● 「──要するに、殺しまくりゃあ文句ねえだろ、めんどくせえ」 僅かに残った笑みをも消し去り、アルフレッドはフリードリッヒを睨む。フリードリッヒは表情を崩さず、沈着に告げる。 「要約してくれるな。全てが想定通りにいくってわけでもなかろう?」 「ケイオスのスコア通りに、いかないことがあったかい?」 ジゼルは皮肉っぽく問い返す。フリードリッヒは微かに首を横に振るが、口にした答えは肯定ではない。 「俺たちが尽力してこそ、だ。あれほどの指揮者が、演奏者の力を図り間違えるなんてことはない」 「ああ、違いねえ」 不敵に笑むフリードリッヒとケラケラ笑うアルフレッド。二人のケイオスに対する忠誠は対等だが、向かう方向性はずれている。片や信頼が故に己が道を行き、片や信頼が故に応えようとする。だが目的が共通であれば何の問題も、ない。 業を煮やしたジゼルが、フリードリッヒに低い声で言う。 「そろそろまとめようか、フリッツ。三手に分かれて、死体の列を為す。それでいい?」 「ああ。死体はいくら使っても構わん。もとより増えりゃあな」 奏でる楽器に踊る死者。先に襲撃事件で得た戦力と、彼らがもとより持っていた戦力を合わせれば、それは膨大なものとなる。フリードリッヒに過るのは、それが降りかかる火の粉を払うのに十分であるのかという、疑問。彼は一つ息を吐いて、言う。 「ま、奴らは必ず来るだろう。どっかから介入が来ないとも限らない。やったやられたに関わらず最後は合流だ。いいな? 気を抜くなよ、二人とも」 「誰に言ってやがる」 高笑うアルフレッドの目は子供のようでありながらも、侮りは決してない。 「一番心配なのはあんたじゃないかい、フリッツ」 ジゼルが言うとフリードリッヒは僅かに表情を崩し、苦笑した。 ● 刃の先から伝わる肉の感触に、銀の指先が僅かに鈍る。あちこちが断裂した身体。ボタボタと崩れ落ちる濁った血液。斬り裂かれ、動かなくなった死体の目が、哀れむように彼を見ていた。 「悪趣味だね、本当に」 溜め息を吐く間もなく薫が放った銃弾が、鋭く死体の肉体を抉る。一体、二体と、殺すことは雑作もないが、それが何十体ともなれば、身の危険を生じる脅威となる。 「ぞろぞろとうっとおしいなあ、もう」 焼け落ちながらも自身の方へと向かってくる死体の姿に、瀬奈は思わず唇を噛む。斬っても、焼いても、その身体が動く術を全て失うその時まで、死者は動くことを止めない。否、それを許さないのは彼ら死体の群れを抜けた先、死者を操るという『楽団』だ。 「斬っても死なねえってのは都合がいいが、一番斬りてえ奴が、いねえな」 銀の求める血は、楽団員のそれだ。既に血の通わぬそれらをいくら斬ったとして、血湧き肉踊る感覚など得られない。それどころか、剣先に空しさが残るだけである。 数多の死者は生者を跡形もなく飲み込み、同類へと変えていく。死んでも死なぬ死者の前に、人間はあまりに無力だ。誰の手出しもないならば、この場所における人間はまもなく、全滅するだろう。頭をかきつつ、薫が呟く。 「ここが廃都になるのは、流石にゴメンだね」 「なら、正義の味方にでもなってみる?」 鋭い魔力の矢が空気を切り裂いて飛ぶ。それは死体の中心を貫いて、やがて弾ける。消えていく神秘の光の粒をぼんやりと見ながら、フフと薫は微笑んだ。 「フィクサードに正義もくそもないんじゃない?」 「それもそうだ」 銀が高らかに笑う。戦闘狂たる自分たちが戦う理由など、この先にいる誰かがムカつくからで十分だと示すように、豪快に。 死体ははっきりと三つの群れをなしていた。逃げ惑う人間を追い立て、追いつめ、狩り尽くすつもりなのだろう。 「ま、じゃあそれぞれ自由に行きましょ」 瀬奈はそう言って、思い切り地を蹴る。彼らの向かう先は、綺麗に三つに分かれていく。 「死ぬんじゃねえぞ。戦えなくなったら、つまんねえからな!」 銀が叫び、後には死体のうめき声だけが残った。 ● 「『楽団』が動き出したみたいだ。それも以前よりずっと、大きな規模で」 『鏡花水月』氷澄 鏡華(nBNE000237)が指し示した未来は、凄惨だ。