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<混沌組曲・破>解れた運命、血色のスコア<関東>


 オーケストラは指揮者の手によって自在にその音色を変える。
 まさに『彼』のスコア通りに。楽団はその勢いを増していた。日本と言う国と箱舟。どちらも得ようと伸びる数多の亡者の手。
 序曲は何処までも静かで。己の描くスコアを彩る音符を揃える様に。楽団は密やかに動き続けていた。
 殺しても殺しても尽きぬ無尽蔵の敵と、無差別な襲撃。それはどれ程抗おうとも抗い切れず。かつて『白い鎧盾』がそうであった様に、亡者の手は緩やかに身を這い上がる。
 日本中に蔓延る恐怖と社会不安。下準備はもう十分だと『指揮者』は判断したのだろう。その指揮棒は高らかに、振り上げられた。
 冷たい手が伸びる。万華鏡が捉えたのは、密やかなる音楽家達が齎す致命的過ぎる未来だった。かの倫敦の伝説さえも行わなかった、この国の崩壊を招く数多の攻撃。
 各地で蠢く楽団が都市へとその音色を響かせる。致命的な傷をつける為に。大量の死人を、得る為に。より一層手が付けられなくなりかねぬ動向を静観出来ないのは、フィクサードも同じ。
 敵の敵は味方。バランス感覚を至上とする男が告げたのは、『裏野部』と『黄泉ヶ辻』以外の主流七派と箱舟の一時的停戦。事実上の友軍を得られる上に楽団の『戦力』増強を予防出来る事は好都合。
 戦略指令は、それを呑んだ。
 最悪。まさにその一言が相応しい敵である『指揮者』率いる楽団は、けれどだからこそ、見過ごす事の出来ない敵でもある。
 まさしく日本の秩序と平和の存続をかけた戦いは、始まろうとしていた。


「緊急よ。終わり次第すぐ、あんたらには栃木に向かって貰う」
 お決まりの台詞さえ口にはせずに。『導唄』月隠・響希(nBNE000225)は資料を差し出した。
「……まぁ、すぐ向かって貰っても間に合わないんだけどさ。『楽団』が動いた。狙いは、栃木県の主要駅の一つ、小山っていう駅よ。
 こそこそ蠢く奴らだから、今まではほとんど引っかからなかったのにね。……分かるでしょ、それだけ、大きなことをやろうとしてるの」
 なぞられたモニターが示す駅構内図。戦闘場所を長い爪が指さす。改札を入ってすぐ。
「楽団は此処で、一般人を殺して操ってる。まぁ、戦力増強と……一応交通拠点だからね。此処を潰して拠点にするメリットは大きいんじゃないかしら。まぁ、こっちからしたらどんな理由でも阻止せざるを得ないけど。
 此処で戦う事になる。改札は一つだけなの。それ以外で外に出るのは、まぁ線路に下りるしかないけど……緊急事態だから、停止信号は出されてない。
 ダイヤ通りに電車が来るわ。本数が少ない路線もあるけど、何があるか分からないからおすすめは出来ない。……加えて、まぁ出来れば外への被害拡大は阻止して欲しい。
 言い方が悪いけど、これ以上の被害は出せないのよ。駅には十分すぎるくらい人がいる。流入を止めたり、電車を止める駅員は勿論居ない。
 電車は来続けて、人は増えるばかりなの。……ごめんなさいね、無理をさせるわ。でも、任せられるのはあんたらだけ」
 微かに眉を寄せて、その指先が手元の資料を捲る。
「現場には多数の一般人と……主流七派『剣林』が数名。ええと、逆貫さん担当の案件に出てきた要と言うフィクサードがリーダー格。ああ、一応友軍だから安心してね。
 今回の動向を察知して、楽団処理に動いてるらしいから。指示は聞いてくれないかもしれないけど、邪魔はしないでしょうね。
 加えて、もう一組。フリーのリベリスタがいる。……あたし的にはものすっごい懐かしい奴らなんだけどね。資料、次のページいって」
 紙の擦れる音と、並んだ2枚の写真。
「知ってる人も居るかしら。向坂・伊月に神崎・剣人。彼らはシンヤに従っていたんだけど、あの聖夜以降適当な雇い主の下を転々としてた。
 1年近く前ね。……偶然にもあたしの初仕事の案件で、あんたらともう一回戦う事になった奴らよ。その一件で、彼らはその立場を変えた。雇われてた事で資金は十分だったんでしょう。
 二人だけで、主に子供が絡む神秘事件を解決してたみたいね。知人のフォーチュナとかも頼ってたみたい。……今回の件も、まぁ規模が大きいしね。偶然感知したフォーチュナにでも聞いたんでしょう。
 彼らはあんたらより早く駅に入って戦ってるわ。剣林よりも早く。相当な手練れだけど、まぁ圧倒的数には勝てない。……あんたらがつく頃にはすでにぎりぎり。特に、伊月の方は辛うじて立ってるレベル。
 まぁ、本来なら其処まで疲弊しないんでしょうけど。……彼ら、たまたま居合わせた子供の集団を守りながら戦ってんのよ。それが罪滅ぼしなのか、彼らの目指すものなのかはわからないけど。あんたらの友軍である事だけは確か」
 ただし、素直に話を聞くかどうかは微妙ね。そう告げてから、フォーチュナはひとつ、息をつく。
「ちなみに、此処に来てる楽団はヴィオレンツァとチェレーレ。……今回は恋人は一緒じゃないわ。まぁ、あっちも個人的に恨みがあるみたいなんで……前回ほど早くは引かないでしょう。
 彼らさえ撤退すれば少なくとも、死体は黙る。優先順位をよく考えて。命に重さがあるとは、思わないけれど。……無理だけはしないで、最善を尽くして頂戴」
 全員揃って帰って来てね。そう告げて、フォーチュナは静かにモニターを切った。


