●伽藍を前に 長野県長野市、ここには古くから人々を見守ってきた鎮魂の場がある。 宗派に囚われる事無く、数多の人々に思われ、慕われてきたその場所に、今。混沌の種が立っていた。 「美しきかな、古き良きこの国の文化財よ!」 「おい爺さん。俺たちゃ観光で来たんじゃねぇんだ。他の奴らに後れを取る訳にゃいかねぇんだよ」 片や煌びやかな洋装にして荘厳な気配を漂わせる初老の男、片やみすぼらしいコートの中に深い濁りを宿した中年の男。 並び立つにはいかにも不釣り合いな二人は、その事自体も然る事ながら、神聖なるこの場においてあまりに異質である。 「こうしてる間にも他所じゃ連中がおっぱじめてるかもしれねぇんだ、悠長にしてられっかよ!」 「やれやれ、これだから若い者は。我慢という物がなっとらん。我輩遺憾の意を表明するのである」 「ぺっ」 肩を竦めてこれ見よがしにため息をついてみせる初老の男に、中年の男は地面に唾を吐く事で返事をした。 「兎も角も俺は始めるぞ。ようやくGOサインが出たんだ。ようやくだ」 「息巻いているのであるなー」 言いつつ、彼らはそれぞれに懐を探り、各々の『楽器』を取り出す。 「今この国は、死体が動くってな話が溢れてるせいか、不安に駆られて誰も彼もが心の安定を欲している」 「しかれば人々が縋るのは、古き良き心の拠り所であるな」 「つまり、今俺達が立っているこの場所なんかは、それこそ最高の逃げ場所だって事だ」 「……ふむ。されどこういう場所では、リベリスタの邪魔もあると思うのであるが?」 「押し潰すだけだ、俺の力でな!」 語り終えたか初老の男はマレットを、中年の男はサックスを、それぞれその手に握りしめ。 「……我が同胞よ、悲願成就なるその時まで、今しがた力を貸して貰おう!」 「おら、俺の道具共! 俺の耳に恐怖と絶望の旋律を持って来い!」 空を叩き、息を吹き込み、辺りに旋律が響き渡る。 風を切り、砂利を踏みしめ、それらは彼らの元に集まった。 ―――………ぉぉぉおおおおおおお………!! 呻き声を上げながら、苦悶の表情に震える人の形。 咆哮を上げながら、魂を震わせる獣の形。 「さぁ、お前達に逃げ場なんてない事を教えてやるぜ!」 中年の男、『楽団メンバー』斉藤・我楽が口の端を釣り上げて嗤う。 この場の誰よりも崩壊を望む男が奏でる演奏は、その狂気ゆえに美しかった。 (人の在り方はそれぞれであろうが、何とも『後先』のない者よ) 見つめる初老の男『楽団メンバー』“男爵”ジャン・ブレーメンの瞳は、どこか憐みを含んでいた。 ●立ち向かう者 緩やかな坂を『死』がゆっくりと降りてくる。 多くの不安を抱く者に救いを与えるはずの場所から、絶望の主がゆっくりとやってくる。 逃げ惑う人々にそれは容赦なく襲いかかり、その命の火を奪う。 斃れた者は時を待たずに起き上がり、死の軍隊の一員となり行軍に加わった。 「あ、あんなの。どうやって戦えってんだよ!」 「数が違い過ぎる! まともにやりあっても俺達だってあの中に取り込まれておしまいだ!」 「黙りやがれ!!」 震えあがり弱音を吐いた部下達に、この地に根を張るリベリスタ、神原・善光は吼える。 「『アーク』からの援軍だってもうちょっとで来る予定なんだ! そのくらいでも持たせようって根性はねぇのか!?」 「で、でも! 善光さん。あれ、見てくださいよ!!」 善光に睨みつけられたリベリスタが敵陣の一角を指す。そこには動く死体が一人。 「あれ、斥候に出てた武田ですよ!?」 「うるせぇ! だからどうしたってんだ!」 そんな指摘をされる前から善光は気づいている。それでも、退く訳にはいかない事を彼は知っているのだ。 「どりゃ!」 接近してきた死体を、武田を切り捨てて善光は歯噛みする。 (くそっ、どうすりゃいい! 今こうしてる間にも敵は数を増やして……手が付けられなくなるってのに!) 彼ら土地を守護するリベリスタ達にも、等しく『死』が近づいて来ていた。 ●緊急指令 「楽団メンバーを中心とした新しい動きが発覚しました」 集まったリベリスタ達を前に、『運命オペレーター』天原・和泉は険しい顔つきのまま説明に移る。 「ケイオス・“コンダクター”・カントーリオ指揮の元、彼らは演奏と称して事件を起こしてきました。それらは多くの一般人を巻き込み、人々を恐怖と不安に陥れた事はもうご存知だと思います」 『楽団』が起こした死体が急に動き出す怪事件は『アーク』のリベリスタ達の活躍もむなしく既に日本全土に広がり、その事件の不気味さは日本を大きな不安の渦の中に飲み込んだ。 いかに小規模な勝利を収めた所で、彼らの行なった大規模な襲撃事件の被害を全て防ぎ切る事は出来なかったのである。 「彼らは前回の事件を私達を倒すべく力を蓄えるために行っていた、というのは皆さんの調査によって判明しています。それが今回、日本各地に同時多発的に攻撃を仕掛ける事で新たな局面を迎えたと判断されました」 コンソールを操作する。映し出された日本の地図には、各地で事件が発生した事を示すマークが表示されていた。 「ここに集まっていただいた皆さんには、長野県長野市の件に対する対策をお願いします」 地図が縮小され、問題の発生している場所近辺の地図が表示される。大量の赤いマーカーは、例の動く死体達だろうか。 「ここには以前存在が確認された男爵を自称する楽団メンバーと、初めて見る楽団メンバーとの二名が確認されています。この情報は、地方に根付いて『アーク』に協力して下さっているリベリスタの方からのリークです。現在、各地では彼らの様なリベリスタや、国内主流七派をはじめとしたフィクサード達も動いています」 各地がまさに混沌を様しているのだと、彼女の言葉から窺える。 「皆さんは彼ら地方のリベリスタと協調し、事件に当たって下さい」 このまま手をこまねいていれば、死は死を呼び、新たな被害者を、そして加害者を生み続けて行く。 そうなれば『楽団』がより手を付けられなくなるのは言うまでも無い。 「楽団の行ないは、到底見逃す訳にはいきません。この世界のためにも、この世界に生きる人々のためにも」 真剣な眼差しを向け、和泉はリベリスタ達に願う。 「彼らの許されざる演奏を、どうか、皆さんの手で止めて下さい」 集まったリベリスタ達は皆、覚悟を新たにした。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:みちびきいなり | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2013年02月07日(木)00:05 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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●地獄に立つ 歴史情緒溢れ、常ならば人々の感嘆の声が溢れる場所は今や、その面影を失いかけていた。 救いを求めて集まった力なき者達の叫びが響く中、死者が闊歩し、生者を食らう。 食われた者は、時を待たずに死の行軍の仲間入り。 「地獄、だ」 誰かが言ったその言葉は、正しくこの場を表していた。 地獄に立ち向かう者達はいたが、その物量の違いに劣勢は覆せない。 (俺一人の命で、せめて十は薙ぎ払う!) 彼らのリーダーである神原・善光。彼は物陰から様子を窺いつつ、今まさに死に飛び込もうとしていた。 その肩が、不意に叩かれる。 (しまった!) 掴み掛られたかと武器を構えたその手は、しかしやんわりと止められた。 彼の目に映るのは、待ち焦がれていた者達の姿。 「来てくれたんだな!」 「神原さんですね? アークより派遣されたリベリスタ10名。到着しました」 受け止めた手を柔らかく離して、『必殺特殊清掃人』鹿毛・E・ロウ(BNE004035)は微笑んだ。 「ご当地様方は、ひのふの……事前情報通り、6名全員確認」 「さっきから聞こえてる音が例のオッサンの演奏? はぁーン」 即座に状況確認に努める『もぞもそ』荒苦那・まお(BNE003202)の傍、『Le blanc diable』恋宮寺 ゐろは(BNE003809) は堂々とした様子で聞こえてくる旋律に不満げな声を漏らす。 