蠢く死体の行列が、生ける人間を死へと誘う光景。この世の地獄とも言える光景を作り出す『演奏』と、惨たらしい未来を為す『譜面』こそが、彼の指揮者、ケイオス・“コンダクター”・カントーリオが望んだものなのだ。かつてポーランドのリベリスタ、『白い鎧盾』がかつて歩まされた道のりがそうであったように。 それはもはや『暗躍』と呼ぶことなど適わぬほど大きな動きである。日本各地の都市に現れた楽団が周囲の人間を手当り次第に殺戮している。放っておけば楽団の襲った都市が壊滅的な打撃を受けるだけでなく、先の行動により以前より多くの戦力を得た彼らが、もはや手の付けられない程の強大さになることは自明の理だ。未来にちらつく崩壊の影を、どうして見過ごすことが出来ようか。 「皆には埼玉県の春日部市に向かってもらおうと思う。そこで三人の楽団員が、それぞれ死体を操って人々を虐殺してる。到着した時にはもう少なからず被害が出ているだろうけど、これ以上をどうか食い止めて欲しい」 楽団員三人は個々で分かれて動いているようだ。それぞれはかなり離れた場所で動いているため、すべてを止めようと思うなら必然、リベリスタも三つに別れなければならないだろう。だが楽団員たちがわかれているとはいえ、それぞれの戦力は決して侮れるものではない。一瞬の油断が、リベリスタを死体へと変えかねない程度には危険だ。 「楽団員三人は全員『不可視の鍵盤』っていう、指輪型のアーティファクトを指にはめてる。どうやら操っている死体を強化する効果があるみたいだね。ただで数が多いのに、その上強化までされたら厄介だ。どうにかしてアーティファクトの使用を妨害した方がいいかもしれないね」 腕を前に掲げながら、画面の中の男は宙空でピアノを弾くように指を動かした。途端死体の動きが活発になり、楽団の演奏に合わせて、動く速度を変えていった。死体と対峙した男が、歯を食いしばりながら、刀を振るうのが映った。 「あと、戦場には既に剣林派のフィクサード三人がいるみたいだね。今回に限っては彼らは事実上の友軍だ。フィクサードだって、むざむざと楽団にやられる心算はないだろうからね。あくまで敵は楽団だ。フィクサードと手をとって、というわけじゃないけど、まずは楽団を倒すことに集中してね。 じゃあ、お願い」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:天夜 薄 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 4人 |
■シナリオ終了日時 2013年02月10日(日)23:49 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 4人■ | |||||
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● 死体に当たって弾けた魔弾が、灰塵のように舞い散った。空条薫の吐いた一息が、死体の群れに、死体の先で強かに笑う女にもやを掛ける。気休めに過ぎず、問題は迫るばかりだというのに。彼は躊躇するように動きを止め、軍勢を睨む。 「イエロー・モンキーはこの程度かい? 興醒めだね」 ジゼルが陽気に言う。薫が舌打ちと共に撃った弾丸はしかし、数多の死体に遮られてジゼルに届くことはない。 「こっちにいらっしゃらない? あなたも少しは踊れるようになるかもね」 狂乱と悲鳴が交錯する。呻きを上げて彷徨う影が、薫の視界を埋め尽くしている。僅か、薫の腕が鈍る。 その時薫の心の曇りを吹き飛ばしたのは銃弾の音だ。ポップコーンが破裂するような小気味好い響きに、薫は思わず振り返る。 「1人で戦うのは流石に無理がありませんか、空条薫」 聞き覚えのある女性の声。微かに薫の頬が緩む。『騎士の末裔』ユーディス・エーレンフェルト(BNE003247)に焦点を合わせると、薫は嗄れた声で呟いた。 「奴らを侮っていたわけじゃあないんだけどさ」 「ほらこっちだ! 早く!」 