● 「それでは、第1回! 人間棒倒し大会、はっじめっるよー!」 「イェェェェェェェイ!」 神奈川県横浜市、駅前の広場でセーラー服姿をした『裏野辺』のフィクサード、牙塔・菖蒲(がとう・あやめ)がテンション高く仲間達に向かって叫ぶと、仲間達も似たようなテンションで叫び返す。彼女は愛用のナイフをマイクに見立て、ノリは宴会の幹事かバラエティ番組の司会か。 菖蒲を始めとして、この場にいるフィクサード達は大半が10代と年若い少年少女達だ。犯罪組織において、年が若いということにもメリットがある。彼女らはそうした集団なのだ。 「ルールは簡単♪ これからあたしが、こいつらに『楽団』の人間かどうかの尋問をしまーす。質問1つ毎に、チームは砂を取って行ってぇ。こいつらが『楽団』でないことが分かるか、誰かが棒を倒したらゲームは終了! その時点で一番、多くの砂を持ってった奴が勝利でーっす!」 「No!」 「Help! Help!」 菖蒲が説明する後ろには鉄骨が突き立てられ、そこには3人の白人が括りつけられていた。鉄骨の下には支えるように砂が積まれて、楽器が転がっている。鉄骨と砂はこの拷問のために近くの工事現場からトラックごと奪ってきたもの。そして、括りつけられている白人たちは、「楽器を持っている外国人」という理由だけで『楽団』かも知れないと捕まった者達である。 これが『裏野辺』の『楽団狩り』。 木の実を得るために森ごと枯らす、それが彼らのやり方。そして、若さゆえの無軌道と言うものも加わるため、手に負えない存在と言えよう。 「じゃあ、最初の質問。あんた達、パスタ好き?」 「No! No!」 「ノーって言ってるけど、本当かどうか分からないからショーメイにならないなー。じゃ、Aチーム、砂持ってってー」 「うっしゃぁ!」 菖蒲の指示に従って、部下の少年達が砂をごっそりと持って行く。 「じゃあ、次の質問。ピザ好き?」 「イタリア語喋ってみて」 「死体操るってどんな気分?」 「ピサの斜塔って何で倒れないの?」 思いつく端から適当な質問をぶつける菖蒲。そもそも言葉が通じていないのだ。成果など得られるはずも無い。その内に砂は減り、鉄骨の安定が悪くなってくる。 括りつけられている男達を眺めて、笑う少年達。 人を怯えさせて、明らかに楽しんでいる。 『楽団』を見つけられなかったのなら、その分の元を取りたい、そんな発想のようだ。 「そろそろ、倒れるかな? 安心して良いよ。倒れる方が早いなら、あんた達は多分違うから解放してあげるし。生きてたらだけどね、キャハハハ」 楽しげに笑い声を上げて、次の質問を考える菖蒲。 その際、一瞬、獣化した耳がピクッと動く。 「んじゃー、そうね。あのデコッパチの居場所かな。親玉のケイオス・コン……なんちゃらの……」 「ケイオス・“コンダクター”・カント―リオです、シニョリーナ」 「そうそう、そいつの居場所教えてもらえるか、な!」 鉄骨越しに老人の声が聞こえてきた。 即座に隠し持っている投げナイフを投げる菖蒲。 しかし、その刃は老人に届くことなく、その前に現れた屍人によって阻まれる。 「挨拶としてはいささか無粋ですな」 「別に良いでしょ? あんたらは皆殺しにしろって言われてるしさぁ。それに、なんかアークの連中と同じ位気に入らないんだよね」 現れたのは燕尾服に身を包んだ老人。 身なりは整っており、礼儀の正しい態度を崩さない。菖蒲の嫌いなタイプだ。 そして、老人を取り囲む屍人の群れは、彼が『楽団』のフィクサードである何よりの証拠。 「なるほど、お若い方は性急でいけません。では、あなたの相手は彼に行っていただきましょうか」 そう言って老人は小ぶりなバイオリンを取り出す。 奏でると同時に、先ほど投げナイフを叩き落とした屍人が前に出てくる。全身を布でくるみ、完璧な防腐処理だ。他の屍人とは明らかに異なる気配を漂わせている。おそらくは元リベリスタか、元フィクサード。そうした戦闘力の高さをうかがわせる屍人であろう。 尋常ならざる気配を察して身構える菖蒲。 老人は優雅にバイオリンを弾きながら、言葉を紡ぐ。 「私めの名前はチェレステ。ケイオス様への最後のご奉公として『混沌組曲・破』、奏でさせていただきましょう」 ● 神秘情勢の緊張が高まる1月末のある日。