 それは絶望への行進曲だった。悲鳴。泣き声。血の匂い。腐敗していく何か。そして狂おしい程のアジテート。
 亡者が蠢いていた。どんどんと倒れていく人々を眺めながら。チェリストは満足げに笑みを浮かべる。
「嗚呼、アリオ。愛しのシェリー。君達もどうか、上手くやるんだよ」
 この声も音色も届かない程遥か南の、愛しい存在を思う。握り締めたチェロは未だ、手に馴染み切らない。それを感じる度に男の胸を焦がすのは復讐のいろ。
 只管に。この狂気と悲劇を煽り続ける男と付き従う女。そして、見覚えのある剣林のフィクサード。
「ったく、本当に趣味が悪いわね! どこ見ても死体死体、やってらんないわ!」
 軽やかに。戦場を駆け抜ける少女はとりあえず敵では無い。滴り落ちる血を拭って、銀髪の魔術師は浅く、息をついた。
「……全くだね、なんで俺が命がけで守ってんだか」
「嫌ならお前だけ逃げても構わないぞ。俺は引くつもりはさらさら無い」
 馬鹿言うなよ、と。大真面目に撤退を促す漆黒の剣士の背を叩く。死線は幾度も幾度も潜ったけれど。こんな風に誰かの為にぎりぎりまで己を削るのは、何時以来だろうか。
 まるで、何時かのリベリスタ達のようだ、と小さく笑った。思わず咳き込んで吐き出す血。それでも引かない。守ると決めたものを守り抜こうとする姿を、知っているから。
「お、おにいちゃんたち、だいじょうぶ?」
「血、血でてるよ、あぶないよ……!」
 背に庇う、子供達の声。怯え切った彼らが辛うじて正気を保っていられるのは、目の前の背が守り続けているからに他ならない。
 泣き出しそうな声に振り向く事無く。煌めいた魔導書が、大剣が、近寄る敵を薙ぎ払う。
「大人しくしてなよ、騒ぐと気が散る」
「問題無い。……纏まっていろ、必ず逃がしてやる」
 状況は何処までも絶望的で。けれど、諦める訳にはいかなかった。恐らくは此処に駆けつけるであろう箱舟が来るまでは。
 己の何を犠牲にしても。
 この背に庇うものを守る以外に、選べる選択肢は存在しなかったのだ。 



■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:麻子  
■難易度:HARD ■ ノーマルシナリオ EXタイプ
■参加人数制限: 10人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2013年02月07日(木)22:59
派手にやりましょう。
お世話になっております、麻子です。
以下詳細。

●成功条件
楽団の撤退もしくは討伐
駅外への被害拡大阻止

●場所
栃木県小山市、小山駅中央改札内。
メイン戦場は全ての路線に繋がる改札入ってすぐの空間です。
東北新幹線と東北本線、両毛線が停車する非常に広い駅です。
改札は中央改札のみ。新幹線乗り場に向かう中間改札が一つあります。
中央改札入って直進で東北新幹線乗り場
入って右手に並ぶ下り階段がそれぞれ両毛線、宇都宮線、水戸線に続いています。
戦闘は新幹線乗り場よりの位置で行われています。
駅員は既に死者の仲間入りを済ませており、構内は大混乱です。
事前付与を行えば恐らく下記リベリスタは死体の仲間入りをするでしょう。
無しの場合は、到着後2Tでアーティファクト『阿芙蓉』を使用します。

●『ヴィオレンツァ』
楽団所属のチェリスト。男。ジーニアス。
しいなSTの『アリオーソ』の恋人であり、深く彼女を愛しています。
二人で共に奏でる音色こそが、彼にとっての至上です。
『二重奏』を奏でる為に動いていましたが、愛用の楽器を一度壊された事でリベリスタへの復讐心を覚えています。
身の危険を感じた場合離脱する可能性があります。
登場依頼は『<混沌組曲・序>チェリストは恋を奏でる』『<三ツ池公園大迎撃>君の恋したシノニム』

●『チェレーレ』
楽団所属のチェリスト。女。フライエンジェ。
ヴィオレンツァの弟子とも言うべき存在です。
彼に従い、より強い死者を得るためにやってきました。
登場依頼は『<混沌組曲・序>チェリストは恋を奏でる』

楽団側の目的は『東京―東北を繋ぐこの位置を支配し、各地に死者を送る』事です。

●死者たち
初期配置は30。以後、ターン経過毎に5~15ずつ増えます。
チェロの音色に導かれるように目覚めた、動きまわる死体です。
生前の知性や理性は断片的にしかありません。非常に獰猛でタフです。
身体の欠損が生じても動き回ります。 

●『捷脚』要
剣林派の女性フィクサード。黒犬のビーストハーフ。
捷脚とは勝利を掴む捷い脚の意味だと彼女は語る。
速度特化型。回避も高い。スキルは覇界闘士とソードミラージュの物を織り交ぜて使う。
ジョブは覇界闘士。
EX:捷脚(倒的な速度を生み出すその脚力を足先の一点に集中して放つ蹴撃。物近単、ダメージ=速度、ノックB)
登場依頼はらるとSTの『<剣林>呼び声』です。

●剣林派フィクサード×5
ジョブ雑多。実力もまちまち。前衛ジョブ多め。

●向坂・伊月
ジーニアス×マグメイガス。かなりの手練れです。
皮肉屋で自信家。重度のリベリスタ嫌いでしたが、現在は改心の傾向にありました。
消耗が激しく、ギリギリ均衡を保っています。子供達を背にして戦っています。

葬操曲・黒、シルバーバレット、魔陣展開をメインで使用。
一般戦闘、非戦闘所持。

●神崎・剣人
ジーニアス×デュランダル。かなりの手練れです。
直情径行、己の志と剣の道への誇りを重んじています。求道者的。現在はリベリスタです。
消耗は激しく、伊月と並んで子供達を背にして戦っています。

リミットオフ、デットオアアライブ、テラークラッシュをメインで使用。
一般戦闘、非戦闘所持。

彼らは二名とも現在のアークのトップクラスのリベリスタより強いです。
登場依頼は『<強襲バロック>腐敗の贄』『蝕む芥子の香』。

●アーティファクト『阿芙蓉』
花の意匠が施された、掌サイズの香炉型アーティファクト。
持主と、持主が選んだ対象に『物攻・神攻上昇 BS無効』の恩恵を与えます。
代償として持主と対象全員が『常時致命 興奮状態』に陥っています。
但し、興奮状態に関しては、自覚があればある程度制御出来るようです。

所持者は剣人。リベリスタは希望すればこのアーティファクトの恩恵を受ける事が出来ますが、一度効果を受けた場合、解除は出来ません。
WP判定・状態回復スキルも無効です。

●一般人
何も知らず新幹線で到着した観光客及び、緊急停車した各線から出てきた人々。
加えて、今からスキーに向かう筈だった小学校低学年の子供達の集団が居ます。
既に死者も出ていますが、子供達だけは奇跡的に守られているようです。

●重要な備考
『<混沌組曲・破>』は同日同時刻ではなく逃げ場なき恐怖演出の為に次々と発生している事件群です。
『<混沌組曲・破>』は結果次第で崩界度に大きな影響が出る可能性があります。
 状況次第で日本の何処かが『楽団』の勢力圏に変わる可能性があります。
 又、時村家とアークの活動にダメージが発生する可能性があります。
 予め御了承の上、御参加下さるようにお願いします。

●Danger!
 このシナリオはフェイト残量によらない死亡判定の可能性があります。
 又、このシナリオで死亡した場合『死体が楽団一派に強奪される可能性』があります。
 該当する判定を受けた場合、『その後のシナリオで敵として利用される可能性』がございますので予め御了承下さい。

