●時村家本邸周辺 「配備完了」 その言葉が携帯電話の口から流れ出てた時、蝮原咬兵は密やかにため息を尽いていた。しかしそれは安堵の吐息ではない。ついに終わり、そして始まってしまうのだと言う諦観の混じったそれは、彼が潜む時村家本邸の建築物の影に、流れ、溶けて消えて行った。 咬兵が通話を終わらせた事に気付いた部下の伊東が、足音を立てずに近付いてくるのが分かった。肩越しに振り返る咬兵に、伊東は口をすぼめて話しかける。 「終わったんですかい」 「ああ。シンヤ、蘭子、フォックストロットがそれぞれ位置についたらしい」 「配島と石炭は?」 「包囲完了との報告があった。俺達もそろそろ出る、準備しておけ」 「――例のカレイド・システムは……」 「そっちも問題は無い、そうだ。対策はしてあるらしい」 言いながら、咬兵は自身の懐をまさぐった。数瞬の後、そこから取り出したのは手の平サイズの小箱、煙草のパッケージだ。 彼はそこから一本の煙草を抜き取ると、伊東に何か言われる前に口に咥えた。 そしてそのままライターを取り出し火をつけると、非難めいた視線を向けてくる部下に軽く笑んだ。 「戦闘前の景気付けだ、ちょっとは見逃してくれ」 咬兵とて、これから攻め込む屋敷の影で煙草を吸う行為が、決して褒められたものではないのだと言う事は分かっている。先ほど彼が唇の端から零した吐息とは異なり、吸った煙草の煙は可視の息となって体外に放出される。 この本邸にいる敵――つまりは『アーク』組織に属するリベリスタ――にそれを発見されれば、自分達のいる場所が察知されて襲撃されてしまうかもしれないのだ。 だが、咬兵は構わず煙を吐き出した。彼の口から追い出された息が、空へと昇り、あるいは時村邸の木造の壁面へと静かにぶつかり、消えていく。 同時に脳内を高揚感が駆け巡るのを感じた。これから自分は殺気のただ中に立つ。そう考えると、冷たいまでの殺気が身体から溢れ出して来るのを自覚した。 その殺気に当てられたのか、わずかに身を引く伊東に対し、咬兵は静かに囁きかける。 「岩井達から連絡は」 「へっ!? ……あ、ああ、ありませんぜ。お嬢の方は何とも無いみたいで……」 「――そうか」 口腔に残る苦い煙を吐き出すようにして首肯の返答をする。そして自身が親のように慕った前組長と、本当の娘のように成長を見守るお嬢の姿を思い浮かべ、 (親父……橘平さん。お嬢に、親父の孫娘に、この組を任せる時が来るまで――俺はお嬢と組を守り続けます) 二年前、あの日に誓った台詞をもう一度心中で反芻し、咬兵は顔を上げる。 そして傍らに立ち銃を構える部下達を順繰りに見やり、囁くような、けれど激情を滲ませた声音で言う。 「いいか――この仕事をこなせば上の覚えもよくなる。もちろん妨害は入るだろうが、思い切り蹴散らせ。長期戦は不利だ、援軍を呼ばれる。 ターゲットに弾丸を撃ち込むまでは足を止めるな、警戒を怠るな、躊躇をするな。……これを最後の仕事にするぞ、いいな!」 三人の部下達は気合と共に諾の返事を返す。二丁拳銃をゆっくりとホルターから抜き放つ咬兵は、先日船で相対したリベリスタ達の、問いかけてくるような言葉を思い出していた。 今の咬兵の台詞をあのリベリスタ達が聞いたら、劇毒染みたアジテーションだと非難するのだろうか。 自嘲に唇の端を歪めても、答えは見えない。其処には無い。 急転する運命とは裏腹にゆっくりと『その時』は午睡の屋敷へと忍び寄る―― ●時村沙織からの通信 ――あー、もしもし? 聞こえるか? ああ、そうそう。俺だよ俺。いや、詐欺じゃない。俺だって、時村沙織。 とにかく電話に出てくれて助かった。お前、今時村邸の近くにいるんだろ? GPSで分かる。依頼帰りか? いや、そんな事はどうでもいい。ついさっきアーク本部の方に電話が入ったんだ。 何者かは知らないが、そいつはこう伝えてきた。時村本邸がフィクサード達に狙われてる、とな。 目的は親父の暗殺。……まぁ、効率的って言えば効率的なやり方だ。 けど、この件はおかしな事にカレイド・システムが感知していない。情報がどれだけ信頼出来るかは分からないが、本邸の方と連絡が取れないのは事実なんだ。放っておく訳にはいかない。 例のフィクサードの攻勢で、本部の方はかなり慌しい。そうでなくても本部から戦力を回してたんじゃ間に合わないだろう。俺の方で付近に居るリベリスタに連絡を取って戦力を編成する。 