『黒腕』付喪 モノマ(BNE001658)の怒号にも似た叫びが聞こえる。一般人に迫り来る死体に相対すると、モノマはその頭を掴んで一気に地面に叩き付ける。 「……奇遇ですね、本当に」 「そうだね、『奇遇』だ」 ユーディスの呟きに、薫は唇を震わせる。『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)は彼らに並びつつ、言った。 「久しぶりだな、空条」 「ああ、銀と戦ってた子だね」 かつての決闘を、思い出す。フィクサードとリベリスタ、あのときからその関係は変わらない。だがその垣根は、強大な敵を前にして、一時的に薄弱なものとなる。 「援護する。……死んでくれるなよ」 拓真の言葉に、薫は乾いた笑いを浮かべる。 「死ぬなんてつまんないこと、したくないね」 ● 神楽銀の視界に現れた幾つかの影が、彼の前に蠢く死体を切り裂き、はね飛ばした。 「随分と、無謀な戦いを挑む輩がいたものですね」 『デストロイド・メイド』モニカ・アウステルハム・大御堂(BNE001150)が平坦な声で呟いた声が、銀の耳を叩く。それを褒め言葉と捉えたようだ。銀の表情が僅かながら恍惚に歪む。 「楽しけりゃ関係ねえこったな」 「あんまり我を忘れるんじゃねえぞ?」 『ディフェンシブハーフ』エルヴィン・ガーネット(BNE002792)が言葉を鋭く尖らせる。それは決して、敵としての鋭さではない。 「ま、不快じゃなきゃ支援させてもらうが、どうだい?」 「俺の剣の邪魔にならないなら、存分にやってくれ」 銀が応える最中も、死体の足音は彼らに刻々と迫っていた。列をなす死体の勢いは留まることを知らない。合流の一時に浸る間など、絶え間なく訪れる呻きと強行の前には無に等しい。 銀はその中の一つを無造作に斬るが、視界の端にもう一つの影を捉えて身体を転回する。掲げた剣はしかし振り下ろされることなく、腰元まで下がる。切り刻まれた死体の前から目を逸らし、『禍を斬る剣の道』絢堂・霧香(BNE000618)が銀を爛々と見る。 「また戦おう、って約束したよね。その為に今は一緒に、生き残る為に戦おう!」 「ああ、俺が勝つまで死ぬんじゃねえぞ!」 霧香と銀が同時に踏みだし、目の前の死体を切り払う。倒れた死体の影から見えた男は表情を僅かも変えず、『仏頂面』という言葉を体現するように厳然と立っていた。貫禄すら感じられる彼、フリードリッヒは、数多の死体を操る『演奏者』としては恐らく適格なのだろう。『ライトニング・フェミニーヌ』大御堂 彩花(BNE000609)はフリードリッヒを睨みつつ、銀に声をかける。 「貴方とこの場で敵対する気はありません。そこは安心してください。 代わりに指示というか、お願いが一つだけ」 「……いいだろう、言ってみろ」 銀は僅かに眉をひそめるが、彩花は気にせず続ける。 「『死なないでください』ね?」 「何かと言えば、そんなことか」 銀は死体に矛先を向け、言った。 「言われなくても、そのつもりだぜ!」 ● 『外道龍』遠野 御龍(BNE000865)の全力が、自身に襲い来る死体の頭蓋を砕く。瞬間、横から現れた死体に対し無防備になるが、それらの間に『超守る空飛ぶ不沈艦』姫宮・心(BNE002595)が割って入り、その不意打ちを受け止める。 「御機嫌よう。ソレと初めまして、瀬奈」 先陣を切る彼らの傍ら、『炎髪灼眼』片霧 焔(BNE004174)が加々美瀬奈に声をかける。 「いつも思うけど、あんたたちホント無謀なことするよね」 その様子を見つつ、瀬奈は思わず呟いた。リベリスタの標的は初めからずっと楽団員、アルフレッドの一点だ。彼を止めればすなわちこの場の惨劇は終演する。 それにしても、という話だ。瀬奈が呆れと敬意を表したのはその強引さだ。利益や快楽が、身体を張るこの行為で得られるというのかと言えば、瀬奈には否としか思えない。 「正義の味方の危機に助けが入る。お約束でしょ?」 「どーせ、これが終わったら敵同士でしょ? 馴れ合いは禁物よ」 言いながらも、瀬奈は彼らリベリスタが到着した直後、心が言った言葉を気にかける。 