参加NPC
 


■メイン参加者 10人■
ソードミラージュ
坂本 ミカサ(BNE000314)
ソードミラージュ
絢堂・霧香(BNE000618)
デュランダル
ランディ・益母(BNE001403)
マグメイガス
風宮 悠月(BNE001450)
マグメイガス
イーゼリット・イシュター(BNE001996)
ナイトクリーク
三輪 大和(BNE002273)
ソードミラージュ
リンシード・フラックス(BNE002684)
ホーリーメイガス
ティアリア・フォン・シュッツヒェン(BNE003064)
ホーリーメイガス
宇賀神・遥紀(BNE003750)
クロスイージス
斎藤・和人(BNE004070)


 美しい花は散り際まで美しい、なんて幻想だ。
 萎れ、干乾び、花弁を落とし。色も瑞々しさも全て失くして落ちていく。
 美しさは儚さだ。永久の美など存在せず、美しきはみな短い。
 だからきっと、彼女は美しいものだったのだろう。ただ只管に凛、と。血と絶望に染まる戦場に咲いた花が、萎れもせずに散っていく。


 最初に感じたのは、凄まじく濃い、錆びた鉄の匂いだった。続いて鼓膜を震わせる絶叫。泣き声。逃げ惑う足音に、ぶちゅりと混じる何かが潰れたような音。
 もう意味を為さずに音を鳴らすばかりの改札を飛び越えて。『禍を斬る剣の道』絢堂・霧香(BNE000618)は一気に駅構内へと駆け込んでいた。
 流れる銀色と引き抜かれる刃。その足音さえ置き去りに、残像が織りなす幾重もの剣戟。改札前の敵を薙ぎ払って、その瞳は奥を見る。目が、合った。もうこれで3度目。見知った顔が驚きの色を浮かべる。
 嬉しかった。あの日からずっと、剣を、想いをぶつけて。それで齎された結果なのだろうか。彼らは今確かに、誰かを守っていた。硬い表情に少しだけ、笑みが浮かぶ。
「……二人とも、こんな所で終わらせないよ」
 したい事は幾つもある筈だから。全てを守ると固く誓う彼女の瞳に僅かに揺らいだ感情のいろは読み取れない。そんな彼女と背中合わせ。揺らいだ姿と、開かれたチェロケース。
「アークです、助けに参りました」
 圧倒的速力が齎す、残像と言う名の幻影。『鏡操り人形』リンシード・フラックス(BNE002684)は、白磁のかんばせに淡く笑みを乗せた。くるり、と。回って見せれば広がるフリルと艶やかな水色。
 捕まえて見せてと少女は笑う。誘い集め全てをかわす。主題から目を背けさせるだけと言うには余りに美しすぎるそれは、冷たき亡者を集めるには十分すぎる効果を持っていた。
 ざわざわと。此方を向く視線。唐突に始まるトッカータ。細やかな音色に合わせて動く死体へと。落ちかかるのは、紅の月光。黒い髪に、淡く色付いた白桜が揺れた。流れず留まり続ける、鏡水。それに纏わる魔力の残滓を振り払って。
『蛇巫の血統』三輪 大和(BNE002273)は、眩暈にも似た罪悪感を噛み締める。蠢く亡者だけではなく、未だ恐らくは操られていなかったのであろう哀れな骸さえも等しく襲う冷たき呪詛。安らかである筈の死を、保たれるべき尊厳を全てその手で叩き壊すだなんて。
 余りに、人としては外れて居た。穏やかな少女の心を幾度も引っ掻く暗い事実。けれど、躊躇えなかった。時間は、自分達の味方ではない。何処までも、敵の味方だ。ならば。
「かような姿になりたくなければ、足の動く者は急いで外へ逃げなさい!」
 今の自分は、未だ永らえる者の為に。明鏡止水。濡れた漆黒の瞳は揺らがない。その声に弾かれたように駆け出す者が居た。逃げられず泣き叫ぶ者が居た。救えるならば救いたいと、誰もが思っただろう。それでも、進む足は止められない。
 黒い革靴が血溜まりを踏んだ。跳ねたそれが触れるよりも早く、残されるのは漆黒の残像のみ。鈍く零れた紫が齎す新たな血溜まり。『fib or grief』坂本 ミカサ(BNE000314)は、常の無表情を動かさぬままに雑に、纏わりつく血を払った。
 へたり込む一般人と目が合った。少しでも、こうして自分達が目を集める内に逃げてくれれば、と。思う気持ちは存在して。指先が、改札口を示した。
「壁に沿って走って。外に出る事だけ考えるんだ」
 いいね。そう、少しだけ早口に言い置いて。その視線は即座に戦場へと戻される。逃げ切ったかどうかなんて、見ている余裕さえなかった。背で悲鳴が聞こえようとも。既に戦闘を行う面々との合流を、選んだのなら。
 無軌道な死霊のそれより、尚暗く重い。呻き声が、肌が粟立つ様な冷気が『墓掘』ランディ・益母(BNE001403)の周囲で唸る。軽々と振り抜かれる大斧が鳴らす風切音。そして、吹き荒れる暴威。目の前の死体全てを薙ぎ払うに十分すぎるそれが道を開く。
 迷いなんて無かった。躊躇いも。きっと彼は仲間を斬る事になっても、迷わなかったのだろう。決意があった。覚悟があった。世界を守る者ではなく、世界に挑み続ける者として。
「可哀想と思うなら迷わず突っ切れ!」
 その声に応えるように。リベリスタの足は止まらない。天鵞絨の夜を思い出させる黒衣が揺れた。月の満ち欠けが囁く運命の答え。秘術を綴った魔導の粋が煌めきを纏う。激しく爆ぜる雷の音。目を焼く閃光と共に戦場を駆け抜けるそれを悠然と見送って。
『星の銀輪』風宮 悠月(BNE001450)は僅かにその視線を奥へと投げる。魔術師と、剣士。遠い聖夜、身を蝕む猛毒の中で合わせた顔に、覚えるのは少しばかりの感嘆。巡り続ける運命と言うものはやはり、分からない。
 視線が外れた。楽団の音色は未だ欠片の衰えも見せていない。指揮者に従うままに動く奏者にしては、この場所を押さえ死者を運ぶだなんてよく考えたものだと思った。それを、看過出来るかどうかは別として。
 結われた、白に近い銀が舞い上がる。唇から零れるまじないがひとつふたつ。抱えた魔本が、言葉が力を持った。描き出される幾重もの魔方陣と、一気に高まる己が魔力。『敬虔なる学徒』イーゼリット・イシュター(BNE001996)は微かに乱れた息を厭う様に飲み込んだ。
 もう、随分遠く感じる日。其れこそ始まりから、彼女はあの芥子の香りを知っていた。交わした言葉を覚えていた。後悔と、決断の表情を。だから。イーゼリットも選び取る。偽善でも欺瞞でもなく、己が正しいと思う手段を。
「運命を決めるのは、カミサマなんかじゃないわ」
 少なくとも今、此処では。アメジストが瞬いて。何時もの様に自信たっぷりに笑ってみせる。ふわり、と、その頬を柔らかな風が撫でた。戦場を駆け抜けるのは刃では無く癒し。滑らかな漆黒のライダースが、煽られはためく。
 常人には見えぬ紅と蒼。相反する瞳はまるで『花縡の導鴉』宇賀神・遥紀(BNE003750)が手にする力と、意味を問うようで。幾度か瞬いたそれが微かに細まる。出来る限り早く。癒しを届けようと伸ばした手は、辛うじて合流を目指す相手にも届いていた。
 微かな安堵を、すぐに塗り替える緊張感。少しでも気は抜けなかった。取捨選択。最優先は何か。何時だって選ばねばならぬ用いる術。それは、『慈愛と背徳の女教師』ティアリア・フォン・シュッツヒェン(BNE003064)も同じだ。
 唱えた言の葉が齎したのは、仲間の足もとを整える為の空飛ぶ力。あの日、此方に来い、と伸ばした手に彼らは答えなかった。けれど、こうして今確かに、彼らは『リベリスタ』として生きてくれていたのだ。
 それが、何より喜ばしかった。剣と血を交える敵同士では無く。こうして、背と背を預け合う仲間として戦えることが。
「その努力、無駄になんかしないわ」
 その為に来たのだから。可憐な面差しに乗る微笑みは、大人のそれ。開かれた道を駆け抜ける最中にも、死者はわらわらと雪崩れてくる。その道行を阻む様に、飛び出た上半身へと。叩き下ろされるのは煌めき帯びた鉄の塊。
 銃身を軸にくるりと回して。『住所不定』斎藤・和人(BNE004070)は手に戻ったグリップを確りと握り直した。どれ程纏まろうと、仲間の後ろを走る者は必然的に狙われる。自然とその役を負う事となっていた和人はしかし、大した傷を負ってはいない。
 余裕余裕。そう言いたげに、緩く笑う。此方に、憎悪にも似た眼差しを向けるチェリストと目を合わせて、ひらり、と手を振ってやった。
「さーて、お待ちかねのリベリスタさんですよっと。……また楽器壊されにきたんだろ?」
「Buon giorno、リベリスタ。君達の血と肉でも潤滑油にしようかと思ってね」
 物好きねぇ、と笑ってやれば途端に此方に集まる幾つもの視線。返す言葉程に余裕はないのだろう、明らかな苛立ちと憎悪に、和人はやはりその余裕を崩さぬままに手招きしてみせた。
 攻撃が集まれば集まるだけ。他が有利になる。救われる命は増える。リンシードがその動きで誘うなら、和人がするのは明確な挑発だった。
「来なよ、正面からぶっ潰してやるからさ」
 為すべきはこの上なく分かりやすく。リベリスタの動きに、もう迷いは無かった。