援軍が来た心強さか、彼女のどっしりとした態度のせいか、それを見たご当地リベリスタ達は安心した風に息を吐いた。 「早速ですが状況の確認と、出来れば指揮下に入って動いて貰いたいのですが」 「一も二もない、よろしく頼む」 ロウからの要請に善光は即座に頷き、以降アークのリベリスタの指揮下に入る事を約束する。 元より協力的な彼らが、この状況でそれを断る理由は無かった。 「死体が多すぎですよう」 覗き込んで確認した大通りの惨状に、『メガメガネ』イスタルテ・セイジ(BNE002937)が涙目になる。 「モウ、悪趣味なヒトばっかり!」 『救急戦車』艶蕗 伊丹(BNE003976)の怒りの声は、今この事件が日本各地で起こっている事にも掛かっていた。 時期近く、日本全国が同じ戦禍に見舞われているのだという。 まるでこの地獄から、逃げ場など無いのだと言わんばかりに。 「……以上が手筈です。把握していただけましたか?」 「作戦中、戦闘は私達に任せて一般人の救出や避難誘導をお願いします」 自分達と同行する事になったご当地リベリスタに『白月抱き微睡む白猫』二階堂 杏子(BNE000447)と『残念な』山田・珍粘(BNE002078) ……こと、なゆなゆ或いは那由他は丁寧に作戦内容を確認する。 他のリベリスタ達もそれに倣い、互いの役割をしっかりと確認した。 被害の拡大を阻止する。そこに込められた各々の想いは違えども、彼らの行動は一つだった。 「展開するなら、今が良い」 姿を隠して様子を窺っていた『カゲキに、イタい』街多米 生佐目(BNE004013) の声に、皆の意識が一つに纏まる。 『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)の、ゐろはの、イスタルテの支援が展開し、残るリベリスタ達も、自身を強化出来る者は今この時とばかりに力を高めた。 「………」 数瞬の無言。互いに視線を交わし合い、呼吸を合わせる。 そして彼らは、地獄に飛び込んだ。 ●死地を駆ける 視線の先に彼らの姿を見つけた時、その男が浮かべた表情は笑顔だった。 (数が増えたな。アークのリベリスタ共と合流したか) 楽団員、斉藤・我楽は演奏を止めず眼下に展開した敵対者達を見据え、旋律で周囲に居並ぶ死体達に命令を下す。 「さあ、メインディッシュのお出ましだ。お前ら、歓迎してやれ!」 音に、声に従い、死体達が声を上げ坂道を下っていく。彼らは皆、ここで新たに加わった新鮮な死体。たった今、犠牲になった者達であった。 「しっかり合せて動かせよ! 男爵のジジイ!!」 我楽が声を張り上げる。その声に従って、傍にたむろしていた動物の死体達が一斉に動く。 それらは我楽の立つ場所から更に高所、指定文化財である建物の入り口に立つ老人、同じ楽団員である“男爵”ジャン・ブレーメンの私兵である。 歩く死体に寄り添いながら四足の獣達が進む様は、それが死者でなければこの景色にも沿う物だったかもしれない。 だが彼らは、逃げ惑う人々に牙を剥き、その命を刈り取りながら、立ち向かうリベリスタ達を目指し行進する怪異だった。 「よおく見ろよリベリスタ共。お前達の守ろうとしている物が容易く破壊されていく様をな!」 壊れた様に高い声で笑いながら、我楽は新たな戦場を見下ろしていた。 「建物の中に隠れていてもあいつらは簡単に侵入してきますよ!?」 施設に篭り、ガラス窓から悠長に様子を窺う一般人に向かって、イスタルテが叫ぶ。身振り手振りも交えながら、必死に声を張り上げた。 「僕達の背面が今一番安全です! そのまま坂を下りてここから脱出して下さい!」 「ご当地様! 怪我してる人が通ります、誘導を!」 「りょ、了解!」 飛び掛かってきた動く死体を受け止めロウが切り開いた場所を、中央を小柄な体ながらに守るまおが絶妙なタイミングで押し開き退路を確保する。 