『加々美さん、私はもう、単刀直入にいいます。一つの強さをお見せしましょう。 護るという強さです』 心は瀬奈と自分にとっての『強さ』が近しいものだと言った。だがその認識が、決して正しいものではないことを瀬奈は知っている。 「さて、まずは共闘してここを乗り切りましょう? 他の地点にも、仲間が向かっているから、大丈夫よ」 『Friedhof』シビリズ・ジークベルト(BNE003364)が瀬奈の前に立つ。その姿は瀬奈には壁のごとく思えた。戸惑うものの瀬奈は素直に、その守護を受け入れる。 「……後、コレは個人的な理由よ。今度は私も貴女達と拳を交えてみたいの。ソレだけ!」 そう言うと焔はその腕に業火を纏い、心と御龍に密集しつつある死体の群れへと駆けていく。瀬奈はぼんやりと、それを見ている。 『私たちには、回復がいません。回復役引き受けてもらえませんか?』 研ぎすまされた純粋さは、時に人を信じすぎる。心の言う『強さ』にも、焔の戦いの希望にも、瀬奈は答えてやれないかもしれない。なのに彼らはとても、純粋で、強い。 「……全く、お人好しな奴らね、ホント」 瀬奈は奏でるべき福音を思い浮かべ、遠くで微笑を浮かべるアルフレッドの様子を見る。アルフレッドには焦りの欠片すら見えない。迫り来るリベリスタをただ、狂気の眼差しで見つめていた。 その腹には一体何を抱えているのだろう。彼以外の誰にも、知ることは出来ない。 「さあ、『お祈り』を始めましょう」 死者を悼むように、『祈りの弾丸』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)はロザリオを握りしめた。 ● 「ほらほらほらァーーーー!! ちんたらしてたら飲み込んじゃうよぉぉぉぉおお!?」 驚喜するジゼルは宙を叩くように腕を振り下ろした。途端、死体の動きが機敏になる。瞬く間に距離をつめた死体が突き出した腕は、モノマを僅かにかすめて空を斬る。 「うるせえ女だ!」 モノマは冷静に周囲を見渡し、その腕に炎を宿す。振り下ろすと同時、広がった火炎が火葬のごとく死体を飲み込み、火風により地に叩き付けられる。だが爛れつつある身体も、動きを止める理由になりはしなかった。 「やはり、厄介ですね」 ユーディスが声を漏らす。何度刻み、何度焼き、何度殺しても、それは延々たと立ち上がり続けるのだ。二つ、三つと砕かれた死体が見えるが、それがいつまた動き出しても、ユーディスは決して驚かないだろう。 激しい銃撃音が鳴り響き、銃弾の嵐が死体のあらゆる場所に風穴を開ける。呻きを上げ、なおも動きは僅か程も緩まない様子を見つつ、ユーディスは心地のよい福音に身を任せる。 自分たちが退くのが早いか、楽団員二人を撃退するのが早いか。 「……信じて、戦うのみです」 剣戟の音、死体の呻き。人の声と言えばリベリスタたちのものしか聞こえない。彩花はもう一度だけ確認する。周囲に散在していた一般人は、ほとんどが逃げるか、あるいは殺されるかしたようだ。殺された人間も、彩花の尽力もありそれほど多くはなかった。 さて問題は、と彼女は地を蹴って前線へと到達する。死体に自分へと振り向く間も与えず、彩花は目の前の死体に襲撃を加えた。そして居並ぶ死体に次々と雷撃を纏った攻撃を加え、地に叩き落した。 息を吐いた彩花の耳に届くは数多の銃撃音。銃弾が彩花の脇をすり抜けたかと感じると、背後で唸る声がした。 「ゴミが残っていましてよ、お嬢様」 掃射した銃弾は突風のごとく死体を吹き飛ばす。倒れる死体、その影から見えるフリードリッヒは、微かな感情すら見せず、リベリスタをじっと窺っている。 モニカは怪訝そうに見る。思い返すのは戦闘の初め、彼女が撃った一発の弾丸のことだ。指にはめた『不可視の鍵盤』を使おうとしたのだろう、腕を振り上げたその瞬間を狙い、モニカは全神経を研ぎすませて彼の指環を撃った。惜しくもそれは指環をかすめただけではあったが、彼はよろめき、モニカを睨んだ。その時からずっと、フリードリッヒはリベリスタを警戒の眼差しで見ているのだ。 