「二人とも、子供達を護る為に力を貸して。あたし達も護りたいの。一緒に戦おう」
 やっと近付けた彼らは、明らかな疲弊を見せていた。癒しを受けてなお残る傷と、血と共に乾いてこびりついた髪。磨り減るばかりの激戦が与えたそれに、微かに表情を歪めて。けれど、霧香は多くを語らぬままにその前に立つ。
 回復が届いた時点で、一度芥子の香炉の使用を留めてくれたらしい彼らなら。多くを語らずとも届くはず。そう信じて、その刃は只管に目の前の死体を薙ぎ払う。伊月と剣人の庇う子供達ごと、逃げるのなら道を開けるだけでは不十分だ。
 殲滅し、完全な道を作って初めて、確実性が持てる。そんな彼女の後ろで、イーゼリットはその瞳を彼らに向けた。お願い、と、囁く声。
「阿芙蓉は私にも使ってほしい。でもタイミングは待って、ギリギリまで」
 元凶を止めねば、敵は増え続ける。万華鏡の観測と分析の結果だ、と告げれば微かに寄せられる眉。楽団か、と呟く声に、ティアリアが頷いた。
「そうよ。だから、幾ら戦ってもこのままでは増え続けるの。……分かって貰えた?」
 頷く。此方を狙う様に群がる死体へと、背筋が冷えるような殺意と共に叩き下ろされる大剣。挽き潰した死体には目もくれず、剣人は小さく、どうすればいい、と問うた。
 漆黒の瞳。貴方はそれでいいの、と問いかけた何時かと同じ様に。真っ直ぐにそれを見上げた。
「情報と、回復の厚さを信じて欲しい。手を貸すから、子供達だけでも逃がしましょ」
「悪くないけど、逃がせんの? ……お前らはこいつら助けに来た訳じゃないんでしょ」
 魔術師の瞳が、冷ややかに、けれど真っ直ぐにイーゼリットを見つめる。死体の海と、幼く脆い子供達。彼らを逃がせるだけの戦力が、手段が、本当にあると言うのか。
 無いならば、と。その手は相棒の持つ香炉を示す。これを使って、己をすりつぶしてでも道を開く。元々、そのつもりだったのだから。良くも悪くも揺らがぬ伊月の態度に、視線を投げたのは和人。
「あのさ。ガキが望むのは自己犠牲で散る英雄じゃなくて、皆を守って敵を叩きのめすカッコいいヒーローだぜ?」
 子供たちが夢見るヒーローは、どれ程に身を削っても決して死なない。守って倒して、無事でよかった、と笑ってくれるものだ。きっと、遠い昔に、この二人が目指していたのはそんな姿で。
 それを、知っている訳では無くても。和人は彼らの後ろで、必死に泣き出さない様に固まる子供達を示した。この子たちはきっと信じている。彼らが、ヒーローである事を。
「俺等もいんだしさ、なってやんなよ、ヒーローにさ」
 死して何かを救うのではなく。共に生き残る為に。それ以上は語らない和人に、少しだけ視線を投げて。魔術師の指先が描き出す、幾重もの高位魔方陣。魔力砲台と言うにふさわしい一撃が、死者の海を突き抜けた。
 隣り合わせ。自分より随分高い位置にある、相も変わらず斜に構えた顔が笑う。
「仕方ないから信じてやるよ。しっかりやりなよ、……イーゼリット」
「別に、肩を並べたいわけじゃないわ。仕方ないからやってあげる」
 叩き合う憎まれ口。けれど、その間にあるのは結ばれ始めた信頼だ。魔本が煌めく。イーゼリットが唱え始めたまじないは、己が血を媒介にするであろうもの。道を開くのならば、攻撃は多い方が良い。霧香の隣、大剣を構えた剣人の視線が動く。
 中央改札からの脱出。リベリスタが想定したそれが、ほぼ不可能である事は彼ら自身が分かっていた。此処までたどり着けたのは、攻撃を行いながら全力で駆け抜けたが故。
 明らかに速力に劣る子供達を連れて、同じ事等出来よう筈も無かった。微かに、眉が寄る。どうすべきか。彷徨う視線の端。楽団に向かった仲間を支える遥紀が手をひらつかせるのが見えた。
 指先が示すのは、新幹線口。死体の姿は見えず、彼の直観は其処に危険が無い事を教えてくれる。恐らくはもう、新幹線に乗ってきた人々は総て、亡者に変わっているのだろう。
「……そっちは任せるよ、どうか、守ってくれ」
 家で待つ幼い子供達を思い返す。歳の頃も変わらぬ幼子の命を、守る術があるかもしれないのなら手を伸ばさない筈も無く。動き出した仲間から視線を外す遥紀は即座に、戦況へと集中する。
 ティアリアの齎した癒しの息吹が、その場の全員の傷を癒す。撤退が出来ない以上、防衛するしかない。けれど、その時リベリスタはどうするのか。どのタイミングで楽団対応に戻るのか。
 噛み合い切らなかったそれに少しだけ眉を寄せて、けれど悩んでも仕方がないと首を振った。確りと、その場に足を止める。
「わたくし達が奏者を必ず片付けるから。……お願いね」
 子供の命をかけて戦ったあの人は違う。共に、同じものを守る為に動けるだなんて。少しだけ笑った彼女に、剣人も目を細める。
「……あの日は共には行けなかった。だから、生きて戻れたなら」
 その時の答えを。願う様な声だった。どうかどうか、誰一人欠ける事無く。生き残る為の戦いに、誰もが身を投じていく。

