● 「おう、生きてるか?」 自宅の庭で酒をあおり、『剣林派首領』剣林百虎は足元でボロボロになって転がる高校生くらいの少女に声を掛ける。少女の身体は土に塗れ、全身傷だらけだ。ポニーテールに纏めている髪も泥のせいでぼさぼさである。 しかし少女、武蔵トモエ(たけくら・-)は刀を杖代わりに立ち上がろうとする。 「大丈夫です……この位。まだ戦いは、始まってもいないんですから」 「良い目をするようになったじゃねぇか」 トモエの姿を見て、満足げに笑う百虎。 戦力強化をする必要もあって、軽く稽古をつけていたのだ。軽い稽古だった証拠として、藍染めの着物には一切の崩れが無い。もっとも、『日本最強の異能者』の呼び声も高い男の「軽く」が、どれ程厳しいものであったかは、トモエの惨状を見れば明らかな話でもある。 「ま、初歩の技だが、今てめぇに教えてやった技があれば、前よりはマシに戦えるだろうよ。連中の性質の悪さを考えれば、それでも十分とは言えねぇがな」 勝敗は兵家の常。 戦う前からその戦いの行く末など分かるはずも無い。 本来であれば百虎自身が乗り込んで、『楽団』とそのいけ好かない指揮者とやらに戦いを挑みたい所だ。だが、今の状況はそれを許さない。同じ『楽団』と戦う勢力である、『裏野部』や『黄泉ヶ辻』といった連中の存在が邪魔をする。 一応、敵の敵は味方と言えないことも無いが、彼らを信用することは出来ない。 『裏野部』はその暴力を際限なく振るう。その態度自体は裏を返せば妥協しない姿勢であり、百虎は嫌っていない。しかし、その際に「やり過ぎる」連中である。 『黄泉ヶ辻』に至っては論外だ。奴らが何を考えて動くかなど分からないし、知りたくも無い。しかし、その狂気の矛先がどこに向かうのか、警戒を怠る訳には行かない。 加えて言うと、『剣林』は既に一昨年となったジャック事件の中で、後宮シンヤを始めとした多数の離反者を出している。敵は外にだけいるものでもない。 こうした内輪揉めは、百虎自身が何よりも嫌うものだ。しかし、いつぞやのように自壊するというのも癪に障る。 「大丈夫ですよ、百虎さん」 百虎の考え事を打ち切ったのは、トモエだった。 いつの間にか立ち上がった彼女は、瞳に炎を燃やして微笑む。 「あたしは剣林派が一、武蔵トモエ。バロックナイツを殺す、剣林百虎の弟子ですから」 「100年早ぇよ」 トモエの顔を見ると、百虎はくるりと身を翻して、自分の屋敷に戻って行く。 それを見た少女も、ボロボロの身体を癒すために一礼して辞する。彼女にはこれから戦うべき戦場がある。 先の通り、この戦いがどうなるかは分からない。 しかし、『剣林』としては十分に手は尽くした。 「接近戦のスペシャリスト」、空閑拳壮が動いている。彼は間合いに入った死人共を、再び地獄に送り返すことだろう。 「双月」の使い手、空条薫が動いている。強き者にしか従わない彼を、死人如きが従えることなど出来ようはずもない。 他にも多数のフィクサード達、『剣林』の擁する刃が動いているのだ。 「おう、1つだけ命令しておくぜ」 『楽団』の奏でるべき曲は、「混沌組曲」などではなく、自身への鎮魂歌以外にありえない。 「てめぇが背負っているのは剣林の看板。そのことだけを忘れんな!」 ● 神秘情勢の緊張が高まる1月末のある日。リベリスタ達はアークのブリーフィングルームに集められる。そして、リベリスタ達に対して、『運命嫌いのフォーチュナ』高城・守生(nBNE000219)は事件の説明を始めた。 「これで全員だな。それじゃ、説明を始めるか。『楽団』が新たな動きを見せた。あんた達に対処してもらいたい。もっとも、分かっていると思うが、当然そんな簡単な話じゃないがな」 守生の顔に浮かぶのは緊張、恐怖、覚悟、それらが交じり合った複雑なものだ。 