● オーケストラは指揮者の手によって自在にその音色を変える。 まさに『彼』のスコア通りに。楽団はその勢いを増していた。日本と言う国と箱舟。どちらも得ようと伸びる数多の亡者の手。 序曲は何処までも静かで。己の描くスコアを彩る音符を揃える様に。楽団は密やかに動き続けていた。 殺しても殺しても尽きぬ無尽蔵の敵と、無差別な襲撃。それはどれ程抗おうとも抗い切れず。かつて『白い鎧盾』がそうであった様に、亡者の手は緩やかに身を這い上がる。 日本中に蔓延る恐怖と社会不安。下準備はもう十分だと『指揮者』は判断したのだろう。その指揮棒は高らかに、振り上げられた。 冷たい手が伸びる。万華鏡が捉えたのは、密やかなる音楽家達が齎す致命的過ぎる未来だった。かの倫敦の伝説さえも行わなかった、この国の崩壊を招く数多の攻撃。 各地で蠢く楽団が都市へとその音色を響かせる。致命的な傷をつける為に。大量の死人を、得る為に。より一層手が付けられなくなりかねぬ動向を静観出来ないのは、フィクサードも同じ。 敵の敵は味方。バランス感覚を至上とする男が告げたのは、『裏野部』と『黄泉ヶ辻』以外の主流七派と箱舟の一時的停戦。事実上の友軍を得られる上に楽団の『戦力』増強を予防出来る事は好都合。 戦略指令は、それを呑んだ。 最悪。まさにその一言が相応しい敵である『指揮者』率いる楽団は、けれどだからこそ、見過ごす事の出来ない敵でもある。 まさしく日本の秩序と平和の存続をかけた戦いは、始まろうとしていた。 ● 「緊急よ。終わり次第すぐ、あんたらには栃木に向かって貰う」 お決まりの台詞さえ口にはせずに。『導唄』月隠・響希(nBNE000225)は資料を差し出した。 「……まぁ、すぐ向かって貰っても間に合わないんだけどさ。『楽団』が動いた。狙いは、栃木県の主要駅の一つ、小山っていう駅よ。 こそこそ蠢く奴らだから、今まではほとんど引っかからなかったのにね。……分かるでしょ、それだけ、大きなことをやろうとしてるの」 なぞられたモニターが示す駅構内図。戦闘場所を長い爪が指さす。改札を入ってすぐ。 「楽団は此処で、一般人を殺して操ってる。まぁ、戦力増強と……一応交通拠点だからね。此処を潰して拠点にするメリットは大きいんじゃないかしら。まぁ、こっちからしたらどんな理由でも阻止せざるを得ないけど。 此処で戦う事になる。改札は一つだけなの。それ以外で外に出るのは、まぁ線路に下りるしかないけど……緊急事態だから、停止信号は出されてない。 ダイヤ通りに電車が来るわ。本数が少ない路線もあるけど、何があるか分からないからおすすめは出来ない。……加えて、まぁ出来れば外への被害拡大は阻止して欲しい。 言い方が悪いけど、これ以上の被害は出せないのよ。駅には十分すぎるくらい人がいる。流入を止めたり、電車を止める駅員は勿論居ない。 電車は来続けて、人は増えるばかりなの。……ごめんなさいね、無理をさせるわ。でも、任せられるのはあんたらだけ」 微かに眉を寄せて、その指先が手元の資料を捲る。 「現場には多数の一般人と……主流七派『剣林』が数名。ええと、逆貫さん担当の案件に出てきた要と言うフィクサードがリーダー格。ああ、一応友軍だから安心してね。 今回の動向を察知して、楽団処理に動いてるらしいから。指示は聞いてくれないかもしれないけど、邪魔はしないでしょうね。 加えて、もう一組。フリーのリベリスタがいる。……あたし的にはものすっごい懐かしい奴らなんだけどね。資料、次のページいって」 紙の擦れる音と、並んだ2枚の写真。 「知ってる人も居るかしら。向坂・伊月に神崎・剣人。彼らはシンヤに従っていたんだけど、あの聖夜以降適当な雇い主の下を転々としてた。 1年近く前ね。……偶然にもあたしの初仕事の案件で、あんたらともう一回戦う事になった奴らよ。その一件で、彼らはその立場を変えた。