「要さん……確か九朗さんと一緒に居た」
 何処を見ても死体の海。連れて来たフィクサードと共に、只管に全てを倒す事に全力を注いでいた女の視線が、悠月の方を向く。何の用よ、と短く吐かれた言葉。聞きたい事は幾つもあった。
 あの日、彼女と共に見えた青年。己が恋人と剣を交え再戦を誓った彼は、無事なのか。気に掛かり続けたそれを問えば、不機嫌そうにその手が死体の腕を振り払う。
「くろーちんの事だから、どっかで戦ってんじゃないの? 今、そんな話する場合じゃないでしょ!」
 死にたいのかと。その瞳が訴える。それにも穏やかな表情を崩さぬままに、悠月の指先が示すのは、死体の中央で演奏を続ける奏者の姿。
「あの趣味の悪い演奏者を叩いて、この場を終わらせる心算です。……共闘、願えませんか?」
「アタシはアタシで好きにやる。覗き屋アークと仲良くご一緒になんて言う訳ないじゃん!」
 はっきりと口に出された誘いに、つん、と返される声。けれど、その足は悠月に迫る死体を容赦無く蹴り倒す。勝手にしたら、と言いたげな声音に含まれるのは了承。
 それも分かっているのだろう。少しだけ笑って、悠月もその朔望の書を掲げた。その強さが全てであるのなら。精々、信用に足るだけの力を見せれば良い話なのだから。
 共同戦線。それを結ぶ為に動いたリベリスタとはまた別に。只管に奏者を目指す面々も攻撃の手は休めていない。
「避けろ、坂本!」
「……了解です、そっちはお願いします」
 唸りを上げる大斧と、血飛沫跳ねる紫のライン。出来る限り多くを切り裂き叩き伏せ完膚なきまでに。前衛に立ち、死体の海を掻き分けるミカサとランディに続けて、齎される紅の呪詛。
 返り血なのか己の血なのか。もう分からない程に濡れた頬を拭って、大和は荒く息を吐き出した。切っても切っても、終らない。悪夢のような光景。けれど、確かな前進の気配も共にあるから。重たい腕を上げて、息を整えた。
 少しでも早く、この刃をあの奏者に。その意志だけで、重たい足は進んでいく。