何故かはモニカには分からないが、使われないのは好都合、とフリードリッヒから視線を逸らす。 「さ、お仕事は手際よくいきましょう」 撃ち出した数多の弾丸。吹き飛んだ死体の頭部を、その一つが貫いた。腐ったリンゴのように萎れた眼球が弾け、ベチャリと地面に落ちた。首をもがれ、なおもその身体はもがき、自身の首を切り落とした者を探す。 「ウザってえな、死んでんなら大人しく死んどけ」 銀の剣は容赦なく、死体を切り伏せた。半身になった死体は分かれながらも双方とももがくが、もはや戦うことはままならない。 「賑やかなのはいいけど、賑やかすぎるのも迷惑だね」 霧香は呟くと同時に踏込んで、死体の側面に回る。そして間髪なく、次々と死体を斬り刻んでいった。斬られた死体は振り向かない。その目に映るのは残像だ。視界の何処にも存在しない霧香を狙い、死体は腕を振り下ろす。だがその先にいるのは、同じく操られた死体だ。 「仲良く、眠っててね」 告げた願いは、果たして届くだろうか。死体は既に、半数程度が地に伏していた。動くを諦めたもの、なおも主の操作に従うもの、様々であったが、もはや問題ではないだろう。 この調子でいけば。それはふと霧香の頭を過る。視界に捉えたフリードリッヒは、不動とも思われた表情を僅かに、ほんの僅かに厳しくした。 「少し遅いか……?」 唇を動かし、掠れた声でそう言ったフリードリッヒの腕が、大きく跳ね上がる。活発になった死体の腕を避けると、霧香はすかさず斬り落とす。 「あたしたちは負けたりしない。お前らなんかに屈したりしない!」 確固たる決意は未来を目指し、死体をまた一つ、斬った。 ● 舌打ちが空しく響く。モノマは死体をまた一つ薙ぎ倒すが、徐々に離れつつあるジゼルとの距離が、何とも口惜しかった。もはや彼女の叫喚の意味さえ、理解できない。 「いやはや、これほどとはね」 薫の声に含まれた感情は薄い。ユーディスの癒しで何とかもってはいるが、誰とて傷は決して浅くなかった。その傷に相応なほど敵の戦力が削れたかといえば、そうではない。動かなくなった死体は少なくないが、逃遅れた人間はほぼ死体の列に加わってしまっている。リベリスタが耐えられる時間は、そう長くない。 「耐えましょう、できるだけ長く……!」 ユーディスの奏でた福音は、どこか苦しかった。 矢の纏った業火が、死体の皮膚を爛れさせる。死体はリリの射線から逃れ、瀬奈を狙って接近するが、シビリズがそれを許さない。瀬奈は僅かに表情を揺るめ、癒しのための詠唱を始める。焔はチラと様子を窺い、フッと笑った。 「ソレじゃ、好き勝手してくれた奴の顔を拝みに行きましょうか!」 空を切り裂くがごとき鋭い蹴撃が、死体の群れと死体を分断する。だがそれは十分ではない。分断された死体の先、狂気を纏ったアルフレッドの姿は、ほとんど見えない。 「ギャハハハハ、そんなんじゃ届かないよォ! もっと、こっちに、おいでェ?」 腹を抱えて笑うアルフレッドは両手を挙げて伸び上がると、跳ねる程の勢いで振り下ろした。途端轟くは不協和音。乱れに乱れた死体の動きは悉く乱れたために整っていた。奇をてらったような動きで繰り出した攻撃に、守りに徹する心にも若干の乱れが生じるが、確固たる決意だけは揺るがない。 「そんな誘いじゃ、女の子は靡きませんよ?」 「そーだなァ! 甘えん坊のジゼルちゃんでも無理だろうねェ。じゃあ無理矢理連れて行くよォ!」 振り回した腕と共に死体の動きも変化する。死体の唸りがボリュームを上げて御龍の耳を占拠した。振り払うように薙いだ得物が死体を二分する。 「なに再び殺してやろう。全殺しだ!」 落ちた死体の上半身が、物欲しげに御龍を見つめるが、彼女は見下した目でそれを蹴り飛ばした。 心に守られて進撃し、アルフレッドとの距離はあと一歩に迫っていた。御龍は死体の動きに気を配りながら、隙を見て地を蹴る。抜き撃った得物から放たれた真空刃、それと焔の火炎が死体を薙ぎ払い、僅かな隙間を作った。死体の隙間を脱し、御龍はアルフレッドと相対する。 「俺と一緒に踊り来たのかい? 