ケイオスと彼が率いる『楽団』が日本とアークを狙い暗躍している事は知っている通りだ。ケイオスの定めたルールに従い、彼の曲を演奏するように事件を起こす『楽団』が徐々に攻勢を強めていく事は知れていたが、今回恐れていた事態が起きた。 「今までの戦いの中で、連中は十分な戦力を蓄えたようだ。いよいよ、大攻勢を仕掛けて来るらしい。『万華鏡』が捉えたのはそんな予知だ。その動きは……」 守生は一拍置く。 彼自身もその言葉の持つ恐怖が分かっているのだ。 「日本全国での大規模攻撃」 それを聞いて、さすがのリベリスタ達もざわつく。 あのジャックですら行わなかったものだ。 ケイオス配下の『楽団』はこの暫く自分が『演奏』する為の戦力――『楽器』を揃えていた。一般人は言うに及ばず、国内のリベリスタやフィクサードまで含めた襲撃事件の頻発は当然全てを防ぎ切れるものでは無かった。実際、『アーク』が補足した範囲でも全てにおいて対処が出来たとは言えない。加えて言うと、『万華鏡』でも捕捉し切れない数の事件が起きていたのだ。 これはポーランドのリベリスタ組織『白い鎧盾』が辿った状況と同じである。どれ程健闘しても原資が不要のゲリラ戦を完封する事は出来はしない。 「1つ朗報を告げると、これを快く思わない連中は多いってことだな。国内にある複数のリベリスタ組織がアークへの協力を申し出ているし、フィクサード達も全てとは言えないが、楽団とは敵対の姿勢を見せている。これに関しては恐山の千堂遼一の情報だ。まぁ、間違ってはいないだろうぜ」 アークにコンタクトを取ってきた『バランス感覚の男』千堂・遼一(nBNE000601)曰くの所によれば主流七派については『裏野部』と『黄泉ヶ辻』以外についてはアークと遭遇した場合でもこれを当座の敵としないという統制を纏めたらしい。従って同盟では無いがアークにも同様の統制を取って欲しいと告げてきたのである。『戦略司令室長』時村・沙織(nBNE000500)はこれを了承した為、今回は二派を除く彼等は事実上の友軍という形になるだろう。彼等が死ねば『楽団』に余計な戦力が渡るのだからこれは好都合である。 「そこであんた達に向かってほしいのはここ、京都府だ。ここで『楽団』が人々を襲っているのを止めてくれ。友軍として剣林の連中もここにいる」 京都駅を舞台として『楽団』は大量虐殺を行おうとしている。 高い隠密行動力を誇る彼等でも隠せない程の大きな動きである。日本各地に『楽団』の戦力を動かしたケイオスは全国の中規模都市に致命的打撃を与えようと考えている。勿論、大量の死人が出れば『楽団』がより手をつけられなくなるのは言うまでも無い。 「『楽団』のフィクサードはネーロとヴィオーラって名前の兄妹だ。兄のネーロは以前にも姿を見せている。妹のヴィオーラは、一部の減った楽団員の補充として来日したみたいだな。兄貴の方はかなり厄介な死体の使い方をする。十分に気を付けて戦ってくれ」 「遺灰」を操るネーロの磁界器はエネミーを生み出すというだけでなく、戦場に干渉する危険な能力を有している。味方も多いが、敵はそれでもなお危険な相手と言うことだ。 「俺の所感を言わせてもらうのなら、今までの戦いは序曲に過ぎなかったってことだ。ここからが奴らにとっての本番。危険度は今までの比じゃねぇ」 『白の鎧盾』はかつての僚友達に呑み込まれて滅んで行った。 そして、未だアークが彼らと違う運命を掴み取れる保証は何処にも無い。 「説明はこんな所だ」 説明を終えた少年は、その鋭い瞳で睨むように、リベリスタ達に送り出しの声をかける。 「あんた達に任せる。……無事に帰って来いよ」 ● 「凄いわ、お兄様。こんなの初めて!」 「あぁ、僕もヴィオーラに来てもらえて嬉しいよ。