すぐさまロウ達へと群がる死体達の中心に、後方から投げ込まれた閃光弾が炸裂した。 「挨拶代わりよ」 それを投げた張本人であるゐろはの視界、ショックを受けた死体達がその動きを鈍らせていた。 「そこそこ、ね。これなら……」 手応えを得たゐろはは、そのまま畳み掛ける様に各所に同じ物を投げ、通りに数多の閃光の花を咲かせた。 その一方で通りに二人、やや外れた所で善光と共に敵を引き付け一般人を逃がしていた快の足に、中型犬の死体が食らいついていた。 次の瞬間には人の死体が二体、快に掴み掛り容赦なくその牙を立て、覚悟していた痛みが彼を襲う。 囮になる以上承知の上のダメージである。その背中に逃げ去る人の足音を聞きながら、彼は立ち塞がっていた。 直後に『ぴゅあわんこ』悠木 そあら(BNE000020)の起こす癒しの神秘が、彼ら前線に立つ者達の傷を癒す。 更に事前に受けた加護の力で傷が自然に回復していき、通りを進む彼らの歩調は衰えなかった。 リベリスタ達の陣営の左翼に位置する場所を担当した杏子と珍粘は、ご当地リベリスタ達を伴い路地に入り迂回するルートを駆けていた。 時折響くサックスの低音に、珍粘がポツリと呟く。 「強気な音ですねー」 「はい?」 隣を行く杏子が首を傾げたのを、おっとと少しだけ申し訳なさそうな顔をして言葉を続ける。 「どうせなら、観光で来たかったと思いません?」 コロッと変わった話題にも、その真意を問う事なく杏子は頷きを返した。 「そうですわね。ですけど、今は」 不意に立ち止まる。彼女達が立つその場所は、既に死の気配と匂いが充満していた。 「―――自分がやれる事を全うするだけです」 前方からぞろぞろと、動物の死体を同伴し強化された死体達が姿を現わす。 「回り込もうとしたのは、相手も同じですか」 二人は身構え、眼前の敵に立ち塞がる。 ここを抜かねば、救えるはずの命が消える。 突如発生した気糸が人型の死体を絡め取り、暗黒の塊が四足の獣達を飲み込んだ。 「さぁ、お遊戯の時間ですわ」 杏子の余裕が、笑みと共に放たれた。 杏子達とは別の、通りを右側に入った細い路地。 ギリギリ二人程度が進める道に、伊丹と生佐目は立ち塞がっていた。 背面には傷を負い自力での逃走が困難な一般人の男を背負い、何とかこの場から脱出しようとするご当地リベリスタを守って。 男は涙声を上げながら、誰か女の名前を呼んでいる。 彼女達の前に立っている動く死体も、女だった。年恰好も男に近いそれは、何より揃いのアクセサリーが事実を物語っていた。 動き出したばかりの死体に強化された様子はなく、生佐目の放つ暗黒と伊丹の十字の輝きによる攻撃の前に崩れ落ちる。 「ンン、痛かった……ヨネ。コンナコトでしか助けてあげられないケド……」 動かない死体は、これ以上死人使いのおもちゃになる事は無い。 泣き叫ぶ男は既に、その場から脱出していた。 「さぞや、楽しいのだろうな。楽団員め」 再起不能となった女の死体を越えて、二人は駆ける。 悲劇をこれ以上広げない為に。 男爵は一人、戦局を見下ろしていた。 場所場所で上がる人々の叫び声を前に淡々と、己の思考を巡らせる。 (思っていたよりも我楽の戦力が向上せず、我が盟友達の損耗が思った以上に大きい。……上手く立ち回られているのであるな) 戦場を見守る視線は、自らの使命に沿わず熱い。 (忌々しくも、正しく強いのである。『アーク』のリベリスタ) 徐に振るわれたマレットの宙を叩く金管の音が、既に辺り響いていたサックスの音に加わる。 (我輩これ以上の支援は出来ないのである) 死者を操る二重旋律が、より激しく戦場に響き渡っていった。 ●亡者の行進 逃げ遅れていた一般人を新たに一人背に送り出しながら、ロウは刀を構え直して荒く息を吐いていた。 「流石に、数が多いですね」 石畳を踏み込んで青褪めた顔の男を突き飛ばすも、死体達はその上を構わず踏み敷いて攻めてくる。 即座に残像を伴った斬撃でそれらを切り裂いた所で、これで何体目だったか思い出せない事に気が付いた。 