可愛くねェ女郎だな」 「その減らず口を塞いでやる」 叩きおろされた全力は、しかし虚しく空を斬る。ヒョイと身体を傾けたまま、アルフレッドは嬉々として言った。 「そんな求愛じゃァ受け取れないねェ!」 しかし、その腕はもう動いていない。死体が一斉に動きを緩め、攻撃も緩やかになった。御龍は後退し、心も見ずに言った。 「心、何秒耐えられる?」 心は上がった息を懸命に抑え、平静な声で言う。 「しゃっちょーがアレを倒すまで。私がその攻撃を受け持ちましょう」 「よし。では耐えろ! 我は集中する!」 剣を収め、集中を高める御龍の前に、心は立ちはだかる。 「ここは、絶対通らせません!」 降り注ぐ全てを受け止め、歯を食いしばる。焔とリリが死体を蹴散らす音はするが、心には聞き取ることさえ危うかった。運命にはとうに身を任せている。気を抜くだけで、彼女の生命さえ脅かされそうであるのに、彼女はただ、守り続けた。 「バカが一匹、死にてえなら殺してやるよ」 アルフレッドの指が小刻みに動く。そのまま腕が徐々に、彼の快楽と共に上昇する。最中、御龍がアルフレッドを鋭く睨み、叫んだ。 「バカがどちらか、教えてやろう!」 御龍は呼吸を合わせて一気にアルフレッドとの距離を詰める。演奏を始めたアルフレッドに、それを万全の体勢で避ける術など、ありはしない。 「このまま押し切る!」 振り下ろされた一撃はアルフレッドを斜めに斬り、深い傷をつける。くぐもった吐息がアルフレッドから漏れ、彼はゆっくりと視線を前に向ける。卑しいものを見るように恨みを込めて、楽しいことを思うようにギラギラとした眼差しで。 「……ハハハ、滞りなく進むパフォーマンスなんて、面白くねェからな」 乾いた笑い。追撃を試みる御龍と倒れ行く心。死体を討つ焔、リリ。彼方には回復し続ける瀬奈と、傷を負いつつもそれを守るシビリズが見える。視線を揺らし、アルフレッドはやがてニヤリと笑う。 「これでいい」 その時、御龍は背後から殴りつけられる。死体の幾つかが御龍に集まり、その行く手を阻もうとしていた。死体の数は大分減ったが、アルフレッドが逃げるには十分な数が残っていた。 「精々役に立てよ、楽器共」 「待ちなさい!」 焔は叫び、アルフレッドへの接近を試みた。リリはアルフレッドの動きを読み、魔弾を射出するが、それは死体の中に埋もれてしまう。 「焦るなよ。エピローグにはまだ早いぜ?」 じゃあな、と言ったアルフレッドの高笑いがだんだん遠くなる。それが聞こえなくなる頃、死体は一切の動きを失っていた。透き通る静寂は、一縷の虚しさを抱えていた。 ● ふらふらと動きの乏しくなった死体を霧香が斬ると、死体は死体らしく動かなくなった。数多の死体が転がる戦場に、フリードリッヒの姿はない。減りつつあった死体の数に危機を感じたのだろうか、彼はこの場を逃げ出してしまった。 「ひとまずはよしとしましょうかね」 モニカは憂鬱そうに言う。この場での惨劇を食い止めたとはいえ、楽団が生きている以上は問題の先送りに過ぎない。 「ありがとう、助かったよ」 壁にもたれ、座り込む銀に、霧香が言った。銀はふうと息を吐き、微笑む。 「次はこんなんじゃなくて、もっとスカッとする戦いを、頼むぜ?」 静まり返った戦場。彩花の心配は他の場所で戦う仲間に向いていた。彼女とてもはや、他の戦列に加わる余裕など残されていないのだけれど。 「大丈夫だと、いいのですけど……」 死体の群れの中に、今まで抗っていたリベリスタの影はない。肉の塊となった死体を、ジゼルは不機嫌そうに踏みにじりる。合流地点にはアルフレッドもフリードリッヒも姿はない。それは彼らの敗退を意味している。 「道理で、引き気味だったわけね」 肉をすりつぶし、蹴飛ばし、死体を引き連れてジゼルは踵を返す。街を吹き抜ける混沌組曲は鳴り止んだ。だが彼らの演奏は未だ、続く。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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