やっぱり、こういうのは生じゃないとね」 無数の死人が人々を襲う中に、彼らはいた。 ヴィオーラと呼ばれたのは、ローティーンの少女。ふわふわした長い金髪をたなびかせて、興奮した面持ちで景色を眺めていた。 兄と呼ばれたのは少女のように整った顔立ちをした少年。名前をネーロと言う。2人して背中から天使のような翼を生やしている。 そう、彼らは『楽団』と呼ばれるフィクサード集団のメンバー。かつてこの国の都があった場所で混沌組曲を奏でるためにやって来たのである。 「そうだ、ヴィオーラ。せっかく日本に来たんだ。『箱舟』を沈めたら、日本を観光しよう。このキョウトにはとても大きなブツゾーがあるんだよ」 「それは楽しみだわ、お兄様。じゃあ、まずはこの場を盛り上げないとね」 呼吸を合わせて2人はヴァイオリンを構える。 流れるのは人の魂を揺さぶる荘厳な調べ。 芸術とは美しいものを描くだけのものではない。醜いものも等しく描くのが芸術である。 それならば、死というおぞましき隣人を、もっとも美しく謳い上げる混沌組曲もまた、真なる芸術家が生み出したものなのである。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:KSK | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 9人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年02月09日(土)23:38 |
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■メイン参加者 9人■ | |||||
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● 刃が閃き、楽曲に操られるように動く死者を斬りつける。 一閃、二閃。 その閃きの全てに必殺の威力が込められているのは確かだ。 足を切られ、腕を落され、真っ二つになってようやく死体は動きを止める。 「この場から早く離れろ、俺達が来た方面なら安全の筈だ」 ここは京都駅を一望できる通路。 軽く息をつくと、『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)は先ほどまで死体に襲われていた女性に声を掛ける。OL風の女性はすっかり膝が竦んでしまっている。無理も無い、このような事態に巻き込まれて、正気を保てという方が無理と言うものだ。 そんな女性を『女好き』李・腕鍛(BNE002775)が優しく助け起こす。 「立てないなら壁に手を突きながらでも大丈夫でござる。でも、ここにいるのは危ないでござるよ」 腕鍛の言葉に弱々しく頷くと、女性は壁を頼りにふらふらと逃げ出していく。 なんとかまた1人救うことが出来た。 しかし、リベリスタ達に休む暇など与えられない。 「反応がありました。死体が……どうやら複数固まって動いていますね」 風見・七花(BNE003013)が使い魔達から得た情報を伝える。年若い少女ではあり、自身を過小評価しているものの、実際はかなり多彩な魔術を収めた魔術師だ。その能力があればこそ、被害が発生こそすれ、最小限に抑えられていると言えよう。 「完全な劣勢ではありません。被害を抑えられるよう全力で頑張りましょう」 七花の言葉に頷くリベリスタ達。 さらに先に向かって駆け出していく。 その時、『破壊の魔女』シェリー・D・モーガン(BNE003862)はふと、吹き抜けに目をやる。すると、そこは圧倒的な灰に埋め尽くされており、中の様子を伺うことすら出来ない。 『壮観じゃな』 目に映る灰、全てが敵なのだ。 それ以上の言葉は無い。 