輪の重みを。 爆光。 絶望の白い闇。豪という唸りをあげて、爆断の一撃が振り下ろされる。 運命の導きに拠りて、リリの意識は揺り戻される。 誰もが今にも力尽きようとしている中、八つの白き影は落日を背に佇んでいた。 ●一縷の 「博打に大事なことは二つ。 引き際を悟り、あきらめること。んでもって」 『重金属姫』雲野 杏(BNE000582)は大胆不敵にギターを爪弾く。 「あきらめないこと」 『鋼脚のマスケティア』ミュゼーヌ・三条寺(BNE000589)と共に、天草十字教団の少女と若者が駆けつけ、回復術式に移る。返り血にまみれて、傷だらけだ。 ミュゼーヌは死徒に銃撃、時間を稼ぐ。 「ミリィさんの指示です! 後方は任せて応援に行け、と!」 後方の状況も芳しくはない。死者の数は減少と増加が四対六、教団の犠牲者も出ている。救援に人手を割くのは重い決断だ。 杏、ミュゼーヌ、そして唯一安定を保つ鉄壁のへクスが敵の攻勢を防ぐ中、本隊は回復と補給という一縷の希望を得た。けして十全ではなくともだ。 「おねがい! どうか姉に安らかな眠りを」 癒しの聖光が、少女の涙を輝かせた。 ●血断 助けを求めて泣き叫ぶ子供の声が、聴こえた。 今しがた未明が刎ねた首が“そう”なのだ。一度目は心臓を突いた。まだ動く。二度目は両腕を落とした。三度目は首だ。それでも這いずり迫る屍を、真っ二つにする。 「……神秘だけでは人を守りきれない」 未明は、血断のクララと再び対峙する。既に一度、仕損じている。横合いから閃光を食らい、その隙に致命的な一撃を受け、運命を燃やして再起した。義足にはヒビ。あと一撃だ。 「できると思うのは傲慢なのだと、この一年で学んだわ」 迸る紫電を纏い、剣に託す。 対峙する両者。 動く。クララは爆裂する豪剣を猛然と振り下ろそうと踏み込んだ。 未明は、誰かの腕を蹴飛ばした。クララは踏み違え、一瞬バランスを崩す。 「ッ!」 遡る雷、昇竜の逆袈裟。 義足を打ち砕く。 二度とは立てぬ死徒は大剣を捨て、這い寄りて吸血鬼の歯牙を向く。 下る雷、散る屍。 「見事よ、血断の貴女」 哀れとは想うまい。 ソレが、彼女の血断と志が今ここに結実した証なればこそ。 ●第二 第一の死徒の撃滅は、大きく状況を好転させた。 敵が一番の攻撃手を失った結果、敵は攻撃面を補うべく天草四郎時貞を前衛に繰り上げてきた。その剣裁き、瀑布の如し。 リリは星光の魔弾で敵陣を射貫かんと奮戦するが、時貞は神秘に極めて強く、猛然と被弾を省みずに特攻、リリの意表を突いて斬り伏せた。 「トドメを刺されてたまるか!」 エルヴィンが割って入るや否や、毛瀬はすかさず気絶したリリを背負って後退する。 「ワシに任せて貰えるかの」 「頼む!」 追撃すべく巌のが飛翔する。ソレを未明が強打によって弾き落とす。 が、未明を隼が強襲する。 「させない……!」 香夏子の気糸が、隼の手足を縛した。 抵抗するが、必死に食い下がる香夏子の戒めを振り解けない。 「みんなで帰れるように……本気を出しちゃいます……!」 「ならば!」 エルヴィンの俊剣が、隼の頭蓋に斜線を刻んだ。 「土は土に、灰は灰に、塵は塵に。あるべき場所へと還るがいい」 ずぶり。 長剣が、五臓六腑を抉る。隼の死徒は、まだ動く。 エルヴィンは運命に訴えんと絶叫し、屍を屍にすべく幾度となく剣を突きたてた――。 ●決戦 未明とエルヴィンは護り手を衝撃によって弾き飛ばすことでブロックをこじあけ、天翼の双子と戦闘論者への血路を開く。 三人目、ジョン少年を仕留めたのは海に落ちた筈のアイリだ。意識を取り戻して面接着で橋を昇り詰め、不屈の執念にて補給の要を斬り捨てた。 が、程なくしてエルヴィンが時貞に討たれて戦闘不能に陥る。 「くっ、未明、早く……!」 「これで……!」 