リベリスタ達はアークのブリーフィングルームに集められる。そして、リベリスタ達に対して、『運命嫌いのフォーチュナ』高城・守生(nBNE000219)は事件の説明を始めた。 「これで全員だな。それじゃ、説明を始めるか。『楽団』が新たな動きを見せた。あんた達に対処してもらいたい。もっとも、分かっていると思うが、当然そんな簡単な話じゃないがな」 守生の顔に浮かぶのは緊張、恐怖、覚悟、それらが交じり合った複雑なものだ。 ケイオスと彼が率いる『楽団』が日本とアークを狙い暗躍している事は知っている通りだ。ケイオスの定めたルールに従い、彼の曲を演奏するように事件を起こす『楽団』が徐々に攻勢を強めていく事は知れていたが、今回恐れていた事態が起きた。 「今までの戦いの中で、連中は十分な戦力を蓄えたようだ。いよいよ、大攻勢を仕掛けて来るらしい。『万華鏡』が捉えたのはそんな予知だ。その動きは……」 守生は一拍置く。 彼自身もその言葉の持つ恐怖が分かっているのだ。 「日本全国での大規模攻撃」 それを聞いて、さすがのリベリスタ達もざわつく。 あのジャックですら行わなかったものだ。 ケイオス配下の『楽団』はこの暫く自分が『演奏』する為の戦力――『楽器』を揃えていた。一般人は言うに及ばず、国内のリベリスタやフィクサードまで含めた襲撃事件の頻発は当然全てを防ぎ切れるものでは無かった。実際、『アーク』が補足した範囲でも全てにおいて対処が出来たとは言えない。加えて言うと、『万華鏡』でも捕捉し切れない数の事件が起きていたのだ。 これはポーランドのリベリスタ組織『白い鎧盾』が辿った状況と同じである。どれ程健闘しても原資が不要のゲリラ戦を完封する事は出来はしない。 「1つ朗報を告げると、これを快く思わない連中は多いってことだな。国内にある複数のリベリスタ組織がアークへの協力を申し出ているし、フィクサード達も全てとは言えないが、楽団とは敵対の姿勢を見せている。これに関しては恐山の千堂遼一の情報だ。まぁ、間違ってはいないだろうぜ」 アークにコンタクトを取ってきた『バランス感覚の男』千堂・遼一(nBNE000601)曰くの所によれば主流七派については『裏野部』と『黄泉ヶ辻』以外についてはアークと遭遇した場合でもこれを当座の敵としないという統制を纏めたらしい。従って同盟では無いがアークにも同様の統制を取って欲しいと告げてきたのである。『戦略司令室長』時村・沙織(nBNE000500)はこれを了承した為、今回は二派を除く彼等は事実上の友軍という形になるだろう。彼等が死ねば『楽団』に余計な戦力が渡るのだからこれは好都合である。 「そこであんた達に向かってほしいのはここ、横浜市だ。ここで『楽団』と『裏野部』が対峙している。この場を鎮圧して欲しい」 横浜駅近辺の開けた場所で両者は争おうとしている。 『裏野部』とて『楽団』を倒す意思はあるが、彼らに任せていては無用な被害を増やすばかりだ。とは言え、『裏野部』にとって『アーク』は味方ではない。もちろん、自分達の被害をむやみに増やす程愚かでは無かろうが、状況が許せば遠慮なくリベリスタ達への攻撃を行うだろう。 決して安全な任務とは言えない。 しかし、日本各地に『楽団』の戦力を動かしたケイオスは全国の中規模都市に致命的打撃を与えようというのだ。勿論、大量の死人が出れば『楽団』がより手をつけられなくなるのは言うまでも無い。 「『楽団』のフィクサードはチェレステと名乗る爺さんだ。普段は『楽団』で調律師をやっているそうなんだが、今回は大規模の作戦――奴ら流に言うなら演奏か? ――に合わせて戦闘に参加することになったらしい。こいつ自身も脅威だが、連れている死体にはかつて彼らと戦った『白の鎧盾』のエースだった男も紛れている」 チェレステと屍人だけでも楽な戦いとは言えまい。 強力な屍人を連れているのならなおさらだ。 加えて、敵は『楽団』だけではない。 「俺の所感を言わせてもらうのなら、今までの戦いは序曲に過ぎなかったってことだ。ここからが奴らにとっての本番。危険度は今までの比じゃねぇ」 『白の鎧盾』はかつての僚友達に呑み込まれて滅んで行った。 そして、未だアークが彼らと違う運命を掴み取れる保証は何処にも無い。 