もっとも、恐怖も無い。 死地に立つたびに、自分に力をくれる者がいることを知っているから。 『死者が味方をするのは、何もおぬしらだけだと思わぬことだ』 そして、仲間達と共に今なお命の危機に瀕する人々を救うために駆け出すのだった。 ● 「『白い鎧盾』が辿った道か。正に楽譜通りと言う訳だな」 「宵咲のお兄さん!アークも来たんだね」 『戦闘狂』宵咲・美散(BNE002324)が槍で死体を打ち払うと、その先にいたのはリベリスタ達同様に武装を固めたフィクサード達がいた。その中には、アークと数度の交戦経験があるトモエの姿もあった。それぞれに死体を打ち払い、アークと剣林の戦士達が合流したのだ。 元気よく飛び出していくのは『スーパーマグメイガス』ラヴィアン・リファール(BNE002787)だ。神秘の力の強弱に年齢は関係無い。場合によってはとんでもない高齢であることもあり得るのだ。それでも、明らかに幼い彼女の雰囲気は、フィクサード達を当惑させる。 「俺はスーパーマグメイガスのラヴィアンだぜ。よろしくな、剣林!」 「う、うん。あたしは剣林が一……」 「自己紹介は後よ。まずはあいつらを倒してからでしょう?」 なんとなく自己紹介しそうな空気になったのを『ソリッドガール』アンナ・クロストン(BNE001816)が止める。そして、すぐさま自分達の作戦や敵の特性について通達を行う。この辺は委員長気質の彼女ならではである。 幸い、フィクサード達もその提案には納得してくれた。アークの実績は有名だし、アンナ・クロストンの名前も知られているのである。そして、一般人救助をするために仲間が動いていることを告げた時、トモエが明らかに安堵の表情を浮かべたのを、美散は見逃さない。 「剣林と、ね。呉越同舟と言うべきかしら……。まあ、非常時だけでも手を組めるのはいいことだわ」 『トゥモローネバーダイ』レナーテ・イーゲル・廻間(BNE001523)は「フィクサードとの共闘」という状況に対する迷いを断ち切る。本来は敵であっても、今は味方。そして何より。同じ人であるのは一緒なのだ。 そして、レナーテがキッと共通の敵――『楽団』のいる階段上を睨んだ時だった。 近くを漂っていた灰が凝り、巨大な塊を形成する。さらに、どういう仕組か声まで響いてきた。 『準備は良さそうだね、箱舟の方々。これなら今日は良い演奏が出来そうだよ』 『ネーロお兄様と私、ヴィオーラのジェメッリ兄妹。これよりあなた方の主となる名前ですわ』 聞こえてくるのは仲睦まじい、しかし邪悪な声だ。 兄のネーロはアークリベリスタの死体を手に入れたがっているのだという。そして、それが叶うと信じているからこその余裕な訳だが……。 「黙れよ……」 『なんですって?』 押し殺した声で怒りを見せる『弓引く者』桐月院・七海(BNE001250)。 「大事な人を失う恐怖と痛みを思い知るといい。フィナーレもアンコールもお断りです」 「生憎と楽器演奏は判らん。お前達の演奏に付き合う気も無い」 そして、七海は強い意志を込めて白黒の強弓を天に向かって引き絞る。 美散も腰を落として、槍を構えて叫ぶ。 「黄泉比良坂でパスタでも茹でていろ!」 ● 「俺はな、世界や人々を守るためにアークにいるんだよ。だからこんな惨状はぜってー許さねー!」 ラヴィアンは真っ直ぐな怒りの声が合図となった。 リベリスタとフィクサード達に小さな翼が与えられ、彼らの体がふわりと宙に浮く。 「これのどこが演奏だって言うんだ。てめーら楽団、全員ぶっ飛ばしてやるから覚悟していやがれ!」 ラヴィアンが目指すリベリスタの在り方を一言で言うなら「アニメのヒーロー」。悪い奴を格好良くぶっ飛ばす正義の味方だ。だったら、目の前にいる死人使いは典型的な悪党である。 