 鮮血が、噴出した。白いフリルが、赤黒く染まっていく。その身が傷つかぬように、と。込められた優しい願いに降りかかる紅。リンシードの身体が、ぐらつき沈みかける。
 回復の厚さも、集中攻撃には叶わない。己が誘った死体以外にも、その身には攻撃が及ぶのだ。幾度も幾度も、かわし続けようと際限のないそれは、少女の身を傷つけるには十分で。
 けれど、その膝をつく事をリンシード自身が許さない。硬い床に、刃を突き立てて。運命が燃え飛ぶ音を聞いた。浅く息を吐き出してもう一度。誘いをかけるようにその足を踏み出す。
「チェロ、一度壊されてしまったみたいですね……お兄さん」
 会いたかった、と微かな笑みに混じるのは、挑発の色。届いた癒しが傷を癒していく。魂と言うに相応しい弦楽器を、叩き折られたショックは相当のものだったのだろう。
 触れた事があるから知っている。同じものが存在しない事を。積み重ねた年月は裏切らない代わりに容易く代替品を与えてはくれないのだ。
「恨めしいよ。これじゃあアリオとの音色が濁ってしまう。もっともっと、優しく甘い音だった筈なのにね」
「ご安心を……次は貴方自身を壊してみせます」
 その音色が如何様であろうとも。気にする間も与えずに、同じ末路を辿らせよう。死体の遥か先の奏者が、歪んだ笑みを湛えて此方を見る。己の傷を厭わぬリンシードの働きは、相当の被害を減らしていた。
 けれど。死体の数と、伏せている残骸の数は拮抗していた。遠くに聞こえる電車の音。やってくると分かっていた筈のそれから、降りてくる人が逃げ惑い押し合い倒れ潰れ死に。
 動く亡者と物言わぬ生者のドミノ倒し。絶叫が、泣き声が響き渡る。もしも、采配を間違えていたなら。大和が、動かぬ死体を潰して居なかったなら。恐らく、数で押し負ける未来はそう遠いものではなかっただろう。
 ひとつのミスが致命傷に至りかねない状況で、リベリスタは恐らく、尽くせるだけの最善を尽くしていた。
「何がコンサートですか。これ以上、死を愚弄しないで下さい」
「つれないな、君はそんなに俺の演奏が嫌い?」
 数を増す死者。それは、救えなかった、見捨てた者の数とイコールだ。心が軋む。ごめんなさい、と。漏れそうになった言葉を飲み込んだ。謝れる筈が無かった。零れ落ちる事を是としたのだから。どれ程詫びても、戻らないのだから。
 代わりに心に焼き付ける。己の手が届かなかったものを。失われたものを。そして、これから奪われるであろうものを。みんな、みんな背負い込もう。きしり、と。握る運命の刃が、音を立てた。
 突き立てられた爪が、食らい付く人の歯が、日に触れず白い悠月の肌を裂く。剣林のフィクサードが気付いた様に群がる死体を切り倒すものの、それでは到底及ばない。凄まじい激痛と、千切れる筋。軋みを上げる骨。
 ショートした様に意識が飛ぶ。降りかかる己の血が、秘術の書を濡らして行く。くらり、回る意識の淵で、自分が囁く。あの時と同じなのかと。見送るしか出来ず、背を追えもせず、失う未来に抗えない。そんな、幼子の儘なのかと。
 ――違う。首を振った。手を伸ばした。抗う術はもう、持っている。この手には力があった。だから。あとは、その意志一つあればいい。
 神秘と英知を纏う、High Priestess。その力は本物だ。神秘の深淵を覗く瞳が、開かれる。きん、と。一気に温度を失う空気。零れていた血が凍りついた。絶対零度。舞うのは、美しき白鷺の羽根。
 示した先を取り囲む様に舞い降りたそれは、鋭利な氷の刃だ。触れ裂けた傷口は、即座に凍てつきその傷を深める。極寒の結界が、死体の動きを縫い止める。
「私は、もうあの頃とは違います。……見送るのではなく、何処までも」
 共に。そう誓い合った相手はきっと違う所でその剣を振るい続けているのだろうから。自分も、此処で倒れ伏す訳にはいかなかった。そんな彼女を、仲間を癒す遥紀は、極限の選択を続けながらその耳に届く悲鳴に微かに、表情を歪めた。
 救えないのだ。誰かを癒し救う為にある筈の神聖な術で、得られるのは何なのだろうか。仲間を、見知らぬ誰かを救う以上に手を染めていく敵であったものの血。犠牲になったものの、命の重さ。
 運命は何時だって残酷だ。平等でありながら不平等で。理不尽と不条理ばかりが満ち満ちている。けれど、だからこそ。遥紀は奇跡を願わない。
 絡み付く冷え切った手が胸を裂く。肉を削いで骨を削って。運命の灯が燃え飛ぶのを何処かで聞いた。それでも。目を閉じなかった。地には伏せなかった。血塗れた手は必死に、足掻く様に空を掴む。
 この身を神に捧げるような、美しい行いは出来そうにも無かった。愛しい誰かが泣く顔なんて見たくないから。けれど。何処までも残酷で平等すぎる程の運命の天秤を、引き寄せられると言うのなら。運命等幾らでも燃やそう。
 謳え。叫べ。厭わしくも愛おしき世界の為に。誰かの為に。祈りの為に。救いの道程をその手で見出せ。
「吾が朋に祝福を。無事願う祈りに福音を。死して尚囚われる死者に救済を……!」
 掠れた声が、招き寄せる遥か遠き神の癒しの一端。きっと、神とは常に抗い続ける者にこそ微笑むのだろう。場に残っていた筈の脅威が、全て取り除かれる。驚異的なまでの癒しの力に、それまで沈黙を守っていた女奏者の瞳が向く。
 厄介ですね、と。小さな声と共に、奏でた音色が生み出したのは死霊の弾丸だった。悍ましきそれが、躊躇なく遥紀に向けて放たれる。身構えて、けれど、その脅威は目前ですらりと伸びた痩身に受け止められた。
「これが俺の仕事なんでね。相手してやるよ、お嬢ちゃん」
 こっちを見ろ、と。その身を盾にしようと表情一つ動かさぬ和人が指先を動かす。明確な挑発は、恐らくプライド高い女を煽ったのだろう。苛烈な程の視線に平然と笑って見せた。挑発は常に危険と隣り合わせで、けれど彼にとってはそれは脅威足り得ない。
 その見た目こそ、整った痩身であるけれど。和人の頑強さは恐らくこの中では随一。常に戦場全体に目を配りながらも、その余裕は崩されない。振り被られた死体の爪を改造銃で受け止めて。突っ込んで来た死体は受け止め蹴倒す。
「……器用な人ですね、とても面倒」
「そりゃどーも。硬ぇだけじゃ良い声で啼かせらんねぇだろ?」
 お前らの楽器と一緒だよ。そんな声が、激しさを増すチェロの音色の中へと掻き消えていく。


 幾度も幾度も。掻き分け続けた死者の海。漸く緩やかに数が減り始めたその只中で、リベリスタの手は漸く楽団員に届く程に近づいて居た。紫のリングにこびりついた肉片。振り払う様に手を振って、ミカサは微かに、その口角を上げた。
「……ねえ、こんな島国のリベリスタに楽器を壊された気分はどう?」
 そう、まるで嘲笑う様に。マネキンの様に整った面差しに乗るいろに、奏者の方が跳ねた。真新しいチェロは、あの日叩き壊されたそれが元には戻らなかった事を教えてくれる様で。
 恨んでるんだってね、と。煽る様に、白い唇は言葉を紡ぐ。
「替えが効かない程に大事な物だったら、それを守れなかった自分の不手際を恥じたらどうなの」
 大切なもの一つその手で守れない癖に。他者に向ける恨み言ばかりで、己を顧みない姿は何処までも見苦しい。冷笑と共に投げられる言葉に、奏者の瞳が怒りに満ちた色を湛えてミカサを睨み据えた。
 激情。その名を冠すに相応しいだけの苛立ちと憎悪。挑発は明確な怒りを生む。それが、盲目である相手に対してなら、尚の事。殺到する亡者は、ある意味で想定内だった。
 どれ程攻撃に晒されようが構わない。助かる人が増えるのならば。かわしても纏わりつく亡者の手が、引きずり込む。殴られる。裂かれ、抉られ、白すぎる程に白い肌を紅が染める。運命なんて、容易く飛んだ。
 彼は何時だってそうだ。己が身をまるで投げ捨てでもするかのように、戦いの中に身を投じる。腕の筋が、骨が、挽き潰され走る激痛。それだけの憎悪を、己に集める事が出来たなら。
 それでよかった。後も先も考えない。今が全てならば、今自分が正しいと思った事だけを。喉笛を抉った指先に、その意識が途切れる。ひゅ、と、細い音が鳴った。亡者の只中で其の儘沈みかけた身体は、和人が引きずり出す。
 この構内に、安全な場所など存在しない。倒れれば死の足音。遥紀の癒しが辛うじて流れ落ちる血を止めたものの、危険は常に傍にあるのだ。
「……あの後、彼女に慰めて貰ったか?」
 仲間への気遣いは一瞬。ミカサに死体を傾け過ぎた事で開いた穴に、ランディは滑り込む。相棒の柄が軋みを上げた。振り上げ唸る風切音。魔術砲台が存在するのならば、これは紛う事なき武力の砲台。集約した力が、エネルギーとして撃ち出される。
 身を逸らそうとも深々と横腹を裂く一撃に、チェリストはよろめく。喜びなど覚えもしなかった。最高のリベリスタになりたかった。ただ真っ直ぐに、正義を夢見た頃が確かにあった。
 けれど。救えなかったものがあった。最期が笑顔だったとしても。抗う権利さえ、選択する権利さえ与えられぬままに死んでいった。不条理と理不尽は世界に満ちていて。それが無くなるとは、ランディは一つも思わない。
「弱ぇ奴らを駒にしてデートだ愛だと他人事の様に……」
 けれど。深い傷に驚きを浮かべる、奏者を睨み据えた。抗える可能性が存在しない世界なんて、欲しくは無かった。特別なんてものは存在しない。この世界の、何処にも。誰もがこの世界で理不尽に抗い続けると言うのに。
 それさえ出来ないものがあるだなんて、許せなかった。悲鳴を上げる事も泣く事も拒絶する事も叶わない世界で無くす為なら。ランディはその足を止めない。何もかもを切り伏せる。それが、例え仲間であった者だとしても。
 流れた血も、生き様も、全てを喰らって、生きて、この世界に挑み続けるのだ。命に貴賤は存在しない。権利は、誰もが持つべきものだ。その結果が、どう在ろうとも。
「腹に据えかねてんのは俺も同じなんだよ!」
 解き放ちたいと願い続けた獣の本性。紅の瞳に宿る苛烈。嗚呼。世界に抗う為ならば。自分は世界さえ喰らう獣になってやろう。――殺してやる、と。その唇は低く、告げた。