すまないが、お前も本邸の方に急行して親父のガードに当たってくれないか。 ●オズワルドの弾丸 常よりも早口でまくし立てた沙織の言葉に貴方は諾の返事を返す。すると、それに少しばかり安心したのか、やや落ち着いた口調で沙織は続けた。 「繰り返すが、ここから先俺が説明する事柄は、全てカレイド・システムで予見されたものじゃない。そこのところを留意して聞いてくれ」 そこで一呼吸置くと、話し始める。 「邸内には何人かのフィクサードがいるらしい。どのフィクサードも皆、先日攻勢を仕掛けてきた猛者ばかりだが―― 特に蝮原咬兵とその配下は厄介だ。戦力は蝮原を頭にその部下山田、松川、伊東。いずれも関東仁蝮組の構成員だ。連中は恐らく親父を直接狙ってくるだろう。当然だが屋敷に滞在している護衛のリベリスタ達が敵う相手じゃない」 そこで一旦言葉を止めた沙織は、貴方が時村邸のある方角を確認し、走り始めてからも無言だった。どうしたのかと電話口に問いかけると、やや躊躇いがちに沙織からの返事があった。 「蝮原咬兵は、確かに強力な相手だ。だから、仕事の本質は――時間だ。時間を稼げば状況は間違いなく好転する。連中は気付かれる心算は無かっただろうからね。交戦が長引くのは嫌うだろう。とにかく、何とかして親父を守ってくれ。 お前になら出来るだろ? ――いや、本当にそう思ってるって。だからこうして電話をかけた。信用していない奴に『親父を助けて欲しい』なんて言ったりしないさ。 ただ、気をつけてくれ。何度も言うが、蝮原咬兵は強力なフィクサードだ。相手取ったら大怪我したり、……死んだりする事だってあるかもしれない。 けど、身内が心配なのは確かだけどな、お前に死んでくれって言う程面は厚くない。 『アーク』や『時村沙織』にとって時村貴樹の存在は大きいものかもしれないが、お前達リベリスタだってそりゃ同じ事だ。 蝮原咬兵を退けて、お前たちも無事に本部に戻れ。いいな、これは命令だぜ。 ――分かったか? はい、OK。それじゃあ切るぞ――」 通話終了を現す電子音声が耳朶を打つ。そこで貴方は、遠目に時村邸の大邸宅を見つけた。 これから戦闘を行うのだと言う緊張感と高揚感に背中を押されるようにして、貴方は走る速度を上げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:水境 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年06月30日(木)02:37 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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● そうです、私は嵌められたんですよ! ――リー・ハーヴェイ・オズワルド (ケネディ大統領暗殺実行犯とされる男) ●始まる、パレード 蝮原咬兵の握るアーティファクト・『蝮の尾』から放たれた弾丸が空気を焦がす。 時村貴樹の眉間を狙ったそれは、しかし護衛の一人が貴樹に体当たりする形で着弾点が逸らされ、そのまま日の焼けた畳にめり込んだ。 それを見た咬兵は軽く舌打ちすると、メイン・スプリングで下りた撃鉄を節くれだった指で起こす。が、その数瞬の隙を逃す護衛たちではなかった。 「御大、こちらへ!」 目を白黒させるばかりの貴樹の腕を取り、護衛の一人が彼を引きずるようにして広間の奥へと連れて行く。無論、それをすぐさま追走しようとする咬兵、そして部下の三人ではあったが、彼らの行く手を塞ぐように貴樹の護衛であった二人のリベリスタが立ちはだかった。 ――いや。行く手を塞ぐように、ではなく、実際に咬兵達の歩みを止めようとしているのだろう。たとえ、それが明らかに力量の差がある相手であっても。 二対の覚悟を終えた瞳を睨みつけ、咬兵は軽く唇の端から息を吐いた。視界の隅では貴樹の履いた足袋がちらりと襖の奥に見え、そして消えるのを確認する。 (……急がねぇと見失っちまうな) 心中で一人ごちる咬兵だが、彼の考えを察したかのように部下の一人――松川が傍らから声をかけてくる。 「さっさと終わらせましょうぜ、若頭」 「……ああ、そうだな」 時村家本邸。 高い塀と幾人もの護衛に囲まれたその屋敷は、むしろ要塞のような形で郊外に鎮座している。 