「せめてこれを送り火としましょう」 七海は番えていた矢を虚空に向かって解き放つ。 するとどうしたことか。矢はみるみる炎へと変じ、死者たちに襲い掛かって行く。 『さすがだね、アーク』 炎に包まれた巨大な灰から楽団員の声が聞こえてくる。磁界器の力で使役される凶悪な存在だがこれが弱点だ。並の攻撃が通じない相手だがこれなら戦える。 準備が整った所で美散がトモエに問う。 「一般人の救出はアークが行っている訳だが構わんか?」 「うん。あなた達のことは信じられるから。今、あたし達がやるべきことは、あいつらを倒すことだよね」 トモエが微笑みを向けてくるのに対して、美散も微笑みを返す。 そして、勢い良く大地を蹴った。 「――宵咲が一刀、宵咲美散。推して参る!」 「剣林が一、武蔵トモエ。いざ、参る!」 唸り声を上げて襲い掛かってくる死者の群れ。戦士達はそのおぞましい姿に怯みもせずに勇気を持って斬り込んでいく。相手は傷つくことを恐れない、無尽蔵の体力を持つ敵だ。ならば、チームワークでその差を埋めるのみ。 本来ならば刃の通らない空を漂う灰に刃を突き立てると、死者の存在を支える神秘の力が弱まり、わずかながら数が減る。しかし、その一方で敵は革醒者達の生命力を奪うことで、自身の魔力の代わりにしようとして来る。 レナーテは生気を啜り取ろうと集まる灰の前に立つと、己の神秘の力を防御に集中し、迫る灰を追い返す。トモエにとっては意外だったようだ。 「まあ、何やってんだと思うかもしれないけれど、アークのお仕事だしね。ほら、迷惑な音楽家さんにはさっさとご退散願いましょう」 「うん、助かったわ。サンキュー」 言葉を交し合うと再び2人は戦いへと意識を集中させる。 『楽団』が持つ最大の武器は、常識ではあり得ないその物量だ。 加えて、楽団員が所有する磁界器が生んだ怪物の耐久力は高く、自分がどれだけ戦っているのかの感覚を失わせる。戦うべきは自分の心。求められるのは心の強さなのだ。 「1人でも死んだら負けの目が濃くなる……厄介な戦場ね」 ぽつりと呟くとアンナは癒しの息吹で仲間達を癒していく。青息吐息な剣林のホーリーメイガスも同様だ。敵の馬鹿みたいな耐久力は馬鹿に出来ない。常識で考えれば十分過ぎる程の攻撃力があるとは言える。しかし、やはり相手はバロックナイツ直属の私兵。常識で測ることが出来ない相手なのだ。 もう少し、攻撃力が必要だ。 アンナがそう思った時だった。 どこからともなく、戦場に似つかわしくないそよ風が流れてくるのを感じた。 風の吹く方を見ると、そこから駆けつけてきたのは七花を始めとした、一般人の救助に向かっていたリベリスタ達だった。 全てを救えたわけではない。 それでも、多くを救えた。 ならば、今は大本を断つだけである。 「遅くなりました。安心して下さい。この場以外の死体の駆除は終わりました。援護を開始します」 『生きる、意志、力。骸などに負けはせん! 貫け!』 シェリーの周りに魔法陣が展開される。 そして、そこから飛び出した炎が灰を散らしていく。 「以前の戦場以来か、武蔵トモエ。その剣、頼りにさせて貰うぞ」 「新城のお兄さん……うん、任せて」 拓真は真っ直ぐに戦場に駆け付けると、巨大な灰の塊に斬りつける。 そして、戦友に声を掛けた。 以前会った時の力と感情に振り回される少女ではなく、剣林の戦士が立っていたことに安心する。これでこそ、本気で戦えるというものだ。もっとも、そのためにもこの戦いをお互いに生き延びねばならない訳ではあるが。 そこへ再び灰の奥深くから声が響いてくる。『楽団』の兄妹の声だ。 『すごいわ、お兄様。この方たち、全力じゃなかったのね。是非とも手に入れたいわ』 『そういうことだよ、箱舟の方々。妹もこう言っている。そろそろ僕も本気を出させてもらおうか。