「説明はこんな所だ」 説明を終えた少年は、その鋭い瞳で睨むように、リベリスタ達に送り出しの声をかける。 「あんた達に任せる。……無事に帰って来いよ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:KSK | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2013年02月09日(土)00:22 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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● 「生きている者は生き続け、死している者は眠り続けるのが救いです。そのどちらも脅かす悪逆非道もここまでですよ」 裏野部と楽団が睨み合う戦場に凛然と姿を見せたのは『ライトニング・フェミニーヌ』大御堂・彩花(BNE000609)だ。彼女が生まれつき持つ風格は、互いを見据えていたフィクサード達の視線すら奪わずにはいられない。 「屍人もそうでない人も出来得る限り救いましょう」 「寝言は寝て言いな、アーク。こいつはあたしらの獲物だ!」 「おお、これはこれは。ようやく主賓がいらっしゃいましたか」 フィクサード達の反応はそれぞれだ。 裏野部はまっすぐ殺意の視線で睨み、楽団は死者の群れを率いて悠然と戦場を観察している。 いずれもアークへの敵意は隠そうともしない点では同じだ。 「こんなもの見せつけられたらもうゾンビ映画は観られませんね。どんな名作でも絶対に面白くなくなりますよ」 「そろそろ楽団ともカタをつけたいところだガ、裏野部は裏野部デ、一般人をいたぶッテ楽団探しの真似っコとハ……」 『デストロイド・メイド』モニカ・アウステルハム・大御堂(BNE001150)は巨大な大砲を背負い、無表情に戦場を睥睨する。その禍々しい重火器はいつでも戦場にいる敵を殲滅出来る姿勢を取っていた。 B級映画の悪役として名声を馳せるゾンビ達。 今後、鑑賞するとしても悪意を持って死体を操ろうとする者の姿がちらつくのは致し方ないだろう。 怒りを覚えているのは彼女に限った話ではない。 『夢に見る鳥』カイ・ル・リース(BNE002059)も同じだ。 対象は楽団だけでなく、裏野部も含まれる。楽団と敵対しているという立場は同じだが、楽団を殺すためなら街1つ消し去ることも厭わない連中だ。信用できるはずも無い。加えて言えば、彼らにしたって、アークは敵なのだ。 詰る所、この戦場で味方と言えるものはいないのである。 「全く面倒な奴らばっかりなのダ」 「えぇ。命を軽く扱う人たち……全力で止めましょう」 『大食淑女』ニニギア・ドオレ(BNE001291)が決意の表情で魔力杖を構える。 場に一触即発の空気が走った。 その時だった。 この混沌の中、冬の凍てつくような風の中、春の暖かい風のような声で『幸せの青い鳥』天風・亘(BNE001105)は裏野部側に向かって声を掛ける。 「お久しぶりです、菖蒲さん。どう思われてるかは承知ですが、少し話を聞いて頂けないでしょうか?」 「あんたのいけ好かない澄まし面、切り刻んでいいって話だったら喜んで聞くけど?」 裏野部のリーダーである菖蒲は過去2度ほど、亘相手に苦汁を舐めさせられた経験がある。それだけに、敵意を隠そうともしない。亘は殺意の視線を柔らかく受け流すと、提案を持ちかける。 「今三つ巴で戦えば死者も出ます。本来なら仕方なくても今死んだら楽団に利用されるだけ。なので「どちらが早く楽団を倒すか勝負」しませんか?」 「ルールは簡単、ドッチが多く連中を狩れるか。違反は互いへの敵意を持った攻撃、ソレだけっすよ」 『LowGear』フラウ・リード(BNE003909)も続ける。 事実上の休戦協定だ。 思いがけない言葉に菖蒲は思案の表情を浮かべる。 「もし俺等の中で誰か死んだらさ、あれが増えるだけなんだけど。こーいう世界じゃ好戦的なのは悪かねーけど、状況読めねー様じゃ生き残れねーぜ?」 ゆるい口調で軽く挑発してみる『住所不定』斎藤・和人(BNE004070)。裏野部と遭遇するのは初めてだが、実際目の当たりにして確信した。彼らはアークも楽団も、両方相手にするつもりだ。