むろん入り口で行われる厳重なチェックを通過しなければ入ることすら叶わないし、そもそも一般人であれば、いつでも物々しい警備が行われているその屋敷に近付こうとすら思わないだろう。侵入し、犯罪行為に及ぶなど考えもしないに違いあるまい。 だが、日がやや翳ってきた本日午後。 誰にとっても思いもよらぬことが起きた。突如屋敷に入り込んできた手練れのフィクサード達によって、護衛や警備員たちはあっさりと退けられ、屋敷内は鎮圧された。 彼らの弾丸や武器の矛先は、一様に一つの目的を持ち、その方角に向かって迷い無く突き進んでいた。 それは、元日本国首相時村貴樹の暗殺。 使用人や護衛達を蹴散らし邁進する『相模の蝮』蝮原咬兵達が、最後の砦とも言うべき二人のリベリスタを地に伏せるまでの時間は、ほんの数十秒とかからなかった。 「ぐっ……」 「悪いな」 呻く男の腹を殴り、今度こそ沈黙させた咬兵は、気を失った相手の胸倉から手を離した。その場でくずおれる男。 軽く肩をすくめつつ傍らへと視線を逸らせば、そちらでももう一人の護衛を沈黙させた部下――松川が銃に弾倉を入れ直す様子が見えた。 「若頭」 視線に気付いた松川が促すように目を眇めると、咬兵は頷く。 「ああ。行くぜ」 それだけ言うと、咬兵は大股で広間を横切り、貴樹とその護衛が逃亡していった方向へと足を進めた。三人の部下がついて来るのが分かる。 振り向くことなく、そのまま広間の奥の襖を開け放った。 次いで眼前に広がる多数の畳。これまでの部屋とは異なり、窮屈な印象など微塵も受けないここは、多くの客人をもてなす際に使われる大広間らしい。美しく敷き詰められた畳に、鼻をくすぐる若草の匂い。それから――その畳に残るわずかな血痕と、血の匂い。 それを見た咬兵は、先ほど貴樹を連れて逃亡した護衛が腕に怪我を負っていたことを思い出した。と言うことは、この血痕を辿ればターゲットである貴樹の元へと辿り着く事が出来るだろう。 だが、その血痕を視線で辿った咬兵は、大広間の奥に思いがけないものを目にして呼吸を止める。 (なぜ) 胸中で自問するが、むろん答えは出せなかった。 大広間の奥、血痕が続く襖の先を、守るかのように―― 立ち塞がっていたのは、咬兵が渡された屋敷護衛の資料には記載されていない、十人のリベリスタ達だった。 ●向けられる、銃口 眼前に現れた蝮原咬兵を目にし、『毒絶彼女』源兵島 こじり(BNE000630)は軽く肩をすくめた。 「間に合ったようね。……全く、男っていう生き物は自分の都合でしか連絡を寄越さないだから」 彼女がそう言うのは、先刻リベリスタ達にかかってきた一本の電話だ。相手は時村貴樹の息子、沙織。彼が言うには、何者かから今日、時村邸が襲撃され時村貴樹が狙われると言う密告があったのだと言う。 それを止めて欲しいのだと、まるで懇願するかのようなその願いに頷き、集まった十人のリベリスタ。彼らは今、強力なフィクサードと名高い蝮原咬兵及びその部下三人と、こうして相対している。 こじりの言葉にかすかに苦笑した『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)は、しかしすぐにその頬を引き締め一歩、前に出た。 そして周囲にいる仲間達にだけ聞こえるような、密やかな囁き声で呟いた。 「何にしても……時村貴樹を殺させる訳にはいかない。……いや、させない」 「ええ」 拓真の言葉に頷いたのは、『星の銀輪』風宮 悠月(BNE001450)だった。 「アークも私達も、まだ歩み始めたばかり。――それを、こんな所で止められる訳には、参りません」 「そうだな。……俺達だけじゃない、全てのリベリスタのこれまでの歩みを無駄にする訳にはいかない。――蝮原咬兵!」 それまでの密やかな囁き声から一転、声を張り上げた拓真の言葉は、広間の奥に佇む咬兵に聞こえたのだろう。眉をひそめる様子が見て取れた。 咬兵は何か言おうとでもしたのか、口を開きかけるが、それを遮って拓真は続けた。 「お前は今、こう考えているはずだ。――『増援が現れるのには早すぎる』」 その言葉に目を見開く咬兵。それを見た拓真は軽く息を吐き、更に声音を強めた。 「良いか、その問いに答えてやる。……匿名の電話がアークに入ったそうだぜ」 「時村邸襲撃計画の細かい情報――そして貴方達を含めた、他の襲撃人員の情報もリークされているようですよ」 拓真に続いて発せられた、悠月の言葉に―― 二丁拳銃を握り締めた咬兵は、完全にその動作を止めていた。