僕だって、妹の前で格好を付けたいのさ』 曲が変わる。 今まで聞こえていたのは、テンポの速い軽やかなメロディ。 今聞こえてくるのは、重々しい荘厳な鎮魂歌だ。 「兄妹でござるか……妹を思う兄の気持ちまではわかるでござるが……狂人の考える事はわからんでござるな」 楽団員と理解し合うことは出来ないのだろう。 腕鍛はそれを悟ると拳に炎を宿らせる。 いつでもカウンターを取れるよう、自分の間合いに気を張り巡らせる。 そして、拓真も全身の気力を爆発させると、向かってきた死人の群れに向かって弾丸をばら撒く。 「……道を切り拓く、行くぞ!」 ● アークの全力。 『剣林』の意地。 『楽団』の本気。 それは千年以上の時を経て、古の都に再臨した戦だった。 世界を護るという強い意志に裏打ちされ、激戦を乗り越えてきたアークのリベリスタ達。運命の追い風を受け、迫る死者の群れすら飲み干していく。 武を研ぎ澄ます剣林。今は戦場に出られない、日本最強を冠する男からこの場を任されたという自負がある。 しかし、『混沌組曲』にとってみれば、それすらも曲を盛り上げる要素に過ぎない。 剣林が召喚して見せた魔剣は屍人を切り払っていった。 リベリスタの刃が空を切り裂き、魔術が死者を拘束していく。 倒れた屍の上から、新たなる死体が襲い掛かってくるのだ。 「見せてやるよ、スーパーな力をな!」 ラヴィアンは気力で自身を奮い立たせる。 全身から力が抜けており、意識を繋ぎ止めるのは運命のか細い糸だけ。それでも果敢に飛び出すと、迫り来る死者の群れに黒鎖を放つ。 しかし、そこで再び力が吸い取られていく。 「くそッ……」 意識を失ったラヴィアンの身体がぽとりと地面に落ちて行く。 一方で、剣林の魔術師達も生命力を吸い尽くされ、大地に倒れ伏す。 『さぁ、どうするかな?』 「決まっている。これは負けられない戦いだ。貴様らが奪った何の罪もない人々の命。その贖いは、貴様達の命で償って貰う……!」 楽団員の楽しげな声に対して、拓真は誇りを持って答える。危険なのは、百も承知。それでも彼が受け継いだのは力ではない。力を持たない人々の平穏を守るという志だ。己が望む未来のためにも負けてはいられない。 負けられないのはシェリーも同様。 自分の胸の中にいるもう1人の自分。最初は彼女が自分を呪っているかのように思っていた。だが、違う。彼女は自分を見守っていてくれる、唯一無二の親友なのだ。彼女の意志を受け継いだ自分が無様な姿を見せる訳には行かない。 『そうであろう!? モーガン!!』 シェリーが放つ渾身の砲撃が灰の塊に大きな穴を空ける。 「退くものか。私は、こういう冗談みたいな悪夢を止める為にアークに居るんだ!」 アンナは普段のキャラに合わない叫びを上げる。その声はバベルの上位にまで達し、癒しの息吹を、最後の力をリベリスタ達に与えて行く。 追い風を受けて腕鍛が飛び出し、炎の拳を空に叩き込む。 「今でござる!」 「死者には安息を、生者には未来を……!」 七花の詠唱と共に魔力の矢が放たれた。 混沌の闇の中に吸い込まれていく光の矢。 あまりにか細い光。 しかし、光は灰の中にある「何か」を捉えた。 灰を従えていた魔力が解き放たれていくのを七花は確かに感じていた。 ● 「良かった……まだ生きてる」 舞い散る灰に咳き込みながらレナーテが傷だらけのラヴィアンを抱え上げる。 戻って治療すればまだ間に合う。 楽団員がどうしているかはさておき、まずは仲間の救助だ。 互いに声を掛け無事を確認し合う。フィクサードに犠牲者は出ているが、なんとか揃っているようだ。 周囲を覆っていた灰が晴れて行く。 そして、状況を確認しようとした、正にその時だった。 「まだ、席を立つには早いんじゃないかな?」 