ここまで螺子がぶっ飛んでいるとは思わなかった。最悪に備えて、三つ巴に対する心の準備を済ませておく。 「構うこたねぇよ。両方やっちまおうぜ!」 「あんたは黙ってな!」 部下を黙らせる菖蒲。 今の提案が真実であったなら、裏野部に損は無い。むざむざ楽団に仲間をくれてやるのは業腹だ。 偽りであったとしても、そもそも最終的にアークは倒す予定なのだ。それなら楽団を排除してからでも遅くは無い。 「あのミイラみたいなの見えるか? 50年前の戦士。圧倒的な速度で時を刻むソードミラージュ」 『アリアドネの銀弾』不動峰・杏樹(BNE000062)が敵の能力を伝える。その表現に菖蒲の表情が変わる。 「気をつけろ。彼は何より、速い」 「屍人となってモあれだけ速いのダ、生前はよっぽど速かったのだろウ。こちらに攻撃を仕掛けてこないうちハ、回復支援するのダ。思い切り力を試してみたらどうダ」 「まっ、乗るかどうかはテメー等次第っすけど。テメーの望む道を、何より速さを。此処で終わりにしたいっすか?」 フラウの言葉が決め手になった。 年若い最速の刃達の目に同じものが走る。 彼らの考えることは簡単だ。 自分こそが最速たりたい。 あいつには負けたくない。 「乗ってあげるよ。ただし、あのジジイを殺したら、次はあんた達だからね!」 「それでこそです」 亘が笑う。 「話は纏まったようですね」 のんびりとチェレステが言葉を挟んでくる。 どうやら二者の協定がどのようになるのかを待っていたらしい。これも楽団流の美学と言うことか。 答えたのは杏樹。 「あぁ。それと待たせたついでに質問良いかい?」 「ご随意に」 「あんたが操っているリベリスタと、『白の鎧盾』のユゼフってイージス、記憶に無いか?」 杏樹が問うたのは先日戦ったフィクサードのこと。 かつて楽団と戦って敗北したリベリスタのことだ。 予想外にチェレステは即答した。 「覚えておりますとも。組織が滅んだ状態であそこまで戦えるとは思っておりませんでしたから。お陰で鎧盾との戦いで手に入れたリベリスタの多くが失われましたよ」 「そう」 これでこの男と話すのは十分だと杏樹は銃を抜く。 チェレステはヴァイオリンを構える。 「とにかく、その男は返してもらおう」 「やれるものならばどうぞ。それでは、この戦いにはこの曲こそがふさわしい。allegro con brio(輝きを持って速く)。舞台を開演いたしましょう!」 ● 映画においてゾンビは基本群れてゆっくり歩を進めるものだ。 しかし、混沌組曲においてはその限りではない。 オーケストラは時に荘厳に、時に激しく、時に優しく、時に静かに奏でられるべきものであるのだから。 そして、チェレステに与えられた譜面に従って、元「白い鎧盾」のリベリスタ、ヘンリクはリベリスタ達のいる中へと飛び込んでくる。 しかし、かつて最速の世界に名を刻んだ戦士に、若き最速の戦士達も負けてはいなかった。 「ふふ、どうしたんですか? 言ったでしょう、ちゃんと決着をつけたいと。貴方に今死なれたら楽しくないですよ」 光速で放たれた死人のナイフを受け止めながら、亘は背中の菖蒲に声を掛ける。 「ごちゃごちゃと偉そうに!」 「菖蒲! コイツだ、コイツがうち等の狩る獲物だ。屍人風情がうち等の領域に土足で踏み入ってるのが何よりも気に入らねぇんだよ。テメーも最速を求める輩ならコイツを喰らって、糧にして魅せろ!」 常人からすれば音しか認識できない高速の世界で、彼らは斬撃を繰り出し合っていた。 「おい、そこのお前! ユゼフという名前で思い出すことは無いのか?」 杏樹は元リベリスタの屍人に向かって声を出す。しかし、彼は動きをわずかなりとも揺るがさない。 「昔から疑問なのですが、何故リベリスタの方は死体に話しかけるのでしょうか? それはリベリスタの死体を私が操っているに過ぎません。霊魂と呼べるものはそこにありませんが……確認作業と言う理解でよろしいでしょうか?」 「お前に言っても意味は無い」 杏樹とて期待していた訳ではない。 ただ1つ、彼に対して誓ったことがある。 楽団に滅ぼされたリベリスタ組織の仇を取るということ。 「楽団は終わらせる。その前に、50年前の呪縛から彼を開放させよう」 そう言って魔銃の弾丸を屍人達に撃ち込んでいく。