拓真の一歩後ろからその様子を見た『静かなる鉄腕』鬼ヶ島 正道(BNE000681)は、その鋭い瞳を少しだけ細める。 (やはり……彼らはこの状況を想定してはいなかったのですね) おおよそ想定していたこととは言え、リベリスタ達の心中に静かな喫驚の念が沸き出でてくる。つまり、彼らの目の前にいる蝮原咬兵は、仲間である誰かに裏切られたのだ。 そしてまた、リベリスタ達はそれを裏付けるだけの情報を、もう一つ入手していた。拓真に代わって前に出た『ぴゅあわんこ』悠木 そあら(BNE000020)は、視線を伏せる咬兵にひたと桃色の瞳を据え、そして口にする。 「貴方の部下、岩井と、彼が連れている少女」 「!!」 そあらが発したその台詞に、今度こそ咬兵は視線を上げた。男の視線はそあらを射抜くような強さをもって見開かれている。 その視線を向けられたそあらは、その目から発せられる狂気染みた殺気にわずかに肩を揺らせるが、すぐに小さく首を振った。 咬兵が、その瞳を見開いた理由は、恐らく一つだろう。そあらは静かに続きを口にした。 「二人が――砂蛇に狙われているのを万華鏡が感知したのです。そして、今、他のアークメンバーが救出に向かっているです」 その言葉に反応したのは、咬兵よりもむしろ周囲で様子を見守っていた三人の部下達だった。 (確か名前は、山田、松川、伊東) 『アンサング・ヒーロー』七星 卯月(BNE002313)が咬兵の部下の名前を心中で読み上げている間も、彼ら三人は咬兵へと駆け寄る。 「わ、若頭!」 「岩井とお嬢の所に砂蛇……!?」 「どういうことなんですか、そりゃ!?」 明らかに動揺し、次々と咬兵に声をかけている。だが、すっと目を細めた咬兵はすぐに右手を軽く挙げ、近付いてくる部下達を制した。 「動揺するな」 その命令に従う――と言うよりも、その言葉に滲む殺気に当てられ、部下達は黙り込んだ。 合間を縫うように咬兵が小さく呟く。 「……伊東」 「はっ……はい」 名を呼ばれた短髪の男、伊東はかすかに肩を震わせ返事した。 「もう一度確認する。さっき待機してた時にゃ、岩井達からの連絡は一度も無かったんだな?」 「へっ? ……へえ。確かに岩井からは何の連絡も……」 「そうか」 それだけ応じた咬兵は、唇の端から小さく息を吐き出し―― 視線を上げ、自身の目の前に立ち塞がるリベリスタ達を順繰りに見回し、言った。 「なら、これはこいつらの罠だ。耳を貸すな」 「へ……」 「恐らく、俺達を時村貴樹の所に行かせないため、増援を呼ぶため……時間を稼いでいるんだろ。だが、それで仕事は止まらねぇよ。無駄骨だったな」 「ち、違いますです!」 もう一歩だけ前に出たそあらは懸命に首を振った。 「嘘じゃないです、さっき夏栖斗さんっ……相良のお屋敷に向かったリベリスタとも連絡が取れているのです!」 「情報を遮断しているのは貴方がたの専売特許では無いでしょう。貴方の部下――岩井達も情報を遮断されている可能性を考えては……」 「悪いが俺達は急いでいる」 そあら、そして正道の言葉すら遮り、咬兵はゆるく首を振った後、その二丁の拳銃の銃口をぴたりとリベリスタ達に据えた。 「これ以上、お前達の芝居に付き合う気は無い。――お喋りを続ける気なら、一人ずつ頭を撃ち抜いていくぜ」 蝮原の目は本気である。 元より彼は任務を遂行する心算でこの場所へ来た。 もし万が一――リベリスタの言う事が本当だったら……その不安は無い訳では無いだろうが。それを理由に狼狽する程甘い男では無い。 行くも地獄、帰るも地獄ならば決めた覚悟の分だけ腹は据わるという事か。 「違うのです。……お願いです、どうか信じてくださいまし……」 わずかに瞳を潤ませ『節制なる癒し手』シエル・ハルモニア・若月(BNE000650)がそう訴えるも、咬兵は瞳から殺気の色を消さない。シエルを片手で下がらせ、これまで会話を見守っていた『捜翼の蜥蜴』司馬 鷲祐(BNE000288)が前に出る。 「……こちらは元よりあんたと戦うつもりだったさ。相模の蝮」 鷲祐の銀の瞳と咬兵の黒い瞳がかち合う。 「以前は俺の嫁が世話になったようだからな。……礼をさせて貰う」 「お前に大切に思う家族がいるなら」 鷲祐の言葉尻に被せるようにして言い、唇の端を歪めた咬兵は、鷲祐にその銃口を突きつけた。 