燕尾服を着た少年、ネーロが降りてきた。 彼の周囲にはまだ小さな灰の塊が多数残っている。さらに、殺された剣林のフィクサードがゆらりと立ち上がる。敵を1人減らせば味方が1人増える。最高に洗練された、最低の戦闘技術だ。 レナーテが唇を噛んでキッと睨む。 心はまだ屈していない。 それでも、傷だらけのリベリスタ達を囲む死体はまだまだ多い。戦力差を考えれば敗北、いや、18人の優秀な革醒者が楽団に組み込まれるのは明らかに思えた。 「本来なら裏方に徹していたかったのだがな」 その時、真紅の槍を手にした美散が進み出る。 多勢を前にして、戦闘に狂った修羅の戦意は盛んだった。 「お兄様、まずはあの人からが良いわ♪」 「静かにしていろ!」 「ひっ!?」 「あまり妹を怯えさせないでくれ」 美散が一睨みすると、はしゃいでいたヴィオーラは恐怖に縮こまってしまう。怯える妹を見たネーロは死体を差し向けて、美散の生命を奪い去ろうとする。 しかし、次第に彼の表情も驚愕のそれに変わって行った。 美散が無造作に槍を振る度に、楽団に操られる死体が雲散霧消していく。これ程の戦闘力を何処に隠していたというのか。 「すごい……」 トモエは感心の声を上げるが、七海は違った。アレが何なのか、何の力が美散と共にあるのか、気付いてしまったからだ。 「宵咲さん! 止めて下さい!」 七海は叫び、美散を止めようとする。しかし、そこ叫びは届かず、自分の体も動かない。 誰も動くことは出来なかった。 止めることも出来なかった。 ここにいるのは、1人の修羅。闘神の化身だ。 武術を磨いていればこそ、その凄さに気付いてしまう。戦いを見守ろうと思いこそすれ、戦いを止めようなどと思うはずもない。 「たしかに凄いね。けど、これはどうだい!?」 ネーロは灰を差し向ける。 物理一辺倒の美散にこれを止める術は無い。そう読んでのことだ。 「ようやく思い出したのだがな。生憎と……」 しかし、ネーロの読みなど、今の美散の前では意味を為さなかった。 空を舞う灰すら切り裂いてしまう。 「実体の無い奴を斬るやり方は知っている」 今、手に持った槍が教えてくれた。 あの日、『伝説』の胸を貫き、その全身を吹き飛ばした真紅の槍が。 あれ程までに圧倒的だった死者の群れが、瞬く間に数を減じて行く。 1人の修羅を前に、再びあるべき姿へと戻って行く。 「ヴィオーラ、逃げろ。こいつは危険すぎる。ケイオス様のためにも、ここで!」 ネーロの集めた霊魂が弾丸となって美散に突き刺さる。 それから身を庇った美散の左腕が消し飛ぶ。それでも、一歩一歩大地を踏み締め、ネーロへの距離を詰めて行く。 美散に後悔が無いとは言わない。 武蔵トモエとの決着は付けたかったし、彼女が憧れる剣林百虎という男とも戦ってみたかった。 それに世界にはまだまだ強い戦士はいるのだろう。 彼らとの戦いは、自分をさらなる高みに導いてくれたはずだ。 それでも。 誰かが散る定めなら、俺が散ろう。 美散という名の如く。 袈裟懸けに槍を振り下ろすと、2人の楽団員は纏めて切り裂かれる。 刹那、闘気が爆発し楽団員は死体すら残さずに四散する。 こいつらが最後の相手と言うのは物足りないが、それも巡り合わせか。 美散の全身から力が抜けて行く。 そこへ仲間達が一斉に駆け寄ってくる。剣林の生き残りたちもだ。 あの世や輪廻転生があるのかは知らんが……もしあるというのなら、そこでも戦い抜こう。 これ程熱い生き方は他には無い。 まず、あの『伝説』に一騎打ち。 それも、悪くない。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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