「しっかりしなさい、まだまだやれるでしょう!」
 ティアリアの激励の声が飛ぶ。美しい髪は、既に鮮血で斑に染まっていた。息が苦しい。防衛ラインに立ち、子供達を守り続ける事はまさに、至難だった。蠢く敵の指先が触れただけでも失われかねない脆い命。
 一体でも、改札の向こうには通せない。新たな死者を求める様に伸びる手が、宙を掻く。しがみつき締め上げられる感覚に、剣人の意識は僅かにブラックアウトして。けれど、すぐにその指先に戻る力。
 運命を燃やしたのだ、と。傍に居ればすぐに感じた。躊躇いなど存在しなかった。ただ只管に生き延び護る為だけに、その力は割かれている。逃げ出す事だって、出来る筈なのに。
 彼らは何方も逃げ出さない。それに少しの安堵を覚えながら、イーゼリットの指先から舞うのは己が血液。重ねられた幾重ものまじないが、それに力を与える。一気に広がる、漆黒の鎖。敵を薙ぎ払い締め上げたそれを放った僅かな暇に。
 すり抜けている死者は襲い掛かる。爪が裂いた。重すぎる突進が、遂にイーゼリットの膝を折る。運命は、既に燃やしていた。ずるずると、改札機に紅のラインを引いて倒れる彼女の瞳に映るのは、新たな死者の腕。
 いけない、と。思ったけれど、身体は動かない。悔しかった。またこうやって、自分の身体がついてこない。それは幼い頃を思い出させるようで。まるで走馬灯のようだと、自嘲しかける。
「だから、しっかりやれって言っただろ!」
 けれど。その前に割り込んだ銀色があった。己のものではない、鮮血が降りかかる。鈍く咳き込む音と、崩れそうな膝を辛うじて支える細い背。辛うじて、倒れなかったのは運命の悪戯だった。
 イーゼリットは知っている。彼がもう幾度か、運命を燃やしている事を。致命傷に近い傷を、自分達が与えた事を。朦朧とした意識が導く、冷たい不安。きっと彼に、次は無い。残量も知らぬ運命だけれど。直観が囁いた。
「駄目、……下がって、イツキさん……っ」
 掠れた声。嗚呼けれど、その警告は少しだけ遅かったのかも知れなかった。振り下ろされる次の攻撃。覚悟を決めた様に、背が伸びた。

 きん、と。白銀が高い音を立てる。
 白い陣羽織がはためいた。脅威を弾き、其の儘、その足は止まらない。ふわり、と、肌を撫でたのは、優しい春の香。
 ただただ。哀しいくらいにピンと伸びた背が、其処に立っていた。


 何時だって。少女は何処までも真っ直ぐだった。
 只管に只管に。全てを救い、悪いものを切る事が正しい事だと信じ続けた少女は、幾度も幾度も躓き悩み苦しんで。
 救いたくて救った筈のものに、石を投げられた事だってあった。
 斬って斬って、斬り捨てて。己の守るべきものの為に犠牲を強いた事だってあった。血飛沫は刃以上に心を錆び付かせる筈だった。
 それでも、前を見る事を止めなかった。挫折は彼女を強くした。真っ直ぐなだけでは駄目なのだと、救えないものもあるのだと、理解して。
 少しだけ。大人になった少女はそれでも、その手を伸ばす事を止めなかった。
 自分の為に乞う幸福よりも、誰かの為に祈る幸せを愛していた。尊くも脆い自己犠牲。その身を削って得られるものばかりではないと、彼女は知ったはずだった。
 だからこそ。この決断は、真っ直ぐすぎる彼女の出した、揺らぎの無い答えだったのだろう。
 桜は潔く、形を保ったままに散るから美しい。ならば少女もそうなのだろう。少女が少女である為に。彼女はそれを選んだのだろう。
 決別は何時だって切なさと哀しみを連れてくる。
 嗚呼。もう戻らない運命の花弁が、うつくしいままにちりいそぐのだ。