「俺の気持ちも分かる筈だ。事情は知ってるんだろう? ――こっちも好きでこんな事している訳じゃねぇんだ。この暗殺を達成しなけりゃ先は無ぇ――退いてくれねぇか?」 その咬兵の台詞に、何か答えようと口を開く鷲祐だったが―― しかしすぐにその唇を閉ざし、無言で両手のナイフと防御用短剣を握り直す。 互いに譲れないものがある。リベリスタ達は全ての仲間のため、友人のため、思いやる者のために時村貴樹を救おうとしているし、蝮原咬兵達もまた、仲間や家族のために時村貴樹を暗殺しようとしている。 これ以上言葉を交わしても、恐らく平行線を辿るしか道は無いだろう。 鷲祐は心中でわずかな苦味と共にそう結論付け、そして鋲を鳴らして畳を蹴り、走り出した。 ●響き渡る、銃声 リベリスタの中から頭一つ飛び出してきた鷲祐に向け、いの一番に反応した咬兵は手にした銃の引き金を引いた。 耳を劈くような音。わずかに身体を逸らしてかわした鷲祐の肩からぱっと血の花が咲いた。 だが、彼は立ち止まらない。ナイフを構えたまま、痛みに唇をかみ締めながらもただ敵に向かって駆ける。 「若頭、ここは俺らに任せてください!」 鷲祐の躊躇いの無い疾走に瞳を眇めた咬兵、その前に立ち塞がったのは部下の伊東だ。 「若頭は早く時村を――!」 言いながら、伊東は肩から血を溢れさせる鷲祐に向け、ヘッドショットキルを放つ。 がづっ、と頭部に強い衝撃を受ける鷲祐。 「鷲祐様!」 シエルが悲鳴染みた声で名前を呼ぶ。鷲祐がその場に立ち止まる。 ――が、彼が立ち止まったのは痛みの所為ではない。 (全速で止める) 彼の脳内を駆け巡る電子パルスが力となって全身を駆け巡る。眼前に躍り出た咬兵の部下を睨み据えると、ほとんど同時に全身を走る血流が彼に力を与えてきた。 毒牙を備え、高速戦を得意とする彼は、速さを求めて自身を研鑽し続けてきた。 その結果、フェイトを引き寄せたが――それが幸福かどうかは彼だけが知るだろう。しかし、こうして咬兵達の突破を防ぐために壁となって飛び出した彼の背中を、少なくとも仲間達は頼もしく、そしてその力を必要としているに違いは無い。 鷲祐は、血の滲む肩を抑えることもなく、ただひたすら眼前に佇む者の目を見据えた。 「若頭、早く先に!」 「ここは俺たちに任せてくだせぇ!」 部下達が口々に咬兵に対して喚き、そしてその銃口をリベリスタ達に向け――撃つ。 松川と山田の放つ不可視の弾丸――ヘッドショットキル――は、一歩前に出ていた拓真とこじりを直撃し、さすがの二人もわずかに後退る。 「……話聞いてもらえないです」 それを見、唇を尖らせたそあらは、それでもマナサイクルで体内の魔力を循環させていく。とは言え、会話を試みたことは全く無駄ではなかったようだ。彼らの横を時村貴樹とその護衛が駆け抜けて行ってから、既に数分という時間が過ぎている。目的を達したとは言えそうだ。 「大丈夫かい」 「心配するな」 仲間達に翼の力を付与していく卯月に、攻撃を受けた拓真はかすかに頷く。その彼の横から前に出たのは『Scarface』真咲・菫(BNE002278)だ。 「あの蝮って言うの、大物なんだよね? ――怖いなあ」 そう小さく軽口を叩くと肩をすくめた菫は、だが視線をすぐに鋭いものへと変化させ、ヘビーボウガンの先端をそちらへ向けた。 「……でも……怖いは怖いけど、目的達成のためなら奮い立てるかな」 咬兵たちを睨み据える、その片目は義眼だ。だが、そこから発せられる殺気と意思は、相対する者を警戒させ、怯ませるのに充分な力を持っていた。 ナイトメアダウンの傷跡を持つ彼女が口をつぐみ、シューターとしての感覚を研ぎ澄ます間、代わりのように声を発したのは後方に立つ悠月だった。 「嘘ではないのです――本当に貴方のご家族は危険に晒されているのです!」 「時間稼ぎも大概にしろ」 咬兵に必死に訴えかける悠月の言葉は、しかし男に一蹴される。顔を曇らせる彼女を庇うように一歩、前に出た正道は、静かに言った。 「……どうやらあちらは聞く耳を持たないようです。今はただ、攻撃を耐えて時間を稼ぐ事を主としましょう」 正道の冷静な言葉に、悠月も少し躊躇った後に頷いた。それを確認すると、正道はもう一歩だけ前に出る。 彼は最も回避能力が低いと思われる敵への行動阻害を行おうとしたが、その回避能力が低い敵をどうやって見分けるか、それは考えていなかった。