護り手に庇われるより早く、アイリが一太刀を、そして未明が渾身の雷刃によって癒し手ミッシェルを一刀両断する。その未明までもが鉄球の逆襲を受け、ついに力尽きる。 四対五。否、奏者を含めれば五対五。 天草四郎時貞を筆頭に、難攻不落の護り手二名と癒し手一名、未だ健在。 対して自陣は限界だ。彼我の戦力差は歴然としている。 『オルガノンの破壊』勝機はひとつ。 撤退か、決死の特攻か。 「やるんだね?」 キリエの問いかけに、アイリは青銀の剣を掲げることで応える。 「ああ、幕引きにしよう」 ヘクスは分厚い眼鏡の下に表情を伏せる。止めても無駄と悟っていた。 ●昇天 疾奏する旋律。 疾走する戦慄。 天草五橋・天門橋。全速力を以って、アイリは走り抜ける。 五人で死徒四名の行く手を防げば、一人は敵陣を通り抜けてオルガノンへ辿り着ける。路上に未だ残る死者や障害物は、橋の側面を壁走りすればいい。 「ヘクスの後ろが世界で一番安全な場所だと言う事を証明して差し上げますよ」 仁王立ちしたヘクスは時貞の道を塞ぎ、剣撃を盾扉で防いで眼鏡をギラつかせた。 香夏子の気糸が、時貞を縛す。 「貴方を、行かせない」 キリエは鉄球を紙一重でかわして、コートを投げつけ視界を奪う。 「行っておいで、シンデレラ」 巨塔。 荘厳な音楽の鳴り響く中、アイリは幾度となく蒼刃を振り下ろした。 「オルガノン、貴様を破断する!」 二、四、六、八、十。弱所を狙い、神秘の壁に斬りつける。 「十で足りねば!」 幾度となく。 「百を刻むまで!」 眼前が暗む。とうに限界を越えている。力及ばず、朽ち果てるのか。 氷雨。 幾千万の魔を帯びし雨粒が、防御結界ごとオルガノンを凍てつかせてゆく。 「毛瀬! どうして?!」 「なあに、敵が翼の加護を失った隙をついて羽ばたいてきたのじゃよ」 氷雨によって凍てつく結界を、渾身の一撃を以って、粉砕する。 「砕け散れぇぇぇっ!」 飛散する氷辺。 修羅の如く、アイリは氷の紙吹雪の中へ突貫する。 が。 二つの影人、二つの剣が青き衣を斬り捨てた。 二対の影人――亡霊に護られた銀髪碧眼のピアニストは爪弾きを止めず。 「父君と、母君ですな。死霊に愛されるがために、楽団は死霊使いとして育てたと」 中断。 オルガノンは亜空間へ忽然と消え去ったのだ。 「……おうちに帰ろう。パパ、ママ」 外海は撤退する。 なぜ? 毛瀬は知っている。この戦いは“長引きすぎた”のだ。 勝敗を決するのはオルガノンの破壊だけではない。 後方のアーク別働隊と教団は、大量の死者を少しずつ堅実に撃滅していった。橋上の一般人は限られる。いつかは尽きる有限のリソースに過ぎず、対して『戦奏者』ミリィの卓越した戦術指揮と攻守教導は教団の強み、持久戦を大いにフル稼動せしめた。 好転するにまで至れたのは、アーク本隊の執念ともいえる奮戦により死徒を封じられたからだ。 『将』で勝り『歩』で敗す。 毛瀬は逃がすまいと氷雨を降らせて足止めを計ろうとするが、隙を見せれば影人は戦えぬアイリにトドメを刺す。ここでアイリを失い死徒の補填を行われてしまえば、こちらが逆境に陥る。 「早く、私などに構わず、彼奴の断末魔によって幕を降ろすんだ……!」 「……ならぬ」 毛瀬は、父母の亡霊と共に宵闇に消えてゆく少女を苦々しく見送る。 「なぜだ!?」 「死に急ぎめさるな。生きておれば、たとえ瓦礫の山からであろうと人間はやり直せる。再び楽団に蹂躙されようとも、この国はけして滅びませぬ」 悔し涙を滲ませ、アイリは背を向ける。華奢な肩が震えていた。 「それが大和魂ですじゃ」 毛瀬の杖が未来を示す。 天草天門橋は、勝ち鬨に轟いていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|