 きらきらと。蒼白い髪が、差し込んだ夕日を弾いて煌めいた。
 余りに華奢な背が、其処に立っていた。振り向いた蒼い瞳に揺らめく覚悟。嗚呼、選ぶのかと。小さく息を吐いた。
 彼女はその身を捨てる事を選んだのだ。誰一人、自分の目の前では死なせないと。
 伸ばした指先に、気まぐれな運命の女神は手を添えない。それでも、その決意は変わらなかった。
「……行って。あたしが道を開くから」
「お前が、お前達が生き残れと言ったんだ。それなのに、何故、」
 囁く様な声だった。けれどそれは、響き渡るチェロの音色の中でも、悲しいくらいにはっきりと、耳に届いて。大剣を下ろした男が、首を振る。
 約束をした筈だった。待っていると。この戦いが終わって生きて帰っていたなら、その誘いへの答えをもう一度と。けれど。もうその約束は果たされない。誰が何と言おうと、分かってしまった。
 攻撃に晒され続けて、運命が飛んだ。それでも、倒れない。膝に、力を込めた。咳き込み吐き出す赤が、真白い羽織を濡らして行く。
「大丈夫だよ。一緒に行くから。……ね?」
 返事を聞く前に。その手は剣を握り締める。ふわり、と地面を蹴った。白銀の刃を幾重にも。瞬きの間に消えてしまう残像は、まるで彼女の行く末を暗示しているようだった。その動きは止まらない。ダブルアクション。研鑽した速度が、技が、齎すもう一度。誰も何も言えなかった。何も知らぬ幼子達が、リベリスタが、一気に駆け抜ける。
 中央改札まで、あっと言う間だった。外に出した子供達と、伊月に剣人。その前に立ちはだかる様に、霧香は剣を構えた。視界は歪んで、息は苦しくて。それでも、彼女は剣を手放さない。嗚呼、きっと、次は無い。避ける事はきっと出来ない。
 それでも、良かった。誰も、誰一人でも、自分の目の前で死なないのなら。救えないと泣かないで済むのなら。違ういのちが、この先も続くのなら。
 全てを護る為に自分を犠牲にする、なんて。なんて馬鹿なんだろうと自分でも思うけれど。それでも、護りたかったのだ。
「……大切な人達は誰一人お前達に渡しはしない」
 その為ならこの命くらいくれてやろう。
 この身がもう、動かなくなっても構わない。
 禍を斬る剣の道。少女が背負った『剣道斬禍』の真名の下に。
「この刃の前の全ての禍を斬り裂き、この手が届く全ての命を護ってみせる!」
 叫ぶ声。これ以上、進ませるつもりは無かった。演奏の手が止まる程に。運命では無く人の手が起こした『奇跡』は美しく。そして、終わりが見えてしまう程に、儚かった。言われなくても悟ってしまう。これで終わりだ。
 この先は無い。次は間違いなく致命傷。倒れれば、死体の海に消えるだけだ。朦朧とする意識の中で。言いたい事は山ほどあって。願いたい事も幾つもあった。けれど、どれももう、上手く出てこない。
 震えた言葉を、溢れた鮮血を、手で押さえようとして、その手がもう、手としての機能を保っていない事に気が付いた。重力に逆らえずにぽたぽたと、地面に落ちていく紅い色。
 視界が、ぼんやりと滲んで、熱かった。目の奥も痛かった。零れ落ちていくのは声でも血でも無かった。眦から転がり落ちる透明なもの。後悔は無かった。自分の選んだ決断だった。
 だから。きっとこれは、嬉しいからだ。守りたいものを守れたからだ。大切な人達の笑顔が見えた。かわしたまま、果たせなくなりそうな約束を想った。始まった演奏と、遅い来る亡者の手。意識が、溶けていく。
 髪留めが地面へと落ちる。ふわり、と広がるぎんいろ。死体が群がる。喰らおうとする。けれど、その前に瞼は降りる。嗚呼。ひかりはもう、とおかった。
 ――ごめんね、と。
 ささやいたこえは、もう音にはならなかった。
 

 己が身を捨てた英雄の影では誰かが必ず泣いている。怨めばいいのか、呪えばいいのか。結ばれ始めたばかりの手はもう二度と結べないものへと変わってしまった。
 血溜まりに沈んだ身体に手を伸ばしたくて、けれどそれが出来ない事は自分自身が一番分かっていた。ひとつの命が散った事を意にも介さず動き続ける死体が憎かった。
 満足げな、チェリストが、。
「――触るな!!」
 鏡の瞳は涙を零さない。けれど、リンシード・フラックスと言う少女を知るものならば誰もが目を見張る程の声が、空気を裂く。剣を握る手は少しだけ、震えていた。
「触るな、……その人に、触らないでください……!」
 友人、と呼べるようになった相手を切りたくなど無かった。燻る激情の名前は何だろうか。死を愚弄する最低最悪な敵を怨めれば、憎めれば、違ったのかもしれない。
 けれど。リンシードは見てしまった。ごめんね、と。囁く霧香の唇を。其処にあった、死への自覚を。無作為な運命の悪戯などでは決してなかった。彼女は誰よりその可能性を理解し、残量すら知らぬ運命すら捨てようとしたのだろう。
 恨み言など、言えやしなかった。だって。
「相変わらず素敵な声だね、signorina。でも、幾ら君のお願いでも聞けないな」
 チェリストは笑う。奏でるのはとびきり明るい行進曲。そう、死と言う名の生を、往く為の。デッドオアアライヴ。選択肢を分けたのは確かにこの忌まわしき奏者達だった。けれど。
 その中で。歪んだ再生を与えられる可能性があると知ったうえで、選んだのは彼女自身なのだ。故に、チェリストは笑う。最高の気分だと、目を細めて。
「この死は運命の悪戯でも僕が齎した災いでも何でもない。彼女が自分で選んだものだ」
 ならばこうなる事も承知の上だろう。奏でる音色に従う様に、崩れ落ちた身体が起き上がる。迷い嘆きそれでも美しい真っ直ぐさを持ち続けたあおいろは、もうその光を宿してはいなかった。
 辛うじて繋がった手が、動きに合わせてゆらゆら揺れた。まるで、さようならと手でも振る様に。ぎしり、とランディの斧が軋みを上げる。
 必ず。必ず男だけは此処で殺す。そう決めていた。握り締めた大斧に集約する、全力。
「逃げ帰るなら好きにしろ。だが、それは置いて行けよ優男!」
 斧ごと、叩き付けられる暴力。それは、恐らく確実に男の命を奪う筈だった。肉を抉り骨を断つ。上半身を半ばまで抉り取って、噴き出す血。
 けれどそれは、男のものでは無い。ぐらり、と崩れ落ちる華奢な手と、転がるチェロ。チェレーレだった。師匠、と慕うだけはあったのだろうか。多くを語らぬままに差し出した命は、運命の加護を以てしても保てない。
 その姿に、微かに男の瞳が揺れた。動揺は、一瞬。即座にチェロを奏で、弟子の死体さえも拾い上げた男の音色に従って。死体は窓から飛び降りる。嗚呼、逃げるのだと思った。
 潰れたそれをクッション代わりに。幸いなのは、彼にもう戦う程の演奏を行う力が残っていない事だろう。逃げていく。チェリストは、傷の深い身体を引きずって窓辺に立って。
「素敵なものが見れて光栄だよ。アリオと愛しのシェリーにも見せてあげたいから」
 彼女は貰っていくね。うっすらと、唇に乗る笑み。ふわり、と飛び降りた彼に続く様に、弟子が、仲間だった筈のものが、落ちていく。
 音色が、遠ざかっていく。死者の行軍は人々に間違いない怖れを与えるのだろう。敵の撤退。依頼を達成しようとも、誰の顔にも安堵も、喜びも浮かんではいなかった。
 血の匂いは、もうしなかった。
 少しだけ。切ないくらいに優しい、春のにおいだけが、淡く残って消えていった。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
お疲れ様でした。

全体的な作戦は良かったと思いますが、一部齟齬があったように感じました。
後、危険な依頼で撤退条件がない場合、もしもの時は本当に危ないのです。
少し気になったので。

ご参加有難う御座いました。また、ご縁がありましたら宜しくお願い致します。

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追加重傷
坂本 ミカサ(BNE000314)

死亡・行方不明
絢堂・霧香(BNE000618)