わずかに唇をかみ締めると、部下達の援護を受けてリベリスタ達の脇を突破しようとする咬兵の前に躍り出た。 「行かせはしません」 ナイトメアダウンで右腕を失った彼は、アークに拾われた。そして愚直にアークからの命令を守ろうとする彼は、自身よりも遥かに強力である能力を持つフィクサード・蝮原咬兵の前でも怯むことはない。 眼前に躍り出た正道に眉を潜める咬兵――が、更にその彼の目の前に飛び出してきた者を視界に映し、その眼光をますますきついものに変化させる。 「旦那が咬兵サンとね?」 それはウシのビーストハーフ、『星守』神音・武雷(BNE002221)だった。色黒の肌、太い眉を持つ彼は、その闊達な表情に強い意思を漲らせ、佇む咬兵を見、唇の端を歪めた。 「わしは神音タケミ、よろしくったい」 「敵に挨拶とは――余裕があるじゃねぇか」 同じく唇の端をかすかに歪めた咬兵は、武雷の言葉に返事をすることもなくその銃口を向けた。その強い殺気に、わずかに武雷の背中を冷たいものが這い回る。だが、 ――沙織サンが皆とわしんことば信頼して任せてくれたっとね。 『信頼していない奴に親父を助けて欲しい、なんて言ったりしないさ。 耳朶に蘇ってきた時村沙織の言葉に、 「絶対に期待に応えるばい!」 武雷の意思が力となって、全身を淡い光が包んでいく。咬兵は目を眇め、その様子を見下ろしていた。 「皆様、少しお待ちを……!」 シエルはやや早口で仲間達にそう声をかけると、その形のよい唇を開いた。そしてそこから流れ出してきた美しい歌は、深手を負った鷲祐、拓真、そしてこじりの傷を次々と癒していく。 それを確認すると、シエルは人知れず深い息を吐き出していた。 (……怪我をした人を癒す……それが私の価値) だから、そうして仲間達の傷が癒えていく様子を見ると、途方も無く安堵するのだ、とシエルは自身を納得させた。だが、 「助かった、ありがとう」 前方で敵と相対する鷲祐は、肩越しに振り向いてほんの少し、目を細めてみせた。こじりもまた、礼を言うように軽く片手を挙げてみせる。 「……」 シエルは彼らの様子を見、複雑な表情を浮かべてみせた。他人を支えることを存在意義とする彼女は、かすかにその胸の内に疑念を沸かす。 ――他者を支える、というのはどういうことなのでしょうか。 後衛である彼女が怪我をした仲間を癒す――しかしそれは、前衛で壁となって立つ仲間がいてこそ成り立つ方式だ。前衛となり武器を握る仲間がいなければ、彼女はその銃口の群に身体を晒すことになり、攻撃を浴びる事になるだろう。つまり、こうして他者を支えるというのは、逆に見れば―― 「俺たちも行くぞ」 「ええ」 しかしシエルが自問の答えを出す前に、拓真とこじりが飛び出した。ブロードソードとアームキャノンを手にする二人は、眼前の咬兵の部下と相対する鷲祐の横を通り、その先に佇む敵――松川と山田へと向かう。 「――はっ!」 拓真は気合の呼気と共にそのブロードソードを振り下ろす。全身のエネルギーを込めたその必殺の一撃は、けれど必殺であるがゆえに敵から軌道が見えやすい。部下の一人、松川の肩にその刃が埋め込まれるものの、拓真が期待した後退の効果は見られなかった。 軽く舌打ちして地面に下りた拓真は、巨大なアームキャノンを抱えるようにして立ち止まったこじりへと視線を移す。戦いのみを求めて生きてきたこじりは、その冷たい瞳を眼前の敵へ向け、戸惑い無く引き金を引いた。 彼女の魔力を付与され、貫通力を増したその弾丸は、狙い違わず松川の脇腹に命中した。血が溢れ、鋭い悲鳴が大広間に響き渡る。 だが、こじりはその長い髪をかき上げるだけで、眉一つ動かすことなくアームキャノンを構え直した。 ●暗殺を行わなかったオズワルド リベリスタ達の中で最初に倒れたのは武雷だった。 「ぐうぅっ……!!」 咬兵の強力な殺意を持つ弾丸、ギルティドライブに射抜かれ、その場にくず折れる。 物理には鉄壁を誇る、素晴らしい体力を誇る彼が倒れた事実は蝮原の火力の意味を教えていた。 とは言え、蝮原の表情も冴えない。代償を必要とする力はそう何度も使えない切り札。武雷はそれを使うべき相手だったのだ。 「武雷さん!」 シエルらの援護を受けてもなお、じわじわと体力を削られていた正道は思わず声を上げる。が、すぐに詰めていた息を吐き出す。 「ぜ、絶対……行かせないばい……!」 武雷の身体が起き上がる。傷付きながらも意識を刈り取る死神の鎌に抗う。 