「ふっ!」 ロウの傍、まおは戦う前から負っていた傷を何とかごまかしながら、最前線で敵の攻勢を受け止めていた。 軽快なステップを使い次々と死体を切り刻み、敵が用いる数の利を己の技術で覆す。ゐろはの手で強化を失っていた屍は、その攻撃の前に崩れ落ちた。 「撃ちます!」 宙に舞い、鳥の屍を数体引き付けながら、イスタルテが光を奔らせその一体へと叩きつける。 死者の群れの中へと落ちて行くそれを横目に、彼女はようやく戦場を見回す事に成功した。 (遠距離攻撃、届く距離まで近づいてる?) 敵が戦域を広げ過ぎていたのか、通りを順調以上に攻め上がる事が出来ている様だった。が、 (……順調、すぎます!) 強烈な違和感と共に彼女の脳裏をよぎったのは、誘い込まれているという言葉。 「気を付けて! 何か仕掛けてきます!!」 イスタルテの叫びと、通りの脇に建つ飲食店の扉が破壊され、多数の死者が溢れ出したのは全くの同時だった。 死者の群れは傍に居た快と善光を飲み込み、通りに立つリベリスタ達を横撃する形になる。 「あーもッ!」 この状況に、ゐろはが即応した。 快達が防ぎきれなかった分をブロックするべく前線に立ち、その集団の動きの中心に手にした脚立をぶち込むという大胆な一撃をお見舞いし、そあらに迫らんとしていた流れを断ち切る。 「台無しにするのは音楽だけにしろってのよ、あのオッサン!」 腹に据えかねた様子を見せるゐろはだが、その怒りも鬱陶しい敵の追撃の処置に追われ掻き消える。 彼女の足に、四足の屍の一体が食らいついていた。 「一般人の避難、は! どうなってますか!?」 「もう、見える範囲には……」 ロウの張り上げた声に、イスタルテが答える。彼女が隙をついて使用した透視能力で見れる範囲に、もう救うべき生者は居なかった。 「なら後は、敵を倒すだけです、ね」 考える。 路地の敵は、仲間が何とかしてくれると信じている。 前線の仲間はむしろ、これ以上の戦局の硬直は全滅の恐れがある。 坂の上、死体達の中にちらりと金属の輝きが見えた。 瞬間、ロウは迷わず坂道を駆け上っていた。 「!?」 「捉えたぞ!」 驚く我楽に、振り上げたロウの刃が迫る。が、そこに割り込む少女の死体。 真新しい死体は切り裂かれた体から赤い血を迸らせ、その体越しにロウと我楽は視線を交わした。 「ようリベリスタ。守りたかった相手を切り裂く気分はどうだ?」 愉悦と共に我楽はニヤついた笑みを浮かべ、 「……なに、汚れを払っただけですよ」 ロウは斬り捨てた死体には目もくれず、淡々と血を払い刀を構え直した。 彼の鋭く、冷静な視線は、ただただ我楽へと向けられていた。 「それじゃあお掃除、致しましょうか」 「洒落た事を!」 亡者の行進の先、生者達の打ち合いが始まった。 ●破軍 ロウの突撃は一見すれば無謀に見えたが、天運か計算か、そこに図った様に援軍が到着する。 彼が我楽と接敵したその僅かに後で、右に迂回していた伊丹と生佐目が通りへと戻ってきたのである。 「チョット、ロウさんが戦ってますよ!」 順調に歩みを進め消耗も少なかった伊丹は、慌てて癒しの福音を鳴らして敵の集中攻撃を受けていたロウの傷を癒す。 生佐目も即座に駆け込み、側面から暗黒を展開し、周辺に蠢く死者達をその闇に飲み込んだ。 「くそっ、てめぇらも回り込んで来てやがったか!」 気づいた我楽が舌を鳴らして悪態を吐くと、即座にアーティファクトであるサックスに口を付け、そこから悪意の怪音を響かせた。 その音は前線を切り結んでいたイスタルテ達の元へも届き、戦線を混乱させるはずだった。が、 「対策済みですよ」 予期していたイスタルテに、その攻撃は通じない。 精神攻撃への強い抵抗力を持つ彼女は、自我を保ち、即座に邪気払いの光を放って戦線が崩れるのを防いだ。 驚きのまま、致死の攻撃を受けて尚立つロウの追撃を再び死体で受け止めて、我楽は考えを巡らせる。 (俺が手を回していた奴らはどうした!? ジジイの手駒もそっちにいくらか割いてたってのに!) 