雇われてた事で資金は十分だったんでしょう。 二人だけで、主に子供が絡む神秘事件を解決してたみたいね。知人のフォーチュナとかも頼ってたみたい。……今回の件も、まぁ規模が大きいしね。偶然感知したフォーチュナにでも聞いたんでしょう。 彼らはあんたらより早く駅に入って戦ってるわ。剣林よりも早く。相当な手練れだけど、まぁ圧倒的数には勝てない。……あんたらがつく頃にはすでにぎりぎり。特に、伊月の方は辛うじて立ってるレベル。 まぁ、本来なら其処まで疲弊しないんでしょうけど。……彼ら、たまたま居合わせた子供の集団を守りながら戦ってんのよ。それが罪滅ぼしなのか、彼らの目指すものなのかはわからないけど。あんたらの友軍である事だけは確か」 ただし、素直に話を聞くかどうかは微妙ね。そう告げてから、フォーチュナはひとつ、息をつく。 「ちなみに、此処に来てる楽団はヴィオレンツァとチェレーレ。……今回は恋人は一緒じゃないわ。まぁ、あっちも個人的に恨みがあるみたいなんで……前回ほど早くは引かないでしょう。 彼らさえ撤退すれば少なくとも、死体は黙る。優先順位をよく考えて。命に重さがあるとは、思わないけれど。……無理だけはしないで、最善を尽くして頂戴」 全員揃って帰って来てね。そう告げて、フォーチュナは静かにモニターを切った。 ● それは絶望への行進曲だった。悲鳴。泣き声。血の匂い。腐敗していく何か。そして狂おしい程のアジテート。 亡者が蠢いていた。どんどんと倒れていく人々を眺めながら。チェリストは満足げに笑みを浮かべる。 「嗚呼、アリオ。愛しのシェリー。君達もどうか、上手くやるんだよ」 この声も音色も届かない程遥か南の、愛しい存在を思う。握り締めたチェロは未だ、手に馴染み切らない。それを感じる度に男の胸を焦がすのは復讐のいろ。 只管に。この狂気と悲劇を煽り続ける男と付き従う女。そして、見覚えのある剣林のフィクサード。 「ったく、本当に趣味が悪いわね! どこ見ても死体死体、やってらんないわ!」 軽やかに。戦場を駆け抜ける少女はとりあえず敵では無い。滴り落ちる血を拭って、銀髪の魔術師は浅く、息をついた。 「……全くだね、なんで俺が命がけで守ってんだか」 「嫌ならお前だけ逃げても構わないぞ。俺は引くつもりはさらさら無い」 馬鹿言うなよ、と。大真面目に撤退を促す漆黒の剣士の背を叩く。死線は幾度も幾度も潜ったけれど。こんな風に誰かの為にぎりぎりまで己を削るのは、何時以来だろうか。 まるで、何時かのリベリスタ達のようだ、と小さく笑った。思わず咳き込んで吐き出す血。それでも引かない。守ると決めたものを守り抜こうとする姿を、知っているから。 「お、おにいちゃんたち、だいじょうぶ?」 「血、血でてるよ、あぶないよ……!」 背に庇う、子供達の声。怯え切った彼らが辛うじて正気を保っていられるのは、目の前の背が守り続けているからに他ならない。 泣き出しそうな声に振り向く事無く。煌めいた魔導書が、大剣が、近寄る敵を薙ぎ払う。 「大人しくしてなよ、騒ぐと気が散る」 「問題無い。……纏まっていろ、必ず逃がしてやる」 状況は何処までも絶望的で。けれど、諦める訳にはいかなかった。恐らくは此処に駆けつけるであろう箱舟が来るまでは。 己の何を犠牲にしても。 この背に庇うものを守る以外に、選べる選択肢は存在しなかったのだ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:麻子 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年02月07日(木)22:59 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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