その力の正体を咬兵は察したのだろう、わずかに眉根を寄せる。 「……フェイトを使ったのか」 「暗殺を止めると……約束したばい……!」 ふらりと身体を揺らし、立ち上がる武雷。咬兵はそれを見て肩をすくめた。 「俺たちが殺したいのはお前らじゃねぇんだ。退いてくれりゃ――」 「誰も殺させないばい!」 立ち上がり、ふらつく身体を立て直しつつ叫ぶ武雷。そして顔を上げ、咬兵の顔を見据える。 「なぁ、旦那。こんな事してる場合じゃなかとよ……。わしは、あんたのこと嫌いじゃなか。あんたのお嬢様も含めて、助けてやりたかね」 「……まだそんな事を言っているのか」 咬兵は不愉快げに息を吐き出した。 「時間稼ぎも大概にしろと――」 「時間稼ぎじゃなか!」 「大体、そんな事が起こっていたら岩井から連絡があった筈だ。お嬢の傍に付けているあいつは、連絡を怠るような奴じゃねぇんだ」 「……情報が遮断されているのは」 二人の会話に言葉を割り込ませたのは正道だった。武雷の肩越しに、静かに咬兵を見据えながら、 「果たして我々だけではないかもしれませんよ。貴方の部下が、こちらに連絡を出来ない可能性も――」 「……お喋りが過ぎた」 だが、正道の言葉を遮るように咬兵は吐き捨てると、再度その銃口を二人に向けた。 「こんな会話、いくら続けても平行線のままだ。――俺たちは俺たちの目的を遂行するためにお前たちを倒す」 そう言う咬兵に、武雷は悲しげに表情を歪めた。そして咬兵の銃口から放たれるであろう攻撃を予測し、身を硬くする。 咬兵が動きを止めたのは、再び武雷に向けて弾丸が放たれようとした、まさにその瞬間だった。 「……まだ、終わりじゃない……!」 伊東の弾丸をその身に受けた鷲祐は、しかしその敵の目の前でくず折れる間もなく身体を輝かせ、そして立ち上がった。彼のフェイトと意思が限界だと叫ぶ身体を叩き起こし、再度戦う力を蘇らせる。それを見た伊東は呆れたように肩を竦めた。 「まだ立ち上がるのかよ」 「……ここを通させる訳にはいかないからな」 血が流れる唇の端を乱暴に拭ってそう応じてから、鷲祐は素早く周囲の状況を確認した。 後方から散発的にシエル、そあら、悠月の援護が届き、仲間達も防御を主体として戦闘を行っているためか、被害はそれほど大きくは無い。しかしそれでも相手は強力なフィクサード、わずかではあるがちくちくと体力を減らされ続け、また突発的に集中する弾丸から逃れられる術もない。実際、立て続けに部下達の攻撃を浴びた菫は、成す術も無く倒れ、鷲祐から少し離れた位置で伏している。 「――セィッ!」 鷲祐からわずかに離れた位置で共に攻撃を繰り返すのは拓真だ。彼は幾度もメガクラッシュを繰り返していたが、一人の部下、松川を吹き飛ばすのにかかった時間は数十秒。その間に武雷と菫が倒れた事を考えると、そう幾度も同じ真似は出来まい。 彼は唇をかみ締めると、自身が奥の襖まで吹き飛ばした松川の元まで駆け、その足を狙って疾風のような斬りを繰り出す。 拓真の攻撃に続く形でアームキャノンの引き金を引くのはこじりだ。手中でナイフを躍らせる鷲祐に仲間同士で固まらないよう注意を促し、そして自身は弾丸を繰り出す。 自分自身の行動を阻害するまで威力を高めた彼女の攻撃は、これまで拓真と彼女、二人の攻撃を浴び続けてきた松川の頭部に命中し――そして、わずかな痙攣の後、そのフィクサードは倒れ、動かなくなった。 「……よし」 軽く目を伏せ、呟くこじり。しかしその声音には、格上の相手を倒したと言う気負いや喜びは微塵も感じられなかった。他人との関わりを好まない節もある彼女は、しかし人が嫌いという訳ではないのだ。 「松川……!」 仲間の名を呼ぶ山田に、こじりは無言でその銃口をそちらに向けた。 「卯月さん、大丈夫ですか」 「ああ……すまないね」 悠月の唇から溢れ出た、慈愛に満ちた力は卯月の身体を癒し、満たしていく。塞がっていく傷口を見下ろし、卯月は再度仲間達の背中を見やった。 自身を含め、仲間達の力はやや疲弊してきているが見て取れた。卯月はインスタントチャージの用意をしながらかすかに首を振る。 (やれやれ、ここに時村元総理がいないことを幸運に思うよ) こんな激戦に巻き込まれれば、フェイトに愛されていない存在である彼は恐らくひとたまりも無いに違いない。しかしそのために卯月がいた。そして、彼がいない今、卯月がすべき事は仲間達を救う事だ。 