彼が視線を送るのは、寺院から見て左の道、伊丹達の来た方とは反対側の路地。 我楽はそちらに纏まった戦力を送り込み、先程の店からの襲撃に合わせて襲い掛からせる算段だった。 (それがどうだ、未だに一匹たりとも現れねぇじゃねぇか!) 我楽の焦燥の元である路地には一人、珍粘が寝転がっていた。 全身傷だらけで、重傷を負ったその体はピクリとも動かない。 しかし彼女は、穏やかな心地で石畳の冷たさを背中に感じていた。 「あー……」 破壊を免れた古式豊かな建物達の間に流れる雲を眺めながら、気の抜けた声を上げる。 (……そんなに恐怖と絶望が好きなら、自分のそれも体験しないと) それは自分の手ではもう実行できないが、送り出した彼女がきっと叶えてくれるだろう。 (あれはあれで、結構癖になりますよー? うふふふ) 助けた一般人を運んだご当地リベリスタが戻って来るまで、彼女は一人、笑い続けていた。 「よそ見をしている暇が、あるとはな」 隙を突き、生佐目が闇を用いず手にした大業物を薙ぐのを、我楽は辛うじて直撃を避け死体を割り込ませた。 「くそっ、どうなってやがる!」 相手を一瞬で押し潰すだけの数が集まっているはずだった。 今頃は前後左右に取り囲まれたリベリスタ達の絶望に染まる顔が見えているはずだった。 だが今、追い詰められているのは確実に我楽の方だった。 (そうだ! ジジイの手駒を利用してこの場から逃げれば!) 元より連携らしい連携などなく、利用しているだけのつもりだった。 だから軽視し、この瞬間まで我楽は気づかなかった。 既に彼の陣営は、この戦場から逃走していた事に。 (な、にぃぃぃ!?) その事実に気づいた時、彼の手駒は片手で数えられるまでになっていた。 「ど、道具共! 俺を守れ!」 乱れたサックスの音が、それでも死者を縛り、我楽を守らせ、弱ったリベリスタへと襲い掛からせる。 伊丹達前線のリベリスタ達は、それでも追撃の手を緩める事は無かった。 突如、我楽の眼前に閃光が奔る。 先の奇襲で瀕死となっていたゐろはの、意地の一発。ショックを与えられた我楽の周囲の死者達が、その動きを止めた。 それらを無視し、我楽はなりふり構わず全力で逃走を図る。 (路地に逃げ込んじまえば、土地勘の薄い派遣されてきたリベリスタを撒く位どうって事……) 「汚らわしい、近寄らないで下さい」 弾かれる。 逃げ足を止められ、大きくのけ反った我楽は、彼女を見て、何が起こったかを把握した。 自分の援軍が現れなかった、その理由を。 「ち、くしょうが!!」 怨嗟に、怒りに染まるその体を、数多の黒鎖が撃ち貫いていった。 ●残火 我楽が斃れ、男爵が逃げ去った後、死者はもう誰一人として動く事は無かった。 「この地獄が終わったのは、あんたらのおかげだ。……ありがとう」 重傷を負いながらも生き延びた善光が仲間のご当地リベリスタに担がれながら、同じく仲間に救助されているロウ達に声を掛ける。 「例えもう一人が襲い掛かって来たとしても、この手で斬り捨ててやりましたよ」 それが『アーク』の、或いは自分の意志だとばかりに、倒れても話さなかった刀を手にロウが答えた。 「兎も角も、守りきった訳です」 「あれよ、アーク舐めんなって奴じゃん」 血をつけたマスクがゴワゴワするのか、もごもごと言うまおに、倒れて尚意気強いゐろはが応えた。 「どうにも居心地が悪い、ですねぇ……」 戦いを決した事を誉めそやされているせいか、それ以外に理由があるのか、ご当地の者達に囲まれた杏子が零す。 この戦いで、救える限りをリベリスタ達は救ったが、救えなかった者も少なくない。 そしてそれは全国規模で等しく起こり、対応を強いられている。 アークと楽団の対立は、まだ、日本により深い影を落とす事になりそうだった。 坂を見下ろす寺院は、静かに生き延びた者達を見守っていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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