それはさながら、かつて楽団と戦って散って行った同志へ捧げる鎮魂歌であった。 それを横目に彩花は呼気を整える。 あの様子なら、自分は屍人の軍勢に集中できる。 幸い、裏野部も「支援を行う」というのが交渉のカードとして効いたようだ。 現時点では協力的な態度を見せている。 提案したのはあくまでも「ゲーム」であり、勝ち負けによって何を譲る必要も無い。だから、後は全力で敵を殲滅するだけだ。 「モニカ、行きましょう」 「はい、私も敵が大勢の方がやり易いです」 モニカに声を掛けて、彩花は大地を蹴る。すると、その身は雷へと変じ、圧倒的な速力で屍人達を薙ぎ倒していく。 彩花の命を受け、モニカは引き金を引く。すると、撃ち出された弾丸は、敵に劣らぬ圧倒的な物量で屍人へ刺さる。 屍人の群れは痛みも恐怖も感じずに攻めかかってくる。一方、リベリスタ達は痛みも恐怖もある。その点だけを考えれば屍人の方が優れた兵士のように思われるかもしれない。だが、真実は逆だ。 痛みは覚悟で乗り切れば良い。恐怖は勇気で塗り潰せば良い。 その意志の力こそが、リベリスタの力になるのである。 人を救いたいという願いもまた、リベリスタ達の力だ。 「勝利の女神は、誰にも倒させやしないさ」 「誰も……死なせはしない!」 杏樹がニニギアを庇う。すると今度はニニギアの祈りに応じて、清浄な風が血なまぐさい戦場の空気を一掃する。 その対象には裏野部も含まれていた。 『バッドダンサー』を始めとして、赦せないフィクサードを多数擁している集団なのは百も承知。しかし、この場においては彼らとの協調が大事だ。 「一般人の救助が終わったのダ。我輩も手伝うのダ」 「楽団の奴らをぶん殴る系男子で行くぜ! 遠慮すんな、全部持っていけ!」 「纏めて燃え散らせてあげる!」 巻き込まれていた一般人の救助を終えたカイ達が戻って来た。 『ダブルエッジマスター』神城・涼(BNE001343)はひたすらに拳を連打して屍人を叩き伏せる。 『炎髪灼眼』片霧・焔(BNE004174)は乙女の拳に炎を纏わせ、屍人達を焼き払っていく。 「楽器持ってるってだけでって、どんだけ運がねーの? 厄払いした方が良いよな、ホント。連中に生き延びたら行くのをオススメしとくわ」 「私達が無事にここから帰れたらね」 和人の言葉に彩花は答えながら、チラッと裏野部の方を見やる。 先ほどの約定通り、フィクサード達はリベリスタ達に攻撃する事無く、屍人に攻撃を続けている。しかし、彩花としてはとても信頼がおけるものではない。かつて、裏野部派の首領、裏野部一二三と会話する機会があった。直接相対した訳ではないが、アレで十分だ。 常識と言うよりも良識が通じない相手。 死者が出る状況が楽団に利するから協力出来ているが、単なる三つ巴であったのなら、共闘の約束を破って傷ついたリベリスタにトドメを刺しかねない。そんな連中だ。たとえば今だって、何の策も無しに戦っていたら、遠慮なく範囲攻撃に巻き込むくらいのことはしていたはずだ。 「ま、ともあれ。まずはあの爺さんをどうにかしないとな」 そう言って、和人は拳銃で武装したゾンビに向かって、同じく拳銃を握り込んだ拳を振り下ろす。 すると、屍人の頭はスイカ割りのスイカのように潰れていった。 ● 戦いはアークと裏野部の即席連合に有利に進んでいった。 中々に倒れない屍人の群れは強敵だし、チェレステの磁界器による支援は厄介なものだった。老練の楽師は屍人を盾に、支援を行うニニギアやカイへの攻撃を行ってくる。 しかし、リベリスタ達の策は、傷つきながらもそれらを凌ぎ切った。 また、革醒者がこれ程集まって向かってくると、チェレステとしても兵隊を補充するための兵隊を移動させるわけには行かないのだ。 生と死がぶつかり、数時間前まで平和に包まれていた街は既に凄惨な地獄の戦場と化していた。 リベリスタ達も運命の炎を燃やし、厳しい状態だ。 ニニギアの顔に哀しみが浮かぶ。 目の前の景色に、使い潰されていく屍人の群れにかつて守れなかった者達の姿を連想してしまったから。 「輝きとは程遠い戦場……。こんな死臭に満ちた音楽なんて聴きたくない。聴く価値ない」 聖なる呪言と浄化の炎がヘンリクの身体を縛る。 汚され続けた戦士の魂を浄化するために。 「チェレステさん、あなたのやり方は嫌いです。