同じ思いを、悠月もまた抱いていた。 (フィクサードを狙う暇もありませんね……) 悠月はかすかに吐息を吐き出す。 彼女はもし余裕があるのであれば、マジックアローを使ってフィクサードを狙うつもりであったが、しかし少しでも回復の手を休めれば、味方はあっという間に瓦解してしまうだろう。だから―― 「もう、見送る事しか出来なかった、あの時とは違う――」 ナイトメア・ダウンの時、死地に赴いて帰らなかった両親を見送るしかなかった幼少の頃。しかしあの時とは異なり、悠月には力があり、そして仲間もいる。 「……そうでしょう?」 そう語りかけたのは、恐らく自分自身であったのだろう。悠月は再度魔力を練り直す。意思が彼女に力を与え、少しずつではあるが力が集まってくるのが分かる。 「なんとか踏み止まらないと……!」 月の名を冠した少女は、夜空に輝くそれのように仲間の行く先を照らすため、両手をかざす。 ――その時だった。 「……来ました」 後方でそあらがぽつりと呟く。隣で癒しの歌を繰り返していたシエルは何のことかと首をかしげてそあらを見やる。 しかしその疑問に満ちた視線に答えることもなく、そあらはポケットから携帯電話を取り出した。そしてそれは、着信を現すバイブとライトで輝き、震えている。 それを見たシエルは目を見開いた。一切の情報交換をジャミングされた屋敷内で携帯電話が使えるはずがない。だから、これはつまり―― そあらはわずかに震える手で携帯電話の受信スイッチを押し、それを耳に押し当てる。次いで流れ込んでくくる好ましい相手の声。 「……夏栖斗さん」 思わず相手の名が唇から零れる。それは相良邸へと向かった青年の名。そしてそれは、そあらに安堵感を与えると同時にとてつもなく大きな意味を秘めていた。 「――松川、山田! 撤退するぞ!!」 ほとんど同時に咬兵の声が大広間に響き渡った。 ●逃亡、そして 「若頭!?」 リベリスタを迎撃せんと弾倉を込めていた松川が声を上げる。が、咬兵は構わずそちらに近付いた。その両手に握り締めていた二丁拳銃をあっさりと腰のホルターに仕舞いながら、 「こいつらの言っていた事は本当だった。河口と岩井は死んだらいし。 九条と、結城って名乗る女から連絡があった――相良邸が襲撃されている、撃退はしたがお嬢は連れ去られた、とな」 そう告げれば、部下である山田と松川は表情を一変させた。すぐにリベリスタ達から離れると――警戒をしつつではあったが――、倒れた伊東を担ぎ上げる。 「結城・ハマリエル・虎美ってのはお前等の仲間だろ?」 咬兵はリベリスタ達を振り向き、頷き二歩下がった彼等をその黒い瞳で見据えた。 その表情には、今まで見た事もないほどの動揺と――そして困惑が滲んでいるのを、そこにいたリベリスタ達は確認した。 そのまま咬兵は密やかに、囁くように呟く。 「……なぜだ」 発せられた問いは、リベリスタ達にとっては意外なものだった。携帯電話から唇を離したそあらは静かに問い返す。 「なぜ、って何がですか?」 「……なぜ、相良邸が襲撃されている事を俺たちに伝えた?」 そあらはわずかに返答に迷う。咬兵のその問いが、ただそのままの言葉の意味ではないことを感じ取ったからだ。 ――お願いです、どうか信じてくださいまし…… ――わしは、あんたのこと嫌いじゃなか。あんたのお嬢様も含めて、助けてやりたかね。 シエル、武雷、そして拓真達リベリスタの言葉。恐らく咬兵は、十人の台詞がただ時間稼ぎのためだけに発せられたものだとは思わなかったのだろう。 そあらはわずかに悩んだ後、前に立つこじりの肩越しに、そっと咬兵へと語りかけた。 「……アークはそのような組織だから、としか言えません」 確かに時間稼ぎをするだけであれば、もっと他にやり方があったに違いない。しかしリベリスタ達は真実を伝え、そして敵である咬兵にも愛する者達を救って欲しいと、心中でそう願い続けて言葉をかけた。 そあらの言葉にわずかに自嘲するように唇の端を歪めた咬兵は、そのまま懐から鳴子を取り出す。 仲間を担ぎ上げた相模の蝮がその身体を踊らせた。 広大な時村邸屋敷内に、撤退の合図である笛の音が鳴り響く…… |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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