ですが、あなたの主に対する忠誠が、覚悟が本物だというのなら……」 天風亘と言う少年を動かす行動原理は正義ではない。自由な心、誇りにある。だからこそ、死者の力を誇りを汚す楽団が最高に気に食わない。 「生き抜く覚悟と共に貫き終曲させて頂きます!」 亘の刃がヘンリクの体を捕える。 屍人の動きが止まったのは刹那の時。 しかし、それだけの時間があればフラウには十分だった。 「魅せてやるよ。うちの速さを!」 いつの間にか、ヘンリクの上を取っていた。全身が軋みを上げるが、そんなことは問題ではない。 瞬く間に、敵を撃ち、殺す。 果てしなく単純だが、ソードミラージュの秘儀にまで達した技の冴えは時すら切り刻む、先達を完膚なきまでに切り伏せるのだった。 「後は耳障りな演奏のお前だけなのダ!」 気付けば残る屍人は後わずかになっていた。リベリスタ、フィクサード、いずれも疲弊しているが、それでも戦力としては既に十分ではない。 「本来であればここで死ぬまで戦うつもりでしたが……少し欲が出てしまいましたね」 「逃げるつもり?」 彩花の言葉に頷くチェレステの前を阻むように屍人の群れが壁を作る。 「混沌組曲はまだ残っております。皆様のような相手だからこそ、今までにない名演奏になるでしょう。恥ずかしながら、それを聞きたいと思ってしまいました」 アークも裏野部も追おうとするが、さすがに防御の身に徹する相手では時間を稼がれてしまう。 『それではまた、次の楽章でお会いしましょう……』 そして、その場からは楽団も屍人も消え失せることになった。 それでも、戦いの気配は消えない。 いや、楽団が消え去ってしまったからということも出来ようか。 ゲームの時間が終わったのだ。 見るとフィクサード達はリベリスタ達に向けて、殺意の籠った視線を向けている。 「楽団が片付いた後はお疲れちゃーんで終わりてーけど。……やんねーよな?」 「おっさん、体力切れちゃったの? 今のゲームでは負けたけど、これ以上負けが込むのもゴメンなんだよねぇ」 「まぁ無理な話ですよね」 引きつった笑いの和人の後ろでは、モニカが弾奏の入れ替えをしている。 「あのパスタ野郎はあたしらの仲間を殺してる。そして、あんたらだってあたしらの仲間を殺してる」 神秘の世界で違う信念の元に生きているのだ。 生き死には別におかしなことではない。 しかし、仲間を殺された事実を放置すると舐められるというのが裏社会の掟。あるいは、社会から外れたものなりの仲間意識は存在するのかも知れない。 なんにせよ、争いは不可避だ。 「貴方とは万全な状態で戦いたかったですが……仕方ないですね」 そして、戦いが始まる。 混沌組曲の全体からすれば、ほんの間奏のような。 それでも、生きる者達が奏でる戦いのメロディ。 即興で奏でられたが故に、混沌組曲には存在しない生命の鼓動があった。 「ここは退こう」 しばらく戦う中で、杏樹は後ろに勝利の女神――ニニギアを庇いながら冷静に告げる。 相手の攻撃力は高く、タイミングが悪ければリベリスタの側に死者が出かねない。 楽団のプラスにならないと言うだけで、ここでアークにマイナスを出す訳には行かないのだ。 逃げるリベリスタ達の背後で派手な爆発音が聞こえ、火の手が上がる。 彼女らが工事現場から事前に持ってきたガソリンによるものである。 フィクサード達は、この場から徹底的に楽団を狩り尽くすために火を放ったのだ。夜で騒ぎがあったとは言え、この場には多くの一般人が残っている。にもかかわらず、たった1人の、いや、いないかもしれない楽団員を殺すためだけに。 「燃えろ燃えろ! 全部燃やし尽くしちゃいな! 燃やし尽くせば、楽団の兵隊だって増えないよねぇ? キャハハハハハハハハハハハ!」 何故か聞こえてくる菖蒲の笑い声が耳に障る。 あの様子では、本気で辺り一帯が燃え尽きるまで収まるまい。 戦場から去ろうとする杏樹の視界の端に、ヘンリクとそして多くの死体が映る。彼らを解放できたことが、リベリスタにとっての最大の戦果だ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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